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第四十一話 人間、諦めも肝心です。


「君が噂のガイか。こうして面と向かって会うのは初めてだね。会えて嬉しいよ」

 ニコニコ顔で御機嫌そうな陛下にガイは不本意そうに顔を顰める。


「俺はできれば一生会いたくはなかったんだがな」

 この二人は遠目で見たことはあっても間近で見るのはお互い初めてだ。

 ガイは情報伝達の際にはいつも団長、次点で連隊長を通して連絡していたわけだからそれも当然だろう。

 コカトリス討伐の時にも結局御前に出たくないからと人目を避けて広間を抜け出していたわけだし、ウェルトランドプレオープン時にも側近紹介終了直後、陛下御登場の前に退場してさっさと四階に引っ込んでいたわけだからニアミス状態はあっても殆ど初対面。

 徹底的にガイが陛下を避けていた。

 普通なら陛下と拝謁できるとなれば恐悦至極でありがたがるものなのだろうが畏まったところが嫌いな私とガイにとってはありがた迷惑以外の何ものでもない。殆どの場合においてそれは無茶振りとワンセット、問題が起きない限りは普通に考えれば拝謁どころか手紙一つ手元に届けるのも大変な御方のはずなのだ、が?

 城勤めでも、同領地に住んでいるわけでもないのにここ二年余りで何回拝謁したのかと指折り数えれば、実に両手両足の指を足しても数えられないほどお会いしているわけで。

 考えてみれば今現在一つ屋根の下にいるこの国の双璧も気軽に会える人ではない。

 なのに何かあればコレはどう思う、アレはどうだとことあるごとにグラスフィートの屋敷にやってきてはウチで御飯を食べて王都に戻っていく。

 ワイバーン討伐報奨金、月金貨五百枚もこの二年、殆ど団長が配達していた。

 『ついで』と言って顔を出していたけれど、どっちがついでだったのか謎だ。

 そしてやってきた時は必ずガイと情報交換してから帰っていたのも知っている。

 おそらく私の知らないところで色々とやり取りもしていたのだろう。

 だからこそ、

「君のもたらしてくれた情報には何度も救われている。

 一度会って御礼を直接言いたかったんだよ。ありがとう、助かったよ」

 と、いうこの陛下の言葉なのだろう。


 もしかして?

 もしかしたらだけど今回の陛下のこの訪問はガイがここにいると知ってのものなのかもしれない。私達を城に呼べば間違いなくガイはついてこない。到着時間をワザと勘違いするように伝えさせることでガイが逃げ出してここを空けるのを防ぐために不意打ちに近い形でやってきたとか?

 腹黒陛下ならやりかねない。

 苦虫を噛み潰したような顔でガイが応える。

「別にアンタのためじゃねえ、ついでだ。

 こっちじゃ片付けるに厳しい面倒も押し付けられるしな」

「それでもだよ。ウチの諜報員でも手にすることができない情報を集めてくるその手腕には恐れ入るね」

「そんなことはどうでもいい。早く肝心な話をしろ」

 ガイは人に使われるのが好きではない。

 だからこそ私は決してガイにお願いはしても命令しない。

 そのお願いすらあまりせずにガイの自主性を重んじるようにしている。

 屋敷にいる時は怠惰な猫科の肉食獣の如く寝そべっていてもいざとなれば不眠不休で動いてくれるし、実際、ガイの行動は夜がメインであることが多いので昼間眠っている理由はサボっているばかりではない。

 まあ本当にサボっていることもあるようではあるけれど。

 そういうときはイシュカがガイを見てイラッとしているからわかるんだけど。

 無駄話はするなとばかりに頬杖をついて右の人差し指で膝を叩いてる。

 コレはガイの癖だ。

 上手くいってない時や機嫌が悪い時によくやっている。

 しかし陛下も強心臓、そんなガイの態度を意にも介さず話を続ける。

「こちらから持ち掛けた話だ。まずは当方から情報を開示しよう」

 そう言うと右後ろに座っていた男を視線で指し、彼が陛下の横に並んだ。

「リートディッヒ・ラ・ランスロイド、通称リディ。ウチの諜報部の一人だ」

 ガイの眉がぴくりと上がる。

 この人があの・・・

「へえ、アンタがあの(・・)ランスロイド子爵だったのか。

 何度か会ったことあるよな」

「ええ、よくわかりましたね。この姿で貴方にお会いした覚えはないと思うのですが?」

 この二人、初対面じゃないのか。

「そりゃあわかるだろ。

 他の酔っ払いやボンクラ共は気がついきゃあしねえだろうが。

 女の格好してたってのに女の匂いがしなかったからな。俺の鼻は誤魔化せねえよ。

 男の格好の時もあったか。確か左に傷を偽装して付けてたよな?」

 女装もするんだ?

 整っているわりに比較的特徴のない顔は確かに化粧映えしそうではあるけれど。

「それにその特徴的な目。よく覚えてるぜ? その緑と青のオッドアイ。

 アンタ、闇属性持ちだろ? 俺もだからな。わかるんだよ、なんとなく感覚でな」

 オッドアイ?

 いや、見たとこ両方若葉色の綺麗な色だと思うけど。

 するとランスロイド子爵はフッと笑って右手で右目を隠すと小さく呪文を唱えて解除する。その掌の向こうから現れたのは空色に輝く青い瞳。

 幻惑魔法で色を誤認させていたのか。

 なんとなく感じた違和感の正体に納得する。


「意外と便利なんですけどね、コレ。貴方のように見破る人はまずいませんから。

 髪や眼帯などで片目を隠せば瞳の色で印象を変えられるんで。普段は公式な場以外では目立つので誤魔化しています。私イコールオッドアイで認識されている貴族の方々が多いですから貴方にお会いした時のように傷を偽装して片方の目の色を隠せば身分を隠して潜入するのも比較的楽です」

 悪目立ちしそうなオッドアイを片側隠すことで印象を変えているわけか。

 髪と瞳の色はその人を覚えるための特徴でもある。

 性別も変えていることもあるというし、更にカツラでも被れば尚更わからないに違いない。戦闘職系の仕事に就いている人には片眼を失っている人も稀にいるし、特に珍しくもないから誤魔化されるだろう。身近なところではダルメシアがそうだ。失うまではいかなくても顔に大きな傷のある人なら私の抱えている警備、護衛部隊にも何人かいる。

「まあほぼほぼ騙されるだろうな。視覚だけに頼るからそうなる。

 感覚っていうのはあやふやだからな。

 で、そっちの情報は? 先に教えてくれるんだろ?」

 そう言ってガイはニヤリと笑った。


 陛下達の持ってきた情報、というか、ランスロイド子爵ことリディの語る情報は不確定とされるゲイベルク領領主の噂と不審な動き、そして王都の北に流れるシュネイツ川河原で発見された二つの変死体についてだった。

 私はゲイベルク領領主と直接的面識はない。

 では何故逆恨みされる事態となったのか。

 その一番最初の発端は一年半前のフィアの誕生日パーティでの出来事だ。

 コカトリス討伐後、陛下の御前で難癖つけたあの集団の中の一人にその領主はいたのだ。陛下に謹慎を申し渡されたまではよかった。所詮運良く功績を上げただけの小僧。そんな無茶ばかりしていればそのうち魔獣に喰われて死ぬだろうとタカを括り、あの時の仲間と高みの見物を決め込んでいた。ところが生意気な小僧(わたし)は死ぬどころか水道運河工事の提案を国会で通し、更にはベラスミでグリズリーの討伐までシャシャリ出たのにも関わらず無傷でピンピンしている。同盟締結の後、併合にまで助力、その上春には領地に娯楽施設を開園、あっという間に大規模事業主へと成り上がりった。

 陛下がお見えになったプレオープンパーティには敵対意思が明らかであるがため侯爵家でありながら招待状は当然届かず、ウチの流行の最先端の商品を手に入れ損ない、五人の奥方からは『こんな惨めな思いをするとは思わなかった』と詰られた。

 こうして些細なことと吐き捨てたはずの怨み辛みは積り積もって山となった。

 私のことを『礼儀知らずの成り上がりの田舎者』と散々コキ下ろしているそうだ。


 別に否定しませんよ?

 実際その通り、事実ですから。

 地位ばかりが高いだけの侯爵に媚び諂うような礼儀は持っていませんし、成り上がりの田舎者であることに相違ありません。下品一歩手前の粗雑でポンコツな私ではお上品なお貴族様相手に商売は無理だと自覚しているが故の平民相手でもありますから。

 そして所詮平民相手に品のない子供(ガキ)のすることだ、一時的なものだとナメていたところが順風満帆、ベラスミで新しい鉱石まで発見し、娯楽施設の第二弾が計画され、開園前から早くも話題となっている。落ちるどころか際限なくのし上がっていく様に目の敵にしていると、こういうわけだ。

 勿論、マルビス達がそんな相手と取引するはずもなく、奥方達は完全に貴族階級の流行から取り残され、甲斐性無しの夫に三行半を叩きつけ、五人のうち三人の妻と現在離婚調停中。

 すっかり怒り心頭に発する状態ということだ。

 それって私の責任じゃないよね?

 明らかに自業自得でしょ。

 素直に頭を下げれば済んだ話を天より高いプライド優先した結果が今の状態なわけで。

 周囲には目を釣り上げて、『謝罪をしてくれば許してやらんこともないものを』と宣っているらしいが何故悪いことをしているわけでもないのにこちらが謝罪せねばならないのか全くもって意味不明だ。

 そんな輩に下げる頭など私は持っておりません。

 所詮礼儀知らずの田舎貴族ですし?

 つまりは逆恨み爆発状態。

 マルビス達があの地に保養施設を作るのは難しいと言った理由もわかった。

 確かにその状態でノコノコお願いなどに行ったあかつきにはいいカモネギにされるだろう。そこまでしてあの地にを開発したいかと問われれば、ハッキリ言って否だ。何故馬鹿にされているとわかっていて、敵対勢力に領地活性化に力添えする必要がある?

 冗談ではない。

 なんとか私を引き摺り下ろして目にものをみせてやりたいところだが自領も含めて王都近隣では陛下が目を光らせているし滅多なことはできない。これ以上陛下の不興を買えば最悪御家取り潰しになりかねない。グラスフィート領の私の私有地には騎士団支部が建ち、下手に手を出せば陛下に筒抜け、国の重鎮一同を敵に回したら今度こそタダでは済まなくなる。

 悔しいのにやり返せないと歯軋り。

 要するに負け犬状態なわけだが、天より高いプライドを持つ男がそれで黙っているわけもなく何やら回りくどい手で画策していたらしい。

 そんな私が先日呑気にも自領に観光で訪れていたと後で知り、自担駄を踏んで悔しがっていたそうだ。仕返しの機会を伺っているというなら見張りの一人や二人、付けていないあたりが甘いというものだ。

 とはいえ私の現在の住まいは国内最強と名高い緑の騎士団敷地内。

 当然手を出せるわけもなく。

 だが腐っても侯爵家、人脈だけは健在なわけで陰で色々動いていると。

 その中の人脈の一つにベラスミのもと貴族数人がある。

 確定ではないが北の地方特有の訛りがある商人らしき姿が数人目撃されているのだが、その商人がベルドアドリ暴走事件の数日後に北の河川敷で首を落とされ、胸が掻き切られ、体内の血が殆ど抜き取られた状態で辺境警備隊に発見、報告されている。

 自領で冒険者ギルドに依頼を出し、夜会で提供するための料理開発と食材集めと称しているらしい。侯爵家で経営している店舗で大量に買取しているらしいのだが妻との離婚調停中のゲイベルク侯爵家で現在予定されているパーティなどあるはずがない。当然だが近衛の聞き込みも入っているが既に帳簿は改竄済み、口裏合わせも済んでいる。もともと日常的に食卓に上がっているものであるわけだから深く追及も出来ない。限りなく黒に近いグレーではあるけれど売り上げ計上もしっかりされているとなれば追及も難しい。

 実際、上手い誤魔化し方がないわけではないのだ。

 売り上げとして計上し、しっかりその分の税金を納めれば問題はない。

 後ろ暗いとか、勿体無いからとケチって経費を削減するからバレるのだ。

 自分の店の物を自分で実費で購入してキッチリ売り上げ計上、しっかり税金を納めれば客の住所を記録しているわけでもなし、確認することは不可能だ。

 この国の法律は他国より整備されているとはいえまだまだ抜け道も多い。

 法律は裁く者と罪を犯す者のイタチごっこだ。

 法の目をかい潜り悪事を働く者の抜け道を塞ぐために新しい法律が制定される。それを繰り返すことでその穴は小さくなっていくわけで、すぐに全方位の完璧なものができるわけでもなし。

 そして完璧な法律を作るのはおそらく無理。

 そういうものはどちらかを立てればどちらかが凹むようになっている。

 丁度良い塩梅というのは難しいもの。

 言葉の解釈で揚げ足を取るのが得意な人もいるのだ。

 現在の法律は専門家でない私が見てもザルだと思うほどには逃げ道がある。

 但し、今回の場合にはある程度の財力がなければそれも厳しい。自分で仕入れた物に利益を計上した物を自分で買うわけだから利益の出ないものに金を払い、二重に税金を払うことになるわけで赤字は必至、そんなことを繰り返せばやがては破産することになる。

 単なる嫌がらせにしては随分と金をかけたものだと思う。

 それだけ腹に据えかねているということだろう。

 なんにせよゲイベルク侯爵の罪状確定というわけではない。

 しかし怪しいことこの上ないのだが検問所を通った記録もないわけで。

 

「へええ、まあその辺りの情報は俺も多少噂程度で聞いちゃいたがゲイベルク領主の御家事情や出入りの商人の変死体の検死情報までは流石に仕入れてなかったな」

「変死体の検死結果は報告も上がってきたばかりですしね。森や海岸沿いなどでそういうものが見つかるのは然程珍しいものでもありませんから。どうせ野盗か魔獣にでも襲われたのだろうと週に一度の定期連絡便で書類が回され、上まで報告が上がってくるのに時間が掛かったんです。

 人の噂も辺境に届くまでには時間がかかりますからね。

 特に今回は見物人は学院内、目撃者はほぼ寮生活者です。

 王都に済んでいる貴族はハルト様を毛嫌いしている者も少なくありませんから更なる功績を広めるような真似はまずしないでしょう。しかも今回は数こそ膨大ですが魔獣ランク自体は低いですからね」

 要は今までのように噂を広める輩がいないってことだ。

 こんがりと焼けたベルドアドリはその日の学生寮で夕食として提供され、学院生の腹の中。多すぎて食べ切れなかったものは翌日の朝食、昼食でも大いに活躍していたらしい。所詮Fランクの人間様の食糧、タンパク源、取れる素材は肉以外ほぼ皆無。羽根質も硬いので利用価値は安物クッション材程度。

 しかし腐っても魔獣。

 臆病とはいえ普通の鳥よりは気性も荒いので生きた状態でとなるとそれなりに厳しい。

 

「だがゲイベルク領で集めた数は到底千には及ばないってとこだろ。

 一領地で短期間に集められる数じゃねえしな」

「問題はそこなんです。数日間で集められた数は推定二百程度。管理も難しいですし討ち取りではなく魔鳥の中では気が弱い方とはいえ生け捕りですからね、条件的に厳しいでしょう。しかも検問所を抜けた形跡はないんですよ。自領側であれば誤魔化しも効くでしょうが王都側の担当者を買収するのは不可能とは言いませんが相応には難しいです」

 仮にも陛下の御膝元、幾ら欲に目が眩んでも国の重鎮達をこぞって敵に回す馬鹿は多くない、せいぜい仲間内で陰口を叩き、私が足を踏み外すのを陰から見ているくらいが関の山だろうと。

 言っていることはわからなくもない。

 しかしながら連携を取られると厄介ではなかろうか?

 私はおそらく王都近くに住まう貴族限定であるなら半分近くからは嫌われていると思う。水道工事事業のお陰で地方貴族のウケはいいみたいだけど、最近ウチの領地に領民が流入しているせいで財政が逼迫し始めているところもあるみたいだし、領地間の検問所を抜けるのにかかる料金設定は各領主に設定を任されているのだが最近人口減少が大きい領地では領民が他領に移動するために払う通行税や税金が爆上がりしているところがあるようだ。

 要は自領から出ていけなくしているのである。

 だがそうなれば当然その領地に入ってくる者も減るわけで、そこで得られる利益は減る。悪循環なのだ。

 自分の領地経営のマズさを棚に上げ、贅沢な暮らしをするために税金を上げる。

 そんなことをすれば生活が苦しくなった民が逃げ出すのは当然なのに平民の心を理解しようともしない権力至上主義の貴族(バカ)はそれがわかっていないのだ。

 暮らしにくい領地から生活がより安定した領地へ移動するのはシルベスタの国民に許された権利。そうすることで領地間の競争力を上げているのがこの国のやり方だ。恵まれていた環境に胡座をかいて努力を怠れば領地としての力は落ち、他領に民を奪われる。

 貧しくても誠実な政治を行っていた領主のもとでは水道工事による水資源が行き渡った故に領地が栄え始め、その土地で生活していた人達の苦労が報われ、生活水準が上がり、暮らしやすくなった。

 一部の者が利益を独占するのではなく、努力が報われやすくなってきたのだ。

 おそらく国内の勢力図はこれから大きく変化するだろう。

 優れた指導者、経営者が伸びていく。

 実際、領民に寄り添った経営をしていた領主の財政は豊かになりつつある。

 つまり民に慕われているかどうかが問われていると言ってもいい。

 時代が少しづつ変わり始めているのだろう。

 そんな中で圧政を敷けば尚更民が逃げ出すと理解していないのだ。

 だからこそ自分に責任はない、全ての原因は私にあるとでも思いたいのだろう。それ故なんとか陥れようと画策するが、私がなかなかツッ込まれるような穴や付け込まれる隙を作らないからこその暗躍、妨害、暗殺計画なのだろう。

 深く考えもせずに人の足を引っ張ることしか考えていない無能な輩が徒党を組んだところで敵うわけもない。側近、従者その他私の周りにいる人達はハリボテの私と違って至極優秀だ。私が景気良く派手に転んで大穴開けようが瞬時に反応して命令するまでもなくせっせと完璧に穴を塞いでくれるのだ。

 全くもってありがたい。

 感謝してもしきれないよ、ホント。

 だがそれでも貴族の身分制度、地位、権力というのはなかなかに厄介なのだ。

 命令されれば逆らうのが難しい。

 私に反感を持っていて、落ち目とはいえ侯爵家に命令されたのだから仕方ないという言い訳のもとに行動を起こす人間は少なからずいるだろう。

 だからこそ馬鹿に権力を持たせてはならないわけなのだが。

 それを思えば主犯格がゲイベルク侯爵家というのは些か面倒だ。

 権力者で財力があるということは動かすことができるものが多い。

 金に勝る力がないとは言わないが金の力というのは偉大なものだ。

 この世の大半は金があれば解決する。

 だが今回の場合は別に検問所職員や警備兵を買収する必要はない。


「えっと、あの、思うんだけど、検問所って通る必要ってある?」

 ゲイベルクは良質なワインが主となる産業、他はオマケみたいなものであっても他の仕事がないわけではない。

 私の言葉にガイが同意する。

「だよなあ。俺もそう思う」

「だって王都もゲイベルク領も海に面しているんだもの海路を使えば問題ないよね。しかもあの事件が起きた二週間半前って新月でしょ。今の月がほぼ満月だもん。夜空に月明かりがなければ闇に紛れて動くのは難しくないと思うよ?」

 領主が船を持っていなくても買収すればいい。

 この間私が行った漁村以外にも王都ほどではなくても大きな港があると聞いている。船というのはたくさんの荷物を一気に運ぶ有効な手段、自領の船でなくても外国船籍を利用出来れば更にアシはつきにくい。だって後から発覚してもその国に戻ってしまえば証拠は綺麗に隠滅できる。科学捜査なんてものは存在していないのだから物的証拠さえ消してしまえば後はいくらでも言い逃れもできる。国としても他国に言いがかりをつけにくいことを思えばその可能性は高いだろう。

 イシュカも大きくそれに頷いた。

「たとえば大きな漁船や商船の影に隠れて港から見えないような位置で小船を降ろし動くとか、ですか。港を利用しなければ荷を改められることもありません。帆を黒く染めでもすれば更に目立たなくなるでしょう。後は風属性持ちがいれば川を昇っていくのも難しくはないでしょうね。闇属性持ちがいれば更に発見される確率も減るでしょう」

「しかも小さな船なら適当に壊して川に流せば勝手に流れが海まで運んで証拠隠滅してくれるから燃やす必要もない」

 イシュカの意見に私は付け加えた。

 難破した船の破片が海岸に流れ着くなど珍しくもない。

「確かにその手ならベルドアドリの運搬も可能かもしれませんがどう考えても数が足りません」

 私達の意見にリディが唸って言った。

 するとそれを聞いたガイがニヤリと笑った。


「だからこそ俺の持ってるかもしれない情報が欲しくて来たんだろ?

 あるぜ。それを可能にする情報が。

 ゲイベルク領領主だけでは出来ないことも複数のヤツらが絡めば可能になる」

 

 そう言ってガイが話し始めたのは学院入学式前後でシュネイツ川周辺の村、特にベラスミ付近で行方不明になった人間、特に女性がその近くの河川敷や森で変死体として発見されている話だった。森の中であれば発見が遅れることも当然あり得るわけなのだその変死体、大量の血を失った失血死で見つかったその死人の周辺には決まってベルドアドリの羽根が落ちていたのだという。

 大量のベルドアドリに襲われ、血を吸い尽くされるという話がないわけではない。

 ベルドアドリは家畜の血も吸うが好物は人間の血だ。

 森深くにわけいって怪我をすれば鼻のいいベルドアドリに襲われるということなど珍しくもない。だからこそ森深くに一人で入るようなことは武力に自信がない限りは殆どしない。発見された村人の大半はどこかに出掛けるという話も家族にすることなく、いきなり家に戻って来なくなったらしいのだ。

 別に世を儚んでいる素振りもなく突然に訪れた家族の死。

 中には結婚したばかりの女性もいたそうだ。

 幸せ絶頂のはずの女性がそんな場所で息絶えている理由がわからない。

 そういう話が世間であり得ないわけではない。

 何かに追われて逃げたとか、崖から足を踏み外したとか、原因は様々ではあるが短期間にこんなに見つかることは殆どない。だが森が危ないものだと知っている力を持たない女性が一人で出掛けることは自殺にも等しい。となれば作為的、犯罪を疑うのも当然で。

 ところがその原因調査にその辺りの衛兵達が調べるために乗り出そうとしたところピタリとその事件は起こらなくなった。そうなると上流階級の人間であるならまだしも、被害が一般庶民の事件では殆ど立ち消えになりがちだ。一応周辺の村々に巡回警備はしているようだが、それ以降行方不明になっている人も、乾涸びた死体も見つかっていないそうだ。

 つまりガイが言いたいのは何者かが村人を囮にベルドアドリを誘き寄せたところを一気に捕獲、それを繰り返す、もしくは複数の実行犯を用いて行った可能性があるというわけだ。辺りに舞落ちていた羽根は網で捕えられた時にベルドアドリが暴れて落ちたものなのではないかと。


「非人道的ではありますが確かにその方法であれば捕獲は可能です。

 シュネイツ川の支流はベラスミですからね。川を降れば合流も出来ます。

 ですがゲイベルク領主にわざわざベルドアドリを集めさせ、運ばせる必要がなかったのでは?」

 リディが疑問に思って問いかけるとガイが肩を竦めて応える。

「わかってねえな、リディ。

 いいんだよ、別に。集めた数が二百羽だろうが、たった十羽だろうが関係ねえ」

 そう。

 ある意味すごくわかりやすい。

 平民の命は消耗品、価値あるものと思っていない行動。

 傲慢な支配者階級そのものの考え方そのものだ。

 そしてそういった貴族が考えることはだいたい決まっている。

 つまり、

「欲しいのはゲイベルクに罪をなすりつけるためのそれに加担させた事実と証拠ってことだよ。

 要するに裏で糸を引いているヤツが別にいるんだろう?」

 それまで言葉少なかった陛下が口を開いた。

 そう、表に一切出ることなく、他者を動かすことで目的を達成する。

 私への復讐に目が眩んで自分が利用されているとも気づいていないのだろう。

「検討は付いているのかい?」

 この場にそぐわない呑気な口調で陛下がガイに尋ねる。

「確証はねえ。

 だがそれに関係していると思われる人間に共通の知人、知り合いがいる」  

「誰だい? それは」

「わかってんだろ? そのニヤニヤ笑いをやめろ」

 不機嫌そうにガイが言い放つ。

 それに陛下が微笑する。

「いや、わかっているわけではないよ。確証がなかったんだ。

 君のように情報に裏打ちされたものとは違う、すごく曖昧で漠然とした感覚みたいなものだよ。向けられる嫌悪や悪意、憎悪に鈍感では私の仕事は務まらないからね。

 まさかそれがハルスウェルトに向かうとは思わなかったけれど」

「今のハルスウェルト殿の立場を考えれば然程不思議でもないでしょう?」

「そうだね。確かにその通りだ。その辺りは私もまだまだ未熟と言わざるを得ない」

 もう一人の護衛、アンドレア・ラ・デキャルト伯爵、通称アンディの言葉に陛下が頷いて言った。

 その言葉から察するに陛下の敵と私を目の敵にしているゲイベルク侯爵の利害が一致した故の今回の騒動ということなのだろうか。

 しかしながら陛下の敵が何故私を狙うのかが理解できないところではある。

 それともその黒幕は私にも恨みがあるというのだろうか。

 いったい誰だと陛下の言葉を待っているとその口から出てきたのは思いもかけない人物だった。


「裏で糸を引いているのはおそらく現ベラスミ領主代行、もと侯爵家当主、ヨハネス・ジ・ウォルトバーグ。違うかな?」

 

 へっ⁉︎

 あの、紳士然とした穏やかそうな人が?

 思いもかけなかった名前に私が呆然としていると陛下が先を続けた。 

「あそこは併合して以来、まだまだ内情が安定していない。

 独立自治区として認めてはいるが貴族の称号も私は剥奪しているからね。

 どんなに貧しくなっても身分に固執する者はいる。特に上級貴族であればあるほどにね。私は彼らのそのプライドを奪っているのだから恨みを買うのも理解している」

「アンタ、とんだタヌキだな。それを狙っていたんだろ?

 だから貴族の地位を奪いながらも領地管理経営権はヤツらに残してた。

 併合、合併後も自分に恭順する意思があるかどうかをそれで試していたんだ。

 違うか?」

 それを聞いたガイが呆れた顔で問いかけると陛下がニヤリと笑って私を見た。

「ハルスウェルト、君のところには本当に逸材が揃っているね。

 是非私に譲ってはくれないかな?」

「絶対に嫌です」

 つまりガイの推察は正解ということなのだろう。

「ベラスミはずっとたいした資源も見つからず、貧しいことで有名な国だった。なのにその財政は厳しいながらも破綻寸前、ギリギリで国家崩壊を耐えていた。

 グラスフィート領のように劇的に改革、変化させる才能、人材に恵まれるとこなど奇跡にも等しく、滅多にあることではないからね。

 つまりそれを思えばそれだけ優秀な人材が国を支えていたということだ。それらの貴重な者達を抱えようとするのは別に不思議なことではないだろう?」 

 だが逆説的に言うなら豊かにする変えるだけの発想力や行動力もなかったわけだけど私はこの世界では悪運に付き纏われているが強運にも恵まれている。普通に考えればそうそう新しい鉱石など発見できるわけもないし、アレにはもれなくとんでもない魔物のオマケが付いていた。それを討伐する力を持たなければ国が滅んでいたかもしれないほどの脅威だ。それにハルスウェルト商会が行っている開発事業も私の前世の記憶あってのものと考えれば、そんな簡単に発想できるものでもないのだ。

 そう考えれば陛下の言わんとしていることもわかる。


「アンタもウチの御主人様に負けず劣らずたいした肝っ玉だな」

「それは褒め言葉としてありがたく受け取っておくよ。

 そうでなければ今の地位には座っていられないからね」

 

 待てよ?

 今のガイの言葉って陛下と私を同列にしてないか?

 いやいや単に図太さのことだけだ。

「それでこの件はこちらに任せてもらえるのかな?」

 陛下に問われて私はマルビスとイシュカを見る。

「領主代行だけならなんとかなるでしょうけど私達では侯爵家には手が出せません。お任せした方が宜しいかと」


 だよね? 

 私もそれには賛成だ。

 面倒事には極力関わりたくはない。特に貴族関係は。

「では悪いが暫くこの件は口外しないでいてもらえるか?

 気付かれて証拠を隠滅されても敵わん。

 しかしこうなってくるとハルスウェルトの爵位を上げておくべきかな?」

「その方が間違いはないでしょうが・・・」

 陛下の言葉にアンディが頷いた。

げっ、話が妙な方向にズレている。

 冗談ではない、今の伯爵位ですら荷が重いというのにっ! 

 しかも父様より上の位ってどうなのよっ!

 慌てて止めようとすると横に座っていたマルビスが口を開く。

「ハルト様が望まれるのでしたら私達は構いませんが、今はまだこのままが宜しいかと思われます」

 そうそう、よく止めてくれました、マルビス。

「何故だ?」

 疑問を投げかける陛下にマルビスが応える。

「確かに位が上がれば発言力は増しますが上位貴族の反感をこれ以上煽り、不用意に敵を増やすのは得策ではないかと。考えるなら成人してから折りを見ての方が問題も起きにくいでしょう。

 しっかりなされているとはいえ、まだかなりお若くていらっしゃいますし旦那様の庇護下でいらした方が安全な面もあるかと」

「成程な」

 いや、微妙に止めてないし、陛下も納得しているのはマズイ。

 慌てて私が口を挟む前に陛下が提案する。


「ならば伯爵の方に今度何か功績を上げた折に階級昇進を申し渡すとしよう。

 そうすればその息子であるハルスウェルトも一緒に昇進させても問題は起きにくいはずだ」


 って、ひょっとしてそれって決定事項とか言わないよね⁉︎

 私はそんなもの要りませんっ!

 マルビスは成人してからの方がって言ったよね?

 聞いてたよねっ、陛下っ⁉︎

 都合の悪いとこは聞き流す、そんな最高権力者はやめて下さいっ!

 ちゃんと下々の意見は聞くべきですっ!


 話は終わったとばかりに立ち上がり、いそいそと護衛の二人と一緒に屋敷の見学、見物に乗り出した。

 どうしてこう上に立つ人間は人の話をしっかり聞こうとしないのか?

 そりゃあ全てを聞いてたらキリがないんでしょうけどね?

 最低限その当人には確認しましょうよっ!

 唖然としている私の肩にポンッとガイの手が置かれた。


「諦めろ。あの手の人間はこうだと決めたら絶対動かねえ。

 逆らうだけ無駄だ」


 わからなくもないですよ?

 それくらいでなければ大国を動かすことも出来ないと。

 周囲の人間の意見を聞くたびにころころと意見を変えるようでは下にいる者が混乱する。人の意見を聞かないのではなく、聞いた上での改善点、妥協点を探しつつ、最良、最善を選び取り、決定を下すのが陛下の仕事。

 基本的に小心者の私には到底真似はできません。


 どんなに金持ちになったとしても所詮私も小市民なのだと、この時つくづく思ったのだった。

 

 

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