第二十五話 所詮は凡人なのですから。
多少(?)予定は狂ったがとりあえず試験結果はどうであるにしろ陛下の言いつけ通り勝利は手にしたということで。
騒めく観客達はさておき私は満面の笑みで身内の元へと駆け寄った。
「ロイ、イシュカ、テスラ、ただいまっ」
ぴょんっと飛び上がり、観客席に戻るとイシュカがすかさず勢いのついた私の身体を抱き留めてくれた。
予定外はあったけど一応一番最初の目標は達成できた。
三人が自慢できるくらいカッコイイとこを見せるのだと張り切ったんだ。
無様な姿は見せていないはず。
「流石ハルト様です。すごくカッコ良かったですよ」
ロイの言葉に私は御機嫌で聞き返す。
「本当? みんなに誉めてほしくて頑張ったんだ」
「素敵でしたよ、また改めて惚れ直しました」
「私もです。やはり貴方は最高です」
ロイとイシュカの言葉に上機嫌でテスラを見上げると私の仕草に苦笑する。
「ええ、俺もですよ。貴方は俺達の自慢です」
なんか褒め言葉を催促してしまったような気がしないでもないけどそれくらいの御褒美は許してほしい。私が欲しかったのは断じて陛下の『よくやった』などという言葉ではない。
「僕も見てたよっ、すごくカッコ良かった」
「ありがとう、レイン」
イシュカとテスラの間を強引に割って入り、目を輝かせて必死にアピールする姿はまさに飼い主が他の犬を可愛がっているのを見てヤキモチ妬いている大型犬の子供。
なんか見ていて微笑ましいんだよね。
体格は可愛くないけど。
しかしながら殺されるまではいかないだろうとタカを括っていたが結構キツかった。実際、ヘンリー様の魔法攻撃は魔力量六千超えの私の結界を持ってしても一枚破られる結果になった。私が初級を変形、工夫して組み合わせて使うことが多いのに対してヘンリー様は間違いなく威力重視の魔力喰いの魔法だった。なのにあれだけ撃って魔力切れにならないということは魔力操作が余程上手い、燃費の良い使い方をしているんだろう。流石はこの国トップの魔術師といわれるだけある。戦場などに出る気はないが、間違いなく敵に回したくない人だ。
イシュカに抱きついたままそんなことを考えていると雰囲気をブチ壊す腹の虫が響いた。
言うまでもなくその犯人は私である。
つくづく締まらないなあと恥ずかしくなってイシュカのお腹の辺りに顔を押し付けてボソリと言う。
「ロイ、お腹空いた」
クスクスと小さく笑みを漏らすとロイは傍に置いていた大きな鞄を前に置く。
「はい、お昼にしましょう。張り切って御弁当を作ってきましたよ」
取り出した布の包みの結び目をロイが解くと一際良い匂いが漏れてくる。
更に催促するように鳴った腹を押さえつつ並べられ、広げられた大きな五段重ねの重箱みたいな弁当箱にギッチリと詰められた色とりどりの鮮やかなそれに目を奪われる。おにぎり、サンドイッチ、唐揚げに厚焼き卵などの定番は勿論その他バラエティにとんだ実に美味しそうな御弁当は周囲の視線を集めまくっている。
ロイ渾身のそれを見て私は思った。
間違いなく既に料理の腕もロイに抜かれたと。
些か複雑なところではあるけれど、所詮私は不器用な凡人、ロイに勝とうと思う方が間違いなのだ。料理上手な人が側にいるという幸運に感謝しつつありがたく頂くことにする。
「ほうっ、美味そうだな」
匂いに釣られて覗き込んだ父様と閣下が口を揃えてそう言った。
美味そうではなく美味いんです、間違いなく。
「よろしければ閣下と旦那様方も御一緒に如何ですか? たくさん用意してきましたから」
「良いのか?」
ロイの言葉に遠慮がちに様子を伺っていた父様達は身を乗り出している。
成程、こういう事態もロイは予測してこの大きさで用意していたのか。
明らかに四人分オーバーな量に納得する。
レインが来れば閣下も付いてくる。
ミーシャ様の婚約者の兄様が来るとなれば父様ももれなく付いてくることが予想されるわけで先を見越していたわけか。仮に残ったとしても・・・いや、残らないだろうな。すぐ近くに団長と連隊長がいる。特に団長の底なし胃袋はまるでブラックホールが如くいつも食卓に上がる全ての食事を片付けてくれる。
そんなわけで父様とレインとその両親、そこに私達を加えた総勢八人でロイの弁当を囲む。兄様は陛下に呼ばれてミーシャ様の元に行っているそうだ。ミーシャ様と私は同学年だから姿を見なかったということは私とは別の試験でも受けていたのだろう。王族だからと試験は免除されるわけではないらしいし、だからこそ英才教育を受けていて成績が悪いと外聞が悪いわけで二年前はミゲルの超低空飛行の成績に教師達が手を焼いていたのだ。だがそんなミゲルも本人の努力の甲斐あってトップクラスとはいかないが上の下くらいまで成績を上げている。特に私が絶対だと言った算術だけはトップクラスのようだけど。
どうやら本気でウチに就職するつもりらしい。マルビスに言わせると意外に開発部門向きではないかということだ。小さい頃から様々な諸外国の交易品を見ているだけあって発想が独特らしい。
「随分と美味しそうな匂いを漂わせているな」
夢中になって空になった胃袋にロイの美味しいご飯を詰め込んでいると聞き覚えのある声が真後ろから聞こえて飛び上がった。
「ヘンリー様っ」
私の背後からひょっこり御弁当箱を覗き込んできたのは先程までの私の試験官。
彼はクンクンと鼻を鳴らし、強引に私とロイの間に割り込むと許可を得る事なく弁当に手を出した。
「ちょっと気になったことがあってね。確認したくて来たんだが」
確認ってなんだ?
私が首を傾げると彼はタマゴサンドを口いっぱいにほうばりつつ尋ねてきた。
「ハルト、君の魔力量って三千百だって聞いたんだけど、それって本当?」
・・・えっと、これって間違いなく疑われてるよね?
かと言ってこの場には閣下達もいるだけでなく公衆面前、アッサリ白状するわけにもいかないのでここはスッとボケてシラをきる。
「昨日測った時は確かそうだったはずですが」
殆どの子供は入学前には測定されることがないと聞いている。
これで押し通せないこともないはず。
それに嘘は言っていない。
ヘンリー様はタマゴサンドが気に入ったらしく更にそれに手を伸ばしながら私をジロジロと眺める。
「ふううん、そう。昨日、ね」
あっ、これはバレてるな。
少なくともそれ以上あるってことは。
かと言って認めるわけにもいかないので知らぬ顔で尋ね返す。
「それが何か?」
「まあいいや。実際受付でも確かにそう確認されてるしね」
ここは余計なことを突っ込まれる前にサッサと話を変えてしまおう。
私は素知らぬ顔でこれも如何ですかと竹串に刺した唐揚げを勧めて聞いた。
「何か用があっていらしたのではないんですか?」
するとそうだったとばかりに弁当箱から視線を上げる。
「そうそう、うっかり本題を忘れるところだった。
私の研究室への勧誘だよ。王宮以外に学院にも研究室を持っていてね。週一でここに高等部に講師として来ているんだよ。もっとも受講生はたったの三人しかいないんで、来年にはそれもなくなることになっているのだけれど。私は説明が下手だからね、仕方ない」
説明下手で生徒が三人って。
やっぱこの人私と似てるかも。
「無理ですよ? 私は初等部ですから」
「それは知っている。だが既に高等部の卒業生と同レベルの学力を持ち合わせているからと初等部学業教育は不要と判断されたと聞いている。私の研究室へ出入りしても問題ないだろう?」
受講生ではなく、研究生か。
そういえば私の使う魔術に興味津々、試験そっちのけで眺めていたっけ。
だけど、
「ありがとうございます。非常に興味はありますが研究生になるのは難しいかと」
「何故だ?」
断られるとは考えてもいなかったようでヘンリー様は目を見開いた。
「私は既に仕事を持っています。そちらが忙しいので」
「聞いてないぞ、そんなこと」
いや、そんなことを言われても。
試験最中にそんな会話を呑気にしている暇なんてなかったでしょう?
すると不意に背後からヌッと腕が伸びたかと思うと彼の襟を掴んで持ち上げる人が現れた。
団長だ。
「何を言っている? 説明したはずだぞ、俺は」
世話が焼けるとばかりに溜め息を吐いて眉を顰める団長にヘンリー様は首を傾げる。
「そうか? そうだったか、まるで覚えが無い」
「お前のその興味のないこと以外を覚えようとしない癖を直せ」
・・・前言撤回。
この人やっぱり私よりサキアス叔父さんよりかも?
少なくとも私は興味がないからと言って他人の話を簡単に聞き流したりしないし、一応覚えようと努力はする。覚えきれるかどうかは別問題で時々忘れていてロイに言われて思い出すこともあるくらいだ。だが言われればちゃんと思い出す。
「魔法魔術に関係ないことに大事な記憶力を割くのは勿体無いじゃないか。研究の役に立たないことは覚えておく必要はない」
しかも言葉から察するにそれを直す気もないみたいだし。
そう言うところは叔父さんよりタチが悪いかも。
私が乾いた笑いを浮かべて眺めているとヘンリー様と目が合った。
「だが、君、ハルトのことはこれからちゃんと覚えておくとするよ。君は実に興味深い」
ゲッ、ひょっとして面倒な人に気に入られた?
まあいいか。
担当は高等部だと言うし、滅多に顔を合わすこともあるまい。
「それで私の魔術試験の結果はどうなります?」
「どうもこうも魔術師三人相手に圧勝できるヤツに初等部の魔術教育が必要あるわけないだろう。いい宣伝になったと陛下が喜んでいた。この調子で午後の試験も頑張ってくれ」
そりゃなによりで。
だが私の戦闘は魔術がメインのスタイル。
許可されているのは強化、妨害などの初級の魔法だけ。直接攻撃に使うのは許されていない。つまり土魔法なら穴を掘ったり壁を作るのは許されても岩の礫などで攻撃するのはアウト。水属性なら足元を凍らせて滑り易くしたり薄い霧を作って姿を視認し難くするのはOKだが水弾での攻撃はダメと言った感じだ。つまり直接打撃攻撃などが許されなかった魔術試験と逆になる。
「もと近衛連隊長なんでしょう? 勝てとは流石に言いませんよね?」
私が使う手段は土壁や落とし穴、幻影などで相手を撹乱し、ちまちまと初級の魔法攻撃で隙を狙うか相手の体力、魔力切れを狙うものだ。もともとのスペックが違えば身体強化をかけたところで相手も同じように身体強化されれば敵うはずもない。三の三倍が九であっても十の二倍である二十には到底及ばない。剣の腕も今は三流から二流半程度にはなったけど相手が超一流では相手にもならないだろう。
団長はヘンリー様を抱えたままフッと小さく笑った。
「まあ普通に考えれば勝てないだろうな。引退して後進の育成に務めているとはいえ、いまだ武術大会ではシルベスタ国内でも十本の指に入る御方だ。一応はお前も子供だしな、その辺りは考慮して下さるだろう」
「一応とはどういう意味ですか?」
失礼なっ、身体的には間違いなく八歳児ですよ、私は。
「お前ほど普通という言葉が似合わない子供を俺は見たことない。知恵の回り方、人の使い方、度胸も肝の座り具合、どれを取っても大人顔負けだからな」
「それは褒められているのでしょうか?」
「褒めているつもりだが、そうは聞こえないか?」
いや、まあそうなんだろうなとは思うけど。
私はチラリと団長が襟首を捕まえて抱え込んでいるその人に視線を向ける。
「どうにも団長が今その右手で捕まえていらっしゃる方と同類という意味にも聞こえてしまいまして」
私の目の向かう先で扱いに不服そうにしているヘンリー様を眺める。
「ああコレか」
そう、ソレです。
「コレは他者に迷惑を掛けても自分の欲望目掛けて突っ走る、お前と似て非なるものだ。ヘンリーは目的達成のために他者に危険が及ぼうとも基本的に興味がない。道徳観念が欠如しているというわけではなく他が見えなくなるというのが正しいんだが」
似てるという言葉に多少引っかかりはしたものの、否定出来ない。
薔薇とチューリップが同じ花であってもまるで違うのと一緒か。
私は考えごとをし出すと確かに目の前や足もととかに注意を払わなくなったりして周囲に御手数、御迷惑をおかけしてはいるけれど行動を起こす時は極力他所様に迷惑をかけないようにしている、はずだ、多分。
悪党、罪人、敵対者の都合は考慮しないけど被害者にまでそれ以上の害が及ばぬように配慮している。全てに行き届いているとは言い切れないけど私は政治家ではない。他人に迷惑が掛かるからと自分に降りかかる火の粉を振り払わずにいたら今度は自分がその犠牲者になってしまうのだから。
自分の利己的な都合だけで突っ走る人は面倒以外の何者でもない。
「それって結構傍迷惑ですよね?」
「だから手を焼いている」
私が眉を顰めると団長が小さく息を吐く。
「失礼なっ、私には魔術の発展という崇高な目的があるだけだ」
崇高、崇高ね。
そういう言葉を他人に押し付ける人にロクな人間はいないというのが私の持論だ。
呆れたように眉を顰めた私をヘンリー様がムッとした顔で睨む。
「私は人の価値観をどうこう言えるほど立派な人間ではありません。
ですがヘンリー様の理屈からすると私達商人が商売のために手を汚し、団長達騎士団が国を守るために民を見捨て、領主である貴族が自分の領民を守るために他の領地の民を犠牲にしても構わないということになります。私達商人は自分の売り出す商品に誇りを持ち、買って頂いたお客様にそれ以上の金額の価値であると思って頂くことこそ至上であり、プライド。手を汚すということはその価値を貶めることに他ならない。
ヘンリー様は誰かの犠牲の上に成り立ったものを、それが例えば他者の血で汚れていたとしてもそれを崇高で価値あるものだと言い切ることができますか?」
これで頷くなら本当のロクデナシ。
そんな人に興味はないし、関わる気もないが、果たして。
白か黒か、善か悪かとばかりに選択肢を突きつけたつもりだったのだけれど、ヘンリー様はジッと私の顔を見て話を聞いていたかと思えばふむっと少しだけ考えて、いとも呆気なくあっさりと頷いた。
「成程、確かに言われてみればその通りだ」
あれっ?
なんかおかしくない? この展開。
ここは激昂して私が怒鳴られる場面なのではないかと思うのだが?
「やはりハルトは興味深い。今まで私にそのような説教をしたヤツは初めてだ。
しかも私を納得させることの出来る説明してみせたのもな。大概はただ迷惑だと怒鳴り散らすか、意味不明な理屈で丸め込もうとするヤツらばかりで、そんなものに従えるわけもなかろう」
もしかして、意外にこの人まとも、なのか?
面倒臭がって邪険にするばかりでこの人にそれが間違っていると教えようとしなかっただけとか言わないよね?
私は確認のためおそるおそる聞いてみる。
「御理解、頂けたましたか?」
「ああ。要するに皆が私のように魔術に傾倒すれば国も生活も立ち行かない、それぞれの価値観で大事とするものが違うからこそ日々の暮らしが成り立っているのだと、ハルトはそういうことが言いたいのだろう?」
伝わっている。
しかも私が口にしていない説教の先の言葉まで。
この人が人並み外れて頭が良いのはわかった。
おそらく、だが、この人を正当な理由もしくは屁理屈で論破できる人がいなかったか、面倒で説明しようとする人がいなかったか。それともこの人が聞く耳を今まで持とうとしなかったか。
しかしここは下手に怒るよりヘンリー様を持ち上げておいた方が良さそうだ。
「流石はこの国の頭脳と呼ばれる御方です。御理解されるのも早い」
大抵の人間は怒鳴られるよりもおだてられる方が調子に乗って頑張ることが多い。
かく言う私もその口だ。
前世で滅多に褒められることのなかった私は特にその傾向が強いと思う。
『この人、裏で何か企んでいるんじゃないの?』と思いつつ、つい調子に乗ってやらかしていることも多々ある。おだてられて、褒められて、頼りにされ、調子に乗った結果が今の現状、ある意味自業自得と言えなくもない。それが身に沁みているからこそ私は言うべきことは言っても怒鳴ることをしない。言い聞かせるべき相手に怒鳴って萎縮させてしまっては頭に入るものも入らない。激昂している相手に合わせて自分もテンション上げてはダメなのだ。感情論だけでは話し合いはいつまで経っても平行線、進むわけなどない。
案の定、当然だとばかりに頷いてヘンリー様は頷いている。
団長は驚いたようにあんぐりと口を開ける。
「こりゃ驚いた。初めて見たぞ。コイツが他人の意見を聞き入れるのを」
「納得する説明もできぬ者に私は従う気はないだけだ」
いや確かにそうかもしれないけど、おそらく理詰めで相手をやり込めて来たんじゃないんですかと言おうとしたがここは黙っておく。
「誰も説得しようとしなかったんですか?」
「説得しようにもコイツがまず話を聞こうとしなかったんだ。優秀な研究者ではあるのだがコイツが興味を示すのは魔法に関する知識欲のみだ。なのに珍しくお前には興味を示している。だからこそ聞く気にもなったんだろう」
私の問いかけに団長が愚痴をこぼす。
やっぱりね。
ちょっと待って。
今さりげに聞き捨てならないこと言ったよね?
私は団長の左の袖口を引っ張り耳元でコソコソと呟いた。
「まさか押し付けようとしないでしょうね? ウチはサキアス叔父さんで手がいっぱいです。他にも叔父さんほどではありませんが手の掛かる方が複数居ますし無理ですからね?」
いくら優秀な人材歓迎だとは言え限度というものがある。
これ以上は絶対みんなも頭が間違いなくハゲる。
「わかっている。それに一応研究者としては文句なし優秀なんでな」
「なんかサキアス叔父さんがまともに思えてきました」
叔父さんは確かにウチの中でもトップオブ変人だけど私や側近のみんなの話はちゃんと聞いてくれている。やるべき責任と仕事を果たしてくれるなら後は研究でも実験でも好きにして良いといってある。従えないなら側近落ち、食事は寮で食べるようにと脅してあるし。つまりは叔父さんの餌付けに成功しただけと言えなくもないが、後は貴族としてのプライドを叔父さんが持ち合わせていないというのも大きい。だからこそキールにぞんざいに扱われても自分の面倒を見てくれるのはありがたいと言っていられるわけで。
「アレとは面倒の種類が違う。コレは興味を惹くものがない時は比較的普通だし、爆破や異臭騒ぎは起こさない。アレは普段から面倒だろう?」
確かに放っておけばすぐに研究に熱中、没頭して寝食忘れてることも多いし、普段から多少の奇行がある。
「でも叔父さんは物で釣れますからね。自分がやらねばならない場面ではしっかり動いてもくれます。御褒美があればちゃんと働いてくれますし」
冷蔵庫の心臓部の作成も相変わらずノルマはしっかりとこなしてくれている。
受注が多すぎて生産が追いついていないのが悩みのタネではある。もう一人か二人、魔道具作りに長けた人材を雇い入れないと出荷数も生産数も増やせない。是非とも学園にいる間に良い人材を確保したいところだが、国と争うわけにもいかないので苦労している。多少の問題児でもそれが出来るなら検討の余地はあるが、だとしてもコレは問題あり過ぎ。ヘンリー様も作成可能だとしても御遠慮願いたい。
今のところ冷蔵庫を買えるのは上位貴族と一部の富裕層だけ。
材料費もかかるし置き場も欲しいとなれば一般家庭にまだ流通させるべきものでもないだろう。
団長はウチの領地の方向を遠い目で眺める。
「あそこにはお前の他にももう一人いるからな、アレを扱えるヤツが」
「キールはあげませんよ? ウチの大事なデザイナーですから」
それにどうやらキールは叔父さん限定みたいだし。
他の問題児達はハイドを除き、明らかに苦手みたいだ。
「どこかに居ないもんかな、コイツを扱えそうなヤツが」
ヘンリー様を上手く扱ってくれそうな人材?
団長の悩ましい呟きにベラスミ寮にいるバードとタッドの顔が浮かんだ。
ありがたいことに彼らは見事に問題児達の『母親』となっている。
何故父ではなく『母親』だと?
そりゃあ見れば納得、わかるというもの。
何かやらかせば廊下に座らせて説教をかまし、食事を取らせて部屋に戻す。
あれは世話焼きの母親そのものだ。
実にありがたい。
彼等がいるからこそアレキサンドライトの発掘、加工も上手く回っている。
私が一番のベラスミでの功績は彼等だと思うくらいだ。
「お前、今誰か思い浮かべていただろう?」
団長がジッと私を見て尋ねてきた。
「ええ、まあ」
なかなかに鋭い。
「でも無理ですからね。彼らを連れて行かれると今度はウチが困りますから」
「彼らだとっ」
食いつき方がハンパない。余程ヘンリー様の扱いに困っているようだ。
「そいつらはどこにいるっ」
「絶対教えませんっ、スカウトする気満々でしょう?」
「彼らというからには複数いるのだろう? 一人くらい譲ってくれたって良いじゃないかっ」
切羽詰まってるなあ。でも彼らはコンビで問題児達の面倒を見てくれている。どちらかが欠けても問題だし、他に渡すくらいならウチの隔離病棟に引っ張ってくる。
「嫌ですよ、折角見つけた非常に貴重な人材なんですから。ウチには面倒な人がたくさんいるって言ったでしょう。彼らを引き抜かれたらウチの従業員達の胃袋に今度は穴が空いてしまいます」
バード達にはしっかりと子供達にその極意を教育してもらって将来的にはウチの屋敷の商業棟の寮監に就いてほしいと絶賛計画進行中。是非とも父親の素晴らしい背中を見て育ってほしいものだ。
「とにかく用が済んだのなら早くその方を引き取って退散して下さい。私は昼食を取ったら少し休みます。午後の試験もありますし、もし何か普通の試験とルール変更がありましたら早めに教えて下さい。私は客引きの見世物ですからアッサリ負けてしまわないように対策を考えねばなりませんし」
ヘンリー様他二名の相手は流石に少し疲れた。
二人を追い出すまでの間、身体強化して走り回って攻撃を躱していたので明日は間違いなく筋肉痛。以前は最低三日間続いていたそれも今は筋肉が付いてきたおかげで二日に短縮された。
「手加減してくれとは言わないのか?」
「それじゃあ見世物にならないじゃないですか」
団長が不思議そうに尋ねてきたので何を馬鹿なことをとばかりに遠慮する。
「子供の目だけなら誤魔化せてもこれだけの観客前にそんな八百長みたいな真似をすれば見抜かれ逆効果、下手すれば午前中の魔術試験の結果も疑われますよ。それくらいならまともに戦ってボロ負けの方が良いに決まってるじゃないですか。魔術は達者でも武術はまだまだ御愛嬌ということでオチもつきますから全力でお願いしますとお伝え下さい」
頑張った結果まで疑われるのは割に合わない。
実際、私の実力など知れている。
いまだに魔術なしでまともに打ち合えば明らかに手を抜いているイシュカやガイから一本も取れない。二人が長年かけて積み上げてきた鍛錬にたかが数年努力した程度で勝てるとも思っていないけど。
私は私の長所がなんであるかを理解している。
ただそれだけなんだから、そんな奇妙なモノを見るような眼つき、やめてもらえませんかね。
「で、変更はあるんですか?」
ヘンリー様の回収だけなら他の者に任せれば良いところをわざわざやってきたからには何か理由があるんでしょう?
早く言えとばかりに催促すると団長が口を開く。
「試験時間は無制限、フリード様との体格差もあるからハルトに不利なのは間違いないんで有効打撃を一回相手に食らわせることで一本の二本先取制だ」
なるほど、大まかに言えば剣道やフェンシングみたいな感じの競技的なルールにするってことか。圧倒的な体格差からくる間合いの違いもあるのでそれでもこちらが不利なのは間違いない。
「有効打撃と判定される場所は?」
「指定はない。掠ったではなく間違いなく当たった、もしくは相手に攻撃による膝を突かせたと思われる状況で判断される。つまり投げ技などの体術も有効打と判定される。一応はフリード様にはまともに身体に入りそうな場合には可能な限り寸止めをお願いしている」
それはありがたい。それなら大怪我だけはしなくて済みそうだ。
「私に寸止めの必要性は?」
「可能であればということだ。もっともフリード様は一撃も喰らうつもりはないようだぞ。午前中の試験も見ておられて楽しみにしていると伝えておいてくれと」
それはまた面倒な。
武人というのはどうして戦闘狂みたいな御仁が多いのか。
血の気が余っているのなら引退などのせずに討伐部隊にでも移動するか冒険者登録でもして近隣領地の魔獣狩りでもすればいいのに。
「お前からの要望はあるか?」
「一応開始時の間合いは多めにお願いしたいということくらいですかね。数歩で距離を詰められては何かをするまでもなく『詰み』になりますから。対策を打つ僅かな時間くらいは欲しいです」
「わかった。それくらいの変更は通るだろう。後は問題ないか?」
「ありません。ではそれで少し考えてみます」
流石に見世物が良いとこ無しのボロ負けではカッコがつかない。
せめて一本。
それが無理でも善戦しました的に持っていかないとマズイだろう。
さて、どうしたものか。
魔術試験を見ていたという話だし、近衛連隊長をしてたというくらいだからヘンリー様のように人の話を聞かないということもあるまい。
と、いうことは私の戦闘スタイルもある程度バレていると見るべきか。
そうしてブツブツといつものように考え出した私はすっかり手もとがお留守になり、無意識に口に運んでいた食事をボロボロと膝や下に落としていたらしく、甲斐甲斐しくロイに世話を焼かれ、テスラとイシュカにさりげなく人目から隠されていたことには気が付かなかった。
それを見ていた閣下夫妻に苦笑され、父様に肩身の狭い思いをさせていたらしい。だがイマイチ理解していなかった私を一人にしておく危険性というものを正しく理解されたようだった。
悪い癖というものはなかなか抜けないもの。
お前もサキアス叔父さんやヘンリー様と同類だろうと突っ込まれてもこの時ばかりは否定致しかねる次第でありまして。
誠に申し訳ございませんと謝るしかないのです。
一応は直そうとはしているのですよ?
こういう時はほぼ無防備状態になってしまうので。
だけど結局この状態の時の方がいい案が浮かぶのも事実。
だからこそロイ達は自分達が側にいればなんとでもなるからとこの悪癖を止めない。
ただ自分達がいない場所でこのような事態になるのが困るのだと。
学院内は父兄、保護者は原則立ち入り禁止。
イシュカは講師補佐として出入りできることにはなっているが流石に始終側にというわけにはいかないわけで、それ故ロイ達に心配させ、その御役目をレインが賜ったというわけだ。
そう考えるとやはり私は叔父さん達のことを言えた義理ではないのでは?
まあいいや。
幸いにも私には嫌がるどころか喜んで世話を焼いてくれる人が複数いる。
今はもっと甘えて欲しいという言葉に感謝して、愛想をつかれる前になんとかする方法を模索するということで。
とりあえずは目の前の問題解決が先。
私の頭を悩ませるような事態が発生しない限り、私のこの発作は出ないのだから。
なんにせよ、みんな私に期待し過ぎるのだ。
私は所詮、前世の記憶という財産を食い潰している凡人なのですから。