第三十一話 優秀過ぎるのは問題です?
イシュカと二人、講堂の入口までやってきたものの、まだ安全確保のための結界は解除されていない。
入れないからという言い訳のもとやはりバックレても良いだろうか?
みっちりと結界越しに並んだ顔を見て思わず回れ右をしたくなったのは許してほしい。
どうやら私はまた良い見世物になってしまったようだ。
最近よく言われる、『先のことまで考えて動いているのが凄い』のだという私に対する評価だが、こんな時、それは絶対買い被り過ぎだと実感するのだ。というか、確かに先のことを考えて動いてはいるけれど、そもそも先のことが見えていたらこんな事態になっていないわけで、あまり目立ちたくないという私の二年前までの計画は既に銀河系の遥か彼方だ。この国はおろか近隣諸国に名が知れ渡ってしまった今となっては遠い遠い異国の御伽話にも等しい。
つまりは逃げ道を陛下に完璧に塞がれてしまったといえなくもない。
とはいえ半分以上自業自得、文句をタレるつもりはない。
どうしたものかと顳顬の辺りを引くつかせながら悩んでいると重厚感のある声が群がる野次馬達に着席を命じた。
聞き覚えのある声、先程挨拶で聞いた学院長の声だ。
非常事態とはいえ許可なく飛び出してしまった私としてはお叱りを受けるのではないかと戦々恐々だ。折角の入学式も台無しの事態である。
「ハルスウェルト君、安全は確認できているのかね?」
結界を挟んだ向こうから学院長に尋ねられた。
それを問われるとハッキリ言って返答に困るところだ。
ほぼ殲滅したとはいえ、とりこぼしがないとは限らない。
「いえ、慎重を期すのであればまだ暫くこのままが宜しいかと存じます。只今近衛の方々が周辺を確認して回っています。これは後先考えずに飛び出した私の落ち度、任された祝辞と挨拶を放り投げたお叱りと罰は如何様にもお受け致します」
私はそう言って深く頭を下げたまま姿勢を保つ。
あの状況で式が続行可能かどうかは別問題、壇上から目にした光景に私の悪い癖が出てしまった。
先手必勝、即時行動、後先考えず事態収集に飛び出すのが私だ。
イシュカは駆けつけてきてくれたけど、いつもなら私のフォローをしてくれるロイ達がいるが今日は側にいなかった。確認取らず、事態状況を告げもせず速攻で駆けつけて仕切ってしまったわけで。ここは私の屋敷でも私有地でもないどころか領地ですらないことを思えばここを守衛する近衛達に任せるべきところだったのだろう。
要は出しゃばりだ。
「功績を誇ることなく迷いもなく頭を下げる。随分と潔いな」
「どんな状況であれ己が責任を放棄したのは事実ですから」
学院長は『よろしい』と一言言ってから後ろに視線を向け、学院生達がもとの位置に戻ったことを確認すると再び口を開く。
「では少しだけ待っていてもらえるかね? 先に他の者の祝辞、挨拶を済ませよう。その間にも警備の確認も終わるであろう」
「差し支えなければ私はこのまま失礼させて頂いても宜しいのですが」
むしろ是非とも全力で失礼させて頂きたい。
イシュカと繋いだ手をギュッと握った。
だが結界越しに学院長は軽く目を伏せて呟くように言った。
「それは困るな」
いやいやいや、どう考えても式の進行上、私がこのまま御退場が一番スムーズだ。
そう思っていたのに続く学院長の言葉に真っ青になる。
「この場所にいる多くの学院生が君のファンであり、生徒だ。
君の演説を楽しみにしている者も多い。
それにここにいる誰よりも早く、一瞬の迷いも躊躇いもなく学院生達の危機を救うべく飛び出し、見事非常事態を収めてみせた者をそのまま帰しては会場の殆どの者が納得すまい。
そこで待っていなさい。今日のトリは君に譲ると王妃様からの伝言だ」
ヤバイヤバイヤバイッてっ!
そんなことしたら益々目立ってしまうではないか。
いや、そんなの今更か。
私は思わず涙目になりそうになって、そのまま背を向けて歩き出した学院長を慌てて止める。
「いえ、私はそのような大役を任されるほどのことはしておりませんっ」
お願いっ、それだけはカンベンしてっ!
シメのスピーチなんて私には荷が重過ぎるっ!
そりゃあしでかしたことの責任は取るつもりはあるけれどよりによってそれはない。
私の情けない顔を見て学院長は振り返って満足気にニヤリと笑う。
「謙遜も過ぎると嫌味だということをよく覚えておきなさい。
説教は式が終わってからだ」
やはり説教は免れないのか。
そりゃあそうだよね。
学院にはちゃんと専任の警備の近衛がいる。
それを自らシャシャリ出て余計なことをしているのだから。
しかしそれより困ったのは挨拶文だ。
私が考えてロイ達に手直ししてもらった文章はあくまでも講師としての挨拶。
入学式の締めの言葉とは違う。
つまりポケットに入っているこの挨拶文のカンペは無駄になったということだ。
「どうしよう、イシュカ」
真っ青になってイシュカを見上げると小さく微笑む。
「心配ありませんよ。貴方は貴方の言葉で語れば何も問題ありません」
いや問題だらけでしょうよっ!
会場飛び出した問題児がシメって明らかにおかしいよね。
絶対コレって学院長のお仕置きだよね?
だって学院長、楽しそうに笑ってたもん。
「無理無理無理無理無理っ」
焦る私にイシュカは首を横に振る。
「そんなことはありません。
貴方の言葉はいつも私達の心に響くのです。
ロイや私が直した文章よりもずっとそれは他者の心に届くはずです。
貴方はそうして私達みんなを虜にしてきたのですから」
それは絶対違うと思うって!
ロイやイシュカ達の趣味が悪いだけだよっ!
「大丈夫です。それは誰よりも貴方に夢中な私が証明しているでしょう?
人を動かすのは上手い言葉や耳触りの良い言葉ではありませんよ」
だからそれは欲目だってっ!
涙目の私を見てイシュカが楽しそうな顔をした。
「それとも私達が隠していた本音を言いましょうか?」
本音?
本音って何?
「ロイも私も出来るだけこれ以上強力なライバルを増やしたくないのです。
貴方は無意識に人を惹きつけてしまいますからね。
貴方が今ポケットの中で握り締めている挨拶文はロイと私が極力貴方の個性を消して無難に仕上げたものなのです」
「それで良いんじゃないの?」
私はあくまでも臨時教員扱いだ、個性なんて必要ない。
訝しむ私にイシュカが苦笑する。
「私達はうっかり忘れていたのですよ。
貴方の行動も言葉と同じくらい人を惹きつけてしまうものだということを。
結局、私達のしたことは無駄だったということなんです」
惹きつけるっていうのは目立つってことだよね?
私に甘いイシュカだからそういうふうに見えているのだろう。
「貴方が貴方のその生き方を変えない限り、人の注目を集めてしまうのは必然なんですから」
後先考えずに飛び出して、コトを収めたのはいいとしても暴走した結果が目立ちまくりだって言いたいのかな? 確かに私は傍迷惑であろうこの性格を変えようとは思っていない。
『物は言いよう』って諺があるけれど、欲目全開のイシュカやロイの言い方はかなり好意的ではあるが、即ち、
「要するに自業自得ってこと?」
「まあ身も蓋もなく、平たく言ってしまえば」
・・・・・。
反論できない。
だが今更逃げるわけにもいかない。
挨拶の後には学院長のお叱言も待っている。
結局自分のケツは自分で拭くしかないわけで。
私は大きくため息をつき、空を仰いだ。
警備の近衛によって周囲の安全確認も済み、建物に張られた結界も解かれた。
イシュカに背中を軽く押されて私はシンと静まり返った講堂内に足を踏み入れる。
正面の舞台に向かい、ゆっくりと歩いていく。
視線が集中し、前に向かって進む私と一緒に動いていく視線。
内心冷や汗を流しながら堂々と壇上に向かう。
私は決して注目を浴びるのが好きではない。
どちらかといえば目立たず、騒がず、ひっそりと裏方に徹していたいタイプだ。
必要以上に目立ち過ぎることは百害あって一利なし。
何事も程々というのがいいものだ。
野心がある人間なら望むところだろうが私が欲しいのはそんなものではない。
大事な人達に囲まれた穏やかでのんびりとした生活だ。
ただ皮肉なことにこの性格が災いして歩道の端をコソコソ歩くどころか、むしろ車の行き交う高速道路を周囲の迷惑も顧みず、悠然と逆走、闊歩している気分だ。
いやまあ、周囲の人間に迷惑かけまくっていることは変わらないだろうけども。
今は物珍しさも手伝って注目を浴びているのだろうけれど、私がここの臨時講師の役目を終える頃には新鮮さも薄れ、私の起こした事業も落ち着いて、きっと少しは落ち着いた生活が送れるはず。
多分。
断定できないところが悲しいところだがまあいい。
こんな生活は望んでいなかったけれど、私は一番望んでいた欲しいものは既に手に入れている。自分を一番に大切にしてくれる人に囲まれた生活。
それも一人だけじゃない、大勢いるのだ。
これがその代償というのなら受け入れよう。
彼らを手放すくらいなら、雨が降ろうが槍が降ろうがその真下、真っ只中を歩いてみせようじゃないの。
ただ、たまに弱音を吐くのくらいは許してほしいけど。
緊張続きじゃやってられない。
平々凡々な生活は諦めたから、是非ともたまには長期休暇を下さいね?
学院長の紹介が響き渡る中、来賓の方々に向かって一礼すると一歩一歩踏み締めて階段を上がる。
静かに、ゆっくり、しかし堂々と。
いきなり飛び出したことは確かに褒められたことではない。
けれど恥じるようなことをしたわけではない。
私は壇上から見える学院生達を見渡してから口を開く。
「只今御紹介に預かりました、短期集中講座を受け持つこととなった魔獣討伐戦術講師を務めることとなったハルスウェルト・ラ・グラスフィート申します。
まずは壇上より断りもなく飛び降り、駆け出してしまったことをここにお詫び申し上げます」
出来るだけ大きな声でそう言った後、まずは一歩引いて頭を下げる。
「先に申し上げておきますが私は決してみなさんが噂で伝え聞くような立派な人物ではありません。
先程の行動を見てもお解りになるかと思われますが私には基本的に後先考えずに飛び出してしまうような向こう見ずなところがあります。
そんな私が何故名を馳せるようなことになったのか。
それは私には私を助けてくれる心強い味方が大勢いたからということに他なりません。私が用いる討伐手段の多くは私が一人で頑張ったところで使えるようなものではないのです。
一人一人、個人にできることなどたかがしれている」
一人では出来ない、解決できないことが世の中には山程ある。
「ですから私が皆様にお願いしたいのはここで、この学院生活の中でたくさんのかけがえのない仲間と信頼できる友達を作ってほしいということなのです。
それは私にはお手伝いできないことであり、貴方がた自身が努力して掴まねば得られないものです。
そして大切な人を手に入れることが出来たならその人のために自分が出来ることを手伝って、守ってあげて下さい。守るというのは何も武力に限ったことではなく、みんなの外見がそれぞれ違うように個人の持つ力には種類があるのです。魔獣に剣を振り下ろすことが敵わなくても、ただ強い武力を持つ者の影に怯えて隠れているのではなく、その準備を整える手伝い、彼らが安心して戦える環境を作り、一緒に考えることでより良い作戦を思い付くなど役に立てることがあるかもしれない。
そういった個々の力が合わさることで成せる大きなこともあるのです。
互いに助け合い、思い合ってこそ得られるそれは大きな力でもあります。
他者を簡単に見捨てる者は自分がいずれ危機に立たされた時、今度は簡単に見捨てられる側になります。
強くなりたいと思うなら、どうか何ものにも変え難い大切な人を見つけて下さい。
全ての人を守れなどと御大層なことを言うつもりはありません。
ですがせめて自分の大事な人を助けることが出来る、守れる強さを身につけて下さい。
人は自分のためには強くなれなくても、大事な人を守るためならどんな努力も出来る生き物であると私は思っています。
一人では出来ないこともこの人と一緒なら乗り越えられる、そんな人を見つけて下さい。
この私のように」
みんなが側にいてくれたからどんな困難からも逃げ出さずに済んだ。
私一人ではどうにもならないことも乗り越えられた。
一人でないということは、支えてくれる人がいるということは素晴らしいことなのだ。
「御静聴、ありがとうございました」
私は軽く一礼する。
この場に相応しい言葉かどうかはわからない。
でも言いたいことは言えたし、一先ずの役目は済んだ。
ホッとして、とっとと退場しよう階段を降りかけたところで会場の中からぱらぱらと手を叩く音が聞こえたかと思った瞬間、それは会場が割れんばかりの拍手に変わった。
それは今日一番の盛大なもので、私は一瞬足を止め、唖然として会場を呆けたように見渡した後、慌てて本来の与えられた席に戻った。
なんとか式も終わり、ホッと息を吐くと学院長に連れられて学長室にやってきた。
さて、今日の行事も残すところ後、私がお叱言を頂戴するだけだ。
ヘラヘラと笑うわけにもいかず、神妙な面持ちでイシュカと二人、重厚なアンティークの机の前に座る学院長とその後に立っている連隊長と向かい合う。
「さて。無事に入学式も終わったことだし、改めて話をしようか」
いよいよか。
色々やらかした時には父様にもよくこうして呼び出されているし、今更だ。
反省しても考えるより身体が先に動いてしまう。
急がなければと思うほどに。
もうコレは性分というものだ。
そこで諦めてどうするとツッ込まれても困るけどここは素直に謝っておく。
「はい、すみません」
落ち着きが足りないと言われればそれまでなのだが、もう何年かしたら少しはマシになるだろうか。
直す努力をすべきだと誰も言いやしないけど迷惑をかけているのは間違いない。
主にロイやイシュカ、側近達に。
大概笑って許してくれるけど、それが許されるのもこの身体が子供の内だけかもしれないし。
身体を縮こめて聞いている。
「安心したまえ。生徒達の手前、あのような態度で対応したが私に咎めるつもりはない。むしろ生徒を守ってくれたことに対して礼を言わねばならぬところだろう。教師は生徒を守らねばならぬ立場でもある。咄嗟の判断であそこまで動けるとは流石噂に違わぬ策士よな」
策士かどうかはわからないけど、そんなに難しいことはしていない。
緊急事態だったため時間的にも余裕はなかった。
厩舎も学食も近かったので助かっただけだ。
「ただハルスウェルト君、君は年齢からすれば本来であれば守られるべき立場でもある。以後の行動には充分気をつけるように」
ですよね、はい。
「すみません。以後気をつけます」
気をつけるつもりはある。
だが多分また同じような状況になればやらかすだろうなとは思っている。
とはいえ、ここでそれを言ってしまうと話が進まないので口を噤んでおく。
するとコンコンコンッとドアをノックする音が聞こえた。
「学院長、アイゼンハウント団長がお見えになりました」
聞こえてきたのは先程ここに通してくれた近衛騎士の声だ。
やっと団長の御到着か。
「入って頂きなさい」
扉が開き、いつものガタイのいい身体が悠然と入ってくる。
「よう、ハルト。またお前、大活躍だったんだってな」
大活躍かどうかはわからないが、まあ犠牲者は出さずに済んだ。
更なる余計な注目を浴びることにはなってしまったけれど。
「さっきアインツに事情を聞いて今、団員の奴らに森を調べさせている。
被害が出ていれば笑い事では済まないところだったが、ハルトが早急に対処してくれたんで良い宣伝になったとライナレース様は喜んでいらしたぞ?」
流石はあの陛下の奥方様。
なかなか豪胆な方だ。だが、
「一歩間違えば大惨事ですよ」
「まあな。現場はさっき見てきた。あんな数のベルドアトリに囲まれてたらあっという間に血を吸い尽くされ、干涸びて死んでいた者も出ていたことだろう。
被害者が一人も出なかったのは対応の早さのお陰だろうな。
お前とイシュカが居合わせてくれて助かったよ。ここで仕留めねば王都全域に散開されては惨事になりかねんところだった。どうせそれを見越して飛び出したのだろう?」
そりゃあね。
ちょっと考えればわかる。
一匹一匹は弱くとも束になれば脅威だ。
「ええ、まあ。ある程度集団になっている今なら対処もしやすく被害を減らせると思ったのも確かですけど」
「こんな時はつくづくお前が敵でなくて良かったと思うぞ」
私も団長は敵に回したくないですしね。
「近衛の方々にも御協力頂きましたから助かりました」
「殆ど自分達の出番はなかったとアイツら言ってたぞ。お前らの一発で大半は焼け落ちて、たいした数は残っちゃいなかったが、その残りもお前らの周りに集まってたんで本当にとりこぼし程度だったってな。試験でのフリード様との戦いを見ていても思ったが随分と剣の腕も上げてるじゃないか」
それは否定しない。
でも結局アマチュア、純粋な剣だけでの勝負じゃレインにも抜かれた。
「所詮二流半です。あの大きさだったからこそですよ。加速を加えない限りウルフクラスでは弾き飛ばされますから。相手の力を利用する分ガイ仕込みの格闘術の方がまだ使いやすいです」
「それは仕方ない。お前じゃまだ重量が足りん」
レインに抜かれたのもそれが大きいだろうとガイに言われた。
私はあくまでも魔法を併用する魔術剣士向き、レインのような正統派剣士向きの体格ではないと。団長よりはイシュカやガイ寄り、力押しには向かないだろうって。
「原因が判明したら連絡する。
学院長も困ったことがあったらコイツを頼るといい」
面倒をそうそう押し付けられても困るのですけど。
「だが彼はまだ守るべき子供。
大人が対処できる限りはこちらで対処すべきでしょう?」
その御心遣いはありがたいんですけどね、学院長。
多分無駄です。
陛下にも散々担ぎ出されていますし?
さっきのことでも理解して頂けたかと思うのですが、そういう状況に立たされると深く考える前に飛び出してしまいますから。
特に緊急事態と判断した時点では。
団長はガハハハハッと笑ってバシンッと私の背中を叩いた。
「コイツを普通の子供と一緒にしないほうがいいぞ。
魔獣討伐に於いても、そうでないことに於いてもな」
ポンッと肩に手を置かれる。
「コレは全てが規格外だ。犠牲を出す前に素直に頼った方が間違いない。
公にこそされていないが戦い以外でもこの国は既に何度もコイツに救われている。
腕も立つ上に知恵の回りかたも半端ないからな。
伊達に『天才児』の看板は掲げていない」
いやいやいや、団長、元からそんな看板掲げていないですよ?
其方が本人の断りなく勝手に貴方達が掲げているだけでしょうよ。
「とはいえコイツも万能ではない。
抜けているところもあるからフォローはしてやってくれ。
まあ大抵のことは隣にイシュカを付けておけば問題にならないだろうが、イシュカ以外にもコイツには優秀な側近、従者が山程ついている。
コイツらに任せれば大抵の問題はたいした問題ではなくなる」
そうそう、私が凄いのではない。
私の周りが凄いのだ。
この私の暴走に合わせて的確に動いて対処してくれているのだから。
「彼等が『天才児』の看板を支えているからこそということですか」
その通り。
凡人の私を天才児たらしめているのは周囲が有能過ぎるから。
学院長が納得しかけたところを団長が首を振って否定する。
「それは違うな。
ハルトはまごうことなき『天才児』だ。
ただコイツを支えている奴らも種類は違うがある意味天才なんだよ」
いえいえ、私は天才ではないですよ。
ただのハリボテ、コケオドシ。
私の周りには確かに頭の良い人達が集まっていますけどね。
「コイツが頭を張ってるハルウェルト商会ってヤツは結構特殊でな。
あそこにはクセの強い、他では扱いかねるような個性的で有能なヤツらがウジャウジャいる。
ソイツらを束ねているのがこのハルトだ」
団長。その言い方って、まるで私が悪の組織の総統かヤクザの親玉みたいに聞こえるんですけど。
私は基本、平和主義で間違いありません。
私に喧嘩を売る方が悪い。
正々堂々掛かってくるというなら普通に相手をするけれど、卑怯な手や悪逆非道を尽くしているような相手に手加減、容赦の必要があるとは思っていないだけでして。
団長の言葉に学院長の隣に立っていた連隊長まで同意する。
「そうですね。ハルウェルト商会を表向き動かしているのはマルビス・レナスという男ですが、ハルトなくしてあそこは成り立ちませんからね。
ハルウェルト商会を人間に例えるならその心臓にあたるのがハルト、その他の重要なパーツになるのがマルビスやイシュカをはじめとする彼に魅了された側近や従者達です。
心臓なくして身体は動かない、ということですよ」
いいや、私がいなくてもみんなしっかり動いてくれている。
私はその言葉を否定する。
「それは違います、私がいなくてもみんな個人の判断で動ける人達ですよ」
「まあな。だがアイツらはイシュカを含めて基本的にお前のこと以外にあまり興味を示さんからな。アインツのいうこともあながち外れてはいないと思うぞ?」
団長の言葉にハタからはそう見えているのか。
私の意見は勿論尊重してくれるけど、マルビスもロイも時々サラリと受け流していることもあるよ、実際は。ガン無視されているというわけではなくて、まあまあまあと言った感じで聞きつつ、それはそれ、これはこれといった感じで。
それで五人の婚約者持ちになっているわけだし。
私が複雑な気分で聞いていると学院長は妙に納得したらしく口を開いた。
「つまり今日の締めの言葉そのものを彼は体現していると、こういうわけですか」
私の演説(?)を聞いていない二人とイシュカが首を傾げたので学院長がそれを適当に省略して説明する。そういえばイシュカは私の背中を押した後、ベルドアドリの片付けにの手伝いに戻ってたんだっけ。講堂入口までは送ってくれたけど、父兄保護者付きで壇上に向かうのもおかしいしカッコ悪いもんね。
その内容を聞かされてイシュカは嬉しそうな御機嫌顔になる。
いや、まあね。聞かれて困るようなものでもないですし?
御大層なことも言ったつもりはないですけどね。
要はたくさんの大事な仲間を作ってほしいって伝えたかっただけですし?
連隊長と団長は納得顔で頷いた。
「ああ、まさしくそんな感じですね」
「コイツ単体ならつけ込む隙もある。
だが集団になるとコイツらの守りと攻撃は難攻不落の城塞にも等しい」
「あらゆる方面から手を打ってきますからねえ。
適材適所、それぞれの分野のスペシャリスト達が全力でハルトのためにと動きますからね。あの結束力は恐ろしいですよ。絶対敵に回したくはないですね」
しみじみと連隊長にそう言われてしまった。
褒められているのだろうけれど、国家最高武力集団である緑の騎士団と近衛騎士団連隊長に恐れられるって、いったいどれだけの戦力をウチが持っていると思われているのか。
そういえば以前、国取りも出来るだとか、国を起こすつもりなのかと聞かれたら覚えがある。なんでそんな面倒なことをしなきゃならないのだとその時は返した。私は私の仲間とそこそこ楽しく幸せに暮らせれば、特にそれ以上を望むつもりもない。起こした事業の殆ども金儲けのためではなく、私が遊びたかったというだけで、それを企画書に起こしたのがテスラで、実際に実行に移すと決めたのはマルビス。温泉床暖房で冬でも暖かく、のんびりと露天風呂に浸かりたかったというだけのささやかな(?)願いは巨大リゾート施設オープン第二弾の序章となってしまったわけで。
最近思うのは妄想を膨らませても語るものではないということだ。
なまじ実行力、決断力、経済力その他様々なものを持ち合わせた方々が私の周りにいるせいで、単なる妄想が現実化してしまっている。
優秀なのはありがたいことだが優秀過ぎるのも問題だなあ。
と、その時私は呑気にも考えていた。