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第五十七話 頼もしい仲間は大歓迎です。


 朝市で食材の仕入れを済ませてシルヴィスティアに到着すると早速今日の賄いに取り掛かる。


 ありがたくも応援で臨時バイトに入ってくれた団員達は力仕事で大活躍。

 私達が二人がかりでえっちらほっちら運ぶ食材の木箱を軽々と1人で担ぎ上げ、入場前の押し合いへし合いの一般客を行儀良く並ばせるのに協力し、会場の設営に必要な折り畳み椅子やテーブルを片手で数個持ち運びせっせと働いてくれていたためにウチの従業員達は屋台の食材準備に専念することが出来た。

 これはキバって賄いの準備をせねばなるまいと本日のメニュー、生姜醤油付けした鶏の唐揚げ定食に取り掛かる。付け合わせはポテタマサラダとタコの甘酢漬け、具沢山の味噌汁だ。

 たいしたものではないけれどせめてお腹いっぱい食べて欲しい。

 感謝の気持ちを込めて盛りに盛った唐揚げは今にも皿からこぼれ落ちそうだ。

 交代で食事を取りにやってくる団員達にお疲れ様と労いつつ、ほぼ賄いの提供が終わる頃、連隊長が数人の部下と一緒に身なりの良い男を七人ばかり連れてくるのが窓の外に見えた。

 おそらくアレがイチャモンつけてきたとかいう貴族だろう。明らかに仕立ての良い服はどう見ても真面に商売をやろうとしているようには見えない。

 ここは高級料理店ではなく庶民のための屋台村だと理解しているのだろうか?

 これは間違いなく私の昼御飯はもう少し遅くなりそうだが仕方ない。

 横で皿洗いを手伝ってくれていたテスラに急いでカキ氷の屋台で会計の釣り銭渡しを担当してくれているサイラスと交代してもらうようにお願いする。

 連隊長がいるからそう大きな問題にはならないだろうがコトが起きてからでは面倒だ。重箱の隅をつつくかのような苦情、文句、言いがかりをつけられては厄介なことになりかねない。どうやって私の足を引っ張ってやろうかと待ち構えている御仁に無防備で相対するのは良策ではない。


 連隊長に名を呼ばれ、エプロンを外し、イシュカと一緒に厨房を出ると丁度サイラスが戻って来たのでイシュカと三人で出迎える。

「連隊長、御役目、お疲れ様です。そちらが例の方々ですか?」

 ペコリと頭を下げて連隊長を出迎えると苦笑して視線を後ろに流す。

 如何にも高飛車にふんぞり返ったお歴々に私が作り笑いを浮かべる。

「仕事を邪魔して申し訳ない」

 いえいえ、謝罪の必要はありませんよ?

 むしろそれが必要なのはその後ろに控える方々でしょう。

 本当に育ちと性格いうものは顔に出るのだなあと私は感心してしまう。

 若干一名ばかりかなり横幅のある人がいるけれど上位の貴族なだけあって実に整った顔立ちをしている。外見の美しさも上級貴族の特徴の一つだが、私にはとても綺麗だとは思えない。どんなに整った顔立ちをしていようと高慢な性格と底意地の悪さが顔に出ていては全て台無しだ。お近付きにはなりたいとは思えない。

 せめてもう少し取り繕えばいいのに。

 人間こうはなりたくないものだ。

 私は彼らに向き直り、にっこりと微笑んで挨拶する。

「キリのついたところでしたので構いませんよ。

 このような格好で失礼致します。

 私、ハルスウェルト・ラ・グラスフィートと申します。以後お見知りおきを」

 しっかりと顔を覚えておいてもらいたい。

 そして出来れば二度と関わらないで下さいな。

 この先魔王(わたし)の姿を見たのなら回れ右で是非とも全速力で逃げて頂きたい。

 案の定、私のラフな格好が気に食わないのか不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「上に立つ者がそのような粗末な格好で恥ずかしいとは思わないのかね」

 開口一番早速嫌味か。

 まあまともな対応は期待していませんでしたけれどもね。

 私はそれに動じることなく平然と答える。

「はい。少しも思いませんよ。

 仕事をする時は仕事をしやすい格好をするのはごく普通のことかと」

 上に立つものが横柄な態度で命令を下すだけでいれば、その下で働く者の反感を買うものだ。それなりの威厳と品格、人望でもあれば話は変わってくるだろうが生憎私にそのようなものはない。

 ならば先頭に立つ者が率先して見本となるべく動くべきだと思うのだ。

 上の者が率先して動いていればその下で働く者は仕事をサボりにくい。上司が一生懸命働いている前で部下が呑気にしているのは普通の神経をしていればかなり居心地が悪いし、文句や不平も出にくい。

 そんな細かいことを気にする暇があるのならサッサと用を済ませて御退場願いたいものだがこういう輩は大概においてグチグチと文句を並べ立て、こちらの都合もお構いなしに居座るものだ。

 私の回答が気に食わなかったらしい一人が苛立つように文句をつけてくる。

「来客にはそれ相応の服装で出迎えるのが礼儀だと思うのだが?」

 来客? 

 それはなんの冗談だ?

 文句と言いがかりを付けに来ただけの人間を私は客と認めない。

 相手の都合も考えず、自分の要求、都合を押し付ける人間は客ではなくクレーマーというのだ。

 私は首を傾げ、少しだけ考えるフリをする。

「本日は正装でお出迎えすべき正式な来客の予定はなかったはずですが?」

 暗に貴方達は客ではないでしょうという意味を持たせつつ私は続ける。

「私も礼を尽くすべき場所と相手になら相応にお出迎え致しますが猫の手も借りたいほど忙しい中、謂れのない言いがかりをつけに来られた方々に払う礼儀は生憎持ち合わせておりません。私は父から正式に訪問する際には予め使者を送るなどして手紙などで御伺いをたて、相手の予定を確認した上で訪問するのが礼儀だと教わりました。

 今日おみえになった方々にそのような文は頂いていないはずなのですが?

 それとも私のその解釈が間違っていたのでしたら御無礼を御詫び致しますよ?」

 私の皮肉にやや後ろにいたサイラスが小さく吹き出したものの表情を取り繕いつつ姿勢を正した。イシュカはいつものことだとたいして動揺もしていない。

 私のこういうところが余計な敵を作るのだと理解しているが不条理をつけてくる相手に下手に出て媚び諂っていては無理難題を押し付けられかねない。私に腹黒陛下のような威厳や団長、連隊長のような迫力がない以上対応を間違えば不利益を被るのは私だけにとどまらない。私が馬鹿にされるのは構わないが私の大事な人達まで軽く見られるのは我慢ならない、ハッキリ言ってしまえばゴメンだ。

 いくらハリボテとはいえ、それくらいのメンツは保たねば。

 それに私の言葉に正当な理屈で言い返せず、息を詰まらせている時点で底が知れるというものだ。

 そんな輩に遠慮する必要などどこにある?

 毅然とした態度を崩さない私に苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨んできたものの、動じない私の態度に小さく舌打ちしてこれ見よ返しに咳払いして彼等は口を開いた。

「礼儀についてはまあよい。年端もいかぬ子供のすることだ、大目に見てやろう。

 だが、よくもまあ謂れのないなどと言えたものだな」

「そうだっ、あのような珍しい食材を大量に仕入れできるルートが正当であるはずがないっ」

「私達が食材の手配をできないようにお前が邪魔をしているに決まっておろうっ」

 ・・・・・。

 この人達、やはり馬鹿ではなかろうか?

 追い詰め、問いただすなら証拠集めは必須だろう。

 根拠のない推定論では言い逃れし放題だ。もっとも言い逃れしなきゃならないようなことは全然、全くしていませんけどね。第一そんな無駄なことをする暇があったならもっと他のことに労力を使いますって。ただでさえ人手不足なんだから。

 とはいえ正面切ってそれをいうのは流石に不味かろう。

 名誉毀損で訴えられても後々面倒だ。

 私はトボけた調子で尋ねてみる。

「珍しいとはどの食材のことでしょう?」

「あのタコ焼きとゲソの唐揚げ、リングフライとかいうものの中に入っているあの独特の弾力と歯応えのある食材のことだっ」

 やはりソレ(・・)でしたか。

 マルビスの推測は正しかったようだ。

「成程。当店の商品をお買い上げ頂き誠にありがとうございます。

 ですがアレらは特に珍しい食材ではございませんよ?」

 私は微笑んで軽く頭を下げて一応礼を言ってからそれを否定した。

「そんなはずはないっ、あのようなものは食べたことがないぞっ」

 そりゃそうだ、あれは市場に出回っていなかったものだ。

 私は目を釣り上げて怒鳴り声を上げるその人の言葉を肯定する。

「はい、そうだと思います。海鮮市場では売り物にならないからとごく最近まで廃棄されていたものでございますからそれも当然のことかと」

 高級品などではない。

 食べられないものとして焼却処分されていた、いわばタダ、無料だったものだ。それを買取できるようにマルビス達が仕入れルートを開拓、構築し、今日もしっかり納入されている。


「廃棄? そんなはずはあるまい。あのような美味いものが捨てられるなど」

 信じないのはそちらの勝手ですけどね、嘘を吐いてはいませんよ?

「御覧になりますか? 本日水揚げされたばかりの生きのいいものがあります」

 私が視線を流すと部屋の隅に置いておいた木箱をイシュカがそれを私の前に運んできてくれる。マルビスが今日用意しておいてくれたものだ。

「お疑いでしたらこちらに用意したその食材をお持ち帰り頂き、市場、もしくは商業ギルドで確認して頂いて構いませんよ?」 

 そう言って箱を指し示すと彼等は前に歩み出てきた。

 まあこのままおとなしく引き下がるとは思っていませんけどもね?

「見せてもらおう」

 ですよね、やっぱり。

 その天より高いプライドがへし折れても責任持てませんけども。

 なにせ歴戦の猛者達(イシュカやライオネル)でも一瞬退いたくらいですから。

 私が箱の蓋に手を掛けると連隊長達が彼等の背後にぴたりと張り付き、その腕や背中を支えた。

 まるで罪人のような扱いが気に食わなかったらしく彼等は怒鳴る。

「なんだっ、この体勢はっ」

 いや、貴方達の名誉を守るためなんですけどもね?

 責められる謂れはないですよ。

 私はにっこりと笑って答える。

「すみません。ちょっとばかり変わった形をしていまして初めて御覧になる方は腰を抜かされることも多いので私が皆様の安全確保のために連隊長にお願い致しました。吃驚して尻餅をつき、お怪我をされたことまでこちらの責任に問われても困りますので御容赦を」

「そんな無様を晒すわけなかろうっ、離せっ」

 いや、晒すでしょう?

 王都の危機に平民見捨てて逃げ出すような方々なら間違いなく。

「ではその際には一切こちらに責任はない、と、いうことでよろしいですか?」

「構わぬっ、構わぬから離せっ」

 侮辱するなとばかりに怒鳴る彼等からこうして言質を取ることに成功したなら後は証人の用意だ。

「連隊長、今の言葉を彼らが違えたなら証言して頂けますか?」

「勿論だ。陛下の御前にてしっかりと証言しよう。ここにいる近衛全てが証人だ」

 快く引き受けてくれた連隊長に御礼を言って私は蓋をズラす。

 そこには蠢く軟体動物の群れ。

 採れたての海の幸はやはり生きがイイ。せいぜい盛大に驚いてくださいませ。


「ではどうぞこちらを。警戒すると威嚇してスミを吐くことがございますので御注意を。毒が無いことは既に確認済みですのでご心配無く」

 箱を囲み、寄ってきた彼等の前で『さあどうぞ御覧下さい』とばかりに蓋を開けた。


 どうなったかって?


 当然、全員盛大に尻餅を付きましたとも。

 悲鳴を上げて目を見開き、飛び退き、慌てふためいて這って逃げ出した。初めて目にする近衛騎士もいたらしく流石に転びこそしなかったものの何名か仰け反っていた。

 だから言ったのに。

 人の忠告は素直に聞くものだ。

 私は箱の中から右手にタコ、左手にイカを一匹ずつ、むんずと掴んで彼等の前に差し出した。

「なかなか愛嬌のあるユニークな姿をしているでしょう? 

 焼いて良し、揚げて良し、炒めて良し、茹でて燻して干しても美味。なかなかの食材ですよ。ねえ、連隊長?」

 尻で後退る彼等に右手のタコ、左手のイカをしっかり見せつけるとヒイイッと叫んで部屋の隅まで逃げ出したのを尻目に連隊長に同意を求めると苦笑しながら連隊長が応えてくれる。

「まあね。特に一夜干しや燻製は陛下もお気に入りの逸品だ。酒のツマミに買って来いとよく頼まれる。勿論、私も、そしてバリウスも大好物だ」

 既にギルドの認可も降りて売り出しが始まっているので陛下は上得意様だ。

 文句をつけようにもズラリと並んだ上客の豪華な顔触れに言葉を呑み込んでいる。

 そりゃあ陛下の好物とあれば下手に抗議もできないだろう。

 まあここは武士の情けというもので、彼等のなけなしの名誉のためにツッコミを入れるのは勘弁してあげよう。

 私は彼等の無様な姿から目を背けて連隊長に問いかける。

「連隊長は生姜の甘酢漬けが特にお好きでしたよね?

 昼食がまだのようでしたらあまりものにはなりますが召し上がって行かれますか? 勿論、よろしければそちらの近衛の方々も」

「いいんですか?」

 私の言葉に食いついたのは連隊長ではなく、部下の方。

 全部で六人、私達を入れてもなんとか足りるだろう。

 団員達みたいに盛り盛り山のようにとはいかないけど足りない分はキャベツがあるから千切りにして底上げしよう。


「はい。アルバイトをお願いした団員のみなさんの賄いの残りなんですけど少々張り切って作りすぎてしまいましたので。

 準備しておきますので後ろにいる方々を送り届けてきて頂きますか?

 今、イシュカに彼等への御土産を準備してもらいます。現物がなければ調査も確認もできないでしょうから」

 私の言葉に頷いてイシュカがマルビスの用意してくれていた小さな樽にタコとイカを一匹ずつ掴み入れるとせっせと氷漬けにして蓋を閉めると、座り込んでいる彼等の前にサイラスが置いていってくれる。

 行き渡ったところで釘を刺しておくとしよう。


「この手土産で腹を壊しただの、体調が悪くなっただのというそんな見え透いた浅はかな手段を用いる方はいないとは思いますが苦情は一切受け付けませんのであしからず。

 私はそんなすぐにバレるような愚かな手口は決して使いません。

 渡すのはあくまでも見本、言いがかりを後でつけられても困ります。

 勿論毒など仕込んではおりませんがナマモノですからね。当然放っておけば腐ります。今はシメたばかりで新鮮ですが氷が溶けて暫くすれば腐ります。腐った物を食べれば食あたりも起こすでしょう。料理するのも、食されるのもそちらの勝手ですが責任は取りませんし、苦情、保証その他一切受け付けません。入れてもいない毒を盛ったと言われても聞く耳は持ちません、無駄ですから。

 そういうことでこちらも証人、お願いできますか?」

「構わない。ハルトが忠告無視して具合が悪くなったなどと言うならそれはこの者達の責任だ。このことは陛下と殿下にも伝えておこう」

 私が流した視線に連隊長が頷いて快く引き受けてくれる。

「ではそういうことで。お引き取りを」

 そう言って出口の方を指し示すと思わぬところから『待った』が掛かった。

「お待ち下さい、ハルト様。念には念を入れておきませんと」

 サイラスだ。彼はそういうと壁際の棚から紙の束を持ち出して来た。

「昨晩お話しは聞いておりましたので夜の内に書類を作って置きました。彼等にそれらを持ち帰らせる前に書類にサインをさせて下さい。口約束など聞き間違えではないかとシラを切り、破られてしまっては立証する術はありません。書面に残してしまえば後でどのような濡れ衣を着せようとしたところで無駄、間違いありません」

 そう言ってその内の一枚を私見せてくれた。そしてイシュカや連隊長にも。

 今回の内容とその誓約書だ。

 それに目を通すと連隊長は頷いて筆記用具を受け取ると彼等の前に歩み寄り、全員からサインを取ってくれた。


「万全を期しておくに越したことはない。頼もしい仲間が増えたようで何よりだ」

 私に渡しながら連隊長が言った。

 確かに。これは陛下と宰相に感謝すべきかな。

「今度お会いした時に御礼を言わせて頂きますとそうお伝えください」

「間違いなく伝えておこう。では彼等を送り届けて戻ってくる」

「では昼食の準備をしてお待ちしていますね」

「ああ。頼んだよ」

 そう言って連隊長が部下達に視線で合図すると彼等は各々私達の用意した土産を片手に立ち上がらせるとここから追い出し始めた。

 ありがたい、そこまでやってくれるのか。

 ゴネて居座られたらどうしようかと思っていたのだが。


 では早速私は私の仕事に取り掛かるとしよう。

 七人前の唐揚げ定食を追加で。

 好き勝手やらせてもらってる私にできることなどこれくらいのものだ。

 せめて美味しいと言ってもらえるようにとせっせと用意し始めた。



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