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第二十話 遠慮というニ文字はどこですか?


 久しぶりに会ったレインはまた更にニョキニョキと育っていて私より頭一つ分デカかった。

 再会と同時に抱き付かれ、また万力で締め上げられるかのような抱擁に危うく窒息しかけたが。


 そうしてレインはウチで暮らすようになり、週に四日、午後にやってくるレインの家庭教師の内、ピアノとダンス、歴史を習いつつ、過ごしている内に季節は変わり、ベラスミの領地の塀と寮も完成。鉱石、『アレキサンドライト』の採掘も始まり、ジェット他、加工職人は住まいをベラスミに移し、実家に兄君を残してバードとタッドを囲い込むのも成功、家族ごと寮の一階に寮監としてそこに入った。

 アレキサンドライトはといえば珍しい色の変化する石として話題になり、私のベラスミの私有地周辺は欲の皮の突っ張ったシルベスタ貴族に幾つか山が買われたようだがまだ鉱脈は発見されておらず、現在市場独占状態。濁った透明度の低いものでさえそれなりの値段がついている。そうして山を買ってまた半分にまで減ったはずの隠し部屋の金貨は更に加速度的に増え始め、春になる頃にはとうとう入りきらなくなった。仕方がないのでウォーキングクローゼットを潰して金庫に変え、部屋には一先ずクローゼットを新たに置いた。

 レインも最初の頃は半分も出来なかった騎士団の早朝訓練メニューも半年後には付いていけないまでもなんとかこなせるようになり、最早剣技だけなら衛兵クラス。体格も更に大きくなってどこまで大きくなるのか心配になった。

 私はといえば時々イシュカ達に内緒でガイと一緒に屋敷を抜け出して実践訓練と称してギルドの依頼を受けては討伐に出掛けるのを繰り返し、いくらも経たない内にそれがバレて二人でロイとイシュカに二人がかりで説教されるのを繰り返し、やがて諦めたイシュカも一緒に付いてくるようになった。その成果もあってC級程度ではビビることもなくなり、B級クラスでも怯まなくなった。殺気を読むのは相変わらず苦手だが範囲が狭ければ潜まれない限りはそれも気付けるようになった。三人で領地内、特に私有地周辺の魔獣を狩りまくったせいでめっきり魔獣被害も少なくなったが、町の冒険者達に仕事を取るなと苦情を申し立てられ、春になる頃には自重するようになった。

 

 そんなふうに過ごしつつ、ウェルトランド周年祭を迎え、私は八歳になった。


 この一年ですっかり従業員達も自分の仕事に慣れ、私達が現場に駆り出されることも少なくなった。

 アル兄様はミーシャ王女と婚約が決まり、今年は学院高等部の二年生。

 ウィル兄様も無事高等部に進学、宰相の御息女と婚約した。

 ユリナ姉様も現在財務大臣の御子息との縁談が持ち上がっている。

 なんだかんだでガッチリと王族関係者と縁が繋がって、最早関係ありませんと言い逃れ出来ない状況が構築されつつある。どうしてこうなったと言いたいところではあるが、そこは兄様達が幸せならまあいいかと割り切った。

 

 こうして迎えた学院生活を迎えるための移動の日。

 入寮する兄様と馬車を別にして王都に向かうこととなった。

 それは何故か。

 私が緑の騎士団本部敷地内で生活することになったからだ。

 どうしてこうなったかといえば私が入寮するには問題があったためだ。

 名ばかりとはいえ私は商会のトップ。

 面会日も時間もが限られた学院寮では連絡が取れなくなる。

 決済のサインが欲しい書類や持ち込まれる新しい事業の報告やトラブル対応。

 寮生活では自由が効かない。

 別に全寮制というわけではない。

 実際、フィアやミゲルなどの王族や王都に住む貴族の子息令嬢達は送り迎え付きで登下校している。

 そこで最初は王都に家を買うか借りるかと悩んでいたのだが防犯上の問題もある。いっそ王家御用達の高級宿屋の一室を貸切にするかとも悩んでいたのだが、それがどこからどう漏れたのか、陛下達の耳に入り、ならば城に部屋を用意してやるから住めば良いと言われた。しかしながらイシュカならまだしもロイやマルビス、商業班幹部達と連絡が取り辛いからとお断りしたところ、緑の騎士団本部内に住居を用意されてしまったのだ。

 確かに緑の騎士団(そこ)なら間違いない。

 ルナもノトスも連れて行ける、必要以上の護衛を連れて行く必要もない。

 更には商会のみんなも顔も認知されているので出入りも問題なくできるし防犯については言うまでもない。王都に於いて城の次に安全なところなのは間違いない、間違いはないのだが。

 このニヤニヤと、してやったりと言わんばかりの団長の顔を見ていると嵌められた気がするのは私の思い過ごしだろうか?

 

「よく来たな、ハルト。待っていたぞ」

 私に同行したのはロイ、イシュカ、テスラとライオネル。

 他のみんなは用があればここと屋敷を行ったり来たりすることになる。

 どの程度王都に滞在することになるのかは三日後のテストの出来次第。

 学院での講義予定もあるので最低長期連休明けの一ヶ月が全部で三回、おおよそ一年の四分の一の三ヶ月、王都に滞在することになる。赤点取れば最低出席日数もそれだけ多くなるわけで。

 しかしながら団長にどうだと言わんばかりに開かれた一軒家は明らかに大きすぎるのだ。

 五人プラス客間二人分、キッチン、リビングと書斎付きで出来るだけこじんまりとお願いしていたはずだ。だが明らかに部屋数が多い。そして既に荷物が入っていると思われる部屋が一階に二つ程ある。

 私達の荷物は先に運び入れていない。

 と、なればこの状況は・・・

「今日から俺とアインツもここに住む。ハルトはウチの大事な軍事顧問だからな。団員総出でしっかり守ってやるから安心しろ」

 チロリと団長に視線を流して問いかける。

「守るじゃなくて、タカるの間違いでしょう?」

 私のツッコミに団長がガハハハハと豪快に笑う。

「細かいことは気にするな。決してお前らんとこのメシが目当てではないぞ」 

 結局自分でバラしてるんじゃない。

 私が呆れたように溜め息を吐くと背中をバシンと叩かれた。

「大丈夫だ、俺達はこの階より上には許可なく上がらないと約束する。

 賊が侵入した場合は別だがな」

 騎士団に侵入するような強者もいるのか?

 そう言うってことはいないこともなかったんだろうけど。

「まあいいや。ロイ、御飯作る手間が増えそうだけど構わない?」

「五人分も七人分も大差ありませんよ」

 掛かるのは材料費程度。

 王都に住居を借りるか買うかしなければならなかったことを思えば安いものか。

 しかも場所が騎士団内となれば護衛付き住宅なわけだし。

「ロイに感謝してよ、団長」

「勿論だ」

 一緒に付いて来てはもらったが実際ロイの仕事はここでは家政婦に近い。申し訳ないので最初は残って屋敷の管理でもしてもらおうかとも思っていたのだ。だがロイは自分が付いて行くと言って譲らなかった。あちらにはすっかり執事業も板についたエルドとカラルもいるし、『私の仕事は貴方のお世話をすることです』と言って聞かなかった。テスラは私の助手なのだし、何か思いついてもそれを形や書類に起こせる者がいなければとマルビスが同行を勧めたために付いてくることになった。今は王都にも我がハルウェルト商会の小さな支部がある。とは言っても殆ど事務所だけ、物流の仕入れや中継地点みたいなものだけど。

「とりあえず荷を解いたら明後日のテストに向けて歴史書にもう一度目を通しておくよ。赤点取ったらそれだけ屋敷とここを往復しなきゃならない数も増えることになるし。テスラ、ライオネルと買い出し頼んでもいい? 前もってお願いしてある必要な荷物は支部に届けてあるっていってたし、見つからないものがあれば頼んでおいてくれれば手配してくれるってマルビスが言ってたから」

「了解しました、では馬車を片付ける前にこのまま行ってきます」

 海も近いから港もある。ここは国の貿易都市でもあるのだ。

 殆どのものは手に入る。

 我がハルウェルト商会の商品以外なら。

 ウチの商品はウチの領地でしか販売していない。転売しているとかなら別だけど基本は地域限定商品、欲しければ是非遊びに来てねというヤツだ。そこでしか買えないからこその特別。というのは建前で、実際はまだ生産が間に合っていなくて他にまで回せないからだ。

 売上がもう少し落ち着けば領地外売りも考えるけど現状では厳しい。

 最低でも一年の四分の一をこれから四年間、ここで過ごすとなればその都度荷造りするよりもその方が面倒もない。

「では私は持って来た荷物の片付けと食事の準備を」

「私は騎士団の各班長に挨拶に行ってきます」

 ロイとイシュカがそれぞれ自分の役割分担に取り掛かる。

「それからこれは陛下からの書状だ」

 二人がいなくなったところで団長は懐から一枚の封筒を私に差し出した。

 イシュカも団長がいるからこそ私を置いて行ったのだろう。

 私はそれを開封して目をサッと目を通す。

 魔力量測定時は三千前後で調整か。詠唱破棄が可能なのは秘密で、と。

 となれば当日の早朝に四千の空の魔石を補充してけば学院で測定する頃には丁度良い塩梅になるだろう。全属性持ちは隠せないからから出来るだけ締め切り時間ギリギリに行くようにと言うことだ。入寮者は入る前に学院入学資格の最低基準魔力量を確認されるので当日は通いの生徒だけが門前の受付に並ぶことになる。大半は開始と同時に殺到するのでミーシャ様も終了近くに受付を通るから人混みは殆どそちらに付いて行くことが予想されるため、そんなに騒ぎになることもないだろうと。

 ありがたい、これなら物見高い見物客の大半を引き連れて行ってくれそうだ。

 アル兄様もこの日は高等部の授業がないのでミーシャ様のお迎えに出るそうだ。王女様の婚約者の座を射止めた伯爵家長男も話題の的になっているから尚更ありがたいことだ。

 人目を極力私から引き剥がす方向で段取りが組まれている。

 因みにレインは入寮となるので待ち合わせはしていない。

 昼は一緒に食べる約束をしているので中庭で待ち合わせしてるけど。

 受験番号は入寮順に配布され、王族以外は後は当日受付順。

 つまり私の受験番号は一番最後、ケツになるわけだ。

「承知しましたと陛下にお伝え願えますか?」

「わかった。それでテストの方はなんとかなりそうか?」

 歴史以外は勉強していないのだが、家庭教師によれば他は学力については全く問題ないと太鼓判を押されているし多分なんとかなるだろう。試験は二日掛けて行われることになる。三日後に筆記、その翌日に武術、魔術、社交、家庭技術一般から二科目が選択でき、それが筆記に加算される。

 筆記は全五科目、各百点満点、その他のそれらで各二百点、計九百点。これに魔力量の一桁引いた数値が加算され、その合計点が順位となり、能力、学力に合わせてクラス分けされ、特別クラスも存在する。要するに飛び抜けた才能があるのならよりそれを伸ばしてもらうのが目的だ。

「筆記と武術、魔術は問題なく。今回のテストで行われるのはそれだけですよね?」

「ああ。マナーとダンス、教養は授業が始まってからだ」

 ならばそう問題もない。それは入学審査に関係ないと言うことだ。

 基本的貴族の子息子女は余程酷くない限りは落とされることはない。

 落とされるのは平民、合格ラインは六百点だ。

 確認した私を見て団長が面白そうに唇の端を上げる。

「なんだ? そっちの方に問題があるのか?」

「いえ、まあ、ちょっと」

 特に教養、芸術系が。ピアノもなんとか並程度にはなったけど絵画は壊滅的なのは変わらなかった。

「お前にも苦手なものがあったとは意外だ」

「ありますよ、たくさん。ダンスとマナーは人並みですけど。まあ心配なのは教養の芸術関係だけですから。そちらは武術、魔術でカバーできるんですよね?」

「ああ、そうだ。俺も学院時代はそれで苦労したぞ。小さい頃からそっち方面の才能はからっきしだったんで親がそれをカバーできるようにと徹底的に武術方面を叩き込んでくれたんで助かった」

 成程、団長の両親は先見の明があり、苦手なものを教えることより息子の才能を伸ばす方を選んだということか。

「学力の方は大丈夫だったんですか?」

「当然だ」

 へえ、勉強もできたのか。

 流石腐っても鯛、名門、公爵家の御子息だったということか。

 そう感心しかけたところで団長が自慢げに口を開く。

「いつもギリギリだったが赤点だけは免れていたぞ」

 ・・・・・。

 それは胸を張って言えることなのか?

 予想を裏切らないというべきか、やはり脳まで筋肉なのは間違いないようだ。

「だが武術はダントツでトップだったんでな。無事卒業もできた。出席日数免除狙ってるなら試験官を吹っ飛ばしてやるくらいのつもりでやれ。総合点が高ければ高いほど免除される日数が増える。上手くいけばそっちの授業も免除されるかもしれないぞ?」

「それって目立ちませんか?」

「今更だろ? 出席日数が少なくて済むならその方がいいんじゃないのか?」

 ま、確かに一理ある。

 授業が免除されるということは御子息御令嬢とも顔を合わせる機会がすくなくなるということだ。たいした接触もなく、顔を合わせなければ自分のいないところでどう騒がれようと興味もない。

 私の商会のメインターゲットの客層は貴族ではないのだから。


「それはそうと、レインが入寮者の間で早速話題になっているらしいぞ」

「でしょうね」

 二週間ほど前に入寮の準備のために実家に戻っていったレイン。

 あまり口が上手くないところは変わっていないけど昔の泣き虫で引っ込み思案な頃の姿は想像もできない。

 私が行くところ何処にでも付いてこようとするところは相変わらずではあるけれど、剣に魔術、馬術にと、鍛錬に鍛錬を重ね、危ないからという理由で来るなとも言いにくくなってきた。

「久しぶりに見たが随分と印象が変わってきたな。立派な男の面構えになってきた。四属性、しかも千五百オーバーの魔力量持ち。オマケに容姿も女が好きそうなレイオット侯似の精悍な顔立ち、上級生にも劣らない立派な体躯だ。早速御令嬢達の間でも注目の的になっているようだぞ?」

 しっかりとした筋肉で覆われた若木のような体躯は如何にも男らしくカッコ良く令嬢達の目に映るに違いない。

 その上、侯爵家次男とくれば殆どの女性にとっては玉の輿。

 羨望と憧れを一身に浴びていたことだろう。

 二年前の姿を知っている私としては息子の成長を喜ぶ母親の気分。

 実に感慨深いものがある。 

「団長も今の内に唾つけといたら良いんじゃないですか?」

 間違いなく将来の有望株。

 青田買いしておいて損はない。

「既に勧誘済みだ。だが断られた」

 そう言って団長は肩を竦めて苦笑した。 

「『僕はハルトの側にいるために強くなろうとしただけで国を守るためではありません』だとさ。騎士団に入るつもりはないとキッパリ言われたよ」

 そう、そのうち好みの可愛い女の子でも見つければ醒めるであろうと思っていた熱は変わらず私に向けられている。

 ハッキリ言って予想外だ。

 私は自分の力の扱いに困っていた子供を放っておけなかっただけなのに。

 まるで卵から生まれた雛鳥が初めて目にしたものを親と思い込み、追いかけているかのようだ。

 いたいけな子供を誑かしてしまった感は拭えない。

 外見は既にいたいけとは言い難いものではあるけれど。

「刷り込みというのは怖いですよね。罪悪感で押し潰されそうですよ。

 ですが御令嬢の興味を引いてもらえるのはありがたいですね」

 私に向けられる好奇の目がそれだけ逸らされる。

 仕事を理由に貴族の夜会やパーティに滅多に出席しない私は貴族の御子息御令嬢の前に姿を現さない。私有地内はたまにヒョコヒョコと歩いているので地元民にはすっかり顔を覚えられているけれど。

 ウェルトランドも既に巨大滑り台にロッククライミング施設、湖を横切るジップライン、巨大迷路も完成し、競技場でのドッチボールトーナメントもすっかり定着した。最初の計画の内で、残すところはズレにズレて延期になっている劇場のオープンのみ。柿落としはこの際収穫祭に合わせようという話になっている。その頃にはベラスミからウチの領地までしか繋がっていなかった運河も第一次計画の南の国まで開通する予定、水道工事の完成も近い。

 ベラスミの開発事業も大詰めに差し掛かってきたし、鍾乳洞のアトラクションはオープンに間に合いそうもないけれど順次御披露目していくつもりでいる。ハイドデザインの商品もウェルトランドで少しだけ様子見で売り出しているが評判も良いので現在オープンに向けてストック中、あちらのメインデザイナーは無事ハイドに決まり、彼らの兄上からの返済も加わって、彼らの抱えていた借金は予定より早く完済されたがウチを出ていくつもりは微塵もないようで毎日楽しそうに仕事をしている。今度キールとのコラボ商品を出したいと言っていたので良いものができれば構わないとマルビスが許可を出していた。

 そんなわけで出たくもない社交界からはすっかり遠ざかっている。

 相変わらずちょこちょこと面倒な問題はたまにやっては来るけれど、以前のような厄災、災害などに匹敵するような魔獣とも遭遇していない。冬にちょっと十頭ばかりのグリズリーが領地外れに出没し、雪解けの頃にワイバーン七匹程度と遭遇した以外には。

 そう言うと相変わらずしっかり面倒事を引き寄せているではないかとみんなにツッ込まれはしたけれど、別にたいした被害が出たわけでもなし、騒ぐほどでもない。

 そしてその現場にもしっかりレインは付いてきた。

 まだまだビビッてはいるけれど以前の私を見ているようで微笑ましい。

 前線にこそ出しはしないが後衛でしっかりサポートしてくれていた。

 魔術、特に火と土属性が得意なようだ。バリバリの前衛向きで体格もいいので、慣れてくれば国内でも指折りの武人になることだろう。


「そういえばアイツ、王都に来る前に辺境伯のところに押し掛けたらしいぞ?」

 アイツって、話の流れから察するにレインのことには間違いない。

 私がそれを知らないことを思えばおそらくウチから実家に戻る前に訪ねたのだろう。

「なんでまた」

「お前に付いていくための獣馬が欲しいと一人で直談判に行ったらしい」

 ああ、そういうこと。

 何か突発的な問題が起きて現場に向かう時、獣馬に乗るイシュカとガイと私が先行することが多い。そんな時、レインは悔しそうに手綱を握り締め、俯いていたっけ。

「ここ一年、辺境伯のところに馬型の魔獣を捕えては運んでいるそうだな」

「そうですね、ガイと二人でちょっと訓練に出掛けたりしてまして。その時に遭遇したヤツだと思います。辺境伯に頼まれていたので丁度良いと」

 殺気の読み方と出し方の練習で、ウッカリ気の弱い個体を威圧し過ぎて相手が硬直したのをいいことに縛り上げて捕獲したヤツだろう。殺気のコントロールというのは案外難しい。威圧し過ぎても逃げられるし、加減し過ぎると群れで襲い掛かられる。最初の頃、一度弱い相手、Eランクのコウモリ型の魔獣、ライアンバッド数匹相手に威圧し過ぎて泡を吹いて気絶させてしまい、ボタボタと地面に落ちてガイに爆笑された。

「お陰で数も増えて現在では獣馬も三十頭を超えるそうだ。こんなに獣馬を抱えたことがなくて管理が大変だと嬉しい悲鳴をあげていたぞ。弟君にも相性の良い馬が見つかったと喜んでいた。礼に今度の休みにでも有望そうなヤツがいれば連れて遊びに来いと伝えてくれと言っていたな」

 それは良かった。

 決して武人として弱いわけではないのに弟君を気に入ってくれるヤツがいないと嘆いていたのは覚えているし、めでたいとは思うけど。

「話がズレてますよ、団長。それでレインは見事獣馬は手に入れられたんですか?」

「ああ。二頭に気に入られたそうだ。一頭は重戦車みたいなヤツで脚は遅かったらしくてな。もう一頭の黒毛のヤツを連れて行ったそうだ」

 獣馬も将来の有望株は見逃さなかったということだろう。

「じゃあ、おめでとうって言ってあげなきゃね」

「そうだな」

 獣馬に選ばれるということは武人の誇りだと言っていた。

 それを手に入れたというなら祝ってあげないと。

 私が微笑んでそう言うと団長は頷いた。

「近いうちに騎士団でも上位の何名かを連れて行こうと思っているのだがどうする?」

「休みが重なればウチの精鋭部隊二十人と共に御一緒したいところですけど無理ならできればライオネルだけでも連れて行って頂けるとありがたいですね」

 前は獣馬に振られて落ち込んでいたライオネルだけど、相性もあるのだから今度こそ彼にも付いて来る馬がいるかもしれない。以前よりも強くなってるし、魔術の使い方も格段に上手くなった。ライオネルはその頃でも充分に強かった。

「確かにアイツなら気に入る馬もいそうだな。わかった」

「私の予定はテストの結果次第ってとこですね。どの程度出席免除になるかによって予定も変わってきますし。とりあえず週七日の内四日は朝から晩までギッチリ講義予定が詰まっていますから。屋敷に戻る必要が出てくるかもしれないんでなるべく予定は固めて欲しいとお願いした結果なので仕方ありませんけど」

 トンボ帰りするなら一日半あればなんとかなる。

 だけど用事を片付けようとするなら最低でも三日は欲しい。

「他国からの留学生が押し寄せているからな。お前の講義の間だけの一ヶ月の短期留学者も多いぞ。有名な宿屋はどこもその期間は予約で半分以上埋まっているらしい」

「気が重いですよ、全く」

 流石に学院ではイシュカに任せきりにするわけにもいかないのでここ最近の支部での講義は私も講義室の一番後ろでイシュカの講義を受けていた。

 イシュカには他の誰に見られるよりも緊張するからやめてくれとは言われたが。

 いつもご意見板として横に座っていたのだし、いる場所が変わったくらいでしかない。私より遥かに教えるのが上手いんだから気にする必要もないと思うのに。

 大きく溜め息を吐いて俯いた私の頭の上にポンッと団長の手が置かれた。

「だが、感謝している。ハルト、お前のお陰で最近では討伐での殉職者が格段に減った。特にお前達の授業を受けた班長達も如何に怪我や犠牲を避けるかよく考えて戦うようになった。以前は大きな討伐が済んだ後に多かった退団志願者も今は殆どいない。陛下と俺が思い描いていた結果が二年以上も早く実現した。

 俺がお前にイシュカを付けたあの時の判断は間違っていなかったってことだ」 

 そういえばそうだった。

 イシュカは最初護衛として私のところに出向という形でやってきた。

 説明が下手な私から何度も話を繰り返し聞き、それを理解しようと必死だった。


「だから約束する。この恩は必ず返す。俺達の力が必要な時は遠慮なく頼れ。

 何があってもお前のピンチには駆けつけてやる。

 これは緑と赤の騎士団、全員の総意だ」

 私は大きく目を見開いて団長を見上げた。


「ありがとう、ございます」

 

 私の心強い味方はここにもいる。

 嬉しくて泣きそうになる私をロイが少し離れた場所から見守ってくれていた。

 私は決して忘れてはならない。

 様々な危険で面倒な事件に巻き込まれつつも、今日までこうして無事でいられるのはたくさんの人達に支え、助けてもらっているからだ。

 以前より遥かにたくさんのことができるようになった今でさえ私には出来ないことが沢山ある。

 人は決して一人では生きられないのだということを。

 二年前、父様が私にロイを付け、マルビスが私を見つけてくれたからこそテスラに出会い、団長が私に助けを求めてくれたからイシュカと巡り合い、街でキールを探し当て、イシュカが紹介してくれたからこそガイが私の元にきてくれて、そこにサキアス叔父さんが加わった。


「ねえ、団長」

「なんだ?」

「どんな時も自分の味方でいてくれる存在がいるって凄いことだよね」

 それは何物にも変え難い宝だ。

 私の言葉に団長が頷く。

「ああ、そうだな」

「それを考えると、むしろ御礼を言うべきは私の方なのかも。

 大事な片腕を取りあげちゃったしね。

 だけどゴメンね。返してあげられない。私達の大事な人なんだ」

 私がそう言うと団長は微笑んで、クシャリと私の髪を撫でる。

「気にするな。アイツの望んだことだ。

 イシュカは確かに俺の側からいなくなったが、俺にもお前に負けないくらいのたくさんの仲間がいる。俺はソイツらを守る術をお前達に貰った。だから俺は満足している。

 それに生きている限り会おうと思えばいつでも会える。

 そうだろう?」

 そう尋ねられて私は頷いた。

 生きている限り、生きていてくれるからこそまた再会する約束もできる。

「だから俺もお前に感謝しているんだよ。

『死にたがり』に生きる理由を与えてくれたお前に。

 俺はソレをアイツにやることができなかったからな。

 前にお前も言ってただろ? 

『大事なヤツは幸せな方がいい、それが自分の側であっても、なくても』って。

 俺もそう思う。今のイシュカはすごく幸せそうだ。

 だから礼を言わなければならんのは俺も同じ、つまりおあいこってことだ」

「そっか。そう、だよね。

 イシュカを大事に思っているのは私達だけじゃないんだもの」

「そういうことだ」

 それが人の繋がりというものなのだ。

「んじゃあ遠慮なく手に負えない時は団長に助けてって言うね」

「ああ、そうしろ。子供は遠慮するものじゃない」

「団長は少し遠慮した方が良いと思うよ?」

 私はチラリと一階にある団長達の部屋と思われる方向に目を向ける。

 するとまた団長は豪快に笑った。

 つまり笑って誤魔化そうとしてるってことで良いのかな?

「まあそれだけお前らのとこのメシが美味いってことだ。

 その内フィアとミゲルも食いに来るぞ、きっと。多分陛下もな」

 フィアとミゲルは構わないけど、陛下はチョット。

 顔を顰めた私に更に団長は笑いを爆発させた。


「陛下相手にそんな顔をするのはお前だけだぞ。本当に肝の据わったヤツだ」


 いや、悪い人でないことはわかっているんだけどね。

 どうにも手の上で転がされている感が拭えない。

 ああでなければシルベスタみたいな大国も動かせないのだろうとは思うけど。

 考えて見ればアル兄様とミーシャ様が結婚すれば陛下も団長も縁戚になるわけか。

 そう考えると未来の親戚には今から慣れておくべきか?


 まあどちらにしても先の話だ。



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