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第十四話 庶民相手なら薄利多売は基本です。


 さて、色々集めてみたけれど何から取り掛かるべきか。


 昨日町で買い漁ったものはとりあえず出来上がっている一階の板の間部分に降ろして貰った。

 厨房はまだ完成していないのですぐ近くで金槌やノコギリの音が響いているが後四日もすればそれも終わり、私の城の完成だ。

 とはいえ、当分は倉庫として使う事になるのだが細かい事は気にしない。

 作ってみたいものはたくさんあるけど効率から考えるならまず手をつけるべきは染色だろう。

 この世界で使われている布は単色、つまり色や柄がない。

 貴族令嬢の着ているものでもレースやリボン、刺繍などの装飾は珍しくないのに布自体に絵や模様は描かれていないのだ。理由はなんとなくわからないでもない。

 布に絵を描くよりレースや刺繍のほうが手間もかかるし豪華だ。絢爛たる衣装は権力と財力の証、貴族の象徴みたいなものだ。一般階級、庶民には色々な意味で手が出せない。値段的なことも勿論だが引っ掛けやすい上に手入れが大変なそれらは仕事をするのに向かない。かと言って布に絵を描くのにだって技術がいる。絵心がある者ばかりではないし絵の具や染料は高い。簡単に手が出せるものではない。

 簡単に模様に染めることが出来たり、絵柄を布に染色することが出来ればもっと面白くなるのではないかと自分の記憶を辿ってみる。

 そして思い出したのは絞り染めやステンシルだ。

 とりあえずあるものですぐに試せそうなものは絞り染めだが布の種類によってどれだけ差が出るのか知りたいのでまずは安い茶色から。

 三種類の布の吸水スピードも比べたいので最初は三十センチ✕十センチくらいに長細く切った物を枝に吊るし、同時につけてみる。するとやはり布地によって差があった。染まり方や発色にも差が出た。

 特に綺麗に染まった布地を五十センチ四方くらいの大きさに切ってどうやって折って染めたものか忘れないように見本分を入れてまずは二等辺三角形と正三角形、四角形と麻の葉折りを各五個づつ、染める箇所を変えたものと三分の一ほど染めたものと半分以上を染めたもので模様の出方の違いを見てみたい。わからなくならないように水洗いする桶は区別がつけられるように分けておく。


「いったい何をやっているかと思えば、染色ですか?」

 ワイバーンの加工素材回収から戻ってきたマルビスが倉庫の建設確認も兼ねて夕刻前にやってきた。

 夏本番前だというのに汗だくでハンカチを左手に上着を右肩に担いでいる。

 なかなか忙しいようで毎日毎日こき使っている身としては申し訳無い。

 前もって言ってくれたら休暇を取ってもらって構わないとは言ってあるのだが私と出会う前の半年間は殆ど休みみたいなものだったので良いのだという。働き過ぎて倒れたら元も子もないので適当に休暇を取って欲しいと頼むとキツイと思えば午前中は休ませて貰うようにしているから大丈夫だと言う。ほぼ一年間、働きたくても働けない状態だったので今は働けるのが嬉しいのだと言われてしまえば何も言えない。代わりに無理をして倒れたら監視付きで一週間休ませるからと念押ししておいた。


「お疲れ様、今日の仕事は終わり?」

「今日の分は、ですけどね。

 今、ランスとシーファに倉庫の二階に上げて貰うようにお願いしてきました」

 振り返ると両手に荷物を抱えた二人が階段を上がって行くのが見えた。

 結構な量だ。

 ワイバーン自体、もともと馬三頭分以上の大きさがあったし、それが九匹分となれば仕方がない。ナマモノである食用部分は興味があったので家族といつものメンバーの一食分程は売らずにわけて貰って食べたけど高級肉だけあって美味しかった。味は鴨と鶏の中間くらい、鶏ほどあっさりしてないけど牛や豚ともまた違っていた。

「後どのくらいかかりそう?」

「解体だけならすでに終わりましたので今日は冒険者ギルドへ受け取りに行ってきました。保存に必要な加工だけなら後一週間ほどでほぼ終わります。素材の加工にお預かりしている資金が不足するかもしれないので今後の活動資金の調達も兼ねて魔石をニ匹分売却しようかと思っているのですが構いませんか?」

 それはそうだよね、解体料だってかかるしね。

 私は一向に構わない。

 考えてみるとリゾート施設作るのにも巨額の資金が掛かるのでどうしようかと思っていたところにワイバーン来襲だ。大変だったし一歩間違えていたら災害どころの話ではなかったのだがワイバーンはその資金源になってくれたのだから、ある意味、飛んで火にいる夏の(ワイバーン)というやつだったのかもしれない。

「一応父様の許可は取っておいてね」

「畏まりました」

 問題なく許可は降りるだろうけど。

 忙しいのは理解しているが父様、ほぼ私達に丸投げだ。

 私が六歳の子供だってこと完全に忘れてるよね。

 まあ中身は三十代のオバサンだけど。

 付いてた家庭教師陣もマナーとダンス、ピアノを残して撤退、必要ならば付けるがと言われたが御辞退申し上げた。過去の学院入学試験問題を見せてもらったが歴史以外は問題なさそうだったので歴史書だけ入学前に詰め込めばいいだろう。別にトップ入学を狙っているわけでもなし、ひと教科くらい赤点スレスレでもご愛嬌というやつだ。

 なんとか一年間で宿泊施設は無理だとしてもレジャーランドは開園して、できれば半年くらいである程度の目処をつけたい。学園に入学してしまっては寮生活になるのでそう簡単には戻ってこれない。

 一年で開園となれば商品開発にかけられるのは半年間、準備期間に最低半年は欲しい。

 庶民相手なら売るなら贅沢品は無理があるので生活雑貨が多くなる。

 安い染料を見つけたいところだが見つけられなければ店頭に並ぶ商品の色彩が実に寂しくなる。見つからない場合も考えて他の物も用意したいところだ。前世のハンドメイド趣味、利用出来そうで可能なものは片っ端から試してみよう。

「それで今度は何をなさるおつもりで?」

「貴族が使っているような刺繍やレースは高いから安価で布に模様や絵柄を染める方法を模索中なんだけど」

「拝見しても?」

「実験中だからまだ水洗いしただけで濡れたままでもよければ」

「構いません」

 マルビスは桶の中に手を突っ込むと軽く水気を絞り、一つ一つ布を広げていく。

 心配だったが模様はちゃんと出たようだ。好みとか流行とかあるだろうから受け入れられるかどうかは別だが全部それなりに違った模様に染まっていた。

「こういった染め物って使われてるのかな?」

 町にはなかったけど王都にはあるかもしれないし、あったけど既に廃れている可能性もある。

「ないこともないのですがせいぜいボカシやムラ染め程度でここまで複雑なものはありませんね。どういった方法で染められたのですか?」

 マルビスが興味津々に聞いて聞いてきたので見本で取っておいた折り畳んだ布を見せて解説した。

 この方法の面白いところは色だけでなく、染める割合によって模様は変化し、同じ物は二つとしてないことだ。布の折り方によっても模様は変化するからバリエーションも豊かだ。

「面白いことをなさいますね」

「これなら難しい技術もなく、簡単に模様がつけられるから安上がりだと思うんだ。洋服や鞄だけじゃなくてベッドカバーやテーブルクロスでも面白いかなって。洋服の古着もこういった模様に染め直せば汚れや色褪せも目立たないから平民でも手が出しやすいかと思ったんだけど」

 誰もが簡単に新しい服に手が出せるわけじゃない。

 リサイクル、リメイクを当然とした上で考えないと低価格は現実的ではない。

 ステンシルを使って古着の上着の裾や袖口、スカートの裾に模様を入れるのもありだろう。真新しい物も用意する一方で安価に模様染めができればリメイク品としても利用できる。

 新品は無理でもコレくらいならと思わせられれば手も出るだろう。

 物珍しいものを用意できたとしても高いものばかりでは見物人は増えても買う人はいない。

「貴方はあくまでも平民目線なのですね」

「平民相手に商売しようとしているんだから当然でしょ」

 月に金貨五枚の稼ぎの人に金貨一枚出して貰おうなんて思っちゃいけない。

 まずは手が出せるものを、良いものを並べて見て貰って頑張ってお金を貯めれば買える程度の価格設定の商品、憧れを買って貰うのだ。

 欲しい物があれば仕事のやる気も違ってくる。

「他にも簡単に模様が入れられるといいんだけど、鉄素材で革製品とかに模様入れられないかな」

 意外だったのは革製品も結構出回っていたことだった。

 牛や豚の家畜は勿論だが魔物の革も加工されて靴や鞄は勿論だがコート等や日用品にも多く使われていた。手に入りやすい家畜の革は比較的安価だがあまり丈夫でなかったり、臭いがキツかったり、肌触りが良くないものが多い。高いのは蛇などの爬虫類、魔獣や魔物の革だが丈夫で加工に手間が掛かる分、少し値段はお高めだが小物なら価格もそんなにはならないはず。

 昨日火の入っていない暖炉を横切った時に思いついて思わずダッシュで部屋に戻って紙とペンを取り、簡略化できそうな四季の花や、動物の絵を書いてみた。それを鉄で型取り、棒の先に付ければ、

「焼印だよ、木製の物や布とか食べ物とかにも応用できると思うんだ」

 焦げ目がそのまま模様になる。

 絵はあまり上手いほうではないので手直ししてもらうとしてマルビスに軽く使い方を説明すると似たような物があってすぐに理解してくれた。ただそんなふうには使われていなかったようで焼印というより焼きごてというもので罪人に印を付けたり、木札に押し付けて昔は通行証などに使われていたそうだ。

「すぐに手配します」

 いったいどれだけの伝手を持っているんだろう。

 紹介してくれたダルメシアに感謝するべきだろうな。私には勿体ないくらい有能だ。

「マルビスって凄いよね、仕事は早いし、出来ないって言わないよね」

 感心したように言う私にマルビスは首を横に振った。

「そんなことありません。私には出来ない事のほうが多いです。

 それは貴方が無理を言わないからですよ」

「そうかな? 結構無茶なこと言ってると思うんだけど」

 特にワイバーン関係では時間がなかったから大変だったはず。

「無理と無茶は違います」

 なるほど、言われてみれば確かにそうだ。

 無理なものはどう頑張っても厳しいが無茶というのは厳しいがなんとかなるものだ。

「んじゃ無茶ついでにこういうのも欲しいんだけど、頼んでもいい?」

 ポケットからゴソゴソと取り出したのは前世ではありふれていたもの、所謂女性用鞄の持ち手。

 丸いドーナツ型とおむすび型、半円形の真ん中が空いているものだ。

「なんですか? コレは」

「出来れば木製、金属でもいいけどある程度の荷重に耐えられるのが条件。大きさは女の人が腕にかけられる大きさで対でとりあえず三組くらい。試してみたいから少しずつ大きさ変えてみて」

 考えているのは女性用鞄だ。

 最終的には持ち手に彫り物をしてそのまま鞄にするのもいいが簡単にするなら風呂敷バッグだ。

 持ち手と大判の布があれば縛り方によってアレンジ出来て楽しめる。

 ただこれは説明が難しいので輪っかが出来てから説明したほうがいいだろう。

「ある程度の商品開発しないと。物珍しいものがいくつかあればそれだけで人が呼べるし。アスレチック施設だけじゃすぐに飽きられるよ。

 商店街も流行ってくれないと続かない。新しく開発は無理でもちょっとしたアイディアで見た目だけでも変えられないかと」

「普通はそんなにポンポンとアイディアなんて浮かばないんですよ」

 そうだろうね。だってある意味チートだもの。

 前世のバリエーションにとんだ商品から抜粋して簡単に応用出来るものを選んでいるだけだ。ただあまり流行に走り過ぎても受け入れられない可能性もあるのでまずは一般的なものから。できればお得感があるのがいい、工夫次第でアレンジできるようなもの。そしたらいろんな商品に広がるはずだ。

 私はキッカケを提供するだけ。

「浮かんだって形に出来なければ無意味だし、売れなければ赤字だよ」

「今のところ貴方が考えたもので売れないものはないです。

 私はそこまで能無しじゃありませんよ」

「知ってる。マルビスは有能だよ。何言ってるの?」

「そういう意味じゃないです」

 呆れたような顔でため息をつかれた。

 あれ? 私はまた何かやらかしているのだろうか。

 まあ、いいや。

 私が多少ポンコツでも優秀な周りがフォローしてくれてるし、なんとかなるだろう。もともとおおらかといえば聞こえはいいが大雑把な私だ。何をどうやってもどこかに穴が空くに違いない。やり過ぎて見捨てられないかだけが最近の私の悩みのタネだが父様付きのロイはともかく、マルビスは肩書きこそグラスフィート領の商業部門相談役だが基本的に私の専属扱いだ。

 まあ、見捨てられない限りは、という注釈は付くが父様に彼は会った時に宣言したのだ。自分はあくまでも私に付くのであってグラスフィート領地に付くわけではないと。私の何が彼をそこまで動かしたのかわからないけどなにか問題があれば遠慮なく言って欲しいと言ってある。人の感情に鈍いところのある私は言われないとわからないことが多いので身分など気にせず嫌な事があれば言って欲しいと言ったら目を丸くされたのを覚えている。実際、彼は敬語こそ使ってはいるけれど私にあまり遠慮はしない。その彼が言わないということはたいしたことではないのか、言いたくないということなのだろう。

「まあいいや、私にできることは知れてるからね。とにかく任された以上グラスフィート領の命運がかかっちゃってるし失敗するわけにはいかない。

 商売のことは私は役立たずだから頼りにしてるよ」

「そちらはお任せを」

 まさに丸投げ。でもマルビスは最近すごく楽しそうだ。

 ちょっと太めの身体を揺らして笑う。

 出会った頃より少し痩せた気がしないでもないが美味しい物を食べるのが趣味の彼は動いた分だけよく食べるのでなかなか痩せられないらしい。痩せたほうが好みかと聞かれたことがあったが限度を超えなければどちらでもいい、痩せ過ぎは風が吹けば折れそうで怖いし、ムキムキマッチョも男臭くて暑苦しいから嫌だと言ったら爆笑された。

 色男も、美女も眺めているだけならどちらも好きだが、ただそれだけだ。

 私も今でこそ身軽な細身ではあるけど甘い物は大好きだし、ハンドメイド系の作業大好きで一旦夢中になると脇目も振らずに没頭することになるだろうからそのうちぽっちゃりしてくるかもしれない。折角小さい頃から鍛えただけあって運動神経も良い細身なので出来るだけ維持しようとは思っているけど。


 マルビスと渡した図面とも言えないような走り書きの利用方法について意見を交わしていると正面玄関の方向から蹄の音と馬の嘶きが聞こえてきて二人でひょっこりと木陰から顔を出して覗き見る。

 ウチに馬で来る客人は存外少ないのだ。

 今日はマルビスとその護衛で付いて行ったランス以外、みんな屋敷の中にいたはず。食材の配達は午前中だし、そもそも彼らは裏口から出入りする。正面玄関を利用するということは緊急事態かそれなりの身分の者かのどちらかだがやってきた人物は焦った様子もなく、門番に馬を預けるとゆっくりとした足取りで玄関に向かっている。仕立ての良い服を着ているから貴族なのは間違いなさそうだが来客予定は聞いていない。

「旦那様にお客様のようですね。あれは王都から、ですか」

「わかるの?」

 確かにパリッとした格好してるし、腰に剣を下げてるけど身に着けてるのは鎧っぽくない。

「近衛第三騎士団の制服ですよ、ということは王命ですかね」

 近衛第三と聞いて思わず納得する。

 確か第三は騎士にありがちな脳筋部隊とは違い、斥候や参謀、国内外の公の情報収集、交渉等の所謂特殊部隊に近い。隠密部隊も存在しているらしいがマルビスでもそれは流石に見たことないようだ。

 ウチは貴族であっても伯爵、その中でも立場的には下位に近い田舎貴族、さして裕福ではないのは周知のハズ。以前税金を納めるために美術品等の家財を売り払った話がそれなりに広まっているからだ。ワイバーン十匹の臨時収入があったとしても所詮借金返済に回されるだろうと思われているらしいがマルビスの情報によると借金しないための家財売却だったらしい。

 父様にもそれとなく確認したところ間違いないそうだ。

 借金なんてものは雪だるま式に増えていくのはわかりきっているので極力避けるため貴族としてのプライドは捨てて家族と領民を守ることを選んだということだ。流石に美術品を売っても足りなかったらどうなっていたかわからなかったらしい。

 だが農業だけではまた干ばつなどの被害に合った時、次は乗り越えられない。

 今はそれをこれから変えて行こうとしているわけなのだがその最中に余計な事件に巻き込まれるのは出来る限り御免被りたい。

「また何かあったのかな?」

 正直なところ時間が惜しいので関わりたくないのが本音。

「そういう情報は入っていませんが、緊急というほどではないようですね」

 マルビスの情報網は侮れない。

 彼が知らないということはたいしたことではないのか、それとも突発的なものか、のんびりした足取りからは確かに緊急性は感じられないけど。

「たいした用じゃなければわざわざ遣いは寄越さないよね」

「まあそうでしょうね」

 ロイの開けた扉の中に吸い込まれて消えた背中に胸騒ぎはしたものの王家相手ではどうしようもない。

 使者が帰った後でまた多分呼び出される予感はするが大事にならないことを祈るだけだ。

 


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