表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/369

第十九話 やはり私の意見は聞かれません。


 色々と問題はあったものの無事にサキアス叔父さんとジェットの報告書も上がり、土地の買い付けや寮建築の手配などジュリアスに任せ、私達は翌朝採掘した石を全て積み込んで屋敷に戻った。

 いつものように検問所を出た時点でイシュカがマルビスを、ガイがキールを、私がサキアス叔父さんを乗せて先行し、ケイや他のみんなには馬車と一緒に戻ってきてもらうことにした。ジェットには他の人に迷惑をかけたら寮建設の話は白紙だと勿論脅しをかけておき、思う存分石を磨いて貰おうと私達の代わりに鉱石を積んで置いたら嬉々として布を片手に木箱に飛び付いた。カラルとエルドには手間を掛けさせるけどお願いねと伝えると、

「お任せくださいませ」

 という頼もしい言葉が返ってきた。

 ありがたく先に屋敷に戻らせてもらうとロイとテスラが出迎えてくれる。


「お帰りなさいませ、ハルト様」

「ただいま、ロイ、テスラ。何か問題は起きなかった?」

 返事を返すと馬を降りて尋ねる。

「小さな諍いはありましたが旦那様が対応して下さいましたから」

 期間限定とはいえ父様の秘書に復活してもらっていたロイが教えてくれる。

 流石父様、ぬかりはない。

 粗忽者私よりもよっぽど屋敷の当主に相応しい。

 早速帰宅の挨拶と御礼を言いに行かなければ。

 その姿を探して視線を彷徨わせるとテスラが教えてくれる。

「旦那様ならハルト様の書斎でお待ちですよ」

 そりゃそうか。父様は私の側近でも従者でもないし、お忙しい中留守番を引き受けてくれたのだ。仕事をしているに決まってる。私が馬に積んでいた荷物を下ろそうとすると近づいて来たゲイルが代わりに降ろしてくれる。

「それからレイバステイン様がお見えになっております」

 そう付け加えられて私は驚いて手を止める。

「レインが?」

 意外な来訪者に私は目を見開いた。

 確か私の行く先々に付いてこようとしたんだけれど最低でも乗馬、出来れば剣技、もしくは危険回避の逃げ足を鍛えて来なければ無理だと追い返したはずなのだが。

「はい、昨日昼頃、お一人で馬に乗ってお見えになりました。条件は達成出来たから戻ってきたと」

 条件、つまり私が同行するために提示したそれをクリアして来たってことか。

 予想以上に早い。

 半分は諦めさせようとして出した課題だったのだがまさかこんなに早くその試練を乗り越えてこようとは予想外だ。

 考えてみればもともとレインの魔力量は多かった。

 持っている属性も火、土、風、水の四属性持ち。

 七属性全てを持っている私が言うことではないがこれは相当に珍しい。割合的には千人に一人いるかいないかだ。三属性持ちはそれなりにいるが、そのたった一つの違いが結構大きい。サキアス叔父さんは万人に一人の五属性持ちだが魔力量は少ないことを思えばレインはかなりの優良株だろう。実のところレインが四属性持ちだというのは閣下も知らなかったらしい。暴走時に火と風が発現することがあったからその二つは持っているだろうと思われていたのだが私と一緒に魔法詠唱の練習をしていた時にそれが発覚した。多過ぎる魔力量を扱いかねての暴走だったわけだがコントロールできるようになった今ではもうその心配もいらない。人見知りも随分マシになってきたことを思えば私のところに居候状態よりも閣下のところの方がしっかり教育できて良いのではないかと思うのだけれど。

「それで今レインはどこに?」

「今は閉園時刻が近づいていますから人混みも少ないので水上アスレチックに挑戦してみたいということでそちらは念のためウチの者を陰から護衛に付けてあります。レイオット侯爵閣下の書状を持ち、レイバステイン様を追って護衛の者が一人追いかけて来られましたが彼の方の安全を確かめた後、宜しく頼みますと先程お帰りになりました。そちらは旦那様が対応なされています」

 そう言ってゲイルが湖の方角に視線を流す。

 閣下に似て体格が私よりも一回り大きなレインは運動神経の良さも閣下譲りのようで体を上手く使って器用にアスレチックの障害を潜り抜ける。

 きっとまた大きくなってるんだろうなあ。

 私も成長期のはずなのにレインとの差は広がるばかりで。

 いやいや、成長期というものは人によって差があるけれど時期も異なるものだ。

 私もそのうちニョキニョキと伸びるはず。

 多分、絶対、伸びるはず。だよね?

 それはともかくまずは父様だ。

「わかった。ありがとう、そちらは父様に聞いてみるよ。私だけだと心許ないからマルビスとイシュカも一緒に来てくれる?」

「はい、勿論」

 二人の了解を得たところでもう一人、私の後ろに乗っていたはずのその人の姿を探す。

「叔父さんは・・・って、いないし」

「アイツなら研究所の方に走って行きましたよ。アレ、連れ戻しますか?」

 キールが研究室の方角を指さして教えてくれる。

 こういう時は素早い。

 おそらく途中になっていた研究が気になって仕方がなかったのだろうけど。今日も誰が叔父さんを後ろに乗せるか揉める前に私が自ら選んで後ろに乗せたわけだが初めて乗る獣馬に興味津々のご様子でベタベタとルナに触るものだからルナの落ち着きがなかった。しかしながら走り出してしまえばルナの走力でかかるGに慌てて私にしがみついたのだが。

 もっとも体格差でしがみつかれるというよりも抱え込まれている感が強かった。

 まあ色々言いたいこともあるが基本的に絶対やらねばならないことならやってくれるし、今も父様相手なら専門的な説明は必要ないだろうという判断のもとに駆け出したのだろう。

「報告だけなら叔父さんがいなくても問題ないから大丈夫。それよりキールもお疲れ様。ありがとう、叔父さんの面倒を見てくれてすごく助かったよ。キールがいてくれて良かったよ」

 私が御礼を言うとキールが照れたように笑った。

「いえ。じゃあ俺はちょっと工房の方に出掛けてきます。向こうで仕上げたデザイン画を置いてきたいんで。夕飯前にはアイツを引き摺って戻ります」

「お願いね」

 スケッチブックを胸に抱え込み、キールは工房に向かって駆け出した。

 本当に心強い限りだ。

 外に視線を向けたところでちょうど馬場まで馬を移動させていたガイが目に入る。

「ガイ、悪いけど運んできた荷物だけリビングまで運んで置いてくれる?

 約束したお酒はマルビスにお願いして上に運んでもらうから」

「流石御主人様、約束はしっかり守ってくれるねえ。んじゃ俺は料理長にツマミでも頼んでくるとするか」

 ガッツリ飲む気満々だ。

「ガイ、荷物運んでからにしてよ?」

「わかってるよ。任せとけって」

 床に置かれて荷物をヒョイっと担ぎ上げ、ガイが階段を登っていく。

「お手伝い致します。コレは例の石も入っているのですよね?」

「うん。だからとりあえず扱いが決まるまでは私の部屋に。明日また馬車でも来るからそれも到着したら運んでくれる?」

 ゲイルが確認するとイシュカ達もそれぞれ荷物を持ち上げる。

「承知致しました」

 父様がいるのは三階書斎。一応はまだ表沙汰にしたくないものだし、とっとと部外者立ち入り禁止エリアの三階以上に運んでおくに限る。秘密というものはどこからどう漏れるかわからないのだから。



「ただいま戻りました。留守を預かって頂きましてありがとうございました」

 ノックしてイシュカとマルビスと共に入室すると挨拶と御礼を口にする。

 父様は机に座ったまま視線を上げる。

「礼を言われるまでもない。お前には何度も助けられているのだ。この程度たいしたことではない。それに将来私もここの一員になるのだ。そうでなくても私はお前の父親、遠慮する必要などあるものか」

 そう言って父様は立ち上がると手をつけていた書類を置き、立ち上がる。

 今は一緒に暮らしていない父様だけど、一年半前よりも距離が近くなったような気がする。

 場所をソファに移したところでロイがお茶を持って入ってきた。


「それで例の鉱石についてはどうなった? 報告を聞こう」

 湯気が立ち昇り、ふわりと優しい匂いが香ってくる。

 一週間ぶりのロイのお茶。

 エルドもカラルも上手くなったけどやっぱりロイの入れてくれるお茶が一番美味しい。

 私がゆっくりとそれを堪能している横で主にマルビスが今回の調査結果を報告し、それをイシュカが補足していく。今回は調査だけということもあって珍しく大きな事件はなかったけれど貴重な人材も手に入った。成果としては上々だろう。

 父様はマルビス達の報告を頷きながら聞き、二人の報告が一先ず終わったところで大きくため息を吐いた。

「さて、これを陛下にどう報告すべきであろうな」

 そう、父様の言う通り問題はそこなのだ。

 ベラスミは独立自治区とはいえ腹黒陛下の国の一部。今まで報告例のない珍しい鉱石となれば報告しないわけにもいかないし、ましてそれで商売しようと言うなら尚更隠せば所得隠しになりかねない。所謂前世で言うところの脱税だ。どこぞの悪徳汚職議員でもあるまいし、所得隠しなどとそんなガメつく汚い真似をするつもりは微塵もないのだが鉱石が発見されたところで利益を追求しなければ実のところ現状問題はあまりない。それがあったところで利益を得なければ税金も発生しない。例えばこのウェルトランドのある小さな山に宝石が眠っていたとしても知らなければ意味はない、知らなければ掘り返せないし当然売ることもできないのだから鉱山としての価値はないと言うことになる。

 今回の場合で違うのは知っているか、いないかの違いだけ。

 要するにただ珍しい石を採掘して抱えているだけでしかない。

 一緒にしたくはないが気に入ったからと収集しているジェットと同じようなものだ。

 とはいえバレた時に余計な騒ぎになっても困るから報告はしておくにこしたことはない。どうしたものかと頭を悩ませているとマルビスが徐に口を開いた。

「まずはそこそこの程度のもので報告、加工し、献上品として贈られては如何かと」

「程度の良い物ではなくて、か?」

 父様が聞き返した。それは私の疑問でもある。

 今までマルビスは陛下達への贈り物は出来る限り良い物を、最高級品揃えて来た。なのに今回に限って何故『そこそこ』なのか。だがその理由を聞いて納得する。

「良い物を贈れば次は『もっと美しい品を』となります。珍しい上に美しいとなれば貴族の間でベラスミの土地の奪い合いにもなり、混乱になりかねません。ロープを張り、危険勧告されているだけの現状では鉱石泥棒の侵入も防ぐことも出来ませんし、迷い込んだフリをして侵入され、万が一事故でも起きれば補償問題にもなります。公にするのであれば、まずは魔獣侵入防止のための防衛手段という名目で高い塀か砦を築き、ハルト様所有の土地を囲い込んでからの方が宜しいかと思われます」

 問題の先送りと言えなくもないが警備人員を用意するにも防壁を用意するにも時間がかかる。早々に報告していらぬ諍いを起こすのもよろしくない。まだ珍しい鉱石が見つかったという話は私達と側近と商業班の大幹部などごく僅かの限られた者が知るだけだ。警備も地質調査と伝えてあるのでライオネルには口止め済みなのでそれ以外だと今回の同行者の中で他に知るのはエルドとカラル、ジェットくらいのものだ。積んでる鉱石もジェットの趣味だと思われているようでいい隠れ蓑になっている。

 父様はマルビスの意見にフムッと考え込む。

「一理ある。まだ宝石と呼べるほどの物は見つかっていないことを思えば期待値を上げ過ぎるのは愚策か」

「はい。ですが報告しないというのも問題があります。ですのでまずは新商品の装飾品の一部として使い、珍しい石をハルト様が拾われたのでということで献上しておくのが適当かと」

 確かに言い回し的には嘘でも間違いでもない。

 何個か割って磨いてみたけど不純物が多く、透明度が高いと言えない濁った色のものばかり。ただそれでもそこまではと言うだけで翳せば向こう側が僅かに透けて見えるものもあったことを思えばこの先それが出てこないとは言い切れない。

「城に提出した騎士団の報告書はどうなっていた?」

 父様がイシュカに確認する。

「二週間前に提出されたものは鉱石に関する情報までは報告されておりませんね。実際私もこのような石の存在は初めて知りました。洞窟調査というのは何度もしてきましたけれど岩や土壌、ランプの光の反射具合によって内部の色が違うこと自体は珍しくもありません。ですが光の性質によって色を変えるものがあることなど知りませんでしたし」

「ってことは今までの洞窟にもこういう石があったかもしれないってこと?」

 存在を知らなければ気が付かないこともあり得るかと思って尋ねるとイシュカは首を横に振った。

「いえ、それはないでしょうね。問題が起きた洞窟は殆どの場合、我々騎士団が先に入った後、危険がないと判断された時点で国やギルド、もしくはその洞窟の発見された領地の領主の抱える調査隊が入ります。詳しくはない私達騎士団が見落とすことはあっても専門家や研究者達が見落とすことは考え難いです」

 そういえばリッチ討伐の時もダルメシア達のギルドが調査に入ってたっけ。

「ってことは今回もその調査隊が入るってこと?」

「いえ、今回は十中八九入らないでしょうね」

「どうして?」

「あの山が崩落の危険大と報告されているからです。その上あのような大型の魔物が這い出てきた場所となれば尚更です。専門家達は私達と違って身を守る術を持たない方が多いですから。貴重な研究者達をそのような危険な場所に送り込むことはまずあり得ません。しかも山は穴だらけ、そのせいで崖崩れや地滑りを起こしたのではないかとも分析されています。そうなればいつ崩落するとも限らない、そんな危険な場所では資源が見つけられたとしても採算が取れるほどの採掘量は見込めないと判断され、採算が取れなければ派遣する価値もないと取られるでしょう。

 見られるとしても入り口から覗き込む程度ではないかと思われますが、多分それもないでしょうね。特にベラスミでは今までそのような鉱石が採掘された実績もありませんから」

 鉄鉱石の輸出のみでなんとか持ち堪えているだけの貧しい国。

 攻め落とす価値もない管理も面倒な国。

 そう評価されていたんだっけ。

 私からすれば面倒であっても温泉が湧き出てる時点で魅力的だったのだけれども。

「塀の完成予定は?」

「最優先で進めるつもりでいますので二、三ヶ月もあれば。少なくとも冬前までには安全面を考慮しても完成させたいところですね。資材はベラスミだけではなく、こちらからも発注をかけ、すぐに手配します。それと平行して寮建設も急ぎます。施設建設予定地には地質調査が済み次第問題がなければ外側だけでも先に建てて置こうかと。資材さえ運び込んでおけば室内作業も進行可能ですから。ただ日程的に今年のオープンは難しいかと思われます」

 父様の問いにマルビスが答える。流石相変わらずやることが素早い。

「経費は大丈夫なのか?」

「新たな土地と山の購入代金と塀の建設費用は私の個人資産から出しますので問題ありません」

 開園が遅れれば当然経費も嵩む。

 父様の心配はもっともだが既にそれは対策検討済み。

 今にも雪崩を起こしそうな私の隠し部屋の金貨から支払い予定だが、所謂立替みたいなものだ。

「ハルウェルト商会の方から捻出しても良かったのですが土地は個人の資産として買い上げてしまった方が主張も通りやすいかと」

「確かにな。商会所有となれば国も監査が入りやすい。だが個人資産となれば利益が発生しない限りは調査対象にはならないからな」

 そう、それが大きな理由。

 商会管理となれば利益を見込んでいると取られかねない。

 だが私名義ならまた何か訳のわからないことを考えているか何かだろうと解釈されるだろう。みんなが言うには私が脈絡のない行動をするのはいつものことなので怪しまれないだろうと言うのだ。失礼だなあとは思うもののこの世界の一般常識とは違うことをやっている自覚はあるので特に反論はしなかった。

 それにそう思わせておいた方が都合が良いところもある。


「公にする時点で商会がハルト様から土地を買い上げる形を取ります。ハルト様名義のままではハルト様から商会へ、商会から更にお客様へと段階を踏むと二重課税がかかりますから税金対策にもなりますしね。商会事業として採掘も売り出しも大々的に進められます。

 今年の冬の運河開港に合わせてその利用客相手にショッピングモールを半分ほどと宿屋を一軒程度オープンしようと思っていますのでそちらで順次売り出していけば資金繰りも問題ないと思われます。完全オープンは来年の冬前を目指したいですね」

 そうマルビスが説明すると父様は納得して頷いた。

「まあそちらは其方らに任せておけばその辺は大丈夫だろう」

 まあね。ここを発展させた手際をみればその手際手並みは疑うべくもない。グラスフィート領にとっての最高の幸運はマルビスがここに住み着いていたことに違いない。そのお陰で王都で名を馳せた商会一団を一気に雇い入れることに成功したわけだし、彼らの情報網と流通経路の確保の手並みには恐れ入る。

「まあそれはそれで良しとして、問題は昨日お見えになられたレイオット侯爵閣下の御子息の対応についてなのだが」

 父様が溜め息混じりに呟くように言った。

 ロイは冷めた父様のお茶を入れ直し、そっとその前に置くと気を落ち着けるためか父様がそれに口をつける。

 それを見ていたマルビスが苦笑する。

「閣下の書状も届けられたらしいですね」

「ああ、そうなのだよ」

「何かお困りになるようなことでも?」

 父様の顰めっ面が答えを聞かずとも物語っている。

 どうやら相応に厄介な案件のようだ。

 しかしながら閣下はそんなに無茶ぶりするような方には思えないのだが、何か訳があるのだろうかと続く言葉を待っていると父様が重い口を開く。

「レイバステイン様がハルトに好意を寄せているのは知っているな?」

「はい。あれだけ露骨であれば気が付かないでいられる方がおかしいかと」

 流石にそれは私でも知っている。

 実にあからさまに猛烈アピールしてくるし、言葉でも態度でもハッキリ示されている。その度お断り申し上げているのだがレインは一向に諦める気配がない。外見が子供でも中身はしっかり大人(?)な私からするとロイ達でさえギリギリなのだ、七歳の子供は完璧対象外。少なくとももう十年ほど育ってもらわねばキツイ。

 この国の成人年齢は最低ライン。

 それでもまだ後ろめたさがあるくらいだ。

 中身云々はともかく外見はしっかり子供なわけだから問題ないだろうと言われたらそれまでだが精神的に後ろめたいことこの上ない。年端もいかぬ子供を誑かしているようで居心地が悪い。

 父様は頭を抱え込んで懊悩する。

「閣下の書状の文面から推測するに、彼の方をハルトの伴侶に押し込もうとしているのではないかと思われるのだよ」

「でしょうね」

 イシュカにキッパリ言い切られ、父様は更に深いため息を吐いた。

「やはりか」

「明らかに侯爵閣下はレイン様を煽っておられましたし、レイン様自身も私に第一席を奪ってみせると宣言なされましたからね」

 イシュカに恋敵(ライバル)宣言までかましていたとは。

 てっきり内気で大人しい、言いたいことの半分も言えないタイプだと思っていたのに驚いた。

「再度学院入学前まで彼の方を預かってほしいという書状が来たのだよ。滞在に際しての費用は全額負担し、入学までに必要な学力などの教師もあちらで手配するから屋敷の一室を借り受けたいと。そのついでにハルトも学ぶ必要がある教科に関しては一緒に学べば良いと」

 そう言えばそうだ。

 つい日常の忙しさにかまけて忘れがちでいたけれど。

「ハルト様も来年から学院生ですしね」

「ロイは必要があるとすれば歴史とダンス、芸術方面くらいだろうと言っているが」

 肩を竦めたマルビスに父様がみんなに意見を求めると、まずはイシュカが口を開く。 

「私もそう思います。ですが最近お暇な時は歴史書を御覧になってみえましたから最低レベルは既に達しておられるかと。ですが出席日数免除を狙うとなれば総合点は飛び抜けていても一教科でも平均以下があればその授業は単位を取る必要が出てきますから」

「ダンスも平均点程度なら大丈夫だと思われます。芸術の方は武術もしくは魔術が優れていれば免除されますから最低点でも問題ないでしょう」

 そうマルビスが付け加えた。

 つまり私の芸術的センスは期待されていないってことね。

 武術、魔術で補填しなければならない程度には。

 まあ反論できませんけど。

 芸術自体は選択科目だ。音楽でもピアノ以外にも選べる楽器はあるし、美術をとるという選択肢もあるがキールを探して雇ったくらいだ。期待されても無理というもの。私が描いた絵は馬も羊も等しく別の得体のしれない生き物になる。

「芸術関係はそんなに酷いのか?」

 呆れたような父様のいいようにズドンと床にのめり込んだ気分になった。

 そんな私の様子を見てマルビスがクスッと笑う。 

「ある意味芸術的ではありますね。しかしながらセンスがなければ商品開発も無理ですからね。ないわけではありません。おそらく性格的な要因が大きいのではないかと」

 商品開発は前世のパクリだからセンスは関係ない。

 だがマルビスの意見も確かに否定できない。

 適当、大雑把、そのあたりの性格が影響していることは間違いない。

 しかしある意味芸術的か、上手い言い方だが決して褒められているわけではないことくらいはわかっている。

 落ち込んで俯く私の頭に父様の視線が刺さっているのを感じた。

「まあとにかく、だ。ハルトに学ぶ必要があるかどうかは置いておいて、どう対処すべきかというのがまずは問題なのだよ」

 あっ、ひょっとして父様現実逃避した?

 ピアノのお稽古最近サボっていたし、呆れられても仕方ないのだけれど。

 イシュカが難しい顔をして意見を述べる。

「ハルト様のお側にいるとなればもれなく面倒事もついて回りますからね。レイン様の安全も確保するとなれば専属の護衛も必要になるでしょうし」

 それが一番の問題なのだよと言おうとしたところでその言葉は父様に遮られた。

「必要ないそうだ」

 一瞬にして目が点になった。

「・・・はい?」

 聞き間違いか?

 思わず尋ね返した私に父様がもう一度言った。

「必要ないということだ。自分の惚れた者どころか己の身も守れぬ程度ならそれまで、他にも息子は三人いるので万が一の場合にも問題にはせぬとの誓約書付きだ。騎士団には剣の腕を磨くために特別に早朝訓練に参加させてもらうように頼んであるからと。今朝から既に参加されていたよ。まだ付いていけてはいないようだが」

 騎士団支部の訓練に参加って、それは無茶が過ぎないか?

 あんぐりと口を開けた私にマルビスが感心したように言う。

「なかなかの根性を見せますね、レイン様」

「どんな御令嬢にも見向きもしないそうだ。どちらにしてもこのままでは縁談も纏まらないからと」

「かと言って言葉通り放ったらかしも不味いだろうと、こういうことですか?」

「そういうことだ」

 私が良かれと思って手を差し伸べた結果がこれなのか。

 どうにもいたいけな子供を誑かしてしまった感が拭えない。

 父様とマルビスが顔を見合わせて再び深い溜息を吐いた。

「まあ私達はもともと末席でも構わないと婚約者の席を頂いたわけですし、ハルト様が宜しければ私達は構わないのですが」

 って、構えよっ!

 あんまりにもあっさり受け入れ過ぎでしょうよっ!

「無理ですったら無理ですっ、もう既に五人も婚約者がいるんですよっ」

「だそうです」

 すかさず反論したがあっさりマルビスに流された。

「とはいえ追い返すわけにもいきませんしね」

「おそらく一緒にいる時間が長くなればコレ(・・)が絆されるだろうと。それを狙ってみえるのではないかと思われるのだが」

 っっっっっ!?

 なんですとっ⁉︎

「間違いなくそうでしょう。ハルト様は押しに弱いところがありますから」

 チラリとイシュカに視線を流される。

「だからってなんで男ばっかりなのっ⁉︎」

 一応私の今の性別は男なんですよっ!

 そう抗議するとマルビスから意外そうな声が上がる。

「おやっ? 女性に興味がお有りで?」

「前から言ってるじゃないっ、男限定じゃないって」

「そう言えばそうでしたね。好みのタイプは確か辺境伯夫人のようなタイプでしたか」

 そうっ、ミレーヌ様、最高だよねっ!

 って違う、いや、そうだけど、何故私の婚約者は男ばかりなのかが疑問なのであって、だがしかし、私の周りは既婚者家族以外は男だらけなのが問題なのかっ?

「ダイアナ様みたいな方もお好きなようですよ?」

 私がどう反論したものかとあたふたしていると更にイシュカが付け加えると、更にマルビスが口を開く。

「まあ女性の好みは今回の場合は関係ないわけですが」

 って、関係ないのかよっ!

 思わずそう、怒鳴りたくなった。

「側にいればハルトは絆されると思うか?」

「絆されるでしょうね、間違いなく。レイン様が努力なされている限りは」

「ハルト様は寄せられる好意に弱いですからね。嫌うような原因さえレイン様がつくらなければ、ですが。私達全てを拒絶できなかったのがいい証拠でしょう」

「大丈夫ですよ、ハルト様。重婚の人数制限はありません。養えるか否かが重要なのですから。貴方なら百人の側室も囲える甲斐性がありますし」

 父様の問いかけにイシュカ、ロイが答え、最後にマルビスが庇っているのか慰めているのか、はたまた追い討ちをかけているのかわからない言葉を宣う。

 だからといって、何故いつも数が百なのか。

 まあ単にキリがいい数字だからというだけだろうけども。

「そんなにいらないよっ」

「確か現在の王国内の最高数は三十七人でしたか」

 マルビスが明後日の方向を向いて恐ろしいことを言う。

「だからそんなにいらないって」

「どちらにしても来年は学院入学です。講義開催の予定も既に組まれていますからね。イシュカも補佐だからと始終側に張り付いているわけにもいきませんし、レイン様がハルト様の側にいて頂けるのは非常にありがたいことですけど。侯爵家の御子息となれば下手な手出しはできないでしょうしね」

「そういえば以前閣下もそう仰ってみえましたね。レイン様が適任だと」

「この際、レイン様が狙い通り一席になれるかどうかは別として話としては悪くないかと」

 お願いっ、マルビス、イシュカ、ロイッ、私の意見も聞いてっ! 

「だからってレインを利用するのは・・・」

「お側に誰も控えられなければ学院内で勝手に既成事実をでっち上げられ、卒業までにそれこそ本当に婚約者百人という事態にもなりかねませんよ。ハルト様はしっかりしておられますが時折ウッカリなところもありますし、例の癖もありますから」

 それを言われると非常に弱い、弱いのだけれど・・・

「女性というものは子供であっても強かなところがありますからね。可能性として否定できません」

 マルビスの言葉を後押しするようにイシュカが言う。

「ではとりあえず閣下の話はこのまま受けておくべきか」

「それが最善かと」

 父様、そこで納得しないでっ!

 マルビス、丸め込みに掛からないでっ!

「だけどっ」

「それともハルト様はレイン様お一人より好いてもいない百人の側室の方がお好みですか?」

 そうマルビスに問われて私は言い返すことができなかった。

 レイン一人とロクに知りもしない女の子百人。

 どちらがマシかと二者択一で問われるなら間違いなくレインだけど。

 押し黙る私にいつものようにマルビスが話をまとめにかかる。

「決まり、ですね。ではレイン様には頑張って頂くとしましょう」

 

 私がマルビスに口で勝てるわけもない。

 だがこういう時に限って何故こうも私の意見は聞かれないのか?

 私は頷いていないっ、決して頷いていないのだっ!

 本当に成人するまでに婚約者百人なんて悪夢にならないでしょうね?

 なんだか先行きが不安になってきた。


 だがまあ今回は婚約者にまでなるのは避けられた。

 問題を先延ばしにしているだけに過ぎないのだけれど時間はまだある。

 レインが私に呆れて可愛い女の子の目が向く可能性もないわけじゃない。

 よく言うではないか、『初恋は実らないもの』だと。

 熱に浮かされた今の状態に何を言っても火に油。

 一緒に暮らせば私の粗も穴も見えてくるだろう。

 ただでさえ五人の婚約者持ち、仮に一席に座ったところで父親とろくに歳の変わらぬ五人の側室持ちの私に入婿しようなどという気もなくなるに違いない。夢中になっていた時はアバタもエクボであったとしても目が覚めればわかるはず。


 所詮アバタはアバタなのだと。


 ロイ達みたいな物好きはそんなに多くないはずなのだ。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
確かに利用価値はあるけど、これだけ対象外オーラをかもしだしてるハルトの意見は無視なのね・・・・・・
[気になる点] これだけ拒否してるのに周りがしつこくレインを押し付けてくるのをみてるとハルトが可哀想(;・∀・)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ