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第十八話 意地は張り過ぎてはいけません。

 

 翌日より三日間は班を二つに分けて調査を進めた。

 鉱石採掘調査班はジェットとイシュカとガイと私、護衛を五人。

 鍾乳洞開発班はサキアス叔父さんとマルビス、キールとケイ、それに護衛をこちらにも五人付けた。

 そして夕方、それぞれ調査結果と意見を持ち寄り検討する。

 最終日の朝、マルビスと私を悩ませていた問題が意外な形で光が見えた。


 その日、起きて朝食を取るためにリビングに向かうとそこにジェットの姿がなかったのだ。

 昨日の夜に話し合い、鉱石の分布と地形、地層を考慮してまずは鉱山の後ろ側、北西二つの山を押さえようという話になった。まだ公には出来ないので理由としては景観保持と警備上の理由ということで。

 ウォルトバーグ領主代行の提案はとりあえず受け入れず、買い上げる方向で。

 まだ宝石としての価値があるのかどうかはわからないが珍しい鉱石が見つかったと知れ渡ればその利権や周辺の土地の争奪戦や下手をすれば他国の侵略が起きる可能性も出てくる。保証と言う名目を付けたとしてもイチャモンつけられて取り上げようとする輩も出てくるかもしれない。価値があり、利益を見込めるなら正当な手段で手に入れておこうというわけだ。それに砦などの防衛体制なども整える必要もある。更に奧の山を押さえるべきかという意見も出たが、奥に行けば行くほど魔獣の脅威は増えるし、人外魔鏡と呼ばれる場所も近くなる。防衛を考えれば急ぐ必要もないという判断だ。

 万が一鉱石の存在がバレてその後ろを押さえられたとしてもそれならそれで魔獣達の防波堤になってくれるのなら警備の経費が浮いて好都合ということで。

 なので今日はゆっくりと昼過ぎから出て行こうという話になっていたが、その時ジェットがならば午前中は休みということでいいのかと確認してきたのだ。

 また鉱石でも磨くつもりかとその時は頷いたのだが、まさか・・・

 私達は顔を見合わせて階段を駆け降りた。

 

「おはようございます、ハルト様」

 一階まで駆け降りたところで玄関にあるその光景に思わず目が点になった。

「おはよう。えっと、確か・・・」

「バーグレッドです。どうぞバードとお呼び下さい」

 そうそう、バーグレッド。ハイドの二番目の兄君だ。

 しかし私達が驚いたのはバードにではない。

 彼がしっかり襟首を掴んでいるその人物だ。

 私達が向けた視線の先に気がついてバードが口を開く。

「ああコイツですか? 先程使用人口からコッソリ出て行こうとするのを見掛けまして、怪しいので捕まえて引き摺って来たのですが。話を聞いても自分の主張をするばかりでまともに人の話も聞かず、一人で奥の山に行こうとしてまして。危ないから止めろと言ったのですが振り切って飛び出そうとしたので」

 やはり森に出かけようとしていたのか、ジェット。

 全く目が離せない。昨日も注意したばかりだというのに。

 ちょっと散歩に出掛けようとしただけでなどとゴニョゴニョブツブツと言い訳をしているがそのへんはシカトだ。

 私達の微妙な視線に気がついたのかバードが不安そうに聞いてくる。

「あの、マズかったですか?」

「いや、助かったよ、バード。むしろお手柄だよ、ありがとう」

 あからさまにホッとした私達の姿にバードが事の次第を理解したのか、ジェットを床に座らせて説教し始めた。

「雇い主のいうことは聞かないとダメだろう。何かあった時に責任を追求されるのは上司だぞ」

 ガミガミと怒鳴りつけたかと思うと子供でもわかるように更に説明して言って聞かせ、ジェットが頷くまでそれが続く。

 ここまでくると最早保護者というか、まるでお母さんのようだ。

 彼の説教が一段落するのを待って恐る恐る尋ねてみた。

「あの、バード? 随分ジェットの扱い、手慣れてるね」 

「やっぱりマズかったですか?」

 私の言葉に焦って聞いてきたので慌てて首を横に振って否定する。

「違う違う、逆だよ逆。彼、結構クセが強くてウチでも手を焼いてる人が多いから」

 すると納得したらしい彼は頷いた。 

「ああそういうことですか。ウチは長兄と末っ子がこのタイプでしたからね。目を離すとフラフラと、ダメだと言っているのに人の話を聞かない。

 お陰で俺もタンザロイドも苦労しましたけど、もうすっかり慣れました」

 彼はなんでもない事のように頭をかきながらサラリと言った。


 勇者がいる。

 ここにとんでもない強者(ツワモノ)が存在している。


「タッドも俺もここで職人や開拓者達の管理や手伝いで雇って頂けるようになりまして非常に助かっています。給金は同じくらいですけどこちらであれば自宅から通うこともできますので家族と一緒に暮らすことができるようになりました。

 本当になんと御礼を言ったらいいのか」

 私達が目の前に射した一筋の光にワナワナと震えているのにも気付かずバードは感謝を述べている。

 思わず彼に近づくとそのシャツをしっかり掴んだ。

「そんなことはどうでもいいよっ、いや良くないけど、それよりもジェットみたいなタイプ平気ってホントッ⁉︎」

 この逸材、逃してなるものか。

 親でさえ扱いかねてウチに押し付けてきたような、仕事はできてもその他に問題ありまくりの者達がウチには大勢ゴロゴロしている。紙一重の変人奇人、天才は多くても、この手の人材は圧倒的に足りていない。

 私を見下ろして彼はケロリと言う。

「平気じゃなかったら一緒に暮らせませんよ。まあ面倒だなあとは思いますけど」

 面倒で済ませられる程度なのっ⁉︎

 それはありがたい。

 そう思ったのは私だけではないようでマルビスも食いついてきた。

「剣技その他はできますか?」

「今は平民とはいえ一応貴族の端くれでしたので騎士には劣りますがそれなりには。フォレストウルフの時は丸腰で突然だったんで不覚は取りましたけど」

 お恥ずかしいとばかりにテレテレ頭を掻き、汗を拭きつつバードが言う。

 マルビスと私はゴクリと唾を飲み込んだ。

「バード、提案があるんだけど」

 私はそう言ってマルビスと二人、事情を説明し始めた。

 鉱石の話は避け、彼を地質調査のためにこちらに転属させたいのだが、この通りの性格で目を離すことができず、困っていると。

 彼が仕事の管理は必要はないけれど夢中になると寝食忘れて没頭したり、今日のように人目を盗んでコッソリ出掛けようとするので彼の面倒を見て欲しいと頼んだ。勿論ジェットも良い大人なのだから自分の行動はあくまでも自己責任。何かあっても責任は追及しないし、その辺りは彼も家族の了承を取ってくると言っていることも伝え、だからといって放りっぱなしというわけにはいかないので食事に引っ張り出し、休日に一人で出掛けようとするなら出勤日であれば一緒に出掛けてやって欲しいと。当然だが護衛する必要はない。ただ危険が迫ったら夢中になって気づいていないであろうジェットにドツいて知らせてやって欲しいのだと。勿論討伐義務はない、彼も戦えるのであとは一緒に共闘しても彼を置いて逃げても構わないと付け加えて。


「それだけでいいなら俺は構いませんが? 兄貴やハイドで慣れてますし。本当にそれだけで給金を金貨三枚も上げて頂けるんですか?」

 それだけでって、そう言える人材がウチにはいないんだよ?

 みんな神経擦り減らして頭ハゲそうになっているんだよ?

 お金を払ってでも勘弁して欲しいって人ばかりだ。

 貴重なんだよ、君、いや、君達は。

「約束するよ、バード。ジェットがこっちに転勤したいって言ってるんだけど、彼、こういうタイプでしょ。面倒を見られる人がいなくて困り果てていたんだよ。ね、マルビス」

 私はしっかと彼の両手を掴んで握った。

 決して逃してなるものか。

「はい、こちらとしても非常に助かります。出勤と退社時にジェットの生存安否確認をして頂ければ」

 マルビスも同意見のようで私の横に立ち、逃げ道を塞ぎにかかる。

「タッドと協力しても良いですか?」

「はい、勿論です。二人でしっかり管理して頂けるなら彼の給金も同じだけ上乗せしましょう」

 それがお願いできるなら二人で金貨六枚の月の出費など端金、たいしたものでもない。

 マルビスが釣りにかかるとバードがそれに食いついた。

「本当ですかっ」

「ただ場合によっては彼ほどではありませんが今後何人かああいった方が移動してくるかと思われます。出歩くタイプではないので彼ほど面倒ではないかと思いますけど、そちらも生活生存確認をお願いするかもしれませんが」

 他にも彼に押し付けようってことね。

 まあ確かに今後のことを考えるならここで言質を取っておくのは悪くない。

 給金値上げはその時に応相談ということで。

 バードはいきなり1.5倍近くに跳ね上がった給金に目が眩んで追加される仕事内容を確認してきた。

「つまり彼以外は声を掛けて食事をしていなかったら食堂まで引き摺って行くだけで良いんですよね?」

 その問いにマルビスは大きく頷いてにっこりと微笑んだ。

「はい。それをお願いできるだけでもウチとしては大変助かります」

「タッドにも確認してみます。多分断らないと思いますよ」

 これでハイドだけに借金の返済を背負わせなくて済むとバードはタンザロイドの方に駆け寄って行った。そして彼にも事情を説明して二人して頷くと再びこちらに満面の笑みで戻ってきた。

「大丈夫です。その程度で金貨三枚も給金を上げて頂けるならこちらからお願いしたいくらいだと」

 その程度と言い切ってしまえるあたりがたいしたものだ。

 ではそういうことでと彼の気が変わらないウチにと早々に話を切り上げると二人は何度も頭を下げて御礼を言いながら自分の仕事に戻って行った。

 自分達がとんでもない問題児達を押し付けられたのだと思いもせずに。

 横にいたマルビスがフフフフフッと不気味な笑みを漏らした。

 まあその気持ちもわからなくない。

 彼等はまさに私達にとっての救世主。後光が射して見えた。

 困っていた問題に解決の糸口が見えたのだ。


「聞きましたね、ジュリアス」

 マルビスの言葉にジュリアスが何度も大きく頷いた。

「これは思いがけず、最高の人材を見つけました。

 早速ここに寮を建てる手配をつけましょう。そうですね、規模は五十人程度の。最上階は隔離病と・・・ではなく、専門職の方に住んで頂き、彼等に寮監を将来的にお願いすることにしましょう」

 今、隔離病棟と言おうとしたよね、マルビス。

 問題児達を送り込む気満々だ。

「はい、寮監室は広めの家族用でこの辺りの一般貴族住宅以上の豪華な作りにしておきます」

 しっかり抱え込む気満々だ。

 金で釣り、更には今住む家より良いものを用意して住宅で誘い込み、家族ごと引っ越しさせてしまおうということか。

 それは確かに悪い手ではないけれど。彼等、義理堅そうだし。

 だが意外だ。

「私、マルビスがウチに勧誘するかと思ったよ」

「将来的には考えますよ?」

 私の問いにペロリと本音をマルビスが漏らす。

「彼等には子供がいるでしょう? ですから家族で住んで頂けるようにするんですよ。この際多少の経費が掛かっても問題ありません。彼等の手綱を握って頂けるなら上々、一家丸ごと取り込めばおそらく家族全員で彼等の面倒を見て下さるでしょうから」

 子は親の背中を見て育つともいう。

 すぐには無理でも将来期待できるってことだ。

「その子供をいずれ勧誘しようってことね」

「ええ。彼等丸ごとあちらに移動させても良いのですがそうなると役人兼運送会社社長である兄君も動かさねばならなくなりますし、ここでジェットの面倒を見て下さる方がいなくなります。あちらは貴方が仰ったように手は掛かりますが放っておいても命の危険までは及びませんからね。それを考えればこちらで働いて頂いた方が宜しいかと」

 そりゃそうか。

 まだあの石に宝石としての価値があるかどうかはわからない。

 試しにと磨いてみた石は綺麗ではあったけど透明度の低い濁った色をしていた。だが色の変わる石というのはそれだけでも珍しい、客を呼び込むネタになる。将来的にあの鉱石の採掘、加工を手掛けるならこれからもそういった専門職を雇い入れる必要が出てくるとなればあの手の問題児が更に増殖する可能性もあるわけで。

 なんにせよ、貴重な人材は確保出来たのは目出度い。

 己の欲望に忠実に、ランスの捕獲からなんとか逃げ出そうとしているジェットを流し見て私達はニヤリと笑った。



 早朝から多少騒ぎはあったものの、早々に一件落着したのでゆっくりと朝食を取りつつ午前中はマルビスとキール、エルドとカラル連れて一緒にお出掛けすることにした。

 サキアス叔父さんとジェットには向こうに帰ってから関係者に報告するための調査書を作って置いてくれと頼み、三階のベランダのない部屋に押し込み、扉にしっかり鍵を掛けた上で見張りを置いた。ジェットには無断で出かけたら転勤の話は白紙に戻すからと脅しをかけておくのも忘れない。

 私達は彼の保護者ではない、雇い主なのだ。

 頼んだ仕事をやってもらえないなら無理してウチに勤めて貰う必要はないと言うと慌てて二人は報告書に取り掛かった。

 ジェットがウチにもたらす利益以上の損失や被害を出すというなら扱いにくい彼をおいて置く理由はない。全て好き勝手、やりたい放題では困る。手が掛かっても叔父さんのように際立った頭脳持ちならば利用価値及び存在価値は大きいが企業というのは利益が出なければ働く人に還元できないのだ、損失ばかり出す人を置いておく理由はない。自分のやりたいことしかやらない、仲間に迷惑をかけるだけならここを辞めて自分のやりたいことだけやればいい。

 それは全てに従えというわけではない。

 無茶な要求なら断ってくれればいい。

 納得できないなら反論してくれて構わない。

 それが正当なものであれば勿論検討して改善もする。

 だけど従うことの出来る命令に背き、報告、連絡、相談もなく自分の勝手都合で動くのは違う。仕事ならまだしも今朝のは完全に自分の趣味に走っているのだ。護衛なしでは危険だと忠告しているのにも関わらず欲望の赴くまま動いたわけで、こちらの指示に従えないというなら辞めてからにしてくれと説教すると流石にジェットは反省したらしく小さくなった。

 わかってる、悪気はないのだ。

 夢中になって他に頭が回らなくなっているだけで。

 私も人のことを言えた義理ではないし、だからこそ自分をフォローしてくれる人を給料払って側に置いているのだ。

 彼だけのためにウチの優秀な警護人員を何人も割けない。

 仕方がないと言って済ませるわけにはいかないので最低でも『待て』は覚えてもらわねば。それに家族の同意書もまだ取り付けていない。ただでさえ揚げ足取りと隙を狙っている貴族が多いというのに余計なツッコミどころを作られるのは困るのだ。


 そんなわけでサキアス叔父さんにはトバッチリで申し訳ないがジェットと二人で調査報告書作成に精を出して頂こう。まあ日頃キールにも散々世話をかけていることだし、ジェットを見て我が身を振り返ってもらうとしよう。部屋の戸口前に見張りを置いて私達は町に繰り出した。

 年末年始に来た時は雪も積もっていたので殆ど外に出ることもなかったし、雪に覆われていた頃の景色とはまるで違うので、滅多に領地外に出ることのない三人も半日観光を決行した。

 他所の土地や店というのは新鮮だ。

 私も結局なんだかんだで仕事が入ったり、余計な雑事に追われたりでなかなかゆっくりと見て回ることはできないけれど他国、他領はそれぞれその地域の特色というものがある。商品は勿論だし、景色もそうだ。見慣れないものにキョロキョロと見回している。


「ベラスミは赤やオレンジといった明るい色のものが多いですよね」

 雑貨屋を見ていると色々と買い込んでる私の隣でキールがポツリと言った。

 それはそうだろう。

「ここは雪国だからね。ウチでは半袖でも暑いけど、ここでは夏は短いし長袖でも良いくらい涼しいでしょ。だから寒色系の色は避けられがちだよね」

 長い冬。雪や氷を思い起こさせるような色はあまり見られない。

 そう言うとキールは考え込みながら頷いた。

「そっか。そうですよね。商品を売るっていうことはそういうことも考えなきゃいけないんですよね。ハイドの描くデザインに暖色系が多いのはそういう理由もあるんだ」

「暖炉や陽の光を思い出す色なんだろうね」

 ここ二週間弱、キールはハイドと行動を共にしていた。

 どういう仕事を自分がしているのかを教えるためだ。

 自分より年上のハイドの扱いに最初戸惑っていたようだがサキアス叔父さんの面倒を見られるキールがハイドごときに臆するわけもなく、ゲイルをお供に三人で工房巡りをしながら、仕事の進捗状況や必要なデザイン画の確認を聞いて回る。そうして各工房で吸い上げた要望をもとにデザインを書き起こし、それを持って職人達と加工などの作業で難しい点やその改善点を聞き出して手を加え、修正する。そんないつもの仕事を繰り返し、一通り回ったところでおおよその商品ラインナップを覚えたところでハイドも自分のデザイン画に取り掛かった。

 ハイドの絵は複雑なものも多い。

 だがもともとセンスは良いのだ。始めは職人に何度もダメ出しをくらい喧嘩腰で意見していたようだが負けず嫌いで根性と根気はあるらしく、ムッとしつつもどこがどういう理由でダメなのかを自分が納得できるまで聞き出し、職人が勘弁してくれと泣きつくほどには質問攻めにして、それを理解すると次にはちゃんと希望に沿ったものを描いて持ってきたそうだ。

 柔軟な適応力を持つキール、強いこだわりを持つハイド。

 二人のデザイナー達は職人達にもいい影響を与えているようだ。


「キールは青や緑系の色が好きだよね。多分自然をモチーフにしているものが多いからっていうのもあるんだろうけど」

「グラスフィート領は水も緑も豊かですからね。空気も美味しくて最高です。俺も母ちゃんも建物ばかりで味気ない王都よりもずっと今の場所の方が好きですよ」

「それは嬉しいね。私が生まれ育ったところだもの。のんびりとした田舎町で、ってここ一年半くらいはのんびりもできなかった気もするけど」

 次から次へと問題は起きるし、一つ一つ片付けていたけれどそれが終わったかと思えば新しい事件が起きて。いくら私がトラブルメーカーといえど限度を超えているだろう。

 私が大きく溜め息を吐くとマルビスがクスクスと笑う。

「ハルト様は仕事を増やしすぎですよ」

「不可抗力だよ。とはいえ、そこのところはみんなにも申し訳ないって思ってるよ。キールやマルビスにも、エルドやカラル達にも余計な仕事をさせちゃって」

 最早ブラック企業と言われても反論出来ない。

 特に側近、大幹部、幹部の面々に。

 一番多い平社員に当たる人達の労働条件を確保するための皺寄せとツケが彼らに回ってるのだ。そのうち彼らに平に戻りたいと言われやしないかとヒヤヒヤしている。

「私は良いのですよ。好きで楽しんでやっていることですから」

 そう、マルビスが言った。

 仕事が趣味的なマルビス達大幹部は良いかも知れないよ?

 実際すごく楽しそうにいつも嬉々として動いてるし。

 だけどみんながみんなマルビスと同じとは限らない。

 小さくなっている私にエルドとカラルが笑って言う。

「私達もです。ここに来た経緯には多少思うところはありますけど」

「助け出して頂いた上に、こうして生活していくための仕事まで用意して頂けました。それを思えば私達は運が良かった方だと思います」

 へネイギスのところから助け出した当初、ヤツの隠し財産を被害者達にある程度分け与えようという話があったと聞いていた。しかしながらお金を僅かばかり貰ったところで尽きてしまえば終わり、食い繋ぐことはできない。保証人のいない子供は各工房その他でも敬遠されがちだからだ。そうなると選択肢はかなり狭い。器量が良ければ女の子なら良いか悪いかは別として娼館ならば雇ってもらえる、そこで見初められれば愛人くらいには滑り込めるかも知れない。だが男の子供が就ける職は殆どない。家族は惨殺されていた。頼れる親戚があれば良いが、必ずしも歓迎されるとは限らない。貧しい家であれば食いぶちが一人増えるということはそれだけ出費も増えるということなのだ。大抵は稼ぎは全て生活費として取り上げられ、馬車馬のように扱き使われ、奴隷同然の暮らしが待っていることも少なくないそうだ。生活にゆとりがないということはそういうことなのだろう。因みにウチでは罪を犯せばクビだが保証人の必要はない。

 どうして辛い目に合わされた被害者に更に追い討ちをかけるようなことをするのだろうと思う。

 彼等は何も悪くないのに。

 へネイギス一派は粛清され、一族全て財産没収の上国外追放にはなったけど殺された家族は戻ってこないのだ。

「エルドとカラルは貴族が嫌い?」

 一般の平民に好かれている貴族は少ない。

 ましてあんな被害に遭ったのなら尚更嫌悪しても仕方がない。

 二人は少しだけ俯いて、それから強い瞳で顔を上げ、答えてくれた。

「・・・嫌いです。いえ、嫌いでした。

 私達から税金と称して搾取し、働きもせずに贅沢な暮らしをしている人達ばかりだと思っていましたから」

「でももう私達は知っています。そのような方ばかりでないことを」

 そう、へネイギスも貴族だったけど団長や連隊長、父様やイシュカ、サキアス叔父さん、ガイや私も貴族なのだ。

 二人の言葉にマルビスが頷いて口を開く。

「そうですね。貴族でも色々な方がいます。領民が苦しんでいれば自らの生活も切り詰め質素に暮らしている旦那様のような方もいれば、自分の欲を満たすために庶民を見下し、踏み付けて平気な顔で贅沢三昧で暮らしている方もいる。ハルト様のように全く貴族らしくない方もです」

 う〜ん、確かに私は貴族らしくないけれど、これは気品が足りないということだろうか? いや、悪い方に考えず、ここは親しみやすいと褒められたと思っておこう。

 私が複雑な顔をしているのに気がついたマルビスがクスッと笑って続けた。

「しかし、それは平民でも一緒。貧しくとも慎ましく生きている方もいれば他人を陥れ、利用し、甘い汁を吸っている者もいます。そして私達商人も同じ、己の才覚で勝負する者もいれば、人を追い落とすことで楽に富を得ようとする者もいます」

 結局身分というものは肩書きでしかない。

「確かに変えられない宿命というものはあると思います。ですが宿命には逆らえなくても運命というものは自分の力で変えられる、切り開けるものなのだと、私達はハルト様、貴方に教えて頂きました」

 カラルはそう言って私を見た。

 私は筋金入りの負けず嫌いのヘソ曲がり。

 カラルが言うようなそんな立派なものじゃない。

「貴方はどんな絶望的と思われるような困難な状況でも、いつも決して諦めようとしませんでした。ありとあらゆる手を尽くし、どんなに危険な場所でも、そこに可能性があるなら貴方は飛び込むことを躊躇いません。そして貴方のもとで働く私達を決して見捨てようとせず、常に最善を模索して理不尽とも思われる状況を打開し、覆されてきたのをこの目で見てきたんです。

 私達はそんな貴方のもとで働けることを誇りに思っています」

 私は強情なだけだ。尻尾を巻いてただ逃げるだけなんて性に合わない。

 エルドの言うような人格者でもない。

 自分が後悔したくないだけ。仲間を見捨てたところでその影に私は自分が怯えて、嘆く姿が想像できる。つまりは肝が据わっているようで小心者なだけなのだ。

 それをそんなふうに好意的に見てくれているというなら長である私はそれに相応しくならねばならないのだろう。今はハリボテだったとしても。

「じゃあ私はみんなに恥じない主人でいるよう努力しなくてはならないね」

「もう充分過ぎですよ。貴方にこれ以上頑張られては私達の見せ場がなくなります。たまには私達にも譲って頂きませんと」

 私の見せ場なんてどこにあった?

 いつもみんなの手を借りて助けてもらってばかりなのに。

 マルビスの言葉に首を傾げるとキールが大きく頷いた。

「そうですよ。ハルト様に相応しいと言われるよう、俺達必死なんですから」

 何を言っている?

 そんなふうに必死になる必要なんかない。

 キールにはいつも助けられている。

 私がうっかり忘れていたり、みんなが忙しくしてるとさりげなく手を貸してくれたりと。特にサキアス叔父さんの手綱を握っていてくれるのは非常にありがたい。むしろ面倒なのを押し付けて申し訳ないと思っているくらいなのだ。

「そんなに頑張らなくてもいいんだよ。今でも充分過ぎるほどみんな働いてくれているんだから。それはすごく嬉しいし、ありがたいことなんだけどね。無理し過ぎるとなんでも続かないよ?」

 私の周りにはどうも頑張り過ぎて手を抜かない人が多過ぎる。

 若干一人例外はいるけれど。

「やることさえキッチリやってくれたらガイみたいに少しくらい手を抜いたって良いよ? 上に立つ者があんまり動き過ぎると下の者息が詰まるから」

 私がそう言うとマルビスが呆れたように溜め息を吐いた。

「貴方だけには言われたくありませんね。休むべきはハルト様でしょう?」

 えっ、私? 

 いや確かに私も一日のんびりできる日というのはないに等しいけど。

「私は別に自分のやりたいことやってるだけだもの」

「何を言ってるんですか。何かあれば即日実行の決断力で先頭に立つ方が」

 そりゃまあねえ。

 ハルウェルト商会の事業の殆どは私が言い出しっぺ。

 自分がやりたいと思って手を出した以上責任ってものがあるでしょう?

「だって私は好きなことやっているんだもの。

 それで問題が起これば先頭に立つのは当然だよ」

「ならば私達も同じですよ。私達も好きでやっていることなんです。それに確かに私達のトップは貴方ですけど、私達の下にも今はたくさんの者が働いているんです。私達はその者達のトップ、見本になるべき人間なんです。貴方が全て背負う必要はないんですよ。私達は貴方を支えるためにいるのです。もっと安心して甘え、頼って下さって良いのですよ。私達はそれが嬉しいんですから」

 甘えられて嬉しい?

 面倒じゃないの?

 マルビスの言葉に私は困惑する。それは気遣いとか遠慮じゃなくて?

 そう考えたのが顔に出ていたのかマルビスが続ける。

「ハルト様だってそうじゃないですか? 好きな人や尊敬する人に頼られると嬉しくなりませんか? 調子に乗ってもっと頑張ろうって思いませんか?」


 そう、言葉にされて気がついた。

 そうだ。

 みんなは私を好きでいてくれる。

 そのことはいくら人の好意に対して疑り深い私でも理解している。

 信頼する人に頼られるのは嬉しい。大事な人に甘えられるのは幸せだ。

 自分は頼られているのだと、必要な人間なんだと思えるから。


「ですから願わくばもっと私達を調子に乗らせて下さい。

 貴方には私達が必要なのだと思わせて下さい。

 私達は貴方が大好きなのですから」

 マルビスはそう言って微笑み、そしてキール達がそれに頷いた。


 私は臆病だ。

 甘えるのは下手で可愛くない。

 頼り過ぎて鬱陶しいと思われるのが怖くて、見放されるのが怖くて自分の出来ることは出来る限り自分でやらなければという癖がついた。

 前世では子供の頃から自分でできるでしょ、手間掛けさせないで、面倒なのよ、頼ったばかりにそんな言葉を言われ、それが嫌で、悔しくて、人に頼らず出来ることは自分で片付けようと努力して、そしたら今度はもっと周りを頼れ、可愛げがないと言われた。

 私は匙加減というものが苦手だ。

 なんでもすぐやり過ぎてしまった結果なのだろうけれど。

 そんな私の性格を利用して仕事を押し付けてきた上司や同僚もいた。

 手柄だけ横取りされて、失敗は押し付けられて貧乏クジばかり引かされた。

 そんな記憶がまだ根深いところに残っていたのかもしれない。

 だけど今世(いま)はちゃんといる。

 私を大事にしてくれる、大切な人達がここに。


「私もみんな、大好きだよ。ありがとう」

 

 心からの言葉はどうしたら伝えられるのだろう。

 私は精一杯の感謝を込めて微笑った。



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