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第十一話 目下の最低目標設定は?


 サンルームにやってきたところで私はロイにお茶を入れてもらいながら前に座ったゴードンを眺めた。


 やっぱり以前会った時と雰囲気が全然違う。

 別人と言われても納得してしまいそうなくらいには。

 しかも髪型のせいもあるのだろうけど格段に若く見える。

 私はジッとその顔を見つめると好奇心に負けて尋ねた。

「ゴードンって歳幾つか聞いてもいい?」

「構いませんよ。私は今年十九になりました」

 すると予想外の答えが返ってきた。

 思っていた以上に若い。

 てっきりロイより年上だと思っていたのに。キールを除く私の側近達は一番上のサキアス叔父さんが二十五、ロイが現在二十三、一番下のテスラがもうすぐ二十になるのでみんなより年下になるということか。

「騎士団長になったくらいだからもっと歳が上だと思ってた」

 普通そういった役職はある程度の年齢になってから就くものだ。

 意外な事実に目を見開くとゴードンは苦笑して教えてくれた。

「貴方と初めてお会いした時はまだその任に就いてあまり経っていませんでしたから。前任者が殉職したため繰り上げられたに過ぎません。現場にベテラン騎士が派遣されることが多いのでシルベスタとは違って若造がその役職を賜ることが多いのですよ。

 ベラスミ内では暗黙の了解というもので、言葉は悪いですけど要は『お飾り』です。実際の実力でいえば部隊長には到底敵いません。領地内のランキングで言えば私の実力はせいぜい十台後半。貴族という地位もあって騎士団長をやってはいましたが、強力な魔獣討伐に出る度に騎士団長が変わるのは対外的にあまりよろしくないだろうという判断でした。ですから若手の有望株が出てくれば私は御役目御免、現場に戻されるのですよ」

 成程ねえ、納得だ。

 魔獣討伐に実力者を派遣したいが騎士団長に地位に就けると国王の護衛と他国の使者対応のため現場の遠征などには駆り出せない。そして強力な魔獣討伐の最前戦となれば殉職率も高い。そこで体裁を繕うために役職だけ若造に与えて体面を保って人材不足を補っていたということか。

「私は来年貴方の講義を拝聴するためにこの座を降りるつもりでいます」

 ゴードンの言葉を聞いて私は目を丸くする。

「講義って、私が教えるのは候補生が主で、多分歳が一番上でも十四、五の成人前くらいだと思うよ?」

「年齢制限はないと伺っています。つまり来年二十歳の私がそこに混じっても問題ないのですよね?」

 そう尋ね返されて私は頷く。

「まあ確かにそうだけど」

 理屈ではそうだ。

 だが普通子供に混じっての勉強など大人は嫌がるものだ。

「私は気にしませんよ。その程度のこと恥とも思いません。むしろそこにこの土地に住む者を守るため、よりよく暮らし易くするための手段を知る方法があるというのにたかが己のプライドごときを優先してそれを放棄する方が恥、愚かというものです。戦略というものが如何に魔獣討伐に於いて役に立つのかを私は貴方に眼の前で教えて頂きました。貴方に勧められた書物も暇を見つけては読み進めています」

 一年半前のイシュカと一緒だ。

 大人の男のメンツを気にすることなく貪欲に知識を蓄えようとする。

 わかっていても出来ない人間の方が多いものだ。

 実際私が騎士団本部に滞在していた時もそれを聞いてきたのはイシュカだけだった。だからこそ私はイシュカの名前を上げ、私の専属護衛として派遣されることになったのだ。

 でも学ぶ気があって、そのためにプライドを捨てられる人ならば来年まで待つまでもない。


「それが出来るならもっと他にもいい方法があるよ」

「書物を読む以外にですか?」

 私がそう言うとゴードンが聞き返してきたので私は大きく頷いた。 

「この土地には孤児院や養護院みたいなものはある?」

「ええ、ありますが?」

 それが何かとばかりに問われた。

「だったら話は早い。時間がある時にそこに行って子供達と全力で遊ぶといいよ?」

「何か意味があるんですか?」

「勿論」

 意味のないことを勧めはしない。

 不思議そうな顔をする彼に私は続ける。

「子供はゴードンよりも力も体力もない。そんな子供が貴方に勝つためにどんな悪戯を仕掛けてくるか体験してくるといいよ。但し魔法は使っちゃ駄目だけど手を抜いてもダメだよ? 子供はそういうの敏感だからね」

 全力で遊べば子供達が集団になってもゴードンには勝てないだろう。

 そうなるとどうなるか。

 何がなんでも勝とうとする子供達はいろんな手段を用いてくるだろう。

「柔軟な子供の発想は素晴らしいよ。大人とはまるで違うことを考える。

 ただ一日や二日通った程度じゃ無理だろうけどね。一緒に泥だらけになって遊んで、子供達と仲良くなれたらきっと面白いものが見られると思うよ?」

「面白いもの、ですか?」

 大人の本気に子供はちゃんと応えてくれる。

「私が使う多くの手段は子供の悪戯を大掛かりにして手を加えたものなんだ。力で勝てない相手にどう対抗するか子供は既成概念にとらわれずに考える。自分をどんな手段を使ってやり込めようとするかよく見てみなよ。あの手この手、様々な手段を使って貴方に勝とうとしてくるだろうね。だからきっと本を読むよりもずっと勉強になると思うよ? ゴードンが手を抜いてワザと子供に花を持たせるようなことをしなければ負けん気の強い子なら特にね。

 それが応用できるようになれば魔獣討伐にも役に立つよ、きっと」

 子供に大人の常識は通用しない。

 きっと子供達に散々振り回されて疲れ果てるに違いない。

 子供はいつの時代でも大人が考えるより遥かに元気だし知恵も回る。

 特に小さい子供にはこれはこういうものだという認識が植え付けられていない分、行動も読みにくい。そしてそれは私達が魔獣に相対する時にも工夫次第で使える手段となるはずなのだ。

「今度試してみます」

「大人が手を焼くような悪戯坊主がいれば最高だよ、きっと」

 私はそう言って笑った。

 きっとそれは普通の手段では得られない糧になる。

 考える力というものは何をするにしても欠いてはいけないものだから。

  

 結局大蛇の出て来た洞窟は討伐料の代わりとしてそのままウチのものになり、新たにその横の山を貰い受けることになった。山一つを実質タダで手に入れたわけだが調査も全て済んでいない内からホイホイ貰っても良いものかとも思ったが、多少景気が上がってきたとはいえまだまだ民の暮らしも豊かとは言い難いことを思えば調査も開発もされずにほったらかしになるくらいなら、人が住んでいるわけでもなし、むしろノシ付けてでも渡して開発を進めて貰った方が良いというのが本音らしい。仮に資源が見つかったとしても既にここはシルベスタ王国の一部であることを考えれば後々正式に併合された後に誰の手に渡るかわからないわけで、そうなってくると統治にやってくる領主次第で生活も変わってくることになる。ならばいっそ私達が管理した方が多くの民が仕事にありつける可能性が高いわけで、下手に独占されて他に仕事を回されるよりこの土地を少しでも豊かにするために使って欲しいということのようだ。それ故にまた問題が起きたなら更に一山付けるからどんどん開発調査を進めてくれという。持っていても売れない山を保有しているよりも理由付けすることで私に押し付けてしまおうという算段らしい。

 確かに開発にも調査にも資金力がいる。

 何か財源が眠っていたとしても調査して見つけられなければタダの利用価値も低い山でしかないわけで、それを利用価値のあるものに変えてくれるというならば願ってもない、代わりに開発に関わる人員や、何か掘り当てたならベラスミの民をそこで雇って欲しいという条件だそうだ。

 ベラスミのもと貴族達は貧しい暮らしが長く、官民一体となって生活してきたせいか結びつきが強い。シルベスタの貴族に比べると私利私欲のために走る者が少ないのは美点ともいうべきものだろう。

 私の苦手な特権階級が鼻につく人種とは随分と違う。

 しかしそうなってくるとジュリアスだけでは判断できないと、とりあえず今回の補填された山を受け取り、再度不都合が生じた場合には相応の対応を要求するという一文を付けたということだ。そうしておけば何かあっても不都合ではないと言えばそれ以上の山を押し付けられることもない。そしてそれを実行するのならその不都合を理由にどんどん私有地化してしまおうということらしい。

 理屈はわかる。

 理屈は理解できたけれどこれはこれで恐ろしい。

 ただでさえ私は広大な土地を所有している。

 屋敷周辺の一帯と運河近くまでの山林平地を含めた私有地、その規模はもとのグラスフィート領のほぼ五分の一近い上にここに四つの山まで私有地化すると既に他の領地と同等程度の土地持ちになる。これはいくらなんでもやりすぎのような気がする。

 しかしながらここまでの規模となると今更山の一つや二つ増えたところで大差ない気がしないでもない。これはいずれ私の土地を領地管理してくれる予定の父様とも相談すべきだろうか?

 いや、規模を考えるなら陛下に相談すべきなのか? 

「とりあえず事情はわかりました。ですが私に広大な土地を管理できる能力があるわけではありませんので、そちらは私の親族、側近達とも検討させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 今更ではあるけれど話がデカイ、デカ過ぎる。

 要するに端的に言うならベラスミの土地をできる限り私有地化して治めてくれってことだよね?

 どうしてこう私が関わると話が大きくなっていくのか。

「それも当然で御座いましょう。しかしながら、もし管理する者が足りないというだけが理由でしたら、叶うならば私を貴方の下に雇い入れ、お手伝いさせて頂きとう存じます。いずれ私も領主代行の地位を返上することになります。ならば私は私が仕えたいと思う御方のもとで働くことを望みます。

 それにハルスウェルト様はここベラスミの地に於いても驚くほどに人気が高いのです。見も知らぬ領主のもとで暮らすより、貴方様の領民となる方が民もより幸せで御座いましょう。是非とも前向きに御検討くださいますよう、伏して宜しくお願い申し上げます」

 そう言って領主代行は深々と頭を下げ、その日はゴードン達と帰った。

 その馬車を見送っている後ろでガイとイシュカの囁く声が聞こえた。


「って、つまりまた御主人様はいつもの如く大量にタラシ込んでるってことか?」

「今更ですよ、驚くほどに値しません」


 だからタラシ込んでいるつもりはないんだよっ!

 なんでこうなるのっ!

 私はできれば平和にこじんまりと生きたかった。

 確かにそれはもう諦めたけど。

 だいたい百何十年と発展開発出来なかった土地が私ごときに管理できるわけもないでしょうがっ!

 重いんですよっ、重すぎるんですって、その期待っ!


 もう泣きたい・・・

 その時頭にニヤニヤと笑う陛下の顔が横切った。

 バレたくない、話したくない。

 きっと、絶対面白がって押し付けられる。

 いずれ訪れそうな予感のする未来が私の肩にズッシリとノシ掛かった。


 領主代行を見送った後、ケイが調査から戻ってきた。

 ベラスミの領土内の動向と例のデザイナーについての調査を終えて。

 大蛇の解体肉と一緒に送った絨毯などの織物を見たマルビスからは問題がなければ雇い入れOKの返事が戻っていたので明日にはジュリアスと幹部二人がその人のところに交渉しにいく予定でいる。但し本人には大きな問題はないようだが彼の実家というか、生家の事業の経営状態はあまりよろしくないようで場合によっては雇い入れが厳しい可能性もあるようだ。

 彼の家は鉄鉱石やその加工品の運搬が主な仕事となるわけで、要するに運河開発が進むことによって仕事の減少が考えられるというわけだ。要するに新しい仕事が増えればそれによって消えていく職業もあるわけで、港が完全に開港されれば馬での運搬の仕事も減ってしまい、廃業に追い込まれる人達も出てくるのだ。

 それはある意味仕方がないことではある。

 時代というものは変わっていくもので、先を見て柔軟に対応していく力というものは必要なのだ。私は公共事業を行っているわけではないし、仕事というものはいつ時代でも奪い合い、競い合うことで淘汰されていくものである。それが商売というものなのだが、そうなってくると鉱山近くのそういった業者には恨まれる可能性も視野に入れる必要があるのかとケイの報告を聞いて尋ねる。


「確かにそういう者もいないこともないです」

 やはりいるのか。

 敵は少ないに越したことはないがある程度は仕方がない。 

 となれば、今後どう対策を打つかが焦点となるのだが、考え込んだ私にケイが付け加える。

「ですがそこまで反感は買っていませんよ」

「どうして? だって私達は彼らの仕事を奪おうとしているんでしょう?」

 何故ゆえ? 私は所謂商売敵だ、恨まれてもおかしくはない。

 私が首を傾げるとガイが情報を捕捉する。

「御主人様の振った針仕事や織物加工の仕事のお陰さ」

 全然関係ないようにも思えるのだが何故だろうと思っているとガイが先を続ける。

「つまり鉄鉱石運搬の代わりにそれらの加工品を回収する仕事も増えたんだ。亭主の仕事は減ったが女房の仕事は増えたってことだ。男は贅沢を言わない限りは鉱夫や港工事、ここの開拓作業の仕事がある。しかも運河が掘られたことで今年は春の洪水も起きなかったからな」

 他の仕事が増えることで減るであろう仕事を補ったわけか。

 旦那の収入が減りはしたが奥さんの仕事が増えたことで生活に必要な収入は保たれているわけだ。現在ここはシルベスタ王国なので関税は掛からなくなったので依頼もしやすくなったし、頼める仕事の内容も増えた。多少の運搬費は嵩むが、それも運河が利用できるようになれば格段に減らすことができる。しかしながらそうなるとそういった仕事に関わっていた人達の仕事が減ってしまうことになる。

「ただ慣れない仕事をすることに抵抗がある者も勿論いますし、小さいとはいえ曲がりなりにも経営者の立場から外れた者も出てきますから全てが丸くというわけにはいきません。まだ開港されるまで時間がありますから不安はあってもまだ不満までは出ていないというのが正しいかもしれませんね」

 ケイの言葉に思わず納得してしまった。

 現状は仕事が増えている。それは業者からすればありがたいことだ。

 だがそれはあくまでも一時的なもので、やがて減ってしまうもの。

 喜ぼうにも喜びきれないのも無理はない。

「要するに今は一時的に仕事が増えてはいるけど、運河の港が開港すればいずれ仕事は先細りという状況が見えているから心配なわけね」

「まあそういうことだな。不満が噴出するのは開港した辺りからだろうな」

 だよね。ガイの心配も尤もだ。

 それまであった収入が見込めなくなるってことは一旦上がった生活水準がまた下がってしまうということ。人間、それが上がることにはすぐに慣れても堕ちることにはなかなか対応できないものだ。仕方がないとはいえ、今後必ず起きるであろう問題に対処しておかないとという手はない。

「ジュリアス。因みにそういう業者ってどのくらいいるの?」

「この辺りだけで言えば大小合わせておおよそ三十くらいですかね」

 結構あるな。家族経営の小さなところもあるとして、おおよその人数はざっとニ、三百名ってところか。

「その中で生き残れそうなのは?」

「半分以下、十数程度になるかと。鉱山と港の往復も積み下ろし作業以外は殆ど必要なくなりますし、ウチから出している外注品の運搬も開港されれば村々からの回収くらいしかなくなってしまいますからね」

 馬よりも船の方が圧倒的に運べる荷が多い。それも当然か。

 トロッコや滑車、ジップラインの改良型を使えば運搬も楽になる。

「それらの運搬業社に組合みたいなものはあるの?」

「はい。規模や評判などによって割り振られていますね」

 一応組織的になっているわけね。

 ならば話は早い。

「それってウチが介入することはできる?」

「できないこともありませんが」

 私の問いにジュリアスの答えがすぐに返ってきた。

 つまり入り込むこと自体はそう難しくないってことだ。ならば、

「それじゃあ一つ提案があるんだけど」

 前回、っていうかウチのリゾート施設オープン前にも苦労した一つの問題がそれによって解消できる可能性がある。

「ここにリゾート施設が完成したら送迎馬車が将来的に必要になるんだよね。馬の扱いに長けているなら彼らをウチで雇い入れできないかな?」

 御者、馬の手配とその世話係、それなりに苦労したんだ。

 だけど彼らを抱き込めるならこの三つの問題が一気に解決する。

「勿論それだけじゃ仕事量は足りなくなるだろうから他の仕事もやってもらう必要が出てくると思う。開港よりもここの完成は遅れる可能性もあるし、その間に接客の教育はしなきゃダメだと思うけど。それにその人達は荷の管理や計算、多少の読み書きは出来るってことでしょう? 結構いい戦力になると思うんだよね」

 これは大きな利点なのだ。利用しない手はない。

 考え込んでいたジュリアスが顔を上げる。

「ウチは贅沢を言わない限りは仕事の種類もたくさんあるし。運搬だけじゃなくて倉庫とかの在庫管理にだって人手が欲しくなる。希望者がいて雇用条件が合うなら一括雇い入れもアリかなって。そのまま委託扱いでも良いけどまずは委託してお願いして信用できる人か、ちゃんと働いてくれる人なのかどうかの見極めも必要だろうし。暫くは管理しながら信用度や向き不向きによって割り振りを変えていかなきゃいけないから大変だろうけど、馬も御者も人手もいっぺんに調達できるっていう利点があるんだよね。どうかな?」

 多少教育とかで赤字が出ても、それらの人材を集めるために割く労力と人件費を考えれば充分にもとは取れる。私の助言にジュリアスが大きく頷いた。

「急ぐ必要も、一人でやる必要はないけど任せられる? ジュリアス」

「やりますっ、お任せ下さいっ」

 やる気と気合いは充分ってとこか。

「管理に必要な人材はマルビスやゲイルと相談して向こうから引っ張ってもいいし、こっちで誰か雇ってもいい。ジュリアスが責任者なんだから好きにすればいいよ。

 但し、やりたい放題やっていいってことじゃないからね。

 そこを誤解しないように。

 重要なことを決めるときは必ずマルビスか私に相談してね。ここは私の私有地でオーナー、マルビスが我がハルウェルト商会の総管理責任者だから」

「当然です」

「それがわかっているならいいよ。頑張って」

「はいっ」

 有能であるけれど性格的にジュリアスは私と似たとこあるからなあ。

 ビビリなくせに肝が据わってしまえば結構大胆に動くとことか。


「手に余るような問題が発生した時も意地を張らずにすぐに相談すること。一人で解決できないこともあるし、誰にでも失敗はあるから責めるつもりはないよ。困るのは失敗を隠して誤魔化そうとすること。早めに対処すれば間に合うことも多いんだから。

 ジュリアスには私を含めてたくさんの味方や心強い仲間がいることを忘れないでね」


 私がそう付け加えるとジュリアスは大きく頷いて返事をした。


「・・・テスラ、何笑ってるの? 私、何か変なことやった?」

 バタバタと足音を立てて出て行くジュリアスを見送って私は振り返るとクスクスと楽しそうに笑ってるテスラを軽く睨む。

 イシュカは明日の準備に戻り、ロイは夕食の準備に掛かる。ケイはあの領主代行の調査に向かった。

 ガイが後ろでニヤニヤと笑っているのは相変わらずだがテスラまで笑ってるし。私は笑われるようなことをした覚えはない。

「いえ、貴方は相変わらず以前の貴方のままだなあと、そう思いまして」

 そりゃ頑固なこの性格、そう簡単に直りはしない。

「進歩がないってこと?」

 私が顔を顰めて尋ねるとテスラが頬笑を深くする。

「違いますよ。これは事業だ、商売だ、自分の仕事とは関係ないと口ではいいつつ、自分を慕う者だけでなく、救える者は全て救おうとする」

 随分と好意的な取り方だ。

 どうして私の言葉はこう美化されるのか。

「そんな立派なものじゃないんだけど。

 私は単に必要な労働力を確保しようとしているだけでしょう?」

 それも自分の都合よく。

 前回の苦労を踏まえて先手を取ろうとしているだけだ。

 資金不足なら考えるけど心配不要なほどに金貨は私の部屋に唸るほどある。

「それが貴方の建前です。一般的な本音と建前が逆になってますけど」

 本音と建前?

 そりゃあ人前なら使い分けはするけれど、別に今はガイとテスラしかいないから思ったまま口にしている。

「だってまだまだここの建設は開拓と調査段階、急ぐ必要ないでしょう?」

 時間があるなら問題ない。

 それに教育というのは大事だ。

 大企業であればあるほど評判は落ちるのはあっという間、信頼回復に時間がかかる。それを思えば人材育成に掛かる資金などたいしたものでもない。要は先に金を掛けて育てるか、後で問題対処のために金を払うかの違いだ。ならば時間があるなら評判を落とす前に時間があるなら先に対処しておくほうが効率的というものだ。

 それに自分に向いている仕事を探すというのは案外難しい。たくさん仕事があるとはいえその中から合う仕事を探すのは容易ではない。

 好きだから向いているというわけでないのだ。

 自分を振り返ればよくわかる。

 私にこれといった才能というものは今のところ見つかっていない。魔力量とその操作には多少自信があっても、私の仕事からすれば『だから何?』である。

 私は騎士ではないし、見も知らぬ他人のために命は張れない。

 大切な人を守る力は必要なのだと実感した以上努力はするし、強くなりたいとも思う。もう置いて行かれるのは嫌だから。

 だがそうなると商人としての私の存在価値はどこにあるのか。

 私に価値がないなんて思ってないけど、前世の記憶がなければタダの凡人、二十歳過ぎればタダの人。

 強くなれたらこの魔力量を利用してみんなの護衛くらいにはなれるのか?

 危機管理も大事ではあるし、備えておけるならそれに越したことはない。

 いや、しかし組織のトップが護衛って、それはそれで少々ズレてる気がしないでもないけれど。

「人間どこに才能が眠っているかなんてわからないでしょ。

 持っている技術、秘めた才能があるなら活かしてもらうべきだよ。

 ウチにはいろんな仕事があるんだから納得するまで探してもらえば良い。楽しく働いてもらった方が仕事も長続きもするし上達も早くでしょ? ウチは仕事を変わるのは自由だけど変われば見習いからやり直しなのは変わらない、その間はずっと見習いの安月給なんだから。

 三食寮付きだから仕事をする気がある限りは食いっぱぐれはないんだけど」

「ハルウェルト商会内であるからこそ可能ともいえますが。普通なら一つの職場を辞めれば次の職場を探すのに苦労しますし、時間が掛かります。その間、貯金がなければ食い繋ぐにも厳しい。ですがウチでは安心して次の仕事を探せますからね」

「ちゃんと給料から翌月の寮費と食費は徴収してるし損はないよ。

 次の月の頭にそれを払えなければ追い出すけどね」

 私はあくまで雇用主、保護者ではない。

「露悪的なのも相変わらずですね」

 雇い主である以上、依怙贔屓は駄目だ。

 それを許せば、以降は同じ程度のもの全てを許さなければならなくなる。

「俺は貴方に逢えて幸運だったと、そう思います。

 もしかしたら貴方に出逢うために生きてきたのかもしれないと思うほどには」

 それは褒めすぎだと思うけど、でも悪い気はしない。

 私が照れたように笑うとテスラは少し迷ったように口を開いた。


「・・・あの日、貴方を閉じ込めたのはロイと俺の意志でした。

 反対しようと思えば出来たんです。でも俺はそれをしなかった。

 貴方を失いたくなかったからです。

 あの時、貴方を起こした方が良いと言ったのはガイだけでした」


 何かを噛み締めるように紡ぎ出された言葉に私はガイを見た。

 知らなかった。

 だが違和感は感じなかった。

 私は無意識にガイはそんなことをしないと確信してた。

 ガイはいつだって私の強がりを見抜いた上で止めようとしなかったから。

 肩を竦めてみせるガイに私は微笑む。

 ガイはやっぱりどんな時でもガイなのだ。

 テスラは苦笑して先を続けた。

「結局、貴方の決意にひっくり返されてしまいましたけど、きっと俺は同じことがまた起きたとしても貴方を危険から遠ざけようとするかもしれません。ですが・・・」

「わかってる。みんなが私を思ってしてくれたことだって」

 閉じ込めたテスラ達が悪いわけでもないし、私を駆り出そうとしたからってガイに大切に思われてないからだとも思っていない。

 それは価値観の相違、考え方の違いなのだ。

 

「でもね、覚えておいて、テスラ。テスラ達が私を大事に思ってくれているのと同じくらい、私にはみんなが大切なんだってこと。

 忘れないでね。私だけじゃなく、テスラ達の代わりもいないんだって」

 私だけ生き残っても意味がない。

 みんなで生き残らなきゃいけないんだ。

「私は欲張りなんだよ。誰一人として手放すつもりはない。

 だからもし私から離れたいと思った時はキッパリと大嫌いだって言って。

 顔も見たくないからだとハッキリと拒絶して。

 じゃないと縋り付いて引き止めちゃうかもしれないから」

 振るならキッパリ未練を跡形も残す隙もなく振って欲しい。

 余計な期待はしたくないから。

 私がそういうとテスラは首を横に振る。

「俺が貴方を嫌いになることなんてあり得ませんよ」

「ありがとう、テスラ。私もだよ。だって私はテスラも大好きだから」

「悪趣味ですね」

「みんなには負けるよ。

 イイ男をたくさん独り占めしてお嬢さん方に睨まれてそうだよね」

 既にイケメン五人の婚約者。

 贅沢にもほどがある。

 私がこの先、誰に恋するのかなんてわからないけど、それでもみんなが側にいてくれるなら恋なんてできなくてもいいとも思えるのだ。

 私が願ったのは私が大事に思う人に大切に思われること。

 相思相愛の恋人が欲しいと願ったのは一人きりの人生を歩みたくなかったからだ。

 テスラは私の言葉に目を丸くする。

「睨まれているのは俺達のほうだと思いますけど。

 それにイイ男と言いますが貴方は俺の顔に然程興味ないでしょう?」

 そう尋ねられて私は即座に否定する。

「そんなことないよ、テスラは凄く綺麗だなって思うもの。うっかりすると見惚れそうなくらいには。私は確かにメンクイではないけど綺麗な顔が嫌いなわけじゃないし。

 ただ綺麗に着飾ったテスラも、普段のテスラも私にとっては大事な人だってことに変わりはないだけ」

 所詮外見、男は中身だというのは今も変わっていない。

 中身が良ければ外見がどうでもいいという意味とは少し違う。

 中身が良くて外見も良ければ最高だし、優先順位の違いだけだ。

 だがテスラの場合、私は顔よりもっと好きなものがある。


「ただ贅沢を言うなら私はテスラの声がすごく素敵だなって思うから、もう少しいろんなこと喋ってくれると嬉しいかも。くだらない話でも、馬鹿な話でもいいから聞きたいなって。

 出来れば歌なんて唄ってくれたら最高なんだけど」


 そう、テスラの低音の甘く響く声だ。

 前世で大好きだった声優さんバリにウットリするような美声は魅惑的だ。

 私が目を輝かせて強請ると速攻で拒否られる。

「無理ですっ」

「あははははっ、やっぱダメか。

 でもそう思ってるのは本当。

 低くて甘く響く声に口説かれたらクラクラしそうになるくらいにはテスラの声、好きだよ。今度眠れない時に子守唄でいいから聴かせてよ」

 テスラの顔が真っ赤に染まった。

 そんなに恥ずかしいのか。ひょっとして凄い音痴とか?

 想像つかないけど。

「勘弁してください」

「聞いてるのが私だけならいいでしょ?」

「貴方だからこそ嫌なんです」

 なんで?

 そこまで嫌がられると余計に気になるんだけど。

「俺の調子っぱずれの歌で誰に笑われようと気にしませんけど貴方だけには笑われたくありません」

 テスラにしては珍しく慌てた声。

 私だけ聞かせてもらえないっていうのは理不尽な気もする。

 良い声だって褒めてるのに。

「・・・笑ったりなんかしないけど」

 私も歌は上手い方ではないし、どちらかと言えば音痴な方だ。

 たまに鼻歌が出ているとロイが微笑ましそうに見ているけど褒められたことはない。つまり微笑ましいという程度で人様にお聞かせする程度ではないということなのだろう。その程度の歌唱力で人前で歌えと言われたら確かに私も拒否るだろうし、好んで恥をかこうとは思わないからその気持ちもわからなくはない。

「まあ強制はしないよ。残念だけど嫌がることやらせたいわけじゃないし。気が向いたらでいいよ。それでその時もし私が笑ったりしたらテスラのお願い、なんでも一つ聞いてあげる」

 人のことを笑えた義理ではないのに笑うのは失礼だ。

 こちらから頼んでいる以上笑いものにするつもりはないという意味でいったのだが、

「随分と豪勢ですね」

 と、そう返された。

 豪勢? そんな御大層なものでもないと思うけど。

「私が出来る範囲のことでお願いね」

「今の貴方なら出来ないことの方が少ないでしょう? 俺がとんでもないことを言ったらどうするつもりですか?」

 私に出来ないこと? 

 そんなのいっぱいあると思うけど。

 金銭で解決できることなら確かに買えない物は少ないとは思うけど、テスラがそんな高価な物を欲しがるとも思えない。

「とんでもないことって、例えば?」

 聞き返すとテスラが返答に窮している。

 やっぱりね。

「そこで言葉が詰まる時点でテスラは私が困るようなこと言わないってわかるよ。

 だから約束は守るよ。絶対にね。ガイが証人」

 突然話題を振られてガイが面食らったように答えた。

「へっ⁉︎ 俺っ」

「いいでしょ、そのくらい。たいしたことじゃないんだから」

「まあ構わねえけど。御主人様が一度した約束を違えるとも思えねえし、必要あるか?」

「何事も保証というのは大事だよ、ガイ」

 それがあることで人は安心する。

 

「そろそろロイの手伝いに行こうか。今日の晩御飯は蒲焼の予定だし、流石にロイに全部やらせるのは大変でしょう。ガイとテスラも手伝ってくれる?」

 バーベキューコンロを出して炭火焼き、タレをぬりながらこんがり香ばしく焼き上げて白い御飯の上に乗せ、たっぷりと汁をかける予定なのだ。

「例の蛇肉か」

 ガイが思い出したように声を上げる。

「美味しいって言ってたし、楽しみだよね」

 鰻丼ならぬ蛇丼ということで。

 毒でないならゲテモノ食いは特に忌避感もない。

 何事も食わず嫌いというものは良くないものだ。

 嫌いなものなら強要する気もないけれど、食べる前から決めつけてしまっては美味しい物を食べ逃してしまう。あの巨体だ、食べ切るのは難しそうだからどうするか判断は迷うところだが、その辺りはマルビスにおまかせということで。


 変わらねばならないと決めた矢先から他人任せ。

 しかしながら人には向き不向きというものがあるということで。

 戦闘訓練は頑張るよ?

 かろうじて才能はありそうだし、ガイも手伝ってくれるという。

 剣の腕ももう少し上げておきたいしね。

 ウェルムとの約束もある。

 彼の剣を使うに相応しい男になると。


 目指せ、この国のランキング三十位以内ということで。

 

 えっ? 目標が低すぎる?

 だって上には双璧も閣下も辺境伯も、更にはイシュカやガイ、ダルメシア、各騎士団班長達だっているんだよ。そんなに簡単に食い込めるわけないでしょう?

 身の程くらいは弁えている。

 私の実力ではその辺りが限界に違いない。

 大きすぎる夢は身を滅ぼすというもの、何事も程々が良いのだ。

 まずは体力強化、走り込みを増やすべきかと呑気に考えた。


 他人が自分にどんなランクをつけているかなど考えもせずに。

 


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