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生まれ変わったら天才少年? 〜いいえ、中身は普通のオバサンなんで過度な期待は困ります  作者: 藤村 紫貴
第二章

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第二十三話 だから神様なんて信じません。


 みんなで話をしながら観戦しているが魔術試験では今のところレイン他二名の七枚が最高。五枚から六枚倒したのがニ十数人、後はそれ以下、平均三枚程度で目立った受験生はいなかった。

 火炎球で焼き払ったり、水球を放つようにして的に当てたり、風の勢いで巻き上げたりと様々な手段を使っているが基本的に使っているのは初級魔法が多い。イシュカに聞くと普通は学院入学時点で中級以上を行使できる者は少ないそうだ。上のクラスの魔法になるほど扱いが難しくなるわけで、ただ的を射るだけなら初級の方が使い勝手が良いのも確かだ。呪文を唱えている間にも鬱陶しい試験官の邪魔が入るわけで中級、上級になるほどに呪文も長くなるから集中力を乱されても失敗する。

 とはいえ子供相手、だいぶ手加減してはいるようだけれど。


 テストは順調に進んでいるようで受験番号も三百台後半に入る。

 さて、どんな方法で落とすのがベストかと考える。

 的自体は立っている杭に掛けられているだけ。別に破壊しても良いのだが的に当てるか地面に落とせば問題ないわけで、だからこそある程度の強力な風を当てられれば吹き飛ばすことが可能だ。

 いつもならあまり目立ちたくないと言いたいところだが、今日は見物客もいる。

 講義のこともあるし、陛下はどうでも良いが貴賓席には各国の来賓もいる。

 壇上に講師として上がるとなれば全部落とすのは絶対条件。

 詠唱破棄は秘密となれば初級は使わない方が無難か?

 そんなことを考えながらそろそろ順番待ちに向かった方がいいかと立ち上がったところで団長に呼ばれ、ノコノコとついていく。


「何か御用でしょうか。そろそろ待ちの列に向かわねばいけないと思うのですが?」

 このタイミングで呼び出されたということは何か裏があるということか。

 剣呑な目つきで団長を睨み上げる。

「その必要はない。お前は最後(トリ)だからな。全て終わり、競技場全て空けた時点で出番だ。用意が出来たら名前を呼ぶからこのままここから向かえばいい」

 普通なら受験者は場内脇の通路から登場となるはずなのにこの場で待機ということは、

「つまり見せ物になれと?」

「まあそういうことだ」

 すんなりまともに試験を受けさせてもらえるとはハナから思っていなかった。

 試験官を吹っ飛ばしても構わないと言った時点で何かありそうな気はしてたのだ。しかも実技試験官に有名どころを引っ張り出しているあたりから嫌な予感はしていた。

 私は深い溜め息を吐く。

「どうあっても注目されているのは間違いないですしね。仕方ありません」

 私は客寄せパンダ。今回に限ってはある程度覚悟をしていた。

 領地内での不祥事揉み消しの代償。

 責任逃れが出来ないこともない状況ではあったが、それをすると後から他国にバレた時がマズかったし、首謀者二人は今は私の奴隷、隠蔽工作も終了、ウチの管轄内で関わっていた者がいたという事実は全ては闇に葬られた。お陰で開発も開園も滞ることなく進められたわけだし、ここでケツを捲るわけにもいかない。

 二つ返事で了承した私に団長が珍しいとばかりにマジマジと見つめる。

「今回はやけに諦めが早いな。もっとごねるかと思ったぞ」

「陛下は無意味なことをやらせないでしょう? 各国来賓の前で講師を務める子供が頭の回るだけのクソ子供(ガキ)か、それに足る天才児か対外的に私の価値を示しておきたいってことですよね」

「話が早い」

 噂は聞いても名ばかりで一向に姿が見えてこない私に不信感を持たれないためにも必要なことなのだろう。

 地方の一部では勇者か神話の英雄かとばかりに語られているみたいだし。

 そんな胡散臭い噂、私なら絶対信じない。

 誇大表現、過大解釈のオンパレードに時々吹き出すくらいだ。

「で、それだけですか?」

「何がだ?」

 すっとぼけても無駄ですよ、それだけならわざわざここまで来る理由がない。

「これだけの観客に見せつけろというからには何か他の受験者達と違う条件や試験内容の変更なんてのもあるのでしょう?」

「お見通しか」

 当然。あの腹黒陛下がその程度で済ませてくれるわけもない。

「お前の相手は王室魔術士筆頭の補佐官というのは言ったな?」

「ええ、聞いています」

「他にも後二人、その部下、総魔力量七千超えの術者達がお前の相手だ。用意される的は全部で百枚。どんな手を使ってもいい、全部落として見せろということだ」

 二人増えてるし、国の重鎮、実力者相手に完勝しろって?

 相変わらずの無茶振りだ。

「制限時間は?」

「一応枚数が十倍ということで五倍にしてあるが、できる限り派手に、早く落とせとさ。全部落とせたらまた褒美をやるって言ってたぞ」

 数が十倍で、時間は五倍? 相手も三倍なんですよね?

 つまりはまとも(・・・)な方法でなくても構わないということなのだろう。

 しかも御褒美付きとは。

「いりませんよ」

 無料(タダ)より高いものはない。ロクなことにならないのは間違いナシだ。

 余分なモノは受け取らないに限る。

 狙っているのは出席日数免除のみ、勝てば講義以外の授業は免除してくれるって話だし、そうすれば集中講義が終われば屋敷に戻ることもできる。

「競技場一帯に結界は張れますか? 怪我人出したくないんですけど」

「任せろ。会場警備の近衛騎士団上位魔力量持ちに全力で張らせる」

 全力出せば客席に被害が出かねない。それなりにコントロールには自信もあるけど三人から妨害が入るとなれば手もとが狂えば大惨事。ガイとの特訓で多少は多数相手は慣れてきたとはいえまだまだ未熟者。

「登場の仕方も派手な方が良いんですよね?」

「まあな」

 今回話題の主役の御登場が地味では絵にならない。

「魔石の使用、身体強化と速力アップの先掛けは違反ですか?」

「いや、違反じゃないぞ。限られた陣地内ではあまり意味がないんで余計な魔力を使いたくない殆どの受験生がやらないだけだ。陣地から出ればアウトだからな」

 そりゃそうか。狭い陣地でそれを使う利点は少ない。

 だが先に使えるなら颯爽とここから加速して飛び降り、強化したジャンプ力で宙返り、シュタッと自分の陣地内に着地でもすれば充分だろう。

 陣地内からのはみ出しは即失格、直接の打撃攻撃不可か。

 試験官を魔法で吹き飛ばすこと自体は禁止されていない。早い話、魔法攻撃で倒してしまってから的を落とすことも反則ではないのだけれど、普通に考えれば試験官に危害を加えてまでそんなことをやる者は殆どいないし、的を狙う技術が判定基準であるということはマイナス点にもなり得るわけで。

「試験官が禁止されているルールはありますか?」

「受験者への陣地の踏み込みと的自体への結界だ」

 それは好都合、的に結界を張るのが反則ならやりようはある。

 だがここで注意すべきは試験官には狙うべき的がない。

 要するに私への魔法攻撃は禁止されていないということだ。

「七属性持ちはバレてるんですよね?」

「ああ。どエライ騒ぎになっているぞ」

 まあそうだろうね。

 ああいうことは口止めしても無駄。

 契約魔法でも使わない限り情報流出は止められない。ここだけの秘密、内緒だぞ、そんな言葉はアテにならない。それは繰り返されることにより、やがて公然の秘密が出来上がる。

「そうなると武術試験の方も変更が?」

「そっちは検討はしているが今のところ変更はない。あれば後で連絡する。ただ辺境伯が油断すればヤられるぞと忠告してたからな。相当張り切っておられることは間違いない」

 また余計なことを。

「他に聞きたいことはあるか?」

「ありません。どうせ開始時にルール変更が観客に説明されるのでしょう? 試験官の方々に最初から全力でお願いしますとお伝え下さい。手を抜かれていると思われては元も子もありません」

「良いのか?」

 片眉をピクリと上げ、団長が確認してくる。

 そこまで御膳立てしておいて何故そこは疑問形?

 普通に考えればわかるでしょう?

 私は説明するのも面倒臭そうに投げやり気味に答える。

「手を抜かれてタダのデモンストレーション、演出された単なる『見せ物』だと思われては元も子もないでしょう。大丈夫ですよ、魔力も全快、満タンですから結界を張れば上級魔法の二、三発程度なら問題なく防げます」

「お前な、上級魔法は『程度』で済ませられるモンじゃないんだぞ」

 団長が呆れたように言った。

「まあいい。とにかくそういうわけだ。考えてみると俺は殆どお前の戦闘を見たことがない。今日の試験、楽しみにしてるぞ」

 そういえばそうだね。

 私は基本的に後衛だし、団長が一緒の現場ってのも殆どない。

 それがこういう形で見せることになろうとは皮肉なものだ。



「団長は何の用事でした?」

 すぐ近くまで送ってもらい、戻ってくると開口一番イシュカに尋ねられた。

「私の試験はルール変更になるからここで待機しろって。思いっきり派手に暴れて目立ってくれって陛下の御要望らしいよ」

 私が肩を竦めてそう言うとロイが心配そうな顔をする。 

「良いんですか? そういうのはあまりお好きじゃないでしょう?」

「今回は仕方ないよ。それにもう七属性持ちも、魔力量三千越えもバレちゃってるし今更でしょ」

 まさか国内最高どころか歴代最高魔力量を持っていることは秘密だけど。

 最上級魔法が使えるのもコカトリスに襲われた時にバレている。

 そうなれば当然だがそれを使えるだけの魔力持ちであることもとっくに知られているわけで、つまり、噂と推測の域でしかなかったものが肯定されただけのことだ。ここ暫く平和(?)だったのだが、また面倒事が列をなしてやってきそうな状況になりそうな予感がしないでもない。

 それは諦めるとしてもできれば物騒じゃないのがいいなあと考える。

「暫くはイシュカとライオネル達に特に迷惑をかけるかもしれないね」

「それは構いませんが」

 私が名を上げるのを面白くない連中もいるだろう。

 正々堂々と勝負すれば良いものを貴族の方々は足の引っ張り合いと裏での画策、悪巧みがお好きな方が多いようだし、今は騎士団内に仮住まいがあるから注意しなきゃいけないのは行き帰りの道中と学院内か。一応警備もしっかりしてると言う話で講義ではイシュカも側にいてくれる。

「まあ折角舞台を用意してくれるって言うんだから私も少しはカッコイイとこ見せなきゃね」

 私が無様を晒すと側近であり、婚約者でもあるロイ達が恥をかく。

 馬鹿でロクでもない子供の婚約者にされたとは気の毒になんて思われたくない。

 いくら目立つのが好きじゃないからと言ってやらねばならない時もある。

 私はやっぱりロイやイシュカに自慢に思ってもらいたいのだ。

 そう、胸を張って言うとロイは微笑んだ。

「貴方はいつも最高にカッコイイですよ」

 そうだと言わんばかりにイシュカとテスラ、レインが頷く。

「それは絶対欲目だと思うんだけどなあ。でもありがとう、嬉しいよ」

 たまにはカッコイイとこも見せられてるかもしれないけど基本ヘタレだし。

 暴走して迷惑かけて、反省して、それでも同じことをまた繰り返す。

 いい加減学習しなきゃとは思うんだけど。

「では私達は貴方が勝利するのをここから見ていますね」

 テスラ、これは勝負じゃなくて、テストなんだけど。

「そうだよ、絶対ハルトなら満点合格だよっ」

 いや、レイン。ルール変更の内容、聞いていないでしょ?

 普通に考えると結構シビアだよ?

「王室魔術士筆頭の補佐官って、そういえばどんな人なの?」

 凄い人なんだろうなあというのは理解しているがその人物像は聞いていない。

 するとイシュカは口籠もり、少し考えてから言葉を選ぶように言った。

「私も詳しくは存じませんが噂では結構クセが強い方だと」

 ・・・・・。

 またか。

 どうして私のいく先々にはこういう人が多いのか?

 お前も人のことを言えた義理かとか、類が友を読んでるだけだろうとか色々とツッ込まれそうではあるけれど。

 それを聞いていた閣下が笑って教えてくれた。

「要するに変人だな。ある程度の常識は持ち合わせてはいるが魔術関係のことになるとその知識を得るために手段を選ばない。実力的には筆頭を上回る。研究者としても高名だが上に立つには問題があるんで実力はあるのだが補佐官についている御仁だ。其方の噂を聞いて自ら立候補したそうだぞ」

 だがそれで子供一人相手に三人がかり?

 それって大人げなくないか?

 だが筆頭を上回るということは、

「つまり魔法魔術的にはこの国のトップの方ということですか?」

「そうなるな。魔力量は私と同程度の二千八百くらいだったはずだ。火、水、風属性の三つを持ち、それを融合させて使うこともあるそうだ。但し武術の方はからっきし、体力も持久力もないからあまり戦場では期待できん。いくら上級魔法が使えても一、二発が限界、後は始終護衛をつけねばならん。自分の身を自分で守れない者に戦場にいられても手間が増えるだけだ」

 閣下がばっさりと切り捨てる。

 勿体無い。体力が上がれば使える魔法も増えるのに。

 技術があってもそれを支える身体がなければコントロールは上手くいかない。

 私も子供の身体で上級以上の魔法を使うのはかなり苦労したのだ。

 武術と違って筋肉ムキムキまでは必要ないけど撃った反動を支えるコツがいるのだ。

 父様が閣下の言葉に苦笑する。

「ですが今回は時間制限付きですからね。問題ないと思われたのでしょう」

 成程。ここは試験、戦いの場であっても戦場ではない。

 長距離の移動もなければ、無理だと判断した時点で即離脱、降参もできる。

 火と水、そして風か。その混合も出来るとなれば風で火を煽り、水弾などを風の力で加速するといった私が時々使っている手段か。となれば対策が打てないわけでもない。私は逃げ回るのは得意だ。上手く土属性や結界を使えば攻撃も反らせる。そうなると私はどう動くべきかと考え、いつものようにブツブツと呟き出す。

 設営にもそれなりの時間はかかるだろうし、まだ全員の試験も終わっていない。

 団長は合計魔力量は約七千だと言っていた。

 ってことは他二名は二千くらいの魔力量になるってことで、そうすると打てる上級魔術は一発が限界。となれば二人はそれを使ってくる確率は限りなく低いだろう。

 そんなことを考えだした私のすぐ近くで閣下とイシュカ、父様が笑っていた。


「だが今日でこの国魔術師トップの看板も下ろすことになるだろうな」

「でしょうね」

「我が息子ながら末恐ろしいですよ、全く」


 そんな声も夢中になっている私に耳に届くことはなかった。



 ハッと我に返ったのはロイの私を呼ぶ声にだった。

「ハルト様、もうすぐ出番ですよ」

「ああゴメン、ありがとう、ロイ」

 その中心には丸い円が描かれてその周囲は三つのブロックにわけられている。それを囲むようにぐるりと立てられた百個の的。

 こうしてみると百個という数は案外少なく見える。

 会場の大きさも勿論あるけど客席はほぼ満員、私達の周囲も随分と埋まってきている。おそらく他の実技試験を終えた見物人達が面白半分押しかけているのだろう。ガヤガヤと喧騒に包まれる中、最終受験者である私のために設えた特別試験という名のショーが始まろうとしている。

 団長の静粛にという怒号に場内が静まり返ると連隊長が今回限りの特別ルールの説明が始まる。それとともに会場には三人の魔術師が姿を現す。一人だけ纏うローブの色が違う。彼がその補佐官ということか。三つに分けたブロックの中で彼のところには一番多くの四十個の的がある。

 舞台が整ったところで私の名前が呼ばれ、返事をして立ち上がると行ってくるよと軽く手を振り強化魔法を掛け、疾走して三段跳びの要領で競技場へも落下防止に張られている柵を踏み台に大きく場内の空に飛び出した。

 勢い余って中心よりズレてしまったので宙で月面宙返り(ムーンサルト)を決めたところで風魔法で着地の衝撃を和らげ、地面に足をついたところでそのままバック転を繰り返し中央に立ち位置を調整、ピタッと動きを止めた。

 会場内はシンッと静まり返っている。

 しまったっ、やりすぎたか。

 まあいいや、既にしでかしてしまった後、ここは笑顔で誤魔化そう。

 にっこりと出来る限り爽やか系の笑顔を心掛け、私は微笑む。

 一瞬の間を開けてドッと場内が沸いた。

 子供からは歓声が、大人からはどよめきが。

 これから学院生活で重要なのは子供受け、この際大人にどう思われようと知ったことかと開き直る。


「私達が試験官を務める相手は曲芸師だったかな?」

 後ろにいた一般的なローブを纏った部下と思われる二人の内の一人からそんな言葉がこぼれ落ちる。

 皮肉だろうがなかなか上手いことを言う。

 確かに少々やりすぎた、これでは大道芸人もどきだろう。

 別にそんなことを言われたところで痛くも痒くもない。

 売られた喧嘩なら買うまでだ。

 私は彼の方を振り向き、微笑む。

「そうですね、そうかもしれません。私はクソ生意気でイケスカない子供ですので、どうぞ御遠慮なく全力でお願いします」

 動じない私が面白くないのか彼が舌打ちすると違う色のローブを身に付けた貴賓席正面側の術師が声を上げて上げて笑う。

「ここで煽るのか。ハルスウェルト、君は本当に面白いな」

「光栄です。私は常に面白味のある人間でありたいと思っていますので。

 それからどうぞ私のことはハルトとお呼び下さい」

 初めて見たが一見するとそんなに変人には見えない。

 体力がないと聞いているだけあって体格は細身、背も際立つほど高くはないがタイプで言うとサキアス叔父さん寄りの雰囲気がある。亜麻色の髪に赤みがかった紫水晶の瞳。ロイの瞳は青色が濃いので穏やかに見えるけど、この人はマッドサイエンス的な狂気を孕んで見える。言い方を変えれば情熱的とも見えなくはないが。

「私はヘンリックウェルゲルド、ヘンリーと呼んでくれ」

 そう言って差し出された手を握ると無骨とは言い難い綺麗な指。魔法一筋、剣など殆ど握ったこともないのだろう。

「では遠慮なく。ヘンリー様、若輩者ですがお相手宜しくお願いします」

「全力、だったな?」

「はい。各国来賓の方々を前にした、これはイベントでしょう? 

 迫力のない『見せ物』では観客が納得しませんし、我が国の魔術師の質を疑われかねません。大丈夫です、私は聖属性持ち。怪我をしたところで即死でない限り死にはしませんので御安心を。それに私の一番の自慢は逃げ足ですので」

 そう告げるとヘンリー様は腹を抱えて楽しそうに再び声を上げて笑う。

「本当に面白い。私と同等以上の魔力量、七属性持ちで一番の自慢がそれ、か」

「はい、私の師匠直伝ですから」

 それだけはガイにみっちり仕込まれた。

 敵わない相手でも生きていれば再チャレンジする機会に恵まれることもある。

 本当にヤバイと思った時はケツを捲って逃げろと。

 ヘンリー様は私が登場した方向にいるイシュカを視線で指す。

「師匠というのはアレか?」

「いえ、私には師匠が二人います。今日はそちらは来ていません」

 イシュカは普通の剣の師匠。二刀流、双剣はガイ仕込みだ。

 馬力不足の現状では今はガイの剣術の方が私には向いているけどこのまま成長すれば片手に盾を持つこともできるようになるだろうし、両手剣も扱えるようになるかもしれない。一般的な剣術の授業担当はイシュカだ。

 ヘンリー様は聞いてきたわりには興味なさそうにふうんと流す。

「だが承知した。確かに君の言う通り、半端なものでは貴賓席の方々も観客も納得すまい。私達は全力で行かせてもらうぞ。頼むから死んでくれるなよ?」

「ありがとうございます。今日は勉強させて頂きます」

 この国一番の魔術師と呼ばれているのだ。

 是非とも見たい、聞きたい、真似したいということで。

 教えてはくれないかもしれないけど真似ることはできるかもしれないし。

 門前の小僧経を覚えるという言葉もある。

「よかろう、とっておきを見せてやるぞ」

 そう言ってヘンリー様は背を向けると自分の定位置についた。

 

 さてさて、どんな技を見せてくれるのか、私の好奇心が首をもたげる。

 となれば、早々にやられるわけもいかない。

 的を射抜きつつ、逃げまわり、色々と手の内を見せて頂こう。

 私はワクワクしながら開始の合図を待った。 

 好奇心は猫をも殺す?

 そんな諺、知ったこっちゃない。

 私はつまらない生活も感動もなく終えるくらいなら冒険心溢れる日常の方が好みだ。


 と、待てよ?

 そう考えたところでハタと気づく。

 今までの困り事、厄介事、迷惑事態、ひょっとして?

 平和な日常万歳と言いつつ私はある程度の問題ならばどうやって片付けてやろうかと楽しんでいるところがあるのは否定しない。

 ってことは前世で私が望んでいたものが桁違いで転がり込んでくるということは、もしかしてこれらの日常は私が望んでいた結果とか、言わないよね?

 思い当たった考えにブルリと体を震わせる。


 だとしたら悪趣味が過ぎるでしょう?

 私が望んでいたのは日常生活におけるちょっとした冒険。

 今まで起きてきた問題厄介事の類はそんな言葉で片付けられる可愛いものじゃないでしょう?


 だからやっぱり神様なんて信じない。

 私は心からそう思った。 

 


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