第三十五話 大魔王様は男好き?
また巻き込むつもりかと色々と文句を言いたいところではある。
けれど、まずは一つ確認しておきたいことがある。
「例えば、だけど。
団長が全力で威嚇したとしてベルドアドリ何羽くらい一気に追い出せる?」
いくら二十羽前後で群れる習性があるとはいえ、森には多くの樹が生えている。
同じ木に集団で巣を作るとも思えない。
それはそれこそ他の外敵から狙って下さいと言っているようなものだ。
「状況にもよるな。だが狭い範囲に固まっていて、昼間のヤツらが寝ている時間帯、昼間にいきなり驚かせればニ、三百くらいならイケるとは思うが流石にあの数は無理だ。千を軽く超えてたんだぞ?」
団長でもそんなものなのか。
「となると、やっぱり変だよね」
単純に一つの木に一つの巣、そこに平均親子で四羽いると仮定したって千ともなれば二百五十本の木が必要だ。その木だって間隔空けて立っているわけだから広さ的にかなりある。実際には一本に一つの巣なんてあるわけないだろうし、動物の群にはナワバリだってあるだろう。
そうなればかなり範囲はかなり広大になるわけで。
明らかにおかしいし、今回の数は異常すぎる。
団長でも無理なら方法まで特定はできないけど最低複数人は必要だ。
「あの辺りの地図はある?」
まずは状況把握が先だろう。
「持って来たぞ。出来るだけ詳しい方が良いだろうと学院長に借りて来た。
学院の敷地内の建物配置と周辺のヤツだ」
私が尋ねるとそう言って団長はツマミの並べられているテーブルの上を避け、床に地図を広げる。
ロイはそのままタコ焼きを焼くのを交代してくれている。
広げられた地図に近付くと這って大きなそれを確認していく。
校舎に講義棟、共同棟、研究棟、食堂、講堂、運動場に学生寮、門の近くにはこの間使用した競技場もあるし、騎士団員育成のための訓練場、様々な施設が充実している。
流石は国が運営する教育機関、将来のエリート養成所だ
広大な敷地が必要になるが故の王都中心部から外れた、河川で区切られたオーディランスとの国境近い場所に作られているわけだが比較的生徒が多く滞在する施設、建造物は街寄りに、父兄などが出入りする可能性が高いものは正門寄り、山寄りに騎士などを養成するための施設が軒を連ね、その真ん中に共同で使用するような食堂のような建物などが配置されている。
とはいえ訓練場や演習場は学院の敷地の七割以上を占めているけれど。
あの日は新学期初日ということもあり、生徒のほぼ全員が校舎、もしくは講堂に集まっていた。つまり学院敷地内の三割以下にいたわけだ。
「どう思う? イシュカ」
普通騒ぎを起こすなら避難誘導や護りやすい状況ってあんまり有り難くないよね。
人が集まっている分だけ防衛の壁も厚くなる。
被害を出させたいと思うなら尚更だ。
私は一通り配置を確認したところで正門の描かれた前あたりに陣取って座り、考え込んだ。
イシュカは私に問われて視線を地図の上で彷徨わせながら建物の位置関係を指で確認しつつ思案げに唇の前で拳を握り、口を開いた。
「やはり誘導されている可能性が高いと思います。
あの時私が駆けつけることが出来たのはアルテミスの馬上にいたというのも大きな理由の一つでしょう。学院周辺には近衛が複数巡回していますが警備は非常時以外徒歩が基本ですから。
そこそこの高さの木々に囲まれ、整備されていますからね。
どうしても上方の視界は遮られがちです。
あの日、学院の生徒は一年生は講堂に、他の生徒は校舎内にいました。
学院初日というのもあり、普段なら選択科目の関係やハルト様のように授業免除で庭にいる生徒もいるでしょうけどあの日はクラス分けの発表や選択科目などの説明もありますから外に出ている生徒は皆無に等しいです」
「つまり生徒を狙ったものではないと?」
ぐるりと地図を囲んだのは団長とイシュカ、ガイとライオネル、それに私だ。
団長の疑問にイシュカが答える。
「日付と時間帯から見てもターゲットが生徒である可能性は低いのではないかと。
私がもし生徒を狙うなら下校時間か昼休みなどの休憩時間にします。
近衛が巡回警備してますからすぐに学院校舎に結界を張られては計画も無駄になりますから」
「言われてみればその通りだ。
危険が見つかったというなら話も変わるが現状見つかっていないしな。
じゃあソイツらは何を狙ったんだ?」
イシュカの見解は私と同意見、団長はそれに納得しつつも、そうなると持ち上がるもう一つの疑問に首を捻った。
そう、おかしな点はそこなのだ。
騒ぎを起こすなら犠牲者は多い方が学院に与えるダメージは大きいはずなのに、わざわざ学院の人的被害を最小にしようとしているかのような日程とタイミングで事件が起こった。
ならば騒ぎを起こす意味はどこにあるのか。
意味がわからなくて唸っている私達の中でガイが一人だけ、何か閃いたように顔を上げた。
「そりゃあ多分、御主人様なんじゃねえの?」
えっ、私?
なんでそういう結論になるの?
ポツリと言ったガイの言葉にそこにいた全員の視線が集中する。
「俺も最初は妙な話だと思った。
だがイシュカの意見を聞いてたらそうなんじゃねえかなって」
一呼吸おいて、更にガイが続ける。
「ベルドアドリは真っ直ぐ講堂に向かって行ったわけだろ?
でもって近衛が巡回していてすぐに建物に結界は張られるだろうから生徒に被害が出る可能性は低い。この辺りは街から離れてるから学院以外の重要施設も殆どない。
ここ近隣に住んでいるヤツがいないことも無いが殆どが農家で人口密度も低いからソイツらが襲われるにしても被害は街に比べれば明らかに軽微、生徒の迎えもイシュカ以外、ほぼ午後だ。
他の生徒はこれから一年間の授業や講義、生活の説明があるからな。
そうなるとこの周辺で外に出てる可能性があるヤツは誰だ?」
誰だって、そんなの問われるまでもなく簡単だよね。
近隣住民を除けば警備の近衛とイシュカだけだ。
「特定の相手を狙うにしてはあまりにも計画が杜撰過ぎるな」
「逆だよ。用意周到に準備され過ぎてるってこった」
団長の言葉をガイが即座に否定する。
「ベルドアドリは目は然程効かねえが鼻はいい。
魔鳥の中でも最底辺近い比較的臆病で用心深いヤツだ。負けるとわかって襲い掛かるようなバカな真似はしねえだろうが千を超える集団となれば気も大きくなる。
人間が少なければ食いっぱぐれも出てくる。
だが集団の興奮状態で、しかも講堂は窓が開け放たれ、自分のエサとなりうる好物の人間が大勢集まっているのは臭いで気付く。一気に放たれればその方向に意識が向くのは当然だ」
「ですが周到に準備されているというなら講堂にも結界が張られることくらい予測済みでしょう」
「そうだ、学院生にはたいして被害は出ないだろう。それも織り込み済みなのさ。
だからこその、あのタイミングなんじゃねえの?」
納得できないとばかりに反論したイシュカの言葉をガイは今度は肯定した。
するとその意味を一番先に理解したのは地図を囲んでいた私達ではなく、机の前に座り、お茶を啜りながら話を聞いていたマルビスだった。
「ああ、そういうことですか。
ガイの言いたいことがなんとなくですがわかってきました」
マルビスが納得顔で頷いた。
益々意味がわからない私は顔を顰め、イシュカは真顔で考える。
苦笑してマルビスが続ける。
「あの時、あの講堂に誰がいて、誰がいなかったかということですよ」
イシュカにはまだわからなくて、マルビスにわかった。
ということは人間の悪意や思惑が絡んでるってことだ。
イシュカも私もそういうことに関してはまだ読みが浅い。
だがマルビスの言葉を聞いてイシュカは閃いたのか顔を上げた。
「わかったか? イシュカ」
ニヤリと唇の端を上げたガイにイシュカが大きく頷く。
「ええ。まだまだそういう点に於いて私は甘いということですね」
地図を囲んだメンバーでまだ状況を理解していないのは団長と私だけ。
「どういうことだ?」
尋ねる団長にイシュカは不愉快を隠さず、怒りも露わに眉を釣り上げる。
「あの講堂にあの時にいたのはマリアンヌ様とフィガロスティア殿下達学院生と学院関係者、連隊長を始めとする近衛隊の精鋭、そしてハルト様、貴方です」
私?
そりゃあ私もいたのは間違いないけど。
「これは貴方の性格も計算に入れられた、あわよくばハルト様の暗殺を狙った悪質な嫌がらせなんですよ」
私の暗殺? 嫌がらせ?
だって私は講堂の中にいたんだよ?
だがイシュカの言葉に団長も気がついたようだ。
「そういうことか」
最早わかっていないのは私とレインだけ。
私が首を捻るとイシュカが苦笑する。
「ハルト様、貴方はあの状況で、学院生や王都に住まう民に被害が出るとわかっていて講堂の中でコトが過ぎるのを待っていられるような方ではないでしょう?
見事に貴方が壇上に上がるタイミングにあったのは偶然だったのかもしれません。
ですがあの場所には連隊長もいらっしゃいました。
近付けば全く気付かないということはありえません。
誰かがあの会場でベルドアドリ到着前に気が付けば良かった。
そうなれば連隊長が貴方に協力を要請する可能性もあるし、事情を知れば貴方は大人しく待っていられる方ではないですからね。
そしてあの時、貴方の側には私やガイはおろか、専属の護衛は1人もいなかった。
私が駆けつけられたのもあくまでも偶然の幸運です。
アルテミスに乗っていなければ駆けつけるのはもっと遅くなっていたでしょう」
みんなが言おうとしていることがその時やっと理解できた。
私の周りにはいつも複数の腕の立つ護衛がいる。
人数がいれば私は彼らを動かして問題解決に速攻で当たる。
要するにあの事件を誘導した犯人は私から全ての護衛が外れたあの瞬間を狙ったのだと。
「まああくまでも推測の域を出ないが、高確率で間違いないと思うぜ?
タダの悪戯にしちゃあ手がかかり過ぎてる」
高確率で防がれると読んでいたとはいえ、たくさんの子供を巻き込んでしまう危険もあったのに、たった一人、この私への嫌がらせ、危害を加えるために?
馬鹿ではなかろうか?
いや、馬鹿でないから他に被害を出さない方法を取ったのか?
なんにせよ相当に用意周到で頭が回る人間であることは間違いない。
「暫く王都にいることだし、ついでにちょっと探りを入れといてやるよ。
期待はするなよ?
相当用心深そうだから尻尾を出すかわかんねえし。
でもまあ、あの程度で俺の御主人様をどうにか出来ると思っている辺り、まだまだ甘いよな。御主人様を敵に回した恐ろしさで多分今頃縮み上がってんだろうぜ。
御愁傷様ってこった。
これに懲りて暫くは大人しくしてんじゃねえの?」
そう言って再びギャハハハハッとガイは楽しそうに笑った。
・・・・・。
それって魔王から更に進化してないか?
私は恐怖の大魔王ですか?
人間辞めますかと問われているような気がするのは私の被害妄想だろうか。
私は大きく溜め息を吐いたのだった。
ともあれ手段はわからずとも原因は推測が立った。
折角の念願のタコ焼きも喜び半減ではあったけど、マルビスは興奮状態だ。
お願いしてタコ焼きプレートは結構使い道も広い。
中に入れる具材をタコではなく肉に変えることも出来るし、パンケーキ生地で焼けば串に刺して食べ歩きのスイーツにも出来る。勿論その中にフルーツやクリームを入れて焼くことも可能だ。
そうなるとますます串の需要は多くなるので学院生にアルバイトでお願いしてみるのはどうだという話になった。平民の学院生は女の子よりも男の子の割合が多い。材料もすぐにこちらで用意できるし、急がせる必要も、拘束時間も決めなくて済むので空いた時間で作業すれば学業にも影響が出にくい。出来上がりを十本幾らで買取すれば問題もないだろうと。女の子にも何かないかと考えるが手軽なものはそんなにすぐに思いつかない。
おいおいそれは考えていくとして、まずは明日にでも学院長の許可も取らなければならない。
マルビスも翌日からタコやイカ、ワカメや昆布などを確保する経路構築と工房建設場所の獲得に動き出した。それと並行して貴族向けに不要となったドレスなどの買取店を空いた現在の支店にオープンすることになった。表向きはウチの貴族向け商品の受注販売店、貴族の見栄もあるだろうということであくまでも買い物の『ついで』に持って来て頂く形を取ることになったのだ。
その辺りは私が下手に口出しするよりマルビス達に任せておく方が間違いない。
明日からまた講義も始まることだし、今日はかねてよりの目的、本屋巡りを決行することにした。あまり目立つのはよろしくないので下級貴族風に装い、あえて女の子とも男の子とも区別つきにくい格好をする。
ウチのウェルトランドでの制服で採用しているフレアパンツは今や平民の間で流行中だ。スカートにも見えそうだがパンツでもあるわけで、裾の広がりを抑えることで男女兼用にも出来るのは平民にとって便利なところでもあるからだ。丈も長いものを買っておけば相当までお直しで着ることが出来るし、短くなっても布を継ぎ足すことで更に長く履くことが出来る。ウチの店でもあえて段違いにツギハギしたり、二種類の異なった色を組み合わせてオシャレっぽく見えるようにしているのでそれを真似する人も増えた。
新しいものを買えないのなら工夫する。
ツギハギはボロを繕うものという認識を変えることで恥ずかしいという劣等感も減るだろう。
新しいものを作り出す才能は私にはないけれど、前世で培ったハンドメイド技術は忘れていない。そりゃあ下手の横好き、すぐにロイに追い抜かれるけど重要なのはそこではない。
創意工夫を凝らすこと。
それを広めることで新しい才能を見つけることも出来るだろう。
服の流行というものは何もドレスなど高価なものに限ったことではない。
圧倒的多数の平民を相手にする商売こそが私本来の目的なのだ。
そういうわけでイシュカとライオネルをお供に町へと繰り出した。
ガイは昨日情報収拾に出掛けて帰ってきたのは朝方なのでまだ寝ている。
本日ロイとテスラはマルビスの手伝いだ。
一応レインも誘ったが行き先を伝えると寮生活で鈍っているので今日は団員の訓練に混ぜてもらい、寮の門限前に学院に戻るという。
もともと本が嫌いではないというイシュカは勿論だけど、ライオネルも最近ではイシュカの影響もあって本を読むようになってきた。魔術系の書物は陛下にお願いしてあるし、却下されていないので近いうちに私の元に届けられるだろうということなので今回探したいのはその他の本だ。
歴史や伝承関係のものにも興味あるし、できれば色々な図鑑みたいなものも欲しい。
従業員のための教材もだ。
結構前世と共通している生物、植物も多いのだが魔素の存在があるために独自の変化を遂げているものも多い。植物系の魔物はお目にかかったことはないけれど私の欲しい食材も全て揃っているわけではないので異国の書物などにも興味がある。特に味噌、醤油などがある日本に近い食文化がありそうなジェシカ王国と香辛料が有名なバルト王国とやらには興味があるのだが、書物などはあまり出回っていないのだ。
マルビスによると独自の言語が使われているためにそれを読めないから流通量も少ないのだという。
ではその国では我が国の言葉が通用しないのかと問えばこの国で使われているシルフィスト文字は前世でいうところの英語、共通語に近いようで、一般庶民にはあまり通じないが貴族や商人、特に貿易商や観光客相手の飲食店などでは不自由することもないそうだ。
現地の言葉のもので良いなら欲しい本があればどういったものが入り用なのか教えてくれれば手配するとマルビスが言ってくれたのでお願いすることにした。
店を回る度に見たことのない本で興味があるものは片っ端から買っていくせいで店主の前に積み上げると毎度ギョッとされる。持ち運ぶのは厳しいので数日中にハルウェルト商会支店まで運んでもらうようにお願いし、代金にチップを上乗せする。
二軒回ったところで適当に食堂に入って昼食をとり、更に一軒回ったところでレインが学院に帰る前に戻り、ライオネルにレインを送り届けて貰うようにお願いするとマルビス達が戻ってきたので夕食の準備をしているとガイが大欠伸をしつつ階段を降りてきた。
「おはよう、ガイ。よく寝れた?」
もうおはようと言えるような時間ではないけどね。
私の挨拶にガイが寝惚け眼で応える。
「ん? まあな。今日もメシ食ったら出掛けっから」
「なんか面白そうなネタはあった?」
ぽりぽり後頭部を掻きながら少し考えるように間を空けて口を開いた。
「あったといやああったが、今んとこ報告するほどのもんでもねえな。
蔓延している噂の多くは御主人様のもんだ。
笑えるような面白いモンもあったぞ。聞きたいか?」
ニヤニヤとしているその表情から察するにどうせロクでもない噂だろう。
それも笑える方向の。
「別にいい」
ぷいっと私は横を向く。
重要な情報でないならどうでもいい。
私が困るようなものならガイはそんな言い方しないのは学習済みだ。
だがマルビスは興味があるようでガイに尋ねる。
「どんなものなんですか?」
「船着場で得体の知れないモンを笑顔で振り回してたらしいってさ。
その得体の知れないモンが色んなモノに盛られてるぜ?」
・・・・・。
あのタコ振り回し案件か。
ロイ達、引いてたもんね、思い切り。
その話はロイ達から聞いていたのか特に驚く様子もなくクスクスとマルビスが笑う。しかし色んなモノに盛られてるって、タコやイカ、鰻が何に変わっているのかは少々気になるところではある。
だがここで問い返すのは負けのような気もする。
私が口をへの字に曲げたのに気付いたガイがこれみよがしに続ける。
「御主人様のことを嗅ぎ回ってるヤツも結構多いな。
害そうというより取り入る隙を狙っているヤツが多そうだ。
イシュカ、気をつけろよ」
取り入るってどうやって?
妙に引っかかる言い方。
私は見え透いたお世辞もゴマスリも大嫌いだ。
ロイ達に煽てられるとつい調子に乗ってしまうこともあるけど私をよく知りもしない人から何を言われたところで信じるに値しない。
でもイシュカは真面目にそれを頷いて受け止める。
「ええ、肝に命じておきます」
「貴族子女だけじゃなくて子息にも注意しろ。
五人の婚約者が全て男、しかもレインとダンスの講義で踊ったせいで男好きの噂が出回ってる。今後ウチと関わりを持ちたい貴族連中が自分の息子を送り込んでくる可能性がある」
成程ね、そういう意味もあったのか。
それでイシュカが険しい顔になったわけね。
「それはまた面倒ですね」
「ハルト様の女性の好みは少々変わっていますし、下手にどなたかにお相手をお願いすれば即婚約に持ち込まれそうですしね」
ロイとマルビスも不快感露わにそう言ったが、マルビスの言葉にはやや気になるところではあるが八歳児の好みにしては大いに変わっている自覚はあるので黙っておく。
だけど実際今の時点では男の婚約者しかいないわけだから反論はできない。
と、ここで一つの疑問が湧き上がった。
「因みに男好きと思わせておくと何か不都合がある?」
前にもいっそそう思わせておいた方が楽なのではとも思ったことがある。
男の方が好きだと公言せずに、ただそう思わせておくことにデメリットは?
私がそう尋ねるとロイ達が顔を見合わせて意外そうな顔でロイが否定した。
「いえ、貴族子息を送り込まれるだろう以外には特に」
だよね。
おそらく持って来られる縁談が女から男に変わるだけ。
それも現在私の配偶者の席は既に第一から第五まで埋まっているわけで。
「んじゃ良いよ、別に。女の子が好きだと思われても結局子女が送り込まれるわけでしょ? 女の子が男の子に変わるだけなら気にしないよ」
「まあそうなんですけどね。男の場合、力づくで来られるとチョット」
そういうマルビスの心配もわからないでもない。
力づくは嫌だけど、男相手なら容赦なく叩きのめせるから私的には楽だ。
「相手が一人二人ならハルト様なら問題なく撃退できるでしょうけど多勢に無勢で囲まれた場合のことを考えると些か心配ではありますね」
でもね、イシュカ。
女の子に囲まれても結構怖いよ?
この間ダンスの相手を決められなくて囲まれた時は本当に泣きそうになった。
下手にキズモノにされたと言いがかりをつけられても困るから殴れないし。
「それってさ、万が一の場合には責任取れとか言われる?」
「万が一なんてさせませんっ、絶対に御守りしますっ」
イシュカが叫ぶようにそう言った。
その気持ちは嬉しいよ、ホント。
でも不測の事態というのはあり得るわけで。
「ありがとう。
勿論自衛も防衛もするよ。でも既成事実を捏造される場合もあるでしょう?」
どこかに誰かと二人押し込められてとか?
まあそんな真似されるつもりもないけれど。
だって私の場合最悪結界に閉じ籠もってしまえばかなりの時間が稼げるし、そうなればイシュカ達が必死に探してくれるだろう。だからそこまで心配はしていない。
私の問いにマルビスが考える。
「そういった事例がないこともないですが大抵襲われたことは隠されますね。私刑などで集団暴行を加えられた場合でも暴力に屈した、負けたというイメージが強いですから」
だよねえ。
男が男に襲われましたってすごく言い難いと思うもの。
いくら自由恋愛、男女の区別なく結婚できる国とはいえ、踏み躙られるのと自ら許すのでは意味が全然違う。
女の子でもかなりの勇気がいるだろうけど男というものは総じてプライドが高い。仮に本当に襲われたとしても妊娠の可能性はないのだから隠したいと思うだろう。
特に武力がものをいうこんな時代なら尚更だ。
貴族のプライドは平民よりも遥かに高い。
自分が他人を馬鹿にするのはよくても、その逆、嘲笑されるのは我慢できない。
「そうなると私を襲ったって言えば罪を犯したって自ら告げるってことでしょ? 言いふらされたところで私が被害届を出さなきゃ意味ないわけだし。それとも襲われたって言われる方を注意すべき?」
襲えば陛下に御贔屓賜っている私を傷付けたということで目をつけられるし、八歳の子供に襲われて手籠にされたというのならそれはそれで男のプライドをドブに捨ててるようなものだろう。
「言われてみれば、確かにそうですね」
「どちらも恥にも罪ともなり得ますが大人が子供に襲われたというのは流石に頭がおかしいと思われそうですね。ハルト様の年齢なら特にです」
テスラがもっともだと呟き、マルビスがその通りだと頷く。
つまり実害は殆ど無いわけだ。
「じゃあほっとけば? それか、いっそこっちに都合の良く噂を改変しちゃえば?」
「と、言いますと?」
ロイが興味深げに聞いてきた。
「私の好みは控えめで頭と性格のいい細身の美青年や美少年で馬鹿と筋肉マッチョは苦手でゴメン被るって。そうすれば貧弱な男の子に集団で囲まれても逃げ出すのは難ししくないし、適当な男をあてがわれてありもしない被害を申し立てられても、みんながいるから好みじゃない男を襲うほど困ってませんって言い返せるでしょう?」
そうすれば余計な話も持ち込まれずに済む。
更には側室候補の婦女子も送り込み難いだろう。
「面白い案ですがいいんですか?」
マルビスに問われて私はあっけらかんとして答える。
「面倒事がそれで減らせるなら別に構わないけど?
見ず知らずの他人にどう思われようと気にするほどじゃないもの。
噂なんていつでもひっくり返そうと思えばできるし、既にイケメン婚約者五人がいるのも事実で全てが嘘ってわけでもないからね。みんながいいなら私は特に困らないよ」
そう言い切った私にロイ達は顔を見合わせ、ガイは再び愉快でたまらないとばかりにゲラゲラと大声で笑い出した。
何を恥じることがある?
ロイも、マルビスも、イシュカ、テスラ、ガイだって私の自慢。
誇るべきものであって恥ではない。
むしろ婚約者でいてもらって申し訳ないと思うくらいで。
それしきの噂くらいどうということはない。
それに大魔王の『オトコ』に手を出そうという勇者は早々いないだろう。
一石二鳥というものだ。
みんなが側にいてくれるなら私はそれで満足なのだから。