第三十七話 間違いなく、とびっきり個性的なのです。
職員通用門までの道をイシュカと並んで歩くと視線を集めているのはわかった。
学院内でのサークル活動もあってまだまだ校内にはたくさんの人が残っていた。
ついでにゾロゾロと遠巻きに私達の後をついてくる集団もいる。
最早馴れた光景ではあるけれど、もう三週間目に突入だ。
見世物パンダにまだ見慣れないのだろうか?
とはいえ実害は今のところないので放っておく。
昨日相談していた件のこともある。
この際、思いっきり私の婚約者達とイチャついて、まことしやかに出回っている噂を利用しようというアレだ。
そういうわけでイシュカの腕に手を掛けて、思いっきり張り付いているのだが、恋愛経験の殆どない私には高難易度ミッションである。
マルビスには『屋敷の中でのようにして下さればいいんですよ』と言われた。
だがまあピッタリ寄り添っていればハンサムなイシュカはただでさえ女の子の目を惹きつける。特に何もしなくても目立つだろう。噂を煽るため、今日はいつもはライオネルだけのところをロイとテスラが揃って迎えにきてくれるという話ではあったけど、いったいどうするつもりなのだろうと思っているとキャイキャイと騒ぐ女の子がわらわらと校門の辺りに集まっていた。
何があったのかと見遣るとそこにはしっかり、バッチリお洒落した状態の二人が校門前で待ち構えていた。
・・・原因はこの二人か。
いつの時代もイケメンに女子は弱いものだ。
二人はそれまでニコリともしていなかったのにも関わらず、無表情だったその顔が私の姿を見つけると、とろけんばかりの笑顔を浮かべたその瞬間、周囲からは嬌声が上がった。
前回この二人が来たのは入学試験時、武術、魔術試験は大半が男子生徒だ。
この二人を初めて見る女生徒も多いのだろう。
辺りに漂うピンク色のオーラに思わず後退りしてしまったのは許して欲しい。
言い出しっぺは私だが些か早まったかと後悔する。
「ハルト様、お待ちしておりました」
ま、眩しい・・・
校門を出たところでいつもよりキラキラ度二百パーセント増し増し状態の二人に満面笑顔で迎えられ、馬車の扉をさあどうぞとばかりに開けられる。
これは明らかにやり過ぎではなかろうか?
なんだか眩暈がしてきた。
とはいえ今更文句をタレるのも筋が違う。
「ただいま、ロイ、テスラ。いつもありがとう」
まるでお姫様扱いだ。
「今日はこれからどちらに向かわれますか?」
「昨日の件で早速マルビスと話がしたい。一度商会事務所に寄ってくれる?」
学院長に許可をもらったことだし、早めに色々手配を付けてもらうとしよう。
「かしこまりました」
恭しく礼をして二人に扉を両側に開かれると、先にイシュカが乗り込んで『さあ』とばかりに笑顔で手を差し伸べられる。
やはりこれはやり過ぎだ。
少女漫画風に言うならば三人のバックには大量の花が舞い飛んでいる。
招き入れられるのが美少女貴族や姫君なら絵にもなろうが背丈も低いチンチクリンの男児の私では些か役不足だろう。
しかしながら折角舞台を整えてくれたことなので私は精一杯の笑顔を浮かべると礼を言ってその手を取り、いそいそと馬車に乗り込んだ。
その間も三人の目は他の子女に一瞥も向けられることはない。
ホント、よくわかっていると思う。
下手に目が合えば、『私に気があるのでは?』と取られかねない。
如何にも私しか目に入っていません的なアピールだ。
そうして四人乗り込んだところで馬車が静かに出発する。
「やりすぎじゃないの?」
校門から少し離れたところでジッとみんなを見て私は口を開く。
「どうせならこのくらいやったほうが良いとマルビスが」
主犯はマルビスか。
豪華というほどではないのに明らかな服選びのセンスの良さは間違いない。
自分だけでなく、みんなのウリを知った上でのコーディネートは流石だ。
マルビスもハンサムだけど他の四人に比べると親しみやすいといえば聞こえはいいが顔の造りは普通寄りに分類されがちだ。他が群を抜いているだけなのだが、なのに五人集まると視線はマルビスに吸い寄せられる女性も多い。
圧倒的にセンスが良くてお洒落なのだ。
小物一つにも気を遣い、自分の魅せ方を良く知っている。
話題も豊富で人を飽きさせない。
多分、誰かを陥そうと全力出して競ったなら五人の中で一番モテるのはマルビスでなかろうかと私は密かに思っている。昔のポッチャリめの体型でも充分イイ男だと思っていたけど今は充分過ぎる程イイ男だ。
好みを除き判断するなら顔だけなら間違いなくトップはテスラだと思うけど、私有地のウェルトランド内を歩いているとマルビスが一番女の子達に声を掛けられるし、視線で追われてる。テスラの綺麗さやイシュカの華やかさ、ロイの色気は目を奪われるけどマルビスに向けられるそれと比べると熱量が違うように見えるのだ。
でもマルビスにそれを言うと興味はないと言う。
以前はモテなかったと嘆いていたからモテるようになれば嬉しいものではないのかと尋ねたら、
『貴方に好かれるために努力したのですから貴方にモテれば私はそれでいいんですよ』
と、とんでもない口説き文句を言われた。
そして私が真っ赤になると、
『おや? 少しは意識して下さっているようですね? 嬉しいですよ』
なんて宣うのだ。
非常に心臓に悪くて、私を殺す気かって思う時がある。
以前、甘い言葉を囁くことで意識してもらえるならこれからドンドン口説いていきますねと言われたあの言葉は間違いなく実行されている。
もともと口の上手いマルビスのそれは婚約者五人の中で一際甘く耳に響く。
マルビスがその気になれば堕ちない女の子はいないんじゃないだろうか。
結婚詐欺師やヒモ男にもなれそうだが、仕事の鬼のマルビスは本当に周りの女の子にまるで興味を示さない。
仕事が出来て、優しくて、甲斐性ありまくりの洒落者マルビス。
昔彼をフッたという女性が見たら地団駄を踏んで悔しがりそうだ。
「マルビスってさ、絶対モテるよね」
人の思惑とか心の中とか、そんなのを見越して計算して動く。
一歩先を読む力は流石の一流の商人たる所以だ。
「まあそれはロイ達にも言えるんだけど」
ガイはワイルド系の外観に相応しく少々強引なところがウケそうだし、さりげなく気配りしてくれるロイも絶対モテると思う。テスラは頭も良いし立ってるだけで男女問わず見惚れさせてる。イシュカだって凛とした雰囲気は童話や物語に出てくる姫君を救い出す騎士様って感じで守られたいって女の子、絶対いるよね?
私は守られる前に突っ走って自ら前に立つので、さぞや守り甲斐はないことだろう。いや、逆に危ないところに静止も聞かず突っ込んでいくことを思えば手間がかかる分だけ面倒臭いのか?
こんな五人を独り占めしてたらそのうち後ろから刺されるかも。
今後、背後には充分気をつけるようにしよう。
はあって小さく溜め息を吐くとテスラが目を丸くしてから肩を竦めた。
「誰よりも一番モテてる方に言われましてもねえ」
私がモテる?
いや、それはないでしょう?
決して悪くはないと思うけど比べれば私はさぞかし見劣りするに違いない。
「モテてないでしょ? みんなのとは違う意味でならモテてるかもしれないけど」
私のところに来てるのは私のバックグラウンド込みの打算だ。
父親に命令されてたり、玉の輿、財産目当てってヤツ。
それはモテるとは言わない、釣られているというのだ。
僻んでいるわけではない。
ただみんながモテ過ぎるから、いつ取られやしないかと心配なだけだ。
クスクスとロイが色っぽい顔で笑う。
「わかってませんね、貴方は。彼女達は私達みたいなオジサンは対象外ですよ」
いやいやいや、ロイ達はオジサンではないでしょう?
こんなイケメン達捕まえて、絶対それはないと断言する。
仮に百歩、いや、一千万歩譲ってそうだとしても女の子というものは綺麗なものが大好きだ。
恋愛対象になるならない以前に、美少年、美青年、美中年全て嫌いな女性は少ない。付き合うなら絶対性格重視の私でも、見ているだけという限定であるならば美少年からロマンスグレーのオジ様まで全て大好きだ。
ロイ達は間違いなく美青年の部類に入る、女の子達が囲むのも無理ない。
オマケにみんなが良いのは顔だけではないのだから。
私がそう言い返そうとするとイシュカが頷いて言う。
「貴方みたいな物好きはそうはいません」
物好き?
物好きはイシュカ達のほうでしょう?
本当にそうならこんなに心配はしない。
「あの子達からすれば適齢期過ぎの自分の父親に近い売れ残り男に興味などないですよ」
「それは絶対ないっ」
テスラのその言葉には断固として反論する。
断言しますとも。
ロイ達が売れ残りだっていうなら私が絶対高価買取するっ!
売値の倍の値段つけて綺麗に包装し、ついでにリボンもかけてもらいますともっ!
「彼女達は貴方のことが知りたいんですよ。貴方が魅力的過ぎるから」
ロイ達の欲目が発動中なのは理解した。
いや、ロイ達の欲目は常時発動中なので今更だ。
だけどナイナイナイ、それは絶対ナイはずだ。
「実際、私達が聞かれたのは貴方のことばかりですよ」
そうテスラは言うけれど、見えてるよね?
明らかにその下心。
私は話題作りに利用されてるだけだろう。
「だからロイやテスラと話をするキッカケが欲しいだけだよ。
もしくは親から言い含められているだけでしょう?
所謂玉の輿の財産狙い。
私の婚約者に女性はいないからね。自分の娘を押し込んで、孫が出来れば自分が祖父母だって商会にも幅を利かせられるからでしょう?」
「それも無いとは言いませんけど、それだけで女性は騒ぎません」
女性は結構打算的だ。
そりゃあそんな女性ばかりではないことも頭では理解している。
本当に好きな人が現れれば変わることもあるかもしれないけれど、理想だけで生活していけるわけではないのだから仕方がない。
世の中にある大半の問題はお金があることで解決する。
この世界なら尚更身分と財力が揃えば大抵の無理は押し通せる。
女の子が大好きなドレスや宝石、スイーツにアクセサリー、そんなものもツテや財力がなければ簡単には手に入らない。
それらを手にしたい、自慢したいと思うなら私の側室はかなりの好条件。
ウチは王家御用達、我が商会で取り扱う商品は流行の最先端なのだ。
「結構女性って小さくても現実主義的なところあるよ?」
「それは否定しませんけど」
ロイが苦笑しながら肯定する。
まあそれは仕方ないんだと思うところもある。
「男は夢だけ追って生きていけるとこあるけど女性は夢と霞だけで生きていけないってことをよく知っているもの。いずれは母になるのだからそういう打算や計算も必要なんだとは思うけどね。
子供を育てるのは時間もお金もかかるから大変だし。
夫婦両方が夢見ちゃったら生活厳しくなるから経済的に安定が得られるのは大きいよね。
仕事や夢が何より大事って男も結構いるし、手綱を握ってくれる人っていうのは必要だよ」
地位、名誉、権力、財産。
そういうものを持っている人間ほどそれらが持つ力の大きさをよく理解している。
身も蓋もないからあまりいいたくはないけれど、愛がなくても人は生きていけるけど、生活に必要な最低限のお金がなくては人は生きていけない。
生活に困窮すれば容易くそれは色褪せ、崩れていくこともある。
夢と愛だけ売るほどあってもパン一つも買えないのが現実で。
生活に追われれば夢が遠のいていく。
夢を諦めて妻子を守って生きるのか、夢のために妻子を犠牲にするのか。
結婚しても夢は追いかけられるという人もいるかもしれないけれど現実はそこまで甘くない。それを実現するにはパートナーの理解と協力なしには難しく、この世界に於いての女性の平均収入は男性より遥かに低い。それだけでは暮らしていけないのが殆どだ。そして仮になんとか暮らしていけたとしても夢を掴むためには才能も欲しいが才能だけではどうにもならないことも多い。ある程度の運もいる。
夢を追いかける人間全てに成功は約束されているわけではないのだから。
それを考えるならば私は相当に運が良いと思う。
「そういえば貴方が望むのは手綱を握ってくれる人、もしくは一緒に走ってくれる人でしたか」
イシュカの言葉に私は頷く。
「どっちももう側にいてくれてるからね。これ以上必要ない。
ロイ達みんなに三行半を突きつけられたら考えるよ」
「それはあり得ませんっ」
三人揃ってそれは反論された。
吃驚はしたけど嬉しかった。
「なら要らないよ。例え私に子供がいたとしても継ぐに相応しくなければ商会を任せる気はないし、それを思えば養子で充分。優秀な子供を見つけて育て、継がせる方が間違いないと思うよ?」
ハリボテの私なんかじゃなくて本当に頭のいい人に。
欲の皮の突っ張った義理の父母など揉め事のモト、不要だ。
ウチの大事な従業員達を見下されるのも利用されるのも本意じゃない。
差別意識のない女性とその親なら一考の余地はあるが貴族の女性というものは大概においてマウントをとりたがる。それは私の母様達も例外ではない。母様達は身分差で見下すことはしないけど、最近ではウチの新商品を身に付けてパーティなどで自慢しまくっているようだし。
良い広告塔なので黙ってはいるけれど。
それが全て悪いとは言わない。
そういう女性あってこその流行であり、経済の発展である。
ウチの商会もそういう女性あってこそ栄えるものだ。
「貴方の御子ならとても可愛らしいとは思うのですが」
イシュカがポロリとそんな言葉を漏らす。
そう言えば以前もイシュカはそんなことを言っていた。
でもね、それはよくよく考えた方が良いと思うよ?
何故なら、
「私の子供? 随分と先の話だけど、仮に私に子供ができたとして、その子供が私に性格までそっくりだったらどうするの?
みんな相当苦労すると思うけど?」
私一人の面倒を見るのにも大変だと思うのだ。
それが×2となるとどうなるか?
私の忠告に三人が押し黙った。
やっぱり否定はしないのね、苦労するってことは。
いえ、大丈夫ですよ?
少々ショックではあるけれど、その自覚はありますから。
「それに私の屋敷は昼間はメイドもいるけどプライベートスペースの三、四階は男百パーセントだからね。オマケに機密事項やその関連書類、貴重品も多いし、信用できない人間は出入りさせられない。
母様達ならまだしもそれ以外っていうと厳しいし難しいと思うよ?
特に女性は立場も弱いし親族に言葉や力で押し切られてしまう可能性もあるからね。
その辺りも少し考えなきゃいけないんだけど今は商業棟に女性も結構いるから徐々に男女差別は極力無くしたいとは思ってる。少しづつ変えていかないとね」
染みついた常識というものは変えるのにも時間がかかる。
家事子育ては女性の仕事という認識はそう簡単に変えられない。
まずは女性の働く場所をしっかり確保して、一人でも生きていける生活基盤を築くのが先だろう。まだこの世の中では女性が男性に選ばれるという認識が強い。
男の経済力に頼らざるを得ないから女性の地位が向上しない。
男女平等というのは同じ仕事を同じようにやれという意味ばかりではない。
男の方が向いてる仕事、女性の方が得意な仕事というのは間違いなく存在する。
賃金に極端な差をつけるのが問題なのだ。
例えば工事現場での仕事。これはこの世界での力ある男性向きの仕事の一つ。そして裁縫や給仕、料理などは女性が多い。だけどどちらの仕事が大事かなんて言えないのだ。
仕事に貴賎はない。
みんなが嫌がる仕事、危険で大変な仕事なら手当をつける、貢献度が大きければ評価する、良い仕事をしてくれるなら取り立てる。
仕事の種類ではなく、仕事内容で評価する。
男女に関係なく自分の得意なもので稼ぐことが出来れば男性への依存率を下げられる。
一人で生きていけないから男を選べないと言うなら選べる立場になればいい。
女性に経済力をつけてもらう方が早いと思うのだ。
そうすることで選択肢も増える。
欲しい物を男から与えられるのを待つのではなく、自分で手に入れることができる社会を構築していくのが私の目下の目標だ。
どんなに頑張ったところで男性と女性の差というものはある。
それは女性が男に劣っているという意味ではなく、得手不得手の問題であり、評価基準の問題だ。男が主流と言われる仕事で活躍出来る女性がいるならそれでもいいし、その逆も然り。男性の仕事が重要視され、女性の仕事が軽視され過ぎるのではなく、女性の仕事も等しく評価されるべきなのだ。
そこで女性に対しての賃金が高過ぎると文句をタレた男性陣には一週間最低賃金を補償して現在女性の仕事を体験してもらうことを実行している。
女性と同じ働きができるのであれば移動しても構わないと言い置いて。
だが今のところ全男性諸君は大抵三日と持たずに泣きついて元の仕事に戻してくれという。一応体力的にキツイ仕事は金貨一枚が手当として上乗せされているのだがその金額差で納得できなかった男性諸君方々も今では殆どいない。
隣の畑というものは総じて青く見えるものだ。
だがやってみればわかること。
その仕事が如何に大変であるのかを。
知りもしないで大口を叩く方々には体験してもらうことで納得して頂いている。
「女性の地位向上ですか。また難しい問題ですね」
小さくテスラが溜め息を漏らす。
「まあね」
簡単に変えられるものではない。
女性に生活を支えてもらっていることを忘れ、自分の稼ぎで食わせてやっているのだと思っている男が多いからだ。
この世界の大多数の男は女性の家事育児は男は仕事に換算しない。
文明の進んだ社会であった前世でさえ、そういう認識を持つ男性は結構多かった。
同じように外で働き、同じような時間に帰って来る。
なのに疲れてるからと言って妻に家事を任せきりで自分はテレビの前で腰に根を生やしてる。そんな旦那を持った友達も多く、たまにランチで一緒になると口から出るのはそんな旦那の愚痴ばかり。
釣った魚に餌はやらない男。
生活にヤツれた妻に興味を失くして若くて綺麗な女の子に目移りする。
妻に可愛い女でいてほしいと思うなら夫の協力は不可欠だ。
全てが男性に責任があるわけじゃないけれど、女性の地位がもう少し高ければこの時代の女性にも自由が手に入れられるようになるんじゃないかって思うのだ。
「ロイ達はもし私が女の子だったらどうする?」
「想像がつきません」
私の問いかけにイシュカが首を横に振ってそう言った。
だろうね。
今や私は『男というものはこうあるべき』という見本とすら言われるくらいだ。
前世女であった時でさえ男より男らしいと言われていたのだ、さもありなんってヤツだけど。料理や針仕事ができようが(決して上手いとは言えないかもしれないけれど)男らしいとか言われるのだ。
でも本当はね、中身は完全な男じゃない。
女らしいなんて言葉は無縁だったけど。
私はある意味すごく中途半端な存在だ。
もしも女の子に生まれ変わっていたら・・・
「手のつけられないお転婆で、喧嘩っ早くて、生意気で、私はきっと貰い手のつかない売れ残りになっているだろうなって思うよ」
「ならば私が喜んで頂きに上がります」
いかにもイシュカらしい答えが返ってきて笑ってしまう。
「ありがとう。嬉しいけど無理だよ、イシュカ。私はきっと隠される」
子供で、しかも男の私のところに婿入りしようとしてくれるくらいだもの、確かにイシュカなら貰ってくれてたかもしれないね。
ロイとテスラが口を開きかけて何も言わなかったのは多分、身分の差もある。
イシュカは男爵位持ちで、身分こそ下だけど騎士団副団長だったから望まれれば私はお嫁に行くことも出来ただろう。
でも女の子として育っていたら私はきっと今の私のようにはなってはいない。
父様なら閉じ込めたりはしないかもしれない。
だけど普通に考えれば縁談は持って来られない。
イシュカと出逢う機会があるかどうかすら怪しい。
いや、多分出逢う確率はほぼゼロだ。
ダイアナ母様は今でこそ父様と上手くやってるけど遠縁で嫁入り先が見つからなくて、外聞が悪いからと父様の補佐兼第三夫人として嫁入りしてきたという話だ。ダイアナ母様はパーティなどに父様と結婚するまで殆ど出席したことがなかったという。パーティなど面倒だから幸いだったとダイアナ母様は言っていたし、だからこそ父様と会えて結婚出来たと思えばたいしたことではないと言っていた。
補佐から親友、親友から恋人、夫婦へと関係は変化していったのだと。
勝ち気な女性に需要はあっても男らしい女にそんな機会は巡ってこない。
異分子なのだ。
そして私も男らしいと言われながら完全な男とは言えない異分子。
「普通でない貴族の子供がどういう扱いを受けていたか、ウチの商業棟の寮を見ればわかるでしょう?
もっとも今はみんな趣味と実益を兼ねた仕事を楽しんでるみたいだけど」
私は屋敷の商業棟、別名『隔離病棟』にいる人たちを思い浮かべて微笑んだ。
きっと私は彼等に自分を重ねているのだ。
普通でない彼等が生き生きとして生活しているのを見ていると面倒だと思いながらもどこか嬉しい気持ちになる。だからこそ放っておけないのかもしれない。
私は多分安心したいのだろう。
きっとこれは拭いきれない劣等感というものだ。
苦い記憶というものはなかなか消えてはくれないもの。
コンプレックスというものはそう簡単に消えてくれるものではない。
心の奥底にこびりつき、何かの折に浮かび上がってくる。
一度付いた傷というものは薄くなってもなかなか消えてはくれないのだ。
「そうですね。人より秀でていることは誉であり、人と違うということは恥である、そんな考え方の者も多いですからね」
テスラがそう言って苦笑する。
個性的であるということは素晴らしいのだと私はよく口にする。
それは才能なのだと。
そう思ってくれる人が少しでも増えてくれたなら『異分子』もきっと生きやすくなる。
「人と違うということはその人の個性であって枷ではない。
それは貴方が言葉だけでなく身をもって証明して下さっています。
貴方自身も勿論ですけど、ハルウェルト商会が僅か二年ほどの間でここまで急拡大したのは個性的な彼等の功績によるものも大きい。
それが広く知られていけば彼等に対する考え方や見方も少しは変わって行くと思いますよ」
そう、テスラは続けた。
「つまり忙しくなるのはこれからです。
苦労も多いですけどあの場所では皆がのびのびと生活していますからね。
大丈夫ですよ、遠慮など不要です。
私達は貴方が心配なされるほどヤワではありません。
なにせ貴方の側近で、しかも婚約者でいられるくらいですからね。
並の神経では務まりません」
ロイも笑ってその言葉に頷いた。
「貴方の側にいるのならそれらも楽しめるようでなければなりません。
私達はそういう人種なのですよ。
ですから心配には及びません。
私達は貴方の側が心地よい良いと思える程には個性的なのですから」
それは随分と酷い言いように聞こえなくもない。
だけど多分それは私に気を遣わせないためなのだろう。
私が遠慮なくみんなを頼れるようにと。
こんな私の側がいいのだと言ってくれるみんなはきっと、
間違いなく、とびっきり個性的なのだから。