第十五話 物好きは大歓迎ということで?
翌日、現地開拓作業員を連れて昨日見つけた穴を塞ぐための準備を整えてウチの警備員達が再び洞窟に向かった。
全部で見つかった穴は六つ。プラス、ガイが目印を付けた穴一つ、合計七つだ。大きさに合わせて木材や金属板で塞ぎ、わかりやすく目印を付けた上でとりあえず山ごと立ち入り禁止状態にした。山の大きさの割には洞窟の規模がそこそこあるのでまた地盤が崩れたり、魔獣の住処になっても困るから場合によっては山ごと削った方が良いのではという話も出た。今回は崖崩れで済んだが建築物でも建てれば重さで山が崩落しないとも限らない。
山の周りにロープをぐるりと張り巡らせ、ところどころに崩落注意喚起の札をくくりつけ、町の両ギルドにその事情と状況を説明するとベラスミ領内及び近隣各地のギルドに通達を出してくれるという。
ここ数日、すっかりお世話になっている町のギルドはコトの次第と経緯を知っているのですぐに対応してくれて早速掲示板に張り出してくれた。大蛇に続き、大量の低級魔獣の解体作業ですっかり町は忙しそうだ。普段は呑気な空気が漂っているのにギルドだけでなく、精肉店や食堂の料理人、屋台の店主まで、解体技術のある人達にはチップを弾んで可能な範囲でのお手伝い願っている。勿論団員達やウチのメンツも手伝っているし、中には小遣い稼ぎにとやってきた冒険者もいる。
別荘の庭に積まれた獲物の山に唖然とはされたけど。
洞窟内を歩いているときは思ったよりも少ないと思っていたのに燻り出してみればこの量だ。つまり私達が見つけてない場所とかに潜んでいたのもいたってことだろう。
それでもなんとか夕刻までには人海戦術による解体作業も無事終了。
今日一日の賃金も渡してお帰り頂き、順次町まで馬車で送り届けているとその人混みに紛れて見知った顔が坂の下から二人の男に引き摺られてやってきた。
引き摺られているのはハイネルド・ジ・ランドルファ。
一昨日私が追い返した男だ。
若干歳上らしいこととその風体から推察するにおそらく彼の兄君達だろう。
その二人は私の姿を見とめると、慌てて駆け寄ってきて開口一番、
「先日は弟の無礼、誠に申し訳ありませんでしたっ」
と、腰を直角どころか地面につきそうな勢いで頭を下げた。
まだ馬車待ちで残っていた人達が何事かと振り返る。
とりあえずここではマズイと思って隣にいたロイを見上げると、テスラとジュリアスにその場を任せ、イシュカとガイを連れ、別荘一階の応接室に案内してくれた。
二人に私の警護をお願いすると自分はお茶の準備をするためにキッチンに向かう。
ハイネルド以外の二人はすっかり恐縮しまくりで、立ったまま身を縮こませているがハイネルドはソッポを向いたまま横柄な態度でいたのだが、それに気がついた兄二人に両側から頭をハタかれた。
「どうぞお掛けください、立ったままでは落ち着いて話も出来ませんから」
ソファに腰掛け、前の席を勧めるととんでもないとばかりに首を振る。
面倒臭い。ここはとっとと座って頂こう。話が進まない。
「私を見下ろされたまま話を続けるおつもりで?」
「いえっ、そんなつもりは決してっ、失礼しますっ」
見上げて尋ねた私に二人は慌てて腰掛け、続けて座ろうとした弟を床に座らせた。
なんとなく、事の経緯と事情は理解した。
おそらく二人の兄は一昨日弟がここに来ていたことを知らなかったのだろう。
兄二人は鉱山に出稼ぎに行っているという話だし、仕事から帰ってきたところ弟からその話を聞きつけて慌てて謝罪のために弟を引き摺ってきた、こんなところか。
「まずはお見えになった御用件をお伺いしても宜しいですか?
ハイネルド殿との交渉は決裂している筈なのですが」
彼の二人の兄君はバリバリに緊張しているようだし、ここはさっさと本題に移った方が良さそうだ。
そこそこにガタイのいい二人が肩を縮こめている様子はあまりにも不憫だ。
ハイネルドはそんな様子は欠片も見えないけど。
男ばかりの兄弟の末っ子という話だから甘やかされて育ったのだろう。
「はい。それは聞いております。その経緯とコイツ、いっ、いえ、弟ハイネルドの取った態度についても」
年嵩が上の次兄と思われる方、バーグレッドが口を開いた。
「私は特に咎めるつもりはありませんので謝罪は必要ありません。
こちらから持ち掛けたことですし、雇用条件が合わなかっただけですから。
お話がそれだけでしたら謝罪は受け取りますからもうお帰りになって頂いても構いませんよ?」
私がアッサリとそう返すと二人はホッと息を吐く。
「弟は散々無礼な物言いをしたようでございますが」
三男と思われる方、タンザロイドが冷や汗をハンカチで拭いつつ確認してくる。
「ああ、あの程度たいしたことではありません。こちらの言葉が通じていないようで少々イラッとしたくらいですよ。それは貴方の弟君も同じでしょうし」
「誠に申し訳ありませんっ」
私の言葉に再び頭を下げた二人の頭がテーブルの角にガンッとぶつかった。
あら、痛そう。
それでも頭を抑えず、ぶつけたテーブルの傷を気にしているあたりが小市民。
もと貴族と聞いているけど間違いだったかな?
まあベラスミでは貴族と平民の差はあまりなかったわけだから、こんな別荘に置いてあるテーブルが安物だとは思わないのだろう。平民からすれば多少高価ではあるけれど。これはキールのデザイン商品、そこまで高価なものでもない。平民でも無理をすれば買えないものではないのだが。ソファの座面と背もたれは特注で革張りしてもらってるからそれなりだけど。
「大丈夫ですか? 凄い音がしましたけど」
「大丈夫ですっ、頑丈ですから。御配慮ありがとうございます」
バーグレッドの額にはくっきり赤い筋が残っていた。
随分と痛そうだけど大丈夫かなあ。
そこへお茶の用意をしたロイが戻って来てお茶を出してくれる。
それを勧めつつゆっくりと口をつける。
「それで、今回お見えになった御用件は謝罪のためだけですか?」
「いえ、それは勿論ですが、できれば直接御礼を申し上げたいと思い、参上させて頂きました」
私の問いにバーグレッドの意外な言葉が返ってくる。
「御礼、ですか?」
弟をやり込めて叩き出しておいて御礼?
なんでだ?
不思議そうな顔の私にタンザロイドが口を開く。
「はい。私達は以前ハルト様方に命を救って頂いているのです。
兄弟に心配をかけまいとして黙っていたことが裏目に出てしまい、申し訳ございませんでした。私は鉱山でフォレストウルフに襲われて瀕死の重傷を負っていたところを貴方様の御配慮により側近の方々にお助け頂きました。あの時は御礼を申し上げることもできず、申し訳ないと思っておりましたので」
思い出したのはベラスミとの条約締結に向かった帰り道の出来事だ。
帰路の途中、視察に訪れた時に起こったカイザーグリズリー討伐に関わったあの一件。
過ぎたことなのですっかり記憶の片隅に追いやってしまっていた。
「ああ、あの時の。それでその後、後遺症とかはありませんでしたか?」
私がそう尋ねると明るい声が返ってきた。
「はい、お陰様で仕事にも無事復帰出来ました。
本当にあの節はありがとうございました」
そう言って二人同時に頭を下げた。
成程、そういうわけか。
妙な縁があるものだ。
「用あって今回家に戻って来たのですが玄関から入ると長兄とコイツが貴方様への暴言を吐いているところでして、慌てて弟に詳細を確認したところ、とんでもない無礼なことを申し上げていたことが発覚致しまして、とりもあえず参上した次第で。
兄もコイツの話を鵜呑みにしたことを反省しております」
四男はともかく次兄と三男はまともそうだ。
私達が和やかに話をしているとハイネルドが不機嫌そうに呟いた。
「随分と兄貴と俺への態度が違うんだな」
そりゃ当然だ。
だってハイネルドは私に対して尊大で横柄な態度を取っていた。
身分や立場が上ならまだしもそんな相手に払う敬意はない。
「相手によりますよ。敬意を持って接してくれる方には敬意を、そうでない方にはそれなりに対応させて頂くだけのことです。私は基本的に味方は大切にしますが敵対する者には容赦致しません。関わりを持ちたくないというのなら無関係無関心でいることをお勧めします。関係のない人にチョッカイかけるほどの暇人ではありませんので、その辺りは安心して頂いて宜しいかと」
そうハイネルドに伝えておく。
後で何か起きた時、私のせいにされてもかなわない。
こういう甘ったれは何かあるとやたらと人のせいにしたがるものだ。私を敵に回したくないのなら大人しくしていろよと遠回しに釘を刺したつもりだったのだが、兄上達はそうはとらなかったようだ。
「それで、あの、誠に図々しい話なのですが弟に持ってきて頂いた話はまだ有効なのでしょうか?」
そう、バーグレッドが尋ねてきた。
つまり上二人は関わりを持ちたいということなのか。
「ウチの専属デザイナーの件についてですか?」
「はい」
当人が乗り気でないのなら無理があるとは思うのだけれど。
大方の事情は理解しているのでは末っ子の働き口があるのなら押し込んでおきたいというところか。
「彼がウチの出した条件で納得し、しっかりその役目を果たして頂けるというのなら構いませんよ。但し、彼の性格を考えると契約は結ばせて頂く必要はあるでしょうが」
「契約、ですか?」
「はい、商人がよく使っている条件付きの守秘義務などの契約魔法ですよ。ご存知ありませんか?」
「いえ、そちらであれば存じております」
ハイネルドの性格を考えれば金を手にした途端さっさとトンズラしかねない。
契約破棄の持ち逃げは困るのだ。
しかもデザイナーともなればウチの商業班の機密事項に関わってくる可能性もある。ハルウェルト紹介の商品情報は物にもよるが裏に流せばそれなりのお金にもなる。軽い気持ちで情報を流されては大損害になりかねない。
「私共の扱う商品は商業登録付きのものも多いですからね。デザイナーともなればウチの販売取扱商品を知って頂くためにも一度は商会本部に来て見学、滞在して頂く必要もありますし、それらの製品情報に触れる機会も出てきます。
同業者の中にはそれらの情報を欲しがっている輩も少なくないので流出防止対策ですよ。
勿論それらの経費はこちらで負担します。
ですがそういった契約を結ばなければならない以上、流石に本人の同意無しには無理です。彼がその態度と考えを改めて下さらない限り雇用はお約束致しかねます。私は立場上、色々な意味で狙われることも御座います。それ故、私を嫌い、それらの者を招き入れる可能性のある者を側に置く危険は避けねばなりません。
それにウチには平民が圧倒的多数ですから彼らと揉め事を起こされるような方では困るのですよ」
私に危険が及ぶだけならまだいい。
屋敷の危機管理はしっかりやっているし、側にはイシュカやガイもいてくれる。屋敷周辺もライオネルやランス、シーファ達が守ってくれている。
するとポツリとハイネルドが呟いた。
「貴族だろうが平民だろうが気にしない。俺はアンタが嫌いなだけだ」
身分はどうでも良いと?
私が嫌いなだけ?
どういう意味だ?
では何故一々突っかかって来るのか?
「甘やかされて、恵まれて育ってきたヤツに貴族底辺の俺らの気持ちなんかわかるもんかっ」
成程、理解した。
ああ、高飛車な態度はそういうことね。
今までの反抗的な態度はそこからきていたわけだ。
早い話僻みだ。無理もない。
上の兄上達に甘やかされて育ってきたと思われる貴方にはいわれたくないのだが。
後ろでゆらりと空気が揺れた気がするのは気のせいではないだろう。
ロイやイシュカ達、相当に気が立ってるんだろうなあ。
私のために怒ってくれるのは嬉しいけどね。
「どうやら誤解されているようですね。まあ今の私しか御存知ないのであれば、そう思われても致し方ないのでしょうけど。
ロイ、イシュカ、怒らないの。彼は知らないんだから仕方ないでしょう?」
私はロイ達を諌めつつ微笑んでそう言った。
屋敷に別荘、開発事業。それらの資金をポンッと容易く出すことができる。
今の私は確かに多くの者が羨む大商会のトップ。
そこでまずは彼に尋ねてみることにした。
「私の名前は御存知なんですよね? そのフルネームは?」
「ハルスウェルト・ラ・グラスフィートだろ?」
そんなことは知っているとばかりに返されたので、もう一つ質問する。
「ええ、そうです。シルベスタのグラスフィート領がどんなところか御覧になったことは?」
実家が運送業をやっているというならばウチの領地に来たことがある可能性もある。そう思ってのことだったのだが返ってきたのは案の定だった。
「二年くらい前に一度だけあるよ。山と畑ばっかりの農業が主な産業のシルベスタ王国の穀倉地帯。何年か前の干ばつ被害で復興が遅れたド田舎の貧乏貴族の領主が治めている領地だろ?」
それがどうしたとばかりの答えが返ってくる。
知っているなら好都合。
しかも二年前というなら尚更だ。
「ええ、一年ほど前まではそう言われてましたね」
「それがどうかしたのか?」
如何にも関係ないだろうとばかりの問いかけに私は苦笑する。
グラスフィート。
同じ姓を名乗っていても貴族の位や生活状況が違うことはよくあることだ。要するに親戚、縁戚関係にあるならば同姓でも不思議はない。実際、連隊長は功績もあって現在一代限りとはいえ侯爵扱いだ。しかしながらその縁戚、ガイが養子に入ったのは田舎の男爵家。
どちらも同じ姓、マリンジェイドだが位も違えば生活水準も違う。
「私はそのド田舎貧乏貴族領主の三男坊です」
まさか大商会のトップで各地に(望んではいないが)名を轟かせている私がその田舎貴族の息子とは考えなかったのだろう。
ハイネルドはあんぐりと口を開け、目を見開く。
「・・・ウソ、だろ?」
二年前のグラスフィート領しか知らないのであれば無理もない。
「本当ですよ。実際一年半ほど前までは貴方が仰った通り我がグラスフィート伯爵家はド田舎の貧乏貴族で私が着ていた服といえば兄上のお古ばかりでした。
しかもその伯爵家の三男という存在。
それがどういう意味を持つか、仮にももと貴族である貴方なら容易に想像できるのではないかと思いますが?」
田舎貴族の跡取りでも、そのスペアの次男でもない三男坊の立場。
同じ田舎貴族の三男以下であればそれを知らないわけもない。
それ以上とそれ以下にかけられる愛情と金額が圧倒的に違う現実。
跡取りのスペアにもなれない貧乏貴族の息子の生活がどのようなものか。
虐げられたわけではないし、豊かではなかったけれど質素ではあったが毎日の食事と温かな寝床があっただけ私は幸せだったからそれを恨むつもりはない。
ただ寂しかっただけで。
「最近では私を快く思わない王都の貴族達の間で田舎貴族成金と呼ばれているようですしね。それも本当のことですから否定は致しませんが。
私は私を支えてくれる者達の手を借りてここまで成り上がりました。
だからこそ私は私の支えてくれる者を大切にしますし、裏切るわけには参りません。ですから私は貴方を彼らより優遇するわけにはいかないのですよ。
この先、貴方が彼らと同じように私を支えてくれるというならばいずれは彼らと同等に扱う未来もあるかもしれません。しかしながらハッキリ言わせて頂くならば現状、貴方は私にとって彼らよりも遥かに劣る存在です。それを理解して頂かなければ申し訳ございませんが貴方の雇用は見送らせて頂くしかありません」
多分、私が最初から恵まれた環境で育ったお坊ちゃまだと信じて疑わなかったのだろう。
去年の春までは確かに私は環境には恵まれていなかったかもしれない。
今でもトラブルメーカーでツイているとは言い難い。
でもロイやマルビス達みんなに出会えた。
今、私は胸を張って言える。
私は人という財産に『恵まれている』と。
「それでどう致しますか? すぐに返事を頂く必要はありませんが、こちらも仕事ですからね。いつまでもというわけには参りません。私達は明後日の朝、領地に戻りますが、それまでに決断なされるなら一緒来て頂いても構いませんし、こちらから申し出た以上一ヶ月はお待ちします。もし働く決意が出来ましたら私の屋敷にいらして下さい。
ロイ、悪いけどまた御自宅まで送って差し上げてくれる?」
「待ってくれっ、いや、待って下さいっ」
私が話を切りあげようとするとそれをハイネルドが止めた。
しかもタメ口から敬語に変わった?
私は準備しようとしたロイに一旦待ったを掛けた。
「なんでしょう?」
「俺が貴方のもとに行って金貨百枚を貯めるのにどのくらいかかりますか?」
やはりそういうことか。
彼の吹っ掛けてきた契約金と給料、それは二か月でその金額を揃えるため。
兄君二人が口出そうとしたがそれを制して私は応える。
「貴方の努力次第です。貴方と同じ仕事をしているキールは一年かかりませんでしたよ? それだけ彼が頑張ったというのもありますが。ロイ、説明して差しあげて」
そう言って話を振るとロイが頷いて語り出した。
「ハルウェルト商会では見習いは金貨五枚、基本給は金貨六枚になります。そして寮住まいの場合は食事付きでここから金貨一枚が引かれた分が手取りとなります。ですが申し上げたように全て一律というわけではありません。その働きに応じて成果給というものがつきます。どれだけ商会に貢献し、仲間のために働くことが出来たかによって給金が上乗せされます。ですから今後の貴方の働き次第ということになりますね」
「それじゃ間に合わない」
「ハイネルド、俺達のことは気にするな。なんとでもなる」
金貨百枚の借金があるのは調査済み。
それが彼らの父親が連帯保証人として被ってしまったものであり、その父親が亡くなったことで彼らに負の遺産として受け継がれてしまったことは知っていたがその支払い期限までは情報としてケイの調査書にはなかった。
思っていた以上に差し迫っていたってことか。
「この間も言いましたが事情を話して下さらないと提案も出来ません」
不確かな情報だけでは動けないし、彼らを助ける義理はない。
だが協力と譲歩、提案は条件次第で出来ないこともない。
そう私が言うと兄君達は『お恥ずかしながら』と言い置き、語り出した。
父親が被った借金の返済期限が三か月後に迫っていること。
土地はともかく古い店は価値もつかなく、その金額に届かないために馬や今住んでいる家まで差し押さえになる可能性があり、そうなると運送業の営業はおろか、家まで出ていかなければ出ていかなければならなくなるという。つまり家族総勢十ニ人が路頭に迷う状態となる。どこかに住む場所を借りるにしても資金がいる。そこで真ん中の男二人が鉱山に出稼ぎに出たということだ。
「状況はわかりました。
ですがこちらとしても無償というわけには参りません。彼がウチで相応に働いて下さるというなら幾つかその手助けとして提案できないこともありません。
ですがその前にお兄様方にお伺い致します。
もしその金額をすぐに揃える手段があったとして、どうなされたいと思っていますか?」
「それはどういう意味でしょう?」
バーグレッドが尋ねてくる。
「私達の現在取り仕切っている運河開港事業は貴方がたの仕事を奪いかねないものです。仮に私がその金額を立て替えたとしてこの先仕事はどうなされるおつもりで?」
そう、この場を助けたところで今のままでは彼らの家業の仕事は先細り。
将来的にはどちらにしても廃業に追い込まれる可能性がある。
「私達は先程も申し上げたようになんとでもなります。今も鉱山で働いて妻や子供達家族を養っていますし、一番上の兄も役人としての仕事もありますから。家族で助け合っていけばなんとでもなります。ただウチで雇っている者達を解雇しなければならないのが申し訳ないところなのですが、そこは彼らに謝罪するしかないでしょう。
ですが運河の堀が出来たお陰で今年は私達を苦しめる洪水も起こらなかったことを思えば感謝すべきだという者も多いです。生憎全てとは申し上げることは出来ませんけど」
バーグレッドの言葉は真実だろう。
感謝したいと思う気持ちはある。だけど先のことを考えると手放しでは喜べない。まさに一昨日のケイの言葉通りなのだろう。
不安はあるが不満まではいかない現状がそこにある。
「率直に伺いますが貴方がたはどちらですか? 私の前だからと遠慮する必要はありません。先程も申し上げたように相手がどう思っていようと関わりがない方であれば私は気に致しませんので」
そう伝えると少しだけ迷ったように唇を引き結んだ後、バーグレッドは私の問いかけに答えた。
「私共がこの状況に陥った責任は貴方様に御座いません。
確かに先のことを考えれば気が重いことは確かですが、三か月よりも先の営業が厳しい現状で、しかもその時点ではまだ運河の開通もしていないであろうことを考えればむしろハルウェルト商会の仕事を回して頂けるのは収入面でもありがたいくらいですから貴方様に苦情を申し上げるのは筋が違います」
ハイネルドに比べると上二人の兄君はまともなようだ。
人間わかっていても身近に恨む理由があるならそちらに逃げがちだ。
全てが本心かどうかはわからないけれど、少なくともそれを表に出すことなく仕事として割り切ることができるということだ。
「ロイ、ジュリアスを呼んで来てくれる? この間の提案について相談したいんだ。出来ればケイも一緒に。補足できる情報を持っていれば聞きたいから」
「かしこまりました」
二人がやってきたところで先日ジュリアスと話していた提案について彼らに話した。
まずは委託事業ということで希望者に対してのウチの施設利用者達の送迎、倉庫管理、その他接客の仕事などについての提案。勿論これは本決まりではなく計画段階であること、一つの仕事ではなく、閑散期には他の仕事もしてもらう可能性もあることなどを含め、二人にも望むならここでの仕事を用意できることなど。
そしてハイネルドがウチで最低でもその金額を払い終えるまで働く気があればその店と家を担保として買い上げることで借金を肩代わりして彼の給料から差し引くこともできることなど。
「担保として押さえさせて頂く以上、返せないというのであれば今返済を迫っている業者の代わりに当方が店や家を差し押さえすることになります。勿論お二人が期限までにその金額を揃えて頂いてお返し頂いても構いません。
そうですね、返済期限はここの施設がオープンするまで。もしくは彼がウチで働く限りは給料天引きという形で回収できますので彼がウチを辞めるまでの間のどちらかで」
私が用意できるのはあくまでも選択肢。
払えなければ彼らが住処を追われることに変わりはない。
若干の返済期限が延びて、払う相手が変わるだけ。
「つまり彼が働き続ける限りは返済期限は延長されます。最低賃金であったとしても真面目に働いて頂ける限りは寮費を差し引いても金貨五枚です。その中から金貨一枚づつ天引きするのであれば八年、二枚なら四年くらいですか。頑張って成果を出して頂ければその分支払って頂いても結構ですので一年もかからない可能性もあります。
但し、先程も申し上げたようにこれは彼を優遇するというものではありません。問題を起こしたり勤務態度が悪ければ即刻クビもありえます。ウチは才能のある方にはしっかりとバックアップ体制もひいていますが成果を出してもらえなければその後もずっと基本給のままになります。
私達が行なっているのは道楽ではなく商売なのですよ。
ですからこれはあくまでも勧誘。
受けるのも断るのも貴方の自由、強制ではありません」
そこまで一気に話をしたところで改めてハイネルドに視線を向ける。
決めるのは私ではない。
彼、ハイネルドだ。
私は借金取りではない、契約者であり雇い主であるからだ。
とはいえ一種の緩い契約奴隷にも等しいとも言える条件。
だからこそ選択肢は彼にある。
「俺が真面目に働き、返済し続ける限りは差し押さえは待って頂けると?」
「二言はありません。私は信用というものを何より大事にしています」
キッパリと言い放つとハイネルドは顔を上げた。
「働かせて下さい。態度は改めます。気になることは仰って頂けるのであれば直すよう努力します。どうか兄貴達を、俺達を助けて下さい」
強い意志のこもった瞳で私を見つめる。
決意に揺らぎはなさそうだ。
私が視線を向けるとジュリアスが説明を始める。
「では明日午後一番でまた見えて頂けますか? それまでに契約書を準備しておきます。
心配であれば兄君も御一緒で構いませんよ。契約が済めば差し押さえしている金融業者にすぐに証文の買取に参ります。できれば金貨百枚で間違いないか確かめておいて下さい」
ジュリアスの言葉に兄君二人が不安そうな顔をする。
それを見てジュリアスが微笑して続けた。
「心配なされなくても仮にそれ以上の金額であったとしてもお返し頂く金額がそれと同額になるだけで条件は変わりません。ただ人や足もとを見てくるタチの悪い業者もおりますので、できればその時に店の責任者に一筆書かせてきて下さい。払えるとわかれば値段を釣り上げてくる輩もいますのであくまでも悟られず、確認だけということにしておいた方がいいですよ」
特にウチが関わってくるとなれば更に値段を吹っ掛けてくる可能性も否定できない。速攻で動いた方が間違いない。となれば、
「安心して任せてもらって大丈夫ですよ。ジュリアスは若くてもウチの大幹部、商業班のナンバー3。私の片腕であるマルビスの信頼する男ですからね。
ケイ、その業者に用心棒はいる?」
「はい、二人ほど。他にも喧嘩っ早そうなのが四人くらい」
やっぱいるのか。
定番だよね、そういうの。サキアス叔父さんの弟の時もいたし。
ここはマルビスの真似をして。
「イシュカ、出来れば御面相に迫力がありそうなメンバーに同行をお願いしてきてくれる?」
「承知致しました」
「ロイ、貴重な休日に仕事をお願いすることになるわけだし、適当に御礼を見繕ってもらえる?」
「では屋敷に戻ってからの夕食御招待など如何ですか?」
果たしてそんなもので良いのだろうかと言おうとしたところガイから待ったがかかる。
「ロイ、それはマズイだろ?」
「なんで?」
「ここに来る前のことを忘れたか? また取り合いの喧嘩になるぞ?」
「だって、みんなはここに避暑に来たかっただけでしょ?」
結果大蛇の御登場で散々だったわけだけど。
タダより高いものはないとはよく言ったものだ。
温泉避暑地に釣られた結果がアレとは。
「だから御主人様はわかってねえって言ってるだろ?」
ガイが呆れたように私を見る。
そしてイシュカが真剣な顔でそれを肯定する。
「間違いなく喧嘩になるでしょうね。しかも今回は更にその席は少ないですし」
「無料でいいんだよ、無料で。御主人様がお願いすればそれだけで」
タダってそれはマズイでしょ。
「でも折角の休日だよ?」
「御主人様が直接お願いするっていうのが既に御褒美なんだよ。アイツらみんな御主人様の親衛隊なんだから」
・・・・・。
「ガイ、その親衛隊っていうの、やめてくれない?」
「じゃあ信者か崇拝者か?」
それはもっと嫌だ。
「・・・親衛隊でいい」
私がポツリと言うとハイネルド達が不思議なものを見るような目で私達を見ていた。
そんな目で見ないで下さい。
不可抗力なんですから。
なんでこの世にはこんなに物好きが多いのですか?
私は特に変わったことはして・・・いないこともないのか?
こんな私のどこが気に入っているのかなんてサッパリわからない。
ヘタレで抜けてる穴だらけの子供でしょう?
手間が掛かって、面倒で、世話ばっかりかけてるトラブルメーカーで。
って、考えてたらなんか落ち込んできた。
なんにせよ、私の周りは奇特な人が多いということで。
まあいいや。
だからこそ私のところにいてくれるというのなら。
物好き万歳ということで。