第七話 なくて七癖あって四十八癖です。
翌日、イシュカ達は自分達の立てた洞窟攻略案を私のところに持ってきた。
私はそれを見て特に異論は唱えなかった。
大きな危険がないならばガイの言うようにまずは団員達の立てた作戦で行くのが良いだろうと判断したからだ。
しっかり逃走手段が講じられていたこともある。
失敗しても被害さえ出なければやり直せば良い。
実際、私も洞窟攻略の経験はないし、ゲームとは違う。残念ながら私の転生したこの世界にはドロップアイテムなんて便利なものはない。素材はその場で剥ぎ取るか、冒険者ギルドまで担いで行って解体してもらうかしなければならないし、都合よくマッピング機能なんて能力もないのでそれを思えば素人の私が口を出すよりもまずは手慣れている人達の攻略手段を見学させて貰おうと思ったからだ。
ロイとジュリアス達に資材その他の発注の手伝いを任せて私はロイに作ってもらった弁当を持ち、ガイとライオネル、ケイ他三人のウチの警備人員を伴ってもう一つの洞窟の前まで来ていた。私が申し渡したお触り禁止令は三日。今日、明日で準備を整えて、禁止令が解けてから塞いで来た洞窟に向かおうと思っている。
取りあえず昨日の内にジュリアスに小さい魔石を三十個ばかり仕入れてきてもらい、ケイには河原で小さな石、無ければ大きなものを割ってもいいので色別に大量に拾ってきてもらった。とは言っても私が持てる程度の袋に入るくらいだけど。他にも幾つか用意してきたので手分けして背負ってもらった。
草が鬱蒼と茂っているソコは確かに一見しただけではわからない。
急斜面の下方にある入口も然程大きくないし、厚く垂れ下がる枯れた蔦が更にわかりにくくしている。なるほど、コレはある程度近づかないと発見は難しいだろう。
「どう? ガイ、ケイ、中に何かいそう?」
中を覗き込んでいる二人に尋ねる。
「いないこともないが、入口が狭いせいか、あんまり気配はねえな」
「そうですね。随分と古そうですが」
気配に敏感なガイとケイがそう言うってことは危険な生物の生息は無さそうでホッとする。ケイの古そうと言うのは穴が空いてからそれなりに年月が経っているだろうということかな?
植物が多い茂っていつだけではなく入口の岩などが雨風で削られてるせいもあるのだろう。私は中の様子を探っている二人の後ろでゴソゴソと馬から降ろした荷を探る。入っているのはロープ、布、縄梯子、ランプなどの他にも昨日の内に用意した魔石や石も入っている。その中からナイフを取り出すと近くの木の枝を三本ほど折り、枝葉を落としていく。
「それ、何にするんだ?」
後ろからガイがヒョコッと顔を出して私のやることを興味深そうに見ている。私は作業しながらそれに答えた。
「中で風が通っているなら燃やしてみようかなと。煙は上に昇るから穴があるならそれで特定できるんじゃないかって」
「燃やすなら薪じゃないのか?」
確かに乾燥させた薪の方が燃えやすいとは思うけど。
「生木の方が燃やすと煙は黒いからわかりやすいでしょ。三人は外の少し離れたところで見張っててくれる? もし煙が出てきたらその場所を確認してこの布を近くの木の枝に巻いて欲しいんだけど。一人は見張りに残して二人一組基本で動いて。あくまでも無理しない範囲で。おおよその方向だけでも助かるから」
「承知致しました」
「くれぐれも足元には気をつけてね、煙が出るってことは穴が空いてるってことだから」
覆い茂る草木のせいで洞窟の裂け目を探すのは一苦労だ。
下手をすれば草で隠れたそれを踏み抜いて洞窟落下というのは笑えない。今後の調査のためにも見つけておくべきだろう。
「はいっ」
非常に元気の良いお返事で。
大蛇との戦闘で療養中の者が多い中で特に元気だったこの三人は比較的回復が早かった。今回連れてきた中でも年齢が若いというせいもあるのかもしれない。やはり人間年を取るほどに経験は積み上がるがそういったものは衰えがちになるものなのか。私は鞄の中から大きめの袋を取り出した。
「それからこれは三人の分のお弁当ね」
「ありがとうございますっ」
並んだ彼らに渡すと目を輝かせてそれを受け取った。
「喧嘩せずに仲良く食べてね。因みに喧嘩したら次回から没収するから。後はそれぞれこれに三重に結界を張ってくれる? できるだけ小さくね」
そう言ってそれぞれに魔石と一緒に三つの品をそれぞれ渡す。
「何にするんですか?」
高価でもないそれらにわざわざ結界を施す理由。それは、
「連絡用だよ。中ではここと連絡が取りにくいでしょ。結界なら離れていても破られれば気付けるから。枝は煙を出す合図、石は応援要請、ナイフは救援要請。三重に張るのは何かの衝撃で割れる可能性があるからで、見張りの人にナイフのヤツはお願いするよ。二回続けて結界が破られたのを感じたらイシュカ達のところに連絡を。
今回は調査だけだから危ない気配を感じたら引き返してくるつもりだから多分心配はないと思うけど」
折角便利な手段があることだし、この際、利用してみることにしたのだ。
「へえ、面白いこと考えたな。それでジュリアスに大量に魔石を買って来させたのか。確かにそれならわざわざ洞窟の外まで連絡に走らせる面倒もない」
「ガイとライオネルもお願い。洞窟入っちゃうと時間感覚なくなっちゃうと思うから日暮れ前連絡用と異常事態発生用」
そう言って渡すとガイは鋭い石を拾い、ライオネルは木の葉を拾い、それ結界を張る。
「OK、じゃあ俺のは緊急事態用で」
「じゃあこっちは日暮れ前連絡用ですね」
こちらは頑丈である必要はないので普通に張ってもらい見張り役の護衛に渡す。私がやらなかった理由は魔力量によるプラス耐性効果があり過ぎて割りにくいからだ。今度こういう場合に強度を下げられないか色々実験してみよう。もっとも殆どの場合に於いて結界は強度が強い方が良いので使い道は少なそうだが、密閉状態で空気も通さないので呼吸する生き物を閉じ込めるのには長時間は向かない。中を真空に出来る方法が見つかれば食料保存にも使えそうだし、逆に出入り口が作れるなら野営などのテント代わりにも出来るのだが早々全ては上手くいかないもので今のところその方法は見つかっていない。形もある程度は変えられるが複雑な物は難しく、平面、立方、球体、半球体くらいまで。球体もオーバル型は変化させられたがドロップ型は無理だった。大きさも多少魔力量に関係しているようだがこちらは強度と同じく二乗倍とはいかないようで展開できる大きさはガイの魔力量のほぼ3.5倍の魔力量の私だが広さは倍までいかない。どうも体積や厚みなども関係しているようだが定かではない。今度サキアス叔父さんの手が空いた時にでも実験に付き合ってもらおう。私にはこういう専門的なことはわからない。
どちらにしてもまずは洞窟調査が先ではあるのだけれど。
「じゃあよろしく。行こう、ガイ、ライオネル、ケイ」
準備が整ったところでランプに灯りを灯し、荷物を分担して背負おうとしたところでガイが『待った』をかけた。
「っと、その前に。ケイ、お前、ちょっと奥に行って手前のヤツ外に追い出して来いよ」
「いいですけど横に避けてて下さいよ」
そう言ってスタスタとケイが垂れ下がっていた蔦などを避けて入って行く。
手前のヤツってなんで?
気配は少ないって言ってたのに。
私が追いかけようとしたところでガイに止められる。
「大丈夫だって。適当なとこまででいいからな?」
ガイが中に向かって声を掛けるとケイの返事が聞こえた。
意味がわからなくて首を傾げるとガイが口を開く。
「こういうところはな、いるんだよ」
いるって、何が?
「コウモリとかのこと?」
洞窟によくいる動物といえばすぐに思い浮かぶのはそれだ。
病原菌とかウィルスとか運ぶってよく言われていたヤツだけど。
「まあソイツも勿論いるんだが。ちょっと、な」
私の言葉にガイが曖昧に頷くと洞窟の前の地面を魔法で掘り下げた。
「俺が飛んで来るヤツを風で叩き落とすからお前焼けよ」
「了解です」
ライオネルが頷いて応えた。
つまりライオネルにはわかっているということになる。
「正面に立ってない方がいいと思うぞ、御主人様」
「ガイと一緒の方が良いのでは?」
追い出すわけだから当然正面にいれば逃げてくるコウモリと直撃、悲惨な状況になるのは理解できるが言い方に何か含みがあるような気がする。
「だな。初めて見るなら結構衝撃的かもな。俺の後ろに居ろよ」
やはり気のせいではないようだ。
「危険なの?」
ガイの物言いが気になって問い返す。
「危険っていうより不気味? 気持ち悪い、か? ま、俺らは平気だが」
何故疑問形?
ガイ達は平気なのになんで?
まあ私がわからないことなら従うべきだろうとガイの言葉に従い、その後ろに隠れる。
「おっと、そろそろ来るぞ。構えろ」
ガイがそう言って一呼吸の間を置いて洞窟の中から飛び出してきたのはたくさんのコウモリと更に大量の虫。それも地面が真っ黒になって土の色が見えないほどの虫、虫、虫だった。
ぎゃあああああああああっ!
「おお〜、大量、大量」
「やっぱり出て来ましたね」
ガイとライオネルはそれがわかっていたらしく呑気にそんな言葉を交わしながら急に明るいところに飛び出してきたために視界が奪われたのかガイの作った落とし穴に次から次へと飛び込んでいき、それを逃れたのは風魔法で落とされ、ライオネルが穴に炎属性の魔法を放ち、焼いていく。
辺りに焦げた臭いが充満する。
私はガイの背中にへばりつき、影からそっと成り行きを見守る。
「こういうところでつい目が行くのは上を飛ぶコウモリですからね」
「いるんだよ、ソイツらの糞を餌としている類いのハエ類の幼虫やゴ◯ブリ、オオゲジやアシダカグモが無数に繁殖して、場合によっては隙間もなく蠢くといった状態になるんだ。苦手だろ? 御主人様はこういうの」
ハイ、苦手で御座います。
一匹、二匹と数えられる程度ならまだしもこんな大行進は見たくない。
暫くそれが続き、怖いもの見たさでジッとしていると次第に数を減らし、殆ど出て来なくなって終わりかと思った頃に洞窟の奥から物音がしたかと思うと今度は大量の濁った水が流れ出してきた。
「おおっ、アイツご丁寧に掃除までしたぞ」
「ハルト様の身長では脚が糞だらけになりそうだからじゃないですか?
うわあ、水、真っ黒ですね」
ガイとライオネルが呑気にそんな言葉を交わしながら眺めている。
ケイの持つ属性は風、土、水の三つ。
ガイ曰く、密偵や情報屋などの多くは風と土を持っていることが多いという。逃げ足と身体強化があると非常に便利らしい。気配を消すのに役立つ闇があれば更に有利だと言うが、闇は持っている人間が聖属性の次に少ないので、それを考えるとガイは天職とも言うべきなのか。
汚れた水の流出が収まると今度は水を吹き飛ばすためか風が噴き出してきた。
風が止まったところでガイが開けた穴を埋め直すと洞窟の中からケイが顔を出したので私が御礼を言う。ケイは『たいしたことではありませんよ』と微笑んで首を振った。あんな大量の虫や糞の上を歩かなければならなかったのかと思うとゾッとする。成程、ロイにしっかり長袖を着込まされ、更にはフード付きのコートを持たされた上に長めのブーツを穿かされたのも道理。
やはりゲームと現実は違うと改めて実感した。
イシュカ達から聞いて多少の知識はこういうのは実際に来てみてやってみなければわからない。昨日私が見たのは入口だけでその中まで見なかったし、これからもっと注意しなければ。
「私が先頭を行きます。こういう場所には慣れてますから」
ケイが探索用の荷物を背負い、ランプを手に持つと入口でそう言った。
「んじゃあ次がライオネルで俺がケツだ。気配を読むのは俺とケイの方が得意だからな。ライオネル、お前この辺りのエリア抜けるまで御主人様肩車して歩けよ。しっかり捕まっててもらやあ両手が空くだろ」
「構いませんが俺では頭が支えませんか?」
ガイの言葉にそう返したライオネルを見上げる。
二人の身長差は頭一つ分とまではいかないがおおよそそのくらい。
百八十センチが僅かに切れるガイと二メートルを超える大男のライオネル。ガイが低いのではなく、ライオネルが高すぎるのだ。因みに側近の中で一番高いテスラでもライオネルには及ばない、テスラは二人の中間くらいだが肉体労働派でない細身のテスラは横に並ばない限りはそこまで高くは見えない。
洞窟の天井とライオネルの身長を比べてガイが息を吐く。
「だな。俺がするよ。ライオネル、お前がケツだ」
「わかりました」
しっかりフードを被り、入口に立つとライオネルが私を抱え上げ、ガイの肩に乗せてくれた。
ランプで照らされた中は平らとはいかなかったが二人が並んで歩ける程度の広さがあり、それが暫く続いている。ケイが外へと追い払ってくれたせいかコウモリの姿もなく、多少残っているとはいえそれらの糞もあまりない。ただ臭いは消し切れていなくて結構臭かったが我慢できないほどではない。多分ケイが掃除してくれなかったらもっと強烈な異臭がしていたのだろう。
私はガイの頭にしっかり捕まりつつお願いする。
「ねえガイ、出来れば気配の読み方と殺気の出し方、教えて欲しいんだけど」
「今はやめとけ。最初はそれなりに神経使うからな。何事も無ければ帰り道でコツくらいなら教えてやるから」
「わかった」
確かに慣れないことをやってへバッてしまった結果肝心な時に役立たずではダメだろう。私は大人しく従った。
「やっぱ、たいしたヤツは今のところいねえな」
「そうですね入口も狭かったですからね。下方とはいえ殆ど崖と言って差し支えないほどの急斜面の途中ですし。重量のある大型の獣や魔獣は出入りが厳しいんでしょう」
洞窟の中の気配を探りながら進むガイにケイが答える。
「まあ暗闇ん中じゃあ植物も育たねえからな。食料がなけりゃ小物も生息できねえ、小物がいなけりゃそれを食う奴らも生息できねえからそんなに奥まではいないだろう。足場も良くねえしな。獲物を簡単に狩りにも出れねえなら穴の中だけじゃ小さいヤツばかりで腹も満たされねえ」
「いるとすればリッチやスケルトンくらいですか。ですがこの辺りに人が住んでいた記録はありませんからそれも可能性は低いですし、気配はありません。風は、多少吹いていますね。どっかに穴があるのでしょう」
「ですが燃やすなら帰りの方がいいでしょう。空気が薄くなりますからね」
ガイ、ケイ、ライオネルのそんな会話を聞きながらキョロキョロと辺りを見回す。灯りに照らされたそこには次第に広さを増してきて、ある程度歩いたところで下ろして貰った。
下りの足場の悪い道が続き、滑らないように注意しながら暫く進むと少し広めの場所に辿り着き、かなり不思議と言おうか、そこには神秘的な景色が広がっていた。乳白色の壁、氷柱のような岩やカーテンのような独特の形をしたそれらは前世で見たことがある。
そう、鍾乳洞というヤツだ。
自然の作り出したまさに芸術。
「あんまり見たことのないタイプの洞窟だな」
珍しいと思ったのは私だけではないようでガイも興味深そうに見渡している。
「稀にありますよ。これほどの規模のものは俺も見たことがありませんが。おそらく地質の差でしょうね。人の手で作れるものではありません」
ベラスミが郷里であるケイには多少覚えがあるようだ。
私は思わず見惚れて溜め息を吐く。
「綺麗だね。すごく」
「なんだ? 見学地にでもするつもりか?」
揶揄うようなガイの口調に私は大きく頷いた。
「うん、それもいいかなって、今考えてる。勿論それには階段作ったり、休憩所整備したり、灯りの照らし方や色も考えて綺麗に整備しなきゃならないと思うけど。演出次第ですごく綺麗に映えるよ。
魔獣とか魔物の気配はないんだよね?」
いくら綺麗でもそれらの住処では問題がある。
駆逐する必要があるだろうし、それで傷がついては勿体無い。
とはいえ、人の命には変えられないけど。
私が尋ねるとガイが真剣な顔をして周囲に視線を走らせた後に答える。
「今のところはな。だが放っておくとまたコウモリや虫の楽園天国になるぞ?」
「明るく照らせばコウモリは住み着けないよね?」
要は暗いから住み着くんであって明るいところならそれも嫌うだろう。
ケイが結構な数を追い出してくれただけあって全部ではないけれどあまり姿も見なかった。まあランプを持っていれば隠れて出てこなかっただけかもそれないけど。
「そうすればその糞を餌にしている虫も寄り付かないでしょう?
灯りで寄ってくる虫を寄せ付けない方法が見つかれば充分利用価値がある。面白そうだよ。私達が作ろうとしているのは娯楽施設なんだもの。神秘的な光景の広がる洞窟探検なんて最高じゃない」
私は一昨日の大蛇のようなハズレクジを引く可能性も高いけど、それに幸運が付随してくることも多い。世の中悪いことばかりではないということなのだろう。不運続きでは生きる気力も無くしそうだもんね。
私がソワソワと落ち着きなく視線を彷徨わせ始めたところでガイの呆れた声が耳に届く。
「始まったぞ、御主人様の『面白そう』が。
危険はなさそうだからライオネル、ケイ、俺の分の荷物を頼む。俺は御主人様の病気が出る前に抱えとくから。アノ症状が出ると御主人様は足元が御留守になって壁にぶつかったり転んだりするんだよ。アザで済めばまだマシだが前にすっ転んで顔面から地面に突っ込んだことがある」
そう言ってガイが慌てて背負っていた荷物を下ろすと私を抱え上げ、その腕に座らせる。
「了解しました」
苦笑してライオネルとケイがその荷物を持ち上げた。
「ほらっ、指示出せ。言えばそっちの方角に進んでやるから」
夢中になった私に注意を払うという言葉は存在しない。
あっちこっちと引っ張り回しているうちに腹が鳴り、盛大な食事の催促をしたところで我に返ると三人の生暖かい視線が向けられていた。
毎度のことながら誠に申し訳ございません。
私は小さくなって広めの場所まで移動したガイに下に降ろされてゴソゴソと弁当を取り出して広げるライオネルを手伝って昼食の準備を始めた。
気づいていてもなかなか直せないのが癖というものだ。
なくて七癖あって四十八癖。
私の悪癖はいったい幾つあるのだろう?




