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閑話 レイバステイン・ラ・レイオットの誓い (2)


 それからも学院入学前までいろんなことがあった。


 だけど僕はまだまだで、何か急ぎのことがある度に置いて行かれた。

「先に行ってるね」

 って、イシュカとガイと一緒に獣馬乗って駆けていく。

 僕はいつも置いてけぼり。

 僕だけじゃなくってライオネル達もだ。

 獣馬と普通の馬の脚の速さはまるで違う。

 乗馬も前より上達したけどそれは変わらない。


 悔しい。

 僕にも獣馬があれば一緒に付いて行けるのに。

 置いて行かれるたび、いつも思う。

 僕はハルトの隣を走りたい。

 イシュカやガイのように。

 悔しくて、悔しくて、我慢できなくて。

 僕は学院入学準備のために一度戻ってこいという父様との約束より二日前の朝にハルトの屋敷を出発した。


 ステラート辺境伯領に向かうためだ。


 僕は追い返されるのを覚悟でステラート辺境伯邸の門の前まで来たものの、殆ど勢いで出てきてしまったので連絡も約束もしてない。

 御在宅かどうかもわからないし、お会いしたのは数えるほど。

 僕を覚えていてくれるかどうかもわからない。

 どうしようかと迷って暫く門の前で彷徨いていると一台の馬車が道の向こうからやってきて、門の前で止まった。ステラート家の紋章が刺繍された旗が掲げられているのを見て慌てて馬から飛び降りる。


 僕の運はついていたのか馬車の窓が開き、そこには辺境伯夫妻が見えた。

「其方は確か・・・」

 良かった、覚えて下さっていたようだ。

 僕は深く御辞儀をすると、まずはいきなりの訪問をお詫びする。

「レイバステイン・ラ・レイオットと申します。

 突然で申し訳ありません。本日はお願いがあって参上致しました」

 マナーの勉強をした。ハルトの側でこういう時はどうするべきなのか覚えた。

 無理を押し通そうとするならまずは謝罪を。

 そしてしっかりと相手の目を見るのだと。

 目を逸らすのは疚しいことがあるから。

 自分のやっていることを恥ずかしくないことだと思うなら、自分の意志や想いを伝えたいと思うなら前を向くべきだって、ハルトは言っていた。それが正しいことかどうかわからないけど、相手の顔を見なきゃ話は出来ないって。

 いきなりの訪問は礼を欠いているかもしれない。

 だけど、僕は僕のこの行動を恥ずかしいと思っていない。

 だから前を向くべきだって思った。

 辺境伯をまっすぐ見たまま僕は突然の訪問の理由を告げ、もう一度、今度は深く頭を下げた。

 僕は獣馬を譲って欲しいのだと。

 どうしても必要なんだと。

 頭を下げたまま上げようとしない僕に辺境伯は声をかけて下さった。


「とりあえず入りなさい。まずは話を聞こうか」

 

 何事も話を聞いてもらわなきゃ始まらない。

 許可を得て辺境伯邸に踏み入ると通された応接室で僕は自分がここに来た理由を述べた。

 どうしても僕はハルトの隣を走りたい、付いて行きたいのだと。

 もう置いて行かれたくないのだと。

 すると辺境伯は面白そうに笑った。

「良かろう。但し、獣馬というものはこちらが選ぶものではない。

 アヤツらに選ばれてこそ初めて手に入れることができるものなのだ。

 其方に付いて来る馬がいれば考えてやろう」

「本当ですかっ」

 条件付き。だけど僕はチャンスを与えられた。

「代金も出世払いで其方の御父上にツケといてやる。試してみるがよい」

 そう言って連れて行ってもらったのは敷地内にある大きな馬場だった。

 父様の屋敷よりもずっと立派で大きな厩舎がそこには何棟も建っていて多くの馬の姿が見えた。こっちだと言って案内されたのは奥にある真新しい厩舎。そこに入ると父様の屋敷にあるそれとはまるで違う雰囲気が漂っていた。一頭の馬に対して取られているスペースも大きくて、だけどそれに負けない存在感のある馬達。

 ルナやノトス、ガイアやアルテミス達に似た雰囲気。

 普通の馬とは迫力が違う。

 ズラリと並ぶ馬房、かなりの数に馬がそこにはいた。


「獣馬は非常に貴重だって以前父様に聞いたのですが」

 騎士達の憧れであり、所有することは誉であると言われ、数の少なさから幻とさえ言われていると以前に父様から聞いていたのに。

「ああ、そうだな。これでも我が領地の兵達が何頭かに気に入られ、少し減ったのだがウチでも現在のこの数は異常だ」

 感嘆する僕に辺境伯は苦笑して答え、教えてくれた。

「ハルスウェルトの仕業だよ。

 アヤツが馬型の魔獣を見つけると捕らえては部下にウチまで運ばせてくれているのだよ。

 魔獣というのは生け捕りが難しい。

 それ故今まで運ばれて来るのは大概が死にかけか脚の二、三本欠けたヤツばかりで長生きできんのが多かった。だからこそ今まで数が少なかったのだがアヤツが連れて来るのは殆どがピンピンしておるんでな。厳重に管理の上、種馬として抱えている。

 全くどういう手段を使って捕らえているのか不思議でならん。

 お陰で数も増えたが世話をするのもなかなか大変でな。

 馬場も広げて人手も増やした。

 まあありがたいことなんで感謝はしても文句を言うつもりは毛頭ない」

 つまりこれもハルトの影響ってこと?

 そういえば前にハルトの屋敷で頑丈そうな鉄製の檻に結界を張られ、馬車に乗せられた馬型の魔獣を見たことがあった。何故討伐しないんだって聞いたら、『利用価値があるから商品としてお届けするんだよ。売り物なんだ』って説明してくれたのは覚えてる。普通なら討伐されて当たり前のそれをいったい誰が生きたままで買うんだろうと思っていたけど配達先はここだったのか。

 ゆっくりと馬房の前を歩く辺境伯の後を付いていきながら一頭一頭見て行く。

 ハルトの屋敷で見る獣馬は四頭中三頭が明らかに普通の馬とは違う形をしているのに対してここにいるのは迫力こそあるけれどあまり一般的な馬と外観は変わらない。


「見た目はわりと普通の馬が多いんですね」

 僕の呟きに辺境伯が足を止めて近くにいた白馬の方を見た。

 その馬も馬体が少し大きい以外あまり変わらない。

 普通の馬と言われても信じてしまいそうなくらいだ。

「そうだ。九割がたは其方の御父上やイシュカの乗っているタイプだな。

 比較的主人も見つけやすい。

 中には気に入れば複数の人間を乗せるヤツもいる。

 獣馬というのは体内魔力量が多いほど力も強いが扱いも難しく外見も魔獣に近くなる傾向があってな。ハルスウェルトやガイの乗っているタイプがそれだ」

 そういうのもここには五頭いるそうだが、なかなか選ばれる人間がいないのでここに長くいることになるから数は多く見えても実際の生まれてくる確率はその程度なのだという。

 つまりハルトやガイが珍しいってことなのか。

 形が魔獣に近くなるほど長生きで、能力も高い。

 けれど選り好みが激しく生涯人をその背に乗せることなく終える獣馬もいて、辺境伯はまさか一際異形なルナが主人を選ぶ日が来るとは思っていなかったそうだ。

「獣馬は本能で自分の主人を選ぶ。

 自分の力を引き出し、上手く扱ってくれるヤツをな。

 どんなに欲しがろうとコヤツらが気に入らねばその背に乗せてはくれん。

 だが気に入ればその前を歩いただけで付いて来る。

 ハルスウェルトなんぞ興味本位で覗いていただけで欲しいとも思っておらんかった。

 なのにその時いた六頭のうち半数以上の四頭も従えてみせたのだ。

 団長ですら十頭のうちの三頭だったのだぞ。

 しかも気難しくて誰に対してもピクリとも反応しなかった魔力量の多いヤツがこぞってアヤツに付いて行きよった」

 つまりハルトは団長より凄かったってこと?

 でも相性もあるって言ってたし、特にルナは団長よりも絶対ハルトに似合う。

 ルナに乗ってるハルトは本当に綺麗だって思うから。

「今にして思えばあの獣馬らに見る目があったということなのであろうな。

 確かにアレの隣にありたいと望むのであれば獣馬の一頭や二頭、従えられねば厳しいであろう。

 だが先程も申したように相性というものもある。

 もし一頭も付いて来なかったとしても諦めずに頑張りなさい。

 より強くなれば従うヤツも出て来るであろうからな」

「はいっ」

 そして厩舎の出口が近くなると辺境伯は『絶対に振り返るなよ』と僕に言った。

 獣馬というのはヘソ曲がりが多く、気が付かれたと思うと自分の馬房に戻ってしまうこともあるから注意しなさいって言われた。

 僕は言われた通り、真っ直ぐ前を向いたまま辺境伯の後ろを歩いた。

 不安に胸をドキドキさせてながら。

 大丈夫、きっと一頭くらい付いてきてくれる。

 付いて来てくれなかったとしても、僕がもっと強くなればチャンスがあるって。

 

 果たして・・・


「ほうっ、流石はレイオット侯爵閣下の息子と言ったところか」

 僕が振り返る前に辺境伯前を歩きながらポツリと言った。

 流石父様の息子って?

 ピタリと歩みを止めて辺境伯が振り返る。

 そして僕の方を見ると『見なさい』と言って僕の後ろを指差した。

 おそるおそる振り返るとそこには二頭の馬がいたんだ。

 思わず目を見開いた。

 ひょっとして僕に、付いて来てくれた?

 呆然としている僕の背後から肩に手を置くと辺境伯は説明してくれた。

「どうする? その濃茶色の馬体の大きいヤツは一際頑丈で屈強だが脚は普通の馬と然程変わらぬ。黒毛のヤツは頑丈さでは劣るが脚は速く体力もある」

 どっちを選ぶんだと問われていることに気がついた。

 僕は嬉しさが込み上げて来て震える指で黒毛の馬を指差した。


「では黒毛の、この獣馬をお譲り下さい」

 大きな獣馬もすごい迫力でカッコ良かったけど脚が遅かったらハルトについていけない。

 僕は迷わず黒い立髪の綺麗な馬を指差した。

「良かろう。ではレイオット侯爵家に請求書は回しておく。自分で稼げるようになったら御父上にお返ししなさい、それが条件だ」

「ありがとうございます」

 自分の力で手に入れたと胸を張るために獣馬は自分の稼ぎで手に入れるものだという辺境伯の言葉に僕は大きく頷いた。


「頑張りなさい。アレについて行くのは苦労するであろうがな。

 ワシは将来性のある若いヤツはいつでも歓迎する。

 その内ハルスウェルトと一緒に遊びに来るが良い」

 そう言って辺境伯は僕に馬具一式を渡してくれたんだ。

 乗って来た馬は父様のところに請求書を届ける時に一緒に屋敷まで届けてくれるって仰って下さったので僕は嬉しくてそのままその獣馬に跨り、レイオット領の父様の屋敷まで帰った。

 僕が夜遅くに獣馬に乗って戻って来たのを見て父様はすごく驚いていたけど、すごく喜んでもくれた。


 ノワール。

 それが僕の獣馬に付けた名前。

 これでハルトの隣を走れる。

 僕は浮かれて学院の入寮準備をほったらかし、ノワールで遠乗りに出掛けようとして父様に大目玉をくらい、三日間の外出禁止令を申し渡された。

 獣馬を手にしても学院入学試験の成績が悪ければハルトと同じクラスになれないぞと言われ、慌てて机の前に向かった。

 そうだ、そうだった。

 ハルトは頭も良い。ハルトの側にいたくて獣馬を手に入れたのに違うクラスになってしまったら意味がない。

 出来るだけ良い成績を取らなきゃ。

 家庭教師の先生が言ってた。

 多分ハルトには初等部以上の知識があるって。

 おそらく授業の殆どは免除になるだろうって。

 僕の成績が悪ければその分だけハルトと離れて暮らすことになる。

 入学試験や学年最初の学力試験の半分は簡単だけど残りの半分はその学年で習う問題、最後は学年末で習う問題が出題されるそうだ。そこで取った点数によって出席日数の免除が決まる。

 赤点は二十点、満点取れればその学年の殆どの授業が免除となるんだって。

 免除になったからといってその学年末試験に赤点取れば落第決定。その学年の最初の試験で高得点取れば授業免除の繰り返し。

 つまり僕が長くハルトと一緒にいたいと思うなら高得点を取らなければならないってことだ。ハルトの講義は一年の内の一ヶ月が三回だ。

 そうなると全教科で九十点近い点数を出さなきゃいけない。

 絶対無理に近いけど少しでも免除される日数を増やしたい。

 僕はそれから五日間、死ぬ気で勉強した。

 でも朝のトレーニングも欠かせない。

 一日怠ければ戻すのに三日掛かるというなら五日怠ければ半月掛かる。

 僕は必死で学院の寮に向かう馬車の中でも勉強した。

 

 テスト当日、頭は詰め込んだ知識で頭がパンクしそうだった。

 ハルトの頭はよく満杯にならないなあって思う。

 その差を嘆いていても始まらない。昼には中庭で待ち合わせもしてる。

 一週間ぶりに会えるんだ。

 午前中のテストも最後の二、三問は自信がないけど一応全部埋められた。

 終了のチャイムと共に答案用紙を伏せて教室を飛び出すと、中庭にはハルトの姿が見えなくて、慌ててキョロキョロと見渡すと茂みからガサガサと音が聞こえた。


「レイン、こっち、こっち」

 ヒョコッと顔だけ覗かせてハルトが僕を呼ぶ。

 声を潜めて人気がないことを確認すると僕を手招きする。

「騒ぎになると面倒だからね。みんなの集中力を奪うのも悪いし」

 テヘヘと笑っていそいそとロイの作ってくれたという御弁当を広げる。

「レイン、おめでとう。獣馬を手に入れたんだって?」

「なんで知ってるのっ?」

 今日直接報告するつもりだったのに、まさかもう知ってるなんて予想外だ。

 驚いてる僕にハルトは種明かしをしてくれる。

「団長に聞いたんだよ。だからロイに頼んで今日はレインの好きなハムタマゴサンドとチキンカツにしてもらったんだよ」

 よく見てみると御弁当の中身は僕の好きなものばかりだ。

「すごいね。団長、嘆いてたよ、騎士団に勧誘したけど断られたって」

 そんなの当たり前だ、だって僕がなりたいのは団員じゃない。

「僕は別にっ」

「うん、聞いたよ。ありがとう。でも気が変わっても私は怒らないからね」

 やっぱりハルトは信じてない。

 僕の本気。

 父様は仕方ないって言ってた。

 まだ僕がハルトに守られてる存在である内は言葉に重みがないからだって。

 言葉だけじゃなくて態度で示せるようになったなら信じてくれるはずだって。

 僕はキュッと唇を噛む。

 前にマルビスも言ってた。

 何度言っても気付いてくれないなら信じてもらえるまで伝えればいいんだって。

 だとしたら僕の態度も言葉も、まだハルトに届くまで足りてないってことだ。

 諦めたら終わり。

 フィガロスティア殿下が言ってた。

 僕が諦めたら自分が立候補するって。

 ハルトはあれは僕を揶揄ってるだけだって言ったけど、僕が好きになったくらいだもの、殿下が本気にならないって決まったわけじゃない。ミゲル殿下だって休みの度にハルトに会いにくる。

 疑い出したらキリがない。

 恋敵(ライバル)達に負けないためにも午後の筆記テストと明日の実技試験は頑張らなきゃ。

 ハルトにカッコ悪いとこを見せられるもんか。

 

 なのに翌日、僕は結局は張り切り過ぎて魔術試験で失敗した。

 ハルトはカッコ良かったよって言ってくれたけど、それが僕を落ち込ませないためのお世辞だってわかってる。客席で隣に座った父様には僕が失敗した理由がバレバレで、呆れられはしたけれど、これも経験、二度と同じ過ちを起こさないことだと注意されただけで怒られなかった。

 なんでだろうと思ったら、

「男としてその気持ちがわからなくもないからだ」

 と、言われた。

 男というものは好きな人の前ではカッコつけたいものだからなって。

 気張り過ぎて失敗してはまだまだだ、これに懲りたら気をつけなさいって。

 ハルトは自分の試験に変更があると聞いてガイに病気と言われる癖が発動してた。この癖があるからハルトを学院で一人にするのが危ないから僕に見張ってて欲しいらしい。

 集中力が凄過ぎて他に気が回らなくなるとこうなって転んだり、ぶつかったりするからイシュカもロイもハルトがこの状態になるとピタリと横につく。

 危ないと思うなら治さないのって尋ねたら、この状態のハルトはいつもすごいことを考えついたりするから極力止めたくないそうだ。だけど学院は父兄の出入りは今日みたいな特別な行事以外では禁止されている。講義のある日は助手としてイシュカが側にいられるけどずっとってわけにはいかないから、それで僕の出番ってことなんだ。

 ハルトのお嫁さんになりたい女の子がたくさんいるからなんだって。

 僕は虫除けというヤツらしい。

 強引にハルトのお嫁さんになろうとする女の子を追い払うのが僕に任された任務。

 僕もハルトの第一席を狙っている以上、横入りしてきた女の子なんかに負けられない、絶対近づけさせるもんかと誓ってる。そのためにも午後の武術試験は頑張って挽回しなきゃいけないと決意も新たにするとハルトの出番が近づいてロイが声を掛けた。

 そうして客席からカッコ良く飛び出したハルトは僕達の試験と違って凄い人達で、しかも相手は三人、的は百枚だっていうのにあっという間に六十枚の的を抜き、二人の魔術師を追い出した。

 それを見ていた父様が唸るように言う。


「最早バケモノだな。格が違いすぎるだろ、アヤツは」

「親である私ですら信じられませんよ、アレが自分の息子だとは」

 そうハルトの父上がハルトによく似た顔でそう仰った。

 そんなことないよ?

 そっくりだもん、ハルトは御父上と目鼻立ちが。雰囲気は御母上寄りだけど。

「ハルト様、遊んでいますね。まだまだ余裕がありますよ」

 ふふふっと微笑ってイシュカが言うと伯爵が目を丸くする。

「国一番の魔術師相手だぞ?」

 父様も呆気に取られてイシュカに尋ねる。

 するとイシュカは自分のことのように自慢する。

「先程お二人も仰っていたでしょう?

 今日でヘンリー様の国一番の魔術師の看板は降ろされると。

 私達が時間稼ぎのお手伝いをしたとはいえ、魔力量五千超えの魔物をほぼ単独で倒せる御方が『たかが魔力量三千』程度の魔術師ごときに手古摺るなんてありえません。

 明らかに手加減しています」

「アレでかっ?」

「アレで、です。そろそろ終わりにするようですよ。

 あれは勝利を確信した顔です」

 そうイシュカが言った途端、競技場内の限られた範囲の地面が激しく揺れた。

 バラバラと残っていた的が揺れで地面に落ちていく。

 上級地震系攻撃魔法(アースクエイク)

 土属性の最上級とも言える魔法だ。

 本当に凄い、あんなのまで使えるなんて。

 

「もっともハルト様は御自分はまだ弱いと思っていらっしゃるようですが」

「おかしいだろうっ⁉︎」

 うん、僕もそう思うよ。

 父様もだよね。

「でも本当ですよ? 本人は必死に悟られまいとしていらっしゃいますが苦手なものも幾つかお有りになりますしね。

 それを前にすると怯えて私の腕に捕まり、隠れるんです。

 そこがまたお可愛らしくてたまらないのですけど」

「なんだっ、その苦手なものというのはっ」

 父様達が目の色を変えてイシュカに詰め寄ってる。

 僕も知らない、ハルトの苦手なものなんて。

 絵やピアノ以外にもあったんだ。

 するとイシュカが得意げな顔になる。 

「私がお教えすると思いますか? 勿体無い。口が裂けても絶対に言いません」

 教えないっていうのはわかるけど、勿体無いってどういう意味?

 あんなにカッコイイハルトが可愛いってどういうこと?

 ロイも頷いてるってことは知ってるんだよね?

「ですが、ハルト様は努力家なのでそれもそのうち克服なされるでしょう。

 剣術の腕もまだまだですしね。今の体格を思えば充分お強いんですが」

「アヤツに剣は必要か?」

 イシュカの言葉に父様が尋ねる。

 そうだよね、あれだけ魔法が使えれば戦うのだって充分だ。

 三人の大人相手で余裕で勝てるんだもの。

 これ以上強くなる必要なんてあるのかな?

 だってハルトが目指しているのは騎士じゃない。

 

「少なくともハルト様は必要だと思われています。

 自分の大事な者を守るにはまだ足りないと」

 と、そうイシュカが言った。

 本当に?

 あれでまだ足りないって言うの?

 ハルトは欲張りだ。

 これ以上強くなられたら僕はどうやって追いつけばいいの?

 俯いて膝の上で拳を握りしめた僕にロイが声を掛けてくれた。

「レイン様、ハルト様をお守りするには武力や魔術に優れていれば良いという話ではないのですよ。

 彼の方は強さに似合わぬ無防備さや脆さ、弱さがあります。

 事実がどうであれ、彼の方を自分より強いと思ってはならないのです。

 長く一緒にいればきっと私の言葉の意味もご理解されることと思いますよ」

 無防備、脆い、弱いなんてあんなハルトを見ていると想像がつかない。

 僕にはそんなとこ、見せてくれない。


 満面の笑みで駆けてきたハルトをイシュカが抱き止める。

 ロイ達の褒め言葉に嬉しそうなハルトの姿を見て、僕は少しだけ寂しくなった。


 

 その後、みんなでロイの作った御弁当を食べているとさっきのハルトの試験官が割り込んできて、その人を連れ戻しに来た団長とその人からハルトが既に学院初等部学科、実技授業全免除どころか高等部卒業クラスの学力だと聞かされて僕は益々ハルトとの差に落ち込んだが、父様にはアレがおかしいだけだから一年先の学力までひとまず身に付ければ来年からは免除される日数も格段に多くなるから焦る必要はない、一気に追いつかなくてもいいのだと慰められた。

 一年先の学力。つまり来年の二学年始めのテストまでに最低でも三年生に上がる学力があると認められればいい。それを繰り返せばずっとハルトといられるんだって。

 四年分は無理でも一年づつならなんとかなるかもしれない。

 ハルトは上の高等部まで通うつもりはないみたいだし。

 そりゃあそうだよね。

 だって高等部卒業レベルの学力あるのに通う必要なんてない。

 団長があの人を連れ帰った後、ハルトは午後の試験の対策を考えだした。

 食べながらボロボロとパン屑やおかずを落としたり、お茶を溢しそうになったりで、ロイは慣れた手付きでハルトの世話をしていた。昼食が済む頃に我に返ったハルトはロイに謝って御礼を言うと、少し疲れたから休むと言って大欠伸をするとテスラの膝枕でスヤスヤと眠り出す。

 僕の試験の時は起こしてくれって一言だけ言って。

 いくらもしないうちに寝息が聞こえてきて父様は吃驚していた。

 伯爵はそんなハルトを見て苦笑する。

 僕には見慣れた光景だ。

 一日中暇な日が殆どないハルトは疲れると少しの間でも休憩を取ろうとロイ達の膝を借りてあっという間に眠ってしまう。

 そうするとロイ達は嬉しそうにハルトの髪を優しく撫でていたりする。

 だけどハルトは安心して眠っているのか全然起きる気配もない。

 ロイが自分の上着を脱ぐとそっとハルトの上に掛ける。


「この二年で随分とお前達に素直に甘えるようになってきたな」

 伯爵がハルトを起こさないようにと小声で言った。

 この二年って、前はそうじゃなかったの?

「徐々に、ですよ。ハルト様はもともと甘えたがりの寂しがり屋でしたからね」

 ロイが嬉しそうな声で言う。

「やっとです。

 慣れていなくて甘え方を御存知なかったというのが正しいのでしょうけど。

 甘えたい、だけどどこまで甘えても許されるのかと、距離を測っていらしたんでしょうね」

「本当、こういうところもお可愛らしいですよね」

 テスラとイシュカが続けてそう、小声で囁く。

 なんとなく。

 なんとなくだけどロイ達がハルトを可愛いって言う意味がわかってきた。

「私達はもっと甘えて欲しいんですけどね。

 普段は頼り甲斐あり過ぎなくらいしっかりされていますから」

 ロイがクスクスと笑ってハルトの額にかかった髪を撫で上げる。

 それでもハルトは起きない。本当によく眠ってる。

 だけどロイやテスラ達の膝の上では眠るのに僕の膝では寝たことがない。

 はじめは僕の膝が小さいせいだって思ってたけど違う。

 僕の身体はハルトより一回り大きい。

 充分ハルトの頭は乗せられる。

 だけどいつも僕の膝は選ばない。

「僕にはまだ甘えて来ない。僕が弱いから、かな?」

 しょぼんとなって僕が小さな声で呟くとロイが首を横に振った。

「そうではありませんよ。力の強さは関係ないんです」

「俺を見ればわかるでしょう? 

 ろくに戦う力なんて持ち合わせちゃいないんですから。

 ハルト様はとてもおおらかに見えて結構疑り深いんです。

 いえ、怖がりという方が正しいかもしれません」

 怖がり?

 またハルトに似つかわしくない言葉が出てきた。

 確かにテスラの剣の腕はダメダメだ。

 背もすごく高いのに体力だって僕よりないくらい。馬に乗るのも上手くない。

「私達は二年かかりました。レイン様はまだこれからですよ」

 落ち込む僕を見てイシュカが微笑う。

「頑張って下さいね。私を押し退けて一席になられるのでしょう?

 それとも私がそこに座ったままで宜しかったでしょうか?」

「それはダメッ、僕が絶対一席になるっ」

 慌てて僕が叫ぶとテスラが左の人差し指を唇の前に立てたんで僕はハッとなって自分の口を両手で塞ぐ。

 そうだ、ハルトが眠ってたんだった。


「待ってますよ。もっとも私も簡単にお譲りするつもりはありませんけどね」

 そう言ってイシュカは僕に宣戦布告した。


 負けるもんかっ!

 僕が出遅れてることくらい承知済み。

 だけどハルトが結婚できる年になるまで後七年。

 まだまだ先はわからない。

 勝負は正々堂々、勝ち取ってこそ価値がある。

 

 最後に笑うのは絶対に僕なのだっ!

 誰にも譲らないって初めてハルトに会った時から決めている。

 恋敵(ライバル)上等っ!

 闘い奪い取ってこそ恋の勝者なのだから。

 


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