第十四話 困っているのは無自覚な悪癖です。
「ハルト様、これはなんですか?」
ハイネルドにお帰り頂いた後、四階に上がり、イシュカやガイ達と風呂場で服の着替えをしていると洗濯するために汚れた服を片付けようとしていたロイが私のコートのポケットや小さな鞄いっぱいに詰め込まれた石を見つけて取り出しながら尋ねてきた。
「ああ、それね。今日行った洞窟の中で見つけたんだ。不思議な光り方をする綺麗な石だったから持って帰ってマルビスに頼んで磨いてみてもらおうかと思って。
高価な宝石じゃなくても綺麗なら加工して庶民向けのアクセサリーに使えるでしょ」
明るく照らされた部屋の中で見たそれは赤い色を薄く帯びている。
あれっ?
私は確か緑っぽい石をたくさん詰め込んできたはずなのだけれど。
光の反射の加減だろうか?
そう思ったところで一つ思い当たるものがあった。
だけどまさか、そんな、ね。
アレはかなり珍しくも貴重なもののはずだ。
ありえない。
頭に浮かんだ考えを振り払う。
ロイはその石を近くにあった籠を引き寄せてその中に詰めていく。
「貴方は本当に転んでもタダでは起きませんね」
「とりあえず大きな魔獣はいないみたいだし、明日は枝分かれした方の洞窟調査だけどケイに手伝ってもらって面白そうな石があったらもう少し採取こようかなって。無理そうなら諦めるけど」
ポケットいっぱいの石はそれなりに重かった。
行きには小石を落として通った時の道標に、帰りは拳大ほどの石を拾って歩いている私をガイとケイは不思議そうに見ていたが、その理由を聞いて納得したようだ。
「ジュリアスに言って開拓作業で使っているピッケルを用立てておきます」
そう言うとケイは脱ぎかけていた服をもう一度着直して脱衣所を出て行った。
後でもいいのに、本当に働き者だ。
このベラスミのために働けることが嬉しいと言っていたケイ。
どんな危険なことでも平然とやってみせる。
私が命令するまでもなく。
自分は処刑されても文句の言えない罪人なのだから遠慮する必要はないと。
貴方のお役に立てるなら捨て駒にしてもらっても構わないと。
それはハルウェルト商会で今は経理を担当しているビスクも同じで、二人は休日を取ろうとしない。少しは休めと言う言葉も命令でなければ聞かないのだ。
それに休みがないのは昔も同じだったからと。
気分は少々複雑だ。
用いる手段さえ間違えなければと。
貧困というものは人を狂わせる。
勿論生活が苦しくても真っ当に生きている人はたくさんいる。
だけど綺麗事だけで済まないのが現実なのだ。
明日パンを買うお金がないから野垂れ死ねなどとはいえないのだから。
まして国を守る立場であったビスクやケイなら尚更だろう。
それだけベラスミの抱えていた闇は深いということだ。
祖国を守るためにと二人の犯した罪は一歩間違えれば我が国を戦争に巻き込むものだった。ウチの領地の管理を任されていたキャスダックに罪がないわけでもない。
それでも二人は全ての罪を被ってくれたのだ。
私はケイが出て行った出入り口の方に視線を向けつつ、汚れた体を洗うために風呂場に向かった。
「ハルト様、貴方が気に病む必要はないのですよ」
身体についた汚れを落とし、みんなで湯船に浸かっているとロイが唐突に口を開いた。
なんのことかとは聞かなかった。
多分出入口を気にしていたのを気付かれていたからだろう。
「貴方に罪はありません。貴方は旦那様が負うべき責任も肩代わりしました。だからこそ旦那様も貴方を将来支えて下さると陛下の御前で約束したのです」
そう、ロイが続ける。
それはわかっているんでけどね。
どうしても前世の考え方を引き摺る私には奴隷という言葉が馴染めない。
確かにビスクやケイのしたことはオーディランスの人達からすればまさに悪魔の所業だろうが、それは自分の欲のためではなかった。
俯いた私の頭の上にガイの手が降りてきてクシャリと撫でる。
「だな。ケイの顔を見りゃあわかる。ウチに密偵として潜り込んでいた時よりもずっと生き生きした目ェしてるぞ。アレは奴隷のする目じゃねえよ」
この三日間ですっかりガイはスキンシップ過多になってしまったような気がする。
だけどその手からは優しさが伝わってくる。
「まあとにかく、御主人様が信者を増産するのは一年半前から変わってねえってこった」
私はがくりと肩を落とす。
その一言が余計なんですが。
「ガイ、その信者っていうのやめてよ」
「なんでだ? アイツも立派なハルスウェルト教団信者だろ? それとも親衛隊と呼んだ方がいいか?」
信者と親衛隊の二択で選べと言うなら親衛隊の方が幾分かマシだ。
私はそんな教団を創設した覚えもなければ教祖になった覚えもない。
「しかし久しぶりですね。ハルト様に正面切って楯突こうなどという愚か者は。最近ではめっきりそんな輩もいなくなっていましたから」
そう言ってイシュカが深く息を吐いた。
楯突くって、教祖の次は独裁者か?
私は邪魔さえしてこなければ手を出すつもりのない、基本平和主義者なんだけど。
だったら売られた喧嘩を片っ端から買うなって?
だってやられっぱなしは性に合わないんだもの、仕方ないじゃない。
「ベラスミでも御主人様の名声は知れ渡っているとはいえ、その人物像はまだ曖昧だからな。無理もない。ベラスミに限らず離れた領地になるほどまだまだ認知度は低い。城に招待されるようなヤツなら別だがグラスフィート領以外では御主人様を直接目にしてるヤツは少ないしな」
姿の見えない人物像か。
ガイの言葉に思わず納得してしまった。
噂話というのは伝言ゲームみたいなものだ。正確に伝わることの方が少ない。
最初の話から次第に変化し、最後は最初の言葉と似ても似つかないものになっていたりもする。特に私の話は盛りに盛られていることが多いので、聞き間違い、覚え間違い、ハッキリした年齢が伝わっていなければ通常国一番の大商会の頭がまだ学院入学も果たしていない七歳児とは思わない。
「噂というものは伝わるごとに変化していくものですからね」
「まあな。イシュカ、お前も副団長に就任したばかりの頃は地方の遠征で苦労してただろ」
「そういうこともありましたね」
そう言ってイシュカが苦笑する。
「コイツ、結構若くして副団長になっただろ? 噂が回って遠征の部隊長として出掛けた時、本人だって信じてもらえなかったんだよ」
つまり噂で伝わる人物像と実際にイシュカの容貌が掛け離れてたってことね。
珍しくもない。
この世界では写真やテレビ、ラジオなんて便利な物もない。
絵姿でも出回れば別かもしれないけど、それも庶民の間ではまだ馴染みが薄い。英雄なら美化されて描かれることもあるし、指名手配犯ならより凶悪な容貌に描かれていたりすることもある。
差し詰め緑の騎士団ナンバー2ともなれば多分・・・
「おおかた団長並みの筋肉隆々の大男だとでも思われていたんでしょ」
「よくわかったな」
ガイが目を丸くする。
「団長に次ぐ実力者なら相応に張り合える体格だと思うよね。でも並べばちゃんとわかると思うけど。初めてイシュカを見た時、すごく納得したもの。多分団長の足りないところを補っている人なんだろうなって。イシュカは他人に合わせられるタイプだからね。前戦、後衛なんでもござれの万能のオールラウンダーだもの、パートナーに合わせて相手の力を何倍にも引き出してくれる。ガイや私みたいなクセの強いタイプにも順応して合わせてくれるもの。
ね、ガイもそう思うでしょ?」
人の力というものは1足す1が2になるとは限らない。
組む相手によってマイナスにも、大幅なプラスにもなる。
「確かにコイツとの仕事はやりやすいな。コッチの意図を察して合わせてくるからな」
要は頭が良いということだ。
やはりなんだかんだといってガイもイシュカを認めている。
「ほら、やっぱりいいコンビなんじゃない」
「冗談じゃない(ありません)っ!」
またしても同時。
うん、やっぱり名コンビだよね。
咄嗟の判断力と適応力の優れたイシュカと動物並みの本能と危機回避能力を持つガイ。普段は憎まれ口を叩いていてもいざとなれば互いを信頼して動くことができるって凄いことだと思うんだけど、多分認めようとしないだろうなあ。
それも含めて名コンビなのかもしれない。
どちらかがどちらかに頼りすぎてもこういうものは崩壊する。
一人でも動ける人達だからこそ二人で協力すると本来以上の力を発揮する。
「で、話はズレたけど因みに私はどんな人物像で語られてるワケ?」
その辺は興味ある。
気にしないのと興味は別物だ。
ベラスミ帝国の闇を暴き、崩壊させた張本人。
しかしながら運河建設工事と娯楽施設建設の請負人。
両局面の印象が考えられる。
「八割方は好意的だ。去年のグリズリー討伐と運河建設工事、娯楽施設建設、女達に割り振った内職仕事による収入増加、恩恵を受けているヤツは多いからな。
この近辺のヤツらにはまさしく聖者か神話の英雄かって感じだな。伝えられている容貌も天使だの、目も眩む気品溢れる美少年だの、そこに立っているだけでオーラで光り輝いているだのと、聞いていると恋する乙女か夢見る少女かとツッコミを入れたくなるようなものも多い」
・・・・・。
そりゃあ町の店主達が私がそのハルスウェルトだなんて気がつくはずもない。
広告に偽り有り状態、そりゃあ詐欺ってもんだ。
それをその通りだとばかりに頷いて聞いている親バカならぬ側近バカ、欲目全開のロイとイシュカは横に置いておくとして。
「だが当然、光が強ければ影も濃くなる。
城下町近辺では評判が行き渡ってはいても反感を持つヤツも少なくない。
好意的なのは七:三くらいの割合の七ってとこだな。
三割くらいのヤツは多少なりとも反感を持っている。
名ばかりとはいえ貴族の位にしがみついていたヤツもいるし、ウチが入り込んだことで商売が上手くいかなくなって店を畳んだヤツも少なからずいるからな。ソイツらには余計なとこにシャシャリ出るクソ生意気な鼻持ちならないガキと思われてる。丁度一年前のミゲル王子みたいな感じだな」
う〜ん、あんな感じに取られているのか。
それは少々複雑だ。
でもまあ捉え方によってはそう取れなくもない、のか?
我が物顔で自分達のナワバリを荒らしているロクでもない連中ってとこか。
ウチは薄利多売がモットーだし、同じ物をウチが安く売れば当然他の店に客は入らなくなる。市場調査も兼ねて少数とはいえ店舗も展開しているみたいだから商売敵あたりだろう。
「それはあまりにも酷いですっ」
「そうですっ、この地域活性化に尽力され、民の暮らしにも配慮なされているハルト様に対してあまりにも無礼ですっ」
道具の手配を終えて風呂に入ってきたケイがいきなり上がったロイとイシュカの大声にびっくりして目を見開きつつも洗い場に直行するが無礼という言葉に明らかに反応して剣呑な目付きをしていた。聞き耳を立てているのは丸わかり。
「言ってるのは俺じゃねえって。俺に突っかかるなっ」
二人に詰め寄られてガイが落ち着けと手で諌める仕草をして首だけ私の方に向けて尋ねてきた。
「で、どうする? 手を打つか? 放っておくか?」
「そんなヤツらには思い知らせてやりましょうっ」
「そうですっ、ハルト様の素晴らしさを知らしめてやらねばなりませんっ」
イシュカ、ロイ、だからそれじゃ独裁者だって。
私は溜め息を吐いた。
噂なんてものはひっくり返そうと思えばいつでもできる。
特に最初の印象が悪ければ些細なことでも爆上がりする可能性もある。
「いいよ、別に害が無ければ放っておいて。困るようなものならあの領主代行がなんとかするでしょ。丁度良いよ、彼の腕と采配、思惑もわかる」
彼は私の下に付きたいと言った。
だがあの言葉をそのまま受け取れるほど私は素直な性格をしていない。
「ヤツが敵に回るなら?」
「丁重に御退場して頂く。出来れば平和的に行きたいとこだけど喧嘩を売ってくるならありがたく買わせてもらうよ。
毒にも薬にもならない程度なら放っておけばいい。
どのみちベラスミみたいな広大な土地を管理しろと言われても困るからね。もし黒なら適当に土地と人材を確保した時点でウチの領地として分断しちゃえばいいよ。ガイ、ベラスミの城下町辺りで頼りになりそうな情報屋か駒になりそうな人材はいる?」
敵対勢力にまで手を差し伸べるほど私は善人ではない。
あれが間違いなく彼の本心だと確信できるまでは野放しはマズイ。
最低見張りや監視とまではいかなくても探りを入れておく必要はある。
私がガイにそう尋ねると丁度湯船に入って来たケイにガイが視線を流す。
「そういうヤツはケイの方が詳しいだろ」
「いますよ。但し私は面が割れていますからね。接触方法は後でガイに教えます」
流石もとベラスミの密偵、すぐに返事が返ってくる。
「了解。近いうちに繋ぎをつけておく」
ではそのあたりはガイとケイの二人にお任せということで。
まずは明日の残りの洞窟調査だ。
大量の低級魔獣の解体作業は団員達の協力もあって、そこそこの素材は剥ぎ取れているみたいだし、残りはこちらの業者に主に仕事を依頼するとして、腐りそうな肉類は私達が滞在中に消費しそうな分を除き、売り払うか従業員や御近所、作業員達にもお裾分けして得られた収益は国とウチとで折半ってとこか。
今回は町に被害も出てないしね。
私有地内で片付いてしまったので復興資金援助の必要もない。
大蛇の貴重な素材はガッツリと私が押さえてしまったし、騎士団から調査のための増員もして頂いたからそちらにも還元しないとね。
ウチの分はそのままこちらの開発費用に回すということで。
上乗せになる鍾乳洞の整備資金も必要だし丁度いい。
協力してくれた団員達や護衛面々には屋敷に戻ったら慰労会と称して謝礼と労いを込めて盛大に飲み食いしてもらうとしよう。とりあえずは洞窟調査が終わったら討伐したその戦果の食材でバーベキューってとこか。
しかし結局、魔獣魔物退治でまた開発資金を調達しているし。
資金不足にならないという点に関してはありがたいが、できれば私は極力平和的な方法で用立てたいのだが皮肉なものだ。
『お前は勝手に首を突っ込んでいるだけだろう』という声がどこかから聞こえた気がしたが、きっと私の空耳、気のせいだろう。
だって私はまごうことなき平和主義者だ。
どうか平和主義者は売られた喧嘩も買わないものだと言わないで欲しい。
話し合いで解決できるなら勿論そう致しますよ?
だけどそういう輩は総じて人の話を聞かないのだ。
人殺しをしようってわけじゃなし。
そこから這い上がれるのかどうかは本人次第。
裁くのは私ではない、全てはお上の沙汰次第ということで。
翌日早朝にガイとケイは昨日の目印を付けたロープの場所を確認しに出かけて行き、私達とは洞窟の入口で落ち合った。
ロイとテスラにはいつもの如く夕食準備に残ってもらい、団員達は昨日と同じ装備と更に多めの薪を背負い、再び洞窟調査に向かう。ウチの警備班メンバーはライオネルを除き本日は山の監視だ。
調査が済み次第、昨日と同じく罠を仕掛けて大量捕獲作戦だ。
今日はウチの護衛達を置いていくのもそのためだ。
昨日の調査で最下層と思われるあの場所には特に燃えるものもなかったので、今日は調査が済んだ時点で穴に残った残りの魔獣や虫などを煙で燻し出す。そのためウチの警備員達が山の上半分を各ブロックにわけて担当、二人一組で縄梯子やロープを持たせて山の随所に配備している。洞窟入口は調査を終えた団員が担当、煙や生き物が飛び出して来た場所を土魔法や結界で穴を塞ぎ、中でしっかり燻製にしてしまおうというわけだ。
一番大きな出入口のみ空けておき、逃走してきた魔獣達は深い落とし穴を作り対処する。大きな出入口を閉めて全て燻製にしないのは全ての魔獣を回収するのが面倒だからだ。
上から風魔法で穴に落とす。中には水が張ってあり、ある程度の数をここで溺死させてしまおうというわけだ。これを逃れられたとしてもその淵には火属性魔法の使い手が待機している。逃げ道はない。そして適当に時間を見計らい、後は各班塞いでいた穴をもう一度開けてそこから煙を逃した後に突入する。風属性持ちに突入前に中の煙を先に噴き出してもらった後で。
そして中で一酸化炭素中毒死をしている魔獣がいればそれらを回収しつつ戻ってくるというわけだ。
なかなか上手く考えたものだと思う。
動物というものは方向感覚に優れたものも多い。
普段使っている通り道から逃げようとすれば穴は塞がれ燻される。
出入口では多数の団員達が穴を掘って待ち構えている。
そして燻した魔獣達は魔素変化を起こさせないために見つけた通り道を使い回収する。こうすることで発見できなかった道も押さえてしまおうというわけだ。昨日の内に近隣の町には山火事と間違えられないように本日山から煙が上がるのは連絡済み。
最初から燻り出せば良いだろうって?
いや、それはマズイに決まってる。
穴がどこにあるか全て把握している状態ならそれもアリだ。
完全に閉じ込めてしまえば可能な手段である窒息死も、どこかに穴が空いていて煙に逃げられては効果も薄いしそれも厳しい。D級以下ならまだしもC級以上が大量に潜んでいたらそれも困る。運良く煙で窒息死してくれれば良いけど鬱蒼と草木が多い茂っているのだ。見落とした複数の穴から一気に多方に這い出てきたら対処に困る。戦力を分散しなければならなくなるし、陣を敷いて待ち構えることも、罠を仕掛けて待つことも出来ない。最悪は把握できなかった洞窟の抜け穴が人里近くに空いていた場合だ。駆けつけるのが間に合わなければ被害が拡大しかねない。
そういうわけでしっかり昨日調査し残していた穴をしっかり調査し、出てきた魔獣も討伐しつつ、私は私で珍しい石を見つけたら採取に勤しんで、万全の準備が整った時点で団員一の俊足に洞窟での薪の火付け役を任せる。
こうして行われた洞窟調査と魔獣一掃計画も無事終えて、今日も大量の戦利品を持って別荘に戻る。
見つけた穴は全て位置をわかりやすく印を付けた上でもう一度全て塞いできた。折角掃除したのにまた住みつかれては面倒だからだ。まずはそれらをしっかりと塞いだ上で今後の対策を練る予定でいる。
時間があれば考える余裕もできる。
余裕があれば良い考えも浮かぼうというものだ。
そして本日は打ち上げも兼ねて別荘の庭でバーベキューだ。
昨日と今日とでいろんな大量の肉もゲットできた。
タレ作りはロイに頼んであるし、設営はテスラにお願いした。
酒の仕入れはジュリアスに。
明日は片付け、明後日はのんびり休暇を満喫してその翌日に屋敷に帰宅予定となる。
しかし大蛇みたいな厄介事が潜んでいなくてつくづく良かった。
まあC級クラスは何体か出没したけれど緑の騎士団精鋭達がその程度の魔獣に手抉るわけもなく討伐終了。
少しだけホッとした。
引きの悪い私でもこれ以上は流石に勘弁してほしい。
人生投げ出したくなりそうだから。
出現する魔物もグレードアップしてるし、ホント、勘弁して下さい。
なんでこうも狙ったように私の前に次から次へと現れるのか。
そんな話をしつつ、ロイ達と焼肉を囲んでいるとイシュカがクスクスと笑って言った。
「それは貴方なら対処可能と神が判断されたからではないですか?」
だとしたら実にハタ迷惑な話だ。
私はその不本意さに顔を顰める。
「つまり私は神様にそれを押し付けられているってこと?」
「そうとも言いますね。ハルト様は神に信頼されているのでは?」
前に誰かに聞いた覚えがある。
神様というものはその人に乗り越えられると思った試練を与えるものだと。
でもそれを聞いた時、そんな理不尽な話があるものかと思った。
たいして苦労もせずにチャンスを掴む人もいれば、どんなに足掻いても報われない人もいる。心から欲しいと思ったものを結局手にすることが出来ずに私は前世、人生を終えた。
そしてまたここでも厄介事を押し付けられて、一時期やはり私は祟られているのかと何度思ったことだろう。そんな神様、信じられるわけもない。神様だって自分を信じていない者に重大案件を押し付けるわけもない。
私はイシュカの言葉を笑い飛ばす。
「ナイナイナイ。私は信心深くないもの」
そう考えるとむしろ信仰心がないから押し付けられているのかも?
するとイシュカは意外そうな顔をする。
「神を信じていないのですか?」
「ちっとも。頼ったところで神様は見てるだけ、助けてはくれないもの。
だいたいこんな厄介事ばかり押し付けてくる神様なんて信じられるわけないよ。ウチの領地のナマグサ坊主達を見てると特にそう思うよ。神なんてものはアテにならないって」
聖職者とは名ばかりの酒と女に溺れた姿を一度見かけたことがある。
用事があって神殿に出掛けてトイレを借りた時、ぷんっと香ってきたのは嗅いだことのあるアルコールの臭い。そして微かに聞こえてきたのは女性の乱れる声。昼間から何をやっているのだと呆れた目付きで向けた視線の先、半分開いた扉の先にソレがあったのだ。
そういうことはせめて扉をしっかり閉めてやれ。
仮にも聖職者なら昼間くらいはそれらしくしやがれってモンだ。
見たくもないもの見せられていい迷惑だ。
そして一緒に付いて来たロイとイシュカも気付き、さりげなく私の視界からソレを隠した。
流石のイシュカも殺気がなければ気付くのも遅かった。
全く信者に目撃されたらどう言い訳するつもりなのか。
どこの世界もこういった欲に溺れた権力者というものはいるものだとつくづく思ったと同時に私はやはり神殿には寄付なんてするものかと思ったものだ。
私の言葉に思い出したのかロイまでクスクスと笑い出す。
「そうですね。私も貴方と出会うまではそうでしたよ」
「ああ、それは私もです」
ロイの言葉にイシュカも頷く。
「今はそうじゃないの?」
アレを目撃してまだ信じられるとは二人とも実に心が広い。
私が感心していると続くイシュカの言葉にボタリと持っていた肉を落とした。
「ええ、貴方と出会うことができましたから。今までの過去が貴方と出会うための試練だったというのなら、私は神に心から感謝したいと思います」
・・・・・。
なんでこの世界の男の人達って、こういうことをサラリと言うかな?
私は自分が真っ赤に茹で上がっていくのを自覚した。
一応外見は子供なんですから少しは手加減して下さい。
心臓そのうち止まりますからっ!
私は恥ずかしくて視線を合わせづらくて俯き加減になる。
「そういうのはずるいよ。そんなこと言われたら私も神様に感謝しなきゃいけないかと思っちゃうじゃない」
「では貴方にそう思わせられないというのなら私達の努力がまだ足りないということでしょう」
更に続いたロイのセリフに思わず地面にめり込みそうになる。
少し眉根を寄せて憂いをおびた瞳が私を見つめている。
その顔に私が弱いってわかっててやってるよね、絶対っ!
タチ悪いよっ!
私がそんなこと思ってないって知っててやってるでしょう?
だけどそれを否定するのもロイの思惑通りに踊らされてるみたいでイヤだ。
どう応えるべきかと迷いつつ、私は正直に思っていることを口にした。
「・・・私は信じてもいない神様にするくらいならその分みんなに感謝したいだけだよっ」
そう言い捨てると私は真っ赤になったまま、団員達と酒を酌み交わしているガイとテスラの方に向かって走り出す。
ガイ達はそんな甘い口説き文句まがいの言葉をそんなに口にすることもない。
全く言わないわけじゃないけど。
私の低すぎる恋愛偏差値ではあの状態のロイとイシュカは手に余る。
真っ赤な顔で二人から逃げ出すように走り出すと私の気配に気がついたのか視線が向けられ、私の顔と二人の様子に察したらしくガイがニヤニヤと笑った。
「どうした? またあの二人に口説かれでもしたか?」
私が上目遣いに睨み上げるとガイは堪えきれないとでもいうかのように豪快に笑い出す。
「アレは私を揶揄ってるだけでしょう?」
「さあな。御主人様がそう思うならそうなんじゃねえ?」
眦に涙を浮かべて笑ってる。
どうせ私は経験値の低い子供ですよっ!
中身は三十路オーバー、四十路手前のオバサンですけど恋人なんて持ったことないし、今世なんて恋人作る前に半年も立たない間で一気に五人の婚約者持ちだし、できれば段階踏みたかったですよっ!
手を繋いでの買い物デート、二人っきりのイチャラブお家デート、そんなの全部すっ飛ばしての婚約だったもの。経験不足はどうしようもないでしょ、なにせ今世はまだ七歳の子供だもの。それに今の私と手を繋いで歩いたところで恋人や婚約者同士のデートだなんて誰も思わない。下手すれば親子、上司の子供の子守にも間違えられそうだ。そもそも子供相手に恋愛感情なんてないだろう。私の側にいるための手段であり、他国の姫君の輿入れを防ぐための対策として受け入れてくれたんだから。
私に誤解させるようなあんな言い方されると錯覚しそうになる。
少しは手加減てものをしてほしい。
私が何も言えずに黙っているとテスラが口を開いた。
「でも欠片も思っていないことなら口にはしないと思いますけど?」
だからこそ余計にタチが悪いのだ。
「わかってるよ、それくらい」
だけどそんなに簡単に慣れないよ。
この一年半、特に婚約してから殊更に言葉は甘くなった。
ポツリと呟くように言った私の頭の上にガイの手がポンッと乗せられた。
「イヤ、わかってねえだろ。まあまだ子供だしな。いいんじゃねえ?」
本当に子供ならね。
我ながら情けない。
だってそんな言葉、男の人に言われたことなんてなかったんだよ。
私は前世でも男前と称される外見と正確だった。
女の身でありながら男に間違えられて女性に声を掛けられる方だった。
男前、イケメン、カッコイイ、そんな女性からの言葉は言われ慣れていても男の人からのそういう言葉には慣れていない。
「その真っ赤になった顔が見たくて余計そういうことを言うんじゃないですか? あの二人」
「ああ成程。それもあるだろうな」
テスラの言葉にガイが納得する。
つまり私があたふたするのを見たくて言ってるってこと?
やっぱりタチが悪いじゃない。
だけど、ガイとテスラも他人事じゃないんだけど。
「二人もたまに言ってるよ」
ロイやマルビス、イシュカほどじゃないけれど、思わず私が動揺しちゃうようなことをペロリと。
「そうか? 記憶にねえな」
「俺もです」
コッチは自覚なしか。
コレはコレでタチが悪い。
「急ぐ必要はないが、おいおい慣れろ。歯の浮くような口説き文句も貴族のパーティじゃ社交辞令の挨拶みたいなモンだろ。御主人様も時々言ってるぞ?」
ガイの言葉に私は首を傾げる。
それこそ記憶にない。
思ったことをそのまま普通に伝えてるだけなのだが?
私は自分の説明下手は知っている。
ガイは訳がわからない様子の私を見てクシャリと髪を撫でる。
「自覚ねえのか。やっぱその辺は流石貴族の坊ちゃんってことだな」
そりゃあどうでもいい人なら適当にヨイショしてあしらいもする。
だけどロイやガイ達にそれをした覚えはない。
それに確かにそういう言葉には慣れてない、慣れてないけど。
「・・・別に誰の言葉にでもってわけじゃないもん」
最近ではやたらとあざとらしいほどの褒め言葉や御世辞を浴びせられる。
別に気にも止めない他人にどう思われようと私は気にしない。
過大評価過ぎる表現には些か辟易してるけど、聖者でも魔王でも、勇者でも生意気なクソ餓鬼でも他人の目にどう映っているかによって対処対応を変えるための興味があるだけで、ハッキリ言ってしまえばどうでもいい。
嫌われているよりも好かれているに越したことはない。
だけど万人に好かれるなんて無理なのだ。
ならば自分の大事な人達に好きでいてもらえたらそれでいい。
「ロイやイシュカ、ガイやテスラ、マルビス達に言われるから恥ずかしいんだよ」
でもそれを実際の言葉にされると照れてしまうというか、こそばゆいのだ。
他の誰かに言われたところで、そんな見え透いたお世辞なんてやめてくれって思うだけで、別にどうということはない。
こんなに感情が揺さぶられたりしない。
ぼそっと溢した言葉にガイが目を丸くし、微笑った。
「そうか、ならいい。気にするな」
益々訳がわからない。
テスラはテスラでうっすら頬が紅くなってるし。
私、なんかまた変なこと言った?
自分の言動が多少ズレているのは充分承知している。
だけど聞いても誰も駄目なところを教えてくれない。
悪いところは自覚しないと直せない。
タラシ、タラシとことあるごとに言われ続け、信者や親衛隊を増産し過ぎだと言われる始末。
どこがと指摘してもらえるなら是非とも活用してみたい。
敵を味方に変えるのは何よりも最善の策。
そうすればきっと列を成してやってくる厄介事の数も減らせるはずなのだ。