第二十二話 男の性(サガ)というものです。
昨夜から張り切って下拵えし、更には早起きして用意したロイの大きなお弁当を持って早朝ライオネルに学院まで送ってもらった。
昨日は時間ギリギリで滑り込んだのに、今日は何故わざわざ朝イチから出掛ける必要があるのかと尋ねたら、
「最前列で貴方の勇姿が見られないじゃないですかっ」
と、熱弁され、乾いた笑いを浮かべた。
要は場所取りだ。
頭に過ったのは前世、子供の運動会での姿をカメラで撮影するために競って最前列を陣取る父兄の姿。ただでさえ鳴物入りの入学なのにこれ以上目立ってどうするとツッコミたかったが、あまりにも楽しそうなロイ達の姿に何も言えなくなってしまう。
それが嬉しくないわけではない。
弟、妹を優先され、私のそういった行事に親が参加してくれたことは殆どなくて、前世では子供ながらにそれなりに寂しい思いをした覚えがあったから。
異世界転生。
異世界転移でなかったことは私にとって幸せなことだったのかもしれない。
少しづつ私の心に空いていた隙間や穴が埋められていく。
そういう思いもあって強く反対もできずに私達は朝早くから出掛けることになったのだ。しかも三人とも(テスラは強引に巻き込まれていたけれど)私に恥をかかせてはならないと昨日の夜から着ていく服選びにまで余念がなかった。
わざわざ着飾る必要もなくみんなカッコイイよという私の言葉は嬉しそうに受け入れられたけど、ならば尚更貴方に相応しいと周囲にも思って頂けるようにせねばなりませんからと力説された。そういうわけで一際目にも眩しいこの着飾った高い顔面偏差値を誇る三人に囲まれ、出番は一番最後だと言うのに一般席でも一段高い陛下御一行様及び各国来賓の方々のために誂えられた貴賓席近くに陣取る結果となる。
目立っている。
間違いなく目を引いている。
色々な意味で。
服や格好が、というわけではない。
次々とやってくる父兄御子息その他の方々もそれなりに絢爛だったから。
ロイ達が地味に見えて逆に目立つほどには。
まあ普通に考えればケバケバしく着飾らない限りはどんなに男が着飾ったところで御婦人達のドレス姿に派手さは適うわけもない。
貴族の見栄というものか、全く面倒な。
だが言うまでもなく私のためにと一生懸命お洒落してくれたロイ達は間違いなく会場一綺麗でカッコ良かった(絶対私の欲目ではないはず)。それにやはり目がチカチカするような衣装より私は個人的に言わせてもらうならシンプルなデザインの方が好きだ。というか、そういうものだともとが良くないと地味になってしまうのだが私の自慢の側近兼婚約者達はまごうことなきイケメン、いっそう映える顔立ちは目の保養に間違いない。
しかし出来れば陛下から距離、取りたかったんだけど仕方がない。
ここまできたら開き直るしかないと腹を括る。様々な理由があるのだろうが幸いにも遠巻きに眺められ、視線は集中していてもすぐ近くの席は埋まらない。私達が座る席と反対側の貴賓席横が埋まっているもののこちら側、特に私の周囲は空いている。
ひょっとして貴族の間では悪名高き魔王様の近くに座ろうという勇者がいないだけなのか?
まあそれならそれで都合もいいか。
面倒な対応に追われることもない。
そうして人の出入りが多くなり、父様とアル兄様と一緒にやってきて合流し、そろそろ開始時間も近くなってきた辺りに不意に後ろから声を掛けられた。
「久しぶりだな、グラスフィート伯、ハルト」
「レイオット侯爵閣下っ」
立派な体躯。名だたる武人に相応しいその威厳で周りを圧倒しながらやってきたその人を見ると改めてレインは間違いなく侯爵閣下に似たのだろうと認識する。
相変わらず御夫婦仲のよろしいことで腕を組んでの御登場だ。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
立ち上がり挨拶した父様に合わせてペコリと頭を下げる。
「そちらもな」
お顔を拝見するのは半年ぶりほどか。
「今日はレインの試験の見学ですか?」
私がそう尋ねると閣下が小さく微笑む。
「それもある。だが多忙な其方に会うにはここに出向くのが一番早かろうと思ってな」
「閣下の御訪問をお断りしたことはないかと思われますが」
空いている日程を聞かれても合わせることが難しくていつも結構先になってしまうことばかりだが。
「確かにない。其方の予定がなく、在宅であれば、な」
「それを仰られると返す言葉もございませんが」
「別に責めているわけではない、気にするな。伯爵のそちらの御子息の婚約が決まったようで何よりだ」
「恐れ多く、誠に光栄なことではありますが」
父様達が恐縮して頭を下げる。
アル兄様がミーシャ様と婚約したことは今や国中の話題、ウチの領地でも大騒ぎになっている。
田舎の貧乏貴族から成金、更に王族と将来縁続きという出世の仕方がハンパない。
最早ウチに難癖つけるのも難しい状態となってきた。
そうなれば敵対するより仲良くしたほうが良いと方向転換、舵を切るのも無理ないわけで父様のところには兄様と姉様、妹達への縁談が山積みだった。正妻が無理なら側室でもとアル兄様にも更に話が来ているようだがアル兄様はその全てを断っている。
「ミーシャ姫では周囲から文句も出まい。相当数の申し入れがあったのだろう?」
視線を流されてアル兄様が答える。
「ハルトの御陰です。今まで私達は田舎の貧乏貴族と見向きもされませんでしたから。それに持ち込まれる縁談の大多数はハルトと縁を持ちたいからですよ」
「だが姫は違ったのだろう?」
尋ねられてアル兄様が照れたように笑う。
そう、最初は身分差に尻込みしていた兄様が婚約を決めた理由。
ミーシャ様からの強烈なアプローチだ。
私とのツテを作ろうとしてすり寄ってきた他の御令嬢達に対してミーシャ様は兄様しか見ていなかった。ロイやイシュカ達は最初、ミーシャ様は私に気があるのではと思っていたらしい。私もそう思わないでもなかったが、単に私よりアル兄様の方がより好みだっただけなのだろう。団長が言うには大人っぽくて優しく、強くて頭の良い、品のある人が好みで面食いということだったし。
随分と理想が高いと思ったものだが一国の姫君であればそれも許されるだろう。その条件からすれば私は大きく外れている。唯一当てはまりそうなのは強いという点くらいか。品があるとは言い難いし、大人びた優しい人物がお好みであれば売られた喧嘩を片っ端から買うような私はおおよそ理想像から離れている。面食いで顔が好みというなら兄様も私も父様似、大差なければより条件の合う方に傾くのは必至だ。
「陛下はハルトにお輿入れさせたかったのではないかと思いますけど」
アル兄様が苦笑してそう告げると閣下は微笑んだ。
「まあな。だが仕方があるまい。ハルトにその気もなく、最後は姫君の泣き落としに陛下が折れただけのこと。陛下も一国の王、本当に駄目だと思えば可愛い娘の申すことだとしても了承はすまい」
「ハルトの縁戚を狙っていることもあるのではないかと思いますが」
「それは否定せぬよ。だが姫君が最終的に選んだのは其方だ」
謙遜することはないとばかりに言う閣下にアル兄様が目を見開く。
そうなのだ。アル兄様はもっと自信を持つべきだ。
私は大きく頷いた。
「粗忽者の私より落ち着いた兄様を選ばれたということはミーシャ様に見る目があったということですよ。それに私の好みはアル兄様と違います」
「だそうだ」
閣下も私の言葉に笑って頷いた。
田舎者と馬鹿にしてアル兄様の良さがわからない、兄様自身をちゃんと見ていなかった貴族の御令嬢など無視しておけば良い。
私の自慢の兄様はどこへ出しても恥ずかしくないのだから。
全くだとばかりに得意げな顔の私を閣下がチラリと視線を向ける。
「それでウチのレインは其方の好みに合わないのかね?」
うわあっ、とばっちりが来た。
男だから駄目というのは五人の男の婚約者を持つ私の言い訳にならない。
好みか好みでないかと二択を迫られると非常に困る。
だってレインはまだ八歳、前世プラス今世でトータル四十超えの私にはまだまだ庇護すべき子供にしか見えないというのが実情だ。頑張っている姿を見ていてもカッコイイというより可愛いとしか思えない。一生懸命背伸びして早く大人になろうと頑張っているあたりは子供らしくて微笑ましい。
体格は全然可愛げがないけど。
同じ年のはずなのに頭ひとつ分違う立派な体躯。
閣下の血筋に間違いないのだろうがミゲルの友人達と比べても明らかにレインの方が一回り大きいし、大人びて見えるのだ。私も落ち着きっぷりと肝の座り具合でとても八歳には見えないとよく言われるが(それも当然、中身はオバサンなのだから)レインは別の意味でそう見えない。多分もう四、五年するとこの国の成人男性と対して変わらなくなるだろう。
だが当然ながら今は完全対象外。
私はへらりと笑って口を開く。
「どうにも私は年上の方に弱いのでレインが駄目というのとも少し違いまして」
「もう少し育った方が好みだと?」
どちらが良いかと聞かれれば、確かにもう少し育ってからの方が良いけれど。
「さあ、どうでしょう? その問いにはお答えしかねます」
肝心なところはぼかしてとりあえず曖昧に答えておく。
「まあ良い。嫌だとも対象外とも言わないということは脈がないということでもあるまい」
それは微妙かなあ。
嫌いなタイプではないけれど閣下みたいな体格になるとちょっと苦手かも。
本人やその家族の前では言えないけど。
「それでレインは? 御一緒ではないのですか?」
ここで待ち合わせしているのかレインの姿が見当たらなくて尋ねる。
「レインは受付番号が早かったのでな、既に控室で待機している」
そういうことか。
それでもうすぐ始まる息子の試験を見学に来たってことね。
「其方には本当に感謝している。二年前にはレインのあのような姿は想像していなかった。引っ込み思案で常に親である私達の顔色さえも窺ってビクビクしていた。あのままの状態であったらこうして学院に通わせることも難しかったであろう」
感慨深そうな顔で閣下が呟くように言う。
確かに二年前のレインは今の姿から想像もつかない。
口数が多くないところは変わってないけど蹲って泣いていた姿を見てからまだ二年しか経っていないというのに遥か昔のことに思えるほどだ。だがそれは私に手柄ではない。
「前にも申し上げたと思うのですが感謝は必要ありませんよ、閣下。私は最初の一歩を踏み出すキッカケを作ったに過ぎません。後はレインの努力の賜物です。私に礼を仰るよりレインを褒めてあげてください」
「勿論だ。まさか其方のところから帰ってくる前に辺境伯経由で獣馬を連れて戻ってくるとは流石に予想外だったよ。私でもアレを手にしたのは学院を卒業してからだ。驚いたよ」
それは私も驚いた。
「ご自慢の息子でしょう?」
そう尋ねると閣下が破顔した。
「ああ、そうだな。其方のところにやるのが惜しくなるほどにはな」
「連れて戻られても構いませんよ?」
恋愛対象外ではあるけれど大切な友人であることは間違いない。
レインがどこで生活しようとそれは変わらないのだから。
私の言葉に閣下は首を横に振った。
「いや、必要ない。というか無理だろう。アレにその気はない。私達は接し方を間違えていた。其方が正してくれなければ今のような関係でもいられなかったであろう。アレを育てたのは私達というよりハルト、其方だろう?」
「変えたのは私かもしれませんが育てたのは間違いなく閣下だと思いますよ。
だって、レイン、閣下にそっくりなところが多いですから」
肩を竦めてそう私が言うと閣下は腹を抱えて笑いを爆発させた。
「そうか、成程。そう言われればその通りかもしれぬな」
ひとしきり笑い終えたところで閣下は真面目な顔で私を見て続けた。
「だが親子とは離れていても親子、伯爵と其方の関係を見ていると特にそう思う。あの子がどこにいようとアレが我が息子であることは変わらぬ。困っていることで私が助けてやれることがあるのならいつでも手を貸す用意はある。ただ、もしアレが私達の手を借りることを迷ってた時は背中を押してやってもらえるとありがたいが」
「心に留めておきます」
「世話をかけるが頼むよ」
そんな話をしているとラッパの音が突然鳴り響き、会場が静まり返ると貴賓席に双璧を伴って陛下が姿を現した。長くもなく、短くもない適当な長さの陛下の挨拶が終わり、席につくと早速実技試験が始まった。
試験は広い競技場を六つに分け、試験官となる騎士や魔術師がそれぞれ子供達の相手をしている形式で行われていた。その横で採点をしている審判もいる。
私達の講義を受けるためだけにやってきた他国の短期留学生は実技は免除され、国内各地から来ている短期受講希望者は筆記、実技どちらか選択で免除され、既に試験は終わっているそうだ。本来の生徒は無料なのに対してこちらは受講料が掛かるので審査は厳しいが試験自体は甘いそうだ。私達の講義以外は好きな科目を選択して学ぶ事ができる仕組みにしてあるそうで、どれを選ぶかはその人の自由。留学生でも短期ではなく年単位の留学希望であれば要人用の特別寮も用意されている。そこに空きがあれば勿論短期留学生も利用できるそうだが殆ど埋まっているという話は聞いている。
一体どれだけの人数がいるのかと考えると恐ろしい気がしてならない。
「そろそろレインの出番であろう」
受験番号が呼ばれ、次々と生徒が入れ替わっていくが今のところ突出した受験生は見受けられない。
当たり前のことだろうが試験官を手古摺らせるような力量を持った子供などそんなにいるものではない。試験官も子供の力量に合わせて手を抜いている。身なりが良い子供が続いているのでまずは貴族の子供が多いのだろう。魔術を選択している女の子がいないわけではないが武術の方はほぼ男の子。平民ではちらほらと女の子が混じってくるそうだが貴族の子女達は殆ど社交と家庭技術一般を選ぶそうだ。家庭技術一般とはつまり早い話が嫁入り修行に近いものだ。平民の女の子でもそういったスキルが高ければ選択できる。将来的に優秀ならば貴族の御屋敷のメイドなどの働き口につきやすいというのもあるからだ。
しかしながらレインの実力からすればあの程度の対応では試験官の方が吹っ飛ばされないだろうかと思っているとレインの番号が呼ばれた時点で魔術担当試験官が三人から一人に減り、競技場の半分が空けられた。私が不思議そうな顔をしていると閣下が理由を教えてくれた。
「事前調査はある程度入っているというのもあるが体格、歩き方などである程度の力量はわかるものだ。その者の魔力量やレベルに合わせてスペースを空け、持っている属性により試験官も変わる。其方には負けるがレインは魔力量も多いからな。それで競技場の半分が開けられたのだよ」
そういうわけか。
確かに全ての生徒に対して半分の場所を占拠して試験していたら効率も悪く、時間も掛かる。そこで生徒に合わせてスペースを確保しているということだ。
閣下がジッと出てきたレインの方を見て尋ねてきた。
「アレは大丈夫だと思うか?」
「相手の方がどの程度かは存じませんが他の受験者のレベルを見る限り段違いにレインは強いと思いますよ。それは閣下もおわかりになっておられるでしょう?」
「まあな、問題は点数だ」
閣下と会話をしながら見ているとふとこちらを見たレインと目が合って軽く手を振ると仏頂面していたレインの顔がぱあっと明るくなる。
ああいうところは図体が大きくなっても変わらないなあと思う。
ホント、大型犬の子犬みたいだ。
「私は基準がよくわからないので、それはなんとも申し上げ難いのですが。イシュカはどう思う思う?」
試験官のほとんどは国の重要機関に勤めている人か、そこを引退して後進の育成に力を注いでいる人達だ。それを考えるとイシュカの意見を聞いてみるのが正しいだろう。
私が話を振るとイシュカは難しい顔で考え込んでから口を開いた。
「満点は厳しいでしょうがそれに近い点数はいかれるかと。ハルト様と一緒に訓練されていましたから詠唱も衛兵より早いくらいです。魔力量による相乗効果もありますから。ただ緊張されると力んで呪文が絡れる事がありますのでそれさえなければ」
そう話をしていると試験が始まった。
魔術試験は打撃などの直接攻撃は反則、全て魔法で攻撃、防御しなければならなく引かれた線より前に出てはならない。試験官の後ろにある十個の的に魔法を当てるか倒せば良い。当然ながら試験官の妨害が入るわけで制限時間内にどれだけ的に魔法を当てられるかに掛かっている。威力、技術その他の評価で百点、的を一つ倒すごとに十点加算され合計で二百点。ここまでの試験内容を見ていると二枚か三枚が良いところ。持っている属性も関係してくるので倒した的の数で甲乙は付けにくいけれどみんなどんぐりの背比べ。試験官も子供のレベルに合わせて手を抜いているからこそ割れているのだろうけど動きが鈍い。あれならレインなら十枚割れるだろうと思って見ていると割れたのは七枚だけ。いつも通りなら大丈夫だと思ったんだけど。
その結果が不本意なのか、悔しそうに拳を握っている。
緊張でもしたのかなと首を傾げていると閣下が皮肉気に笑った。
「アレもまだ青いということだな」
そりゃそうでしょうよ。
「レインまだ八歳ですからね。魔法も武術も訓練次第ですよ」
「そういう意味ではない」
発展途上、これからですよという意味を込めて言った私の言葉は閣下に遮られた。
ではどういう意味だと尋ねる前に閣下が口を開く。
「アレが失敗したのは其方に良いところを見せようと力み過ぎた結果だ。
男とは惚れた者の前ではカッコつけたいものだろう?
まあ良い。これも経験、良い教訓になる。現場でやらなかっただけマシだ」
冷静に分析している閣下にイシュカが小さく笑う。
「それは男の性というもの、仕方ありません」
「どんな時にも本来の力を出せてこその実力、アレもまだ未熟者ということだ」
見ていたアル兄様が感嘆しながら言う。
「あれでですか?」
「今は側にいい手本がいるからな。評判だぞ、騎士団でも支部に転属したヤツはメキメキ実力を上げていると」
閣下がチラリと私に視線を流す。
良い手本?
いや、悪い手本の間違いの間違いでしょう?
騎士団のみんなが強くなっているのは確かみたいだけどその理由は多分きっと私ではない。
「おそらくあそこにあるアスレチックが良い効果をもたらしているのではないでしょうか。彼らにはその日の開園前に点検も兼ねてアレを回ってもらっていますから。剣の稽古や体力作りだけでは鍛えられない筋肉が付いた結果ではないかと推察します」
以前よりもずっと体が動かしやすいと言っていた団員達。
本部と支部の訓練内容で何が違うのかと考えればわかること。
支部にあって本部にないもの、それはあのアスレチック施設だ。
ねっ、とばかりにイシュカに同意を求めるとイシュカがその先を続ける。
「はい、その効果は高いのではないかと私も思っています。アレは身体を上手く使わねばより早く攻略できませんからね。身体が以前より動かしやすくなって回避や受け身が取りやすくなったと団員が言っておりました。魔法を使うのにも基礎体力は必要ですし、肺活量も上がればそれを行使するための器である身体への負荷が減ります。戦場では突っ立ったままで簡単に詠唱をさせてもらえるほど甘くありませんからね。相手が強くなれば強くなるほど回避しながら呪文を唱えなくてはなりません」
そうなのだ。よく戦隊モノのヒーローとか必殺技を叫ぶ前に悠長にカッコ良くポーズを決めたりしていたけど、現実では攻撃されるとわかっていて大人しくそれを食らうために待っていてくれるはずもない。くると分かれば当然妨害するし、まともに食らわないように逃げるなり、結界を張るなりと対策する。
だからこそ無詠唱、詠唱短縮は大きなアドバンテージになり得る。
対抗手段を講じられる前にそれが撃てるなら最高だし、向こうが何を放つか判ればその対策を逸早く取れる。だがそれを出来る人ばかりではないのなら回避しながら唱えられればいいわけで。ああいうのは癖みたいなものだ。立ち止まって唱えるものだと思っていれば無意識に止まる。だが相手の攻撃を交わしながら唱える癖をつければそういうものだと身体が認識する。
ふむっと閣下が軽く考え込むと近くにいたテスラを振り返る。
「成程な。アレは商業登録されているのだったな?」
「はい。簡単な物はあと一年ほどでそれも切れますが、複雑な物になるとまだ切れるのは二年から三年、モノによっては五年、十年先の物もあります」
鍛錬場に置くとなればそこそこ複雑なものでないと効果は薄い。
だが戦力強化になる可能性があると聞けば武人としては欲しくなるのは当然だろう。
「ウチの領地の騎士達の訓練場横に土地がある。そこに幾つか建設してもらえないかね」
「そちらの話であればマルビスに」
閣下の問いにテスラが答え、イシュカが更に付け加える。
「緑の騎士団内でもその話が出ていて団長も陛下にお願いして発注すると話をしていました。どういうものにするのが良いか団員達に聞いてまわってましたので、そちらは団長に相談されると宜しいかと」
「では領地に戻ったら早速話を持っていくとしよう」
閣下は大きく頷いて陛下達のいらっしゃる貴賓席の方を眺めると陛下とバッチリ目が合って、どうしたものかと悩んでいると陛下が意味あり気にニヤリと笑い、怖気が立った。
何か良からぬことを企んでいないでしょうね?
最近どうにも陛下のやることなすことに裏がありそうに思えてならない。
私が疑いの眼差しでジト目すると愉快そうに唇の端が上がった。
やっぱりなんか企んでいるような気がする。
そうこうしているうちに合流してきた落ち込んでいるレインにすごくカッコ良かったよとフォローしつつ、午後の武術試験も頑張ろうねと励ましておく。
私の前でカッコつけようとして閣下は失敗したというけれどその気持ちはわからなくもないのだ。
だって自分の大事な人には駄目だと呆れられるより、男なら誰よりもカッコイイと思ってもらいたいし、女の子なら誰よりスゴイ、可愛い、綺麗だと褒めてほしいと願うはず。
そういうのは男でも女でも変わらないものだ。
私も例に漏れずに同じなのだから。
ロイやイシュカ、テスラや父様達の前で無様な姿は晒したくない。
それが陛下の思惑に乗っかってしまうものであったとしても。
私は私の大切な人達が自慢できるくらいカッコイイ男でいたいのだ。
その他大勢に褒められるより大事な人達には褒めて欲しいのだ。
やっぱり私も男の性にはかなわない。