表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/369

第三十六話 ツラの皮が厚いだけなのです。


 第三週目初日の講義が終了した時点で朝のうちに打診していた学院長との面談が許されて、イシュカと二人でそのまま学院長室に向かった。

 

 今朝マルビスから渡されたのは私の提案した学院生へのアルバイト斡旋と学院行事でのドレス、衣装その他のレンタル業の企画書だ。

 それを朝一番でお渡しして、是非検討してほしいとお願いしたのだ。

 学業優先と却下されたらそれまで。

 興味があれば話だけでも聞いてほしいと。

 そうして放課後、講義終了次第学院長室に呼ばれたわけだ。

 しかし、応接セットのソファを勧められてイシュカと二人、座っているわけだが学院長と副学院長はさっきから私を眺めているだけで言葉を発しない。

 その提案が良いのか悪いのか、それだけでも早くハッキリさせてほしい。

 私が沈黙に耐えきれずに口を開こうかと思ったその時、学院長は私に問い掛けてきた。


「ハルスウェルト君は何故このような話を持ち掛けてきたのだね?」

 感情が読めない皺の刻まれた表情。

 流石年の功といったところか。隣にいる副学長は明らかに不機嫌そうだ。

「何故と言われましても、そこに書かれている通りなのですが」

 マルビスの提案書は完璧だったはず。

 質問されるまでもなく必要なことは全て書かれている。

 なのに聞いてくるということは直接私の言葉で聞きたいということだろうか。

 イラッとした様子で副学長が聞いてくる。 

「何を勘違いしているのかは知らんがここは学舎、生徒に仕事を斡旋する場所では無い。小遣い稼ぎにかまけて学業を疎かにするようでは困るのだが?」

 まあ想定内の質問ではある。

 如何にも漫画とかの脇役で出てきそうなステレオタイプ。

 権力に媚び諂いそうな感じの人だ。

 多分私みたいなのがチョロチョロしているのが面白くないのだろうなあ。

 陛下の命令だから仕方なしに従っているってとこか。

 私が陛下のお気に入りだから表立っては対立しないだけだろう。

 面倒臭いと思いつつも面には出さずにっこりと私は微笑んで頷いた。

「そうですね。私もそう思います」

「ならば何故このような提案をする?」

 私の動じない態度が気に障ったのかあからさまに侮蔑した目で見下ろされる。

 別にいいですけどね。

 実害ないし。

 陛下が怖くて抗議も出来ない輩にどう思われていようと知ったことではない。

 所詮知恵が回るだけの子供だとでも思われているのだろう。

 ちょっと脅かせば簡単に引き下がるって。

 御生憎様。

 その程度でビビるほどヤワな神経してません。

 じゃなきゃ自分より巨大な魔物の前になんて立てませんから。

 巨大なグリズリーや大蛇に比べたら貴方ごとき怯えるほどでもありません。

 それでなくてもこの手の視線には前世で慣れている。

 他人を蔑む馬鹿にしたような目付き。

 上位貴族出身の気位の高い御貴族様、ガイの情報によれば何代か前に王族の姫様が降嫁したこともある血統が自慢のイケすかない勘違いヤロウだ。学院長が五十超えた高齢なのにいつまでも居座っているから自分が学院長になれないと思い込んでいる御馬鹿な権力主義だと聞いている。確か北の方の一昨年からウチの領地となった土地と隣接している辺りの出身だと。自分達のところにあの土地が併合されると思い込んでいたらしく相当に妬んでいるらしい。オマケにここ最近のウチの領地の発展と運河開通がその嫉妬心に拍車をかけているようだ。

 ただ待っているだけの者に御褒美を渡すほどあの陛下は甘くない。

 成果さえ出せば惜しみなく評価するのは流石だとは思うけど。

 実際、マルビスやガイから聞かされる情報によれば私以外にも功績を上げている人にはしっかり褒賞を渡していると聞いている。

 つまり国に貢献していないから評価されていないだけなのだ。

 全く面倒な。

 まあ学院長の座に座っていないだけマシか。

 ガイに言わせると『イキがってるだけの小心者』ということらしい。

 どうせ何かする度胸はないからほっとけということだったが、こういう時ばかりシャシャリ出てくる。私がどんな提案を持ってきたとしてもとりあえず文句を言いたいだけだろう。

 貴方が本当に生徒のことを考えての言葉だったなら聞く価値もあるんですけどね。

 残念ながらとてもそうは思えない。

 私は一つ深呼吸をするとゆっくりと口を開いた。

「私は学業が全てだとは思って無いからです」

「何を馬鹿なことを言っている。ここは学校だ、学校とは勉学に励むべき場所だ」

 それも正論なんですけどね。

 学校というところはただ勉強を学ぶだけの場所ではない。

 私は感情も露わな副学長に向き直る。

「私は私の兄や姉達、学院の卒業生である側近の者達、殿下達やその友人の方々から様々な話を聞きました。この学院は在学中、上位下位の貴族の差も、貴族と平民の差も無いと名目上なっていると」

「その通りだ。それがどうかしたのか?」

 馬鹿な人。

 私は貴方からその言葉を引き出したかったのだと気づいていないでしょう?

 あからさまに大きな溜め息を吐いて私は続ける。 

「ですが実際にはそのような話は夢物語。

 身分と財力の差で大きな隔たりがあり、上位貴族の子息子女は当然のようにそれ以外の者を顎で扱き使い、学院での行事でもドレスコードが存在し、学院主催のパーティにも参加出来ない。些細なことで身分が上の者の反感を買い、退学に追い込まれることも多々あると聞いています」

 学食で一度くらい美味しいものを食べたいと思っても、それには別料金が必要で裕福な生徒が食べているそれらを眺めて見ているしかない現実。

 貧しいが故に優秀であっても寮生活での生活費を親が捻出できず進学を諦めねばならなくなったり、世間というのは決して身分や経済的弱者に優しいものではない。いくら寮費や食事が無償化されたとしてもそれだけでは生活出来ない。支給される制服も全てではない。年度始めに与えられる二着のみ。成長期の子供達にそれで足りるわけもない。お古、お下がりを手に入れるにもお金がかかる。敗れたら繕うのにもタダではない。

 最低限の資金は必要なのだ。

「それは君が貴族であるからこそ言えることではないのかね?」

 貧乏貴族と呼ばれていた二年前でさえ飢えることはなかった。

 兄様達のお古とはいえ着る服にも困らなかった。

 三食の食事にも事欠く平民も多かったことを思えば私は充分に恵まれていた。

「そうですね、そうかもしれません。

 ですが私は今でこそ伯爵の位を与えられましたが成人すれば貴族ではなくなる三男という立場で、特にそれを不満に思ったこともありませんでした。

 自分の人生は自分で切り開くものである。と、そう思っていましたから」

 確かに私の言っていることは綺麗事かもしれない。

 そのチャンスにさえ恵まれない人だっている。

 私はそのチャンスを与えられた側の人間なのだ。

 だけど、だからこそ、私は貴族である私にではなく、私自身を見て、私に付いてきたい、一緒にいたいと思ってもらえる人間になりたい。

「学院を卒業できれば良い仕事に就ける。社会に出ればそのようなことはいくらでもある。ここでそれを知るのも重要なことではないのかね?」

 もっともらしいことを言ってるけど、さっき貴方言いましたよね?

 学院内に身分差はないと。

 私は大きく首を横に振った。

「いいえ、それは必ずしも必要なことではないと私は考えます。

 何故ならそれは社会に出てから充分に学べることでもあるからです。

 学ぶべきものは貴族に対する処世術などではなく、人に対する礼儀であると思います。先程副学長が仰られたように、学院内での身分を笠にきた行為は本来認められていないのですから」

 言い返された言葉に副学長はグッと息を詰まらせる。

 私はそこを更にたたみ込む。 

「何故身分の差がないはずの学院生である時代からそのようなものを学ぶ必要があるんですか? そのような考えが根底にある限りいつまでも身分差による横暴な振る舞いや差別、イジメは無くならない」

 何故同じ人間であるのにも関わらず、その尊厳を生まれだけで踏み躙られねばならない?

 あまりにも理不尽だ。

 貧乏だから?

 身分が下だから?

 見た目に恵まれていないから?

 その他本人の意思と関係ない理由も様々あるだろう。

 たまたま産まれ落ちた家が、環境が違うだけ。

 たったそれだけのことなのに。


「たとえ学院を卒業出来なくても、やりたいと思う好きな仕事が見つけられたなら私はその方が良いと思います。

 実際、私の側近の中には今でも読み書きが怪しいものもいますし、従業員の中には簡単な計算も覚束無い者も大勢います。ですが私には彼らが必要であり、学がないだとか、無能だとかそんなことを思ったことは全く一度もありませんし、それで差別をした覚えもありません。

 人にはそれぞれ与えられた才能や優れた素質がある。

 私は是非それを活かしてもらいたいのです。

 人は学ぼうと思えばいつでも学ぶことも、学び直すこともできます。

 私がそのいい例でしょう? 私は学院入学前に既に卒業資格を頂きました。

 学院に入らずとも学ぶことはできるのです。

 私は私のもとにいる多くの才能という力に支えられている。

 勉強ができないからといって全ての才能が無いというわけではありません。

 人の生き方は他人が決めるべきものではない。

 選べる道は一つではないのです。

 ですから私の提案は一種の職業訓練みたいなものと捉えて頂ければ宜しいかと」

 すぐに生き方を決める必要はないのだ。

 いろんなことに挑戦して、失敗して、楽しいと思えることを見つけることができたなら、それが仕事にできたなら、きっと毎日が少しは楽しくなるはずだ。


「それに貧しいから、親に負担をかけたくないからと学院生活の存続や学校行事への参加を諦める必要もありません。

 資金が足りないというのなら自分で勉強、生活をしながらその子供のできることでお金を稼げる方法を生徒に提供すればいい。

 そして学院では学院生活でしか味わえない楽しみというものもあります。

 ここが全ての生徒に平等であるというのなら、それらの行事に参加してみたいという生徒全てに権利は与えられるものではないでしょうか。

 ドレスが買えないなら借りられるところがあればいい。

 平民であったとしても一度くらい綺麗な服を着て着飾ってみたいと思う子供だっているはずです」

 それは学院生活でしか味わえない、大切な思い出になるだろう。

「女の子は誰だって誰かのお姫様になれる。

 男なら誰だって誰かの王子様になれる、そんな夢を見てはいけませんか?

 それに楽しみや目標があった方が人間、頑張れるものです。

 そうは思いませんか?

 だからこそこんな選択肢があっても良いのではないかと私は提案致しました」

 一気に捲し立てるように言って私は目の前に座る二人を見た。

 するとそれまで副学長と私の問答を黙って聞いていた学院長が口を開く。

「君の商会にたいして利益が出るとも思えないが?」

 それがどうした?

 そんなことは承知済み、慌てることもない。

「でしょうね。私もすぐに出せるとは思っていませんよ?」

 学院長の眉がぴくりと動いた。


「商売というものは先行投資というものも必要なのですよ。

 損を取って得を得る。

 目先のことだけに捉われては大成できません。

 百人の生徒相手に金貨百枚使ったとしても彼等の内の十人がウチに就職し、一年働いてくれたなら充分にもとは取れます。

 その中で一人でも才能を開花させてくれたなら一年も掛からず大幅プラスになる。

 眠る才能は発掘して磨く。

 既にある才能ならば存分に発揮してもらうための場所と環境を整え提供する。

 素質と才能に身分は関係ない。

 そうすることで彼等の力を借り、ウチの商会は大きくなりました」

 面倒で厄介な問題児も確かに多い。

 それでも彼らにもそれを補って余りある価値がある。

 その人に足りない物があるのなら、それを補うことのできる人材を探せばいい。

 すぐに見つかるわけでもないけれど、大勢の人間が集まればそれに適した人材もいずれ見つけられるだろう。

「勿論無理強いするつもりは毛頭ありませんよ。

 あくまでも選択するのは生徒であるべきなのです。

 意志なき力は脆く、崩れるのも早い。

 だからこそ自分自身で選んだものには真の価値がある、私はそう思います」  

 そう言い切ってにっこりと笑った私に学院長が大声を上げて笑い出した。

「副学長、君の負けだよ。

 確かに、君は色々な意味で聞きしに勝る豪傑のようだ」

 (ツラ)の皮が厚いのは認めるけど豪傑っていうのはどうかなあ。

 私は基本ビビリの小心者だ。

 ただ開き直るのが早いだけで。 

 ひとしきり笑った後で学院長は真面目な顔になる。

「良かろう。私の名において許可を出そう。

 だが君が在籍している間だけというのでは困るぞ?」

 確認するように尋ねてきたその言葉に大きく頷いた。

「当然です。商会の者に窓口を開いて頂くか、もしくは出入りを許して頂けるならウチが倒産しない限り関わるつもりでおりますけど?」

 貴重な人材確保の道、手放すわけがないでしょう?

 しっかり継続させて頂きますとも。

 早速色々とお願いできそうな単純作業を探してもらおう。

 その辺りはマルビス達に任せても大丈夫なはずだ。

 学院長は張り切っている私を見て嬉しそうに目を細める。

「君なら私が理想としていた学院生活を送れる場所に変えてくれるかもしれんな。

 貴族も平民も関係なく、未来に夢を見られる。そんな場所に」

 本来、学校というものはそういう場所であるべきだ。

 子供が夢を見られなくなった世の中なんてロクなもんじゃない。

 それに、

「変えるのは私ではなく、生徒達です。

 私にできるのはただキッカケを差し出すことだけですから」

 他人に強制されるのでは意味がない。

 自分の意志を持って選び取る、それは己の未来の選択肢だ。

 私は立ち上がると失礼しますと挨拶してイシュカと二人、学院長を退出しようとしたところで学院長がイシュカを呼び止めた。


「イシュガルド君、君も大変そうだな。とんでもない主人を持って」

 それを言われると痛いところではあるのだよ。

 私が振り回しているせいで特に側近のみんなには苦労をかけている自覚くらいはありますから。

 一応。

 どう応えるべきかと立ち止まって表情を引き攣らせ、そろりと隣のイシュカを見上げる。

 するとイシュカはすごく綺麗な微笑みを浮かべて大きく首を振り、否定した。


「いいえ。私、いえ、私達はこの上ない幸せ者だと思っています。

 それはあの地で働く者の殆どが思っていることなのですよ。

 こんなにお仕えしがいのある主人は他にはおりません。

 だからこそ私は最期の時までお側にいると誓っているのですよ」


 本当に?


 だが仕えがいがあるとはどういうことだろう?

 面倒臭いということだろうか?

 それとも世話がかかり過ぎて厄介だということか?

 そりゃそうだよね。

 手間ばっかりかけてるもん。

 若干複雑な気分で扉に手をかけるとそのまま私達は校門に向かった。

  


 投稿し始めて丁度今日で一年、とうとう総合計二百話目になりました。

 ここまでお付き合い頂いている方々には感謝しています。


 当初の予定よりだいぶ長くなってきましたが、皆様より頂ける評価や感想、いいね、ブックマークなどに支えられ、楽しく書かせて頂いてます。

 本編では書ききれない裏話的な話を時々閑話として挟ませて頂いていますが、多分書ききれていないところや偏りもあることでしょう。

 その辺りはツッコミを入れて頂いても、笑って見逃して頂いても構いません。

 順次投稿していると後になって「辻褄が合っていないのでは?」と思うこともありますが、既に投稿済みの部分とどう擦り合わせようか頭を悩ませることもあります。

 

 誤字、脱字その他訂正連絡もありがとうございます。

 田舎者なので時折方言が混じることもあるでしょう。


 今後もお付き合い頂けるよう頑張りたいと思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ