第十六話 すみません、弱音吐きました。
本日下見予定の二ヵ所を周り、近くの村のたった一軒しかない宿についたのは陽が既に地平線の影に隠れ、薄暗い夜の帳が辺りを覆い始めた頃だった。
降りた馬をロイに預け、先に空き室の確認ために宿の中に入ったマルビスが困ったように頭をかきながら出てきた。父様の話ではここの宿は隣のローレルズ領の関所から近いこともあってそちらに宿屋が充実しているためあまり人が入らず、いつも半分近くが空き室だという話を聞いていた。のだが、
「冒険者ギルドの依頼で近くでオークの群れの討伐があったようで複数のパーティが宿泊していて空いているのは貴族用の最上階特別室だけだそうです」
ってことは何人泊まれるんだ?
最上階ってことは部屋は広いってことだよね。
「高いの?」
「いえ、問題はそこではなく、ベッドが四つしか用意出来ないらしくて」
当初、二人部屋をニつと一人部屋を一つ、もしくは二人部屋を三つの予定だった。
だがそれは満室、空いているのは特別室とかいう所謂従者付きの人間が泊まる部屋だけらしい。主の部屋に一つ、隣の執事や付き人用の部屋に一つ、護衛用の部屋に二つベッドが備え付けられているそうだ。とりあえずそこの部屋は押さえてきたらしいがこちらの人数は五人、足りないのだ。
「まあ食事は五人分用意してくれるそうですので、いよいよとなったら誰か一人床か、ソファがあればそこで構わないでしょう」
いや、床はダメでしょうよ。明日も馬で回らなきゃいけないんだから。
どうするかは部屋を見てから決めることになり、馬を馬小屋につなぐと宿屋に入った。
この土地の領主の息子ですと言うわけにはいかないのでこの間町に出た時の設定をそのまま使うことにした。ロイは護衛には見えないのでマルビスの商売相手のお得意様という設定にした。
既に宿代も支払い済みということで宿屋の主人は三階の特別室利用の上客に満面の笑顔で階段を上り、部屋まで案内してくれた。食事は部屋まで運んでくれるらしい。
さほど大きくもないこの宿では確かにパーティ数組が泊まれば他の宿泊客もいないわけではないので満室になりそうだ。実際、受付のカウンターと反対側の食堂は満席に近く、賑やかに騒ぐ声が聞こえていた。
部屋に入るとすぐに二人の従業員が食事を運んできてテーブルの上に置いて出て行った。
五人でテーブルを囲み、食事を取る。最初は一緒のテーブルにつくのを遠慮していたロイ達だったが今更である。外では一緒にバーベキューを囲み、ワイバーン討伐の打ち上げではテーブルこそ同じではなかったものの同じ店で同じものを食べていたではないか。
「イチイチ面倒なこと言い出さないでくれる?
屋敷の中じゃないんだから気にしなくていいよ。
それとも私に命令させたいの? 御飯冷めちゃうでしょ、さっさと座って」
と、問答無用で座らせた。
何が悲しくてみんなに見守られながらボッチ飯を食べなきゃいけないんだ。
全く、貴族ってのは面倒くさい。
ロイが甲斐甲斐しく取り分けてくれた夕飯を食べ終えて一息つくと部屋の中を見渡した。
特別室というわりには屋敷の私の部屋より小さめだ。
この食卓と小さな応接セットで殆ど部屋はいっぱいで左側に一つ他より豪華な扉ともう一つの戸口、右側にある四つの戸口のうち二つにはクローゼットの札がかかっている。全て個室になっているのか。
まあ応接セットのソファがあるのだから毛布さえあれば体の小さい私なら充分、問題なさそうだ。
となれば、片付けなければいけない問題は今日回った視察の土地についてだろう。
ランスとシーファが食器を下げてくれたテーブルの上にマルビスがグラスフィート領の地図を広げた。
まだ明日一か所残っているが今の時点での二人の意見が聞いてみたかった。
「どう思う? 今日までで取り敢えず五つあるうちの四カ所まわったわけだけど」
それぞれに利点と問題点がある。
二人とも難しい顔で考え込んでいる中、最初に口を開いたのはやはりマルビスだった。
「そうですね、今までの中でというなら私が押すのは今日見た四つ目の候補地ですかね。町からギリギリ半日かからない距離、早朝出発すれば昼前にはなんとか着けるでしょう。ある程度の林があり景観も悪くない。開拓の必要のない広い土地、しかも土地の高低差があるのでハルト様が考案した遊具を組むのにも面白い」
私が考えたわけではないけどね。
まあ、それは黙っておこう。
確かにマルビスの意見も一理ある。平らな場所ばかりでは面白みにかける。
でも早朝出発で昼前って少しハードルが高い。
テントとか張れる場所で泊まって貰うことが前提でないと日帰りでは三時間も遊べれば上等といったところだ。広い平地があれば格安でテントを貸し出すとか手のうちようがあることはあるけれど。
だがロイはマルビスとは意見が違った。
「私は一番最初の場所ですね。確かに今日見た二ヵ所は魅力的でしたが町から離れすぎては気軽に出かけられるという最初の定義から外れてしまいます。今回の開発事業をある程度成功させてからもう一つ、というなら良いと思いますが多少面白味にかけても利用しにくいよりも簡単に行ける場所の方が庶民には受け入れられるのではないかと」
もっともな意見だ。
この世界には車や電車といった便利な乗り物があるわけではない。
庶民の移動手段はもっぱら歩きか乗り合い馬車だ。
格安の定期バスならぬ定期馬車の運行は考えているけどそれもあまり遠いと行くまでに疲れてしまう。
「ハルト様はどうお考えに?」
ロイに話を振られて答えに詰まる。
こういうのは正直なところ蓋を開けて見なければわからないのだ。
万全を期しても失敗する時は失敗する。
後はそのリスクをどう減らし、カバーできるか。
最初から約束された成功など無い。
「正直なところ迷ってるよ。二人の意見にはそれぞれ納得のいく理由があるし。
全部が理想通りにはいかないだろうからある程度の妥協は必要だとは思うけど。
明日行く場所って期待できそう?」
まだ一つ残っている。だが全部の問題をクリアできる場所などないだろう。
「少し、厳しいかもしれません。距離的には悪くないのですが」
やはり、問題有り、か。
マルビスが理由をロイに問うと難しい顔で答えた。
「平地が少なすぎるのですよ。商店街は出来ても宿泊施設の確保までは難しいかと」
「規模が小さくなりすぎても確かに困りますね。
広げて行く予定がある以上土地が少ないのは致命的だ」
マルビスの返した言葉ももっともだ。
私達の作ろうとしているのが単なるレジャー施設ならたいした問題ではなかったかもしれない。
総合リゾート施設である以上、土地の確保は絶対だ。
「治安的には?」
「そう悪くはありません。調査は必要かもしれませんが低ランクの魔獣や獣が殆どなので高い柵でしっかり囲えばそう問題は起きないかと」
つまり宿泊施設建設以外の条件はある程度クリアしているわけか。
行ってみる価値はあるということだ。
「それじゃ明日の最後の一か所次第、今のところは第一、第四候補地が優勢ってことでいいかな」
二人の確認を取るとマルビスが頷いた。
「そうですね。現地を見てみれば何か打開策もあるかもしれません」
予定地が決まれば一気にいろんなことが動き出す。
マルビスも既に色々と手配しているみたいだし、なんとか一年以内にオープン出来るといいなあ。
さて、話もまとまったことだし、明日に備えて寝るとしよう。
私は椅子から降りるとランス達が毛布を持ってきて掛けておいてくれた応接セットのソファに座った。
うん、小さいけどまあまあの座り心地。
これなら背中が痛くなるとかはなさそうだ。
「何をやってるんですか?」
すると前にロイが仁王立ちしてコチラを見ていた。
何ってそれは聞かれるまでもないことだと思うのだけれど。
「いや、明日も早いからさっさと寝ようかと」
「何故貴方がそこになるんですか?」
何故ロイが怒っているのかわからない。
「だって護衛の二人にはしっかり休んで貰ったほうがいいから二人ともベッド譲ったんでしょ? それは私も納得だし、そうなるとこの中の一人がソファで寝るなら一番体の小さい私がここの方が合理的でしょ」
そう答えたとたん、マルビスがお腹を抱えて笑い出す。
ホント、マルビスって笑い上戸だよね。
「どういう理屈ですかっ、普通は従者がこちらです」
「ロイとマルビスじゃソファからはみ出しちゃうじゃない、まだ夜は冷えるんだからそれはダメだよ」
「貴方がここのほうがダメなんですっ」
屋敷の中じゃないんだから細かいことは気にする必要ないと思うのだけれども。
それに二人は馬を操っているけど私はロイに乗せてもらってるだけ、一番楽なのは私なのだから当然ここのほうがいいと思っただけなんだけど。
「とにかく私がこちらで休みますから貴方はあちらへ」
「ロイじゃソファは小さいよ」
「大きい小さいの問題ではありません」
だってロイは私の従者じゃない、そう言おうとして口を噤んだ。
建前上、確かにマルビスは私付きではあるけれど彼は私の仲間だと思ってる。
下に見たことはない。
ましてやロイは父様のだ。
私を助けてくれるのは父様のため、私が軽く扱っていいわけがない。
どうぞとばかりに一番立派な扉の前で開けて待つロイに仕方なくとぼとぼと歩いて向かう。そこにあるのは大きさ的には屋敷と変わらない大きさの、大人二人が余裕で眠れるベッド。
私がソファで寝るのが駄目ならこの手があった。
「じゃあ、こっちのベッド大きいからロイとマルビスが二人で眠ればいいよ。私はそっちの部屋で」
「それは慎んでご辞退いたします」
今度はマルビスに拒否られた。
「貴方ならともかく大の大人が男同士でその気もないのに一つのベッドなんて冗談でも嫌ですよ。それくらいなら私が床で眠ります」
ぐっ・・・
マルビスの言い分もわからないでもない。
いくらベッドが大きくてもさすがに大人の男二人じゃ狭い気もする。
でも私ともう一人ならまだ余裕はある。外見は六歳児、万が一誰かに見られた時にも言い訳が立つ。唯一の問題は中身が恋愛偏差値低空飛行の男に免疫がない三十路なオバサンなだけ。
別に前世でも会社の同僚と酒が入って男女混合で雑魚寝したこともある、色気もへったくれもなかったがそれと大差ないと思えば、
「私とならいいの?」
「マルビスッ」
咎めるようなロイの声に涼しい顔でシカトを決め込むと唆すようにマルビスが言った。
「命令すれば良いのですよ。貴方は私達の主なんですから」
「だって二人とも私の奴隷じゃないよ」
「そうですね、だから本当嫌なら断ります。まあ私は断りませんが、多分ロイも」
マルビスは、まあ、本当に断らないだろう。
でも、ロイも本当に?
「どうしますか? ハルト様」
突き付けられた選択肢。
二人のうちどちらかが床で寝るか、二人のうちどちらかと一緒に寝るか。
季節はまだ春半ば、朝の冷え込みは厳しいので前の選択肢は却下。
ただの添い寝なのだから自意識過剰でどちらかに風邪をひかせるのは避けたい。
そうなると後は私がどちらと一緒がいいかという問題で。
二人の顔を見比べる。
楽しそうな顔のマルビスと複雑な顔で横を向いているロイ。
拒否られないのはマルビスだろうけど・・・
「・・・じゃあ、ロイでお願いします。ロイが嫌じゃなかったら、だけど」
私の答えに驚いたようにロイが振り向いた。
嫌そうな顔、ではないよね?
「私では駄目なので?」
ニタニタと顔を近づけて問うマルビスの顔を平手で押しのける。
「マルビス、目が笑ってるもん。絶対からかう気満々でしょ。だからヤダ」
「そんなつもりは毛頭ありませんが」
「そのセリフ、嘘臭いよ」
ムッと唇をへの字に曲げて言い返すと私の手の平を退けるでもなく、そのまま彼はロイに視線を向けた。
「で、どうします? 貴男が断るならもう一度私が立候補しますが」
「わかりました。では御一緒させていただきます」
マルビスの襟首を掴み、私から引き剥がして動揺した様子もなく答える。
これはこれで複雑かも。まあ普通はこんな子供の添い寝なんてたいした意味あるわけないし。
「まあ、今回は貴男に御譲りしますよ、ロイ」
意味深な言葉を残し、手をヒラヒラと振り、マルビスはもう一つの扉へと消えた。
自分で決断して、腹は括った。
だけどいざ部屋に二人きりになるとやはり緊張せずにはいられなかった。
私は赤ん坊の頃から記憶があったから普通の赤ん坊の様に母親や父親が恋しくて泣くということをした覚えはない。だから抱き上げられてあやされた記憶もほとんどない。手がかからない子供だったとよく言われる。
父様も母様も兄上や妹達にかかりきりだったから。
愛された記憶がないわけじゃない。
いくら前世の記憶を持っていたって今の家族を本当の家族だと思ってる。
でも誰かと一緒に眠るのは随分久しぶりだ。
しかも相手はロイ、あの顔が間近に、いや、馬上でもかなり近かったのだ、大差ないはず。
やたらドキドキしているように思えるのはきっと気のせい、さっさと着替えて眠ってしまおう。
寝室に置いてあったローブに着替えて毛布の下に潜り込む。
勿論ベッドの端よりにもう一人が眠れるスペースは充分空けて壁の方を向く。
後ろで衣擦れの音が聞こえてきて暫くすると失礼しますという言葉の後に、もう一人分の体重を受けてベッドが沈んだ。
背中に感じる人の気配は落ち着かない気分になる。
明日も下見があるんだから早く眠らないとと思っているのだけれど目はしっかり冴えてしまった。
窓から入り込む月明かりもカーテンに遮られてほとんど入ってこない。影は見えてもそれが何か判別でかるほどの明るさはない。
なのに視線を背中に感じるのは何故か?
意識し過ぎて被害妄想か、自意識過剰になってるのか後ろが気になって仕方がない。
確認すればいいだけだ。
こんな色気もない子供が見つめられてるなんて思うのはロイに失礼だ。
思い切って振り向くとバッチリ間近で目が合ってしまった。
いくら辺りが暗いといったって暗闇なわけじゃない、ここまで顔が近ければわかる。
感じていた視線は間違いなかったのだと。
「眠れませんか?」
初めて見た、ロイのこんな格好。
いつも上から下までビシッとして隙がないように見えるから、こんな姿を見るとドキドキが止まらない。
「・・・視線が」
「ああ、申し訳ありません。つい、魅入ってしまって」
言葉では謝ってるけど、全然悪いと思ってないよね。
なんだか機嫌が良さそうだけど。
声が少しだけいつもより高い。
「ただの子供の背中だよ?」
「貴方がただの子供なら、こんなに迷わなかったでしょうね」
まあ、確かにただの子供ではないけど。
異世界人の魂入っちゃってるし、前世の記憶バッチリ残ってるから精神年齢的にはロイより年上なわけだし。
でもロイって明らかに年より落ち着いてるよね、私の方が子供っぽいんじゃないかって思うことあるし。多分外見年齢に多少は引っ張られてるんだと思うけど。もともと私は適応能力あるほうだと思うから周囲も当然私を子供として扱うからかもしれないけど。
ロイは少し間を空けて続けた。
「私を選ぶとは、思いませんでした。最近、随分とマルビスと親しげでしたから」
「やっぱり、迷惑だった?」
「いえ、光栄ですよ。本当にあなたは何人誑し込むおつもりですか?」
誑し込むって、そんな人聞きの悪い。
私は誰も誑し込んでなんかいませんって。
むしろ今のこの状況、ロイに誑し込まれそうなんですけど。
「貴方に出逢って、話をして、関わりを持つと殆どの人間は貴方に夢中になります」
「そんなこと、ないと思うけど」
「自覚したほうがいいですよ?
そのうち独り占めしたい誰かに閉じ込められるかもしれません」
そうかなあ、そんなことないと思うよ。
確かに以前よりみんなとの距離は近くなったし、交友関係も増えたけど、ただそれだけだ。
「貴方は不思議な方ですね、知っていますか?
マルビスがあんなふうに笑うのは貴方の前だけなんです」
えっ・・・マルビスって誰にでもあんな感じじゃないの?
「マルビスだけじゃありませんよ、貴方が変えたのはもっと大勢の人間です」
そんなに自分に影響力があるとは思えないけど、だったら、
「ロイも?」
ロイも少しは変わった?
「どう思います?」
暗がりではっきりとした表情までは読めない。
ロイとは少し前まで挨拶は交わしてもそんなに話をすることはなかった、接点があまりなかったから。
だから知らなかった、ロイが結構表情豊かだなんて。
時々見かけるロイはいつも物静かなイメージだったけど誕生日のあの日以来、よく怒られるし、笑いかけられるし。だから、
「わからない。けど、少しは私のこと好きになってくれると嬉しいかな」
私はよくロイを困らせる。
怒られることもあるし、だけどあの日以来、何かあると駆け付けてきてくれて、手を差し伸べ、倒れそうになると抱き上げてくれる。だけど、
「だってロイの一番は父様でしょ? 私は誰の一番でもなかったから」
私は自惚れていない。
今も、前世も、それは変わらない。
「父様も、母様も、みんな好きだし、愛してくれてるのもわかってるよ。
でも私は三男だから優先されるのはいつも兄様達だったし、妹達が産まれてからはアリシアとエリシアに手がかかるのわかってたから仕方ないって思ってた。
私は手がかからない子供でいる方が良いって」
結局、この世界でもまだ私は誰の一番でもない。
まだこの世界での人生は始まったばかりだけど。
「少しだけ、ほんの少しだけだよ。本当は淋しかったんだ。
だからかな? 私は自分の大好きな、誰かの一番になりたかった」
二番手、三番手じゃない、私を一番に優先してくれる人が欲しかった。
「私は時々みんなの過大評価が怖いよ。私はそんなに凄い人間じゃない。
強いんじゃなくて、臆病だから私はカッコイイ男になりたいって思うんだよ。
いつだって怖くてたまらなかった。
体が、震えてた。
一度挫けてしまったら、立ち上がれなくなるって強がって、負けるもんかって睨み返してたんだ。
でも、本当はみんなに嫌われるのが怖かっただけなんだと思う」
周囲から弾かれる惨めさはよく知ってる。
あれは死にたいって思うくらいには辛いんだ。
だけど私は人一倍負けず嫌いで意地っ張りで。
結局生まれ変わっても私って進歩ないんだなあ、情けない。
「幻滅した? 私は自己満足でみんなを護りたいって思ってるんだよ、多分」
だんだん声は小さく、顔は俯いていってるのは自覚してる。
「強がってたけど、本当は誰かにギュッて、抱きしめられたかっただけなのかも。
よくやったって、褒めてほしかっただけなのかも。単純だよね、ホント」
馬鹿だよね、自分でもよくわかってる。
素直に甘えればいいのに、私にはそれが出来ない。
「私、誰かの一番になれるかなあ。大好きな人の、一番になりたい」
ポツリともれた本音に泣きたくなってきて私は慌ててロイに背中を向けた。
「駄目だなあ、弱音を吐くようじゃまだまだだよね。
私の目指すいい男にはほど遠いかも。
ごめん、今の忘れて。大丈夫、明日にはいつも通りに戻るから。もう寝よ」
駄目、泣いたらロイを困らせるだけだ。
涙が出そうになって、毛布を引き寄せようとした瞬間、私はロイの腕の中に引き寄せられた。
思い切り、ぎゅっと抱きしめられて出てきそうになっていた涙は吃驚して引っ込んでいた。
嘘・・・夢かな? これ?
小さな子供の体はすっぽりとロイの腕の中に収まってしまった。
背中に感じる体温と伝わる鼓動に私はどうしたらいいのかわからなくなって硬直する。
耳もとにかかる吐息に首を竦めたけれど力強く抱き締められた腕の力が弱まることはなかった。
「貴方は本当に何もわかっていないのですね。
貴方はそのままで充分魅力的なんですよ」
囁かれる甘い、優しい言葉。
同情かな? それでも嬉しいと思う自分がいる。
「完璧じゃなくていいんです。欠けてる方がいいんですよ。
でないと、側にいる人間は自分などいらないのではと思ってしまうでしょう?」
そう、なのかな? 自分のポンコツぶりはよくわかってる。
こんな私が良いって思ってくれる人、本当にいるのかな?
こんなふうに抱き締められていると錯覚しそうになるよ。
温かい。
強い腕の拘束にさえ幸せだと感じてしまう。
誰かの腕の中って、こんなに心地よくて安心できるものなのか。
「なんとなく、わかってたような気がしますよ。
強気に振る舞いながらどこか怯えていて、破天荒に見せながらも周囲に気を使う。貴方はひどくアンバランスだ。何故だろうって考えていたんです」
そんなふうに私は見えていたのか。
アンバランスって、言われてみればその通り。
子供の体に大人の記憶、釣り合っていないのは当然だ。
「自分に自信がない貴方には鬱陶しいと思われるくらい言葉で伝えるのが丁度いいみたいですね。
ならば私はこれから何度でも何回でも、貴方がもういい、解ったというまで教えてさしあげますよ。
貴方は誰よりも強くて、心優しい、魅力的な人なんだと。
みんなを夢中にさせる素敵な人だと」
そう、なのかな。それはロイのかいかぶりすぎなのでは?
疑り深いこんな自分も嫌いだ。
身を縮込めて大人しく腕の中に収まってる私を抱きしめたまま、やがてロイは疲れていたのか、静かな寝息をたてて眠りに就いた。
そして私も背中に感じる温かい体温と鼓動にいつの間にか深い眠りに落ちていった。