第八話 立場が変われば答えも変わるものなのです。
だいたいの調査を終え、持って来た二本の生木にライオネルが火を付けて、外で見張りをしている三人に連絡のために用意した結界の玉を割る。幸い今回は緊急避難と救援要請は使うことがなかった。
松明を持ったケイとガイに挟まれて来た道を戻る。比較的単純な道だったので昨日用意した物も使うことはなかったのでそのまま持って返ることにした。明後日の探索予定の洞窟は枝分かれしているという話だし、今日の装備も無駄にはならないだろう。
しかしながら娯楽施設にピッタリなものも見つけられたことだし、一昨日の大蛇の討伐御褒美としては多少割に合わないがまあいい、済んだことだ。珍しい魔獣の素材は剥ぎ取ればここの開発費の足しにもなるし、大蛇から出てきたと渡された魔石は実に四千オーバー、どれほどの価値がつくかも見当つかない。全員喰われることも手脚の欠損もなく無事に完全復帰できそうだ。あのまま間に合わないような事態にならなかったのは良かった。
下から洞窟を上がってくる時に真っ直ぐ炎を燃え上がらせていた松明が上の出口が近づくにつれて微かに揺らぎ始める。つまり空気は下からではなく上に近い場所から流れているのだろう。吹き込んでくるといったほどでもないことを思えばおそらく斜面の何処かか、もっと上か。外に陽があるというのに光が漏れて来ないところからすると開いた穴が小さいのか、さもなくば鬱蒼と茂る草木の隠されてしまっているのかはわからない。
「守備よく見つけてくれると良いですけどね」
天井方向を見上げてライオネルが言った。
それなら対処対応もしやすくて助かるのだけれど、どうだろう?
ランプ片手に足元に注意しつつ進んでいくとふと昨日の話を思い出す。
「そうだ、ガイ。気配の掴み方と殺気の出し方教えてくれるって」
鍾乳洞に浮かれてあやうく忘れるところだった。
調査も勿論だが今後のためにも殺気の出し方と気配の読み方は多少なりとも覚えておきたい。殺気が上手く出せるようになればある程度の魔獣が怯ませられるというなら便利なことこの上ないし、気配を読めるようになれば今後外出先で側近のみんなに添い寝してもらう必要もなくなるわけで、寝起きに見るイケメンの寝顔の破壊力に晒されずに済むということだ。それに体が小さい今ならまだいいが、大きくなってしまったらベッドも狭くて不便だろう。
色気のない私と同衾など迷惑になるかもしれないし。
結局昨日も『すぐ寝る、よく寝る、どこでも寝る』の私はガイに抱きかかえられたまま夕飯まで寝こけてしまっていた。お触り禁止令もいよいよ明日で終了だが、ロイもイシュカもテスラも律儀にそれを守っている。ガイが始終私を脚の間に座らせてブロックしているともいうが文句を言いつつもイシュカはガイを信頼しているのは知っている。自分が私用で出かける時は必ずガイのいるタイミングを見計らっているのも明らかだ。他にも護衛はいるのだから平気だと言っても長時空ける時は必ずガイの所在を確認していく辺りがいい証拠だ。最近では次点でライオネルも入っているみたいだけど。おそらく今回洞窟調査もこの二人がいるから私を黙って行かせたのだと思う。そうでなければ絶対禁止令を守りつつ付いてきていただろうし。
とりあえずは過保護なイシュカがいない隙に教えてもらっておこう。
私の戦闘術の殆どはガイ仕込みだ。
ガイもすっかり忘れていたらしく思い出したように言った。
「そういやあそうだったな。まあそろそろ前方でコウモリの気配がしてきたことだし、試してみるか」
「教えてくれるの?」
イシュカは自分がいるから問題ないとよく言うけど、必ずしもいつも側にいられるわけではない。支部補佐官の仕事もあれば屋敷にいる時にお遣いを頼むこともある。屋敷の中は警備設備が整っているとはいえ絶対ではないのだ。
ガイの教え方は時々少し厳しいが正統派のイシュカと違って相手の力を利用したりするものが多いので体がまだ小さな私向きだ。勿論イシュカに習うこともあるのだけれどイシュカは基本的に私に甘い、というか、甘過ぎるところがある。出掛ける時は常に自分が側にいればいいと思っているイシュカに対してガイは一人でも自分の身くらいは最低守れるようにしておくべきと考えているようだ。
「最初から小さいコウモリの気配を読むのは無理だ。今日は殺気の出し方からだ。明後日からの洞窟調査で機会があればそっちで気配の方は教えてやる。無理なら屋敷に戻ってからな」
「うんっ」
アクションものの映画とかで相手をビビらせ、怯ませられるアレだよね。
私の魔力量を持ってすればワイバーン一匹程度怯ませられるというなら身につけておいて損はない。何回もあのような事態が起こるのは困るけど、ウチの屋敷も施設も森に囲まれている以上どんな危険がいつ襲ってくるとも限らない。
「それに上手くいけば洞窟に残っているヤツらを追い出すにも丁度良いしな」
ガイの言葉に私は首を傾げる。
どういう意味だ?
練習なわけだから最初から上手くいくとも思えないけど。
「そういうわけだ。悪いがライオネル、先に外に出て見張りのヤツらにもう一度地面に穴を開けさせろ。確か見張り役のヤツは土属性持ちだったはずだ。可能ならまた焼いちまえ」
「了解しました」
返事をするとライオネルが足早に洞窟を抜けていく。
ガイは持っていた松明をケイに渡すと腰を落として私と視線を合わせる。
「いいか、殺気っていうのは気合だ。何が何でも目の前にいるヤツに勝ちたいっていうな。例えば憎い相手を前にした時にわく怒りとかがいい例だ。コイツには負けたくない、負けるわけにはいかないっていう、要は相手を殺す覚悟」
殺気という言葉通り、読んで字の如しってヤツだ。
ゆっくりとガイが言い聞かせるように私に言う。
「御主人様はよく言ってるだろう? 魔法はイメージだって。それと同じだ。馴れない内は思い出せ。まずは目を閉じてみろ」
私は静かに目を閉じる。
イメージ、想像力は何をするにしても大事だ。
「思い起こせ、目の前にあるのは大勢の御主人様が大事にしているヤツらが傷付き、倒れている光景だ」
言われて思い出したのは一昨日のあの光景。
ただ守られ、闘いから遠ざけられ、すぐに駆けつけることができない。
傷ついて、倒れていく姿が甦る。
私はその後ろに庇われたいのではない。
欲しいのは一緒に闘ってくれる相手。
私に力が足りないから庇われるのだというなら私は力が欲しい。
仲間と並んで闘うことのできる力が。
あんな情けない思い、二度とゴメンだ。
一人で見ているだけなんて嫌だ。
強くなりたい。
私は強くなりたい。
大事な人を護り抜くことができるくらい強く。
私はぎゅっと拳を握りしめる。
「思い描け。アレと相対したあの瞬間を、恐怖を凌駕する殺意を抱く瞬間を」
私は蛇などの爬虫類は苦手だ。
だけどそんなの関係ない。
「アイツを赦せるか?」
唆すようにガイが耳もとで囁いた。
私は大きく首を振った。
赦せるわけなどない。
フツフツと湧き上がる怒りという名の激情。
殺してやるっ、絶対許さない。
私の大事な者を踏みにじるヤツは決して。
身体から何かがゆらりと立ち昇るのを感じた。
ガイが背中から私の肩に手をかけた。
「そうだ、絶対に赦すな。自分から大事なものを奪って行こうとするヤツを目を開けて睨み付け威圧し・・・」
私に足りないもの、それは覚悟。
ゆっくりと目を開けるとそこにないはずの一昨日の光景が浮かび上がる。
「殺せっ」
そうガイが叫んだ瞬間、体の中から何かが迸った。
揺らめいた空気のようなものが押し出され、前方からけたたましい物音が聞こえた。
一緒にして我に返ってガイを振り返り見上げる。
「上出来っ、御主人様が本気になればこれくらい朝メシ前だ」
わしゃわしゃとフードの上から頭を撫でられる。
戦闘術に関しては結構厳しいガイの褒め言葉に私が嬉しそうに笑うと両手を脇に入れてガイの頭より高く抱え上げられた。私をこういう普通の子供扱いするのは今やガイだけ、よくやったとばかりにそのまま胸に抱え込まれてポンポンと背中を叩かれる。みんな私を抱き上げてくれるけど子供扱いというよりもお姫様扱いというのが近い気がするのだ。女の子扱いされているというわけではないのでなんといえばいいのかが難しいけれど、普通の子供に対するものと少し違う。恭しいというか、扱いが丁寧過ぎるというか。別にそれで文句があるわけではないのだけれど。
こんなふうに何かに挑戦してできた時幼い子供にするのと同じに頭を撫でてくれるのは素直に嬉しい。私は前世の子供の頃でもこんなふうに頭を撫でられた記憶が殆どない。長女だった私はできて当然、常に弟と妹のお手本であることを求められていたからだ。こうして子供の自分をごく普通に扱ってくれるガイの側はそんな子供の頃に満たされなかったものが埋められる気がするのだ。
呆気に取られたような顔をしていたケイが近づいてくる。
「凄いですよ、残っていたコウモリの殆どが逃げ出しました。
凄まじいですね、鳥肌が立ちました。俺のとは比べものになりません」
あの物音、コウモリが逃げ出した音だったのか。
ということは今頃ライオネルに入口で焼かれているのかな。
多少かわいそうに思わないでもないけれど、コウモリは病気を運ぶ害獣、ここを観光資源にしたい以上病原菌を運んでこられるのは問題なのだ。明日、まだ色付きランプは存在していないからテスラとジュリアスが暇だったら街でたくさんのランプと色付きのガラスの器でもあったら手に入れてもう一度来てみよう。きっとライトアップしたらすごく綺麗だ。
乳白色の鍾乳洞にはどんな色のランプが映えるだろう?
時間経過はわからないけど、まだ日が高いなら帰ってから町に出てもいい。
そんなことを考えているとガイがまた何か私が考え込み始めたのに気がついたのか抱え直した。
「そういやあケイは知らなかったんだったな。俺らは元々知ってるから特に驚きはしないが一昨日ので多分気がついたヤツも多いだろう。お前は御主人様がどのくらいの魔力量だと判断した?」
そういえばそうだ。
とはいえ、非常事態。手加減してたらあの大蛇が倒せたかどうかも疑問だし、聖属性を持っているのが私だった以上怪我人の治療しないという選択肢はなかった。結果、一割を切るところまで魔力を使い果たしてしまったわけなのだが、そうなるとまたきっと魔力量、増えてるかも。私のトラブルメーカーぶりは相変わらずということか。
私が我に返ったのに気がついたガイが下に降ろしてくれる。
ケイは私をじっと見つめて答える。
「おそらく俺の倍近い、四千は超えているのではないかと。ただ魔力操作技術が優れていらっしゃるというのは他の方々からもお聞きしてますんで判断に迷うところではありますけど最低でも三千はありますよね?」
ハタから見てるとそうなのか。
結局のところ一つの魔法で使う魔力量にも差があるようだから他人の魔力量というのは判断しにくい。例えば同じガソリン1リットルでも車やドライバーによって走行距離に差が出るのと同じなのだ。
「だってさ。まあ他のヤツらにはそのくらいで思わせておくのが無難じゃねえ? 一応陛下にも隠すように言われてるんだろう?」
「と言うことはそれ以上、ということですね」
ガイの言葉にケイが確信を持ったらしい。
まあ間違いではないのだけれど。
「言うなよ。まあケイは言うなって御主人様が一言言えば逆らえないわけだが」
それもあってバラすつもりだったのか。
秘密というのは共有する人間が多くなるほどにバレやすいがケイは別。
「言われなくても死んでも口にしませんよ。大恩のある方の秘密ですから」
それもあるけど最大の理由は別にある。
漏れる心配がないなら知っておいてもらった方が良いとの判断なのだろう。
いざという時、隠蔽に協力してくれる人間は多い方がいいのは間違いない。
「・・・六千三百」
私はボソリと呟いた。
聞き取れなかったのかケイが聞き返してきたので少し大きな声で言う。
「六千三百。でも多分、また少し増えてるかも。昨日治療で使い過ぎたし」
「ってワケだ。納得したか?」
ガイの声に驚愕したように目を見開いていたケイが頷いた。
「成程、機密扱いの理由は納得しました。それが広まれば戦争で領地を拡大しようとしている貴族に担ぎ出されるでしょうね。最悪は脅威と感じた者には暗殺者を差し向けられる可能性も。因みにこの件を知っているのは?」
「陛下と宰相、双璧の二人、後は側近のみんなと父様だけ。ダルメシアと王都の冒険者ギルド長は五千超えてるのは知ってるけど」
ダルメシアに隠しているわけではないが、ウチに石碑があるのは公にしていないしギルドの石碑では最早計測不可能なので聞いてこないのだろう。
「つまりバラせばすぐに出所がわかる状態なわけだ」
「だからバラしませんって。どちらにしろ俺は主人に不利益だと判断した時点で話すことはできませんから命令されるまでもありません」
そう、奴隷紋。
本来処刑を免れなかったわけだから仕方ないのだけれど。
それにやはり大勢の人を不幸にしてきたのなら償いは必要だ。
対外的に処刑されていることになっているにしろ野放しは許されない。
本当ならこんなもので人を縛りつけるのは望ましくはない。
私の表情にそれが出ていたのかケイが微笑んで言った。
「気にしないで下さい。これは俺が望んだことです。
俺はこの首を切り落とされて当然の罪を犯しました。
それなのに、この紋があるからこそ貴方のもとで働くことができる。
この地に変化をもたらして下さる貴方にこうしてお仕えし、尽くすことができる。私達が成し遂げることの出来なかったことに尽力して下さる貴方に。
どうぞ遠慮なく存分に俺をお使い下さい。それは俺の望みでもあります。
本当ならば焼いて隠す必要もない、この紋は俺の勲章なのですよ」
そんなモノを勲章とケイは言えるのか。
「ケイ、誇れよ? 俺達の主人は最高だぜ?」
「はい。よく存じています」
ガイの言葉に嬉しそうにケイは頷く。
でもガイに最高だって言われるのは素直に嬉しい。
「少々ヘタレで抜けているけどな」
ガクッと思わず首を折る。
悪かったね、ヘタレで。
アゲといてから下げないでよ、どうせならせめて逆にしてっ!
これからそれを直していこうとしてるんだからっ!
ムクれて頬を膨らませるとガイに頬っぺたを突かれた。
「そんな御主人様の穴を埋めるのが俺らの仕事ってワケだ。やりがいあるだろ?」
「はい。とても光栄だと思っています」
申し訳ありませんねっ!
どうせ私は穴だらけの手間のかかる小僧ですよっ!
って自分で言っててへこんできた。ガックリと肩を落としている私の頭の上からガイの笑い声が聞こえてくる。
「そんなにふくれっ面すんなって。そういうとこも含めて最高なんだからよ」
それって皮肉だよね、と言いかけて続いた次の言葉に真っ赤になった。
「完璧だと俺らの仕事がなくなっちまうだろ?
俺らが支えてやらなきゃって思わせてくれるとこがいいんだ」
なんか、俺がいなきゃ駄目だろうって、そう言われた気がして反論しかけた言葉を飲み込んだ。
私がダメダメだからガイが側にいてくれるというなら、少しくらい笑われてもいいかなってつい思ってしまった。だがそれじゃあ駄目だろう。強敵を前に置いて行かれるような情けない主は卒業すると決めたのだ。
抜けているのはある程度仕方ないにしてもヘタレは直さなきゃ。
あんな惨めな思いはもうたくさんなのだ。
洞窟を出るとそこには心配そうなライオネル達が待っていた。
なんでそんな顔をしているのだろうと思って聞いてみるとどうやら私の放った殺気のせいだったようだ。
煙の出てくる場所を捜索しつつ外にいた待機組の三人のうち二人は多分近いだろうと思われる場所まで辿り着いていたそうだが私達はずっと一カ所に止まっているわけではなく移動している。煙が立ち昇るのが途絶えてしまってどうしようかと途方に暮れていた矢先、私が殺気を放ったため、怯えて飛び出してきたコウモリが場所を教えてくれたということだが、当然、そんなものが飛び出してきたからには何か理由があるはずだと慌てて目印を結び、入口にいる見張り役のところまで戻ってきた。ところが緊急避難、救援要請の両結界の球が破られていなかった。洞窟前で穴を掘って待ち構えていたライオネル達も突然感じた殺気の後、再び飛び出してきたコウモリと虫を焼き払いつつ待ちはしたものの、尋常でないその様子にもしかして自分が先に出た後に何か非常事態が発生したのかと不安になった。ところが相変わらず連絡用の結界は割られることがない。それで心配になって穴を覗き込んでいたというわけだ。
その話を聞いてガイはゲラゲラと笑い出して言った。
「ほら、な。御主人様が本気を出せば朝メシ前だって言っただろ?」
と。
つまり私の初めて(?)自分の意思で放った殺気はここまで届いていたのか。
コレって冗談のレベル超えているような気もするのだが。
ことの次第を聞いた外で待機していた四人が溜息を吐く。
「完っぺきハルト様って私達より強いですよね?」
見張り役の兵にそう言われて私は言葉に詰まる。
強いか強くないかで言われると多分強い部類だと思う。
でも私にはそう尋ねたこの人に実践で勝てる自信はない。
下手に言っても謙遜だと思われそうだし、どう答えるべきかと迷って私がガイを見上げると目が合った。すると目を細めて任せておけとばかりにポンッと私の頭の上に手を置き、口をひらいた。
「そのあたりは微妙だな。御主人様は強さのバランスが悪い。魔法魔術、戦略に関しては確かに並外れているが、剣術、体術は新兵にも劣る、気配の読み方もなっちゃいない。多分魔獣の巣窟に放り込めばD級の群れでもジ・エンド。戦闘経験が圧倒的に足りてない。剣で打ち合っても手を抜いてる俺からいまだに一本取るどころか擦りもしねえしな。それをお前らより強いと言えるかどうか俺には疑問だ」
うっ、確かにそうかも。
ガイの意見に彼らが押し黙る。
本当に痛いところを突いてくる。
それは一年以上前からダルメシアに言われている。一対一ならかなりの相手とも渡り合えるだろうが私は目の前にいる相手に集中し過ぎるあまり多数が相手になると他への配慮を怠ると。ハタから見て指示を出すのに専念すればそれに集中して力を発揮できてもいっぺんに二つのことを同時にやろうとすると途端に駄目になる。魔獣戦闘に於いてそれは稀な状況であり、多数を相手取るのに向かないと。
「適材適所だよ。これから経験を積んでいけば未来のシルベスタ王国最強の座は疑うまでもないだろうが後衛でサポートに専任させるなら今でも充分過ぎる戦力だろう。まだまだ色々御主人様には足りてないものが多い。だから俺らはそれを補ってやればいい」
ガイは私が不安になるといつも言ってくれる。
『俺達は御主人様の足りないものを補うためにいるんだろう?』と。
確かにそう言ってみんなを集めたのは私で、ついそれを忘れそうになるたびにガイは思い出させてくれる。そしてイシュカと一緒に私と戦ってくれるのだ。絶対に勝てると、そう笑って。
「つまり一昨日の夜のような事態になった時は手伝ってもらえばいいんだ。
充分な護衛を配して守れば、御主人様に仮に五人の戦力を割いたとしても団長並みの十人分以上の働きをしてくれると思うぜ、俺は。
ただ大事にしまい込んで置くだけが守ることにつながるわけじゃねえ」
肩に置かれたガイの手が私に安心感を与えてくれる。
「お前らが御主人様を守ろうとした気概は認めるが判断を間違えるなってことだ。
ウチの御主人様は深層の姫君じゃねえ。自分の意志で戦えるヤツだ。
な、そうだよな?」
そう言って視線を流されて、同意を求めるようにウィンクされた。
私は目を輝かせて頷いて応える。
「うん、ガイ。私、頑張るよっ」
「ってことだ」
私は嬉しくてガイの腕に抱きつくとそのまま腰を抱き寄せられた。
「俺自慢の御主人様を見縊るなよ? 強えぜ?
多分、お前らが思っているよりもずっと、な」
私は私がどのくらい強いかなんてわからない。
だけど私はガラスケースに入れられたいわけじゃない。
どんなに傷ついたって最後までみんなが生き残れる道があるのなら一緒に足掻きたいだけなのだ。
それが我儘と言われてしまえば返す言葉もないけれど。
ガイはそんな私の気持ちをわかってくれているのだと思うと嬉しかった。
私を危険から遠ざけようとしたイシュカ達の気持ちが間違いだなんて思っていない。ただ望んだことが違っただけ。
髪の毛一筋分の傷をも付けまいとしたイシュカと。
怪我を負ってでも一緒に戦場に立ちたかった私。
どちらが正しいかなんて、立場が変わればいくらでも変わるのだから。