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第三十八話 特大墓穴、掘りました。


 王都の支店に到着すると、マルビスが待ちかねたように出迎えてくれた。


「首尾は如何でしたか?」

 革新してニヤリと笑い、尋ねてくる姿はまるで悪徳商人だ。

 実際には悪徳ではなく凄腕商人なのだけれども。

「バッチリ。学院長からの許可はもらってきたよ。

 副学院長は苦虫を噛み潰したような顔をしていたけど」

「貴方に口で勝てる者はそう多くはありませんからね。お気の毒に」

「多くない内の一人、私が絶対勝てない相手が今目の前にもいるけどね」

 私がそう返すとマルビスがハハハハハッと笑う。

 いくら私が綺麗事を並べたところで所詮は屁理屈。

 真っ当に論破されれば反論出来ない。

 頭が本当に良い人なら私を口でやり込めるのは難しくないのだ。

 マルビスがその筆頭で全戦全敗、我がハルウェルト商会商業部のやり手大幹部達にはまず勝てない。正論でロイには反論も出来ないし、屁理屈ではガイとテスラにも無理、頭の回転ではサキアス叔父さんに遥か及ばない。結局私がごく身近な身内で口で勝てるのは素直なイシュカとキールくらいなものだ。

「ゲイル達にも学院生が内職でできそうな単純作業がないか各部署に聞いてもらうように伝えていますので一週間もすれば定期便で書類や物資が送られてくるかと思います。

 窓口を作って頂けるようでしたら、そこでバイトして頂く学院生達がお金か欲しい日用品と交換できるようにしたいと思ってます。秋祭りに欲しい人員の数も早めに出せるようにします。学院生に予定を組まれる前の方がいいでしょうからね」

「そしたら後は学院の制服も中古をある程度かき集めてくれる?」

 個人では自分に合ったサイズを探すのも難しいだろうし、自分の着れなくなった物を売ってもらって代わりに新しい古着を買ってもらう。学院生からはそんなにボッタクリも出来ないからたいした儲けは出ないけど必ず売れる物であり、管理さえしっかりしておけば長い目で見ればプラスにはなる。

 それに出入りしてくれる学院生が増えるだけでも利はあるし。

「確かにそれもアリですね。早速他の買取と一緒に手配します」

 マルビスが頷いて支店の従業員達に指示を出す。

「こちらも土地は既に押さえました。必要な図面も今引かせてます。例の海産物は押さえる手配もしてあります。

 明日には運搬ルートの確保と手配を掛けるように致します」

「流石マルビス、相変わらず仕事が早いね」

「こういうことはどこから漏れるかわかりませんからね。時間との勝負ですよ。

 夏場などは臭いがキツイということでしたのでウチが参入するための足掛かりの一環として焼却炉をこちらで建設、寄贈するということで交渉済みです。目新しい商品の開発をしたいからということで話をつけてありますので暫くは選別はこちらで行います。もともとただ積み上げられているだけでしたからね、そう問題もありませんでした。こちらもグラスフィートからウチの幹部を二人ほど既に手配つけてありますのでご心配なく。

 因みに商品化が決まっていることは伝えず、開発に成功したら水揚げされたものを買取するようにすると伝えていますので御了承下さい」

 まだ商業登録前だしね。

 今はタダで頂いてきているけど売り物になると知られればそうもいかない。ずっと隠しておけるものでもなし、そのあたりは仕方がない。ある程度値が釣り上がらないように先に先手を打つ必要はあるだろうけど、そんなことは私に注意されるまでもなくマルビス達なら承知だろう。

「んじゃあ団長達にはもう一度しっかり口止めしとくよ。登録前だからくれぐれも言いふらさないでくれとは一応言ってあるけど。

 ところで確保した土地って結構広いの?」

 とりあえず加工場でってことだったけど販路が拡大してくれば結構な土地の広さもいるだろう。

 乾物作りは意外とスペースがいるものだ。

「それなりに広いですよ。いずれ保養施設としても考えたいということでしたからある程度の規模で押さえました。ウチが商業、施設展開するといつもその地区一帯は土地の値段が高騰する傾向がありますからね。下手に隣接する地域を抑えられると後々面倒ですから」

 施設展開、ね。

 確かにウチが関わるといつも大事になりがちだけど。

「景観もまあまあですよ。小規模とはいえ港建築の予定もありますので海岸線から内陸部にかけて購入しましたからプライベートビーチも確保できてますよ。グラスフィート領の御屋敷やベラスミ別荘地ほどではありませんが。中心部からは若干離れますけどそう遠くもないですし。

 人を呼び込める戦略、商材があれば充分開発も可能です」

 プライベートビーチ。実に魅惑的な響きだ。

 リゾート地といえば一般的に水辺が多い。

 特にこれからやってくる夏に向けては最高だ。

 さざめく波音に白い砂浜、どこまでも続く海岸線。

 ロマンティックな雰囲気抜群だ。

 とはいえ、それを満喫できる歳にはまだ遠い。

 妄想で補えても私はまだまだお子様、私自慢の側近兼婚約者達に囲まれて歩いたところで傍目に見れば保護者とその子供の図だ。それはそれで微笑ましいかもしれないが。

 しかしながら思い浮かぶのは憧れだったアジアンビーチ高級リゾート。

 海辺でのんびり、ゆっくり怠惰に過ごす休日。

 想像するだけでも最高だろうっ!

 経済的理由から旅行はほぼ国内、安宿貧乏旅行限定だった前世。

 今は唸るほど資金が積み上がっているというのに今世では暇がない。

 いつの世も理想と現実というものは遠く離れたままならぬものなのだろう。 

「海岸リゾート施設か。面白そうだね」

 あれば是非とも満喫したいところだが、そんな娯楽施設(モノ)などこの世界にまだ存在するわけもなく。

 せいぜい金持ち貴族の別荘が限界だろう。

 私の興した事業も庶民にも少しは浸透し始めているとはいえまだまだだ。

 国内でも一般的とは言い難く、そういった総合複合施設を手掛けている商会は今のところウチだけ。莫大な資金も必要になってくるから難しいといえば難しいのだが。

 そういうわけでほぼその市場というか、事業はウチが独占状態。

 真似をしようにもかなり厳しいところだろう。

 こういったことはなんでも最初が一番儲かるもので二番煎じとなると余程上手くやらなければ利益も薄い。

「何かいい案があれば是非お聞きしたいですね」

 色々と妄想を膨らませたあたりから既に意識は現実から離れ始め、マルビスの問いに無意識で考えていることを口に出す。

「ないこともないんだけど。ウケるかどうかはわからないしね。

 王都が近くて景観も良いなら日帰り客も結構見込めるってことでしょ?」

 便もいい、観光客や王都へ仕入れに来る国内外の客も多いとなれば集客方法がないでもない。

 港近くにあるものといえば新鮮な魚介類をその場で美味しく頂けるアレ(・・)だ。

「たくさんのいろんな料理店を並べて、その中央に客席をたくさん作るんだ。収穫祭の屋台みたいに。お客さんは自分達で好きな物を各々店で買って、自分でテーブルに運んでもらう。同じ店のものだけじゃなくてあの店ではコレ、この店ではコレって感じで仲間で分け合って楽しんでもらうんだ。

 後は新鮮な魚介類のバーベキューなんてのもいいよね」

 要するに観光客向けのフードコートや屋台村、海鮮市場みたいなものだ。

 ちょっとしたキャンプ場や雑貨屋みたいなものを併設してもいい。

「新鮮な海産物を使った料理とこの国の各地の郷土料理や異国の料理、いろんなものが一つのところで食べられる『食』がメインテーマの総合複合施設。この国だけじゃなくて国外とかの異国情緒漂う安い雑貨とかも国別に置いてもいいし。注文を取るとかいうものじゃなくてその場限りで手軽にお持ち帰りできるものがメインでさ。

 平民ってなかなか領地を移動するのも躊躇うことが多いから旅行もなかなかいけないでしょ? 一つの場所で各地の料理を手軽に食べられて旅行気分を味わってもらう、みたいな。

 って、そんなに簡単なもんでもないか」

 魅惑の御当地グルメ。

 地方各地に行ったときのその場で食べる食事は旅の一つの楽しみだ。

 それを手軽に楽しめるところがあったら楽しいと思うのだ。

 夢を語ったところで現実に戻り、アッサリと否定した。

 ロマンティックと言いながら結局趣味の雑貨と食い気に走っているあたりが私に色気がないと言われる所以だろう。

 折角の雰囲気も自らブチ壊しに行くのがこの私だ。

 その辺りは本当に進歩というものがない。

 そもそもそんな繊細な神経をしていたら前世ではイジメや上司のパワハラ、親の理不尽な言い分その他に耐えられず、オバサンと言われる年齢まで待たずして早々に人生リタイヤしていたに違いない。

 もともと太かった神経と負けん気の強さが叩かれ、磨かれ、鍛えられた故の今のこの性格なのだ。

 お陰で少々のことでは動じなくなってしまっているので、魔物の前に出ても踏ん張っていられるだろうことを思えば、厳しすぎると思っていた前世の試練も無駄ではなかったということか。

 全く、人生というものは何がどこでどう転び、役に立つかわからない。

 私がお気楽に言い放って、用は済んだとばかりにサッサと立ち上がり、じゃあまた後でと夕飯作りのために引き上げようとしたところで後ろからボソリとマルビスの声がきこえてきた。


「いえ、面白いかもしれませんよ」

 へっ?

 私はピタリと動きを止める。

「場所が王都であることも大きいです。王都市民だけでなく、外国籍の者や旅人も呼び込めます。場合によっては宿を建設してもよいですけどまずは貴方が仰るように日帰り客狙いで。

 屋台だけなら建設費用もたかが知れてますし、売上が悪ければすぐにメニューも変更できる。ウチの商品である折り畳みテーブルとイスを使えば設営にも然程時間もかかりません。僅かな準備期間で開店も撤退も可能ですから常時開店ではなく漁獲量の減る時期などの季節限定、期間限定運営もできます」

 ・・・し、しまったあっ!

 また妄想に取り憑かれて余計なことをっ!

 暇が欲しいと思っていた矢先に自ら仕事を増やしに行ってどうするっ!

 マルビスの目が眼前の儲け話に爛々と輝き出し、テスラは愉快そうに唇の端を上げる。

 この二人をその気にさせたことで何回大事になってきたことか。

 それを考えると恐ろしい。

 ロイとイシュカはまた始まったとばかりに苦笑している。

 いやいやいや、笑ってますけど二人も他人事じゃありませんよ?

 結局いつも惜しみなく意見を出して協力し、隙のない計画を構築する一端をいつも担っているでしょうが。


「テスラ、すみませんが早めに計画書を起こして頂けますか? 

 ゲイルに届けて向こうでも検討してもらいます。

 おそらくはすぐに手配することになるでしょうがそうなると早急に料理人の確保も必要になってきますからね」

「了解」

 マルビスの言葉にテスラが頷く。

「後はこういった事業施設についての商業登録の必要か否かも確認お願いします」

「多分必要だと思うぞ。今までに前例もない。

 必要な書類はすぐに取り掛かって仕上げておく。

 提出するタイミングは任せていいか?」

「勿論です」


 既にやる気満々なのはわかった。

 しかし人材確保がそこらじゅうで間に合っていないでしょうがっ!

 問題だらけでしょうがっ!

 どうするのっ!


「学院生のアルバイトを確保する手段が出来たのは幸いです。

 彼らの休暇に合わせれば雑用などの人材確保も難しくはありません。

 これは天啓ですよっ」

 げっ、既にそれも算段つけている。

 天啓って、確かにタイミング的にバッチリとしかいいようがないけれど。

 こうなってくるとこの二人を止める要素は見当たらない。

「ロイはハルト様と一緒に商品開発を進めて下さい。

 決定されればおそらく今回ハルト様が提案なされた料理などがメインとして屋台で販売になるでしょう。登録準備をお願いします」

 マルビスの言葉に既に決定事項となっていることを悟る。

 どうやら私はまた墓穴を掘ったらしい。

 それも特大のヤツを。


「そうなるともう少し土地は多めに確保しておいた方がいいですね。

 ついでにウチの別荘も建てておきましょう。

 ハルト様、御希望があれば考慮致しますので御遠慮なく仰って下さい。

 早い方がいいですね、私は今から出掛けてきます。少々帰りが遅くなるかもしれませんので私の分の食事はテーブルに残しておいて下さい。おそらく途中で食事もすることになるでしょうけど目新しいものは絶対ですよ、お願いしますね。

 貴方の作る料理は冷めても美味しいですし、折角痩せたのですから太り過ぎないように注意もしなければ。食べた分だけ消化すれば問題もないでしょう。明日は朝の走り込みを増やせばいいですかね。

 さて、また更に忙しくなりますよ。腕が鳴りますね」

 

 食べる量を減らすのではなく、食べた分だけ消化する方向なのか。

 マルビスの趣味の一つが美味しいものを食べること。

 それを思えばその選択は当然なのか?

 怒涛のように喋るとすぐさま支店を飛び出して行ったマルビスの実行力と決断力に唖然としているのは支店勤務の二人も同じようでクスクスと笑っている。


「本当に楽しそうですよね。生き生きしてますよ、マルビス様」

「そりゃあ、あの人の最大一番の趣味だから仕方ないだろう。

 あれくらいでないと一流にはなれんのさ。

 迷っているうちに売り時と買い時を逃しては儲けも減るからな」

 

 二人の言葉に成程と納得してしまった。

 果報は寝て待てなんて言葉もあるけれど本当に欲しいものは欲しいと思った時に手を伸ばさなければ手に入らない。普通に考えればたくさん物が並んでいれば良いものから売れて行く。大抵の場合に於いて残り物に福などないのだ。自分の欲しいものは他人も欲しいもののことが多い。売れ残り、値段が下がるのを待っていたところで他の誰かに買われるのがオチで、本当に良いものは安くなったりしない。

 安くなるのはそこそこのものか、誰も買わないものなのだ。

 迷っているなら様子を見るのもアリだろう。

 だが本当に欲しいものは売れてしまっては手に入らない。

 

「マルビスの価値を見抜く目は疑いようもありません。

 貴方の価値(それ)を一番に見抜いたのがあの男ですから」

「ですが流石にここまでとは思っていなかったようですね」

「それは仕方ありません。ハルト様は規格外にも程がありますからね」


 ロイ、イシュカ、テスラの言葉に私は首を傾げた。

 これって私、褒められてるんだよね? 

 多分、一応。

 マルビスのことを認めてみんなが一目置いているのはわかったけど。


 規格外の野菜や果物って一般的に出荷できない『売れ残り』。

 まあ確かに前世では四十手前まで買い手も貰い手も全くつきませんでしたけれどもね。

 ムスッと不機嫌にはなったものの、考えてみれば現在の私の周囲にはゲテモノ好きの物好きがありがたいことに山ほどいる。


 こんな私を将来もらって(もらわれて)くれるという人が。



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