第五十一話 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥なのです。
時間というものは忙しいければ忙しいほどあっという間に過ぎるもの。
屋台村も完成、プレオープンを三日後に控えての王都への出発当日、早朝、夜が明ける前から準備万端整えて屋敷の前にズラリと並んだのはベラスミオープン前の研修班二十名、ウチのメイド隊十二名、商業班見習い十五名、ウチの屋敷の料理長と見習い料理人十名、護衛部隊二十名プラス、マルビス、イシュカ、テスラ、私の実に総勢八十名超えの大部隊である。
「では父様、すみませんが宜しくお願い致します。
途中からロイとマルビスが入れ替わるかと思いますがゲイルもおりますので」
必要な荷物は全て昨日詰め込み済み、点呼が行われている中、見送りに出てきてくれた父様達に揃って私達は頭を下げる。実に三ヶ月という長期間、不安がないわけではないがロイかマルビスが交代で父様の補佐をしてくれるし、ガイとサキアス叔父さん、キールもいる。そんなに心配していない。
何か緊急事態があればガイかケイが馬を飛ばして連絡してくれるだろう。
「任せておけ、アレらも手伝ってくれると言っているのでな。心配あるまい」
胸を張って快く承諾してくれた後、チラリと母様達の方に視線を向け、付け加える。
「まあ、お前からの褒美目当てではあろうがな」
でしょうね。
ありがたいことに実に上手く釣られてくれている。
二年ほど前までは他領から招かれるパーティや舞踏会などのお金がかかる社交界にはあまり出席していなかった母様達も最近では引っ張りだこ。
ウチから一人三つまでと限定で渡した新作を見せびらかすために、いそいそ出掛けて行くらしい。宣伝にもなるので止めるつもりはないけれど、浴びる羨望の視線にかなり調子にノッているらしい。それでも私が必要以上せびると父様に請求を回すからと言えば大人しく引くあたりは可愛いものだ。
待ってましたとばかりに期待に満ちた瞳でこちらを見ている母様達を見て私は苦笑する。
「では少し私からお願いしてきましょう。マルビス、ついてきて」
「はい」
マルビスと一緒に私が歩み寄ってくると澄まし顔を取り繕い、母様達は姿勢を正す。
「母様達、私の留守中、すみませんが父様との御協力お願い致します」
私は小さく頭を下げてお願いするとまず口を開いたのは私の産みの親である第一夫人のメイリル母様。
「わかっているわ。その代わり・・・」
何が言いたいのかわかるわよねとばかりに視線を私に流してきたので目で合図するとすかさずマルビスが恭しく胸に手を置き、一歩前に歩み出る。
「はい、勿論心得ておりますとも、奥様方。
今回は少し長めの不在で御座いますので、しっかりと私達の留守を守って頂いた折には是非とも特別な御礼をと考えております。
いつもはお一人様三つまでのところ、新作を含めて五個お好きな物を用意させて頂こうと話しております。それから・・・」
「ハルトッ、三ヶ月なのよっ、もっと奮発してくれてもいいでしょうっ」
まあそうくるよね。
流石マルビス、上手い持っていき方だ。
最初に不満を煽った上でとっておきを出すつもりなのだろう。
私はそれに乗っかって呆れた顔で言い返す。
「母様達、話は最後まで聞いてくれる?」
「何かあるの?」
聞き返してきたダイアナ母様に大きくマルビスが頷きながら懐から小さな箱を取り出す。
「当然で御座います。キッチリお役目果たして頂いた際には奥様方にはこちらを」
見せつけるように勿体ぶってパカリと開けられた箱に並ぶのは三つの石。
母様達の目が大きく見開かれる。
「それって、もしかして・・・」
思わず呟いたマルチア母様の呟きにマルビスが大きく頷いた。
「奥様方の御想像通り、アレキサンドライトで御座います」
それも市場に出回っているものよりはるかに高い透明度を持つそれに母様達の視線は釘付けだ。
現在、これらの透明度の高い希少価値の物は全て商会内で抱え込んでいる。
売りに出せばとんでもない金額になるのだが、現状運営資金に困っていないので当分売り出すつもりはなく、この間の王妃様方や辺境伯との取引の際などに用いた以外私の隠し部屋に確保している。レイオット閣下からも問い合わせがあったので専属警備員にも同じデザインでエメラルドの腕輪をお揃いで作ることにしたので適当に価格が釣り合うところで全部で予備を含めて四十個、グレードと程度は問わないもので交換することになっている。
食い入るように、まさに穴が開きそうなほど凝視している母様達にマルビスがにっこりと微笑みかける。
「今回はこちらを当方の専属デザイナーにデザインさせ、皆様のお好きなアクセサリーに加工し、お渡ししようかと思っております。それに合わせて商品を選んで頂いた方が良いだろうというハルト様の御配慮から商品五個をオマケとして付けさせて頂いたわけなのですが・・・」
先程上がった不満の声を考慮するとばかりにマルビスが付け加える。
「それとも新作二十個の方がよろしかったでしょうか?」
途端に三人の母様はブンブンと首が千切れそうなほどに首を横に振る。
でしょうね、間違いなく。
一応母様達も持っているには持っている。
ただ採掘が始まったばかりの、一般的に売り出しているよりもやや品質が良いという程度のもの。今マルビスが見せているものとは透明度が違う。
何故ネックレスなどに加工してから渡さなかったかというのには訳がある。
これをマルビスが持っているとなればまずはロイと交代してマルビスが戻ってくるまでは手に入れることは出来ない。そしてマルビスが帰ってきてもデザイン画が仕上がっていなければ加工が出来ないわけで、長期間でダレそうになるところをデザイン画を検討させることで引き伸ばし、制作依頼を出して出来上がりを期待させることでやる気を落とすことなくテンションを保たせようというわけだ。
私は瞬きすら忘れて見ている母様に念押しする。
「母様。但し、これはしっかりお役目果たしてくれた人への御礼だからね。
誤魔化しは効かないよ? ちゃんと見張りを頼んでいる人がいるから」
そう言うとぶうぶうと母様達から文句が出る。
本当はいませんけどね、そんな人。
でも見られてないと思って手を抜かれるのは困る。
「当然でしょう? これがいくらすると思ってるの?
売値で市場価格、一つ金貨千枚以上するものだよ。タダで渡すわけないでしょ」
その金額に母様達は殊更目が溢れ落ちんばかりに見開いた。
もうそれしか見えていないのだろう。非常にわかりやすい反応だ。
あくまでも売りに出せばという市場価格だけどね。
こういう時のためにまだ渡さずに取って置いたのだ。
私はにっこりと笑って続ける。
「大丈夫、父様に協力して問題が起きなければ三ヶ月後にはこれは母様達のもの。
我が儘言って私の使用人達を困らせたり、遊んでる人にはあげないよって意味。
父様の言うことはしっかり聞いてね?」
「そうすれば間違いなくそれはもらえるのね」
「はい、私が御約束致します」
メイリル母様が確認するように聞いてきたそれにマルビスが頷いて答え、見せつけるように開いていた箱の蓋を閉じて懐にしまう。視線はしっかりマルビスのそれをしまった胸元に向けられたままだ。
私がわざとらしく一つ小さく咳をすると慌てて姿勢を正し、三人揃って声を上げた。
「任せて頂戴っ、完っ璧に務めてみせるわ」
「ありがとう御座います」
マルビスと二人、ぺこりと軽く頭を下げる。
母様達はきゃあきゃあと見せつけられたアレキサンドライトを何に加工し、どんな商品と組み合わせて舞踏会に付けて行こうかと話し合いながら父様のもとに戻ると私達を見送るための列の先頭に立った。
本当にゲンキンだ。
しかしながら女性はこうでなくっちゃ。
洒落っ気があってこそ女性は綺麗になるというものだ。
「では、行って参ります」
私はルナに乗るとノトスを後ろに従えてロイとテスラが乗る馬車の横に付く。
これだけの大人数だ。
ウチの紋章はためかせるだけでは心許ないので知れ渡っているルナに乗ることでこの行列の中には私がいるとアピールすることにしたのだ。
そうすれば野盗に恐れ慄かれている魔神の馬車を襲おうという輩も出てきまい。
私の隣にイシュカが並んだところで手綱を操り、王都へ出立した。
宵の口にはなんとか王都に無事到着し、日付が変わる前までに目的地、新たな食がテーマの複合施設、『シルヴィスティア』に入ることが出来た。シルヴィスティアと名付けたのは陛下、国の名前の『シルベスタ』と次代の国王『フィガロスティア』第一皇太子殿下の二つを合成したものだ。
図面とイラストでは知っていたが予想よりも随分と規模が大きい。
敷地は中央で区切られ、二つの大きな扉を開放することで繋がるようになっている。店は全て簡易の二階建て、簡素とはいえ寝泊まりもできるように作られ、常時営業は全部で八十店舗。左側は期間限定五十店舗。これらが立ち並ぶ間の平地には既にたくさんの折り畳み机と椅子がセットされ、中央には有料レンタルできるビーチパラソルもどきの大きな日傘を差して日影を作れるようになっている。
砂浜の方にはバーベキュースペースも併設、港には私念願の屋形船が停泊している。
我がハルウェルト商会、期間限定店舗は従業員が駐在できる保養施設前にズラリ十店舗、その向こう側に海鮮食品の加工工房となっている。
なかなかのスケールだ。
出迎えてくれた既に現地で開店準備をしているウチの従業員達に挨拶を終えると三十五部屋用意された二人部屋にそれぞれ向かう。一階の大きなキッチンには人数分の食事が用意されている。
「お待ちしておりました、ハルト様」
ガッシュ他十三名が積荷を降ろしてくれている警備の間をぬって私達のもとにやってきた。
「準備はできてる?」
「はい。滞りなく。生鮮食品以外は既にこちらに入荷済み、明朝に残る食材の搬入が済み次第仕込みに入ります。大型冷蔵庫の配備も終わってます」
「それじゃあ明日、ミゲル達が担当している学院の支店に顔を出してからこっちに来るよ。私達は部屋が足りないから騎士団寮内の屋敷の方に泊まるよ。何か自分達で対応出来ない問題が起きたら遣いをよこして?」
「承知しました。では明日、お待ちしております」
私も一日中移動で少々疲れた。
早めに休みたいところだ。
イシュカの後ろにマルビスを、私の後ろにテスラを乗せて夜の海岸沿いを抜け、騎士団本部に向かった。
翌日、目を覚ましたところでマルビスが用意してくれた簡単な遅めの朝食を取ると、早速学院に向かった。
学院の職員通用門近くに作られたそれは三階建。
一階部分は低価格帯のコンビニみたいな購買部と事務所。
二階にある内職や休暇中のアルバイト斡旋所と学院の制服の古着が並び、三階には作業場と学院内イベントでレンタル出来る子供用のドレスやタキシードがズラリと並ぶ。
私はそれらを眺めながらゆっくりとマルビスやテスラと見て回る。
「思ったより数が集まったね」
まだまだ数は少ないけど、始まったばかりであることを考慮すれば結構な数だ。
「はい。街の支店だけでなく生徒からも持ち込まれています。着れなくなった幼い頃のものは勿論ですが兄弟姉妹のものなどでも良いかと尋ねてくる生徒も結構いますので、連休明けにはかなり集まってくるかと思われます。古いものもありますが裁縫の得意な女生徒達に空き時間を使い、バイト代を支払い、リメイク等も手伝ってもらってます。なかなか将来有望そうな服飾リメイク職人になれそうな女の子も何人かいますよ」
若手有望株の一人、タイラが代表して説明してくれる。
「それは楽しみですね」
マルビスが早速有望な人材が見つかったとばかりに喜んでいる。
ウチにはそういった方面のデザイナーはまだ人材不足。
我がハルウェルト商会の主要客層は一般庶民、所謂平民だ。
豪華なドレスなどのデザイナーは今のところあまり必要としていない。
それを考えるならウチでは豪華な服飾デザイナーよりそちらの方が需要が高い。
「ウェルトランドの収穫祭時期短期アルバイト要員も応募が殺到してます。
始めの頃は集まりも悪かったんですけどね。体裁が悪いと考える生徒も多かったようで、ミゲル様の御友人の提案でウェルトランドに行ってみたいけど旅の資金も遊ぶお金もないという生徒がいましたので期間中の何日かをウェルトランドで遊べる日を設けてはどうかという話が出まして、マルビス様の許可を頂き、休日の日付を決めて特別入場チケット付きで募集を掛けたところ、あっという間に目標数を超えました。送迎無料の三食寝床付き、遊びに行くという大義名分と名目も出来て友人同士で同じ日に休日が取れるようにして申し込んでくる生徒が多いですよ」
なるほど、なかなか上手い手だ。
要は夏場の観光地などでのアルバイト募集みたいなものか。
お金を稼ぐついでに空いた時間で観光をってことね。悪くない。
「未来の働き手を確保するには、まずウチに興味を持ってもらわないといけませんので」
「いいんじゃない?」
マルビスが許可を出した理由は説明されるまでもなくわかる。
どこでもいい、ではなく、ウチがいいと思ってもらえれば最高だ。
働きたいと思う場所が自分の好きな場所なら、それだけでもテンションは上がる。
やる気だって出るだろう。
「ミゲル様の御友人方々には他にも色々意見を出して頂き、内職アルバイトの支払いを現金かポイントかを選択できるようにしてポイントを使えばウチの購買部でお金で支払うよりも割安に買えるようにしたりなど、面白い案もありまして採用しました。値札の横のカッコの中に数字が書いてあったのを御覧になりましたか?」
そういえばそんなもの、あったような気がする。
「あれがそうです。そのおかげで購買部の売り上げも上がってます。街で買うよりも少しだけ安くなりますから利用客が増えたんです」
会員割引みたいなものか。
お得感が増すことで最後の一歩の後押し、背中を押すキッカケになるってこと?
まあ私も前世『特売』、『お買い得』、『大安売り』、『会員様価格』なるものに弱かったけれど。同じ商品ならばより安く、そう思うのは普通だろう。
ポイントを選択すればより安く買える。
だがこの上手いと思う点は、ここでしかそれを使うことが出来ないというところ。必ず購入してくれる顧客を抱えているのと似たような状況なわけだ。ここに置いていない物でも売店の掲示板のリストに載っていれば取り寄せも可能で、それにかかる日数の目安も表示されているから休日に街まで買い出しだけのために出掛ける必要もないし、リクエスト箱を設置して置いて欲しいという意見が多いものは検討して在庫を持つようにしているのだという。これもミゲル達が中心になって進めたことらしい。
「今は秋の休暇明けの学院祭でのパーティ企画も立てて下さってます。
生徒会の方々にも掛け合って連携を取ろうとしているようですね」
なかなかの行動力を見せるなあ。
本当にミゲルは企画営業向な性格かも? これは益々面白くなりそうだ。
ウェルトランドにしても、シルヴィスティアにしても続けていれば飽きも出てくる。
そういう時にイベントを打って客寄せする。
ウチにはそういった部署は作ってないし、ミゲルが学院卒業したら幹部数人と一緒に企画営業部みたいなのを作るのも面白いかも。
「楽しそうだね、タイラ、アッシュ、マリエス」
でも王都にゲイルと一緒に来た時、かなり緊張していたみたいだったから少し心配はしてたけど、こういうものは案ずるよりも生むが易しってヤツだろう。
組む相手が王族のミゲルだからっていうのもあったんだろうけど。
私の言葉にタイラ達が小さく肩を縮こめる。
「スミマセン」
「謝る必要なんてないよ? 仕事は楽しいのが一番。頑張ってね」
それが長続きの秘訣なのだ。
嫌なことを無理に続ければどこかに歪みが出てくる。
期待やプレッシャーも掛かり過ぎれば潰れてしまう結果になりかねない。
「ありがとうございます、頑張ります」
上手くやってるなら私が必要以上に口を出す必要はない。
ここは任せても大丈夫そうだ。
マルビスとテスラを連れてそのまま帰ろうとすると引き止められた。
「ミゲル様には会って行かれないんですか?
昼休みにはいつも御友人を伴ってお見えになりますよ?」
うん、まあ、ね。
会っていってもいいんだけどね。
チラリとマルビスを見るとどうも私と同意見のようで苦笑して頷く。
「うん、いいんだ。
ミゲルが頑張っているならそれで。私は口を出さない方がいい」
私の手が全てに回せるわけではない、それはマルビスも一緒。
だったら任せられるところは任せて人材育成すべきだ。
それが多少失敗したところで良い勉強。
もともとここはそのためにこの人員配置をしたのだ。
それに、
「私が口を挟むと私の功績になっちゃう可能性があるからね。
ここを立ち上げたのは私だから。
でもこのままタイラ達がミゲル達と一緒に盛り上げてくれたらその方がいい。
私は学院に一年の内、三ヶ月しかいないんだしね。
シルヴィスティアの運営の方も忙しいし、半端に関わるのは良くないでしょう?」
私の評判は他者の功績を押し退けて盛られることも多い。
そうでなくても『ハルト様あればこそ』なんて、みんな受け入れちゃう傾向あるし。
そんなわけないでしょうがっ!
私がいなくてもこうしてちゃんと回ってますよと報せるには良い機会だ。
みんな優秀ですからね、私と違って。
何処に出しても恥ずかしくないくらいには。
って、簡単に手放すつもりはないですけどね。
本人が望めば別ですけど。
「でも困った時は言って? マルビスも私も力になるから。ね、マルビス」
「ええ、勿論です。
人の手を借りることは恥ではありません。人の手を借りるべき時に頭を下げられないのが恥なんです。覚えておくと良いですよ?」
そう、マルビスが付け加えた。
うん、私もそう思う。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ってことですよ。
人に助言を求めるのは悪いことではない。それで回避できる最悪もある。
そのマルビスの言葉を理解して、タイラ達はマルビスに頭を下げた。
「ありがとうございます」
そうやって、教えてもらったことに素直に頭を下げる心があればきっと上手くいく。
私なんてこの二年間で何度みんなに頭を下げたことか。
数えていたら両手両足どころか、百本の手足があっても足りないくらいだ。
失敗する度に助けてもらって頭を下げて礼を言い、
失敗の確率を少しでも減らすために頭を下げて協力を仰ぎ、
迷惑かけまくってなんとかやってきた。
だからこそ今度は仲間が困った時には私が手を差し伸べるべきなのだ。




