第四話 意地っ張りはお互い様です。
私は最上級の水属性魔法を待機させたままカウントダウンを開始する。
三、二、一、今だっ!
握ったウェルムの剣を下方に振り下ろし、大蛇の肉を内臓から切り裂くと同時に魔法を発動させる。
剣は内側から肉と皮を引き裂き、放った魔法はビキビキと音を立てて私の立っていた場所から凍てついていく。
思い描け、この大蛇の腹を引き裂くイメージを。
頭の中に思い描いていたそれは間違いなく氷の刃となって大蛇の内臓に突き刺さり、内側から肉と皮を切り裂き、凍りつく。私は裂けた肉の隙間からするりと抜け、地面へと降り立つ。
大きな巨体が最後の断末魔を上げ、力を無くし、地面の上に落ちて行く。
私は慌ててその真下から抜け出すとドンッと何かに正面からぶつかり、抱えかかえられ、そのまま走り出し、見上げてそれがガイであることに気がついた。背後でズドンッと大きな音が響き渡り地面が大きく揺れ、その反動で風が巻き起こり、辺り一帯の木片などを吹き飛ばす。
ガイはこの衝撃から守ってくれたのか。
しっかりガイにしがみつくと、その衝撃が収まったところで立ち止まり、ガイがゆっくりと大蛇の倒れた方向を振り返る。
「俺に急所を狙えって言ったのはどの口だっけっかな?」
ニカッと笑ってガイが愉快そうに言う。
それは確かに私ですケド。
「しっかりトドメまで刺してくれるとは流石俺の見込んだ御主人様だ」
前方に見える大蛇は横たわり、ビクビクと動いている。
遠慮なく体内で最上級魔法をぶちかましてしまったワケだけど。
「・・・死んでる?」
「あれで生き返りゃあアンデッドか不死身だろ。喉元から腹の辺りまでしっかり凍らされちゃ息もできねえし、心臓貫かれて白目剥いてるんだぜ? 動いてるのは最期の痙攣だろ」
ガイの言葉を聞いてホッと息を吐く。
良かった、できればそこまでと狙っていたけれど上手くいくかどうかはわからなかった。
「相変わらずとんでもねえ手を使うなあ。御主人様が呑み込まれた時イシュカの顔真っ青だったぜ」
うん、それは見えた。
呑み込まれる直前に見たイシュカの顔からは見事に血の気が引いていた。
だけどガイは慌てて駆け寄って来たけれど私が微笑んだ瞬間面白そうに眉を上げていた。
「ガイは?」
その理由が知りたくて私は問いかけた。
「俺?」
「うん、そう」
「俺は信じてたからな。アッサリ何もせずに呑み込まれたからには何かワケがあるんだろうって。最後目が合った時も強張っちゃいたが笑ってたし。
あれは大丈夫だって伝えたかったんだろ?
まあ半狂乱のイシュカを宥めるのには苦労したが。いざとなったら腹に収まってから突っ込んだ方が助け出せる確率が高いから落ち着けって言ってやった。蛇は腹ん中でゆっくり時間をかけて消化する。討伐直前にデカイ蛇に呑み込まれた赤ん坊がまんま出てきたって話を聞いたことがあったからな。まあソイツは助からなかったらしいが、御主人様は結界を張ってたからな」
良かった、ガイがイシュカを抑えてくれたんだ。
「やっぱり顔が強張ってたのバレてた?」
「アレは俺や団長くらい目が良くなきゃわからねえと思うぜ?
だからイシュカには言ってねえ。余計に暴れて突っ込まれても敵わねえし。
俺らだけの秘密な」
ガイが様になったウィンクを私に投げる。
こういうところがガイがガイたる所以だと思う。
「ありがとう。私、ガイのそういうところ好きだよ」
「俺も御主人様の向こう見ずで肝の座ったところ、大好きだぜ?」
・・・・・。
「それって褒めてるの?」
「当然だろ? だからこそ御主人様は俺をワクワクさせてくれる」
ならまあいいか。
もともとガイは初めて会った時からこういう性格だ。
面白いことが大好きで、好奇心旺盛で。だから私のところに来てくれた。
「すぐにも駆けつけてきたいところだろうにキッチリ首を落としてるあたりがアイツらしいといやあアイツらしいが」
ガイの視線の先を辿ると確かにイシュカが心配そうにこちらを見たけれど大蛇の口を開かないように踏みつけながら首に剣を振り下ろしているのが見えた。多分ガイが私を抱えているのが見えたからこその落ち着きだろうけど。
「過保護過ぎるんだよ。俺の御主人様は稀に見る傑物だ。
普通のガキと一緒にするのが間違いだ」
普通の子供でないのは間違いではないが傑物というのはどうだろう。
「そんなたいしたもんじゃないけど」
「充分だ。俺達を見捨てなかった。御主人様は大事に大事に守ってくれるヤツじゃなくて、一緒に走ってくれるヤツが欲しいんだろ? アイツらは大事に抱え込み過ぎてソイツがわかっちゃいない。
じゃなきゃ俺みたいなヤツを雇ったりしねえよ。
まあアイツらはアイツらで御主人様のことを思ってのことだろうが」
そうだね。
ガイの言いたいことはわかった。
「うん、それはわかってるよ。大事に思ってくれてるから危険から遠ざけようとしたことは。ガイのように信じてくれたワケじゃなかったけど」
「そうだな」
ガイが目を伏せて苦笑する。
「でも約束を守ってくれなかったことは怒るつもりだけど」
「まあそれはいいんじゃね? せいぜい灸を据えてやってくれや」
「面白がってるでしょう、ガイ」
「当たり前だろ。いつも俺を叱りつけるヤツが怒られる姿は見ものだ」
ニシシシッと品のない顔で笑う。
こんなところも変わらない。
ホッとするのだ。
私を傑物と言いながらも必要以上に私を評価しない。
ありのままを見てくれている。
「やっぱり私、ガイのそういうところ、好きだよ」
「俺も愛してるぜ? 御主人様のそういう話がわかるとこ」
親友とか、悪友とか、多分そんな立ち位置に近いところにいるのだろう。
冗談で愛してるって言えるくらいには。
「ガイ、怪我してる人のところに連れて行ってくれる? 治療がしたい」
「そりゃ構わねえが、いいのか? イシュカのヤツを待たなくて」
大蛇の首を切り落とした後は倒れている団員達の回収と現場の収拾をしているみたいだ。既に騎士団副団長を退いたとはいえ身に染み付いたものは抜けないってことだろうな。ここは任せておくべきだろう。
「仕事が済めばすぐ追いかけて来てくれるよ。ガイと一緒にいるのわかっていればそんなに心配もしないでしょ。むしろここにいたら仕事放っぽり出して駆けつけて来そうだし」
「間違いねえな」
心配かけたのは悪いと思うけど、先に約束を破ったのはイシュカだしね。
ガイはイシュカに背を向けると別荘のエントランスに向かって歩き出した。
「んじゃまあ、後片付けの指示はアイツに任せて俺らは先に中に入るか」
「折角の温泉だしね。療養には丁度良いよ」
疲れた身体をしっかり休めてもらうとしよう。
次の講義まで一週間半のゆとりもあるし、仕事が詰まっているわけでもない。
「そういやあそうだ。泥まみれのヤツも多いし、治療が終わったらまずは温泉ブチ込むか」
留守番してるみんなには申し訳ないけど、客入りは相変わらず満員近いもののスタッフも随分手慣れて来て混乱することも殆どなくなった。傍若無人な振る舞いをする客や規則を守らない人も本当にツマミ出されることが周知されるようになってから、それを破る人も殆どいなくなった。
何事も最初が肝心、最初が甘くては守る人もいなくなる。
「ガイ」
開け放たれた玄関にはたくさんの怪我人が見える。
私が名を呼ぶとガイは『何か用か?』とばかりに首を傾げる。
「私もっと強くなるよ。どんな時もみんなが安心して私を頼れるくらい」
置いていかれることがないくらい、守る必要がないと思われるほど。
どうせもう私の名前は知れ渡っている。
既に小さく見せることに意味はない。
「慌てる必要ねえと思うけど? 御主人様はまだ子供だし、今でも充分に強い。俺らの仕事も残しておいてくれよ。
あえて言うなら、そうだな。まあもう少し気配に敏感になってくれるとありがたいことはありがたいが御主人様は強さに不似合いなほど無防備過ぎる」
向けられる殺気とか気配を感じることは確かに苦手だけど。
「どうすればいい?」
「こればかりは経験だろうな」
戦闘経験が足りないってことだよね。
私は知恵と知識に頼り、イシュカ達の力を借りて倒してきた。
気がつく前にイシュカやガイが教えてくれたから、それに甘えてしまってた。
そうなると手っ取り早くそれを身に付けるには自ら森のでも狩りに出るか冒険者ギルドの仕事でも受けるのが一番か。
イシュカじゃ私を甘やかしそうだし、ガイとコッソリ抜け出して。
とりあえずは洞窟探索からか。
動けるメンバーがいなかったらまずは結界でも張って、今日みたいのが奥から出てきてもすぐにわかるようにしておくべきか。今までアレの被害や目撃情報が出ていないということは多分そこから出てきたんだろうし。
しかし未開の土地の開発というものは色々な意味で発見も多そうだ。
屋敷近くの森では絶滅していたはずのリバーフォレストサラマンダーが住み着いていて、ここでは魔獣討伐部隊のもと副隊長様も知らない魔物が這い出てきた。
今度、ダルメシアに古い魔物図鑑をもっとじっくり見せてもらおう。
怪我を負って退避していた団員達は戻ってきた私達の姿を目にすると、ワッと途端に大騒ぎして駆け寄ってきた。
まだ何も報告はしてないはずなのだが、呑気に歩いてくれば口に出すまでもなくわかるってことだろう。私が微笑んで軽く手を振るとワラワラと周囲に集まってくる。私は彼らにエントランスに戻るように指示すると、そこには無事な私の姿を見てホッとするように涙ぐむロイとテスラの姿があった。
さて、イシュカには説教するとして、私を閉じ込めた二人にはどんなペナルティを用意しよう。
全ては私を思ってのことだとわかっているけれど。
ソレはソレ、コレはコレなのだ。
既にロイ達に応急手当てをされていた処置重症者から順番に聖魔法を使って癒しにかかる。
ガイが言っていたように怪我や麻痺毒などにやられている者は多いが死人が出ていないのは不幸中の幸い、ストックしていたポーションで回復して、動ける気力のある者は庭に大蛇の片付けの手伝いに、そこまでの体力は残っていないが傷の癒えた者は温泉に、動けない者は回復魔法を掛けつつ様子を見て対処する。汚れているからと温泉に浸けて血行が良くなって傷口が開いたり打撲したところが腫れ上がっては困るので、その辺はロイにお任せ、テスラには簡単な食事の用意を頼んだ。
ロイには負けるが私の隣で商業登録書類をさんざん書いてきたせいか、もともと手先の器用なテスラは難しいものでなければ料理もできるようになったのでジュリアスと一緒に軽食を頼んだ。夜明けももうそこまで迫っているようだ。
夜明け前から娯楽施設建設のために出勤した作業員達は山と積まれた大蛇のブツ切りに目を丸くしていたが、既に退治されているソレを興味深そうに眺め、団員達と会話をしながら仕事に向かって行った。
団員の中で元気な何人かを選抜して冒険者ギルドに向かってもらい、事情を説明して解体作業者に出張してもらうことにした。あそこは朝早くから少しでもいい仕事が欲しい冒険者が押しかけてくるから人もいることだろう。ついでに荷馬車を二台ほど買い付けてきてもらい、麻痺毒が抜けて元気に走り回っていた団員と私専属護衛の何人かには順次私の屋敷まで運んでもらうことにした。
珍しい素材も多そうだし、まずはマルビスと要相談、肉は急速冷凍にして運び出すことにする。サキアス叔父さんが喜びそうな素材もありそうだ。ただ、氷でズタズタになっていなければ、だけど。
こういう時、ゲームなどであったインベントリみたいな物があれば便利だろうなとは思うけど、ないものはないので仕方がない。一度屋敷まで運んでもらえれば、手紙と素材を見てマルビスがどうすべきか判断してくれる。やって来た解体作業者が頭と内臓は向こうで処理してもらった方が良さそうだというので氷漬けにして早々に屋敷に向けて一台荷馬車は出発させたが、検問所を抜ける時には大騒ぎになりそうだなあと呑気に考える。
なんとか夜明け頃には怪我人の手当てと治療も一段落、エントランスに残っていた団員達も全て風呂場、もしくは二階に引き上げさせたところで私はホッと息を吐く。
「お疲れ様です」
そう言ってテスラが差し出した手をジト目で拒み、私はガイに手を差し出す。
理由がわからないのか様子を伺っていたテスラとガイどころかロイとイシュカまで首を傾げた。
「テスラはロイと私を閉じ込めたでしょう?」
私の言葉に『あっ』とロイ達が声を漏らした。
そしてイシュカが私が言った言葉に戦闘中、私に言われたことを思い出したのか近づいてきて手を伸ばしてきた。
「あのっ・・・」
「イシュカも約束破ったし。三人とも三日間それ以上近づくの禁止ね。夜も今日からガイと一緒眠るから」
その手を軽く振り払って交わして私がそう言うとロイとイシュカはあからさまに背後に『ガーンッ』という漫画の効果音が見えるかと思うほどあからさまに落ち込み、テスラも顔を強張らせた。私が彼らの伸ばされる手を避けたことは今まで殆どない。
にっこりとなんでもないことのように笑って続ける。
「みんなそのまま仕事と片付けを続けて? ガイ、今日はみんな忙しそうだから着替えてから見つかった洞窟結界で塞いでくるの付き合ってくれる? 多分、昨日ソレをしなかったせいで対応遅れたんだと思うし、また何かに出てこられても厄介だから。調査は様子を見てからどうするか決める」
そう言うとガイが愉快そうに高笑いし始めてその手を伸ばし、私を腕に抱え上げ、その腕に座らせて答える。
「ああ、いいぜ」
すぐ近くにあるこの楽しそうな顔。
悪ノリする気満々だ。
まあ話を振ったのは私だし、構わないんだけど。
「付いて来たら三日で許してあげるところ一週間に延長するからね?」
そう宣言したところでガックリと膝をついた三人を優越感に満ちた目で見下ろし、ガイが階段を上がっていく。
鼻歌でも口遊むかのように御機嫌で昇るガイの顔をマジマジと見つめる。
「すごく楽しそうだね、ガイ」
ポツリと私が言うとガイがニヤリと笑い、破顔する。
「最高だね。アイツらの、特にイシュカのあんな情けない顔、初めて見た」
「そうなの? たいした罰にもならないと思うけど」
たかが『お触り禁止令』だ。
罰になるかどうかも怪しいが、怒っているのに簡単に触らせるのは如何なものかと思っただけなのだが。傍目にも明らかに怒ってます的な雰囲気を出すつもりだっただけで。
だがガイはそうは思わないようだ。
「構いたがりのアイツらからすりゃあ何よりの罰だろ。メシ抜かれるよりキツイんじゃねえ?」
「そんなもんかなあ」
確かにスキンシップが日常化しているから無意識に近付こう、触れようとする行動を意識して制限するのは難しいかもしれないけど。癖というのは治せないから癖なのであって、私に構いたがるあの行動は最早癖とも言うべきものだろうし。
「せいぜい三日間見せつけてやるか。思いっきり御主人様構い倒して、な」
「人選間違えたかな?」
思いっきり楽しそうなガイの顔に、私は呆れ顔で溜め息を吐く。
「合ってるに決まってんだろ。こういうのは思いっきり悔しがらせて嫌がらせして後悔させてやらなきゃ意味がない。二度とそんな気も起きねえくらいに」
あの三人がガイの言うようにそれを苦行だと思っているのなら間違いなく効果的だろうけど、この三日間、きっとあの三人に見せつけるようにガイに構い倒されるに違いない。
私のことを思っての行動である以上、そんなに『怒り』はないのだけれど、同じことを繰り返されても困るわけで。私のためと理由付ければなんでも許されると思われても困る。特に彼らの命を犠牲にするようなことは絶対に駄目だ。
どうせ三日間限定のお仕置きなのだ。深く考えるのはやめよう。
「まあいいか。それよりまずは汗と泥を流したいからお風呂、付き合ってよ」
治療が先と思ってパジャマで飛び出した時のまんまだし、薄汚れてかなり汚い格好だ。一瞬とはいえあの蛇の体内に触れたところもあるし、それを思えば尚更気持ち悪い。
それに気になることもある。
私はガシッとガイの服を掴む。
「俺はいいよ」
「ダメ、付き合って」
遠慮するガイに脅迫じみた笑顔で強制し、そのまま四階の露天風呂へ直行する。
「服、脱いで」
床に下ろされたところで私はガイの服を引っ張ってそう言った。
別にガイのヌードが見たいというわけではない。
まあ逞しい体に似合わずキュッと絞まった腰とか確かに鑑賞に堪える体躯だとは思うけど、私の周りでは脂肪の固まりを持った人は殆どいないから、そう言う意味では肉体美を誇っているのはガイだけではないわけで。
そして温泉で慣れつつあるとはいえ男の裸をじっくりと眺めまわす趣味は私にはない。個人的には極端でない限り体型もあまり気にしないが見た目が麗しい側近達に囲まれて惨めになりたくはないので体型は維持したいところだけど、今重要なのはそんなことではない。
「怪我してるよね、背中。見せて」
色々な臭いや負傷者の流血もあったから確信はなかった。
でも私をさっき抱き上げた時に微かに顰めた顔。
誤魔化すように苦笑してたけど。
「臭いでわかった。始めは他の誰かの血が付いたのかもって思ったけど」
血液の、鉄のにおい。
ガイは黒い服をいつも着ているから特にわかりにくいけど、そっと背中に触れた指には微かに血液が付いた。それを誤魔化しは効かないとばかりに眼前に見せつける。
「なんだ、バレてたのか」
隠し通せないと観念してガイが白状する。
「私を抱き上げて庇いながら走った時に付いた傷?」
「いや違う。その前に後ろから気配を消して一発頭に一太刀入れてやろうとしたら気付かれて背後から尻尾で叩かれた。そん時に、あの硬い鱗でちょっと、な」
そういえば四階から飛び降りた時、丁度ガイが近くに吹き飛ばされてきていた。
あの時か。
「カッコ悪ィだろ。油断してやられたなんて」
キマリ悪そうな声。
ガイらしいといえばらしいのだけれど。
それがわかっていたから私もあえて一階エントランスで聞かなかったし。
「そんなことじゃないかと思った。ガイは意地っ張りのカッコつけだからね」
「それは御主人様も、だろ?」
いや、確かに私も人のことを言えた義理ではないけれどと思ったが、ガイがその指で私の足を指す。
「足の裏。裸足で飛び出して来てたからな、無理もねえけど」
そう言えば、飛び降りて走っていた時に傷ついたか切れた感触は感じてた。
それどころじゃないって意識からすっかり外していたけれど。
「忘れてた。つい夢中で」
「忘れてたのかよ」
思い出した途端ジンジンと熱を持ったように痛み出した。
私は脱衣所の床に座り込んで自分の足の裏を眺めた。そこは小さな傷が無数についていたけれど幾つかはそれなりに深く血が滲み出ていたがすっかり乾いていた。一つだけ土で汚れた右足裏にパックリと割れ、それなりに深い傷が止まり切っていない血で僅かに足を濡らしていた。みんなが負った傷に比べれば小枝で切った程度の小さなものだけど、気がついてしまえばそれなりに痛かった。
「んじゃ、それ先に直せよ。そしたら俺のも治してもらうから。あの過保護連中に見つかるとまた五月蝿えぞ?」
「そうする」
私は傷口を綺麗に洗うと回復魔法をそこにかける。
みるみる間に傷口は塞がり、そこは綺麗な肌色になった。
そしてそれを見届けるとガイが上着を脱いで私の前に背中を向けてドッカリと座った。そこには長さ二十センチほどの深い切り傷があった。綺麗に水で洗浄すると染みのか僅かに顔を顰めたが呻き声一つ上げない。
こういうところまでガイは意地っ張りだ。私はそこに触れるとそっと魔力を流し込む。あっという間にそこは回復してもと通りになるが、よく見るとガイの背中には無数の細かい古傷もあって、それも治るものかと気になって必要以上に魔力を込めたらそれも薄くなった。
聖魔法は使い手が少ない上に御布施も高いと言っていたっけ。
ほったらかしにして自然治癒に任せていたんだろうな。便利な薬も使い過ぎれば効き目も落ちてくるというし、魔法がそれに該当するかどうかはわからないけど頼り過ぎないようにするべきかもしれないなあと考える。魔法というのは本当に凄いと思うが便利な反面、これに頼り過ぎると文明の進歩は間違いなく遅れるだろうし。
痛みがなくなって、私の掌から放たれていた光が消えるとガイが軽く感謝の言葉を口にして立ち上がった。
「ついでにバレねえように風呂場で服も洗っとくか」
そう言って上着を肩に掛けて風呂場に入って行く。
ガイは水属性持ちではないけど風属性は持っている。洗い場で服を洗濯した後は風魔法で乾かすつもりなのだろう。私はどうしようかとも迷ったが、最上級魔法と治癒魔法の使い過ぎで体内保有魔力は感覚として一割を既に切っている。使えないわけではないけれど、洗濯は急ぐ必要がないことを思えばこれ以上の魔力の使用は控えておくほうが万が一の場合も考えて止めておいたほうが良さそうだ。魔力は順次回復していくけれど今日はまだ洞窟入口に結界も張りに行かなきゃならないし。
私はそれを洗濯籠に突っ込んで風呂場に向かう。
やはり疲れをとるなら風呂が一番。
温泉最高などと既に済んだことを忘れてひとときの幸せに浸ることにした。
喉元過ぎればなんとやら、というものである。