第五十二話 弁護士、やって来ました。
学院支部を出てシルヴィスティアに到着すると、明日のプレオープンを前に宰相が下見にやって来ていた。
「ハルスウェルト殿、久しぶりですね」
明日の開店準備に忙しく、大勢の人がワラワラと動き回っている中、私の姿を確認すると大声でそう挨拶しながら護衛その他を引き連れて近づいて来た。
私は良くも悪くも有名人、一斉に周囲の視線がこちらに向き、途端にザワザワと騒がしくなる。
咄嗟にマルビスの影に隠れたくなったものの今更だ。
ウチの期間限定店舗看板にはハルウェルト商会のトレードマーク、ぷっくりとした丸顔の私モデルのキャラ顔がその店で販売する商品片手にズラリと並んでる。
隠したところでバレるのも時間の問題だ。
仕方がない、国家の重鎮相手にシカトをするわけにもいかない。
私はペコリとお辞儀をすると挨拶する。
「お元気そうでなによりでございます。
お見えになるのは明日だと思っていたのですが」
「いや、明日の挨拶にはフィガロスティア第一王子殿下が挨拶にお見えになる予定でして貴方に幾つかお願いがあってこちらに足を運んだ次第でして」
幾つかって何?
また面倒を押し付けようってわけじゃないでしょうね。
宰相の言葉に嫌な予感を感じつつも会話の中で出てきたフィアの名前に一瞬動きを止める。
確かに王室バックアップが付いているとなればそれなりの立場の人が来るとは思っていたけれど。ノリノリだったからてっきり陛下か王妃様あたりが大勢の護衛引き連れて出張ってくるかなあと。
意外といえば意外な人選だ。
でもここの施設の名前にフィアの名前の一部が使われて、シルベスタ饅頭の型の指定が国家の紋章と陛下、フィアの顔だったことを思えば王妃様よりフィアの方が宣伝効果もあるのか?
まさか、そこまで考えていたわけではないでしょうね?
いや、でもあの腹黒陛下のやることだ。
何があるかわからない。
最初から考えてなかったにしても饅頭の存在を思い出して面白いと思った可能性もある。何か裏があるような気がしてならないのは今までいいように陛下の掌の上で踊らされた過去の実績(?)があるからでもあるのだが、思わずジト目で宰相の顔を見上げて尋ねた。
「フィアが来るんですか?」
「ええ、王都初の平民向け娯楽施設ですからね。
国との関わりを示すためにもその方が良いだろうという陛下のご判断です。明日はマリンジェイド連隊長他数名が護衛につきます。
明日は御披露目ということで、各国の外交責任者の方々や名だたる商会のトップの方達がお見えになりますから顔繋ぎするのにも丁度良いだろうということです。それもあって明日は地方の領主達でも参加を表明している者も大勢おりますよ?
自領の特産品を売り込むチャンスですからね」
聞けば成程、納得である。
陛下も色々考えているわけだ。
フィアもここ二年ほどは公式の場に顔を出しているとはいえブランクもある。注目されているものなら自分の跡取りとしての顔を多方面に売っておこうというわけか。
宰相はウチの屋台群をぐるりと見渡し尋ねてきた。
「貴方のところは食事がメインで物販は行わないのですか?」
確かにウチの保養所件管理施設の前に並ぶ看板は確かに食べ物系ばっかりだけど、
「一応、ハンモックや組み立て式コンロ、調理器具などの一般売りされている物は販売予定していますよ。ですがウチは基本的に観光娯楽産業が主になりますからね。施設に遊びに来て頂いたお客様にのみ販売するというプレミア感を演出していますから」
ここで売ってしまっては、その特別感も台無しというもの。
売れるからとそこかしこで売っては価値も下がる。
幅広く行き渡り、ウェルトランドでの売り上げが落ちてきたら地方売りも考慮していくつもりではあるけれど、今のところは考えていない。
私がそう答えると宰相のやや後方にいたサラサラストレートの金髪ロン毛の細身の男の人が口を開いた。
「なかなか上手い手ですね。
それも話題ある商品を多数扱っているからこそ取れる手段ではありましょうが」
甘いテノール、テスラの低いバリトンとは違うけどテスラに負けず劣らずのいい声に私は目を剥いた。
ハッキリ言って私はメンクイではないが、声のいい人に弱い自覚はある。テスラの低い声の方が好みではあるが澄んだ張りのある声、うっとり聞き惚れてしまいたくなってハッと我に返り、慌てて姿勢を正し、問いかける。
「こちらの御方は? 初めてお会いする方かと存じますが」
凛とした雰囲気はロイが近いが、おし並べて平均以上の万能タイプのロイに対し、テスラ寄りの明らかに文官タイプ。如何にもな知的タイプだが同じインテリ系でもサキアス叔父さん違って隙がなさそうだ。かと言ってお堅いって感じもしない。
ハンサムであることは間違いないが鋭い眼光は只者ではない。
尋ねた私に宰相が応えてくれる。
「ああ、紹介が遅れました。こちらはサイジェラルド・ラ・フェリオール。
子爵家四男であるため扱いは平民となりますが、そちらから依頼されていた法律に詳しい男、弁護士になります。明日では忙しく、それどころではないだろうということで今日、御紹介のため、同行させました」
この間、陛下に物は試しにとお願いしてみた人材か。
随分と若いように思う。
私の独断と偏見もあるかもしれないが、もっと年配の落ち着いた雰囲気の人が紹介されるかと思っていた。だが弁護士というのならこの張りのある美しい声はさぞかし便利だろう。相手に聞く意思を持たせることもできそうだ。
言葉で説得、弁明を代弁する立場であるならこの声は武器にもなる。
彼は一歩私の前に歩み出ると綺麗に御辞儀をした。
「只今御紹介に預かりましたサイジェラルド・ラ・フェリオールと申します。
どうぞサイラスとお呼び下さい。ハルスウェルト様のお噂はかねがね聞き及んでおりますが、失礼ですが想像していたのと随分印象が違うのですね、驚きました」
そりゃあまあねえ。
私でも『頭、大丈夫?』と尋ねたくなるような夢見る乙女状態のものも多いし、伝記か神話の騎士か英雄かみたいなのもあるし、噂だけ聞けば他人事なら随分立派で素晴らしい人なんだろうなあと思ったことだろう。
その噂の人物が自分であること自体、最早『王国七不思議』入り確実だろう。
そんなものがあるかどうかは定かではないが。
笑い飛ばしたいところだが笑えないような美化状態に頭がイタイ。
私は顔を引き攣らせつつ曖昧に笑う。
「そうですね。そうだと思います。随分と大袈裟で過分な噂も多いようなのでガッカリさせてしまったのであれば申し訳ないのですが」
「いえ、貴方様に関しては様々あり過ぎて人物像がハッキリしていませんでしたから私の勝手な想像と憶測でしたので。
宰相からはおそらく会えば驚くだろうとは言われていましたが」
でしょうね。
噂で伝え聞くような立派な人物を想像していればさぞや落胆するだろう。
それらの責任は私にはないですよ?
いや、ちょっと待て。
この間のロイやイシュカの話ぶりからするとウチの側近、従者達がその噂の根源の一端を握っている可能性も捨てきれない。
そうなると部下の責任は私の責任、関係ないわけでもないのか?
最近のロイ達の『側近バカ』の暴走ぶりはかなりヤバイ気がしないでもない。
愛されているのはよくわかるし嬉しいのだが現実を見たときにガッカリされるのは私であってロイ達ではない。
私が乾いた笑いを浮かべているとガッシュが近づいてきて管理事務局にある応接室の一室を開けてくれたと耳打ちしてくれた。
「ああ、ありがとうガッシュ。
じゃあ暑い太陽の下もなんですのでどうぞこちらへ。
テスラ、悪いけどカキ氷かアイスかなんか持ってきてくれる?」
こんな暑い日差しの下なら冷たい物が恋しくなる。
宰相は勿論だけど、しっかり防具その他を着込んでいる護衛の近衛達もしっかり汗が垂れている。
「承知しました」
テスラが踵を返したところで働いてるみんなを振り返る。
「頑張るのも程々にね。暑い時はしっかり休んで涼しくなってから作業再開でもいいし、慌てなくてもいいからね。無理するとこの先続かないよ。みんなも気をつけてね」
ウチの従業員達の大きいな返事が聞こえたところで安心する。
何事も頑張り過ぎは良くない。
無理が祟ればどこかに弊害も出てくるというものだ。
私はみんなを使い潰したいわけじゃない。楽しく仕事をしてほしいのだ。
別に無理だと思えばもっと楽なメニューに変えてもいいし、そのための看板は既に運んであるので付け替えればいいだけだ。売り切れなども想定して予備メニューも考えてある。
「ハルト様、お気遣い、ありがとうございます」
「ガッシュも充分気をつけてあげてね?」
聞こえてきたやる気満々の声にガッシュに一応注意を促すとしっかり良い返事が返ってきた。
だがやはり張り切り過ぎているようにも見えるので、後でマルビスに見回っておいてもらおう。二ヶ月という期間はそれなりに長いし、慣れていない土地だ。
シフトも緩めに作って一日の販売数を決めて売り切れ御免も検討しておこう。
私は軽く手を振ると建物の中に入っていった。
ソファを勧め、腰を降ろしたところで早速礼を述べる。
「御紹介ありがとうございます。非常に助かります」
これで色んな方面への確認事項が減る分だけマルビスの仕事が楽になる。
ウチの中でもダントツトップクラスにブラックな勤務形態なのがマルビスとゲイルだ。
次点でロイだがこの三人は起きている時は大概動いてる。
いくら二十代前半の若さとはいえ無理すれば歳取ってからそのツケが回ってくる。
体力は無限ではないし、休息というものは必要なのだ。
私の周りにいる人達は大半が私より十歳以上年上。
今後のため、私のため、長生きしてもらわねば困るのだ。
みんながずっと側にいてくれるなら最期に独り残されて孤独で生きるなんてゴメンだ。
年末年始は絶対今年も強制休養させてしまおう。
ベラスミだと仕事を振られそうだから今年は屋敷でのんびりと。
「こちらこそ引き受けておきながら紹介が遅くなってしまって申し訳ございません」
宰相はそう言って謝罪するが弁護士というからにはそんなに暇ではないはずだ。
腕がなく、依頼が来ないような人なら別だろうが国から推薦がもらえるほどの弁舌が立つ腕となれば抱えている案件もあるだろうし、すぐに片付くものでもないだろう。
「構いませんよ。こちらからお願いしたことですし、弁護士というなら尚更抱えていた仕事もおありでしょうから。むしろもう少し遅くなるかと思っていました」
専門家というものはどこでも離したがらないものだ。
特にこういった関係の仕事であれば雇主の裏事情や表沙汰にできないような案件も知っている場合もあるだろう。特に欲の皮の突っ張った貴族連中なら如何に上手く税金を誤魔化して罪を逃れるかが重大事項であるとするなら腕の良い弁護士は必須、自分の罪を知る者を手放せば、一気に悪事が露呈する場合もあるだろう。
物事というものは言い方一つ、解釈一つの取り方の違いで法の目をかいくぐることができるものだ。
そうなると随分若い気はするが専属、専任、顧問といったものについていないであろう若い人材が派遣されてくるのも道理か。
「歓迎致しますよ。これでウチの仕事も捗ります。
我が商会の経営状態はかなり複雑化していますのでなかなか厄介でして、利権や登録、税金、財産管理など御相談に乗って頂きたいことが多数あります。
早速で申し訳ないのですがお願いできる勤務形態についてお尋ねしても?」
それによっては用意するものが変わってくる。
住まい、給金、その他諸々の諸手続きだ。
国から派遣されてくるとなれば国とウチからダブルで支払いになるわけで、扱いがイシュカに近くなるだろう。緑の騎士団支部長補佐を務めるイシュカは現在基本給と講師料を国から、各種手当をウチが支払う形を取っている。
「勤務形態と申しますと?」
弁護士のサイラスが訪ねてきた。
「専属、顧問、相談役、常勤、非常勤など色々そちらの都合もあるかと思いまして。
貴方は現在国の機関にお勤めではないのですか?」
そこまで言ったところで、前に座る宰相とサイラスの顔が一瞬固まったのに気が付いた。
あれっ?
マズイかも?
これって『貴方、陛下のスパイですよね』という意味にも取れなくないか?
慌てて取り繕うように私は口を開く。
「ああ深い意味はありませんよ。貴方の給与支払いの関係やその他手続きもありますので確認したかっただけですから」
っと、待てよ?
これって更に墓穴を掘ってないか?
遠回し疑ってるんですよとも取れるかも。
マルビスは表情こそ変えていないが目が完全に笑っていない。
どうやら私はやらかしてしまったらしい。
国から送られてくる密偵、間者はシカトしておき、こちらに都合の良い人材をこちらから誘導して送り込んでもらおうと計画していたのだが、うっかり言葉選びを間違えた?
いや、直接的な言葉を言ったわけではない。
まだ誤魔化しが・・・
「やはり御存知でしたか。陛下が貴方達は私達が監視のために潜り込ませている者の存在に多分気付いていると仰っていましたが」
・・・効かなかった。
というより、とっくに陛下にバレていた。
宰相の言葉にやはり世の中そんなに上手くいくわけないかと乾いた笑いを浮かべる。
隣に座っていたマルビスが小さく苦笑して口を開く。
「はい、確証はありませんが護衛、厩舎の世話係、庭師、ですよね?
構いませんよ。後ろ暗いことをするつもりは毛頭ありませんので。
ウチは年中人手、人材不足でしてね。私達の邪魔するような方達でなければ、むしろ貴重で有能な人員を手配頂いてありがたいくらいです。特に優秀な研究者などなかなか企業努力だけでは手に入り難い人材もありますので、いらっしゃるのであれば是非に。
喜んでお引入れ致しますよ?」
ぽんっと私を安心させるように肩に手を置いてマルビスは続ける。
「何かの折にはそれが証明となることもあるでしょうしね。
そう、ハルト様達と話をしていたのですよ。まあ、それもうっかりこの方が口を滑らせてしまったわけですが既に陛下の御慧眼には悟られていたようですし。
ですから貴方もコソコソとする必要はありません。
なんならウチの本社と支店の定期便で御手紙や報告書をお送りしても構いません。
王都、グラスフィート間は毎日最低一便は出ていますから。
構いませんよね? ハルト様」
極力表情を保っていた私にマルビスが同意を求めてくる。
これは私のメンツを保つように仕向けてくれているとみるべきだろう。
すみません、お手数、ご迷惑おかけしてます。
ありがたくも有能な片腕の配慮に感謝して私は頷いた。
「いいよ。どうせついでだし」
たくさんの荷物に一つや二つ、その程度のものが混じったとしてもどうということもない。
既に陛下にバレているというなら隠しておくだけ無駄。
逆に彼らも私達にバレていると知っていればやりやすいこともあるだろう。
やはり隠し事というものはいずれバレる運命なのだろうかと、自分のポカを棚に上げ私は呑気にもそう考えていると、いつもの如く私の評価が良い方向へと転がり始める。
「これは聞きしに勝る豪胆な方だ。これは想像を遥かに超えた御方ですね。
全く外見からは想像もつかない、本当に驚かされます」
うん、わかっていたよ。こうなることは。
感心したようなサイラスの呟きに私は内心ゲンナリとする。
しかし、折角マルビスが守ってくれた私の建前だ。
威厳はなくとも見栄くらいは張るべきだと顔だけは余裕を取り繕い、不敵に笑って見せる。
所詮私はこの程度、みんなに支えられてなんとかやっていけているのですよ。
だけどあんまり上に立つものが情けなくてはハルウェルト商会の評判にも関わってくるだろうと最近では諦めて際限なく大きくなる噂もある程度許容しておくことにした。私が馬鹿にされるということは、私についてきてくれるみんなも馬鹿にされるということだ。
馬鹿に馬鹿が従っていると蔑まれるのは本意ではない。
とはいえみんなの価値を貶めるようなものは排除、訂正するけれど。
にっこりと笑った私にサイラスが頷いた。
「確かに私の雇用主は国になりますが貴方がたの邪魔をするようなことは申しつかっておりません。基本的には専属で貴方様に御支えし、むしろ経済効果を生み出すようなものであればどんどん後押しして積極的にやらせるようにと。企みを暴くというより、いきなりどんな大事業を起こすのかわからないから見張れということです」
やはり陛下には取扱注意認定されているのは間違いなさそうだ。
いや、当分その予定はありませんよ?
一応。
とはいえ耳聡いマルビスやテスラがうっかり漏らした私の呟きを聞き逃すとも思えないので暫く妄想は控えるようにするつもりではあるけれど。
だが報告だけで基本的に止めるつもりがないなら問題ない。
「ではどうぞ御遠慮なく。
但し、側近と幹部以外、貴方達の裏事情は存じませんので充分お気をつけ下さい。
それで失礼ですが、歳の頃はマルビス達と同じくらいだとお見受け致しますが御家族はお見えになりますでしょうか?
それによって家族用の住まいを、独身でみえるなら単身者用の寮を用意しなければなりませんから。それともこちらの支店勤務の方が?」
今が王都住まいで通いというなら考慮する必要もあるが、
「そういう意味でしたらグラスフィートの方に単身者の住まいを是非。
私は独身主義でして婚約者も妻もおりませんので」
ふううん、勿体無い。
将来、というより既に有望株でハンサムなのに。
まあ所詮他人の人生だ。人の価値観もそれぞれ、私が口出しすべきではないだろう。
「じゃあマルビス、手配しといてもらえる?」
「承知致しました。商業棟の方でよろしいのでしょうか?」
返ってきた言葉に私は一瞬考える。
商業棟、あの奇人変人大集合のあそこか。
まともな神経の人にいきなりあそこはキツイかも。
サイラスはどちらかといえばマトモそうだし。
「ウ〜ン、荷物がどれくらいあるかにもよるか。
こちらからお願いしてきてもらってるっていうのもあるし、自炊か食事付きかによっても変わるんだよね。工房の空きあったっけ?
自炊できるならそっちでもいいし」
各工房には簡易キッチンも付いているし、基本二階建て。そこだけでも生活できるようになっている。大人数が行き交う生活に慣れていないと苦痛に思う人もいるだろう。
私達が悩んでいるとサイラスの方から希望を申し出てきた。
「狭くても構いませんので食事付きで、貴方様のできるだけ近い位置で」
なるべく側で見張りたいってことなのか?
まあ別に構わないけど。四階部分のプライベート領域さえ守られるなら。
「では先月改築した二階のもと客室は如何です?
あそこであれば広さもそこそこありますし、必要であれば向こうに戻るまでにそちらの都合の良いように改装させます」
そう提案してきたマルビスに私は思い出した。
そうだ、迎賓館があるから屋敷の客室は使わないだろうって潰して改築したんだっけ。
あそこなら適度に近く、私達のプライベートも守られる。
となれば後はこの王都滞在期間中をどうするか、だ。
「一応今回私達はこちらに三ヶ月滞在予定なのですけど、どうします?
先に向こうに行ってますか? それとも私達と一緒に移動します?
私の父上が向こうを管理して下さってますので先にあちらへ行って頂いても問題ないですけど、すぐにこちらでというなら通いか、住み込みでというのであれば騎士団内の住まいの方を一部屋空けるかしますけど」
「出来れば騎士団内の方に。なるべく早く着任するようにとの御指示ですので」
どれだけ私達を見張りたいんだ?
あの陛下。
まあ己の所業を振り返ってみればそれもわからなくはない。私が陛下の立場でも私みたいなのはしっかり監視をつけておきたいと思うだろう。
だがそうなると現在あちら側も定員オーバー、二人一部屋の鮨詰め状態だし、流石に客員というか、いきなり移動してきてそれはキツイだろう。
特に護衛のみんなはノリが体育会系だ。
違う人種の方々には相応に鬱陶しいに違いない。
「んじゃ、マルビスかイシュカに私の部屋に移動してもらおう」
よくあることだ。今更気にするまでもない。
たまに目が覚めると側近の誰かが隣で眠っていることもあるのだし。
私の部屋は他より広いし、曲がりなりにも小さい書斎みたいなのも付いている。
「では私が」
私のその言葉に反応したのはイシュカとマルビス同時だ。
一人部屋の方がのんびりできると思うのに私の部屋が良いのか。
同時に名乗り出た二人が無言で睨み合う。
その視線の間に火花が散っているように見えたのは気のせいか?
「もういいよ、狭くてもいいなら喧嘩しないで二人とも移動してきなよ」
そうすればもう一部屋空くから誰か増えた時に助かるし。
どうせ日中殆どこっちにいるのだから眠りに帰るだけなのだ。
二人のやりとりにサイラスが思い出したように呟く。
「そういえば男の婚約者が五人、おみえになるんでしたね」
「ええ。世の中、物好きが多いようで。
安心して下さい。巷で色々噂が出回っているかと思いますけど私は今のところこれ以上婚約者を増やすつもりはありません」
計画的とはいえ男好きの噂を流してあるし、身の危険を感じて逃げられても困るのでそう付け加える。
「そういう心配はしておりませんが、よろしいんですか?」
伺うような、こちらの出方をみるような、妙に持って回ったような言い方だ。
「? 雑魚寝みたいなものでしょう? あそこにあるベッドは折り畳み式なので移動も楽ですし。みんな少々過保護なところがありますので誤解されることも多いようですが」
私がそう答えるとイシュカが目を吊り上げて注意する。
「貴方が無頓着過ぎるんです。貴方の御身は今やとてつもない価値がお有りになるのだということをそろそろ自覚なさって下さい」
そのフレーズは耳にタコが出来るほど聞かされてはいるけれど私のことを思っての言葉だってことは重々承知している。
「ゴメン、ゴメン。別に粗末にしてるつもりはないんだ。
ただ神経質にならなくてもそんなに私はヤワじゃないよ」
「だからこそです。貴方はすぐ私達や部下に危険がおよびそうになると即時飛び出して最前線に立たれますから」
「だって大事な人や部下を護るのは私の役目でしょう?」
「違いますっ、なんのための護衛だと思ってるんですかっ!
貴方は護られる側なのだと何度言えば理解して頂けるんでしょうかね?」
イシュカと私の言い争いに目を丸くしていたサイラスがクスクスと笑い出す。
「ほらっ、イシュカ達が過保護過ぎるから笑われてるじゃない」
やっぱりイシュカの心配し過ぎだ。
ありがたいと思うし、その気持ちはすごく嬉しいけれど私はお飾りとはいえ商会のトップ、従業員を守るのは義務だろう。
と、そう思っていたのだけれど彼の口から出た言葉はイシュカを擁護するものだった。
「いえ、逆ですよ。貴方様の臣下の方々の苦労が伺い見えるようで。
これは陛下が心配なされるのも道理ですね」
エッ、違っているのは私の方なのか?
「陛下はなんと?」
「貴方様は無自覚の人タラシなのでタラシ込まれないよう、気を付けろと。
最悪タラシ込まれても良いが連絡だけは怠らぬようにと念押しされました」
・・・・・。
あの陛下は、本当にいったい私をなんだと思っているのか。
「尊い御方にそのように大事にされれば大抵の者は揺らぎます。
言葉よりも雄弁にハルスウェルト様は行動で語っているようでございますから」
尊い?
それは私のことなのか?
まあいいや、それも今更だ。
否定したところで無駄だろう。
「じゃあ今日戻ったら部屋空けとくようにするから。いつから来る?」
「では明々後日から」
随分と早い。
しっかり準備を整えてから来たってことか。
「暫くはこっちにかかりきりになるから早朝か夜に移動はお願いしたいんだけど」
「それは構いませんが、かかりきりというと?」
「一応厨房スタッフの戦力の一人だからね」
勿論協力する予定ではおりますよ。
完全裏方勤務ですが。
「ハルト様もですか?」
意外そうな顔でサイラスが尋ねてきた。
「猫の手も借りたいほどだろうからね。使えるものはなんでも使うよ。
それが自分の手であってもね。当然でしょ。
ウチに来るからには自分の仕事だけで済む保証はないけど大丈夫?」
最優先は自分の仕事だけれど空いてる手ならば誰の手であっても使うのが私だ。
もともと器用なのもあって最近はイシュカも料理を覚えつつある。
コキ使っているようで少々後ろめたい気がしないでもないけれど。
そう忠告するとサイラスが笑った。
「構いませんよ。私がお手伝いできることでしたら。
役に立つ保証は致しかねますがそれでもよろしければ」
「大丈夫、ウチは分業作業だから一つくらいあると思うよ」
ウチの仕事は多岐に渡る。
誰しも自分の仕事以外でも出来ることの一つや二つはあるものだ。
私がそう答えると思わぬところから待ったがかかった。
「すみません、そちらの件なのですが、出来れば明日はフィガロスティア殿下がおみえになるのでハルト様に一日御一緒にいて頂けないか頼んでみてくれと陛下から承っておりまして。
貴方が一緒であればそう問題も起きないだろうからと」
取扱注意認定の次は暴漢避けか。
全く人使いの粗いことで。
しかしながらフィアに何かあれば即刻中止もあり得るわけだし警戒しておくに越したことないか。
確認のためにチラリとマルビスを見る。
「構いませんよ。明日は限られたお客様だけですし、そんなに忙しくないでしょうから。アイスクリームを先に作って冷凍庫に入れて置いて頂けるとありがたいことはありがたいのですが」
確かにアレは魔力コントロールも難しい。
今のところ出来るのはイシュカとマルビスと私、他一名だ。
グラスフィートにも何名かいるが、流石に全員は連れて来れない。
一応裏技的に氷水を応用する方法は教えてきたけれど魔法を使うよりも三倍近くの時間がかかる。マルビスは間違いなく忙しいだろうからそれどころではないだろうし。
「わかった。明日フィアが来る前にイシュカと二人で出来るだけ作っとくよ。
確か挨拶が終わったらフィア達は屋形舟の方に移動するんだよね」
「はい。何組か他国の要人もおみえになりますので、そこで対応、面会、接待をしようかと。イシュガルドも一緒で構いませんが、ハルト様の側に控えるのであれば、出来れば団員の式服でお願いしたいのですが」
あの白い団服か。
「イシュカ、持って来てる?」
「はい。大丈夫です」
久しぶりに見るな、イシュカの式服姿。
私は制服フェチではないがイシュカのあの姿は惚れ惚れするほどカッコ良くて制服フェチ達の気持ちも少し理解できる。
「すみません、遅くなりました」
思わずニヤニヤとだらしなく顔が緩みそうになるタイミングでテスラがノックして入って来た。
セーフだ。
ナイスタイミング、おかげでだらしない顔を晒さずに済んだ。
「ありがとう、テスラ。丁度良いタイミングだよ」
「ソースの好みがわからなかったんで適当に何種類か用意してきましたけど」
そう言ってガッシュと二人7×2種類、十四個のカキ氷がトレイで運ばれて来た。
「ではまずお客様からどうぞ。イチゴ、イチゴミルク、オレンジ、レモン、レモンミルク、グレープ、ハニーミルク、どうぞお好きなものを。そちらの護衛の方も宜しければどうぞ召し上がって下さい」
一つ一つ指差しながら教えると宰相がハニーミルクを取ってすぐに次々と手が伸びてくる。
夏の暑い日にはカキ氷は最高だ。
だけど慌てて食べるのはオススメしないよ。
そう付け加えたのだが注意を聞かず、冷たくて美味しいそれを掻き込んだところで頭にキーンときたのか何名かが頭を押さえて蹲る。
ホラッ、言わんこっちゃない。
だがしっかり持った皿は離さなかったのは言うまでもない。
それが暑い日のカキ氷の魔力というものだ。