第十二話 緑の騎士団団長、現る。
父様達、この場合『ワイバーン討伐本隊』というべきか、が、帰ってきたのは私達が町の酒場で大騒ぎをした次の日の朝だった。
勿論、私はジュースで乾杯の音頭をとり、適当に夕飯を食べた後はお金だけ置いてさっさとロイに送ってもらって退散した。
こういう場所では無礼講とはいえど上司は、ましてや酒の飲めない子供などいないほうがいいに決まっている。私が屋敷に帰った後、ロイがそこに戻ったのかまではわからないけれどマルビスが誘っていたから飲み明かしていたかもしれない。
たまには私の子守から解放されてストレス解消してもらうのもいいだろう。
気になっていた案件はとりあえずこれで一つ片付いたのでその夜ぐっすりと眠った翌朝、父様がまた客人を連れてきているので来てほしいとロイが起こしにきたのだ。
それなりに身分の高いお客人なのは着替えのために用意された服でわかった。
ロイに手伝ってもらって急いで着替えを済ませると応接室まで急いだ。
コンコンコンッと軽くノックする。
「父様、お呼びとお伺い致しましたが失礼してもよろしいでしょうか」
扉が内側から開けられ、私は軽く礼をする。
「入りなさい」
メイドのルシアは私達と入れ替わりにお茶を乗せたワゴンを押して出ていった。
手招きをされ、立ち上がった父様の横に並ぶと目の前のソファには見たことのないかなりガッチリとした筋肉質の男の人が座っていた。見事な紅い髪、鋭く切れ上がった眦、彫りの深い顔立ち、厚めの男らしい唇、私の好みではないが結構な美丈夫だ。
騎士服、緑のマント。それに胸にあるたくさんの勲章と階級章。この人・・・
「紹介しましょう。これが息子のハルスウェルト、三男で今回のグラスフィート領地防衛の隊長を務めました」
「お初にお目にかかり光栄です。アイゼンハウント団長」
魔獣討伐専門部隊、緑の騎士団団長だ。立派な体躯、まさしく歴戦の猛者って感じだ。凄い迫力。
って、あれっ? 反応がおかしい。
「違いましたか? これは失礼致し・・・」
「いや、合っている。俺は君に挨拶した覚えがなかったので驚いただけだ。
聞いていたのか?」
なるほど、固まっていた空気はそのせいか。
「いえ、マントの色と階級章で。今回のワイバーンの討伐の指揮をされるとお聞きしていましたから。あの、私に何か?」
屋敷の中も庭にもざわめきがない。
ということは多分今のところ来客はこの人だけだ。
この間、散々喚き散らして出ていった名前も思い出せない貴族の姿もないし。まあ、あれだけ大きな口を叩いておいて結局こちらに九匹ものワイバーンが押し寄せることになったのだから当然だ。
いや、あの厚いツラの皮なら難癖をつけて押しかけてきてもおかしくないか。
私が首を傾げると彼はソファから立ち上がり、腰から大きく身体を曲げ、頭を下げた。
「今回の件で謝罪のついでに話を聞いてみたいと思ったのだ。朝早くから押しかけて済まなかった」
「謝罪、ですか?」
比較的まともで礼儀正しい人のようだ。
良かった、またあんなのが出てきていたら私はブチ切れていたかもしれない。
「ああ、不測の事態が起きたとはいえ、半数近い数をそちらに押し付ける形になってしまったのでね。早急に片付けてそちらに向かおうとしたのだがこちらより早く討伐修了の合図が上がったので驚いたよ」
「何が起こったのかお聞きしても?」
「待ち伏せされていたのだよ、奇襲をかけるつもりが逆にかけられてしまってね。
こちらで囲い込む前に卵を生む前のメス達を逃されたのだよ、なんとも間抜けな話なのだが。それでそちらにも被害が出ていることだろうと思い、まずは謝罪に赴くのが筋だろうと」
律儀な人だな、素通りしてそのまま王都に帰ることだってできただろうに。
「ありがとうございます、でも大丈夫です」
「大丈夫とは?」
どういう意味だとばかりに思いきり不審そうな顔をされたので一応ロイにこちらの報告は済んでいないのか確認すると本当にたった今帰ってきたばかりなのだという。
つまりこちらの状況も聞きたかったということなのだろうか。
どちらにしろ父様に報告しなければならなかったし、それを父様が王都に報告する必要があるだろうから丁度いい。
「こちらの被害は出ていないので問題ないという意味ですが」
ガタンっと間にあったテーブルが音を立てた。
思いきり身を乗り出して驚いている。
「嘘、だろ?」
「昨日、早めに片付いたのであの後、みんなで食事に行ったのですが傷ひとつありませんよ。あっ、確か運ぶ時にナバルが爪で引っ掛けて怪我したって言ってたから無傷じゃないか」
「ワイバーン九匹だぞっ」
「はい、こちらで討伐した分はこちらに頂けるとのことでしたので昨日のうちにギルドに運び込んで解体をお願いしています」
淡々と対応しているとアイゼンハウント団長は益々混乱している様子だ。
「どうなってるっ、こっちは怪我人どころか死人も出ているんだぞ」
「直接戦ったわけではないので。足を繋いで水を流し、丸太で叩いて七匹、ニ匹はワイヤーで巻いて丸焼きにしました」
そのまんま自分のやったことを伝えると父様と私の座るソファの後ろに立って控えていたロイが苦笑した。
「ハルト様、それでは伝わりませんよ」
そうかな? 別に難しいこと言ってるつもりないんだけど。
「ロイ、お前も一緒だったな、どういうことか説明してくれ」
父様に言われてロイが私がみんなに手伝ってもらって仕掛けた罠をわかりやすく図解しながらそれをどういう使い方をし、どう作用したのか説明し始めた。
そういえば前世でも上司によくお前の説明はわかりにくいって言われたっけ。
私って進歩ないなあ。
そう考えるとロイは凄い、私の拙い説明を理解して他の人にもわかるように説明してくれる。
私、ロイを父様に返した後、どうなるんだろう。
マルビスにもできるかな?
そんなことを考えているとロイの説明に納得したのか父様達が大きく息をついてソファに座った。
「また、とんでもないな」
「運が良かっただけですよ」
呆れたようなアイゼンハウント卿の言葉に私は答える。
「これはもう運とは言わん」
「でももう一匹いたらどうなっていたかわからないし」
「まだ仕掛けは残ってましたよね」
「あれは保険みたいなものだよ。避けられたら終わりだもの」
まだ何かあったのかと見る視線の先は私ではなくロイ。
さすが父様、よくわかっていらっしゃる。
「設置型の巨大弓矢です。ただし羽根の先にはワイヤーが結ばれていましたが」
「何をするつもりだったんだ?」
するとロイの視線もこちらに向けられた。
そういえばみんなはあれでワイバーンを撃ち落とすつもりだと思っていたみたいだったっけ。
そんなつもりはなかったけど。
あいつ等すばしっこいから狙っても無駄だろうと思ってたし。
「上手くいけばワイバーンの動きを止められるかなと」
「ワイバーンの体を狙うなって言ってましたよね」
「だって狙えば避けられるか落とされるから」
ますます意味がわからなくなったのか混乱してるみたいだった。
前世みたいに魔法がない世界では使えない手段だ。
その代わり爆弾だのロケットランチャーだのってあったのだからそれで対応したんだろうけど。
「鞭と同じ理屈だよ。外れた位置ならわざわざワイバーンも避けないかもしれないから横から風魔法をぶつけて軌道を曲げて脚か首に巻き付けられれば、後は怒らせて追いかけさせればワイヤーが木とかに巻きついて動きが止められるかなって。ワイバーンは空から攻撃されるのが一番厄介だって兄様達が言ってたから落とすか繋ぐのがいいかと思ったんだ」
だからそのための手段を色々考えた。
たまたま今回はそれがすべて上手く嵌っただけだ。運がよかったのだ。
だが私以外はそう思わなかったようだ。
「こいつは俺達と考え方が根本から違う」
アイゼンハウント団長が感心したように呟いたので過剰評価されても困るので付け加える。
「正面から闘っても私は勝てません。ダルメシアにも複数相手には向かないから冒険者や騎士には向かないって言われました。私もそう思います」
「・・・そうだろうな。
君に向いてるのは騎士でも冒険者でもない、指揮官、もしくは参謀だ」
随分な過大評価だ。私にはそんなものは無理だ。
度胸と根性は人一倍あっても他人に危ない事を任せてのほほんと椅子に座っていられるほどの神経の太さはない。
「私の言葉を信じて手伝ってくれた人がいたからできたことです。
私の功績ではありません」
「それを言えることこそ優秀な指揮官たる資質なのだが、まあいい。
今日の予定はあるか? 是非参考までに今回の討伐について君ならどうしたか聞いてみたいのだが」
また面倒な事を。
なんとかお断りしたいのだが。
「状況と地形がわからないのでお応えのしようがないのですが」
「もう討伐は終わっている。あくまでも意見としてだ、実戦にあっていなくても構わない。状況や地形については俺が知る限りのことを教えよう」
「上手く説明出来る自信がありません」
無理そうだな、断るの。
でも本当に自信がないんだよなあ、さっきだって思いっきり父様達、しかめっ面してたし。
「ロイとマルビスが私のわからないことを教えて、言いたいことを理解して上手くみんなに伝えてくれたから。私のやろうとしたことを一緒にどうすればできるか考えてくれたので」
「ロイ、手伝ってやれ」
やっぱり逃げられそうにないね、うん。
基本、ウチは父様の命令は絶対だし。
まあ仕方ないか。
「あの、庭に移動してもよろしいでしょうか?」
「何故だ? 地図も紙も揃っているぞ」
意味がわからないと首を彼は捻った。
普通は作戦会議って屋敷の中とかテントの中とかでやるものだしね。
「勿論それも使いますけど平面ではわかりにくいので考えが上手くまとまらなくて」
想像が難しいというか、イメージが湧かない。
どう説明したものかと悩んでいるとロイが口を開いた。
「百聞は一見にしかずです。私も最初は驚いたのですが見てるとわかりますよ」
「よし、行こう」
即断即決、さすが隊長。
「私は水と小枝を用意してきます、中庭でよろしいですか?」
「うん、お願い」
そういえばこの間、冒険者ギルドでも同じことやってダルメシアに驚かれたんだっけ。
ミニチュア模型が簡単に作れるわけもなし、流石に土魔法もそんなに細かい作業は向かないから外に出て土を捏ねて積み上げるのが早い。すれ違ったメイドに汚れてもいい作業服を頼んで持ってきて貰うとそれを上から着込み、地面に座り込むと辺りの土を積み上げていった。
「何をしているんだ?」
「縮尺地図を作ろうと思って、えっと、まずはカザフ山と泉を・・・」
ペタペタと叩いて固めながら山を作っていると水桶と小枝の入った籠を抱えて横に座った。
「ハルト様、辺境伯側はこの辺、下が少し窪んでいるのですよ。ここも円錐形ではなくて」
「ゴメン、私見たことないから」
「私が作りましょう、だいたいで構わないんですよね」
「うん、で、泉はどの辺?」
「丁度ハルト様の足もとの辺りです、大きさはそうですね、山の高さがこれくらいですから私の手のひらくらいの大きさになりますかね」
「森は? 平地や窪地もあるんだよね」
そんな会話を交わしながら庭の土で地形を形造っていくとアイゼンハウント卿にも私達がやっていることが何かわかったようだ。
「なるほど、地図を立体的にするわけだ。確かにこれはわかりやすい。
よし、俺も手伝おう、森にはこの枝を立てればいいのか?」
小一時間ほどで中庭に出来上がったミニチュア模型地図もどきが出来上がると私はゆっくりとその周りをニ周ほどまわった後、気になる所をウロウロと行ったり来たりを繰り返し、ミニチュアカザフ山の近くに陣取って座り込んだ。
結構形が複雑で入り組んでいる地形はかなり利用出来ると思う。
でもワイバーンは空を飛べるから上に逃げられると意味がない。
ただダルメシアが言うには飛行している時は機敏に動けても重量がそれなりにあるので動きは鈍いと言っていたし、一度脚を曲げて座り込むと立ち上がって飛ぶには少し時間がかかると聞いた。知能はあまり高くないし、血の臭いには敏感だけどあまり他の臭いには反応しない。聴覚は普通だけど視覚は地上の獲物を狙うのでそれなりにいい、強者ゆえにあまり細かいことは気にしない所があるけど学習能力はあるので単純な手では同じ作戦が通じない。
二人の視線を感じつつ、ブツブツと小声を洩らしながら考え込んでいた。
この状況、この地形、利用可能な武器と戦力。
私なら、まず・・・
「一応、思いついた手はあるのですが実際に現場を見ていないのでもし実行不可能なら言ってください」
一言告げてから私は考えられる手段を上げていった。
「まずは私なら前線に出てくる個体ではなく動かない個体を狙います。
この窪みの奥、この位置にメスとそのガードがいるのなら場所も特定できているわけですからこちらから油の入った樽、そうですね、油をそのまま入れるより瓶に入れてから樽に詰めて窪みの縁から落とします。
ある程度の距離があるようなので樽は途中で壊れるでしょうし、転がっている途中で瓶が割れれば上手くいけば奴等の翼に刺さって傷つけてくれるかもしれない、樽がそのまま当たってくれても骨の一本くらいは折ってくれるかもしれない。割れた瓶の破片を踏みつければ足も痛めてくれる可能性もある。油は滑るから転んでくれることもあるかもしれない。大量の油がかかれば火を付けることもできる、窪みには油も溜まりやすい。ある程度焼けていればそこから逃げ出してきても水魔法を使って水を浴びせられれば急激な温度変化で皮が縮むから相当なダメージになるんじゃないかな。翼が縮んだら流石に上手く飛べないだろうし」
まずは機動力を奪い、戦力を削がないと厳しいだろう。
「後は、そうですね。ワイヤー入りの網を作って重りをつけたのを用意しときます。
できれば複数。
網は広げておくと警戒されるからシーツみたいに絞っておいてこの崖の縁か裂け目に追い込めれば上から落とすだけで網が掛けられるし上手く被せられれば縁にワイヤーを一周通しておいてそれを引けば捕まえられるし、いや、その前に高い木に先にワイヤー渡しておいて滑車で滑らせても、でもここに追い込めれば火炎瓶のほうが、でも瓶だと奴等の翼の風圧で、ゔ〜ん」
上手く考えがまとまらない。私が唸りながらまとまりもなく呟いている言葉をロイが通訳するみたいに簡潔な言葉で纏め、図解しながら説明してくれているようだ。
本当にロイって有能だよね。まったくもってありがたい。
私は安心して思いつくまま声に出して考える。
「あいつら叩き落とすの無理ならやっぱりこの窪地に凧つきワイヤー仕込んで、でもあれは視界を奪わないと厳しいし、人数いれば広いところに誘いこんで三段四方から銛を、駄目だ鋭くないと刺さらないから刺さってから中で抜けないように開かないと。
そしたら十字型のを氷で固めて体温で溶けて開くようにするとか?
駄目か、細いと折れちゃうだろうし、そうだ、ワイバーンにも効く毒があるっていってたからそれを固い串みたいので覆って矢の先につけて先に三段四方撃ちすれば中で溶けて効くかも。光魔法で視界を遮ったすきにサングラス掛けた弓兵が射るのも。その前に奴等のブレスで森が全部焼けないように先にこのラインの草原を先に焼いておけばここで火も止まるから・・・やっぱり誘い込めないのは厳しいかなあ」
頭を抱えて考え込んでいると後から背中を軽く叩かれ、振り向いた。
そこには静かに笑みを湛えたアイゼンハウント団長がいた。
「・・・ありがとう、十分だ。よくわかったよ。君達に犠牲が出なかったわけが」
ロイがメモした走り書きを握りしめて私の隣にしゃがみ込むとその大きな手で頭を撫でるように髪をクシャッとかきまぜられた。
「王都に来たときは是非俺の所に遊びにきてくれ、王都を案内してやるぞ」
騎士団長様のガイドか、魅力的だけど高くつきそうだ。
男の園というのも元腐女子として心そそられるものはあるけれども。
「それからもし騎士団に入るつもりがあれば隊長権限で年齢制限無視の入団テストなしですぐにでも俺のとこに入隊させてやるから是非教えてくれ」
「すみません、今のところはその予定はありません」
「それは残念だ。騎士が嫌なら軍事顧問でもいいぞ」
「御遠慮致します」
私には絶対無理だ。
少なくとも今の私の選択肢には入っていない。
すると彼は豪快に笑って屋敷の中に戻って行った。
その途中、軽くロイの肩を叩いて。
「いい上司を持って良かったな」
その言葉には同意しかねるよ?
どう考えても私は負担しかかけてないような気がするのだが。
でもロイの答えは違った。
「ええ、私の自慢です」
本当に、そう思ってる?
私は手間かけさせて、迷惑かけて、それでも本当にそう思っていてくれるのだろうか。
だけど私はかりそめの主なのだ。
ロイはいずれ父様の秘書兼執事に戻る。
そう考えると凄く、寂しくなった。