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第五十六話 男の価値というものは?


 翌朝、団員から募集した臨時アルバイトの集まった数に私は驚愕した。


「・・・やはりこうなりましたか」

 ポツリと言ったマルビスにはどうやら確信があったらしい。

 騎士団員はそこそこ給料もいいと聞いている。

 命懸けの仕事で独身率が高いのもあって宵越しの金は持たないタイプでも多いのか?

 しかし給料日からそんなに経っていないことを思えば日銭を稼ぎに来たというのも考え難い。

 それとも団員にはそんなに暇人が多いのか?

 まあ大勢来てくれるに越したことはないのだけれどもこの数、どうしたものか。

「総勢三十八名ですか。非番の団員のほぼ八割ですね」

「明日の希望者も同じくらいですよ。三十五名います」

 イシュカとテスラ言葉に私は呆気に取られてしまった。

 八割って、すごい割合だよね?

 軽い気持ちで頼んだもののあまりの多さに心配になった。


「マルビス、大丈夫?」

 些か多過ぎのような気もしないでもないのだけれど。

 心配になって尋ねた私にマルビスがにっこりと微笑う。

「勿論構いませんよ。予想はしていましたから誤差程度の差でしかありません。

 今日からは一般客も入りますし相当の混雑も予想されますので助かります。

 ではテスラは彼等と先に行ってゴーシェに事情の説明を、私達は市場で今日の昼食の食材の買い出しをしてから向かいます。

 これだけの人数がいれば各店舗の人員整理や食材の運搬も問題ないでしょう。

 サイラスはどうします?」

 テキパキと指示を出してマルビスはサッサと団員達を三台の馬車に分乗させるとサイラスに尋ねた。

「ハルト様と御一緒します」

「では私達の馬車に。それではテスラ、お願いしますね」

「了解した。日当の支払いは戻ってからでいいんだよな?」

「はい。それまでに準備しておきます」

 流石マルビス、手際がいいというか、手慣れているというか。

 だがとりあえず折角の休みに協力を申し出てくれたのだ。

 ここは御礼を言っておくべきだろう。

 私は出発しようとするマルビスに少しだけ待ってもらって何事かと注目している団員達にペコリと頭を下げた。


「では私は後で合流します。今日は宜しくお願いしますね。

 非番のところ、私達の申し出に快く名乗り出て頂きありがとうございます」

 そう私が御礼を言うと妙などよめきが上がった。

 なんだ? この変な空気と言おうか、熱気と言おうか、異様な加熱ぶりは。

 思わず一歩後ろに足を引きそうになってしまったのをぐっと堪えた。

 すると団員達が乗り込んだ一番前の大きな声が聞こえる。

「いえ、俺達、昼メシ楽しみにしてますからっ」

 その声に振り向くと団員の何人かが大きく身を乗り出してコッチを見ていた。

 昼メシ? ああ、そういえば団長に昼御飯は私が担当するって言ったっけ。

 そんなに目を輝かせて期待されても困るのだけれど。

「御馳走は無理って聞いてるよね?」

「はいっ、知ってます。でも賄いを作って頂けると伺っていますっ」

 それはちゃんと聞いてるのね、良かった。

「うん、賄いは作るつもりでいるけど」

「はいっ、楽しみにしてますっ」

 複数の声が重なって聞こえた。

 その程度で?

 団長、どんだけ煽ってくれてるの?

 そんな豪勢なもの作れやしない、でも、だけど・・・


「じゃあ頑張って美味しいの作るね」

「ありがとうございますっ」

 その期待に応えられるのかはわからない。ガッカリさせてしまうかもしれないけど、精一杯美味しいって言ってもらえるものを作ろう。

 私がにっこりと微笑ってそう答えるとテスラが馬車を出発させた。

 それを手を振って見送っていると後ろからマルビスの声が聞こえてきた。

「流石はハルト様。天下の魔獣討伐部隊団員達がすっかり餌付けされてますね〜」

 その言葉に『んっ?』と首を傾げる。

 つまり、どういうことだ?

 疑問に思っているとマルビスが続けて言った。

「団長が確認してきた時点でそれで釣る気満々でしたからね」

 要するにひょっとして昨日の団長の『そのメシはハルトが作るのか?』は、そういうつもりだったってこと?

 しかし、たかが私の作った御飯くらいでまさかあんな大量に釣り上げられるとは、そんなに日頃の食生活が悪いのか? いや、昔は相当酷かったらしいが今は少しは改善されてるって聞いてるし、ゲイルがここにいた時料理人にここに住まわせてもらう御礼としてレシピも幾つか公開しているはずで。

 だが、ふと思い出したのは団員達に御礼と御馳走した時の首を傾げる出来事。

 肉食系のはずなのに私の給仕する野菜スープから空になったり、美味しいという割には私の握った小さなオニギリから無くなったり。

 ひょっとしてあれらはそういう意味だったってこと?


「それも仕方ありません。ハルト様の料理は世界一美味しいですから」

 変だなあとは思っていた。

 だけどこんな私の作る料理ごときにそんな価値があるとは思えない。

 これはどう考えてもイシュカの誇大広告、贔屓目というヤツだろう。

 私の作った料理は美味しいと刷り込まれ、暗示に掛かっているようなものか。

 けらけらと微笑って私は手を横に振る。

「んなわけないでしょう、イシュカは盛り過ぎだよ」

 そう言った私にイシュカが大真面目な顔で答える。

「そうですか? そんなことありませんよ?

 ですが仮に他の人にとって貴方の食事より美味しいものがあったとしても、私にとっての一番が変わるわけではありません。

 私に食事の楽しさを教えてくれたのは貴方ですから」

 イシュカの言葉で思い出したのは以前、団員達の寮の食堂で提供されていた激マズと評判の食事をなんの不満もなく普通に食べていた過去。ウチに来てから食事の大切さに気がついたと言っていたからイシュカの場合はそれもあるのか。

 ある意味私の作る料理が『お袋の味』的な家庭の味となっているのかも。

 ふむっと納得しているとイシュカが更に続けた。


「勿論、貴方が教えて下さったのはそれだけじゃありません。

 誰かに必要とされる喜びも、大切に思って頂ける幸せも、出掛ける時には『行ってらしゃい』と、戻ってくれば『お帰りなさい』と迎えてくれる家のあたたかさも、護るということの本当の意味も、手を繋げば握り返されるその掌の温もりも、まだまだたくさんあるのですよ」

 そう嬉しそうに語るイシュカに私は顔に血が昇っていくのを感じた。

 まるで愛の告白かプロポーズの前置きのような言葉に私は真っ赤になる。

 すると後ろからマルビスの溜め息混じりの声が聞こえてきた。

「イシュカ、ハルト様を口説くなら夕方、戻ってきてからにして下さい」

 くっ、口説くって・・・

 ワタワタと慌てた私にイシュカがけろりと答える。

「私は口説いているつもりはありませんが? 

 思っていることを正直に言っただけです」

 いや、間違いなく口説いてますからっ!

 そんな言葉、言われたあかつきには女の子なら絶対勘違いするよっ!

 それをわかっているらしいマルビスが呆れたように肩を竦めて言う。  

「ハルト様も大概ですが貴方も結構な天然ですね」

 天然?

 確かにイシュカはそういうところあるけど私も?

 そんな自覚はまるでないが、だからこその天然なのか?

 だが他人事のように言っているけどマルビスだってよく言ってると思うのだが。

「マルビスも人のこと言えた義理じゃないでしょう?」

「言えた義理ですよ。私のは天然じゃなくて自覚有りですから」

 よく言うアレらが口説き文句である自覚があるってことなのか。

 でもそれはわかってて言ってるということで、つまり、

「ソレってタチが悪いって言うんじゃないの?」

 私が赤くなって慌ててるのを知っていてやっているということだ。

 頬を染めながらでは迫力もなかろうがジト目で私が睨み上げて言うと『してやったり』と言わんばかりの顔でマルビスが答える。

「タチが悪いと思って下さると言うことは意識して頂いてるということですよね?」

 その言葉に私はグッと言葉を詰まらせる。

「私はロイやテスラ達と違って貴方に見惚れさせることはできませんからね。

 唯一無二になることは諦めましたがより多くの寵愛を賜ることは諦めていません。私が使える手はなんでも使いますよ。弁舌がよく回るのは私の取り柄のひとつですから」

 ハイ、ソウデスネ。

 モチロン、ソレダケジャナイデスケドモネ。

 いつもやり込められていますから。

 マルビスには口で勝てたためしもないし。

 確かにこの国では重婚も同性結婚も認められているし、私の五人の男を抱え込んだこの状況は特にすごく変わっているというわけでもないのだけれど。最近聞いた話では優秀な部下を召し抱え、繋ぎ止める手段としても使われることがあると知った。

 確かに一度結婚してしまうと身内になるわけだから離叛も難しい。

 離婚するには重責が課せられるのでリスクヘッジのためというのもわからなくない。もとより貴族と貴族の婚姻は政略的なものが多いわけだから有効的な手段とも言える。

 でも私はそんな意味で五人と婚約したわけじゃない。

 側にいて欲しいと思っていても縛り付けたいわけじゃない。

 数ある選択肢の中で自ら選んでもらいたいのだ。


 私の隣で生きることを。


 そのためには私が選んでもらえるイイ男になるのは絶対条件だと思うけど。

 仕事が趣味でロクな休日もないというのに楽しそうにしているマルビス。

 マルビスはもともと太めの非モテ男だったのもあってそういうところは不似合いなほどに自信がないようだ。私も前世で可愛げがないだの女らしくないだのと散々コキ下されて非モテ女代表だったのでマルビスの気持ちはわからなくもない。

 いや、わかり過ぎるほどわかると言ってもいい。

 『顔より性格重視』というのは前世でも私の周りでは所謂建前というヤツで、美人や可愛い女の子に視線も人気も集まるのは至極当然。綺麗だ、可愛いと騒がれて注目を浴びる女の子の横にそうでない女の子がいれば引き立て役と扱われることも多いのが現実で。

 どうしたって初対面は外見がものを言う。

 ちやほやと持て囃されれば気分もいい。

 蝶よ花よと育てられれば純粋培養のお嬢様だって出来上がるだろう。

 でも大多数の存在は比較対象されて後回しにされたり、どうでもいいなどと言われればいつか見返してやろうと負けん気が強くなったりとか、仕方がないとかわかっていても僻み根性が出てくるものだ。

 可愛くない女はこうして作られていくことも多い。

 私は前世では圧倒的に後者、どうでもいいと言われる側だった。

 もっとも男の格好をすれば女の子に街で声をかけられるほどだったので、底意地悪くもフツメンの男達が霞むほどには外見、性格共にイケメンぶりを演出し、アイドルや王子様になりきって女の子の視線を奪っていた自覚はあるけれど。

 ちょっとした意趣返しではあるが非常に男子達からは嫌がられたものだ。

 思えば私の性格の悪さや自信が持てない原因はこの辺りで形成されていたと思う。家族にも可愛げがないと罵られ、外では女のくせにと詰られて、ならば男よりも男らしくカッコ良くあろうとした。

 どうせ女扱いされないならと、私なりの処世術と言えなくもない。

 性格というものはもとの性質も関係あるだろうが環境によって大きく変わるものだ。

 陰口悪口を日々叩かれることで太かった神経が更に太く鍛えられ、妙な方向に曲がっていった責任の一端は彼らにもあると思うのだ。全員そうだとは言わないが私は男の無神経さが大嫌いだった。余計な一言を相手が傷付くと深く考えずに口にする。女心を理解しようとせずに可愛げのない女には女としての人権がないとばかりに。そういう男ばかりではないのだろうが、私の男運の悪さが折り紙付きだったことからすれば周囲にいた男が悪かっただけなのかもしれないけど。

 性格、気立の良さはある程度の付き合いや時間経過がなければ評価されにくい。相応、相当の努力が必要になることも多いし、『アレで顔さえもう少しマシならな』と、結局恋愛対象から除外されて『イイヤツ』で落ち着いてしまうことも少なくない。逆に凄い美人なら欠点も御愛嬌で済まされたりするのだ。

 それを脇で見ている私のようなモブ女は贔屓される彼女達に羨望し、嫉妬する。努力して綺麗に可愛くなる女の子も勿論いるけれど、全員の努力が報われるわけではないのだ。女扱いしろとは言わない、だけどせめて仕事などでの明らかな依怙贔屓や特別扱いはやめて欲しいと思ったものだ。まあ彼女達に言わせると、彼女達は彼女達なりの苦労もあったのだろうけど、そもそものスタートラインとアドバンテージが違うのだからモブな私からすれば羨ましい限りだった。


 だからこそ私は外見だけで人の価値を決めたくないと思っているのに気がつけば周囲はイケメンだらけ。

 説得力のカケラも無い。

 でも痩せる前のマルビスと、今のマルビスの価値はなんにも変わっていない。

 マルビスは太めの時でも充分イイ男だった。

 仕事が出来て、気が利いて、頭が良くて、オシャレで優しくて。鈍い私にもわかるくらい、好意をハッキリ言葉にしてくれる。

 前世、日常においても、二次元キャラの推しでも一歩間違えればお調子者、紳士的と言えば聞こえは良いが女性の扱いに慣れた口説き上手の八方美人タイプに私は弱かった。きっと可愛くないと言われ続けていた私は心のどこかで甘い言葉を囁かれるその状況に憧れていたのだろう。

 要するに、

「・・・中身は一番マルビスが好みなんだけどね」

 ボソリと周囲の雑踏に掻き消されるくらいの小さな声で私は呟いた。

「何か仰いましたか?」

 どうやら私の呟きは聞こえていなかったようだ。

 振り向いて尋ねてくるマルビスに私は微笑う。

「マルビスは出逢った時からずっと変わらずイイ男だねって言ったんだよ」

「それは御世辞でも嬉しいですね」

 そういうところも相変わらずだ。

 他は自信満々なのに容姿に関してはまるで自信がない。

 周囲の芸術品ばりの御面相(イケメン)に囲まれてては無理ないのかもしれないけど。

「御世辞じゃないんだけどなあ」

 まごうことなき本心だ。

 だが実際、好みのタイプだから恋に堕ちるわけではないわけで。

 誰かに恋してみたいという私の野望は未だ達成されていない。

 まあ、みんなが側にいてくれるなら『できれば』というだけで、どちらでもいいのだけれど。

 せっせと出発準備を整えながら振り返ると、やや後方の離れたところで突っ立ったままのサイラスが目に入った。


「サイラス、さっきから随分と大人しいけど平気?」

 考えてみれば昨日からここにきたばかり。

 ついいつもの調子でいろんなことを対処対応してたけど。

「平気とは?」

「ウチのノリはいつもこんなだから慣れてないと戸惑う人も多いから」

 首を傾げて問うサイラスに私がそう答えると、合点がいったとばかりにポンッと拳で掌を叩いた。

「ああ、それは大丈夫です。ある程度の情報も聞いていますし。

 ただ少し観察させて頂こうと思いまして口を挟まなかっただけですから」

 情報って、一体何を吹き込まれているのやら。

 まだ慣れていない場所で様子を伺うのは普通のことだと思うからそれは構わないんだけど。

「そう? ならいいけど。

 仕事さえちゃんとしてくれるなら無理だと思ったら距離取っても、どうしても馴染めないと思ったら宰相にお願いして他の人と交代しても構わないからね。

 ウチはある程度神経太くないとやっていけないと思うし。

 準備が出来てるなら馬車に乗っちゃって。じきに出発するから」

 優秀な人材だというのなら任務に縛られて身体を壊したり、精神病んでは勿体無い。

 働く場所はここだけではない、無理することはないのだ。

「承知致しました」

 にっこり笑ってそうサイラスは答えたが本当にわかっているだろうか?

 世間一般の人物像と実際の私では印象が全く違うから詐欺だと言われないかな?

 どちらにしろそれくらいで根を上げるならどのみちウチでは上手くやっていけないだろうし、ま、いいか。自己申告で付いていけないと思ったらチェンジしてもらえば。

 探られて困るような腹はないのでしっかり仕事をしてくれる人なら交代しても。

 マルビスの仕事が少しだけでも当面減らせるなら問題ない。

 ウチの中で一番過労死が近そうなのがマルビスとゲイルの二人、いや、今はベラスミにいるジュリアスもか。

 本当に我がハルウェルト商会の商業班は加減を知らない働き虫(ワーカーホリック)だ。


 荷物の積み込みが終わったところで馬車に乗り込むと連隊長が駆け寄ってきた。

「今日、例の貴族やあらぬ苦情を申し立てている者達を連れて行っても本当に構いませんか?」

 昨日の例の件の確認か。

 私はチラリとマルビスに視線を流し、頷いたのを確認すると了承する。

「勿論構いませんよ。ね、マルビス」

「はい。準備しておきます。ハルト様やあの御方(・・)のように特別肝の座った方は多くはないと思いますので気を付けては頂きたいですけど」

 あの御方? 

 ああ、陛下のことね。

 初めて見たって感じだったのに平然と素手で掴んでたもんね。

 それに連隊長が大きく頷いた。

「それはこちらで責任を持って対処します。では後程私も何名かの部下と一緒に伺います」

 ならば任せておけばそう問題もないだろう。


「じゃあ後でね、連隊長。じゃあ行ってきます」


 私は小さく手を振って騎士団本部を出発した。



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