第五話 偵察、出掛けました。
ガイと二人風呂から上がって着替えると階下ではロイ達が変わらず忙しそうに動いていた。
朝食だか昼食だかわからない状態だったけどそれを腹に収めると私はガイと一緒に魔石を持ってケイを案内人に伴い、出掛けた。
勿論イシュカは御留守番である。
洞窟前まで来ると馬を降り、周辺を調査する。
入口にくっきり残った大きな何かが這いずった後が残っていることからしてあの大蛇がここから出てきたのは間違いなさそうだ。獣馬であるノトスとガイアは大丈夫そうだけれど明らかにケイの乗っている馬は情緒不安定だ。崩れかけた洞窟の入口は足場も悪く、半分くらいは土砂で埋もれていたが強引に這い出たのか胴の形にヘコんでいる。
その脇から覗き込むが真っ暗で何も見えない。
気配を感じるのが苦手な私はこういう時に役立たずだ。
ジッと洞窟の奥を睨み据えているガイは真剣な面持ちでポツリと言う。
「結構いるな。低級のヤツらが」
ガイの言葉にケイが頷く。
やっぱりいるんだ。
ってことは早々に塞ぎに来たのは正解だったのか。
「多分ヤツに怯えているのでしょう。気配はありますがヤツがここから這い出てくる時に相当数が喰われたんでしょうね」
足元に転がる小石を拾って洞窟に投げ込みながらケイが言う。
その反響音でも確認しているのだろうか、耳を傾けている。
ケイの乗った馬も怯えていたし、無理もないか。
「洞窟の中、照らしてみる?」
尋ねた私にガイが首を振る。
「いや、いい。すぐに調査するのでなければこの人数だ。あんまり刺激しすぎるのも良くない。ここに穴が空いて環境がただでさえ変わっている。コイツらが苦手な類の魔法は使わない方がいい」
「そうですね。すぐに戻ってこれる距離で良いならちょっと確認してきますよ。直線は長くないみたいですし、たいしたランクのヤツもいなさそうですから。俺、結構夜目きくほうなんで」
そう言うとケイはフラッと洞窟の中に入って行った。
ガイもだけど、ケイも足音が殆どしない。気配が薄いのだ。
それでも簡単にこういうところに足を踏み入れられるくらいにはケイも強いのだろう。洞窟とかの類って普通に考えても色々と何か蠢いていそうだし、ここが密閉されていれば酸欠にもなりそうだから多分どっかに穴でも空いているはず。温泉が湧き出ていることを考えるとこの辺りは火山で、洞窟は以前噴火した時に溶岩が流れて出来たとか、地殻変動とかで地表近くに出てきた石灰岩や岩石が雨水で溶けたとか、そんなところか。洞窟が出来る理由なら幾つもある。
だが問題はここに住み着いていただろう魔物や魔獣の存在。
私はガイと二人でケイの消えて行った穴の中をじっと見ている。
「ここから出て行った魔物はアレ以外もいるよね?」
「出て行ったと言うより逃げ出したって言うほうが正しいだろうがそんな多くはないと思うぜ。
土砂のヘコミ具合からすると始めに空いた穴の規模はそう大きくなかった可能性がある。あの頭の平らな部分を突っ込んで柔らかな土砂を押し通ったんだろう。逃げられないなら細い洞窟や岩陰に隠れて息を潜め、やり過ごすほうが利口だ。あの巨体じゃ狭い場所は入れない。
獣ってのは臭いや音に敏感なヤツが多い。隠れているのはアイツが戻ってくるのを警戒してのことだろう。俺らからしているアイツの臭いを嗅ぎ取っている可能性もある」
風呂に一度浸かった程度じゃ落ちていないのかもしれないなあ。嗅覚の鋭い動物だとプールに落とした一滴の香水の臭いも嗅ぎ分けるって聞いたことある。前世でも警察犬なんて持ち物に残っている臭いだけで歩いた痕跡を追えるくらいだった。
たいしたヤツじゃないとガイとケイは言っているけれど、一般庶民からすれば充分脅威かもしれないことを考えればこのままにしておくのは得策ではないし、娯楽施設建設のためも魔物や魔獣は一掃しておいた方が間違いない。作業者に被害が出ても困る。
今回はたまたま私達が居合わせた時に出て来たが抵抗する力のない人達が襲われてからでは遅い。そうなると夜の騒ぎは散々だったがある意味幸運だったのか? 現場作業員だけでは死人を大量に出すような被害になっていただろうし。
あんなのラッキーとは言いたくないけれども。
とにかく一度ここは調べるのは絶対だ。
あそこまで危険なモノがいるかどうかはわからないが絶対いないとも言い切れない。
「ガイはどのくらいの範囲なら索敵できる?」
「状況にもよる。壁さえなけりゃあ相手が殺気を放っている条件付きで御主人様の屋敷の敷地範囲くらいなら余裕だが、気配を殺されると厳しいな。まあその場合だと屋敷内くらいが限界か」
・・・ガイといい、団長といい、野生動物並みだ。
職業病だって団長は言ってたけど。
「こういう洞窟でも同じくらい?」
「いいや。こういうとこは結構キツイ。真っ直ぐな一本道ならいいが曲がりくねっていたり枝分かれしていると厳しい。いるのはわかっても反響音とかで位置が特定し難い場合もある。脅威になりそうなヤツならわかりやすいが弱いヤツは用心深いから潜まれるとな。だが弱いヤツはこちらから仕掛けない限り殆ど襲ってこない」
「ってことは、洞窟内の探索は気配を殺さないほうが良いってこと?」
そう尋ねるとガイが難しい顔をする。
「微妙なとこだな。気配を殺して集団になれば勝てると思われれば襲われる可能性もある。だが圧倒的な実力差で束になっても敵わないとなれば」
「隠れて出て来ない?」
「まあそういうことだ。何事も臨機応変だ」
隠し過ぎてもダメ、威圧し過ぎてもダメってことか。
状況にもよるんだろうけど、こういう薄暗いところは陽の光が嫌いな魔獣には暮らしやすい環境だろう。リッチやスケルトン、アンデッド系でない限りは溶けることはないから外に出られないことはないけど本領発揮はやはり夜かこういう暗がりだ。今回はリッチの時みたいに引っ張り出しても絶対的効果があるわけじゃないことを考えると広い場所に引っ張り出すのは良策ではない。
どうしたものかと頭を捻る。
するとガイが私を見て一瞬表情を止め、
「・・・そうか、その手があった」
と、いいことを思いついたとばかりにニヤリと笑った。
こういう時のガイは大抵とんでもないことか、碌でもないことを言い出す。
私が身構えるとガイが楽しそうに聞いてくる。
「御主人様の魔力が全回復するのにどれくらいかかる?」
「最上級魔法プラス回復魔法でだいぶ使ったんで残り一割くらいまで減ってたけど、今は千程度かな。多分明々後日の朝には満タン近くまで戻ると思うけど」
流石に人数が人数だったし、結構キツかった。
幸い弱らせられているか、麻痺毒で動けなくされている人が多かったから大掛かりな骨折とか切り傷は十人にも満たなかったけど、魔力が足りなくなったらどうしようかと思ってた。
「あれだけ使ってまだそんなに残ってんのかよ、バケモンだな」
「五月蝿いよ」
呆れたようなガイの声に睨みつける。
そんなハッキリと言わないでくれるかな。
まあガイに嫌悪どころか他意も悪意もないのはわかっているけれど。
「で、その手ってなに?」
「御主人様様が全回復したところで威嚇しながら進むんだよ。そうすりゃあ多分殆どのヤツはビビッて出てこれねえ。強ければまず気配を消すなんて芸当はしないからな」
つまりその強者が感じられるまでは威嚇しながら進めば調査も楽ってことね。
確かに脅威になるようなのがいないとわかるだけでもかなり対応が楽だ。
しかし問題はそこじゃない。
「強者って、私は戦闘力はまだまだだと思うんだけど」
「昨日のアレを倒しておいてよく言う」
アレはいつもの如く変化球的倒し方であって、結局正面から向かって倒したわけではない。アレを誇っていいのかは謎だ。だけど正面からブチ当たったところで私の小さな体では弾き飛ばされるだけでたいしたダメージを与えられるわけではない。魔法を撃つにしても有効属性が不明、体が大きかったから外すことはないだろうけど、いくら魔力量六千超えとはいえ効かない魔法を撃って魔力切れではお話にならない。
その辺が難しいところだし、魔力が五千を超えてからまともに全力の最上級魔法というものは殆ど使ったことがない。最大攻撃威力が如何ほどなのか実のところ私自身もよくわかっていない。大概必要と思われるあたりで威力で調整してるし。大蛇の体内なら大丈夫だろうと最大威力に近い形で放ってしまった結果、内臓は気管から胃袋のあたりまで見事にズタズタだった。叔父さんの欲しがりそうな素材が無事かどうかも怪しいがそれを思い描いたわけだからイメージ通りではあったのだけれど。
魔法というのは使い方を間違えれば間違いなく凶器なのだ。
とはいえ後悔はしていない。
手加減して倒し損ねれば、それは味方の被害という形になって跳ね返ってくる。
「まあ剣術も体術も確かにまだまだが魔術や魔力量だけなら俺らより上だろ? というか、御主人様の剣の腕が三流以下だったとしても魔獣相手ならあまり関係ない。ヤツらの強さの判断基準は魔力量だ。野生じゃより強いヤツ、魔力量が多いヤツが生き残る。つまりアイツらにとって魔力量が多いってことは強者の証なわけだ。
戦うか逃げ出すかの目安は半分以下くらいってとこか。つまり御主人様が全力で殺気を放てばおそらく今の魔力量からすると相手が一体限定ならばワイバーンやコカトリス、グリズリーもそれだけでも怯むだろうぜ。そのクラスになると勝てねえヤツに向かっていくほど馬鹿じゃねえからな」
・・・・・。
私は怪物ですか?
取扱注意レベル遥かに超えてるよね、それ。
でも、
「逃げ出さなかったよね、今まで」
「そりゃあ殺気を出していなかったからさ。魔獣にビビッているヤツがそんなモン出しているわけねえだろ」
はい、そうですね、ごもっとも。
納得しました。
「威嚇すれば保有する魔力が漏れ出てくる。ソイツでヤツらは相手の強さを判断する。まあ討伐する前提なら逃げ出されるのは困るからその手は使わない方が無難だ。実力を低く見積もってくれりゃあ襲いかかってきてくれる。追いかける手間も省けるからな。群れで掛かれば勝てると思われれば効果も薄いが。
とにかく、だ。今この穴グラに残っているのは少なくともアレに集団で掛かっても勝てない魔獣や魔物ってことだ。最大魔力量だけなら御主人様の方が上、威嚇しながら進めばアイツが寝グラにしていた辺りまでなら問題なく調査も出来るし上手くやればソイツらをここから追い出せる。後は御主人様お得意の罠もでも張って待ち受けて一網打尽にすりゃあ手っ取り早い。数が減らせれば掃除も楽だ」
扱いがまるでゴ◯◯リホイホイみたいだなあ。
いや、追い出すわけだからちょっと違うか。虫除けスプレーか。
しかしガイに示された手段は少々乱暴だが手っ取り早く合理的と言えなくもない。
どちらにしてもウチの警護人員と団員達が回復して、退治したアレの解体と運搬が終わらないと動けないわけだから、屋敷まで運搬した帰りに毎度のワイヤー網などを積んできてもらうように頼めば罠の用意もできる。怪我や体力が回復しても精神的疲労はすぐに戻らないし、魔力もすぐには満タンにならない。もしもの場合を考えるなら動くのは全快してからの方が良いことは間違いない。
ついでに講義受講生に実践授業と称して考えてもらうのも手かも。
「ケイのヤツもすぐに戻ってくるだろ。そしたらまずは穴を塞いで帰ろうぜ。アイツも無理だと思うところになんの準備もなく単身ツッ込みはしないだろ。密偵なんてやってたくらいだからな。アレは馬鹿には務まらねえよ」
そりゃそうか。
じゃあ今日ところはこの出口を塞いで出直すとしよう。
私はケイが戻って来たところで厚めの土壁でそこを塞ぐと結界を張り、今日のところは戻ることにした。
ジュリアスにこの土地の調査状況を聞きつつ検討することにした。
なんと倉庫の一角に土で作った縮尺地図が用意してあった。
ご丁寧に現在状況と完成予定図まで。
マルビスが私が来た時のためにと用意させていたようだが地図の読めない者にも説明しやすいと存分に活用しているらしい。昨日到着早々にイシュカ達に調べてもらったところは特に異常もなかったから良しとして今回発見された二つの洞窟はそれぞれ違う山になる。手前に二つが並び、奥に一つあるのだけれど、計画としてはこの手前の山の一つをある程度まで山頂を削り、平らにしてからその麓から山頂にかけて階段状に三段階平地を作りつつ施設とショッピングモールを建設、その一帯を開発予定で手前の山には景観を配慮し、宿屋や旅館的なものも建設したいようだ。奥の山はその客入りを考慮しつつ、娯楽施設を増設するか、高級宿を作るか検討するつもりでいるようで、今回崖崩れを起こしたのは一番奥の山、浅い洞窟が見つかったのは第二段階の宿屋建設開発予定、もう一つのもとから空いていたという洞窟は娯楽施設建設予定地。見事に一山一つの洞窟が見つかったわけだが、その位置を確認したところで別荘に戻り、昨日イシュカと団員達に調べてもらった洞窟の報告を二階の広間でジュリアスと一緒に聞くことにした。
ガイの膝の上に抱きかかえられて。
何故こんなことになったかといえば無事戻って来たところでロイとイシュカが駆け寄って来て危うく今朝お仕置きと称して設定した境界線内に踏み込まれそうになり、用意されたオヤツの給仕でロイに隣に座られそうになりと、その他諸々、その度ガイが二人から遠ざけ抱え上げていたのだが、すっかり構いグセの染み付いているロイ達の行動はほぼ無意識。面倒になったガイが最初自分の足の間に座らせたのだ。
結構恥ずかしい状態なのだが面倒そうにしていたくせに団員達が一斉に自分に視線を向けたことに気がつくとニヤリと笑い、膝の上に乗せ、更には私が逃げ出せないように私の腹の前で手を組み抱え込んで現在の膝抱っこ状態になった。ガッチリホールドされ、私の頭の上にはガイの顎が乗っている。
ガイの表情は見えないけれど明らかにニタついている気配がする。
ロイ達や団員達の反応を面白がっているのだろう。
話をするのに特に問題があるわけではないのだが微妙に空気が険悪な気がするのは私の思い過ごしだろうか?
まあ細かいことはこの際どうでもいいのでさっさと話を進めることにした。
イシュカと団員達の話によるとジュリアスが言っていたようにたいした深さもなく、すぐに奥の壁にブチ当たったそうだ。高さは人の背丈より若干高い程度で入口も三、四人程度は余裕で並んで歩けるし、洞窟の壁は殆ど岩で崩れる心配もなさそうだという。奥には小さな泉みたいなものがあって温水が僅かに湧き出しているが生物が生息している様子もなく、詳しく調べて見ないと断定はできないが特に成分的にも異常は見られなさそうだという。
「ジュリアス的にはここをどうしたい?」
まずは開発チームのトップの意見を聞くべきだろう。
私がすぐに全てに口出ししては後々自分で何かをしようと考えなくなっても困る。
全ての運営管理は私には出来ないし、まして来年からは学院生。私の意見を聞いてから動けないのではダメだ。提案するとしても選択肢は残しておかないと。マルビスが重用している人だからそんなことはないと思うけど。
「位置としては非常に微妙なところでして。宿の建設予定地のすぐ近くなんで土壁の洞窟なら崩すのも容易いんですが、硬い岩盤のようで壊すとなるとなかなか面倒そうで」
何故そこでわざわざ面倒なことを実行しようとするかな。
私はあっけらかんとしてそこを指摘する。
「んじゃあ壊さなきゃいいんじゃない?」
「ですが景観的にはあの場所はかなり良い場所で」
「だからさ、壊さないでむしろ利用しちゃえばどうかと思うんだけど」
そんな面白いところ壊す方が勿体無い。
ジュリアスが目を丸くする。
「利用、ですか?」
「うん。だって奥に温泉が湧き出てるなら尚更都合がいいじゃない。大浴場に改造しちゃうとか、規模によってはいっそ個人向けの貸し切り風呂とか、景色がいいならプールとかも面白そうだよね。後は宿泊施設整えてプレミア付けて一組限定の温泉付きの宿泊施設にしちゃうとか、他にももっと色々と使えるんじゃないかな。ここは娯楽施設なんだからそういう変わったのとか面白いのも有りだと思うんだよね」
そう言っていくつか提案するとキョトンとしていた目が輝き出して身を乗り出してくるあたりはマルビスとよく似ている。
類は友を呼んでるよね、間違いなく。
「成程、それは面白そうですね。建設作業員と相談して他にも利用法がないか考えてみます」
嬉々としてメモを取り、書類を抱えて走って行くところなんてホントそっくり。
後は放っておいても大丈夫だろう。
発想の転換。
何かまた面白そうなモノを見つけても、予定外のものだからと壊すことなく利用する方向で考えてくれるだろう。私の周りはそういう人が多いし。個性的な人が好きな私としては大歓迎なのだけれど。
これで一つの洞窟は問題が片付いた。
問題は残る洞窟二つな訳なのだが、まずはその前に、
「それで蛇の方の運搬はなんとかなりそう?」
テスラがテキパキと動いていたからそんなに問題もないと思うけど。
「既に切り落とした頭はイシュカが氷付けにして他の部位と合わせて馬車に詰め込めるだけ詰め込ませて出発させています。大きさが大きさですのでいっぺんに運ぶのは無理でしたので向こうから馬車を手配してこない限りは三往復ほどはかかるかと。向こうから人手が回せるようならお願いするよう頼んでいます。今は陽も長いですし、日暮れ前には領地に到着すると思います。後は向こうで冒険者ギルドに運び込み、詳しく調べつつ解体をお願いする様に指示しています」
流石テスラ、お願いするまでもなく必要なことは既に手配済み。
物騒なアレも素材になってしまえばテスラの興味対象、面白いモノだ。
「蛇肉は食べられそうなの?」
「問題なさそうです。こちらの解体作業者によると毒はないようですね。毒腺と牙が繋がっていたようで身体には特に害はないということです。ロイが貴方が出掛けた後に試しにと捌いた肉を調理してくれまして、美味そうだと団員の何名かが食べたのですがなんともありません。一応食べた者には毒消しを持たせてあります。肉と魚の間のようなあっさりとした肉で物凄く美味かったらしいです」
・・・・・。
未知のものを美味そうだからって恐れず食べてしまったのか。
団員はやはりなかなかの強者揃いだ。
まあそのくらいでなければ魔獣討伐部隊に在籍もできないのだろうけど。森などでは闘いが長引けば食料は現地調達になる可能性も大きいし、それぐらいでビビッていては食い繋げないのだろう。
そういえば蛇って鰻に似た味してるって、前世のバラエティ番組でお笑い芸人が食べさせられていた記憶がある。
「因みに味付けは?」
「照り焼きソース味でした」
もし本当に鰻っぽい味なら鰻の蒲焼きみたいな感じだったんだろうなあ。
白い御飯に合いそうだ。
明日になっても食べた団員が平気そうなら串に刺し、タレつけて焼いてみようかな。
「一応解体が済んだものから順に腐らないように凍らせてます」
対処としては無難だ。屋敷に運び込めば冷蔵庫もある。
「で、みんなの怪我の具合は? 一通り痛むって言ったところは治癒魔法掛けたから大丈夫だと思うけど」
「元気ですよ。まだ魔力が完全回復していない者もいますが後遺症を残すような大きな怪我もありませんし。ガイが言っていたようにある程度麻痺毒で弱らせて自由を奪い、保存食にでもするつもりだったのかもしれませんね。死なせてしまっては肉も腐りますから」
保存食、ね。ゾッとする話だ。
一人、また一人と喰われ、次は自分番か、さもなきゃその次かと目の前で見せつけられる光景は恐怖以外のなにものでもない。まるでオカルト映画だ。
今回はそのお陰で死者も出さずに済んだわけだけれど。
「まあ無事ならいいや。今回洞窟調査はまだ二つ残ってるし、アレが這い出てきたと思われるところはフタをしてきたからとりあえず一番最後に調べるとして。ガイとケイが言うにはまだ入口だけでも結構な数の低級がいるみたいだから」
「やはり崩れた洞窟からでしたか」
イシュカがポツリと呟く。
今まで目撃情報どころか被害や痕跡も発見されていなかったことを思えば他に原因も見当たらない。それしか考えつかないからこそ確認に行ったわけだが、しかし手付けずの山から這い出てきて町に被害が出る前に討伐っていうのがある意味凄い。災難は降り掛かっているにも関わらず、犠牲者を出すような事態になる前に片付けられた。
ホント、ラッキーなのかアンラッキーなのか判断に迷う。
「一応俺もまっすぐ進めるところまでは入って様子を見ましたが残っている気配は殆どDランク以下の小型のヤツらばっかりでしたね。その先まではわかりませんが、穴は途中で枝分かれしてました。調査は面倒かもしれませんよ。まあ山自体の大きさを考えれば下に伸びていない限りは規模もしれてるでしょう」
そうケイは言ったが逆に言うと下に伸びてれば規模も大きいかもしれないってことでは?
こういう時の私の引きは高確率で悪いことが多い。
稀に大当たりを引く場合がないわけではないけれど、それにももれなく厄介事がついてくるし、圧倒的に多いのは貧乏クジ。だが大蛇という貧乏クジは既に引いていることを思えば大当たりが出てくる可能性もあるかな? どちらにしても調査をしてみないことにはわからない。
「でも多分他にも穴か割れ目があるよね。じゃなきゃ中で魔獣が生存できない。結界を張って来たからあの場所から出てこれないかもしれないけど他から這い出してくる可能性もあるよ」
あの巨体が生息していたとなれば絶対にあるはずだ。
でも、じゃあ今まであの蛇はどうやって食事を摂っていたんだろう?
穴グラの中じゃ食料、どう考えても足りないよね?
どこかから迷い込んだ?
イシュカが難しい顔で唸る。
「今まで出てこなかったことを思えば相応にわかりにくいと考えるべき、ですかね」
「かもね、その捜索するにしても絶対二人以上で当たった方が無難だね。万が一、穴でも空いていて、そこから落ちて行方不明ってことになっても困るし」
「休眠していたヤツが何か要因があって魔素で太った可能性もあるだろ。そうなると出口がなくて出られなかったのが崖崩れで外に出られるようになったってのもありえるぜ」
私の言葉にガイが他の可能性を提示する。
成程、それもありえるのか。
あんなのが徘徊すれば騒ぎになるだろうに今まで姿を見せていないわけだし。
まずは計画通り、団員達だけで作戦を組ませてみよう。
「ってことで、みんな動けるなら今日はその作戦会議。丁度今回の講義受講者全員付いてきちゃってるし、課外特別授業ってことで考えてもらってみようかなって。まずは受講者だけで進めてみてくれる? 目標設定は全員の無事帰還と洞窟内の低級の大多数の排除、それなりの大物が出てきた場合の危機管理対応付き、もしくは闘争経路の確保ってところかな。基本的に今ここにいる人材とすぐに集められる素材を使って。人数設定は特になし、私込みで考えてもいいよ。勿論、少数精鋭で組んでもいい。イシュカ、助言はしてもいいけど口出ししすぎないようにね。なるべくみんなに考えさせて。
私は私でガイの提案も考慮しつつ少し考えてみるから」
また違った視点で思いつくかもしれない。
「どちらがいい案を出すか競争ですか?」
イシュカに尋ねられて少し考えてから口を開く。
「どちらかといえば私の意見抜きでどんな作戦になるか見てみたいと思って。所詮私のは子供の悪戯の延長に近いものとか猟師が使っているような仕掛けが多いでしょう? 魔獣討伐部隊、緑の騎士団ならどうするのかっていう興味? 緑の騎士団ってそういうのも仕事にあるんでしょう?」
前にそういうのもあるって聞いたがある。
デミリッチ討伐の時だっけ?
あの時は殆ど直線で長さもなくて調査の必要もなかったけど。
「本職の人が真剣に考えたらどんなのができるかなあって、それだけ。
私は洞窟に潜った経験も殆どないから。
それに闇雲に突っ込んだりなんてもうしないでしょう?」
危険かもしれないところにただ装備を整えて行くだけじゃ進歩がない。
折角イシュカが講義してくれているのだし、本職の人の方がきっといい意見も出るだろう。
「行こう、ガイ。さっきの話、詳しく聞かせて。ついでにコツを教えてくれると嬉しいんだけど」
私が見上げると間近にガイの顔があって視線がぶつかる。
野生味のある色気が漂っているのにドキドキしないのはガイには基本的に仕事以外は子供扱いされているからだろう。他のみんなは全く私が子供らしくないこともあるせいだろうが同等か自分より立場が上の者として扱い、あまり子供扱いをしない。最近では父様でさえその傾向がある。
でもガイは言うのだ。
どんなに大人びていようと、頭が回ろうと子供は子供だと。
馬鹿にしているわけでもなく、下に見ているわけでもなく、ただ子供だと。
責任者であろうと、主人であろうと子供を子供らしく扱って何が悪いと。
私も人のことを言えた義理ではないがガイの価値観は独特だ。
立ち上がったガイがヒョイッと私を持ち上げると肩車をしてくれた。
長身のガイの上から見える景色は格別だ。
私は楽しくなってクスクスと笑う。
抱き上げてあやすように背中をポンポンッと叩いたり、頭の上に手を置いてクシャリと頭を撫でたりと、他のみんなと同じように姫抱っこや腕に座らせてもくれるけど、肩に座らせるのではなく担ぎ上げたりオンブや肩車してくれるのは側近の中ではガイだけだ。そうすると今の私は自分が子供だったと改めて思い出したりもする。
子供扱いされて悔しいというのは感じない。
大事にされているのは伝わってくるからだ。
安心する、ロイやイシュカ達とは違う意味で。
「そんなモンねえよ。ああいうのは気合いだ」
「そんな大雑把な」
「練習になら付き合ってやる」
んじゃあ、まあいいか。
苦労しないとああいうモンは身につかなさそうだし。
私がガイの頭に捕まると相変わらず足音も立てずに階段を上って行く。
「御主人様、少し重くなっただろ? 背ェ伸びたか?」
ガイが視線だけを上に上げて私を見る。
「少しだけね。筋肉もついたよ」
「流石成長期。頼むから俺よりデカくなるなよ?」
ガイの身長はイシュカとほぼ同じくらい。
「なんで?」
私としては高身長を狙っているのだけれど。
「主人の頭が護衛より出てちゃサマにならねえだろ」
「それだけ?」
「他に理由があるか?」
「それじゃ頑張ってガイより大きくなるよ」
「なんでだよっ」
すかさず返されて私は声を立てて笑う。
「ガイの悔しがる顔が見たいから」
「ホント、イイ性格してんなあ」
「ありがとう」
「褒めてねえよっ」
そんな軽口を叩き合いながら私達は四階に向かった。




