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第五十話 それが何よりの証です。


 王都から戻ってきてあっという間に一ヶ月が過ぎ、夏がやってくる。

 定期便で一緒に届けられる王都とベラスミからの報告によれば今のところはたいした問題もなく進んでいるようだ。


 王都の沿岸部開発計画も順調に進み、塀と箱物建設、ウチの海産物加工工房等は既に完成、順次テナント募集を掛けているが応募が殺到しているようで、思っていた以上に規模は大きくなりそうだ。

 各領地からの申し込みも多く、自分達の領地の特産物と名物料理を知ってもらうことで自領の良さを知ってもらったり、観光客の呼び込みを計るつもりのところも多いようだ。

 結局期間限定のつもりだったのだが開放地区を分けることで常時営業にしたらしい。

 要するにオープンニング記念祭や収穫祭時期など集客が見込める時はフルオープン、客の入りが少ない閑散期は区画を区切り、範囲限定で営業するというわけだ。これは勿論テナント側に選ぶ権利がある。

 開店出来る人材が確保出来次第順次常時営業の方にも食い込む予定はあるけれど、とりあえずは期間限定をメインに、一部ウェルトランド宣伝のためにニ、三店舗は常時営業するつもりだが人手不足や食材不足の心配もある。限定の方ではある程度の店舗数を押さえてあるがここでの主な収入源は屋台のテナント料と港の使用料、及び屋形舟などの利用料などである。もともとは海産物加工のために押さえた土地だ。そちらの方が滞ってはお話にならない。ウチの周辺の土地はしっかり国である程度押さえてくれたので成功すれば規模を広げるつもりでいるようだ。地域活性化のために随時商業施設、及び店舗開業予定の者には売却するつもりはあるようだが一部の者による買い占めを防ぐ一環らしい。

 港ももうすぐ完成予定ではあるが屋形舟の方は流石に数が間に合わない。

 発注したのは全部で二十船だが間に合ったのは七船。

 こればかりは天下の国家権力といえどもどうにもならない。

 開業は既に二週間後に控えている。


 しかしなんでこんなに先を急ぐのか?

 国家権力が関わってくるとやはりスピードが尋常ではない。


 ウェルトランドの方はオープン記念営業の二ヶ月間の最初の三週間はロイを補佐に父様達にお願いして、残りはマルビスとロイが入れ替わり、担当する。そろそろゲイルがこちらに戻ってくるし、ガイとサキアス叔父さんもいるのでそんなに問題も起こらないだろう。マルビスとロイの入れ替えはケイが担当してくれることになっている。この二ヶ月間はエルドとカラルを屋敷管理に残してウチ料理人とメイド陣がフル出動、現在教育中のベラスミのオープニングスタッフの教育も兼ねてそれらの人員を連れて行くことにした。

 結局はオープン期間アチラに滞在するとなると学院での講義第二弾と若干重なるものの、実質三ヶ月間ほぼ王都に滞在することになる。

 前回の失敗も踏まえて書類もある程度たまったら順次送ってもらうことにした。

 十日間の書類漬けはもうこりごりだ。

 

 夏という季節もあるので出展予定はアイスクリーム、かき氷、グラスフィート産大麦で作ったエール、それのツマミに相応しいポテトチップスとフライドポテトとオニオンフライ、唐揚げ串とゲソ揚げ、タコ焼き、焼きとうもろこし、ホットドッグ、女性向けデザートにクレープ、後は旬の冷やした果物を煮詰めた砂糖でコーティングしたフルーツ飴、全部で十台の屋台を予定の他、海岸沿いにはバーベキュースペースも用意、コンロのレンタルと地元の農家や漁業関係者と連携して生鮮食品の販売、勿論コンロの宣伝も兼ねているので売り場も用意してある。

 敷地内でのお買い上げ商品とレンタル商品をわかりやすくするためにレンタル商品にはわかりやすくハルウェルト商店ロゴ、つまり私のキャラ顔が側面に型押しされている。いい加減勘弁してほしいのだが六歳児の頃の私がモデルとなっているので二年経って少し大人びてきたから大丈夫だとマルビスは言うが最近のロゴは一緒に成長してるというか、今の私がモデルになっているように思えるのは気のせいだろうか?

 小豆はまだ手に入れていないのでウェルトランドで販売されているカスタードクリーム、チーズその他ジャムが入っている鯛焼きならぬハルト焼きは懇願して止めてもらった。これ以上顔を売るのは勘弁してほしい。ハルウェルト商店経営の店にはもれなく描かれているので今更のような気がしないでもないが、代わりに王都ならではの、シルベスタ王国の紋章、陛下とフィアをイラスト化した型を作成してシルベスタ饅頭(似顔絵キャラ顔もチェックが入って勿論許可は取ったが『焼き』は縁起が悪いと許可もらえなかった)を販売することになり、これは常時販売予定だ。因みに饅頭の中身は陛下がチーズでフィアがカスタード、紋章には今回はマーマレードを使用予定で、これは季節によって変えることになる。

 ウチの期間限定店は全てウチの営業事務所近くに固めてあり、カキ氷を除き、一階部分は広いキッチンスペースになっていてこちらである程度仕上げて店舗に持ち込み、販売することにした。いずれは屋台で実演販売予定だがまだ登録して間もないものもあるし、制作過程は披露したくないからだ。

 そして二ヶ月の王都のオープニングフェスが済んで、二回目の講義が終われば今度は秋のウェルトランドの劇場完成の柿落としが待っていて、冬にはベラスミの温泉娯楽施設の開園、当面暇はなさそうである。

 年明けには少しは落ち着いているとは思うので、また強制休養で年末年始はゆっくりしたいところだが、私の予定は狂うのが常なのでどうなるかはわからない。


 ウッカリ欲望赴くままに思いつきを口にした結果がコレだ。

 半分くらいは自業自得なのだけれど、言い訳かもしれないが、私はいつも妄想という名の希望を呟いただけであって、こんなに急いでそこらじゅうにボコボコと商業施設を作るつもりは微塵も無かった。

 ハッキリ言ってもう半泣きである。

 なんでウチの商業班といい、陛下といい、こうも先を急ぎたがるのか。

 一つが完成して落ち着いてから次で良くないか?

 だがウチの猛烈従業員、特に商業班の面々は加減というものを知らない。

 コレらが落ち着いたら何か見つけて妄想しても暫くは決して口を開くまいと心に誓った。口は災いの元とはよく言ったものだと思う。よくよく気をつけなければ。

 しかしながらこの調子で従業員が増えて行くととんでもないことにならないか?

 既に三つの領地に建設された娯楽施設と各港、倉庫の管理人を含めたの総従業員数は通い、嘱託、臨時を含めると五千を遥かに超えている、前世で言うところの大手総合商社に近いものがある。

 最早各ギルドの抱える従業員数は超えた。

 私の理解の範疇を超えていて、そのトップが私とはなんの冗談かというレベルである。

 いや、どちらかと言えば是非冗談であってほしい。

 これだけ大きくなってくると競合が出てきそうなものなのだが貴族相手というのは珍しくないが平民対象の娯楽施設というのがないのだ。ウチの真似をして何か興そうとウチを真似した領地もあったらしいが規模が小さく、呼び込むための商材にも乏しく、資金も厳しく赤字経営になっているために少しでも客から回収しようと利用価格を割高に設定しているようで、尚更経営が悪化しているらしい。

 

 まあそうなるよね、普通。

 真似じゃあダメだし、儲からないからと入場料を高くしては余計に人は入らない。

 興味本位で一度くらいは呼び込める。

 だがウチと似たようなもので、というならウチ以上のクオリティは必要だ。

 以下となればガッカリ感を抱かれて二度と足を運んでもらえない。

 低価格、物珍しさ、魅力的な商品、話題はなんでもいい。

 来客にまた来たいと思わせなければ駄目なのだ。

 ウチは魔獣素材の売り上げや陛下からの褒賞金その他もあったから最初の資金調達にも苦労が無かったけれど、実際に建設、運営費に掛けた金額相当を純粋な商会運営費として回収したのはここ最近の話だ。

 お前の私室では金貨が雪崩を起こしているのに何を寝呆けたことを言っている?

 いや、そうではなくて、これは本当の話だ。

 何故なら私の個人資産は商会の利益からではなく商業ギルドから私個人に支払われている登録使用料と魔獣素材の売り上げ、褒賞金、私の所有する土地、全十五棟の寮の賃貸料及び宿屋などの私名義の建物の経営収益、他ハルウェルト商会名義の施設建設のために私が先行投資、出資していた金額なのだ。

 要は私がハルウェルト商会に無利子、無期限、無催促で貸し付けていた金額が戻ってきているというのが正しい。

 難しい話は横に置いておくとして要は税金対策である。

 商会から私がもらっている給料は月給金貨十枚。

 ハッキリ言ってしまえばタダ働きはマズイのでもらっているだけ。

 つまり何が言いたいかと言えば、ウチがこれだけ繁盛していても出資した金額の元が取れるのにはそれだけの時間がかかっているということだ。売り上げは莫大であっても、そこから人件費、運営費、建築費、その他諸雑費を差し引いての純利益からまだ完成していない施設建設費、開発費、私への借金返済、その他がある。

 だからウチの真似したところはウチよりも後発なのだから元が取れるまでにはここより更に繁盛しない限り、もっと時間がかかるわけなのだ。

 なのに元が取れないから値段を上げる? 

 そんなことをすれば客は益々来なくなる。

 客を呼び込みたいというなら客単価を下げて大勢の客を呼び込む方が早いのだ。

 もっともそれも魅力ある施設にしなければ値下げしただけで終わってしまう。

 ただ価格の上げ下げをすれば良いという話ではないのが商売の難しいところなのだ。

 

 とはいえ、富豪状態になったとしても暇は無し。

 最近では金を払うから休みをくれと言いたい状況ではある。

 老後の資金どころか人生十回以上やり直しても生活に困らなそうだ。

 なのに暇がない。

 とりあえずは学院生活(講師業?)が終わるまでになんとか商売を軌道に乗せ、諸国漫遊の旅とまではいかないまでも少し長めの旅に出てみたい。

 現状、実現難しそうではあるけれど。

 十二歳で一人前として扱われ、十五で成人。

 そうなると十五を過ぎると領地持ちの貴族としての義務も発生してくるわけで、やっぱり厳しいかなあとも考える。

 やはり特権階級の位など持っているのは面倒だ。

 負いたくもない義務などクソ喰らえと投げ出したいがそうもいかない。

 自由気儘な方が私には憧れも強い。

 お気楽三男坊で充分だと思っていたのに、陛下は更に位を上げようと狙っているし二年前の人生計画は木っ端微塵、カケラも残ってないような気がする。

 そんなことを考えつつ、溜め息を吐いてぼうっと窓の外を眺めているとマルビスが話しかけてきた。


「どうかなされましたか?」

 マルビスに問い掛けられてハッと我に返る。

「ああゴメン。まだサインしなきゃいけない書類あったよね」

 慌てて目の前の書類に目を落とす。

 いけない、いけない。まだ仕事が終わっていなかった。

 テスラにはサキアス叔父さんとカキ氷器の自動化について相談してもらっているし、キールには店舗及び店舗の看板デザインをお願いしているし、ロイは来る王都でのオープニングフェスタのためにウチのメイドの教育をしている。肝心の私がサボっていては駄目だろう。

 二ヶ月間の長期遠征なのだ。

 ついでにウチの保養施設も建設してもらっているから、そこに滞在予定である。

 そういうわけでウチの工房陣も現在大忙し。

 必要な物は山のようにある。

 のんびりしている暇はなかった。

 慌てて姿勢を正すと山積み書類に取り掛かる。

「いえ、急ぎのものはありませんので良いのですが珍しくぼんやりとされてみえましたから」

 私にサインの必要な書類を新たに差し出しながらマルビスが言った。

 結構ちょっとした時にほけっと馬鹿面晒しているような気がするのだけれど。

 私は苦笑しつつ口を開く。

「うん、まあ、ね。二年前にはたくさんの夢があったんだけど、最近忙しくて忘れてたなあって思って」

 大幅な路線変更を何度もせざるを得ない状況があったが故だけど。

 半分くらいは自ら墓穴も掘ってきたし。

「夢、ですか?」

 問い返してきたマルビスに私は頷いた。

「もう叶ったのもあるけど、逆に遠のいてるのも多いなって。

 言っておくけど今が幸せじゃないって意味では無いよ?」

 目が回るほど忙しくて、書類の山に埋もれて、それでも私は幸せだと胸を張って言える。

 ここには私に理不尽な罪や義務を押し付けようとする人はいない。

 たくさんの大事な人に囲まれて、一緒に好きなことやって、楽しんで。

 笑って過ごせる仲間がいる。

 

「一人が寂しくて、たった一人でもいい、自分の味方になってくれる人が欲しくて最愛の恋人が欲しいって言ってたんだよね、私」

 だからこそとびきりのイイ男になるのだと誓って。

「そうでしたね」

「平凡で平和な生活でもいいから、たまの休日にちょっとくらいのんびりと贅沢ができたらそれでいいって。

 なのに平凡で平和な生活は遥か彼方で、ちょっとの贅沢どころかその気になれば酒池肉林の贅沢三昧が出来る財産が既にあるのにまともな休日が殆どなくてのんびりできない。

 しかも自ら遊びに行った先でいつも仕事増やして帰ってきてるし。

 世の中ってままならないものだよね」

 マルビスが目を丸くして破顔する。

 思い当たることがたくさんあったのだろう。


「質素倹約ではありませんがハルト様の生活は収入からするとかなり地味な方ですからね。屋敷のプライベートスペースも効率、機能、使いやすさ重視。子爵クラスの御屋敷の方が派手なくらいですよ。

 酒池肉林の贅沢三昧はしないんですか?」

 そう問われて少し考える。

 酒池肉林といってもお酒が飲めるのは数年先だし、好きな物を好きなように作って食べている。女性を侍らせたいというのはあまりないし、そもそも私憧れの色気のある年上美人はこの時代、大多数が既婚者だ。ならばイケメンをと周りを見れば既にお好みに合わせて各種取り揃えております状態で。私の年齢からすれば18禁は無理、犯罪にも等しく、私の経験値も加味すれば中身はともかく年齢相応の酒池肉林(?)状態と言えなくもないが、やはり健全過ぎてその言葉は不似合い過ぎる。

 私は頭を捻りながら答える。

「う〜ん、そうだね。あんまり興味ない、のかな? 

 貧乏根性が染み付いてるっていうのもあるのかもしれないね。

 贅沢は敵みたいな?

 まあその反動で旅先では思い切り財布の紐も緩んでるけど」

 出掛ける度に爆買いして散財しているが、金貨の箱一つも減るか減らないか程度だ。

 どう考えても金貨の増殖スピードに追いついていない。

「ですが貴方はご自分の物には殆どお金を使われていないでしょう?」

「そうでもないよ。服も結構買ってるし、本とか結構大量買いしてるよ」

 私の一番お金を使っているのがその二つ、特に書物だろう。

「でも服はご自分だけのものでもないですし、書物も結局は図書館も作られて、そこに納められたでしょう?」

 確かに自分のものだけではないけれど、しっかり自分のためのものですよ?

 いつも目の保養させてもらって頂いてますから。

 ある意味自分のためですよ?

 イケメンを自分好みに着飾れる楽しみってヤツだ。

 よくよく考えるとなんか中年スケベ親父みたいな思考のような気もするけど。

 一言言い訳しておきますが、私は着せるのが好きであって脱がせるつもりはないですから。そこのところは誤解なきよう伏してお願いしますということで。

 それに本は一度読めばある程度満足するものも多いし、なんだかんだで気に入ったものはしっかり私の書斎に確保してる。だったら私の書斎でホコリをかぶるよりみんなに利用してもらうべきだ。

「本は飾っておくものじゃないもの、読んでくれる人がいるならその方がいい」

 戦術に使えそうなものが載っている本は図書館に納める前にイシュカにまわしているけれど。

 以前ロイ達に手伝ってもらって開催した寺子屋ならぬ青空教室以来、識字率も少しだけ上昇したので図書館上に教室を作ってあるからベラスミ開園以降落ち着いたらまた教室を再開予定でいる。ウェルトランド閉園時間以降の夕方から夜にかけてなら日常業務にも支障はないだろう。


「貴方は独り占めしたいと思われるものは無いんですか?」

 独り占め?

 マルビスの質問に私は首を傾げる。

「どうしても他人に渡したくないものでもいいですけど」

 ウ〜ン、それは結構難しい質問かも。

 私はどちらかといえば執着が薄い方だ。

 他人を押し退けてまで欲しいものと聞かれると何かあっただろうか?

 聞かれているのは多分、私にとって何ものにも代え難いものって意味だよね?

 そうなると思い当たるのはひとつだけ。


「独り占めしたいかって聞かれると微妙だけど譲りたくないって言うならこの場所かな」

 だって私が欲しいものは独りでは成立しないもの。

 みんなと一緒じゃなきゃ意味がない。

「屋敷という意味ではないですよね?」

「うん。忙し過ぎてつい愚痴も出ちゃうこともあるけど、今の状況を不幸だなんて思ったことは一度もないし、仮に明日一文無しでここを追い出されても、みんなと一緒ならまた何度でもやり直せるかなあって。

 それに付き合わせるみんなには悪いかなって思うけど」

 大きな屋敷がなくたって、部屋から溢れ出すほどの金貨なんてなくたっていい。

 みんながいてくれたらまた最初から新しいことを始められる。

 私がそう答えるとマルビスが嬉しそうに笑う。

「いいえ、光栄ですよ。独占したいって思って頂けないのは些か残念ではありますけど」


 独占って、マルビスを?

 今でも充分私に力を貸してくれている。

「マルビスは私に独占されたいの?」

「ええ、そうですよ。

 貴方の口から『私のマルビス』っていう言葉を聞くと天にも昇る気分になれます」

 私の問いにそうマルビスが言った。

 それは時々私がつい調子に乗って言う言葉。

 そんなふと漏れてしまったそれは実に図々しいとも取れるものだ。

 もの(・・)扱いしているわけでは決してないのだけれど、他人がみんなに注目してたりするとつい自慢したくなるのだ。私のもとにいる優秀で有能なみんなを。

 私のだからあげないよって。

 恥ずかしくなって思わず真っ赤になった私を見て、静かに少しだけ目を伏せて静かに先を続けた。

 

「私は貴方のものですが、貴方は私が御自分のものだという認識があまりありませんからね。もっと甘えて我儘を言って頂きたいと思ってますよ。

 それは私だけではなく、ロイやイシュカ、テスラ達もです」

 甘えて欲しいというのは以前にも言われたから、私は嬉しくて触れたり、飛びついたりしたい時、一瞬迷ってそろりと伸ばしていた手を遠慮なく伸ばすようになった。


 その手が振り払われることは決してないと、もう既に知っているから。

 繋げば握り返される手、飛び込めば優しく抱きとめてくれる腕。

 初めて会った頃よりも、大きく、重くなっているであろう私を軽々と抱き上げてくれる。きっともう少し大きくなったらそれも難しいだろうけどすごく照れ臭い、でも嬉しいのだ。

「私、甘えてるよね?」

 その温かさを、その腕に包まれる安心を知っているから、以前に比べるとかなりスキンシップ過多になっているのは自覚がある。


「そうですね、最近は少しだけ。

 でも貴方のその我が儘は私達の都合を配慮した上でのものでしょう?

 私達を困らせるようなものでも全然構わないんですよ? 

 それでも私達は嬉しいだけで、少しも困らないとは思いますけど。

 貴方は大抵のことを私達を頼らず御自分で片付けてしまいがちですから」

 自分でできないことをお願いして、頼んで、力を貸してもらって、今まで一人では無理難題と思われるようなことをたくさん解決してきた。

「・・・そんなこと、ないと思うんだけど」

 それはみんながいなかったら出来なかったことが殆どで。

 言葉で言い表せないほど感謝してる。

 するとマルビスはゆっくりと首を横に振った。

「貴方はもっと我が儘でいいんです。

 安心して下さい。

 何があっても私達が貴方から離れることはありえません。

 私達は貴方に振り回されるのが大好きで、楽しいんです。

 貴方は私達の主人で婚約者なのですから遠慮なされず、もっと振り回して頼って下さい。

 私、いえ、私達はそれが嬉しくて幸せなのですから」

 好きな人に頼られるのは嬉しい。

 自分がここにいて良いんだと教えてくれるから。

 それは私だけじゃなく、みんなも一緒だとマルビスは言いたいのだろうか?

 どんな困難も私と一緒に立ち向かい、乗り越えてくれるって。

 そう言ってくれてるのだろうか。

 私はトラブルメーカーで、厄介事ばかり引き寄せて。その上、

「私はまだこんな子供で、しかも五人も婚約者がいて・・・」

 誰か一人も選べていない状況で。

 私の言いたいことがわかったのかマルビスは小さく微笑った。

「そうですね。

 私は貴方だけのものですけど、貴方が私だけのものだとは思っていません」

 どういうこと?

 意味がわからない。

 マルビスが婚約者だから私だけのものだと言うなら私は?

 身の程知らずに欲張りにも五人も最高級の男を婚約者として抱え込んで。

 図々しいにも程があるだろう。

 顔にそれが出ていたのだろう。

 理解していない私にマルビスは先を見て続けた。


「貴方は誰か一人のものにはならない。

 それでも私達は自分の意志で貴方のものになることを選びました。

 それに貴方は私一人で支え切れる御方ではありませんのでロイやイシュカ達がいてくれるのはありがたいですね」

 一人じゃ無理だからタッグを組んだって言うことなのか?

 それってどうなのだろう?

 要するに・・・

「つまり私は面倒臭くて手間が掛かるから一人じゃ無理ってこと?」

「微妙に言い方は違いますが。

 貴方のやることなすこと、スケールが大き過ぎて私の腕だけでは支えるにどうしても足りないのですよ。

 独占したいと、そう思ったこともありました。

 私に貴方の全て受け止める器があれば問題なかったんですけどね。

 支えきれずに潰れてしまうくらいならテスラ達と一緒に支えた方が良いと、そう考えたんです」

 面倒臭くて手間が掛かるのは否定されなかった。

 一人じゃ面倒見きれないからみんながいてくれるっていう認識でいいのかな?

 でも、それでみんなが心配で側にいてくれるなら、私は厄介なトラブルメーカーのままでもいい。

 かなりハタ迷惑だとは思うけど。 


「だから私達に遠慮なされる必要はありません。

 私達をもっと困らせて下さい。

 私の支えられるところは私が、私で足りないところはロイが、ロイが無理なところはテスラやイシュカ達が貴方を支えてくれます。

 ですから安心して私達を頼って甘えて下さい。

 私達は貴方のものであることが嬉しいのですから。

 それが私達の誇りです。

 ずっとこの先もどうか側に置いて下さい。

 それが貴方に出会ってからの、私達の変わることのない願いです」


 二年もの間、厄介事を引き寄せて歩く私を見捨てることは一度としてなかった。

 笑ってそんな困難さえ楽しめる、頼もしくも優しい物好き達。

 ずっと一緒に面倒事も楽しんでいてくれた。


 それがなにより信じることができる(あかし)なのだ。


 

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