閑話 テスラ・ウェイントンの妄想 (2)
ベラスミに春が訪れると新しい娯楽施設の計画が本格始動した。
責任者に抜擢されたのはジュリアス。
ここがハルウェルト商会の本部であり、マルビスがハルト様の側に控えている以上、残る選択肢はゲイルとジュリアスのどちらかだろうと思っていたがゲイルがハルト様のもとで尽くしたいと辞退したことで必然的にジュリアスとなった。
今回は国からの援助は見込めないだろうが、ここを立ち上げた経験と実績がある。
ベラスミ領はこの開発計画を諸手を挙げて歓迎しているし、協力も惜しまないと断言している。大きな問題が起きない限りは大丈夫だろう。マルビスも充分にバックアップ体制を敷いている。
だが俺は忘れていた。
ハルト様の行くところ、常に厄介事がついて回るということを。
ことの起こりは一通の手紙だった。
それは開拓しながら開発調査を進めているジュリアスがベラスミの山で洞窟を見つけたというものだった。
ベラスミも既に併合され、今は独立自治区としてシルベスタ王国の一部になっているのだがハルト様の所有する山で崖崩れが起こり、洞窟が姿を現したのだという。
全部で見つかった洞窟は三つ。
一つは浅く、二つは深さも規模も不明、至急指示を仰ぎたいというものだった。
思い立ったら即実行が基本のハルト様の行動は早かった。
すぐに翌日出発を決定し、専属護衛の中から十名と騎士団の受講生三十名を引き連れてベラスミに出かけた。選ばれた側近はロイとイシュカ、ガイと俺、そして案内人としてケイが同行することになったのだが事件は別荘に到着した夜に起こった。
ハルト様は気配というものを読むのが苦手だ。
それは常日頃イシュカやガイがよく口にしている言葉だ。
おそらく経験が足りないことや魔力量の多さ、急激に強くなり過ぎたことが関係しているのではないかとイシュカが言っていた。
脅威というものは恐怖を感じてこそ覚えるもの。
ワイバーンにデミリッチ、コカトリスにグリズリーと、ズラリと並ぶ討伐履歴は国屈指の有名な猛者達にも劣らぬ戦歴。これらを相手取って勝利できる者にたかが密偵の一人や二人、小物の魔獣など脅威になりはしない。
獅子がウサギを恐れないのと一緒だろうと。
少女と見間違うような美しい容姿に間違いなく男であると主張するような凛とした目の輝き、おおよそ子供らしくない揺らぐことのない意志を持った強い瞳はいつでも真っ直ぐ前を見据えている。
確かにハルト様の外見は綺麗だ。
けれどおそらくハルト様の外見が並であったとしても、その纏う雰囲気故に人は美しいと感じることだろう。
顔というものは存外その人の『人となり』が現れるものだ。
金や色欲に塗れていればどんなに姿形が整っていようと卑しく見えたり、逆に平凡そのものであったとしてもその人の持つ優しさや潔さ、知性は滲み出て他人に魅力的だと思わせたりもする。
だからこその人タラシであると俺は感じている。
そのハルト様の弱点ともいうべき気配を読む術の無さはこの事態に於いて唯一幸運とも思えた。
窓の外に感じるゾッとするような気配を持つソレ。
下の階での騒がしさと怖気が立つような気配に目を覚ますとイシュカとロイが足音を忍ばせてハルト様の部屋から飛び出してきた。
屋敷外では最早恒例となりつつあるハルト様の添い寝だが勿論意味がある。
暗殺者からの護衛と側室の座を狙って潜り込む輩の排除が目的だ。
実際、何度か第一席であるイシュカが襲われたことも、ハルト様自身が狙われたこともあったらしい。
イシュカとガイの二人に阻まれ、失敗に終わっているらしいが、捕らえた時点で旦那様の管理する牢にブチ込まれ、後ろに隠れている輩を突き止め、炙り出すために即日王都に送られていたようだが、それはハルト様には知らされていない。以前ガイにその理由を聞くと、『命を狙われてるなんて知らねえで済むならその方がいいだろ?』と宣い、『失敗が続けばその内諦めるだろ』とも言っていた。
二人はほぼ同時に飛び出してきた俺にハルト様の部屋の見張りを頼むと階下へと駆け降りて行った。三人の中で俺が一番戦闘職向きでないことを思えばこの配置は当然とも言えるが、暫くするとロイが大きめの魔石を持って戻ってきた。
「ハルト様の部屋に結界を張ります。手伝って下さい」
小声で急かすように言われ、俺はロイと協力して結界を張った。
結界の中は音が遮断されるとまではいかないが結界の外に比べると格段に音が小さくなる。理屈はまだ解明されていないが壁越しの会話が聞き取りにくいのと同じような原理だろうという認識だ。
つまりハルト様はこのまま眠らせておくということだ。
「アレの討伐にはイシュカ達団員とウチの警備が当たります。倒せないと判断した場合にはこの場所から引き離す方向で誘導するとのことです。私達の役目はコトが片付くまでのハルト様の隔離です」
要するに極力気づかせないようにしろというわけか。
ハルト様をお守りすること自体に反対というわけではない。だが、
「逃げた方がいいんじゃないのか?」
ここで匿うよりもその方が確実だ。
だが続いた次のロイの言葉に納得した。
「彼の方を起こしたとして、大人しく私達の説得に応じ、逃げ出すような方だと思いますか?」
俺は口を閉ざした。
無理だ、絶対に説得など聞きはしない。
そのようなことをする方なら今までだってとっくに逃げ出していただろう。
あの小さい体でハルト様はいつも危険な最前戦に立つ。
「つまりそういうことです。ハルト様の安全確保は最優先事項、団員にも陛下から厳命が下っていて否はないそうです。万が一、イシュカ達でもそれが叶わず、危ぶまれるような状況になった場合には私が囮になって反対方向に引き付けます。
テスラはどんな手段を使ってもハルト様を抱えて逃げることだけを考えて下さい。最悪の場合にはガイが護衛に付きますので早急に屋敷に戻り、旦那様にお願いして王都に連絡を。良いですね?」
そう言ってロイは結界を張った扉の前に立った。
この男は、ロイは自分の命も賭けるつもりなのか。
ロイは騎士ではないが側近の中ではイシュカ、ガイに次ぐ戦力だ。
あの二人と比べるのが間違いなのであって騎士には劣るが町の衛兵などよりも余程腕が立つのは知っている。典型的な後衛タイプではあるけれど少なくとも俺より遥かに強い。
「私は一度ハルト様に命を救われています。彼の方のためならば惜しむほどの命ではありません。心残りがあるとすれば御約束した地獄への道行に御一緒することが叶わないことくらいですか。もしもの場合はその入口でハルト様がお見えになるのをいつまでも待っていますと伝えて下さい」
そんな約束をしていたのか。
死ぬまで、ではなく、死してなお一緒にいるという約束を。
俺とは覚悟がまるで違う。
ハルト様がロイに安心して甘えるのはこのせいか。
二者択一を迫られれば俺にもその覚悟はあるが、そこまでの気概はない。
だが、
「ハルト様が行くのは地獄ではないだろう?」
あれだけたくさんの人間を救っておいて地獄に堕とされるというのならこの世の大多数の人間は地獄行き決定だ。天国はガラ空き、地獄が人で溢れ返り満員御礼、入場拒否されそうだ。
俺の言葉にロイが微笑む。
「私もそう思います。ですがハルト様はそう思ってはおられないようで。
多分私は永遠にその入口で待つことになるのでしょうね」
「それでも待つのか?」
「はい。万が一ということもあるでしょう。彼の方は私達を守るためなら手段を選ばないこともお有りですから。彼の方に地獄への道を一人で歩かせるよりもずっとマシです。ですからハルト様が天国へ行かれる時は貴方が待って手を引いて差し上げて下さい」
それだけの執着を見せながら何よりもハルト様を優先させる献身。
恐れ入る。
だが生憎その役目は俺にはできない。
「それは無理だ。俺もきっと地獄行きだろうからな」
「ならば代わりにお供できる者を探して差し上げて下さい。
彼の方はひどく寂しがり屋なところがありますから」
寂しがり屋か。
そうかもしれない。
あの人は大胆不敵でありながら、時々驚くほど脆い。
一人にされることを何よりも嫌う。
俺は苦笑して俯いた。俺が付いて行けなくてもハルト様にはたくさんの人間が側にいる。例えばハルト様の帰りを待ち、あの地を管理、運営し、仕事に精を出している者達が。
「マルビスがいるだろう?」
「あの人が天国に行けるとお思いで?」
そう尋ね返されて俺は言葉を詰まらせた。
ハルト様の前では猫を被っているが影ではそれなりに強引な手段を用いていることもある。
そもそも商人という者はまっさらな善人に務まるものではない。
勿論俺が知らないだけでそういう者がいるかもしれない。
だが厳しい競争社会で生き残るには知恵が回るだけでは駄目だ。
如何に他者を出し抜き、利益を上げられるかの勝負なのだ。
生き馬の目を抜く力がなければ大成しない。
お人好しは商売の世界では利用されるだけ。
アレは悪人ではないが善人ではない。
それを踏まえるなら・・・
「・・・厳しいかもしれんな」
「今いる側近の中でそこに行けるとしたらキールくらいじゃないですか?」
そう言われて思い出したのはあの大人になる手前の子供。
俺達ですら手を焼いているあのサキアスを上手く操縦し、今はハルト様にさえ一目置かれているキール。サキアスが側近入りした当初、ハルト様にしか扱いきれていないあの人をどうするかが俺達の間で悩みのタネだった。
ただでさえ忙しいハルト様にアレの世話をさせるのはいかがなものかと。
だが蓋を開けてみればキールが実に上手く立ち回り、ハルト様の負担を減らしている。暫定的にと認められた側近の座に最初は不安視する声もあったが今や流石若くして側近に選ばれただけはあると殆どの者がハルト様に相応しいと言う。キールも最初の頃は扱い辛いサキアスに戸惑っていたのだが敬愛するハルト様のためにと率先し世話をしていた結果、周りの自分を見る目が変わり始めたのに気付き、それを利用して周囲に自分の存在を知らしめ、確たるものにしたのだ。
それを思えばサキアスはキールに踏み台にされたといえなくもない。
「いや、アイツも結構イイ性格してるぞ?」
「サイアスも厳しいでしょうしね。ということは現在ハルト様のお側で天国にお供出来る者はいないということですか」
そうなるかもしれないな。
しかしそんなことは俺達が気にするほどでもない。
「なんとかなるだろ。なにしろ彼の方は生粋のタラシだ」
そう俺が言うとロイは一瞬表情を止め、破顔した。
「でしたね。余計な老婆心というものですか」
「ああそうだ。もし俺がハルト様より後に行くようなことになったときは地獄に入る前にロイを探して教えてやるよ」
「それはありがたいですね。ならば是非貴方は長生きして下さい。そうしたら私は急いで地獄の苦行をくぐり抜け、早々に生まれ変わらねばなりません」
「生まれ変わってもお仕えしたいってか?」
「当然です。どんなお姿になろうとも私にハルト様がわからないはずなどありません。必ず探し出してまたお側に仕えてみせます」
たいした執念。そこまで惚れ込んでいると言うことか。
「そいつは気の毒だな、ハルト様が」
「私を虜にした責任は取って頂きませんと。おそらくマルビスとイシュカも追いかけてくるでしょう。あの二人よりも早く見つけられるよう気合いを入れて頑張りますよ」
当然とばかりに言い切ったロイに少々呆れる。
「お前ら三人に来世でも追いかけられるのか。それは益々気の毒だな、ハルト様が」
それでは女が付け入る隙もなさそうだ。
また男にまみれて人生送るハメになるのか。
いや、今世が男だからと来世も男であるとは限らないか。
「貴方は来ないおつもりで?」
ロイの質問に俺は考え込む。
まあ巡り会えたらまた魅せられるだろうが今はまだそこまでではない。
「どうだろうな。追いかけはしないかもしれないが、会えたらまた側に置いて欲しいとは思うだろうな。ハルト様のあの頑固な性格は一度死んだくらいじゃ治らないだろうし。またそこらじゅうで信者を増やしてるぞ、きっと」
「・・・また倍率が高くなるということですか」
実に不本意そうな顔。
コイツは案外独占欲が強い方だ、面白くないのだろう。
だが否定しないと言うことはロイもそう思ったのは間違いない。
「かもしれんな。でもロイは諦める気はないんだろう?」
「その問いに答える必要ありますか?」
確かに聞くまでもない。
「いや、確認しただけだ。その程度でロイが諦めるとは到底思えない」
「よく御存知で」
そう言ってロイはハルト様が眠る扉の向こうをジッと眺めた。
またハルト様もとんでもないヤツらに取り憑かれたものだ。
「とりあえず今は祈りましょう。イシュカ達が倒してくれることを」
「そうだな」
だが俺達は忘れていたのだ。
これくらいのことでハルト様を止められることなどできないことを。
気がついたのは物音になのか、気配なのか定かではない。
だがハルト様が目覚めて異変に気づいてからの行動は早かった。
すぐさま飛び出そうとしてが扉が開かないことに気づき、俺達の説得も聞こうとしなかった。それどころか俺達の懇願も聞き入れることなく自分の剣を握り、閉じ込めた結界を破壊するためにそれを打ち下ろした。
ハルト様が本気になれば俺達の張った結界など何の役にも立たない。
圧倒的な魔力差はその破壊を容易にする。
ハルト様は閉じ込められていたからという言い訳を自分に許さなかった。
慌てて結界を解き、部屋に飛び込んだ俺達を足止めするための結界を逆に展開され、行く手を阻まれる。
マズイ、行かせてはならないと思うのに俺はその瞬間見惚れた。
美しい立ち昇る魔力の奔流に圧倒されたのだ。
それはハルト様が見せた覚悟だった。
「私は私の信念を曲げるわけにはいかない。
私の肩にロイの言うようなものが掛かっていると言うなら尚更、私は引くわけには行かない。仲間を、大事な人を見捨てるような人に誰が付いて来てくれるのっ!
何より私は大事な人を見殺しにして、胸を張って生きてなんか行けない」
そう言い放ち、ハルト様は窓に向かって駆け出した。
我に返ってお止めしようとドンドンと張られた結界を叩くがハルト様が張った結界をそんなに簡単に破れるわけもない。魔力量の差は三倍以上、二人合わせてもハルト様の半分ほどなのだ。
「我儘でゴメンね、ロイ、テスラ」
そう呟いて微笑むとハルト様はバルコニーの手摺りに手をかけ、一気に飛び降りて俺達の視界から消えた。
小さな魔石で張られた結界は魔力切れですぐに解けた。
だが駆け寄ったバルコニーからは既にその後ろ姿さえ追えなかった。
あの人は、ハルト様はどこまで強く真っ直ぐなのだろう。
どんなに恐ろしくても決して自分の信念を曲げようとしない。
人ならば、男であるなら『こうありたい』という姿を見事に体現している。
ただ力が強いという意味ではない。
恐怖から決して目を逸らさず、仲間のために迷わず走り出す。
俺の見たことのない姿だった。
非戦闘員の俺はいつも前戦から離れた位置からでしか見たことがなかった。
圧倒される姿に呆然とした。
「ハルト様は美しいでしょう? 外見は勿論ですけど、その生き様が」
ロイの言葉に俺は無意識に頷いていた。
本当に綺麗だった。
見惚れて言葉を思わず失うほどに。
「私はお側で何度もあの御姿を拝見してきました。その度に惚れ直してしまうんですよ。既に惚れ込んだ状態で惚れ直すという表現は相応しくないかもしれませんが。
でもそうとしか言えないんです。自分の語彙力の無さが歯痒いですけど」
納得せざるを得ない。
あんな姿を見せられて。
団員や警備兵に特に信者や崇拝者と呼ばれる親衛隊が多いのも頷ける。
「確かに、あんな姿を見せられて、惚れるなと言う方が難しいな」
本当に末恐ろしい。
アレでまだ七歳なのだ。
陛下や団長達が内に抱え込もうと必死なのも無理はない。
「はい。あれがハルト様ですから仕方ないと諦めるべきなのかもしれません。
それでも私は出来れば安全なところでじっとしていて頂きたい。
ですが、そうしたら確かにハルト様が言うように、私の知るハルト様でなくなってしまうのかもしれませんね。少々気持ちとしては複雑ですが」
ロイはそう言って苦笑した。
「行きましょう、下へ。私達は私達の出来る仕事をしなければ。
今はただ、必ずハルト様が無事お戻りになると信じて」
「そう、だな。怪我人もたくさんいるだろう。
手当の準備とメシ支度も必要か。きっと腹を空かせてお戻りになる」
こんな真夜中に動き回って、必死になって、夢中になっている時には忘れていた空腹も落ち着けば思い出す。
疲れて帰ってきた体には温かいスープが良いだろう。
一緒に戦っているであろう他のヤツらの分も含めて鍋いっぱいに作っておこう。
必ずハルト様は帰ってくる。
そして俺達の心配をよそに、やはり、ハルト様は無事に戻ってきた。
イシュカや団員達を助け出し、キッチリと大蛇の討伐まで終えて。
約束を破って閉じ込めた俺達に接触禁止令申し渡し、その後も元気いっぱいでガイとケイを引き連れて二日続けて洞窟の様子を見に出掛け、また面白い提案を持ち帰って来たのだ。
全くたいした行動力。ハルト様は楽しそうだ。
先日の凛々しく雄々しい姿を想像できないほどに。
ギャップが凄いと思いつつ微笑ましく見ていると振り回して申し訳ないと謝罪してくるのだ。見当違いもいいところだろう。俺達は貴方に振り回されるのが楽しいんだ。むしろ存分に振り回してほしい。そう答えると神経すり減らしてハゲたらどうするのだと言う。
本当に面白い人だ。
気にするのはそこなのか。
確かに外観的美醜を気にする者ならそれは大きな問題だろうが俺には関係ない。ハルト様が嫌でないなら、変わらず側に置いて頂けるならたいしたことでもない。もともと俺はボサボサ頭のヨレた姿で町を歩き、人に避けられがちだった。貴方のもとに来るために体裁を整えただけ、外見に執着などしていない。
貴方が俺の外見にこだわらないように俺にとっても貴方の外見はオマケでしかない。俺にとって重要なのは面白いか面白くないかだけ。俺がハルト様が美しいと感じたのは容姿ではなくその生き方だ。関係ない。
そんな話をしているとハルト様に尋ねられた。
ならば俺が面白いって思うことを考えつかなくなったら嫌いになるのかと。
その答えは聞かれるまでもなかった。
「ならないでしょうね、多分。
俺が一番面白いと思っているのは貴方自身ですから。
貴方の発想力が底をついたとしても、きっと俺は今のように色々な商品を前に貴方と意見を交わし、討論していると思いますね。俺はそれが楽しいんで。発明ばかりが全てではありません。貴方と一緒に今ある商品を前に二人で改造、改良しているような気がします」
ただ面白いというだけなら商業ギルドの受付で貴方達が来るのを待っているだけでも良かったんだ。
だけど俺は貴方の生き方に憧れた。
まだ子供である貴方に魅せられてしまったんだ。
子供であるが故の真っ直ぐさに惹かれたのかとも考えたこともある。
だが無邪気なだけの者にこれほど多くの者を惹きつけられるわけもない。
俺の答えに嬉しそうに笑っているので問いかけるとこんな言葉が返ってきた。
「テスラの想像する未来には私がちゃんと隣にいるんだなあって思って」
意味がわからないとばかりに問い返すとハルト様は言葉を続けた。
「だって嫌いな人との未来なんて想像しようとは思わないでしょう? テスラの考える未来に私が存在してるってことはこれから先も側にいてやってもいいぞって思ってくれてる証拠かなって。大事な人の考える未来に存在することが許されるって特別なことだって思うんだよね」
言われて気がついた。
今が良ければそれでいい、この瞬間が面白ければ先のことなどどうでもいいとさえ思っていたこの俺が、その時確かに未来を語っていたことに。
「そんなふうに考えたことありませんでした」
「気にしなくてもいいよ。私がただそう思いたいだけだから」
上機嫌なハルト様を俺はじっと見つめていた。
それはハルト様が俺の中にもたらした大きな変化だ。
貴方はいつも何気ない言葉や行動で俺達を変えていく。
そして虜にしていくのだ。
俺の声が好き?
それは良いことを聞いた。
俺は歌などまともに歌ったことなどない。
だけど一曲くらい練習しておこうかと考える。
ハルト様、俺のような男の前で、『なんでも言うこと聞いてあげる』なんて言葉、言っちゃいけないんですよ?
しかもガイという証人まで用意してくれて。
これはいざという時に使える最終手段として取っておこう。
ハルト様は決して約束を違えない。
笑わせさえすれば必ず俺の願いは聞き届けられる。
俺はその時、いったい何を『お願い』するのだろう?
その未来のことを考えて俺の顔はだらしなく弛んだ。