第四十話 私の周りは曲者だらけです。
その日は朝から大忙しだ。
なにせ夕方にとんでもない来賓がお見えになるわけで。
ロイと二人朝からキッチンに籠って大奮闘。
マルビスはマルビスで早急にリビング内に食材、食器その他を揃えるために昨日から出突っ張り。幾らそのままで構わないと言われていても限度というものもある。
見栄と建前というものだ。
仮にもお客様なのだ。全く同じというのでは失礼にもなる。
王妃様方御所望のオヤツも考えねばなるまい。
食事の方はロイに任せて私は御土産のスイーツを担当することにした。
今の時期は季節の果物も豊富だ。
マカロンやフルーツタルトなんてどうだろう?
どちらも果物で彩り綺麗に装飾可能だ。
多少の手間はかかるがどちらもバリエーションがつけられる。
思いついたところで早速準備に取り掛かり作り始めるとテスラがちゃっかり私の手元を覗き込んでいる。
「また何か新しいものを作るんですか?」
う〜ん、新しいといえば新しいんだけど、私の横着適当レシピでは上手くいくかはわからない。
「どうだろう? 美味しくできるかは疑問だけどまずは試してみるよ」
タルト自体はクッキー生地を叩いて粉々にした後で溶かしバターを少し加えて成形すれば難しくないと思うし、あとはそれにカスタードクリームを敷いて後は果物をトッピングすれば失敗はしないだろう。問題はマカロンなのだが上手く出来るかどうかはわからない。メレンゲが上手く固まって焼ければいいんだけど。それさえ出来れば後はこれも挟むものでバリエーションをつけられる。
まずは試作してみてからのお楽しみということで。
今日はスイーツ毒味係担当のガイもいることだし作ってみよう。
私はそう思いつくといそいそと作業を始めた。
昼半ばにはロイの下拵え作業も一段落。
作り置きできるものの準備も全て終わり、マルビスも部屋のセッティングを終え、私の方もお菓子作りは終了、冷蔵庫に保管し、その扉を閉めたところでふうっと一息吐くとすぐ後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「随分と器用なものだな、手際もいい」
吃驚して大きく振り返るとそこにあった予想外の顔に私は思わず声を上げそうになった。
「へっ、陛っ・・・ムグッ」
口から飛び出しかけた声はその人の手で塞がれ途切れる。
見覚えのある顔に目を見開く。
「実に美味そうだ。それは私の妻達への土産か? 余分にあるなら是非茶請けに一つ出してはくれぬか?」
呑気な声でそう言ったその人はこの国の最高権力者、国王陛下。
いや、お見えになる予定ではありましたよ、確かに。
でも随分と早すぎではなかろうか?
その顔には無かったはずの口髭が蓄えられ、インテリ系の眼鏡が掛けられているが間違えようはずもない。フィアとよく似た眼差しと、ミゲルにそっくりな口許。着ている服こそ質素ではあるものの隠しきれない品がある。
確かライオネルが庭掃除、入口ではイシュカが玄関掃除、マルビスはリビングの窓拭きをやっていたはずなのだが私に声は掛からなかった。変に思って玄関方向を見るとキッチン入口にマルビス達三人の顔が見え、一緒に料理をしていたはずのロイとテスラの姿は窓際にあった。
おそらく陛下が妙な茶目っ気を出して私を驚かそうとした結果なのだろうと推察する。
「お越しになるのは夕方では無かったのですか?」
頼まれていたのは五人分の夕食追加、お茶の時間前に来訪されるとは思わなかった。
すると陛下はすまし顔で口を開く。
「誰がそんなことを言った? 私は今日行くとしか伝えていなかったはずだが。昼食後に城下を視察しつつやって来た。他の者達は夕方には来るであろうがな」
言われて思い出したのは三日前の言葉。
別口で来るとは聞いていたが時間まで言ってはいなかった。
他の方々が夕方にお見えになると言うことと夕食のみを頼まれたことでそう私が思い込んでいただけで。
「そう、でしたね。団長も連隊長も時間は言ってませんでした」
「であろう? 当初の予定ではもう少し遅くなる予定ではあったのだがマルビスの土地買い付け範囲が尋常でなかったのでな。気になって仕方がなかったのだよ。それから今日は私のことは・・・ではなくシルヴィットと呼んでくれ。一応内密なんでな、極力バレることは避けたい」
つまり陛下って呼ぶなと言うことね。
「シルヴィット様、ですか」
「様はいらぬ。それでは意味ないではないか」
陛下を仮の名とはいえ呼び捨て。
少々気が引けるが御命令とあれば致し方ない。
「でもその言葉遣いでバレませんか?」
しっかり口調は苦しゅうない状態。
名前を変えたところでバレそうだけど。
「そうであったな。ではそちらも変えよう」
陛下は一つ咳払いするとガラリと口調を変える。
「それで、キリが付いたのなら早速ハルト達が計画していることを詳しく聞かせてくれないか? 君達はグラスフィートリゾート開発、ベラスミ娯楽施設建設及び採掘事業、続いてこの王都で何をするつもりなのかな?」
にっこりと笑ってはいるが妙な悪寒を感じて後ずさるとそれを見て陛下が苦笑する。
「安心してくれ。それが国の利となるなら邪魔はしない。
むしろ全力でバックアップしようかと思っていてね。
確認したいんだよ、その全貌を」
つまりは自分にも一枚かませてくれという認識でいいのだろうか?
「ですが全貌といっても計画を立ち上げたのは今週始めなんですけど」
そんな細かいところまでは決まっていない。
これから取り掛かるものばかりだ。
「今週始めって学院に商会の窓口を開きたいと言ってた日だろう?」
「そうです。その日の午後、というか学院長に許可を頂いた帰りに支店に寄った時、持ち上がった話なんです。まだ大枠だけで向こうと連絡取りながらなんで叩き台もできていないんですけど」
ただもともと昆布やワカメ、イカなどを乾燥させるための土地を確保しようとしていたので結果として土地の購入の方が早くなっただけだ。
もっともマルビスの行動力からすれば半日も変わらなかっただろうけど。
それを説明すると納得したのか陛下が頷いたところで立ち話もなんだからと一階リビングに場所を移す。
一国の国王が裸足で座卓前のクッションの上に座っている姿はなんとも形容し難いが後ろに二人の護衛が座っているあたりがまた微妙だ。一般的に座卓とは机を囲んで座るものだと思っていたのだけれど。一人はそれなりに体格も良く筋肉質だった目立つほどではなく、もう一人は背中の中ほどあたりまである濃茶の髪を横で束ねている優男風で印象が薄い、ごく普通の一般人にも見える特に特筆するような特徴もないのだが妙な違和感を感じる人。
ロイが料理を一旦中断して私の作ったタルトとマカロンを茶請けに出しつつお茶を淹れてくれた。ロイは一応後ろの二人にも勧めたがキッパリと断られたのでそのまま持ち帰ると後はマルビスに頼み、ライオネルは玄関警備にお願いして夕食の準備に戻って行った。私の横にはマルビスとイシュカが座り、イシュカの横にテスラがいる。
腰を落ち着けたところでマルビスが地図を広げ、テスラと二人で王都の沿岸沿いに計画中の施設について説明を始める。以前より随分マシにはなったとはいえまだまだ説明の仕方がうまいと言えない私はロイの淹れてくれたお茶を飲みつつ、自分の作ったタルトを試食していた。
甘い物大好きのガイが美味いと言ってくれていたので味自体は悪くない。
専門シェフではないので飾り付けはケーキ屋さんのようにとはいかないけれどマルビスが仕入れてくれた春の旬の果物の味に間違いはなく、それにかなり助けられているところもあるだろうけど。
二人の説明を興味津々状態で頷きながら聞いている陛下を上目遣いでチラリと見上げつつ後ろの二人を眺めている。陛下直属の隠密部隊みたいな人達だから如何にも猛者って感じの人達を想像していたのだが意外だ。だが考えてみれば秘密裏に動かなければならないのにイシュカのような見目麗しいイケメン騎士を連れていては目立ちまくりで護衛にならないのかもしれない。女性への聞き込みばかりなら顔の良さは武器にもなるかもしれないが男の反感は買うだろうし、お忍びで城下を見ている陛下で団長や連隊長みたいなやたら体格の良すぎる迫力、威圧感ありまくりの人達を連れていたら人目を引くのは間違いない。
それを思えばこの人選は正解なのか。
私の視線に気がついているだろうに眉一つ動かさない。
一通り説明をマルビス達が終えたところで陛下がフムッと唇を結ぶ。
「また面白そうなことを考えたものだな。他二つとは若干方向性も違うが」
「マズイですかね?」
ここは王都、陛下のお膝元なのだ。
勝手なことをするなとは言われないだろうが口出しされてもおかしくない。
そう尋ねた私に陛下は大きく首を横に振る。
「いや、大いに結構。
ハルトが作るものはその土地の特色を活かしたものが多いので興味深い。
こちらから出来る援助があれば是非とも手伝おう。それが成功すれば資源が乏しくとも観光地化して収入を得られる領地も出てくるだろう。
水道の設備もほぼ整い、南北を走る運河も完成した。後は様子を見てグラスフィートと王都を結ぶ運河が完成すれば益々この国は他国からの来訪者も増え、観光業も盛んになることだろう。今までそういったものはどこの国でもその首都に集中する傾向があった上に、その殆どが貴族などの上流階級の間でのもので庶民が楽しめるようなものは少なかった。
国の末端にまで経済効果が波及することは悪いことではない。
民の暮らしが安定し、豊かになるということは国も豊かになるということだ」
目の前のこの人は確かに腹黒いところもある。
そういうところが私は苦手であることは間違いないが、多くの権力者は自分の周りの裕福な者の意見を尊重しがちなのに対してこの人はしっかり下々も生活にまで視線を向けて政治を行なっている。この国が多少領地によって差はあれど比較的平和なのはこの陛下あってのことなのだろうと思う。
こういうところは本当に尊敬すべき人なのだ。
広げた計画書を前に陛下は少し考え込むとこう切り出した。
「そうだな。ではこちらで港建設と主要な建築物の工事を受け持ってやろう。
おそらくその方が王都住まいの貴族からの妨害も入りにくい。
あの辺り一帯の土地を君達が買い占めたことは暫く伏せておいてくれ。不動産業者には事と次第がハッキリするまで口外するなと既に口止めしてある。工事の発注はこちらで行おう」
そりゃあ王家主導の建設工事となればそのスピードも完成度も桁違い。
横槍も入れにくいのは間違いないが、
「たいした功績も無しにそのようなものをお願いしたら反感が出るのでは?」
そう進言した私に陛下はニヤリと笑ってマルビスに視線を向けた。
「そこで一つ頼みたいものがある」
何かいい案でもあるのかと思って陛下を見上げる。
頼みたいことってなんだ?
私が首を傾げると陛下が口を開く。
「そちらの商会で発掘しているアレキサンドライトだ」
あっ、なるほど。
あれは石が大きくなるほど、透明度が高くなるほどに目が飛び出るような高級品になる。
下手をすれば一個の宝石でちょっとした城が建つものだ。
問い合わせこそ多いが高額になるものはまだ市場に流通させずにウチの屋敷で保管している状態だ。小さいものでもそれなりに高価なために現在、提示される額で見合う物を用意することで対応している。
「妻達にそれを使った相応の宝飾品の発注をしたい。
こちらの権威を他国に示すためにもアレは大いに役に立つ。
それの代金というのはどうかな?」
陛下の提案は悪いものではない。悪くはないのだが、
「アレは今や諸外国でも有名な引くて数多の宝石。
貴方の奥方様達に相応しいものとなれば当方にアシが出ますが?」
そう、マルビスの言う通り。
城が建つほどのものでウチの平民向けの質素な作りのそれでは割に合わない。
差があり過ぎるのだ。
当然とばかりに陛下が頷く。
「無論足りない分の代金は追加で支払おう。少しは勉強してくれるのだろう?」
「他ならぬ貴方様のお願いですからね。検討しましょう」
まあ王族からの依頼だからね。
そうそうボッタクリは出来ない。
それに王家が工事を請け負ってくれる利点も大きいとなれば受けない手はないのだ。
そう答えたマルビスに陛下が掌を差し出した。
「では商談成立だ。設計図が出来上がり次第アインツに渡してくれ」
「承知しました」
しっかりとマルビスが握り返したところで決定である。
となれば本当に予定以上に工期は短縮されそうだ。
早ければ夏にでも完成するだろう。そうなればビーチパラソルを机に挿してアイスクリームやカキ氷、キンキンに冷えたエールなんてのも客引きの目玉になりそうだ。
海岸沿いだから差し詰め海の家ってとこだろう。
それとも浅瀬に浮かぶ東屋や屋形舟なんてのも涼しそうだ。
後でマルビスかテスラに提案してみよう。
資金が嵩むだろうかと一瞬考えもしたけれど、別にどうということはない。
溜め込まれている金貨を使えばいいだけだ。
なんでも客引きになるような面白いものは必要だ。
色々と今後の展望について検討しながら顔がニヤついているであろう私に陛下が視線を向ける。何か他にあっただろうかと首を傾げると私の注意が向いたと同時に陛下が切り出した。
「それから前回の君の活躍に対する謝礼なのだがね。書物はステラート領に行く時に緑の騎士団で運搬することになった。マルビスに書棚でも用意しておいてもらってくれ」
そういやあお願いしていたっけ。
色々あって、すっかり忘れそうになってたけど。
「書棚って、一体どれくらいの数が来る予定なんですか?」
しかも屋敷に戻る時に持って帰れではなくて騎士団で運搬とはどんな量だ。
「およそ三千冊ほどだ。新しい物から古い物まで、表題だけで選別しているから中身の確認までしていないんで内容がダブっているヤツもあるかもしれんがその辺は勘弁してもらえるか?」
そりゃ勿論。
魔術、魔法関係の本なら読みたい人は他にもいる。
全く同じ内容である程度重なっても一向に問題ない。
「ええ、構いません。でもすごい量ですね」
「半分くらいは以前のへネイギスの一件で罰金や税金の支払いが出来なかった者からの差押えた押収品だ。
処分、追放、罰金を課された人数が人数だったからね。
新たに図書館でも建築しようかという話もあったのだが内容に偏りがありすぎてどうしたものかと考えていたんだ。貴族が所有している書物のパターンが似ていてね。一部は売りに出したのだが同じ物が一度に大量に市場に流れれば価格が暴落するからと保管していた」
そんなこともあったねと今や既に過去の出来事だが、類似しているということは逆にこちらに都合が良いのではと考えた。
お願いしてみるだけなら然程問題もあるまい。
保管しているだけで埃をかぶっているというなら尚更だ。
「それって買取出来ますか?」
「なんだ? 魔法関係以外でも欲しい本でもあるのか?」
ありますよ、たくさん。
でも今回は自分のためのものではない。
「読書は私の趣味の一つですし、ウチでも従業員向けの図書館を作りたいと思っていたんです。従業員の識字率も上げたいですし、向上心がある者には学習する機会も与えたいので。
王都の書店でも買い漁っていたのですがそれも限界があります。
特にそういった図鑑や学院低学年用の学習用がありましたら三十冊程度なら重なっても問題ありません」
寺子屋みたいな授業を企画しようにも教材がなかなか揃わない。
流石にマンツーマンで教えるほどみんなに暇もない。
教科書みたいなものがある程度中古で揃えられるならありがたいことこの上ない。
全部新品で揃えることも考えたのだけれど、本は手に入りにくい高級品なのだ。洋服ですら新品をなかなか買えない一般庶民に渡すとなると如何なものかと考えたのだ。
別に汚されるとか盗まれるとか、そんなことを考えたわけではなくて、『はい、どうぞ』と渡されたのが真っさらなそれだとすると使いにくいのではないかとロイやテスラが言ったのだ。
真新しい借り物を汚す恐怖というものらしい。
学院生と違って支給するものではなく貸し出し。
全部新品で揃えるにも経費も時間もかかりすぎる。
言われてみれば私も基本的に小市民。落として割れるような高級品や汚れて困る高価なものはあまり側に置きたくないタチだ。屋敷の隠し部屋に今は山程金貨が眠っているのだから気にするほどでもないだろうとよく言われるが、そういう問題ではない。
元から金持ちならまだ違っていただろうけれどすぐにそういう生活に順応出来る者ばかりではない。
まして私はついウッカリをよくやらかす粗忽者。
勿体無いが先に立つ。
何年かすればそれもなれてくるかもしれないけれど今はまだ無理。
それを思えばロイ達の言い分もわからなくはなかった。
なので数が揃っているというならば好都合。
これで従業員教育も進められるだろう。
私のその申し出に陛下は頷いた。
「ではそちらの代金も宝飾品の代金から差し引いてもらおう。
金額は後日提示する。それでいいか? マルビス」
「結構です」
そちらも商談成立だ。
だけど一言言っておかねばならないことがある。
「くれぐれも適正価格でお願いしますよ? そちらの担当者には前科がありますから」
デミリッチのいた洞窟で見つかった本の山を半額近くで買い叩かれそうになったのは今でもしっかり覚えている。
私がそう言うと陛下が苦笑して頷いた。
「わかっている。一度は許されても二度目は信用問題だ。
これからの付き合いのこともある。
必ず釘を刺しておこう」
ならば一安心というものだ。
話は済んだとばかりにイシュカとマルビスに陛下の相手を押し付け・・・ではなく、お願いして、私はテスラと一緒にロイの夕御飯の準備の手伝いをと思い、立ち上がりかけたのを陛下に手で制された。
どうやら話はまだ終わっていないらしい。
だが他に心当たりのあるものはなく私が訝しんでいると、ここに来てから表面上は始終微笑みを絶やさなかった陛下の目付きだけが急に変わった。
「今日ここにガイはいるかな?」
そう問いかけられて私は言葉に詰まる。
いることはいる。
だがガイは権力者というものを毛嫌いしているところがある。
人間なんでも得意不得意があるし私は苦手なものまでガイに強要する気はない。
ガイはガイの仕事をちゃんとこなしてくれているし、私もガイの仕事ぶりに文句はない。本人が納得しているならまだしもアレもやれ、コレもやれというのは筋が違うと思うのだ。
なんでも押し付けるのは間違いだ。
それによって自分に多少の不利益不都合が降り掛かろうと、それは私の都合であってガイの仕事ではないからだ。
だが明らかにバレていると思われるこの状況で嘘を吐くのはマズイだろう。
シラを切り通せるならそれでもいいがコレは確信しているとみて間違いない。
私は苦笑して陛下に答える。
「一応いるにはいるのですが」
すみませんと頭を下げる。
私の頭一つ下げるだけで済めばいいのだがどうだろう?
陛下は話がわからない人ではない。
団長達から多少なりともガイの性格については聞いているだろうし、無理強いすればどうなるかくらいはわかるだろう。
相手がこの国の最高権力者だろうが私はガイに嫌がることをさせるつもりはない。
どうしたものかと考えていると陛下はやや大きな声を張り上げた。
「聞こえているのだろう? すまないが出てきてもらえないだろうか?
君がどんな態度を取ろうが暴言を吐こうが罪に問うつもりはない。
私の名はシルヴィット。一般庶民で貴族の君のほうが今は身分が上だ。
ハルウェルト商会随一の諜報員である君と当方の持っている情報の擦り合わせがしたい。ベラスミ及びゲイベルク領主、ベルドアドリの集団暴走の関連性についてだ。
どうかご協力願えないだろうか?」
ベラスミ、ゲイベルク、ベルドアドリ?
一見なんのつながりもないように思えるのだが、何か関係しているのか?
つい先日まではガイはたいした情報はないって言っていた。
でもあれから数日経っている。
ここ数日毎晩出かけていくのはそのせいか?
でも報告は聞いていない。
ということは確証がないのか、あくまでも推測の域を出ないのか?
いや、今までのガイからすれば『信憑性は低い』と言い置いてから伝えてくれていた。それを考えるなら情報を持っていて話さないというのは考え難い。
つまり判断するにしても情報が足りないということだろうか?
頭の中に疑問符が浮かぶ。
だがガイが言わないということは緊急を要するわけでもないのだろう。
ならば陛下にお帰り頂いた後に確認しても遅くはないかと判断して口を開きかけた瞬間、てっきり階上にいると思っていたガイの声が姿は見えないものの窓の外から聞こえてきた。
「今の、本当だろうな?」
低く、不本意で不機嫌そうな声。
「ベラスミ・・・」
「そっちじゃねえ」
陛下が確認しようとした声をガイが遮る。
すると陛下は当然とばかりに頷いて応える。
「態度と暴言のほうか。勿論だとも。
そうだな、確か君の好物の一つは酒だと聞いている。
もし私が約束を違えたら以後二年間、君の好きな銘柄の酒を毎月十ケース贈らせてもらおう。それとも誓約書の方がいいかな?」
「いいだろう。誓約書は必要ない。酒三十ケースで手を打ってやる」
陛下の出した選択肢を却下してガイは注文を付けた。
「戻ったら早速手配しよう。届けるのは書物の配達と一緒でいいかな?」
「ああ、それでいい」
快諾とはいかないようだが話はついたようだ。
「交渉成立だ。では申し訳ないが姿を見せてもらえるかな?」
「わかった」
窓際方向を見ていると階上から飛び降り、ガイが着地する。
二階のベランダ辺りにいたのか。
しかしながらいくら陛下の前置きがあったとはいえ、お酒三十ケースもぎ取るとはちゃっかりしている。
とはいえ交渉を持ち掛けたのは陛下が先、問題あるまい。
テスラは自分がこの場に不要と判断したのか一言言ってから立ち上がり、ロイのいるキッチンへと手伝いに向かい、テスラの座っていたところにガイがドッカリと胡座をかいて腰を降ろし、目の前にあるテスラが手をつけていなかった茶請けに出された皿をじっと見てから引き寄せると早速マカロンをポイッと口の中に放り込んで咀嚼する。お世辞にも行儀が良いとはいえない態度。
傍若無人と言おうかマイペースと言うべきか。
国家最高権力者の前でたいした度胸。
ガイのその態度に動揺するでもなく陛下は鷹揚に見ている。
後ろの護衛二人の顳顬には青スジが浮いていたがどこ吹く風。
ペロリと唇の端に残るクリームを舐めとる。
にこにこと微笑みを絶やさぬ陛下にガイがニヤリと笑う。
その仕草にふと気が付いた。
おそらくガイは敢えて無礼とも思える振る舞いで陛下の言葉に間違いはないことを確認したのかと。
それを察して表情を全く変えなかった陛下もやはり曲者だ。
駆け引きは成立したようでガイの表情が変わる。
根が小心者の私にはとても真似出来そうにもない一連のやり取りに感心したのは私だけのようでイシュカもマルビスも呆れたように苦笑していた。




