第四十二話 秘密の閣僚会議? タヌキはお互い様なのです。
結局陛下は私がロイとテスラと一緒にキッチンで準備をしている間、マルビスと護衛をお供に屋敷の中をぐるりと一周見学し、アレやコレやと干してある海産物その他について説明させつつ、護衛の制止も聞かずちょいちょいとツマミ食いしていたらしい。
言っても聞かないその様子に諦めて二人は解毒薬を隠すことなく片手に丸出しで持って歩いていたらしい。
特にタコの燻製とイカの一夜干し、スルメイカはいたくお気に召したようで城への土産を遠回しに強請りつつ、登録が済んで売りに出されるようになるまで酒のツマミにと連隊長を介しての定期的に差し入れを約束させていた。
まあいいですけどね。安上がりなものですし。
登録済み次第購入して下さるということですから。
御得意様予備軍、陛下のお気に入りともなれば宣伝効果も抜群ですし?
ただ流石だと思ったのはそのウネウネ動くその原材料を見せられて護衛二人は一歩後ろに引いたというのに平然とむんずとタコを素手で掴んだことだった。
ライオネルもビビッて、イシュカですら初日は遠巻きに眺めていたのに。
「ふむっ、面白いな。このようなものがあんなに美味いとは」
そう言ってマジマジと間近で見るとその身に危険を感じたのかタコは陛下に向かってスミを吐き、ヒョイッとそれを顔をズラして避けると陛下の後ろにいたアンディの顔に見事にかかった。
まるで漫才のようなやりとりに思わず吹き出しそうになったのだがグッと堪えてタオルを差し出した。最初は生活魔法で洗浄しようとしたのだが、そこがキッチンであることを思い出して私の手から礼の言葉とともに受け取った。
「一応毒は持っていないはずですが」
「大丈夫です。多少ならば耐性もあるので」
やはり特殊部隊というだけあってそういう訓練でもしてるのか?
転ばぬ先の杖、対策しておくに越したことはないのだろうが御苦労様だ。
そうとわかっていても私はわざわざ毒を食らおうとは思わない。
とはいえある程度勝手に解毒してくれるありがたい体質なのでその必要もなさそうではあるけれど。
キョロキョロと見渡し、並べられてる皿を見て陛下が不思議そうに尋ねてくる。
「なんだ? 今日は皿を分けるのか?」
フィアとミゲルだけなら問題もなかろうがその他お偉い様には抵抗もあるだろうと思って一応専任給仕がいないので今日はマルビスとテスラにも手伝って貰うつもりではあったのだけれど。
「フィアやバリウス達に聞いた話では一つの料理を山盛りに盛り付けて、各々好きなように好きなものを取り分けて食べている聞いていたのだが」
「いつもはそうなんですけど、一緒の皿では失礼かと」
そう思って用意していたのだけれど陛下はさして気にするでもなく宣った。
「それでいい。気に入ったものを好きなように食べられるのだろう?」
「はい、人によって好みもあるんで。ただ早い者勝ちにはなりますが」
時に生存競争激しい争奪戦となるけれど。
遠慮をしていては食欲旺盛、食べ盛りの男達の中で生き残れない。
すると陛下は後ろに控えている二人に視線を流して口を開いた。
「それにその方がこの二人も安心だろう? 全く融通が効かんヤツらだ」
確かにそうすればピンポイントで陛下を狙うのも不可能ですけどね。
それが彼らの仕事でしょう?
むしろ陛下の方が融通効かせすぎなのでは?
「そもそもハルスウェルトが私を毒殺しようなどと企むはずもない。
心配など要らんと昨日から何度も言っているというのに。
今持っている伯爵位ですら面倒だと思っているヤツが私を暗殺しようなどと思うわけもない。オマケにハルスウェルトが関係者に手を出したヤツに倍返ししているせいで貴族共が恐れ慄いているからな」
確かに暗殺なんて、考えもしませんけどね。
押し付けられた伯爵位も面倒だとは思ってますよ?
間違いなく。
なのに陛下は更に上の位を押し付けようとしてるんですよね?
貴族の付き合い、シガラミ、その他諸々私の最も苦手とするところ。
上手く立ち回れるくらいなら不用意に敵など増やしません。
だからこそのやられたらキッチリ倍返し。
直接狙ってくるならまだしも私に手が出せないからと周りの人間を狙うような卑怯者、断じて容認できませんから。
殺ろうとするからには殺られる覚悟して頂きませんと。
とはいえ人殺しは寝覚めも悪いので二度とそんな気も起こさないよう、しっかりきっちり灸を据えさせて頂きましたけど。
「ハルスウェルト、コイツらの分の食事も用意出来るか?」
「出来ますよ。一応いつも来客の際にはニ、三人分は多めに用意してますので」
いえいえ私達は結構ですと遠慮する二人に陛下が得意そうに言う。
「良いから食ってみろ。ハルスウェルトのところのメシは美味いぞ?
なにせフィアとミゲルを虜にし、バリウスとアインツが何かに理由をつけて足繁く通い、ここにコイツの名誉軍事顧問を名目に家を建て、護衛を理由に居座ったくらいだ」
やっぱりそうなんだ。
そうじゃないかなあとは思っていたけど。
だけど続いた陛下の言葉に私は沈黙した。
「第一コイツが本当に私を殺そうとしたならばおそらく抵抗する暇もなく殺られだろうよ。警戒する意味はない。現れれば国家存亡の危機になるような魔力量五千越えの魔物を倒せるヤツに刃向かうだけ無駄だ。
コイツが敵でないのなら、ある意味この王都でここ以上に安全なところはない」
・・・・・。
まさしく人間辞めてます状態の扱いだ。
私は取扱危険要注意人物ですか?
複雑な気分で顔を顰めた私を見て陛下が不敵に笑う。
「お前は私の敵ではないだろう?」
『味方だろう?』と、言わないところが陛下の上手いところだと思う。
味方かと言われると肯定しづらいのを、そう尋ねることで確認している。
だが確かに私は国家権力を敵に回すつもりはない。
「当然です。私はお尋ね者になって幸せな日常を壊すつもりは全くありません」
「だ、そうだ。ハルスウェルトは聖属性持ちでもあるしな。
もしもの場合は傷も癒し、毒も中和してくれるであろうよ。
心配なら食事の暫く後に解毒の魔法を掛けて貰えばいい」
「構いませんよ。それで安心なされるなら」
聖属性魔法というのは案外不便なところがある。
身体が毒と認識しない限り発動しないのだ。
そのいい例が食物アレルギーである。
例えばカニや海老などは普通の人が食べてもどうということはない。だが甲殻類アレルギーの人が食べれば毒となるわけで。身体に入ってからでなければ中和出来ない。それを考えると解毒魔法は身体を害する異物を取り除くように作用するものなのかもしれない。
「それでも気になるのならバリウスとアインツを護衛に付けてるフィア達と一緒にこっそり帰っても良い。あの二人が一緒なら問題あるまい?
ここは我が国の最高戦力の集結地。私が害されることなど有り得んよ」
そりゃあ王都最強と名高い双璧相手に城下で事を荒立てようなんて物好きがいるとは思いませんけどね。
陛下、だんだん私の前で本性隠さなくなってきたなあ、ホント。
実に面倒だ。
呑気な顔で笑う陛下に私はコッソリ溜め息を吐いた。
夕方になるとフィア、ミゲルと宰相、財務大臣を引き連れて団長達が帰ってきた。
ガイは用は済んだとばかりに自分の分を皿に取り、さっさと上に上がり、それを追いかけるようにテスラとライオネルも同じように階段を上って行った。
付いてきた護衛の人達は交代で騎士団寮の食堂で食事を取るそうだ。
山盛りに盛られた料理を綺麗に平らげ、ロイとイシュカに手伝ってもらいつつ食器を下げると陛下は綺麗になったテーブルの上に地図を広げ、マルビスに買い上げた土地で何をしようとしているのかをもう一度説明させた。同時に学院で行う予定の事業内容と人員確保の方法も一緒に。
「実に面白そうですね。
グラスフィートとベラスミに大規模娯楽施設があって王都にないというのが少々気になっていました。是非とも全面的にバックアップして早急に取り掛かりましょう」
すっかり乗り気の宰相と財務大臣だ。
フィアとミゲルも面白そうに大雑把な計画地図をワクワク顔で眺めている。
一年の税金免除も既に終了、今や我がグラスフィート領の納税額は国内トップクラス爆進中だ。
ベラスミの経済も上昇し始めているが商会トップである私がグラスフィート領住まいなので主だった収益はグラスフィートで計上されるため雇い入れている人件費や港の運営費等がベラスミの財政収入源となるからまだまだ納税額はシルベスタの中では下の上あたり。王族が住んでいた城には現在様々な役所がそこに集約され、利用されているが経済の中心は建設中の施設周辺に移り始めている。
それがベラスミにとって良いことなのか、悪いことなのか、定かではない。
「それで予算なのだがこの間妃らが欲しがっていたアレキサンドライトの代金の一部として出資しようかと思っている」
すっかり口調が普段通りに戻った陛下は宰相にそう語りかける。
「宜しいのではないですか? 建前として充分です」
「足りない分は保管している書物と金貨で支払うことにした。
互いに見積もりが揃い次第精算ということで良いか?」
陛下の言葉に財務大臣が大きく頷く。
「承知しました。ではそのように。では先に取り掛かれるところからすぐに手配します。まずは一帯の土地を囲う塀と港、ハルスウェルト商会従業員の駐在する建物ですね。規模を先に教えて頂ければ外枠だけでも先に取り掛からせます」
「今週中には用意します」
マルビスが速攻で返事をした。
またしてもものすごいスピードで決定が下されていく。
私は慌てて身を乗り出して机を囲んでいる面々にストップをかける。
「あの、港は少し待って頂けますか?」
納得いかないという顔の陛下、宰相、財務大臣に対してマルビスはニヤッと笑う。
こういう時、私が何か新しい提案を抱えていると知っているからだろう。
「実は他にも考えているものがありまして」
「なんだ? 何か面白そうなものか?」
すっかり座卓に馴染んだ陛下が胡座をかき、テーブルの上に肘を付いて私に問いかける。
「先程思い付いたばかりで可能かどうかみんなと相談してみたいんです」
「申してみよ。其方らの利害に関係するというのなら私の責任に於いて秘匿の保証する」
引く気はないわけね。
どうしたものかとマルビスを仰ぎ見ると苦笑して頷いたので私はさっき陛下と話していた時に思い付いた屋形舟と水面上に浮かぶ東屋のアイディアに付いて語った。
夏場の暑い時期に涼しい海の上で涼みながらの特等席の設定。
それ以外では砂地に引き上げてコテージのようにして使えないかと。
夏限定で使用するというより移動式の簡易居住地のようなものだ。
あくまでも私の思いつきでそれが可能かわからないので相談したいのだと。
その話を終えたところでみんなの反応を伺い見る。
前世の記憶から引き出したものなのだが感心したような周囲の様子に些か良心が咎めるが今更である。
「また面白いことを考えたものだな。
どうだ? マルビス。
今の案を採用するとなると船などの手配も必要になってくるだろう?」
「当然採用します。書類は早急にテスラに書かせ、明朝にでもギルドに提出させます」
既に決定事項なのか。
まあいいけど。
「船はどうする? こちらで手配するか?」
「できればお願いします。そちらの設計図も今週中にも引かせます」
国家で動いてくれた方が作業スピードも段違いに早いもんね、当然か。
「ではトータル金額を算出した上でその差額で出っ張った方が支払いをするということでいいですか?」
「結構です」
財務大臣の申し出にマルビスが頷く。
「では決まりだな」
本当に私の趣味を爆進している。
しかも今回は王都繁栄のためと宰相、財務大臣までノリ気だし。
要は田舎のグラスフィートとベラスミにあるのに肝心の王都にないというのが言葉通り、気になっていたのだろう。本来問題がなければ隣のゲイベルク領に予定していたとは黙っていた方が良さそうだ。陛下には伝えてあるので必要なら陛下から彼らに伝えるだろう。
地域活性化という面に於いてああいう娯楽施設の果たす役割は大きい。
それが目的でやって来たとしても潤うのはそこだけではない。
近隣の町や村の宿屋が儲かり、その宿泊客が観光することで食堂や土産物屋に客が入る。そうなってくるとその周辺に人が住み、商人が新しい店を建て、そこに雇用も生まれる。何か人を呼び込めるものがあるということはそれだけでも大きな影響力がある。
「後一つ御相談したいことがありまして、御無礼承知で誠に図々しいお願いがあるのですが」
「なんだ? 申してみよ」
マルビスが会話が途切れたところで頃合いを見計らい切り出した。
陛下の許可を得て話を続ける。
「実は今まで知り合いの業者などに相談していたのですがかなり手広くなってきましたので、法律に詳しい者を一人、新たに雇おうかと思っているのですがめぼしい人物が見つからないので御座います。今までは関係各所に相談することで対応してきたのですが、今後、王都でも事業を展開するとなれば尚更必要かと思いまして。
もし御心当たりがあれば御紹介頂けないかと。
当方はご存知の通り平民が多い職場で御座います。
そのへんに配慮して頂けるような方というとなかなか厳しくて。
御存知ないでしょうか?」
如何にも困ったという様子で溜め息を吐くマルビス。
なかなかの役者だ。
この間相談していた件だとすぐに思い当たる。
陛下達に関係者を潜り込まされて監視体制を引かれているのなら、いっそこちらの欲しい優秀な人材で堂々と見物、報告してもらおうというアレだ。同じ人材を送り込まれるならその方がこちらにも利があるし、間違いがない上に調査の必要もない。
私は嘘が上手い方ではないので話が一段落したからとお茶とデザートの用意をするという名目で立ち上がるとロイと一緒にキッチンへと向かう。
「成程な。どうだ? 宰相、心当たりはあるか?」
「ええ、一人だけ。丁度いい、打ってつけの者がおります。話をしてみましょう」
「ということだ。近いうちに紹介状を持たせて其方らにところへ向かわせよう」
「ありがとうございます。感謝致します」
背後で陛下達の声が聞こえて来る。
クックッという陛下の笑い声がした。
「其方もタヌキよな」
「なんのことで御座いましょう?」
「まあいい。こちらとしても都合が良いからな。詮索はせぬよ」
「それから今日連れてきたリディとアンディもこれから連絡係に使うかもしれぬ。よく顔を覚えておいてくれ」
「承知しました。ではどうぞこちらの手形お使い下さい。これから宜しくお願い致します」
どうやら話は纏まったようだ。
続いて始まった学院内でのウチの店の出店についての話し合いが始まった。
そちらもマルビスに任せておけば問題もないだろう。
所詮私は好きなようにアイディアを提案するだけのお飾り。
一緒にいたところで役立たず。
ならば頑張ってくれてるマルビスにもせめて美味しいお菓子を出してあげよう。
私ができることなんて、そう多くはないのだから。




