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第四十七話 アメとムチは人を育てる上で重要です。


「そろそろアチラの方も結果が出ている頃だろう」

 

 お茶を飲みながらくだらない雑談を終えて一息吐いた頃、辺境伯が馬場の方向を向いて言った。

「一応、折角守備良く選ばれても其方らが現れて鞍替えされても敵わんからな。選ばれたヤツは契約書を取り付けたら屋敷の外にさっさと追い出せと伝えてある。検問所を抜けた辺りで待っていよとな」

 するとコンコンコンッと扉をノックする音が響いた。

 辺境伯が入れと入室を許可すると門のところで私達を出迎えてくれた辺境伯の弟君ともう一人黒服の年配の紳士が現れた。


「首尾はどうだった? あれだけの人数がいたのだ、そこそこ上手くいったであろう?」

 二人は尋ねる辺境伯のもとまで歩いてくる。

「ええ、選ばれたのは全部で二十五名、以外にも多かったです」

「こちら、支払い契約書です」

 弟君と右手に持った書類の束を持った紳士がそれを手渡し、答えた。

 ふううん、意外にも結構多い。

 三割くらいじゃないかって団長言ってたけどおおよそ四割。

 討伐部隊とウチの精鋭が揃ってるわけだから相性がものをいうとはいえ、獣馬も選び放題なわけだからそれが良かったのか?

 一通りざっと目を通し、辺境伯は私達にその内の一枚を手渡しながら言った。

「名簿だ、見るか? 

 ワシでは誰が団員で、どいつがハルトの部下かわからん。確認するが良い」

 団長がそれを受け取るとジイッと眺めている。

「ウチのヤツらは全部で十四人だ。お前んトコも結構選ばれてるな」

 選んだのが二十五頭ってことはウチは残る十一名が見事獣馬のお眼鏡に叶ったってことか。

 国家の最強騎士団実力者達と競ってこの数は上等の部類だろう。

 団長が一通り目を通したところで私にそれが回ってきた。

 ライオネル、バルディ、ルイジス、キエル、ジェネラ、ベイリック、ダイナー、ハンス、ガジェット、ランス、シーファもいる。

 メンバーを見るとウチのランキング上位十名の内二名が選ばれていないのに三十名の内、下から数えた方が早いシーファがゲットしてる。本当に強さだけではなく相性も大きく関係しているようだ。将来性とかにも左右されるっていうから若くて伸び率が期待できる者も好かれる傾向があるのか。

 そりゃそうか。

 騎士にはまだまだ敵わないレインが獣馬を手に入れられたってことはそういうことだ。

 

「支払いはどうする? アヤツらに直接請求するか?」

「いえ。まずは私が立て替えます。その後に本人達と話し合い、精算方法を決めます」

「俺もだ、一応それなりの金額を積んできている。計算してくれ」

 辺境伯の問いにすかさずそう答えると団長もそれに追随する。

 しっかり、ガッツリ用意してきましたとも。

 期待を込めて。 

「かしこまりました。では暫しお待ち下さいませ。今から総額を算出して参ります」

 そう言って頭を下げて退出して行く彼を見送ったところで辺境伯がソファから立ち上がった。

「ワシらはその間に選ばれず、気落ちしているであろうヤツらを鼓舞しに行くとするか。

 一緒に来るであろう?」


 ええ、勿論行きますよ。

 想定範囲内ですから。

 六十人いれば当然だが全頭相棒に選ばれたとしても半分があぶれる計算だ。

 さぞや落ち込んでいることだろう。

 緑の騎士団の精鋭と競うのだ。もともと確率的にはウチのメンツは二割ほどだろうと思っていたのでむしろ三割超えは上出来の部類なのだが頭でわかっていても納得はできないというのが本音だ。ランキング付けされたとしてそれが下の方でつけられたとしても納得出来ずにより上を目指す気合いがなければ上位には食い込めない。

 実際下位の十名ほどは入れ替わりも激しいし、更に下の者が這い上がってきて押し退けられ、専属落ちする者も数名いることもある。負けん気の強さと日々の努力なくして上位はキープできない。確かに十九人は今回は獣馬を得られなかったわけだけど先程辺境伯が言っていたようにチャンスはコレきりではない。 

 マルビスと騎士団の会計官を残して辺境伯とその執事の後を付いて行った。



 案の定ともいうべきか、馬場には暗い通夜のような空気が漂っていた。

 いくら可能性は低いと言われていたところでもしかしたらと期待するのが人間だ。

 落ち込む気持ちもわからなくはない。


「シケたツラしてんな、馬鹿者。そんなんだからお前らは選ばれなかったんだ」

「だっ、団長っ」

 あんまりな物言いに私は思わず袖を引っ張って止めようとする。

 いやいや、いくらなんでもいきなりそれはないでしょう?

 もう少し言い方ってものを・・・

 タダでさえ落ち込んでるところを上からハタかれて泣きそうな顔になってるでしょうが。

 そう進言しようとしたところで今度は辺境伯の怒号が飛んだ。

「一度フラれた程度で諦めるくらいなら獣馬など欲しがるでないわっ、何がなんでも次こそは選ばれてみせるという気概もないヤツにアヤツらは乗りこなせん。そんな腑抜けたヤツならさっさと帰れっ」

 流石熱血体育会系の二人、もともと団員達の多くはこの系統。

 となるとこの対応で良いのか?

 私は暫く様子を見守ることにした。

「諦める気が無いのならまたこれから一年研鑽を積み、また挑戦してみるがよい。

 力の、意志の弱い卑屈な者にアヤツらは従わぬ。

 強く、騎士として誇り高くあれ。

 まだ小さい馬も、生まれておらぬ牝馬の腹の中にいるヤツもいる。

 ワシは志高い者には何度でも挑戦する権利を与えてやろう」

 ちゃんとフォローする気もあるってことね。

 良かった、ホッとしたよ。

 辺境伯の言葉に少しだけそこにいたみんなの顔つきが変わった。

 二人がムチを打ってくれたなら、ここは当然アメでしょう。


 すみませんね、美味しいところ、頂きますよ。

 打たれるばかりでは人は育ちませんからね。

 私はできる限り優しい笑顔になるように注意しつつ語りかける。

「頑張ってね。辺境伯がね、仰っていたんだ。

 ただ強いだけじゃ駄目だって。

 獣馬には相性もあるし、強くなればなるほど選ばれる確率も上がるって。

 ライオネルやガジェットだって前に一度はフラれてるんだから。

 それでも今日は選ばれたってことは努力したから報われたってことでしょう?

 今日が駄目でも来年はわからないよ。

 挑戦する気があって努力するなら私がまた辺境伯にお願いしてあげるよ」

 ねっ、とばかりに首を少し傾ける。

 若干あざといような気がしないでもないが、こんな時くらいは良いだろう。

 へこんだ気分の時に言葉で叩かれ、蹴られ、打ちのめされてでは頑張る気力も湧いてこない。甘やかし過ぎはよくないけどしっかり団長と辺境伯が気合と喝を入れてくれている。

 適材適所、私如きの迫力では効果薄そうだし、説得力も欠ける。

 俯き加減だったみんなの顔が少しだけ上がり、おそるおそる尋ねてくる。

「・・・良いんですか?」

 勿論。

 頑張るっていうなら私の頭程度、幾らでも下げてあげる。

 私は大きく頷いた。

「当然でしょう? みんなは私の頼りになる護衛なんだから。

 これしきのことでみんなの価値は下がらないよ。

 来年には自分を選ばなかった獣馬は見る目がなかっただけだって私に教えてくれるんでしょう?」


 選ばれなかったことは弱さの証明なんかじゃない。

 相棒に恵まれなかった運なのだ。

「それともみんなは次こそ選ばれてみせるって自信がない?

 だったら私はそれでも構わないけど?」

 頑張るか、諦めるかはその人個人の自由だ。好きにすればいい。

 でも私の知ってるみんなはそんなに弱くないはずだ。


「いえ、来年こそ、必ずや選ばれてみせます」

 大きな声で響いたその声に私は安心して微笑んだ。

「そう。だったら頑張ってね。応援してるよ」

「はいっ、ありがとうございますっ」

 良かった、みんなの顔色が明るくなった。

 にこにこと笑って立ち上がったみんなが帰り支度のために駆け出したのを見送っていると背後から団長の声が聞こえてきた。


「やはりお前、タラシだろう」


 うるさいですよ。

 今回ばかりは仕方がないでしょう?

 お二人が思い切りみんなを思い切りヘコまかしてくれたんだから。

 何事も臨機応変というものですよ。


 アメとムチは人を育てる上で重要なんですから。

 


「ハルト、残った馬を見せてくださるそうだ。お前も行くか?」

 前を行く団長にそう話し掛けられて私は少し考えた。

 残っているっていうと多分気難しいか、魔力量の多いタイプだよね?

 ルナやノトス、ガイアみたいに変わった獣馬だろう。

 少しだけ好奇心がウズッと湧いた。

 ルナみたいに神話にも出てきそうな姿の美しいのもいるのかな。

 すごく興味はある。

 ルナはどこでも注目の的、天翔るペガサスみたいな外観は本当に綺麗だ。

「そうだね、折角だから見せてもらおうかな」

 ルナほど綺麗な馬は滅多にいないだろうし、ノトスみたいに忠実で愛嬌あるのは珍しいだろうけど。


 えっ? それはお前の欲目だろうって?

 そりゃあ当然ってものでしょう。

 誰でも自分の可愛がってる子が一番可愛いものでしょう?

 犬や猫、それが馬だとしても。

 だからこれはあくまでも好奇心だけ。

 獣馬というのは異世界浪漫の最たるものの一つだ。


「残ったのは八頭か。一気に減ったがよかろう。

 獣馬は普通の馬よりも成長も早い。まだ人を乗せられぬほど育っておらぬヤツも十頭ばかりおるのでな。ソイツらは厩舎を分けてある。そろそろ出産を迎えるヤツも、冬明けから春先にもまた生まれてくるヤツもいる」

 それはなかなか大変そうだ。

 普通の馬と違う分だけ管理も出産も大変だって聞いてるし。

 結局どんなに可愛がって育てたいとしても、自分が従う価値なしと獣馬に判断されればその背に乗せてくれないのなら個人で生産育成するのは相当にリスクが高くてリターンも低い。当選確率の低い宝クジを買うようなものだ。馬型の魔獣の生捕だって簡単じゃないことを考えればそれを得るためのツテも当然だが必要なわけで、道楽でやろうとは思わないだろう。

 普通じゃない方法をである以上死産の確率も高いらしいし。

 閉められた厩舎を執事が開け、辺境伯を先頭にゾロゾロとその後を団長、イシュカ、私がついて行く。

「やはり残ったのはコヤツらか。まあ仕方あるまい」

 四分の三の馬がいなくなった厩舎はガランとしていたが、やはり残っていた馬のうち五頭は普通の馬とは明らかに外観が違っていた。

 一頭は以前にも見た二本角が生えたヤツだ。ルナ達と一緒に私に付いて来たけれど、比較的魔力量が少ない方なので他の主人が見つかるかもしれないと留め置いた馬だ。

 結局この獣馬もまだ乗り手が見つかっていないのか。

 魔力量が多いという他の四頭もやはりかなり個性的と言おうか、明らかに一目で普通ではないとわかる外観だった。

 長くロングヘアーの女の人みたいなタテガミが特徴の黒毛、色こそ白いがルナよりも更に立派な一本の細く長い角を持つユニコーンそのものみたいな馬、普通ならありえない肌が薄い若草色の金のタテガミに金眼の馬、最後の一頭は一際変わっていた。

 馬頭自体は薄いアクアブルーという以外変わった特長はない。だがそこから尻にかけて次第に色は濃く、藍色になる。要するにグラデーションがかかっているのだ。しかも尻の方に近づくに従って毛が短く薄くなって遂には無くなり、代わりにてらてらとした鱗のような文様が浮かび尻尾には毛が一本物生えていない。蛇の尻尾みたいだ。真っ赤な瞳が殊更魔獣の血を間違いなく引いているのだと主張している。

 おそらく新月の夜なら遠目には普通の馬と区別がつかない。

 だが多分この中で一番魔力量が多い。

 私のルナと張るほどに。

 ぐるりとその五頭を見渡して団長が呟く。

「今回もまた変わったのがいるな」

 そうですね、特に色が。

 姿はともかく白と黒は一般的な色だが、後の二頭の色がおかしい。

 緑と青って明らかに普通の馬の色ではない。

「なかなかに面白いであろう? 緑と白、特に青のヤツは魔力量が桁違いでな。主を見つけるのは苦労しそうだ」

 でしょうね、間違いなく。

 ルナの方が魔物っぽくない分だけまだ問題が起きなさそうだ。

 如何にも姿形まで魔獣ですって感じの出立ち。

 町を走れば悲鳴が上がり、町民が逃げ惑いそうだ。

 魔力の多いその五頭を横切って歩いて行くとポツポツとまだ厩舎には三頭ばかり残ってた。つまり実力者六十名余りの中からも主人を選べなかった偏屈な贅沢者かということか。

 すると一際立派な体躯の馬の前で辺境伯が止まった。

「ああ、コレも残ったか。

 ということはレイオット侯の御子息が余程気に入っていたということかな」

 レイオット侯?

 ってことはもしかして?

「レインのことですか?」

「そうだ、もう一ヶ月半ほど前になるか。突然ワシのところを訪ねて来てな。

 どうしても其方に付いて行きたい、そのための馬が欲しいとワシに頭を下げた。

 ならば挑戦してみれば良かろうと試してやったところ、二頭の獣馬が付いて来よった。コレは一際力強くタフだが脚が遅いと言うとそれでは其方に付いて行けぬからともう一頭の方を連れて行きよったのだよ」

 そういえばレインは私達が先に出発するといつも悔しそうに歯を食い縛り、自分の馬の手綱を握りしめていた。

 引っ込み思案で人見知りだったレインが随分と成長したものだ。

 ほんの二年前まで私よりも大きな図体で、私の袖口を掴んで隠れていたのに。

 男の子の成長というのは早いものだ。

「暫く経てば他のヤツに目も行くやもしれんが、様子を見て主人を選ばなかったらアヤツに責任持って引き取らせるか。まあ魔力量自体はそう多い方ではないからまだアヤツを見てから期間が空いてないというのも理由の一つかもしれんが」

 つまりは今日いるメンツとレインを比較してレインの方が良いと判断したってこと?

 それは野生のカンというヤツか? 

 将来有望なのは間違いないと保証されたようなものだろう。

 辺境伯はそのまま厩舎を入ってきた方向と逆側にそのまま抜けるとそのまま真っ直ぐに馬場の出口へと向かって歩きながら尋ねてきた。

「どうだ? 二人とも興味を持った獣馬(ヤツ)はおるか?」

 気に入るも何も、獣馬は相性。

 その問いかけはいかがなものかと思ったが、おそらくこういうのはお決まりの定番文句というヤツか。

 ひと通り商品を見せた後で『お気に召したものは御座いましたでしょうか?』と問いかける商人お決まり文句。生産育成者として自分の抱える獣馬(さくひん)に自信があるからこそ出る言葉であってどう答えるかは問題ではないのだろう。

 団長は首を捻りつつ応える。 

「相性が合えばもう一頭くらいなら考えても良いが、まあ今二頭抱えているしな。そう差し迫ってもいないんで今回は遠慮しとく」

 ですよね。

 レインを気に入ったという一頭を除けばどちらかといえば残る二頭はイシュカと気が合いそうなタイプに見えた。パワータイプの多い団員達とは相性が悪そうだ。

「私にはルナもノトスもいますし、もう充分ですよ」

 今では可愛い我が愛馬も本来なら飼う予定がなかった馬だ。

 あの時頂いたシリルと名付けた仔馬も立派になり、人混みの多い場所に出かけるときには乗っている。大人しくて優しい子なので扱いやすいのか乗馬が苦手なテスラも時々乗っているが私にとって大事な馬だ。

「そうか? 残念だ。其方らなら此奴らも気に入りそうではあったのだが」

 そう辺境伯が然程残念そうもなさそうな声で言った。

 なんか引っかかる言い方のような気がするけどまあいいか。

 とりあえず本日の予定はほぼ終わり、獣馬の支払いが終われば屋敷に戻るだけ。

 多少夜が更けるかもしれないが日付が変わる前までには着けるだろう。

 これだけのメンツなら魔獣に襲われたとしても難なく対処できるし問題もない。

 それも考えて軽食を大量に仕入れて来たし、途中で休憩挟めばいい。

 総勢三十頭弱の獣馬がいればそうそう襲ってくることもあるまいし。

 そんな算段を巡らせながら厩舎を出て歩いていると後ろから聴き慣れた蹄の音が聞こえて来た。

 その音に思わずギクリと身を強張らせる。


「おいっ、付いてきてるぞ? 馬房に繋いでなかったのか?」

 団長が先を行く辺境伯に問いかけた。

「らしいな。まあ特にあの五頭はプライドが高くて普段からあまり繋いでおらぬし、仕方あるまい」

 トボけた調子のそんな言葉が返ってくる。

 これは鈍い私でもわかる。

 おそらく・・・

「狙っただろう?」

 団長が責めるような口調で辺境伯に詰め寄る。

 その迫力にも狼狽えず、どこ吹く風で辺境伯が謝罪する。

「アレらを扱えそうなヤツを他に知らなくてな。まあ許せ」

 これはちっとも悪いなんて思っていないだろう。

 そりゃあ乗り手がこの先現れるかどうかもわからないような馬、ものは試しという辺境伯の気持ちもわからないでもないけれどアレらは相当に目立つ。押し付けられても乗る場所にも困りそうだ。

「それに団長、其方が選ばれたとは限らないぞ?」

 他人事のように聞いていた私に二人の視線が向けられる。


 いやいやいや、獣馬は相性でしょう?

 ルナとノトスに気に入られただけでも結構奇跡に近いはずなのだ。

 今回もだなんてあるはずもない。

 だがそう思ったのは私だけのようでイシュカと執事の視線までこちらに向いた。


「だな。おいっ、ハルト。俺達はこの辺りで止まるからお前はそのまま真っ直ぐ歩いて行ってみろ」

 

 なんでそこで納得するっ!

 どう考えてもおかしいでしょうよっ、この状況っ!

「嫌ですよ。なんで私だけ。団長かイシュカに付いて来たんじゃないんですか?」

「いいから歩けって。俺らに付いてきたと言うなら一緒に止まるだろ」

 ・・・・・。

 確かにそれもごもっとも。

 私に付いて来なければ話はここで終わりになる。

 終わりになるはずなのだが、どうにも嫌な予感は消えない。

 しかしながらここで私がごねたところで既に状況は変わらない。

 もうどうにでもなれとばかりに出口に向かって歩き出す。

 大丈夫。

 きっと大丈夫なはず。

 今回はイシュカだけじゃなく団長もいる。

 きっと獣馬の歩みは止まるはず。


 ・・・止まらない。

 間違いなく付いてきてる。

 それも一頭、二頭という数ではない。

 確認するのが怖くて振り向けないでいると後ろから団長の声が聞こえてきた。


「やっぱりお前、最早バケモンだろう?」

 ひ、否定できない。

 おそるおそる振り返ると見事に揃っていた。

 それも魔力量が多いという五頭全部。

 なんでこうもこの系統の獣馬に好かれるのか。魔力量が少ないという三頭は付いて来ていないのにおかしいだろう?

「言わないで下さいよ。一応コレでも傷付くんですから」

 上目遣いで睨み上げる私に団長が呆れた声で言う。

「お前がか? なんの冗談だ?」

「見えないかもしれませんけど、これでも繊細なところもあるんです。

 少しだけですけど」

 そう返すと団長がガハハハハッと笑った。

 図太いのは確かに自覚ありますけどね、決して傷付かないと言うわけではありません。ガラスのハートとは死んでも口にできませんけど鋼鉄でできてるわけではありませんからっ!

 いやむしろ鋼製だからこそ打てば響くのか?

 どちらにしてもあんまりな言いようではないかと思うのだ。

「でも無理ですよ。いきなりこんな増えても管理者が足りません。一応今回のことがあったんで最低でももう三人ほど世話係を増やすつもりで募集はかけているんですけどまだ見つかっていませんし、この子達を引き取るともう一人くらい追加で増やさないといけなくなります」

 かなり広めにとったつもりだったのだけれども馬の数も増えて来たんで馬車馬と騎馬の馬場を分けようかと検討して、今回のこともあったので現在整備中。明日にも完成予定である。だが肝心の厩舎スタッフ、馬の世話係が見つかっていない。これから獣馬も増えるからそれなりにベテランを雇いたいところなのだ。

 だがそういった人材は貴族その他の金持ちに抱え込まれていることも多いのでなかなか募集をかけても見つからない。だから無理だと断ろうとしたのだが、

「ではワシが紹介してやろう。四人で足りるのか?」

 辺境伯の言葉に黙ってしまった。

 欲しいとは思っていなかった獣馬にもれなく付いてきたなかなか手に入らない、喉から手が出るほどに欲しい人材は非常に魅力的だ。

 子供が付いてるオマケが欲しくて美味しくもない菓子を買うが如く、私は拒否できない。辺境伯の紹介ということは、馬の産地で有名なこの地でその職に就く人と言うことだ。

 抗いがたい誘惑に私は苦悩し、顔を顰め、


 折れた。


「・・・六人でお願いします」


 だって仕方ないじゃないかっ!

 思っていたよりウチの警備陣が獣馬を獲得し、予定より更に多くのスタッフが必要になったのだ。いくら世話だけならば普通の馬とそう変わらないとは言えど、それでも普通の馬よりは手間がかかる。

 ルナ達四頭だけならまだしも、この五頭を除いても全部で十五頭、団長達やレインがやってくれば更に管理する馬は増えるわけで合計二十頭近い数になる。

 現在の管理人や世話係だけでは完全にパンクしてブラック企業一直線である。

 なのにその人員補給のアテがない。

 天秤に掛けた末に傾いてしまったのだ。

 まさにエサに釣り上げられたという他ない。

 ニヤリと笑う辺境伯の顔が視界に映った。

「良かろう。では数日中に其方のところへ向かわせてやろう。

 安心せよ、獣馬の扱いにも慣れたヤツを手配しやるが故任せておけ」

 間違いなく私の欲しい人材獲得に喜ぶべきか否か実に複雑な気分だ。

「それに其方のところには面白い男が集まってくる。

 抱えておればガイアのように其方以外の主人を持つかもしれぬしな」

「譲らせる前提なんですね」

 確かにウチには少々どころかかなり変わった人達が集まる傾向はありますけど。

「別に気に入ったのなら其方が乗っても構わぬぞ? 

 ホレ、馬具も用意しといたぞ、持ってけ」

 そう言って後ろからやって来た執事が抱えてきたソレを私に差し出した。


「持ってけって・・・押し付けないで下さいよ」

 計られた。

 そして嵌められた。

「仕方あるまい。獣馬(ソヤツら)が選んだのは其方だからな。

 ワシのところに置いておいても乗り手が見つからんのでは勿体無い。

 料金は、そうだな。其方のところのアレキサンドライトで良い。

 適当にミレーヌに相応しいもので頼んだぞ?」

 なるほど、辺境伯の本当に欲しかったのはアレキサンドライト(ソレ)か。

 まんまと口実作りに利用されたということか。

 私は大きく溜め息を吐く。

「ミレーヌ様に相応しいものとなれば下手すればアシがでます。

 あれはものによっては今や一つで城が建つほどの超高級品ですから。

 押し売りはやめて下さい。私は欲しいなどと一言も言ってませんよ?」

 引き取らせた上で更に売りつけるつもりなのかとばかりに反論する。

 あの美しくも色っぽい御婦人を飾るものとなれば相応のものが必要だろう。

「ならば其方のところに送る獣馬の世話係のヤツらの給金を向こう三年、ワシが払ってやろう。それでどうだ?」

 つまりは引く気はないわけね。

 ここで頷くのは良策ではない。

「・・・私ではお返事しかねます。マルビスと相談して下さい」

 こういう時こそマルビス頼り。

 物の価値とその値段をよく知る人物に任せるべきだろう。

「了承した」

「今回の獣馬の精算の手続きを丁度しているところでしょうし、くれぐれもゴリ押しは遠慮願いますよ?」

「わかっておる。安心せよ。

 馬と宝石の代金如きで其方との関係を悪化させるつもりはない。

 そのくらいなら此奴ら全て無料(タダ)にして宝石の金額丸ごと払った方がまだマシだ」

 辺境伯は手に入れ難いアレキサンドライト(ソレ)を手にする算段を付けてご機嫌だ。


 それを近くで見ていたイシュカがクスクスと綺麗な顔で笑っていた。

 


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