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第四十八話 何事もケ・セラ・セラということです。


 結局、マルビスと交渉してもらった結果、厩舎の管理人派遣と今回ウチで獲得した獣馬とその馬具を全て無料にするということで話がついた。

 勿論、後々の護衛達との差が出てはいけないので獣馬の代金は護衛達から予定通り回収するけれど。

 無料とはいえ全くのタダではない。

 アレキサンドライトでの支払いになるわけだから。

 

 平均一頭金貨百五十枚超えの獣馬を全部で十六頭。

 加えてその馬具その他を含めれば総計実に金貨三千枚近い金額だ。

 そして今回も問題の五頭が一緒ということで、辺境伯が検問所まで一緒に付き添ってくれたわけなのだが、その獣馬達を引き連れて検問所に現れた時は、そこで待っていたみんなが腰を抜かしそうなほどに驚いていた。

 ライオネルとガジェットには『またですか?』と呆れられていた。


 そう、またなんです。

 来年は誘われても絶対辺境伯の馬場は覗きに行くもんか。

 麗しのミレーヌ様とゆっくりお茶しながらみんなの獣馬とのお見合いが終わるのを待ち、そのままどこにも寄ることなく真っ直ぐ帰宅しようと固く心に誓った。

 後は来年に備えて辺境伯が手配してくれるという獣馬の扱いに長けているという人達に人材育成もお願いしておかなければ。転ばぬ先の杖ということで、必要な人材は余裕を持って用意しておくべきだろう。そして前回の教訓を活かして異形な馬に騒ぎが大きくならぬよう、何名かを先に馬で走らせてから屋敷に戻った。

 お陰でたいした騒ぎにはならなかったけれど、到着したのが真夜中近かったのにも関わらず、物凄い数の見物客が道沿いに並んでいた。人の噂というものは光陰矢の如しということで、この調子ならまたウチの紋章の泥障でも付けておけばそう問題にもならないだろう。

 さて、どうしたものか。

 とりあえず面倒なことは明日考えることにしてその日はサッサと眠りについた。


 翌日、目覚めるとまずはロイとサキアス叔父さんが中心になってエルドやカラル達と一緒に団員達が運んできてくれた本の仕訳の報告をしてくれて、マルビスは早速専属護衛達と獣馬の支払い方法を各個人ごとに面談して支払い方法を決定、ガイは陛下とマルビスからせしめたお酒で昨日から酒浸りだったようだが連れてきた獣馬を見に行くと言うと私の後を付いてきた。

 キールにもお願いして付いてきて画材一式を持って付いてきてもらう。


「こりゃあまた変わったヤツらに好かれたものだなあ。流石のタラシっぷり。

 まあいつものことだから特に驚きはしねえが」

 最近やたらとまたタラシ、タラシと言われている。

 もう否定するのも面倒でバカらしい。否定したところで無駄なのだ。

 明るい陽の下で見る緑と、特に青い馬にはガイも呆れていた。

「多分コイツとコイツは他に主人を見つけられるかもしれねえが他の三頭はどうだろうな。特に青いヤツはおそらく相当厳しいぞ? 御主人様でないと無理じゃねえ?」

 ガイが見つけられるかもと指差したのは二本角と黒毛の馬。

「ええ、私もそう思います」

 イシュカがそれに同意する。

 やっぱりそうなるのか。

 そうだよね、ルナと別方向で明らかに異形だもん。

 キールには早速五匹のスケッチに取り掛かってもらう。

 いや、その出立ち、カッコイイことはカッコイイのだ。

 スラッとしてて脚も長いしバランスもいい、斜めに色が変化していく見事な青のグラデーション、頭のあたりは綺麗な淡い空色、それが段々と濃くなってそれはイシュカの藍色の瞳に近い。髪と瞳の色もあって青のイメージが強いイシュカが乗ったらさぞかしいい絵になりそうだ。

 なのに気に入られたのが私とは・・・

 蛇の鱗のようだとも思ったけど、よく見れば爬虫類独特のヌメッとした感じはなくてむしろ竜の鱗っぽい。ルナが神話に出てきそうだと評するならこの獣馬は伝記や物語に登場しそうな感じではある。そのカラーに相応しく水場に強いらしい。らしいというのは実際そういう場所を走ったことがないからであって断定できないそうだ。水のある場所を好み、水浴びが大好きらしいのだ。水辺を一度走らせてみる必要性はありそうだ。

 緑のヤツはノトスと同じく森の中を走るのが得意なようだが違うのはノトスの障害物を避けながら走るのとは少し違って身軽で飛び越える方が得意らしいし、一角のユニコーンみたいなヤツは直線に強く、加速が早い。黒のロン毛は危機察知能力が一際高く、二本角はガイア特性が似ているもののタフさではガイアに劣るがパワーでは上のようだ。

 押し付けられ、引き取ってきたは良いけれど、どうしたものかと溜め息を吐く。

 いくらなんでも獣馬七頭も自分の馬として抱えるのは厳しい。

 特性に合わせて合った馬に乗り換えるということも出来なくはないけど一頭の馬にかける時間が少なくなる。ガッツリ乗り込んでしまうと主人認定が掛かって譲ることも出来なくなる。

 私が頭を悩ませているとガイがふと何か思いついたらしく声を上げた。

「ケイッ、ケイはいるか?」

 ガイに名前を呼ばれて近くにいたらしいケイがひょっこりと厩舎に顔を覗かせる。

「ここにいますが?」

「コイツならお前、行けんじゃねえ? 試してみろよ」

 そう言って指差したのは二本角。

 なるほど、確かにケイは留守番してたから辺境伯のところに来ていない。

 上手くいけば早速一頭譲ってしまえるというわけだ。

「どうすればいいんですか?」

 近付いてきたケイにガイが向かって馬具と鞍を放り投げるように渡した。

「コイツを付けられたならイケる証拠だ。やってみろよ。

 蹴られないように気をつけろよ。無理なら無理で構わねえから物は試しだ」

「わかりました」

 頷いて静かに二本角に近付くとそっと触れて様子を伺う。

 鼻先を、その背中を撫で、嫌がらないことを確かめるとゆっくりと渡されたそれらを付けていく。そして乗ってみろというガイの言葉に従い足をかけると二本角は抵抗することなくその背にケイを乗せた。


 嘘っ、ホントにイケた。

「やっぱな。イケんじゃねえかと思った」

 驚いて目を見張る私達に対してガイは確信めいたものがあったらしい。

「どうして?」

 尋ねた私にガイはカンだと答え、その推測と根拠を教えてくれた。

「なんとなく、っていうか。多分、獣馬は俺らみたいな人種と相性がいい。

 陽の下よりも夜の闇に紛れて動く人間に。

 ランスロイド子爵、リディも獣馬に乗ってるだろ?

 御主人様級の魔力量があれば別なんだろうが半分だけとはいえ魔獣の血を引いているせいもあるんじゃねえ? 

 相応に腕が立つってことは必須条件だろうが、近衛より団員の方が好かれる傾向があるのもおそらくそのせいだ。コイツらは昼よりも夜の方が強い力を発揮するからな。そういう匂いを持った人間に敏感なんだろ。

 じゃなきゃ団長がフラれたガイアが魔力量でも戦闘力でも団長に劣る俺に懐くわけがねえ。団長は陽の下を堂々と歩くタイプだからな。波長が合わなかったんじゃねえの?」

 闇に紛れて動くのを得意とするからこそ闇に強い獣馬と相性が良いのだろうと。

 聞けば納得の理由である。

 その説が正しいかどうかはわからないけれど可能性は捨てきれない。卑屈であるものには惹かれにくいと辺境伯が仰っていたから複合的な要因もあるとは思うけど。

 遠慮がちにケイが問いかけてくる。

「この馬、相当に高価だとお聞きしておりますが」

 自分が乗れたことを確認するとすぐにケイは馬から降り、その手綱をガイに渡す。

 高価な馬だから自分には勿体ないとでもいうような口ぶり。

 だが、肝心なのはそこではない。

「普通の馬とコイツじゃ脚の速さが全然違う。

 この先も御主人様を護るために付いてくるなら脚の速い馬は必要不可欠だ。

 情報収集とその連絡手段に於いてもな。

 いいだろ? 御主人様」

 そう、ガイの言う通りなのだ。

 ガイやケイの仕事上、馬は絶対に必要で、普通の警備任務と違って間違いなく獣馬に乗る、かなりの利点があるのだ。何か面倒事に巻き込まれ、見つかったとしても獣馬の脚なら追手を振り切って逃げ切り、情報を持ち帰ることができる可能性が格段に上がる。普通の馬よりタフだから多少の無理も効くし、長距離の移動では明らかな差が出るのは間違いない。

「いいよ。辺境伯にも許可頂いてるし。ガイが必要だって言うなら構わないよ」

 高価だ、安価だということではなく、必要経費。

 仕事に必要なものであればケチる理由は全くない。

 何事も出し惜しみはいけない。

 出すべきところ、出さずにおくべきところ、その区別は間違ってはならない。

 それにケイはビスクと同じく扱いが扱いなので必要経費等の給金とも呼べないような子供の小遣い程度の金額しか支給されていないのだ。彼らの稼ぎは彼らが害した被害者達の家族への慰謝料その他の支払いに回されている。獣馬の支払いなどできようはずもない。

「但し、他の警護のみんなには内緒ね。分割給料天引きということにしておいて。ケイにはしっかり働いてもらってるし、ボーナスを出すわけにはいかないから現物支給ってことで」

 ケイの事情を知っているライオネルには話を通しておく必要もあるだろうけど。

「だ、そうだ」

 そう言って渡された手綱をケイに戻すとガイはポンッとケイの肩を軽く叩いた。

 するとケイは目を見開いてその手綱をギュッと握る。

「ではありがたく頂戴し、今後も必ずや貴方様のお役に立ってみせましょう」

 今でも充分役に立ってもらってるけどね。

「名前はまだ付いていないから付けてあげてね、ケイ」

 そう言うと少しだけ考えてケイが口を開いた。

「ならばヘブラエルで。私の故郷(ふるさと)の村の名前をつけてもよろしいですか?」

「勿論だよ。良かったね、ヘブラエル。ケイの大事な名前を付けてもらえて」

 その鼻面を撫でてあげると嬉しそうに小さく嘶いた。

「角は付いちゃいるが小さいし、ガイアと違って隠しやすそうだから普通の馬として誤魔化せるだろ」

「一応後でキールに頼んで何枚かまた絵を描いてもらうよ。各検問所に覚書回しとく方が間違いないし。また団長に頼んで回してもらっとく。団長達が帰るの明日早朝だって言ってたから」

 ガイの言葉に頷いてキールを振り返る。

「任せて下さい。今回は色付きの方がいいですよね?」

「そうだね、その方が特徴わかりやすいかも。お願いしてもいい?」

「勿論です。わかりやすく、簡単に、覚えやすく、ですよね」

 そうそう。覚書や人相書はそれが一番。

 綺麗に描いても相手に伝わり、覚えてもらわなければ意味がない。

「流石私のキール。よくわかってるね」

 毎度毎度全くもってありがたい。

 非常にキールの絵には助けられている。

 私の言葉にキールがぱああっと顔を輝かせて返事をする。

「はいっ、じゃあ俺、戻って早速取り掛かります。

 だいたいのスケッチは終わったんで」

「頼んだよ〜」

 駆け出したキールの後ろ姿に声をかけて見送ると残った四頭と向かい合う。

 一頭減ったとはいえまだこの数。

 他にも気に入ってくれる人がいればいいけどどうだろう?

 ガイの推論が正しければ他にも団員とかウチのベスト三十以外にもいるかも。

 有望株も対象であることを考えればいないとも限らない。

 その辺りはおいおい考えて検討していくとして。


「他の馬はどうします?」

「名無しじゃ流石に可哀想だよね?」

 イシュカに聞かれて私は考える。

 前回と同じく神話の神々シリーズでいくとしよう。

「じゃあシン、オシリス、アシュタルト、ハデスで」

 青、緑、白、黒の順に指差しながら名付けていく。

 シン、は、無理かもしれないけど、他の三頭は他に御主人様見つかるといい。

 これだけ異形の獣馬が揃うとなかなかに壮観、博覧会みたいだ。

 数日中にステラート領から厩舎スタッフが来てくれると言うからなんとかなるだろう。

 何事も深く考えすぎては胃に穴が空こうというものだ。

 適度に適当に、要領よく、それが大事だと思うのだ。

 

 それが上手く出来ていないからこそのこの状態なのだろうとどこかでツッ込まれている気がするのは決して気のせいではないのだろうが。

 ケ・セラ・セラ、『なるようになるさ』ということで。


 

 翌日、団長達を見送った後で後回しにしていた仕事を猛然と片付け始めた。

 有能なロイに仕分けしてもらってあるだけあって非常に片付けやすいことはやすいのだが、なにぶんにも量が多い。それを片付けている間にも書類は次から次へと積み上げられていくわけで、机の上が綺麗に片付いたのは実に十日後のことだった。

 正直、もうヘロヘロである。

 当分書類の山は見たくない。

 とはいえ片付けなければまた溜まる。

 しかしながら一時の休憩くらいは許されるだろう。

 私が中庭をフラフラしているとサキアス叔父さんの研究所の方向からテスラがこちらに向かって走り寄ってきた。

 何かあったのだろうか?

 でも今日は異臭騒ぎも爆音も起こってないし、大丈夫だとは思うけど。


「仕事は片付いたんですか?」

 腰を屈め、膝に手をついて荒く息を吐いている。

 そんなに慌てるような案件なのか?

 開発事業は確かに出したもん勝ち、早い者勝ちだけどウチで手がけているようなものは特殊なものも多いし、ああいうのは時の運というものだ。

「一応一段落はついた。急ぎの仕事が入らない限りではあるけれど」

「ちょっとだけ宜しいですか?」

 ちょっとも何も、それは全然構わないんだけど。

「何かあったの?」

 訝しげに尋ねる私にテスラが口籠る。

「問題が起きたというわけではなくてですね」

 珍しい。

 結構テスラはズケズケと言いたいことを言う方だけど。

 まあサキアス叔父さん絡みではある意味仕方ないところではある。

 相手を屁理屈で丸め込もうとするテスラに対して叔父さんは真っ当に理路整然と相手をやり込めるところがある。叔父さんに誤魔化しは通じないのだ。

「わかった。行くよ。イシュカは・・・今支部に行ってるんだっけ。

 まあ屋敷の敷地内だし問題ないか」

 ガイも庭のハンモックで呑気に昼寝してるし。

 ここのところ問題が起きてるって話も聞かない。

 新しい開発事業で困っているという話も回ってこない。

「この間の剣の魔石による硬化実験の件なんですけど」

「うん、それがどうかしたの?」

 簡単にスイッチを切り替えられるようにしてくれるって話だったはずだけど。

「面白い効果なんで使い道も広いですから登録申請をしようと提案したんですがサキアスが首を縦に振らないんです」

 ああ、そういうことね。

 叔父さんは基本平和主義だ。

 何故基本がつくかといえば真理の追求と好奇心による研究とはまた別物で、気になる、可能性があるとなれば解明したいとは思っても、それで諍いが起こるのはゴメンなので公表すべきではないといった感じだ。要は知識欲のカタマリで動いているだけで功績を何が何でも公表したいという地位、権力、名声といったものに全く興味を示さない。

 私達に協力してくれているのは研究費用捻出と興味、自分の必要としている素材を手に入れるハルウェルト商店の物流を抑える力が魅力的だからということに違いない。後はここの食事が気に入っているってとこか。

 弟のメイベック叔父さんに自分のことでこれ以上迷惑かけたくないと思っているというのも理由の一つだろうが。

「それで?」

「理由を尋ねたらこれは世に出さない方がいい。ハルト様専用ということで提案したものだから登録申請したければハルト様の許可を先にもらってくれと」

 そういうことか。

 つまり叔父さんも世に出すのは危険だと認識しているのだろう。

「わかった。話をしてみる。

 でもテスラ、先に言っておくけど私はどちらかといえば今回はサキアス叔父さんに賛成かな。その辺りも含めて一度検討してみようか」

 そう私が言うとテスラが目を眇めて意外そうな顔をした。

 あれは確かに便利だし画期的だ。

 だけどとんでもない危険性も秘めている。


 何か言いかけたが私が叔父さんの研究室に向かって歩き出したのを見てテスラは黙って私に付いてきた。



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