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閑話 イシュガルド・ラ・メイナスの計略


「どうしてもグラスフィート領に寄り、謝罪したいのだ」


 緑の騎士団団長、バリウス・ラ・アイゼンハウントがそう言い出したのはワイバーン討伐が終了し、ステラート領に重傷者を運び込んだ後だった。

 何故かと問い、その理由を聞けばなるほど、納得せざるをえなかった。

 我が隊が取り逃がした九匹をグラスフィート領で待機していた伯爵の兵士達が討伐に成功したらしいことは上がった炎弾で確認されていた。ならば王都で連絡を待てばいいのではとも思ったのだがその待機していた兵士はこちらの補給部隊に人員を取られ、たった三十人ほどの人数で対処せざるを得なかったのだという。

 此方は補給部隊を入れて総勢六百近くで多数の死傷者を出して十一匹。

 そう考えると討伐予定だったおよそ半数の九匹をその三十人に押し付けた形になってしまったのだ、どんな悲惨な状況になっているのか想像に難くない。

「わかりました。此方の報告は私がしておきます。

 貴男はグラスフィート領の報告を持ってきて下さい」

「感謝する」

 そう言ってバリウスはグラスフィート伯爵の方に向かい、歩いて行った。


 王都に戻ると私は王に面会を取り付け、今回の被害状況とともに討伐完了の報告をした。

 グラスフィート領地での被害報告はバリウスが持ち帰って来次第連絡することを伝えた後、戦死者と重傷者の家族への連絡を行なった。

 今回の戦死者は三名、この中で一緒に生活している家族がいるのは一名だけ。

 緑と赤の騎士団隊員は寮で暮らす者が多い。遠征や緊急を要する任務が多いというのも理由の一つではあるが、貴族の囲っていた愛人の息子や貧乏貴族の三男以下、ほぼ文無し状態で家を出てくる者など行き先に困って三食寮付きという条件に釣られて来る者も多いからだ。そういう者は大概実家に見舞金が入るのを嫌うのでここでは戦死した際に見舞金を受け取るのを辞退する書類にサインをすると毎月一割給金が上がるようになっている。残り二人はこれにあたる。

 とりあえず討伐は済んだものの被害が酷い。

 生き残った隊員が全て復帰するのにはどれくらいかかるのか。

 おそらく退団を願い出る者も何名かいるだろう。

 新しく募集もかけねばならない。

 忙しくなる。

 少しでも早くバリウスには帰ってきてほしいものだ。



 王都に戻って二日後、西門近くにフォレストウルフが出没し、その日出勤していた団員十名ほどを連れ、討伐して帰ってくると昼食を取り、寮に戻ろうとしている団員にバリウスが戻っていることを聞きつけ、彼の姿を見たという団長室裏の馬小屋前に駆けつけた。

 どんなに落ち込んでいるかと心配していた私の予想は外れ、彼は背中を向けて上機嫌で地面の上に座込み、土をかき集めて積み上げ、なにか作業をしていた。

「バリウス、いつも言っているでしょう。戻ってきたらまず私に連絡をしてほしいと」

「ああ、すまない、つい夢中になってしまってな」

 中央に大きく陣取った土の山は歪な形に作られ、その近くには大小いくつかの穴が掘られ、周囲には小枝が地面に何本も立ち並んでいる。

 見覚えのある形だった。

「これはカザフ山とその周辺ですか?」

「そうだ、わかるか?」

「あの山は特徴的な形をしていますからね。それで王への連絡は済んだのですか?」

「ああ、勿論だ。グラスフィート領の報告も済ませた、アイツを呼びつけることが決まったぞ。その日、俺は休暇を取るからな。

 王都を案内してやらねば。さて、どこがいいか・・・」

 最低限のことは済ませていたようでひとまず安心したがこのバリウスの上機嫌はどういうことなのか。

 グラスフィート領に向かった時は悲愴な面持ちで死地にでも行くような顔をしていたというのに。

「アイツとは、例のグラスフィート伯爵の三男坊のことですか?」

「よくわかったな」

「他に誰がいると言うのです。それであちらの被害状況は?」

「ワイバーンを運ぶ際に引っ掛けたかすり傷一つだ」


 えっ・・・

 今バリウスはなんと言った?

 かすり傷一つ、って何か他の案件と間違えているんじゃ・・・


 思わず固まった表情にバリウスが声を上げて笑った。

「やはり、お前でもその顔になるか」

「ちょっと待って下さい、ワイバーン九匹ですよね」

「ああ、そうだ。アイツの言葉を借りるなら『繋いで水を流し、丸太で叩いて七匹、ワイヤーで巻いて丸焼きでニ匹』だそうだ」

 意味がわからない。

 いや、理解出来ない。

 大雑把にもほどがある。

 混乱しているとバリウスは枝の先で大きく丸を地面に書く。

「今回の俺達の戦場がここ、アイツらが防衛していた位置はここだ」

 そして次に山を挟んで反対側の町から離れた場所を枝で指し示した。

「逃げてくるかもしれないワイバーンにお前ならどんな手を打つ? イシュカ」

 尋ねられ、私は少し悩んだ後に彼らが陣を敷いた位置とは離れた町へ向かう直線状に位置する平地を指し示した。

「そうですね、まず防がねばならないのは町への侵入です。

 私ならこの位置に陣をしき、隊列を組みます」

「普通はそう考えるよな、俺もそうだ。だがあいつはこの位置に陣取った。

 それには理由があるからだ。

 たった三十人で丸太で叩いて丸焼きにするためにな」

 ロイという男から説明されたことを作られた縮尺地図を使って説明された。

 説明されれば意味もわかってくる。

 確かに丸太で叩いて、ワイヤーで巻いて丸焼きだ。

 感心して溜め息が漏れた。

「凄いですね、これを六歳の子供が考えたのですか?」

「自分一人の力ではなく、自分のしようとすることを理解して手伝ってくれるヤツがいたから出来たのだと言っていたよ」

 それはまたなんとも子供らしからぬ台詞。

「それで今回の遠征、アイツならどう闘ったか聞いてみたくなってな。

 地形がわからないから答えられないって言うから地図を広げたんだがそれでは駄目だというんでアイツとアイツの補佐のロイって男と三人でコレと同じ物を作ったんだ」

「確かにこれなら地図の読めない者にも理解できますね、地形の説明も必要ない」

「驚いたよ、俺達と発想や考え方がまるで違う」


 そうしてバリウスはその子が考え、ロイという男が図解してみせた紙を広げ、私達とまるでやり方も考え方も違うその作戦を語りだした。

 それは実に現実的で実行可能で、しかも理にかなったものだった。

 これが六歳の子供の考えることなのか?

 いや、でも使われている手段は特殊なものを使用しているわけではない。

 揃えようと思えば王都なら一日あれば揃えられるものばかりだ。聞けばそんな手があったかと思う程度のものもあるがそれが効果的に組み合わされているのだ。

 しかもこの作戦は魔法や剣等の武器はあくまでも補助的役割でしかなく、騎士団でなくとも実行可能なものだった。極力直接対峙することを避け、犠牲者や怪我人をどうすれば減らすことができるかを前提にされている。

 これは犠牲者ゼロというのも納得、信じざるを得なかった。

「自分では倒すための力が足りない。ではどうすればそれをカバーできるのか、そのカバーを可能にするためには何が必要か、その必要な状況を作り出すにはどうすればいいか、そうやって足りない物をどうすれば補えるのか自分が納得するまで考える。実際、これだけの提案をしながらアイツはまだ考えることを俺が止めるまで止めなかった。

 アイツは説明がド下手でな、それを自覚しているんだが直せない。

 これは致命的だ。

 その考えや発想を上手く伝えられない。でもそれを理解し、形にして他の奴等に説明してくれる者がアイツの周りにいる。

 だから可能なのだと自分の手柄にするわけでもなく、仲間を誇っていた」

 これは上機嫌になる理由もわかる。

 そういった人材は貴重だ。あまり言いたくはないがただでさえ騎士団というのは脳まで筋肉の、所謂脳筋が多いのだ。

 腕に覚えがある者なら自己顕示欲が強く、全て自分の手柄のように語る者もいる。

「是非欲しい人材ですね、勿論勧誘してきたんでしょうね」

「無論だ、だがキッパリ断られた。

 しかしアイツはまだ子供だ、気が変わることもあるだろう」

「絡め手ですか?」

「当然それもある。だが」

「彼が関わり、提案してくれるだけでも価値がある。難しい局面なら意見が聞けるだけでも戦局が変わってくる可能性もある。そういうことですね」

 彼の闘い方は私達の常識を一変させるかもしれない。

 私も是非その彼に会ってみたくなった。

「だからな、幸いにも俺は顔が売れているだろ? 

 まずは王都を案内してやるという名目でアイツを連れ回して他の奴等が手出しできないように俺のお気に入りだと見せつけてやろうかと」

「絶対休みを空けます、何があっても空けてみせます。

 貴男は子供が喜びそうなところを調べて・・・いえ、貴男には無理でしょうからそういうのが得意そうな者に調べさせます」

 

 私はバリウスの企みをどう支援すべきか考える。

 バリウスの言う通りだ、まだ子供だというなら先のことはわからない。

 少なくとも他の団に渡すわけにはいかない。

 まずはその彼が王都にやってくる前に出来る限り面倒ごとは片付けなければ。

 私は急いで残っている仕事を片付ける算段を頭の中でめぐらせ始めた。



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