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第一話 洞窟探検出発です? 決して避暑ではありません。


 一年という期間を経て無事に開園されたリゾート施設『ウェルトランド』。


 またしても私の名前の一部が使われることになったのだが今更だ。

 ウチの商業部門の経営するショッピングモールの店の看板には私の顔のロゴマークが掲げられているし、ハルウェルト商店と銘打っている時点で私が関わっているのが丸わかり。

 混雑ぶりは相当なようでゲイルの弟子達が奮闘している。

 是非とも夢があるのなら頑張ってほしい。

 いずれマルビス並みの敏腕商人の誕生も近いかもしれない。

 誕生日の余韻に浸る暇もなく、すぐに忙しい日々は再開されたわけだ。


 マルビス達の商業班は忙殺されているが、基本的に私とテスラ中心の開発部門メンバーは異常事態が起こらない限り通常業務である。

 開発が停まっている楽器の作成に精を出しつつ、合間に歴史書を読む。

 ミゲル達が帰った後からは必要な個人授業も再開される予定だ。

 私としては魅惑の声を持つテスラに是非とも歌を歌ってもらいたい。

 低く、甘く響く声は至宝だ。

 あの顔で、甘い声でラブソングなどを歌われた日には婦女子の方々が卒倒すること間違いなしだ。

 テスラがそれを引き受けてくれるかどうか疑問だけれど。

 観客の前は無理だとしてもピアノが上手くなったら私にだけでも聞かせてくれないかなあと思うのだ。

 しかし、そうなると前世の記憶にあるあのヒットソングの数々を披露しなければならなくなるわけで、それはそれで問題になりそうだ。

 ただでさえ文武両道だ、天才児だと騒がれている身の上だ。

 これ以上の過大評価は是非とも避けたいところ。

 どうしたものかと悩みつつもとりあえずはまだ先のことだとひとまずはおいておく。

 まずは先に建設が予定されている巨大迷路と競技場。

 運動競技といっても多岐に渡るが手軽にできるものというと範囲がかなり狭められる。

 道具をあまり必要とするようなものでは簡単手軽とはいかない。

 まだ平民の間でそういう競技の馴染みがない以上、あんまり決着に長くかかるようなものも好ましくないだろう。ある程度のテンポが良くなければ。

 わかりにくいルールも駄目だ。

 そうなるとそれに当てはまる競技はかなり少ない。

 大怪我をさせるようなものも望ましくない。

 別に大掛かりなものである必要がないとなれば学校の運動会で行われていたようなものでも良いわけで、すぐに思いつくものといえば綱引き、リレー、騎馬戦など。

 ここがアスレチック施設であることを考慮するなら障害物競走も候補の一つ。

 ドッチボールなんかもいいかもしれない。あれはボールさえあればいい。

 勿論全ては魔法の使用不可ということで。

 基本的にこの施設内では来客に魔法の使用を許可していない。

 町からの送迎用乗り合い馬車でその辺りはキチンと説明されている。

 

  一つ、魔法の使用禁止。使用の際は係員、警備員の許可を取ること。

  一つ、他者への迷惑、危害を及ぼす行為の禁止。喧嘩は外でやれ。

  一つ、ゴミはゴミ箱へ。ポイ捨て禁止。

  一つ、順番は守ること。横入り禁止。

  一つ、この地に於いて身分差は認めない。権力行使の禁止。


 ルールを守れない場合は強制退場、罰金の徴収。警備員の指示には従うこと。

 文句のある者は当屋敷の門番まで。

 三回の退場で出入り禁止だ。

 当然だが限度を超えれば一発退場出入り禁止のレッドカードもある。

 これに加えて当面は買い占め禁止、お一人様一商品一つまで。

 退場者をどう見分けるか。

 これには商業、冒険者、両ギルドに協力頂いている。

 ここに入場の際、必ずどちらかの身分証が必要となる。

 この身分証に小さな判が押されるのだ。それによる不都合が生じないことを両ギルドに確認の上取り入れることにした。再発行しても無駄。これは再発行時にカードに押されることになる。国内全てのギルドに同じ判は配布済み。一応持ち歩く身分証でもあるのでデザインは考慮されている。一見オシャレに見えるそれは違反者の証である。

 まあ両方のギルドカードを使えば合計五回までは逃れられるのだがその辺の裏道的工作は当然だが口にしない。

 特に難しいものではない。

 ようは仲良く順番を守って遊んでくれよということだ。

 多少の口喧嘩は大目に見ても他者にまで危害を加えるようなものは駄目だと警備員に伝えてある。全てをキッチリ厳しく取り締まる必要はない、明らかにと思われるもの以外適当にゆるくとお願いしてある。係員、警備員の買収、袖の下も禁止。違反者は発覚すれば即解雇。ちゃんと真偽は確認するけどね。

 最低限のルールさえ守ってくれるならうるさく言うつもりもない。

 ここは遊ぶ場所なのだから。

 

 基本魔法を使わない競技がいい。

 持っている属性や魔力量で差がつくのは望ましくない。

 そんなわけで、今日は昨日の夜に到着したミゲルとその友達に協力してもらい、試してみることにした。

 綱引き、リレー、障害物競走。

 勝者にオヤツの御褒美付きとあってみんな必死。

 まあこれらは特に難しいものでもないので問題もない。

 最後に試したのはドッチボールだ。

 線を引き、簡単なルール説明をして対戦してもらうとこれが結構みんなムキになって盛り上がる。見ている方も攻守の入れ替わりがわかりやすいので面白いみたいだ。

 そこで何戦かやってみて、コツなどを掴み始めたところで今度は団員達に試してもらうことにした。子供達を引き連れて、彼らの前で対戦してもらう。ルールをしっかり理解してもらったところで今度は団員達に勝負してもらうことにした。勿論こちらにも勝者にはオヤツの付き。

 子供達の勝負と違って肉体派の彼らの試合には迫力ある。

 見物人の声援とヤジも飛び盛り上がる。

 そこで人数の関係で試せなかった騎馬戦も挑戦してもらうことにした。

 流石戦闘職、ぶつかり合いは迫力で子供達は圧倒されていた。

 子供達と団員の意見を聞いたところ、やはり人気はドッチボールと騎馬戦、次いで綱引きだ。テスラとも相談したところでまず広めていくのはドッチボールと綱引き。後は団員達にお願いしてデモンストレーションとして騎馬戦を二か月後、夏の入場者数が少し落ち着いたところで御披露目してみることにした。

 競技場オープン前に参加チームを募集。トーナメント戦で優勝チームには賞金も出る。

 年齢は十歳以下の部、十五歳以下の部、成人の部。

 上位入賞者が固定してきたあたりから上級の部を作る予定である。

 テスラの提案に基づいて賭場も用意することにした。


 ベラスミからの雪解け水もだいぶ流れ出してきた。

 春も半ばを過ぎると運河の水嵩も増え始め、夏には船も浮かべられるようになるだろう。各領地の水道工事も順調に進んでいるみたいだし、今年中は無理だとしても来年には南の国まで運河も開通する予定だ。なかなか他所の領地はウチほどの作業員確保もできないようで運河を掘るのにも時間がかかっているようだ。

 そうマルビスに言うと、

「作業員確保ではなく貴方がいないからの間違いでは?」

 と、言われた。

 確かに魔力量に任せてガンガンに掘り進めはしたけれど、そこまで差が出るものなのか?

 考えてみると魔力量が多い人間は殆どが騎士や衛兵なわけだし、そうなると領地の守護的立場であれば私のようにカラ近くまで使い切るわけにも行かないか。土属性持ちがこの国は多いとはいえ、農民が多い領地以外は然程でもないという話も聞く。実際ベラスミではここの領地では珍しい光属性持ちが多かったわけだし南の領地になると気候が暑くなってくるため土よりも水属性持ちが増えると聞いている。


「それで水上アスレチックは予定通りオープン出来そう?」

 みんなでいつものように食卓を囲みながら朝食を取っていると昨日も夜遅くまで働いていたマルビスに尋ねる。

 ミゲル達も兄様達も学院に戻り、ミゲル達と一緒にやって来たレインも閣下の元に戻した。帰りたがらないレインはまだ乗馬が上達していないので領地や各地を回るのに連れて行けないから駄目だと言うと『じゃあ次来る時までに乗馬覚えてくるから』と宣言して涙目で帰って行った。相変わらずニョキニョキ伸びていてレインと私の身長差は今や十センチ近い。

 おかしい、私は平均よりは高いはずなのに。

 まあ成長期というのは個人差もあるものだ。私の身長もきっと成人の頃にはもっと伸びているはず、だと信じたい。テスラやロイほどには難しくてもせめてマルビスくらい。私の側近の中でまだ成長期であるキールを除けば一番身長が低いのはサキアス叔父さんで次いでマルビスだ。二人とも低いというわけではないのだが他のメンツが高いのだ。


「問題ありません。競技場のほうも完成間近なのでそろそろ騎馬戦とドッチボールの出場者募集の知らせを出そうかと思っているのですが宜しいですか?」

「その辺は任せるよ。人数は集まりそう?」

 夏の陽射しもキツくなりつつあるのでそろそろ水辺の遊びが魅力的に感じる頃だ。

 水上アスレチックから落ちても風邪を引くような時期も過ぎたし、遊んでいる内に服も乾くだろう。競技場も初秋には予定通り開場できそうだ。巨大迷路はもう少し後になる予定だ。

 ミゲル達に付き合ってもらって町でも何回か公園で対戦ゲームをしてもらい、十日に一度、団員達にお願いして騎馬戦も来場客に披露してもらっている。

「おそらくエントリーしてくるチームは多いと思いますよ。町でも夕暮れの仕事が終わった時間になると練習している風景があちこちで見られますからね」

 そうマルビスが教えてくれた。

 それはいい。楽しみが増えることは悪いことではない。

「競技場の入場料は決めた?」

「メインの立ち見席は平日は銅貨一枚、週末は銅貨三枚にして気軽に入ってもらい、入場者数と屋台で稼ごうかと」

 妥当なところだ。まだまだ定着していないスポーツだし、アマチュアの試合なのだからまずは大勢の人に認知してもらう方が先。当分先の話だろうがプロ選手でも出てくれば別だけど。

 とりあえず二週間ごとに種目は当面入れ替えて、四日間くらいで予選試合、週末の二日の人出が多い時にトーナメントで十六チームを競わせるというふうに持っていこうと考えている。

 綱引きはルールも簡単なので何かのイベントの時に利用するつもりでいる。

 とりあえずは客にも入ってもらわなきゃ始まらない。

「いいよ、観客に入ってもらわなきゃ盛り上がりにも欠けるし。VIP席は当然用意するんでしょ」

「勿論。椅子がある席は銀貨三枚、VIP席は金貨三枚で設定します」

 金貨三枚とは随分とボッタクリだが、ああいうのは特別感を味わうためのもの、問題ない。

「取れる客からは取れるだけ、ね。いいんじゃない?」

「はい。当然です」

 にっこりとマルビスが笑う。

「通常席は銀貨二枚で最高三口までの賭けられます。VIP席の上限は作らないつもりですが宜しいですか?」

「ただ入場客の選別だけはしっかりね。基本的に貴族と金持ちだけで」

「平民に一攫千金狙いで入り込まれて大損されるのは困りますからね。VIP席は身なりのいい客限定にします」

 ここは生活を賭ける場所ではない。

 あくまでも遊ぶ場所なのだから。

「不正発覚は没収試合で」

「了解しました」

「何事も最初が肝心。自分の応援するチームを勝たせるために相手チームの妨害されても困るからね。勝負は正々堂々」

 大金賭けて必ず勝つために相手チームを引きずり下ろすのは却下だ。

「相手チームに不審な妨害が見受けられた場合にも没収試合、賭け金は返金します」

「よしっ、それでいこう。ルールは不正不都合があれば順次改定ってことで」

「それでは各ギルドに出場者募集の張り紙をお願いしておきます」

 みんなが楽しく遊ぶための最低限のマナーを守ってくれれば特に口出しするつもりはない。そのためにも何がいけないことなのか周知させる必要がある。それが知れ渡り、当たり前となれば後はゆるく適当に、守られなくなってきたらまた厳しく、だ。楽しく遊ぶための場所が無法地帯になってしまっては駄目だ。

 オープンしてからもう二ヶ月は過ぎた。

 おかげさまで客入りも上々、最近は他国の客もチラホラと見えると聞いている。

 一応町の乗り合い馬車乗り場で入場予約券も販売しているし、雨の場合は当日キャンセルで返金も可能だが、買い物目当ての客は店が空いているからと雨の日を好んで来る客もいる。当日券も若干販売しているが売り切れたら終わり。当日券の売り出し枚数は売り場で前日売り場が閉まってから掲示される。一応その枚数以上は待っていても買えませんよという苦情対策のためのものだ。

 片道一刻半となれば昼過ぎから出かけてはろくに遊ぶ時間がないので、乗合馬車も午前中には終了する。一応他領地、他国の客のために私有地入り口門前でも若干の当日券や前売り券は販売しているし、貴族用の宿屋は別として、レジャー施設利用客用の安宿は町にある宿屋よりも割高だが入場料込み設定になっているので他国他領地からの客は大概宿屋を利用することが多い。

 昼間は酒の販売を禁止しているが夜には解禁。

 宿屋近くには酒場と飯屋のテナントも数軒入った。オープン時より店舗数は増えて現在総店舗数は屋台を合わせると百ほど、大道芸や似顔絵描き達専用格安宿屋も満室状態。客寄せと賑やかしのために呼んだ彼らの中でもそのまま居座っている者もいる。家賃を払えなければ追い出すが、ある程度の腕があればここは結構稼げるそうだ。似顔絵描きも人気の画家は待ちの行列が出来ている。貴族の肖像画には及ばなくても庶民の家族の肖像画として記念に描いてもらう人も結構いるらしい。人気が出なくて地元に戻る画家志望もいるし、見込まれてここを出て行った者もいる。

 ここは基本的に出ていくのは自由だが出戻りは受け入れていない。他貴族や商売敵の潜入を防ぐためという理由もあるが、独り立ちをすると決めたなら駄目ならまた戻ってくればいいやと安易な気持ちでいられては困るからだ。大成して自分の店を出したいからテナントでというなら勿論歓迎するけれど。

 今のところやりたいことを見つけて出て行ったのは五人。

 人生の伴侶を見つけて結婚して出て行った女の人は七人。

 今建っている寮の内の一つは家族用。世帯を持った人達が引っ越しできるようになっているし、お抱え職人や稼ぎのいい従業員達には空いている土地の貸し出しもしているのでそこに家を立つことも可能、ただ家の建築費は本人達持ちなので世帯持ちの寮を利用する者が多く、まだ殆ど建てられていない。秋祭り以降、カップルが増えて結婚して寮を変え、新しい生活をスタートさせた人もいる。

 やはりああいうイベントの後って増えるよね、カップル。

 結婚間近な人達もいるみたいだし、いっぱいになってきたら新しい寮、また建てないといけないかなあ。いっぱいになりそうになってきたらまた寮管理しているロイか建築物の発注管理しているマルビスが連絡してくれるだろう。

 いったい私の私有地には今どれくらいの人数が住み、我がハルウェルト商会はどれほどの従業員を抱えているのか、千を超えているのは間違いない。

 因みにこの従業員数は商会としてなら国内最大規模である。

 商会でなければどこだって?

 決まっているでしょう、国と各両ギルドだ。


「それからこれなんですが」

 食事が終わってのんびりお茶を飲んでいるとマルビスが一通手紙を差し出してきた。マルビスは対面側に座っているので手が届かないそれをロイが受け取り、渡してくれる。

「ベラスミで開発の指揮をとっているジュリアスから先程連絡がありまして」

 そう付け加えられたので差出人を確認すると裏書にジュリアスの名前があった。

「なんか問題でも起きたの?」

「問題かどうかは確認してみないことにはわからないのですが、購入した山で洞窟が幾つか見つかったそうです。それでどうしたものかと指示を仰ぎたいとの連絡が」

 私は封筒を開けると中の手紙に目を通す。

 確かにそこにはマルビスが言うように山の開拓中に三つの洞窟が見つかったと記されている。その内の一つは浅かったので調査済み、問題なかったらしいのだが残り二つはその深さがわからないようだ。こういう場合には以前リッチのような事例もあるので安易に手を出さないようにと伝えてある。

 工事中に一部の崖が崩れて現れたと書かれている。いきなり三つというわけではないようで浅いのは一週間ほど前に。危険がなかったので報告は見送っていて、一つは二日前、雪解けで地盤が緩んでいたのか工事で崖崩れを起こし、そこに一つが現れて、調査に向かうその途中で茂みの奥にもう一つを発見したそうだ。ひとまず犠牲者は出ていないというのは良かった。

 そうなると絶対とは言わないが浅い穴は調査済みだから問題ないとして、残る二つの内一つは既に元から空いていたことを思えば今まで問題が起きなかったのだからそんなに慌てることはないだろう。一番急ぐべきはその新しく空いたという洞窟か。イシュカも同意見のようでガイもそれに異論はないようだ。


「私の予定ってどうなってたっけ? とりあえず今日は騎士団での講義が入っていたはずだけど。他は特に急ぐものは?」

「ありません」

 隣にいたロイがすぐに答えてくれる

「それじゃあイシュカ、ちょっと騎士団に行って先に今日の講義で次の分を午後に入れられるかどうか確認してきてもらってもいい? そしたら滞在が向こうで延びても大丈夫だと思うし。無理だったら次の分は間に合えばそのまま、間に合わなかったら帰ってきてから改めて連絡するって。後、明後日からベラスミに行きたいんで専属護衛からメンバー選別して」

「騎士団員は連れて行きます?」

 問われてウ〜ンと悩む。

 あまり少人数は万が一のことを考えれば避けた方がいいだろうけど。

「危険があるって決まってるわけじゃないし、あんまり私用で振り回すのもねえ」

 陛下から許可が出ているとはいえ彼らはあくまで国家所属の騎士なわけで。

「ベラスミももうシルベスタ王国の一部ですから問題ないと思いますよ?」

 そうイシュカが言葉を返す。

 その通りではあるんだけどねえ。あそこは私の所有地なわけだし。

 でも確かにイシュカの言い分も尤もだ。

「んじゃ業務に差し支えない範囲で希望者がいれば。マルビス、留守を頼んでもいい?」

「お任せ下さい」

 水上アスレチックオープンもすぐそこだしね。

 競技場のその他手配も控えているから流石にマルビスは連れて行けない。

「ガイは付いて来れるかな?」

「いいぜ?」

 念のため、ね。

 気配を消すのが上手いガイはこういった調査に向いているし。後は、

「仕事がなければケイにも付き合ってもらいたいんだけど」

 ビスクはいくら長かった髪も髭も今は剃り上げているとはいえ結構知られた顔だけどケイなら前髪伸ばして人相をわかりにくくしているし、出身がベラスミ王都より更に北の奥地らしいからまずは知り合いにも出会さないということだ。村を出て随分経っているので人相もそれなりに変わっているので他人の空似で通せるといっていた。

 ベラスミに行くなら地理や土地に詳しい人がいればなお良しということで。

「確認します。先程中庭で見かけたので騎士団に行くついでに」

「今回は誰を連れて行くおつもりで?」

 イシュカにそう問われて必要な人材を考える。

「イシュカは一緒に行くとして、一応急だから向こうで賄いも作らないといけないだろうし、ロイにも予定がなければお願いしようかな。後は叔父さんかテスラかなあ。何か思いついても私じゃわからないこともあるだろうし」

「サキアスは冷蔵庫の注文が・・・」

 二択を出すとマルビスがすかさず口を開いた。

 夏場だし、無理ないか。

 冷蔵庫の仕組みはそれなりにややこしいようでまだ冷蔵庫の心臓部に当たる部分を組めるのは叔父さんだけのようだ。それ故に高額商品なのだが夏の暑さのせいか貴族と金持ちの方々から注文が殺到している。量産はまだまだ先になりそうだ。

 仕方がない。別に叔父さんでなければならない理由もないし。叔父さんは連れて行くと別の意味で面倒だし。

「んじゃ、テスラの予定が詰まっていなかったらテスラで」

「大丈夫ですよ。基本的に俺の予定は貴方次第なんで」

 テスラの了解も取れた。それなら、

「出発は明日ね。ベラスミは冬場になると開発も進行遅くなるし、夏場に出来るだけ進めておきたいからね。来年秋か冬の開業目指してるし、私も学院生活始まると今ほど自由もきかなくなるからやらなきゃならないことは早めに片付けなきゃ。ちょっと見てくるよ。

 危険なら出直すかもしれないけど、一応向こうの作業員に何かあってからじゃ遅いから。別荘に今いるのはジュリアス以外に何人?」

「商業部幹部がニ人と腕の立つ大工が二人、設計士が一人ほど」

 全部で六人か。

 二階、三階で一人部屋と二人部屋、合わせて泊まれるのは確か三十人ちょっと。

 一応ここの従業員の福利厚生施設にと考えているが娯楽施設が完成していない今はこちらから出向いている幹部や作業員の宿泊施設となっている。既にそこに六人いるってことは私達は四階だから問題ないとして。

「ってことは連れて行けるのは最高でも二十人、私達を入れても三十人くらいか。

 まずは様子見だから十人もいれば充分だよね。専属護衛からだけでも充分そうだけど」

 現在使用人棟にいるのは商業部幹部達がハルウェルト商会本部の別棟に引っ越したので専属護衛の二十四人とビスクとケイだけ。彼らの仕事は私や側近、幹部の護衛と屋敷の警護。大幹部と呼ばれるゲイルやジュリアス達と二人の見習い執事、エルドとカラルが住んでいる。

「まあ転ばぬ先の杖ということで。多い分にはさして問題もないでしょう。希望者がいれば伝えてきます」

 そう言ってイシュカは立ち上がると早速騎士団にそれを伝えに行ってくれた。

 講義の変更は通ったのでその日は騎士団就業時間前にイシュカと二人、支部へと向かった。

 三ヶ月間研修ももうこれで三組目、少しづつ講義にも慣れてきた(特にイシュカが)。次の班が終わると今度は研修の終わった四班からの選抜メンバーがもう一度やってくるらしい。更に上の講義をということなのだろうが、さて、何を教えるべきだろう。まあ私は基本横に座っているだけの御意見番だしイシュカがなんとかしてくれるだろう。私の下手な講義では私に教わる生徒達の方が気の毒というものだ。

 私はさて明日の夜は温泉か、と、そんな呑気なことを考えつつ、しっかりロイの入れてくれたお茶のおかわりを飲んでいた。



 昨日は午前と午後の講義も終え、ロイに整えてもらった明日の支度の準備を確認し、早朝出発に備えて眠りについた。年明けからベラスミの南門までウチの領地となったし塀は残っているが検問所はなくなった。日も長くなったし陽がある内に着けるだろう。

 後は何事も変化なければそのまま一晩休んで翌日朝から調査の開始を・・・

 って、何? この人数。

 夜明け前に厩舎前集合としていたのだけれど、そこには専属護衛のライオネル達十人と団員他三十名が揃っていた。つまり、講義を受けている全員だ。ただし、十五人を残し、残り十五人は少し離れた場所でこちらの様子を伺っている。


「ねえイシュカ、私、十人もいれば充分だって言わなかったっけ?」

 総勢四十六名の大所帯になっている。

「一応私はそう伝えましたけど」

 イシュカはキッパリそう言い放ち、集まった団員達に鋭い視線を向ける。

 すると前にいる十五人はびくともしないが残りの十五人は大きな体を縮こめて少しだけ後ろに下がった。昨日の講義ではなかったかすり傷がヤケに多いような気がするのだが、私達が帰った後、厳しい訓練でもあったのか?

「まあ業務に差し支えなければ別に構わないんだけど。いいの? この人数」

 私は彼らを指してイシュカに尋ねる。

「問題ないといえば問題ないのですが。基本的に講義のために王都から来ている人員は補助員扱いですから」

 そう陛下にも聞いてはいるけれど。

 明らかにベッドの数が足りない。

 さて、どうしたものか。

「どうも昨日、講義の後に誰がお供するか喧嘩になったようで」

 イシュカが困ったものだと頭をかく。

 私は大きな溜め息を吐いた。

「馬鹿なの?」

「ええ、馬鹿なんです」

 私の問いにイシュカがそう切り返す。

 そんなハッキリと。

 まあ聞いたのは私なのだけれど。

「目当ては温泉と貴方の手料理ではないかと。それにあちらはここより涼しいですし」

 そういうことね、なるほど。

 私の手料理云々はともかく、最近寝苦しい夜も続いているし避暑感覚なのだろう。

「頭痛くなってきた」

 私は思わず頭を抱えてしまった。

「そんなに遠い場所でもありませんから連絡員がいれば特に問題もありませんが。小さな遠征なら駐在員で事足りますし、大きな遠征となれば派遣までに用意もあるので日数も掛かりますから連絡が来てから戻れば遠征にも間に合います」

 問題ないというのなら拒む理由もないけれど。

「明らかに寝床足りないよ?」

「この季節ですし、風邪はひかないでしょうから床の上でも問題ないと思いますよ。今ではハンモックも個人に支給されています。予定人数超えのその辺りにいる者は勝負に負けておそらく床でもいいとダメもとでそこにいるのではないかと」

 そう言ってイシュカは離れていたところにいた団員その他を指差した。

 それで少し離れたところにいるってわけね。

 仕方ない。

「ロイ、この人数でも問題ない?」

「特に問題はありませんね。テスラもいますし、お暇な時には団員の方達にも下拵えを手伝って頂けるなら。ただ食材は現地調達ですので問題ありませんが調味料は用意した分では足りないと思いますので荷物は積み直します」

 そうロイが言うと後ろにいた十五人がぱあっと顔を輝かせる。

「んじゃまあいっか。どうする? ガイ。この人数いるなら用があるならどっちでもいいけど」

「とりあえず行く。何もなけりゃあ向こうで温泉浸かって昼寝でもいいし」

 ガイも避暑地感覚か。

「仕事をして下さいっ、全く貴方はもうっ」

 イシュカに怒鳴られてもどこ吹く風、さっさとガイアのいる厩舎に向かって歩き出す。

 ロイが荷物の準備のために屋敷に向かうとイシュカに睨まれ、団員達がロイの手伝いに走って付いて行った。

 一個士団レベルの人数にはなってしまったが、万が一のことを考えれば悪いことではない。何か起こったとしてもこの人数なら戻ってくるまでもなく対処できるだろう。

 

 ロイが追加で用意した荷物を分担して馬に積むと団員達は上機嫌で付いてきた。

 本当に男の人というのはいくつになっても子供なのだ。

 陛下や団長も然り。

 そして寝床の保証がされないというのに嬉々として付いてくる彼らもまた然りだ。

 

 昨夜温泉を楽しみにしていた自分のことを棚に上げ、私は苦笑しつつもベラスミへと出発した。

 


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