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第十六話 選んだ運命の行末は?


 翌日やってきたハイネルド達の契約と高利貸しへの借金返済手続きを終え、その後、その町を徘徊しつついつもの如く興味のあるものを片っ端から買い漁り、買い食いし、ハイネルドには翌朝、日の出頃に落ち合う約束をして別荘に戻ってくると今回最後の温泉を満喫した。


 来た時も五十名弱の大人数だったのに更に追加され、総勢七十人近い大行列。

 これで人目を引かないわけもない。

 かといって人目を忍ぶ必要があるわけでもなし、堂々と検問所を抜けた。

 馬車十一台に詰め込まれた魔物素材に目を見開かれはしたが、既に五日前から大蛇の頭を皮切りに運搬が始まっていたので思っていたよりも驚かれなかった。

 馬なら一日で走り抜けられる道も馬車では一日半かかる。検問所を出たところで馬車の護衛を引き受けてくれた団員達にお任せして一足先に屋敷に戻らせて頂くことにした。当然その理由は屋敷での慰労会の準備とベラスミであった様々な報告だ。

 ガイとケイは例の調査に必要な人材と繋ぎを取ってから戻るということで別行動。

 ハイネルドは馬に乗れたので私達と一緒に最低限の荷物を持ち、後は馬車に積み込んで付いて来たのだが、以前自分が見た景色とあまりにも違い過ぎたらしく、私の私有地内に入る前のウェルトランドの看板をくぐり抜けた辺りからあんぐりと口を開け、呆然と視線を彷徨わせていた。


「これは変わり過ぎだろ」

 ポツリと漏らした彼の声が驚きの全てを物語っている。

 そういうのも無理はない。

 この辺りから見える景色は彼の知る二年前の景色とはまるで違うのだ。

「湖周辺のこの柵内は全てハルト様の所有地です。道を挟んで山側が主に従業員寮、左の湖側が各種工房とその奥にあるのが御屋敷、そして緑の騎士団支部及びその寮が主な建物になります。その先が『ウェルトランド』、平民を主な客層とする娯楽施設です」

 イシュカが簡単に説明する。

「明日は案内をつけます。まずは施設内をよく見学なされるのがよろしいかと。ショッピングモールには我がハルウェルト商会からも多く出店していますから。そうすれば貴方のすべき仕事もよくお分かりになると思いますよ?」

 そう、ロイが付け加える。

 道の先に見えるのは立ち並ぶ建物群。

 夕暮れということもあって町への送迎馬車は満員、ひっきりなしにすれ違う。

 横を通り過ぎる町人達に名を呼ばれ、挨拶されたのでそれに手を振って応えつつ屋敷へと向かう。屋敷に近づくにつれ、夕闇が辺りを支配し始めると馬車もいなくなった。残るは宿泊客か、ウチの従業員達だけだ。

 仕事を終えて帰宅途中の彼らにも手を振りつつ屋敷の門を潜ると玄関には両手を広げて待ち構えているマルビスの姿とみんなの姿があった。


「お帰りなさいませ、ハルト様」

「ただいま、マルビス」

 ここに住み始めてまだ一年くらい。

 だけどすっかりここは我が家。

 自分を待ち、お帰りと言って出迎えてくれる存在はありがたいものだ。

 だがわからないのはマルビスに広げられたままの腕。

「それでこの手はなに? 御土産なら明日団員達が馬車で持って来てくれるよ?」

 私がそう言うとマルビスは『そうではない』と首を横に振る。

「貴方の御指示に従い、ここで仕事をしてお待ちしていた私に御褒美があっても良いでしょう?」

「だから何?」

 御褒美が欲しいというならそれを渡すのもやぶさかではない。

 だが広げられた腕の意味がわからない。

 問い返した私の背中をポンッとイシュカが押し、突然押されて前に傾くとマルビスに抱きしめられた。

「お戻りをお待ちしておりました。御無事で何よりです」

 ああそうか。

 心配、かけていたんだ。

「ありがとう、帰ってきたよ。マルビス」

 私がマルビスの背中に手を回して礼を言うと彼が微笑む気配がした。

「はい。待ち侘びておりました。またいつものように大変だったようですね。ギルドからも報告が来ております」

「早いね」

「早いというのは些か語弊があるかと。ここではわからないからと王都に依頼を出したということですので。ですが貴方はまた一つ御自身の伝説に上乗せされたようで、王都でも随分話題になっているようですよ?」

 マジか。

 まあそれも無理ないのか?

 イシュカやガイが近年稀に見る大物だと言ってたし騒ぎにもなるだろう。

「情報早過ぎじゃない?」

「無理もないでしょう。ハルト様は話題の中心人物ですから」

 それは褒められているのか?

 マルビスに抱き締められたまま私は笑う。

「揉め事厄介事の裏にいつも私の陰アリって?」

「裏ではなく表舞台ですよ。珍しい素材にサキアスが狂喜乱舞してました」

 でしょうね。相変わらずブレない。

「一応冷蔵庫の受注を片付けてからでないと素材は渡せないと言ったところ、朝から夜中までフルスピードで仕事を片付けているようで研究室に篭りっきりです。キールが食事だけは運んで食べさせてくれていますけど」

「キール、いつも本当に助かるよ。ありがとう」

「いえ、あのダメ男の面倒は他の者では無理ですから」

 ダメ男って、確かにそれは否定できないケド。

 頭の出来は最高ランクの叔父さんだがその他があまりに残念過ぎる。

 私も人のことを言えた義理ではないがあそこまでは酷くないはずだ、多分。

 イマイチ言い切れないのが情けないところだがそこは御愛嬌ということで。

 しかし本当にキールには感謝だ。

 私一人では叔父さんの面倒は見きれない。

 マルビスの腕から抜け出すとハイネルドがこちらをジッと見ていた。

「それで、そちらが例のスカウトしてきたという御方で?」

「そう、ハイネルド・ジ・ランドルファ。キールの後輩になるよ」

 紹介するとハイネルドがぺこりと頭を下げる。

「お初目にお目にかかります。私、マルビス・レナスと申します。ハルト様がオーナーであるハルウェルト商会の代表を務めております。こちらはキール・セイラン。貴方の先輩ですね。暫くは彼に仕事を教えてもらうことになると思います」

 そう言って隣にいたキールを紹介するとキールがぺこりと頭を下げる。

「マルビス、寮の準備は出来てる?」

「ええ、どちらの寮にするか迷いましたが商会本部側の方が良いかと思いまして。エルドに頼んでそちらに準備させて頂いておりますが宜しかったでしょうか?」

 確かに。道の向こうのヤツでと考えてもいたけれど、仕事の内容と防犯面からすればその方が間違いない。

「それはマルビスに任せるよ。ゲイル、彼を案内してあげてくれる? 長旅で疲れているだろうし、詳しい仕事の説明や案内は明日以降にするよ」

「かしこまりました。ではこちらへ」

 そう言ってゲイルはハイネルドを連れて商会本部棟に向かう。

 物珍しいのか相変わらずキョロキョロと視線を彷徨わせながら歩いている。

 用事がなかったら一緒に回って案内してもいいけど、報告も多いし厳しいか。

 その後ろ姿を見送って、私達は歩き出す。

「まずは夕食に致しましょう。詳しい報告は明日でも構いませんがたくさんの土産話を持って来て頂いているのでしょう?」

「いっぱいあるよ。マルビスにお願いしたいこともあるし」

 階段を上がって行くとカラルがメイドと一緒に厨房に足早に向かって行く。

 エルドはテキパキと乗ってきた馬を厩舎に移動する指示を出している。

 二人もすっかり執事らしくなってきたと思う。

 まずは四階に上がってからロイにお茶を入れてもらってのんびりとしよう。


「また何か面白いものでも見つけましたか?」

 四階のリビングでテーブルの前に座り、夕食が運ばれてくるのを待ちながらマルビスが尋ねてくる。

 大変なことはたくさんあったけど面白いものといえばすぐに思いつくのはコレ。私はロイが持ってくれていた鞄を受け取ると、

「どうだろ? 磨いてみないとなんとも言えないんだけど」

 と、ゴソゴソと中を漁り、拳大ほどの石をテーブルの上に置いた。

「面白い光り方をする石があってね。綺麗だったから磨いてみてもらおうかと思って」

 ゴツゴツとした鈍い色のそれをマルビスが興味深そうに眺める。

 そのへんの河原にでも落ちていそうな石にも思えるものだ。

「この緑色の石ですか?」

「そう。変わってるんだよ。光によって色が変わるんだ。ここのランプは光属性のだよね?」

 問われて何気なしにマルビスが答える。

「ええ、そうですが?」

「だけどね、火属性の光で照らすと赤紫色になるんだ。始めは光の反射具合かと思ったんだけど陽の光でも緑色になるんだ。面白いでしょう? 磨いて綺麗になるならただの石でも商品に加工できるんじゃないかと思って」

 光の持つ性質によって色の変わる石。

 たいして光らなかったとしても珍しさで客引きになると思うのだ。

 私の言葉に興味を持ったマルビスがそれを手に取る。

「拝見します」

 私には石の価値などわからない。

 でも、ただ珍しいだけでも価値があるはずだ。

 じっくりと厳しい目でそれを見定めるとマルビスは真剣な顔になり、慌てたように叫んだ。

「サキアス、サキアスをすぐに呼んできて下さいっ」

 そのマルビスの言葉に驚いてキールとテスラが立ち上がり階段を駆け降りて行く。

 あれっ?

 ひょっとしなくても、コレって結構大事?

 私はタラリと冷や汗を流しつつ大人しくサキアス叔父さんの到着を待った。



「鉱石だな。見たことはない。もしかしたら他にもあるのかもしれないが相当に珍しいぞ」

「やはりそうですか」

 鉱石って、要するに価値のあるものってことだよね?

 相当に珍しいってことはつまり、私の頭に過ったアレは間違いなかったってこと?

 嘘、だよね?

 そう、私が友人のウンチクの中で唯一心当たりとして浮かんだソレ。


 アレキサンドライト。鉱物名クリソベリル。


 日本では金緑石とも呼ばれ、当たる光によって色を変える神秘的な宝石だ。

 アレキサンドライトの大きな特徴の1つが『変色効果』。太陽光の下では青緑や深緑のように、蝋燭のような火の下や白熱灯などの下では赤や赤紫、オレンジ色に変化。全く違う色に変化することから、『昼のエメラルド』、『夜のルビー』とも呼ばれていた石。その希少性の高さから『皇帝の石』とか、『キングオブジュエリー』とも呼ばれたこともあった宝石。

 そして私が前世で唯一興味を示した宝石だ。

 何故かって?

 だって面白いじゃない。あたる光によって色が変化するなんて。

 ただ目の玉が飛び出るような値段を見て買うのは当然断念したけれど。

 手が出せないこともない値段のものもあるにはあった。

 だけど私の興味を引くようなハッキリとした変色効果のあるものはとてもじゃないけど簡単に庶民が手を出せるような値段ではなかったし、手元に置こうとまでは思わなかった。

 ショーケース越しに見ているだけで充分。

 私には過ぎたもの。気に入った程度で大枚叩くほど酔狂ではない。

 価値観の違い。

 一粒の高価な宝石より日々の生活の充実の方が価値が高かっただけなのだ。


「ハルト様、これはどこで?」

 鬼気迫るような真剣な顔つきでマルビスが聞いてくる。

 そりゃこうなるよね。商魂たくましいマルビスなら当然。

 珍しい色の変化する綺麗な石なんて。売れないわけがない。

「洞窟だよ。例の大蛇が出て来たところ。ケイに手伝ってもらって少しだけ採掘して来たけど残りは明日の馬車で来るよ?」

 私がそう答えるとマルビスの声が潜められる。

「その洞窟はどうしました?」

「一応崩落の恐れ有りってことで山丸ごとロープを張って立ち入り禁止にしてきたよ。各ギルドにも危ないから近づかないでくれって通達して来た」

 なにせ広範囲に渡って山に洞窟が蔓延った状態なのだ。

 崖崩れを起こした原因も山の内部に空洞が多かったせいではないかとみんな分析したくらいだ。山の上に建物など建設すれば地盤が重量で沈みかねない。

 それを聞いたマルビスがニヤリと笑う。

「それは好都合です。他の洞窟はどうでしたか?」

 つまり他の山でもこういう石はあったかと聞きたいのだろう。

 とりあえず現状報告は必要なので自分が見た範囲のことを報告する。

「危険はないよ。一つはすごく綺麗だったから観光資源にする計画を立ててて、もう一つは宿泊施設に利用するって。一応地質調査も兼ねて掘ってみたらしいけど他では特に変わったところはなかったみたいだよ。パッと見た感じはそういう光り方をする石は私も見なかったよ。まずは木材の切り倒しが先だしね。施設建設のための平地も整備しなきゃならないし」

 ぽこぽこ見つかった洞窟。

 火山がそう遠くないことから察するに噴火の地殻変動によりできたものや流出した溶岩の中にできた溶岩洞が多いのだろう。そうなってくると残る三つの山ももう少し調査が必要だ。

「一度サキアスを連れて現地に調査をいれましょう。まずは信頼できる者でないといけませんね。イシュカ、調査資料が纏ったら報告して下さい。ハルト様が石を持ち帰ったと知る者は他にいますか?」

 マルビスがイシュカに尋ねる。

「一日目はガイが付いていた時だけみたいですし、二日目はライオネルとケイと私だけだと思います。団員達は調査で殆ど別行動でしたから。ハルト様が変わった奇妙な行動をとるのはいつものことですので気に留める者はいませんでしたね。後はジュリアスですか、ケイがピッケルの調達を頼んでいましたから」

 奇妙な行動がいつものことって、いったい私は周囲からどのように見られているのだろう。

 ひょっとしてサキアス叔父さんのことを言えない?

 奇人変人の部類なのか?

 変わっているという自覚はあるが流石にそこまでではないと信じたい。

 わたしが小さくなって俯いているとマルビスがニヤリと笑うのが見えた。

「それは尚更好都合。ライオネルには口止めしておきましょう。

 それでガイとケイは?」

 好都合なのか?

 マルビスは何を考えているつもりなのか。

「実は・・・」

 私が首を傾げているとテスラがそれ以外のことについて報告し始めた。

 他の二つの洞窟の利用法の詳細とそれに纏わる開発事業、更にはベラスミの運送業者と提携して施設の管理運営方法、そして問題が発生したために新たに向こうの領主代行と新たにジュリアスが契約を結び直した際に提案されたこと。そしてそれらに関わる地元と領主代行の身上調査などのために二人がベラスミの情報屋と連携連絡を取るための手段を構築、確立するために残り、それが済み次第戻ってくること。更にはハイネルドの雇用にあたり、その経緯など。

 それらを一通り話し終えたところでマルビスが悪人面で笑う。

「成程。これまた好都合ですね。この件については他言無用でお願いします」

 そう私達を見渡してマルビスが言った。

「ハルト様はまたとんでもない当たりを引いた可能性がありますよ」

 なかなかの迫力、こういう時のマルビスは良い稼ぎ元が見つかった時に見られることを考えれば、おそらくだが、国や領地その他に知られていないのをいいことに産出されるであろう鉱石を独占してしまおうといったところだろう。国有地で見つかれば国で、領主管理の土地で発見すればその領地が、私有地で見つかったならその土地の持ち主に管理権限が与えられる。

 要するに今回の場合は私にその権限があるわけだ。

 大蛇が出てきて恐ろしい貧乏クジを引いたと思ったのに、実はそれがとんでもない当たり付きだったと。

 これは喜ぶべきなのか?

 資金は既に潤沢すぎるほどある。

 討伐に失敗していれば今頃あの腹で溶かされ、アレの栄養になり、排出物として捻り出されていた可能性もあるわけで素直に喜べない。

 当たりと呼ぶには少々語弊があるような気がしてならない。

 果たして私はツイているというべきか?

 それともやはり祟られているというべきか?

 判断に迷うのは仕方がないと許して欲しい。

 最近考えるのは前世で私が欲しいと願っていたものが次々と転がり込んでくるのだが、大抵災難厄災のオマケ付き。しかも大事であればあるほどそれが大規模、大量(?)に転がり込んでくる。前世(むかし)、子供の頃にオマケを手に入れたくて欲しくもないお菓子を買ったものだが、ここでは要らぬ災害に巻き込まれる度に前世で私の欲しかった何かが転がり込んでくる。


 ワイバーン討伐ではリゾート施設計画の大量の運営資金。

 スタンピードでは憧れの(デカ過ぎるものの)我が(しろ)を。

 へネイギスの一件では大勢の仲間を。

 コカトリス討伐では三人の婚約者を。

 カイザーグリズリーを倒した時は憧れの温泉付き別荘と更に二人の婚約者を。

 そして今回、あの大蛇を倒してアレキサンドライトの原石眠る鉱山を。


 思い切り遊び倒したかったという欲求は施設丸ごと手に入り、憧れの2LDKマンションを夢見ていたはずが大きな四階建ての豪邸に、たった一人でも良いと思っていた自分の味方は大量に、相思相愛のただ一人の恋人を手に入れたいと願っていたのがすっ飛ばして五人の婚約者、更には一度ゆっくりできればいいなと憧れていた温泉宿は別荘として手に入った。

 そして昔憧れてたアレキサンドライトの宝石は鉱山丸ごと私のもの。

 数が、桁がどこかおかしいでしょ?

 仲間は多い方がいいけれど、その他が明らかにおかしい。

 私が欲しがっていたものが何かに巻き込まれるたびに手に入っているということは、また何か事件が起きるたびに欲しかったものが手にすることができるということだろうか?

 だとしても、もうこれ以上は結構です。

 私は充分幸せで満たされている。


 ですからどうかもう勘弁して下さいっ!


 前世では欲しくても手に入れられなかったものが多すぎてあんなものがあれば、こんなことが出来ればと空想によく耽っていた。生活はギリギリとまではいかなまでもゆとりがあるとはいえなかったし人との縁も薄かった。だから空想するのはタダだからという理由で自分をアニメやラノベの主人公に置き換えて、私が生まれ変わったらなんて考えていたこともある。

 それがまさか実現するとは思わなかったけど。

 しかも性別逆転して。

 

 混乱している私を他所にマルビスがテキパキと話を進める。

 そこへ夕食が運ばれてきてガイはまだ帰ってきていないけど、久しぶりの我が家での食卓で食事を取りつつ、みんなで食事を摂る。

 この場所はホッとする。

 勿論ここの料理長の食事は美味しいけど、みんなで食べる食事はどんな御馳走よりも美味しいと思うのだ。

 何を食べるかではなく、誰と食べるか。

 贅を尽くした美食も嫌いな人と一緒では楽しめない。

 でも好きな人と一緒に食べる食事はどんな豪華な食事にも負けないものなのだ。

 

「ではビスクを呼んで来て頂けますか? 確認したいことがあります。調査次第ではあの辺りの山を幾つか押さえてしまいましょう」

 マルビスがそう言うと食事が終わったところでロイとキールが食器の片付けを、テスラが大陸地図を取りに行き、イシュカがビスクを、マルビスがゲイルを呼びに行き、マイペースなサキアス叔父さんは並べられた珍しく鉱石に興味津々、眺め倒している。

 ゲイルとビスクがやってきたところでテスラが再び大まかな説明をして二人はそれを真剣に聞いていた。

 広げた大陸地図を前にみんなが考え込んでいる。 

「マルビス様の仰るように調査次第ではあの辺りの山を幾つか押さえるべきですね。この石を見つけたのはこの間購入した山のうち、一番奧のもので間違い無いですか?」

 ゲイルの言葉にイシュカが応える。

「ええ、そうです。このオーディランスとの国境になるランジュレア山脈手前です」

「ビスク、正式な国境は現在どの辺りになります?」

 マルビスに話を振られてビスクが身を乗り出し地図でその位置を示す。

「この一番高い山を超えたここの川のラインに沿ってですね。山の境目ではわかりにくいということもありますがこういう草木の生えない高い山は魔物や魔獣の侵入を防ぐ盾にもなりますからね。ベラスミにオーディランスが押し付けたという形になっています」

 要するに魔獣が大量に生息する土地は持っていても面倒だからお前らで処理しろよということか。そりゃあたいした資源もないどころか民にも被害が出かねない危険な土地を管理するのは国家としても面倒だろう。山が人の侵入を拒むような地形であることも手伝ってお互い押し付けあい、ほったらかしにされていたと。

 シルベスタでいうところのイビルス半島みたいなものか。

「この辺りに人里は?」

「ありません。ハルト様が所有される山から少し奥になるランジュレア山脈の辺りは標高も高く不便です。魔獣などの出現率も高いため、この断崖絶壁に近いこの渓谷を挟んだ向こう側は人の住めるようなところではありません。そのため、あまり知られてはおりませんが特殊な生態系になっていて変わった魔獣なども生息している人外魔境になっています。珍しい物も多いようですがこの切り立った崖のような山で囲うように隔離されたこの渓谷はそこに降りるのも難しいですし、仮に降りられたとしても登ってくるのは厳しいでしょうね。何事も命あっての物種ですから地元の冒険者でも近づく者はおりません」

 手前の低い山脈やその断崖絶壁が防波堤となっているけれど結構危険地帯が近いな。よく確認しなかったこちらも悪いが買い求めたあの山は意外に訳アリ物件だ。国家間の交流があるとはいえメイン道路を除き、その殆どは公にされれいない。隠されているわけではないが詳細に公開すれば、その道を利用しての軍事的介入や行軍を助けることにもならないからだ。空を航行する技術が発達していないこの世界では地理全体の把握はそれなりに困難だ。

 細い道なら崖崩れや災害で道が寸断されることもあるし、そこが必ずしも復旧されるとは限らない。わざわざ地図を作っても、よく使用される道路でなければ復興されるとは限らない。その土地その土地で村人に確認しながら進むか、ギルドなどでその土地の地理に詳しい人物を雇う方が手っ取り早い。特にベラスミのような山が多い土地なら尚更だ。国家には管理のために報告されても他国にまで知らせる必要はないのだから。

 つまり私の所有している山々はそれらの渓谷から距離があるとはいえ要するに開発する価値がないと判断されて放っておかれた二足三文の土地と思われていたわけだ。

 道理でウチの領地の山と比べると格段に安かった理由も納得だ。

 まさかこんな御宝が埋蔵されているとは思いもせずに。

 私はしげしげと持ち帰った鉱石を眺めた。

「となるとこの渓谷手前までは間違いなくベラスミ領と主張できる土地で間違いないと?」

「間違いありません。確かに国の線引きは時代によって変わりますがこの渓谷より手前の土地はベラスミ建国以来オーディランス領になった歴史はありません」

 マルビスはビスクから得た情報を確認しながら地図に書き込んでいく。

 地図を囲んで難しい顔でみんな考え込んでいる。

 鉱石産出が見込めそうな土地や山は確保しておきたい。

 だが、奥に進めば進むほど過酷な環境と魔獣の巣窟に近くなる。

 片っ端から土地を手に入れたとしても管理の点からみればそれも芳しくない。

「サキアス様、地質学に詳しい知り合いはいますか?」

 ゲイルが叔父さんに問いかける。

 まずは調査してから確実な場所から押さえて行くべきという判断だろう。

 採掘できる場所は無限にあるわけではない。

 もしかしたらあの山でしか採掘できない可能性もある。

 だとしたらやたらと山を買い占めるのは、ただ管理する場所を増やす手間を増やすだけという可能性もあるわけで、調査してから押さえた方が間違いない。

 サキアス叔父さんは難しい顔で答える。 

「いないこともないが信頼できるヤツというと結構厳しいな。だが鉱石に詳しいヤツなら商会棟の寮に一人いただろう? 山間地の貴族出身のヤツだ。今はレイオット領を始めとする国内各地で出たクズ石の買取りと加工の仕事をやっているアイツだ」

 宝石加工の際に透明度やヒビ割れ、不純物が多くて廃棄される石。

 それらを現在かき集め、庶民向けのアクセサリー加工などに利用しようとしているのだ。

「ああ、いましたね。そう言えば」

 思い出したのかマルビスが顔を思い切り顰める。

 珍しい、露骨にこんな顔をするなんて。

「何か問題があるの?」

「それが少々変わり者でして」

 私の問いにマルビスがそう答えたので私はもう一度尋ねる。

「叔父さんよりも?」

 変わり者は嫌いではない。

 嫌いではないが私は変人が好きというわけではない。

 程度の問題とその方向性にもよる。

 何かが夢中になった結果であったり、その道を極めた故であったりと、プラスマイナスの結果が大幅プラスであればそれは才能なのだ。

 サキアス叔父さんが私の許容範囲上限近いあたりだろう。

 生活能力は欠けるが間違いなく優秀、手は掛かってもそれを超える才能がある。

 ただ面倒なだけの変人にまで私は関わるつもりはない。

 マルビスがジッと叔父さんを見た後に深い息を吐いた。

「いえ、サキアスよりは幾分かマシです」

「じゃあ問題ないんじゃない?」

 叔父さんが推薦するぐらいだ。その方面では間違いなく優秀なのだろうし。

「・・・そうですね」

 微妙な顔でマルビスがポツリと言った。

 ああ、そういうこと?

 確かに叔父さんよりマシとはいえ変人二人の相手はキツイということだろう。

 ジュリアス側にも仕事がある。こちらの仕事にかかりきりとはいかない。

 確かにマルビスが不安になるのも仕方がない。

 私以上の暴走機関車二台は制御しきれないに違いない。

「一緒に行こうか?」

「お願いできますか?」

 私が申し出るとマルビスが飛びついた。

 私が行けばイシュカも当然付いてくる。多くの護衛も動かせる。

 力技ならイシュカ達に任せられるし、私であれば一喝できる。

 ある程度押さえ込んでしまえばマルビスなら口で勝てるだろう。

「俺も一緒に行くよ。ある程度のキリもついてるし。デザイン画なら向こうでも描ける。ハルト様だけじゃ二人は大変ですよね? サキアスなら俺がなんとかできる」

 ありがたいことにキールがそう申し出てくれた。

 そうなると私はそのもう一人の問題児をどうにかすればいいわけだ。

 ならばまずはジュリアスに連絡か。

 今回は突然だったし、向こうで準備をある程度やっておいてもらわないと。

 同行メンツは誰にすべきか?

 サキアス叔父さんは外せないとして、キールとマルビスは決まりだが、

「こっちが空ってわけにはいかないよね?」

「明後日には水上アスレチックもオープンですしね。ゲイルがいますからそんなに問題にはならないでしょうが側近が全て出払うというのもマズイかと」

 何か問題があっても対処できないのは困る。

 責任者は必要だよね。

 私とマルビスの代わりとなると実力的には問題なくても対面的にゲイル達では対処しきれない場合もある。故障や設備的な問題ならテスラに留守を頼めば対処できるけど。

「明日、父様が新しい施設オープンってことで挨拶準備のためにここに来るよね? 暫く空けている間、監督お願いできないか頼んでみるよ。とりあえず様子見でってことで一週間くらいでいいんだよね? 父様が引き受けてくれるかどうかわからないけど」

「日程とメンバーは旦那様の御返事を確認してから決めましょう」

 ここの総管理責任者は私だけど一応領地開発の総責任者になるわけだし。

 父様が引き受けてくれるならこれ以上の適任はいない。

「では私はあの男に鉱石や地質学について良い本がないか聞いて用意が整うまでに少しでも勉強しておくとしよう」

「それよりも冷蔵庫の心臓部制作はどうなりました?」

 張り切っている叔父さんにキールが胡乱げな視線を向ける。

「今夜にも第一次予約分は終わる。二次予約分は夏以降だ。まだ大丈夫だろう? それよりも例の素材をっ」

「明日には加工処理が終わります」

 鉱石に夢中になってもしっかりそちらも忘れてないわけね。

 本当にブレない。

 まあイシュカも知らない魔物の素材だ、叔父さんが食いつくのも無理ないか。

 

 翌日の夕方やって来た父様に事情を話してお願いすると、すぐには無理だが二週間後ならなんとかなるということで、それに合わせて予定を組むことになった。今回ロイには残ってもらい父様の補佐をお願いして、テスラにはその手伝いをお願いすることにした。

 ロイの代わりはカラルとエルドが付いてくることになった。

 洞窟の狭さを考えるなら今回はあまり体格の良過ぎるメンバーは避けて護衛陣を選抜して。

 その頃にはガイとケイも戻って来ているかもしれないが、一応ジュリアスの手紙でガイ達が顔を出すことがあればそのままそちらでジュリアスの手伝いをしながら待機でもOKということにしておいた。

 仕事がなければガイは昼寝を満喫しているかもそれないが、ケイなら必要に応じて調査や情報収集も手伝ってくれることだろう。

 そう指示を出したところでみんな自分の仕事や手配のために一斉に動き出した。

 しかし皮肉なものだ。

 この鉱石がもっと早くに見つかっていたならばベラスミの民の暮らしももっと良くなって、オーディランスに足もとを見られるような事態にはなっていなかっただろうに。

 私がそう思って無言でビスクに視線を向けると彼は苦笑した。


「ハルト様。仰りたいことはわかります。

 ですが、我々がその事実を知っていたとしても、あのような大蛇を退治できるような武力をベラスミは持ち合わせておりませんでした。アレは下手に手を出せば国が滅びかねない厄災にもなっていたでしょう。

 それを思えば知らずにいたことはむしろ幸運であったとも思います。

 そこに国を変えるキッカケがあったと知れば手を出したくなるもの。ですが大量の民を犠牲にして得られるものに価値はありません。むしろ貴方様が居られるこのタイミングでアレに遭遇したのはベラスミの民にとっては幸いでしょう。ですから私への気遣いは無用です」

 そう言ってビスクは頭を下げ、続けた。

「私の出来得る限りの助力をさせて下さいませ。

 そしてあそこに住まう者達の暮らしを少しでも豊かに。

 それがケイと私の望むものであります。

 私達は手段を間違えました。ですが貴方様なら正しい方法で民を救って頂けることでしょう。どうぞ存分に私共をお使い下さい。私達はそれを望んでいるのです。

 遠慮なさる必要はありません。ケイもそう思っているはずです」

「はい、そう言われました。使い潰し、捨て駒でも構わないと」

 凄い覚悟だなあと思った。

 確かに方法は間違っていたけれど、彼らは国を、ベラスミを救おうと必死だった。

「それは私も同じです。

 貴方様にお仕えし、その礎となれるのなら本望、悔いはございません。

 この土地に住まい、働いている者を見れば貴方がどのような方であるのか知るのは充分過ぎるほどですから」

 確かにこの土地で私は好かれているとは思う。

 軽蔑、嫌悪、侮蔑といった視線や感情は顔が笑っていたとしても滲み出る。

 特に目は正直だ。

 そんな視線も態度も私は向けられた覚えはないけれど。

「私は貴方の思うような善人ではないと思いますよ」

 多分私への偶像とか周りに影響されて洗脳状態な人もいるのではないかと思うのだ。人というものは環境に染まりやすい。それを考えるならばガイの『信者』という言葉はあながち間違いじゃないのかもしれない。

 だけどビスクは私の言葉を否定はしなかった。

「はい、たとえそうであったとしてもです。

 私は全ての民に責任を持って頂こうなどと思っておりません。

 貴方が与えて下さるのはあくまでもキッカケ。それを選ぶことなく、掴めぬのならそれはその民とそれに希望を持てぬ状況を作ったその地の統治者の責任です。ですから貴方が憂う必要はないのですよ」 

 そう言ってビスクは微笑んだ。


 与えられたキッカケ、か。

 確かにそうだ。

 自分の人生は常に自分で選び取るものだ。

 迷うような最高の選択肢もあれば、どちらも地獄、選ぶのにも覚悟がいるような酷いものもある。無理矢理命とプライドを天秤にかけさせられるようなもの、同じ死ぬ運命であったとしても最後まで足掻いて戦う道を選ぶか受け入れて大人しくそれを待つかというようなどうしようもないものであったとしても。

 そんなときでもその時々で人は選択しているのだ。

 生き方、死に方、それ以外にも幾つもの選択肢。


 私も前世での死ぬ最後の瞬間、確かに選択した。

 自分は助からない。背を向けて逃げても間に合う状況ではなかった。

 だけど同じ死ぬなら側にいた小さな命は救えるかもしれないと、子供の体を抱え込んだ。

 あの時の行動を私は後悔していない。

 逃れられぬ運命の中で最善を選び取ろうとあの瞬間考えた。

 変えられぬ宿命というものは確かにある。

 でも選べる選択肢はあったのだ。

 子供と自分、二人が死ぬ運命ではなく、子供だけでも助けられる可能性を私は選んだ。

 そして生まれ変わり、ここでみんなと出会えたことを思えばきっと、


 私の選んだ選択は間違いではなかったと思うのだ。



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