第十七話 まだまだ発展途上ということです。
ここに先に送り届けられていた大蛇のブツ切りは、早々に報告と共に陛下達にオススメ調理法を添えて冷凍保存で贈られていた。それ以外は大型冷凍庫一箱分を残して殺到した買取希望者にマルビスが腐る前にとタレとセットで販売して稼いでいたし、素材はそのまま加工処理して保存。調査のためにと城の研究機関で三分の一ほどを魔石と一緒に買い取られることが決定。残りは叔父さんに泣きつかれ、懇願されて売却を断念したということだ。
私達が帰宅した翌日、団長が代金の金貨を携えて引き取りにやって来た。
イシュカの報告を直接聞きながら昼過ぎに帰って来た団員達の話を聞き、団員と警備達のために用意した夕食と酒をウチの中庭で一緒に食べながら、ギルドから運ばれてきた骨だけになった大蛇の頭を見て驚いていた。
「お前、こんなバケモノ倒したのか?」
と、呆れられはしたけれど。
いや私一人で倒した訳でもないからね。
みんなが手伝って時間稼ぎに協力してくれたからこそだしね。
そこのところを間違えないようにと釘を刺しておいた。
結局ウチのギルドの文献どころか王都のギルドに保管されている資料にも記載はなく、魔素変化を起こした特殊個体であろうという話に収まり、オープン前の水上アスレチックを翌朝早くから団員達と共に施設開園時間前まで遊び倒し、王都に帰って行った。
「その内、また来る」
と、言い残して。
まあいいケド。
遊具の最終安全点検をやってくれたと思えば。
団長のあの立派な体格が乗っても壊れないという確かな安全性が証明されたわけだし、いい広告塔にもなってくれそうだ。
いよいよ水上アスレチックもオープンし、新しい遊具のお目見えに再びウェルトランドの入場数は落ちることもなく変わらず満員御礼、真夏の涼しい水の上の遊びとあって待ち時間がすごい状態になっていた。もともとこういった大規模娯楽施設というものはここの世界では存在していなかったことを思えばそれも無理ないのかもしれないけれど、生活にゆとりや楽しみといったものは必要だと思うのだ。
湖は一応危険な生物侵入防止も兼ねて数日前より点検済み、アスレチックエリアは湖底に杭を打って網を張り、対策済み。勿論水上には警備員も配している。
太陽の照りつける真夏の空の下、落ちたところで遊んでいる内に服も乾く。
ここは子供も安心して水遊びもできる場所なのだ。
夏限定のカキ氷ショップやアイスクリーム店も盛況で問い合わせも多い。
イベントはこの先も続々と目白押し。
秋の競技場オープンとドッチボール大会の出場者募集のポスターも既に掲示済み。
巨大滑り台とロッククライミング施設も完成間近だ。
冬には少し遅れたけれど巨大迷路も完成予定。
ハイドはここに着いた翌日ゲイルに連れられて二日かけてショップや施設を回った後、キールと一緒に各工房を更に二日かけて回った。
最初は唖然としてただ見ているだけだったハイドもキールの仕事を見学しながら自分のすべき仕事を理解して五日目になると画材を前に、一心不乱に描き始めたそうだ。ここにはデザインを必要とする商品がたくさんある。もともとそういう仕事が好きでやっていたというのなら、ここでの仕事は魅力的ではないかと思っていたのだが、彼もキールと同じく楽しそうにやっているという。商業班の担当者と意見を交わし、工房に出掛けて作業難易度に合わせてデザインを修正して行く。彼の商品の幾つかは勿論ウェルトランドでも扱うけれど彼の商品のメイン売り場はベラスミのリゾート施設になる予定だというのも伝えている。
ステンドグラスのような受注生産品は手伝ってもらう予定ではいるけれど。
ここに来て、この仕事に就けて幸運だったと今は意欲に満ち満ちている状態だ。
二日ほど前に偶々正門前で見かけた時、物凄い勢いで走り寄ってきたかと思ったらいきなり頭を下げられ、謝罪と御礼を言われた時は吃驚したものだ。
そうして二週間があっという間に過ぎて父様が留守番を引き受けてくれるために屋敷にやってきたところで再びベラスミ領への出発となった。
夜明け前に出発すれば今は日も長いので夜には馬車でも到着できるだろうということで昨日の夜にロイが準備してくれた弁当を持ち、マルビスとイシュカ、サキアス叔父さん、キール、エルドとカラル、ウチの警備陣営十名に例の変わり者だという地方貴族出身のジェニーファイアットことジェットがこれに加わった。
前回ノトスと出かけたので今回はルナに乗って私も出発したのだが、馬車に乗ったマルビスとキールとは既にサキアス叔父さんとジェットの繰り広げる討論会にウンザリとしていた。御者台にいるエルドとカラルはその様子に苦笑している。
詳細こそ伏せられてはいるけれど珍しい鉱石が見られるとあってジェットは興奮状態MAX。滅多に入れないベラスミで新たに発見された洞窟を見学調査できると聞いた途端、彼は二週間前から暴走状態だったらしい。自ら各工房に出掛け、必要と思われる道具を自腹で作成依頼、更には細かいサイズの指示まで出して特注するというこだわりで揃えてこの日を待ち侘びていたらしい。話を持ち掛けた時の彼の浮かれようを見て不安を覚えたマルビスはすぐさま極秘事項であることを伝えて契約書を交わしたということだ。
知的好奇心旺盛なサキアス叔父さんは彼とも気が合ったらしく、話は盛り上がりまくりでヒートアップした声は興奮で大きくなり、馬車の外まで響いてくる。キールがうるさいとばかりにウンザリした顔で耳を塞いでいたので私はキール側の馬車の窓を叩いた。
ヒョコッと顔を出したキールにお疲れ様と言うと目尻を下げて泣きそうな顔で私を見る。
サキアス叔父さんが二倍になっているようなものだ、無理もない。
私はクスクスと笑うとキールに提案する。
「気分転換に私の後ろに乗ってみる?」
「いいんですかっ?」
身を乗り出して話に飛びついて来たキールに私は頷いた。
「いいよ。ちょっと待ってね。カラル、少しだけ馬車を停めて」
馬車が止まるのを待ち、扉を開けたところでルナを真横に付けるとキールを馬上に引っ張り上げる。高くなった視線にキールの顔色が明るくなった。その後、すぐにやつれた顔でマルビスが這い出てくると、
「では私は後ろの荷台に移動します。少なくともここよりマシでしょう」
そう言ってキャビンの後ろの荷物置き場によじ登った。
成程、変人具合は叔父さんと良い勝負と言ったところか。
コレは確かにマルビス一人では手にあまったことだろうなと思った。
商会棟、特に四階男子棟はスペシャリストを集めたは良いけれど、奇人変人大集合のカオスとなっているようで、仕事に集中できるようにと従業員棟よりも壁を厚くして防音対策をしていたのが幸いだった。
現在従業員の間でここは別名『隔離病棟』とも呼ばれているらしい。
だがサキアス叔父さんを見ればわかるように(私も人のことは言えないが)、こういった人達は基本的に我関せず、夢中になると周りの声も景色も見えなくなることが多いので揉め事は起きにくいということだ。それが果たして良いことなのか悪いことなのか定かではないが、たまに奇声が聞こえてくる以外今のところたいした実害はないらしい。というか、繊細な人達は三日も持たず三階、もしくは向かいの従業員棟に移動を希望しているらしい。因みにハイドがいるのは隔離病棟。集中力が凄いのか、それとも図太いのかは定かではないがチャラ男っぽい外見の割に意外だ。
商業棟の女子寮四階にも変わり者がいるらしいが男子寮ほど酷くはないようで、女子は入寮から向かいの寮に移った人はいないらしく時々上がる奇声も原因がわかっているならたいしたことはないと言っているようで寮も商業棟の方がやや広めだし、備え付けられている家具も豪華。完全ではないが防音設備も整っていることもあって移動願いは出ていないらしく、自分に関わってこないならそれでいいと言っているらしい。それを聞いた時、つくづく女性の方が肝が据わっているものだと思ったものだ。
一応どの寮も基本的に模様替え、改造その他自由ということになっている。
但し、退寮の際に修理片付けが必要な際には最後の給料から実費を差し引かれる。改良なら良いが、改悪、汚部屋状態で出て行かれるのは困るというだけの話。ここ半年ほどで実績を出して工房持ちになり、その二階に住まいを移した人も二人ほどいる。勿論寮に住んだまま、二階を倉庫その他に使うのも自由だ。住まいを移せば食事は自炊、作るのが面倒だとそのまま寮費を払い、住んでいる者もいる。因みに工房には賃貸料はかからない。
ジェットはどこにいるかと言えば『隔離病棟』の一室。
彼の普段の仕事はシルベスタ国内の宝石などを産出している地域から運ばれてくる二等品にもならない三等品以下、所謂貴族の間でクズ石、捨て石と呼ばれている鉱石の選別と加工。各地から運ばれてくるこれらをランク付けして平民向けのアクセサリーに加工する前段階を担当している。一級品と二等品は金持ち貴族や豪商に買い付けられていくが小さすぎたり、不純物が入り込み透明度が悪かったり、クラックが入っていたりとクズ石は廃棄されたり捨て値で売り捌かれることが多いのだが、これらを大量購入することで格安に仕入れる。三等品以下とはいえど、その辺に転がっている石よりも余程綺麗なのだ。タダ同然なら加工料、材料費だけで済むのだからデザイン、売り方次第。
ジェットは宝石が好きというわけではない。
いや、嫌いなわけではないのだろうが、高価であるかどうかは彼にとって二の次、三の次。どういう基準なのかはハッキリしないが彼の部屋には大量の石が以前転がっていたらしい。あまりに大量の石を持ち込まれたために床が抜けるのを心配したゲイルが部屋に運び入れる石の数を制限し、代わりに空いていた叔父さんの研究室の横の工房を貸し出した。
サキアス叔父さんに自ら近づこうという勇者は滅多にいない。
なにせ爆音、異臭は日常茶飯事。
巻き込まれてはかなわないと隣接している工房は空室状態、叔父さんの研究室は被害を最小限に抑えるため周囲を厚い壁で囲い、中庭に出っ張った形で建っているので湖側を除けば面している工房は一軒だけなのだが隔離状態に近い形で囲われているのにも関わらず、あそこだけは嫌だと嫌厭されていた。だが、ここの一階部分になら好きに運び込んで構わないと伝えると狂喜乱舞して飾り棚をオーダーメイドで頼んで搬入後、いそいそと石を運び込み、綺麗に飾りつけたらしい。その後も叔父さんの発する爆音、異臭を全く気にせず大量の石を持ち込み、二階部分を仕事の作業場として利用して寮には食事と寝るためだけに帰って来ているという。
その日枕元に置くための石を持って。コレは日替わりらしい。
休日には日がな一日この工房に閉じこもり、石を磨き、眺めているか、もしくはこの辺りの周辺散策に石拾いに出掛けているという。
聞けば聞くほどこれまたなかなかの変人。
ただ仕事はキッチリこなすし、公私混同もしない。
そこが趣味が仕事、いや仕事が趣味なのか? とにかく公私混同しまくり、勝手気儘に我が道を突き進む叔父さんと違うところで、どうせ入る見込みのない空き家。ならば自由時間に何をしようと関係ないと見て見ぬふり、目を瞑ることにしたわけだ。
しかし個性万歳で人材を集めはしたけれど紙一重の変人寄りを集めすぎただろうか?
彼らを叱り、怒鳴りつけ、制御できる肝っ玉の座った御仁はどこかにいないものか?
男でも女でも良いんだけど適任がいれば是非とも勧誘したいところだ。
彼らの寮監が務められるならマルビス達の負担も減るだろうから給金は相場の二倍から三倍でも良いんだけどなあと考える。男では女子寮を行き来するのに問題があるからできれば女性で。いや、この際贅沢は言わない、隔離病棟男子寮だけでも面倒を見られる人がいれば。
まあ順次対応、見つかり次第ということで。
商業班に任せっきりでほったらかしにしてたけど手が空いたら様子を一度、見に行こう。
邪魔者がいなくなったことで更に白熱し始めた叔父さん達の会話はシカトを決め込んで私達はベラスミへと向かった。
別荘に着くと前回と違ってジュリアスが宿泊準備を整えてくれていた。
あの後、立ち入り禁止にした山はガイと(主に)ケイが暇を見て少し調査を進めてくれていたようだ。領主代行の調査も胡散臭い話は出てこないものの公明正大というわけでもなさそうで現在調査は継続中。
ひとまず今日は早めに休んで明日から動くことにした。
今回はこの二週間の間にテスラが用意してくれた色付きガラスのランプも持って来た。サキアス叔父さんにも鍾乳洞の観光資源利用についての相談もある。
のんびり休暇を満喫とはいかないけれど。
翌朝目を覚ますとエルドとカラルが準備してくれた朝食を食べて腹拵えを終えると小屋にみんなで移動した。
そこには前回見せられた土で作った縮尺地図は少しだけ形を変え、他にも立ち入り禁止の山だけの大きなものも作られていた。
この間の調査で見つかった穴は七つ、プラス出入り口で八つ。
更にケイの探索で新たに一つ見つかった。
最下層と思われていた場所より更に下方だったため見つけられなかったのではないかという。
縮尺地図には見つかった穴のおおよその位置がわかるように数字の書かれた旗が立てられている。
「結構細かったですよ。魔獣や蝙蝠に入り込まれても面倒なのでそこは土を崩して塞いでおきました。硬い岩盤も多かったのですぐには崩落しないでしょうが細かい穴まで入れるとかなり複雑に入り組んでいるかと思われます」
「そうなると採掘も結構厄介だよね?」
崩落事故の起きそうな洞窟に人員を投入してまで採掘するのは如何なものか? 限界近かったために雪解けで地盤が緩み、崩落したとも考えられる。それだけの穴が見つかったということは山の中に空洞も多いということだ。その上、アレが這い出るために強引に押し通った形跡もあるとなれば、それが地盤に影響していたとしてもおかしくない。
私が考え込んでいるとケイが首を振る。
「いえ、専門ではないので確かなことは言えませんがハルト様が採取されていたような鉱石が見られる場所には偏りが見られました。それを考えるとまずはそれらが発見された場所から中心に調査範囲を広げていくのがよろしいかと」
つまり明らかに採掘できると思われる場所から崩しながら調査を進めていこうというわけか。
「因みに俺と御主人様が最初に見つけた穴はここだ」
そう言ってガイが指差したのは山の北西より、七の数字が書かれた大蛇が出て来た穴とはほぼ反対側。背後に山脈聳え立つ人里の影も見えない、町からは完全に死角となる位置だ。
「アレの太さじゃ俺らでやっと通り抜けられたあの穴は潜れねえ。しかも岩盤が固かっただろ? 土属性を持っていたってそれを受け付ける土壌じゃなければ変化させられない。下手に割れば生き埋めだからな。だからこそヤツはわざわざ遠い道のりを選んで這い出たってわけなんだが」
それは運が良かったというか、悪かったというか、実に微妙なところだ。
この場所から這い出られていたならば北に進めば被害は出なかっただろうが確率的にいうなら食う獲物が多く生息する南に進路を取りそうだ。そうなるとウチの別荘に来る前に町を通ることになるので被害は笑い事では済まない事態になっていただろう。どちらにしてもあのタイミングではウチから討伐に向かわねばならなかっただろうと考えれば苦戦したものの討伐できたわけだから町に被害を出さずに済んだのは運が良かったと言うべきか?
だが私が最初に見つけた鉱石は町とは反対の場所になるわけで、偏りがあるということはその付近に多いということだ。
私がジッと見ていると土で出来た縮尺地図の上に二本の不規則な線が引かれている。
始めはクラックの印かとも思っていたが山に対して平行ではなく縦に、しかも麓までそれが続いている。不思議に思って尋ねてみる。
「これは?」
「川だ。とはいっても川と呼んでいいのかわからないような細いヤツだが。近くに僅かだが水が湧き出しているところがあってな。俺が聞こえた音はソイツだよ」
ああ、そう言えばガイが洞窟の中でそんなことを言っていた。
よくそんな音が聞こえるものだと思ったものだが。
「件の鉱石もその辺りを中心に多く見られましたね。一応見つけた鉱石の幾つかは番号ごとに箱を分けておきました。アレの出てきた出入口の付近では見られませんでした。偶々そこに見られなかっただけで掘ってみないとわからないと言ってしまえばそれまでなのですが。見つけた穴の深さはおおよそでよろしければ目安は付けてあります」
そう言ってケイは番号の振ってある木箱を指差した。
流石ケイだ、手回しがいい。
サキアス叔父さんとジェットはそれらに飛びつくと箱の中を漁り始める。二人とも目を爛々と輝かせ、叔父さんは黙々と一心不乱に、ジェットは時々嬌声を上げながら次々と入っている鉱石を手に取り光に翳し、確認している。紙一重の奇人変人、天才達はとりあえず放っておいて、私達が戻ってからの報告、連絡を聞きながら彼らの興奮が収まるのを待っていると二人はひとしきり眺め回した後、会議というか、意見交換を始める。それらが終わるのを待っていると意見が纏まったのかサキアス叔父さんが口を開いた。
「ケイの推察はあながち間違いではないかもしれないな」
叔父さんの言葉に大きくジェットが頷く。
「そうですね。品質の差はありますが全て山の麓付近に多く見られたとなると否定できません。過去の火山噴火による地盤の隆起により出来た山だとすれば、そこに雨水や雪解け水が流れ込み、洞窟が出来た可能性が高いでしょう。そして更にそこに火山活動による揺れで岩盤が裂け、穴が空いた。こんなところではないでしょうか。
となればまずはその山を見に行きましょう。崖崩れを起こしたというならば地層がある程度露出しているのですよね?」
そう言ってくるりと私の方に首を向け、期待に満ちた瞳で見つめてくる。
さっさと連れてけと連呼せんばかりの最早脅迫に近い迫力。
何か夢中になることがあるというのは素晴らしい、素晴らしいことではあるけれど、コレはチョット・・・
私は勢いに押されて後退り、思わず頷いた。
そうして早急に馬を用意して早速その現場を見に行くことになった。
捜索すべきは石灰岩が雨水などに溶かされてできた石灰洞だ。石灰洞の場所を見つけるために、地質地層を調査して石灰岩の分布を調べる。さらに石灰岩がつくる地形の候補の中から、地底に洞窟がありそうな場所を探すのだ。すり鉢状の地形が理想的で雨水を漏斗のように集めて洞窟の中に水を流し込む場所が有力。もしくは唐突に川がなくなっていて地下に水が流れ込んでいたり、逆に地下から川が流れ出ている場所。特に断崖絶壁から突然、川が始まっている場所はかなり有望、そこに流れている水が土や岩を削っているためだ。だが水脈というのは地形の変動で変わることもあるのでその場限りではないけれど。
このベラスミの地は水資源が豊富だ。
それ故多くの洞窟が点在している可能性も高い。
表側、大蛇が出てきた洞窟前辺りまでは獣道とはいえかろうじて道があるがそこから少し外れると足場も悪い。馬を降りてみんなでその周囲を観察しながら一周まわるとガイと私が見つけた穴から縄梯子を垂らし、まずはガイが、次いで私、叔父さん、ジェットの順で降りていく。そこをぐるりと観察し終えたところで張り付いてここから離れようとしないジェットを引き剥がしつつ下から小突いて登らせた。
探索調査で思う存分広い集めてきた石を撫で回すかのように一つ一つ丁寧に泥を落とし、磨いているジェットは一先ず置いといて、他のメンツで今後について相談する。前回のこともあるので慎重に森林伐採と開墾を進めているが今のところ現在施設や宿屋の建設予定がある山では他に洞窟らしい穴やクレバスは見つかっていないそうだ。温泉が湧き出ている以上、どこかに水路があるのは間違いないけれど。
そこで運河の堀が出来たのであれば今まで洪水などで沼地化していた土地が水が抜けて乾くまで暫く様子を見たらどうだという話になった。それでも地盤が緩ければいっそ人為的にある程度崩落させてしまうのもありだろうと。
そして翌日には観光資源にしようと企んでいる鍾乳洞をみんなに案内しつつ、ここでもやはり美しい鍾乳石に齧り付き、離れようとしないジェットを一喝して引き摺りつつ、別荘に戻ってきた。人間というものは夢中で必死になると馬鹿力というものを発揮するものだ、どちらかといえばヒョロリとした体型のジェットを警備の二人がかりで引き剥がし、別荘まで戻ってきた。
「ハルト様っ、私をここに転勤させて下さいっ」
別荘に入る時間さえ惜しいのか、小屋に本日の収獲を降ろして玄関に向かう途中、ジェットは叫ぶように言った。
言うと思ったよ。
ここにはジェットの好きそうな鉱石その他がまさに言葉通り、山程ある。
別荘に戻って落ち着いたところでジェットがそう切り出してきた時、たいして驚きはしなかった。
私は溜め息を一つついて尋ねる。
「仕事はどうするの?」
「勿論やります。仕送りはありませんので稼がねば生活できませんし」
それはわかっているわけね、良かった。
ただ居座られても困るし、ここは私の私有地。
従業員その他関係者以外は立ち入り禁止である。
仕事をしない者に長期滞在許可は降りないし、タダで居座られても困る。
私はマルビスを振り返る。
「マルビス、ジェットの仕事はここでも出来るものなの?」
彼の仕事は宝石としての価値が低い鉱石の選別、磨きなどの加工工程の幾つかと聞いている。
「出来ないこともありませんが、問題が何点か。
ここはまだ開発が始まったばかりですので寮も工房もありません」
「建てて下さいっ、土地をお借りできれば自費で払います。
借地料を払い、自宅を建てられる制度があったはずです。私は他に趣味はありませんから今まで頂いた給金は殆ど残っています」
マルビスの言葉に間髪入れずに言葉が返ってくる。
ジェットの仕事はまさに趣味と実益を兼ねたもの、こんな自分向きの仕事はないと言っていたくらいだ。聞けば実家ではたいして価値もない鉱石や石を部屋に持ち込んで、暇さえあればそれを磨いてウットリしているというような生活をしていたようで、私が何か特技や秀でた者を持っている変わり者を集めているらしいという噂を聞きつけて親に殆ど家を追い出されるようにここに来たらしい。要は厄介払いだ。
宝石職人になるほどの腕はない。
だがウチでならその趣味も活かせる仕事があった。
石を見るのも磨くのも大好きである彼はマルビス達に提示された仕事に飛びついたらしい。
確かにウチには借地制度がある。
土地の借地料を払うことで自分で家を建て、退職して出て行く場合にはその建物を適正価格で買取するというものだ。まだ殆ど利用されていないので空家もないし買取も発生していない。ここは町もそんなに遠くはない。現地の人を主に雇い入れるつもりだったので借地する予定の土地もまだ用意していないのだ。だがそれだけではない。
私は口を開いた。
「あのね、はいそうですかと建てられるほど簡単じゃないんだよ。ここは向こうとは比べものにならないくらい冬場は凄く寒いんだよ? それに食事はどうするの? 自炊出来る?」
「ここには開拓のための作業員も居ると聞きます。彼らの炊き出しを分けて頂ければそれで構いません。食費は給料から天引きして下さい」
一応は考えているわけね。
「まだ問題があるよ。この土地は魔獣の出現率も高い。ジェットが山を歩き回っている時にそういったのに襲われたらどうするの? 今日のように護衛を常につけて歩くわけには行かないんだよ? それに好き勝手に行動されて万が一のことがあった時、親御さんに苦情を申し立てられても困るんだよ。最低限自分の身は自分で守れる力と家族の許可を得てもらわないと・・・」
「つまり自分で自分の身を守れるだけの力を持ち、万が一の場合には自己責任、ハルウェルト商会に責任はないという家族の了承を得られれば良いわけですね? わかりましたっ、向こうに戻ったら早速家族に許可を得て来ます。ありがとうございますっ」
そう言ってジェットは小屋に向かって走り出す。
そこにあるのは当然ケイが採掘してきた鉱石の塊と本日ジェットが採掘、採取してきた石等だ。その後ろ姿を見送りながら私はマルビスに尋ねた。
「ジェットって強いの?」
そこまでやらせるつもりはなかったのだが、確かにそこまでしてもらっておけば後々問題にはならない。仕事上なら労災として保証するつもりではいるけれどジェットの場合、休日ウキウキでこの周辺を歩き回りそうで怖い。一人でふらふら出掛けて気がついたら帰って来ませんでしたという事態にもなりそうだ。
マルビスは私の問いに苦笑して教えてくれた。
「騎士には劣りますが冒険者ランクでいうとCか、Dってとこですかね。土と風の二属性持ちですし、ロイよりは若干弱いといった程度ですね。なにせ石を収集するのにも、それを運んだり森や山の中を歩きまわるのにも体力や力は必要ですから」
成程。言われてみればその通り。
今日も山道歩き回ったというのにそういえば息を切らしていなかった。
ヒョロリとして見えるけど実は脱いだらスゴイんですタイプか。
「ここと屋敷には現在資材や食料その他の定期便がありますのでそれに一緒に積み込めば仕事自体はそう差し支えないでしょう。そういった面を考慮するなら専門ではありませんがある程度の地質学を持ち、鉱石に詳しいというなら彼にここに滞在してもらう利点はありますけど」
そこまで言ったところでマルビスが口籠った。
うん、わかるよ。言いたいことは。
「問題は誰がジェットの面倒を見るか、だよね」
マルビスが頷いた。
「サキアスほどではないので御家族の了承さえ頂ければ多分大丈夫でしょうけど。実際商業棟の寮生活者達は食堂で名札を使い、入口で食事は管理だけしてるだけで仕事さえして頂けるならと後はほぼほったらかしですし。
一応は連絡なく丸一日食堂に現れない場合は確認に向かってます。あそこにいらっしゃる方達は夢中になると寝食忘れていらっしゃることも多いので」
「あそこは敷地内だからそれでもいいと思うけど、ここ、山奧だよ?」
「山と言うなら屋敷周辺も施設から少し離れれば似たようなものですよ」
「魔獣の出現率さえ同じならね」
今日も多くはないが低級と出会していた。
イシュカもガイとケイ、警護人員がいるから問題にもならない程度だったけど、これが石拾いなどに夢中になって周囲への警戒を怠るようなことが出た場合、というかそういう未来しか見えないんだけど。
かといってジェットの世話を焼きつつ警護も出来る人っていうとね。
それにふらふら何も言わずに出て行かれた場合にも対処に困る。
さて、どうしよう?
「まあ彼がここにいる利点もあるわけだし、少し考えてからにしよう」
「そうですね」
マルビスと私は顔を見合わせて溜め息を吐くと、とりあえず目の前の問題を先延ばした。
サキアス叔父さんはサキアス叔父さんで鍾乳洞の方の活用方法でジュリアスを質問攻めにしているし、専門的な魔道具の装置の仕組みなんて、多少なりとも理解できるのはウチではテスラだけだ。テスラでさえも細かいところを突っ込まれると無理だといっているし、ジュリアスでは厳しいのは間違いない。
本当はもう一人くらい研究者を雇い入れたいところだけれど優秀な研究者のタマゴ達は学院卒業と同時に国にスカウトされていく。叔父さんに慄いて避けられているのもあるようだ。研究者としては超一流で優秀高名でも同時に悪名も高いわけで、更に人が寄り付かない結果となる。
「ちょっと個性を追求し過ぎたかな?」
私がそう言って首を傾げるとマルビスが微笑する。
「ですが彼らの働きのお陰で商会が多大な利益を上げているのも事実ですから」
まあ確かに。
結局世の中は何処かで帳尻を合わせるようになっているのだろう。
全て何の苦もなく成功するというのは滅多にない。
要はどこで苦労するかの違いなのだ。
事業事態は順調過ぎるほど上手くいってる。
だが表に出てないこういうところに問題というものはある。
迷惑ばっかりかけているお前が言えた義理かって?
それを言われてしまうと私も辛いところではあるのだよ。
私なりに努力しているつもりはあるけれど実になるまではそれなりに時間がかかるということで。
すみませんがもう少しお待ちくださいませ。
そのうちみんなが自慢できるくらい、イイ男になってみせるから。
まだまだ発展途上ということで。
今は御容赦御勘弁願います。