第百三十七話 幸せというものは?
出来上がった弁当をテスラに届けてもらってからリビングの炬燵を囲みながら昼御飯を食べていた。夜の風はまだ冷たいとはいえもう春先、そろそろ炬燵の出番の終わりも近い。
去年のこの日に私はワイバーンと戦って、日常が目まぐるしく変わり始めたわけなのだが、考えてみれば私も今日で七歳、来年には学院入学が待っている。
リゾート施設オープンを理由に手付けずにしていたけれど。
「そういえば、そろそろ私も勉強し始めないといけないかな。来年から学院生だからね。悪い成績を取ると拘束される期間も長くなっちゃうし」
ほったらかしにしている幾つかの勉強。
特にマズイのはピアノなわけだけど。指がちゃんと動くだろうか?
私が溜め息混じりにそうボヤくとテスラが笑う。
「貴方に学院生と同じ授業が必要には思えませんけど」
「そんなことないよ。私は歴史やマナー、ダンスは怪しいし、芸術の才能にも恵まれなかったからね。留年しないように気を付けないと」
来年早々から学院での講義も待っている。
仮にも教鞭を取ろうという人間の成績が地を這っていては説得力にも欠けるしお話にならないだろう。体面が整う程度は必要だ。それに私がいなくても回るとはいえ、あまりここを長く空けすぎるのもどうかと思うし、上位成績であればかなりの出席日数を免除してもらえる。
それを聞いていたサキアス叔父さんが口を挟んでくる。
「充分だと思うぞ、私も。マナーやダンスなんてものは慣れだ。最高ランクをいつも見ているからそう思うのだろう。今度ミゲル殿下達の御友人達がいらしたら比べてみるといい。私の言う意味もわかると思うぞ?」
最高ランク、つまり王族、侯爵、辺境伯クラスってことか。
上級貴族になればなるほど教育も早く始まるし、そういう機会も増えるから自然と身につくものではあるけれど。馬鹿王子と言われていた頃のミゲルでさえ、テーブルマナーとダンスだけはしっかり出来ていた。勉強はともかくとして品位を問われるようなものはしっかり教え込まれていたのだろう。
「ミゲル達今度いつくるんだっけ」
陛下まで来るというとんでもない事態のせいで全てそれ以外は後回しにしていたけれど、ミゲル達の友人が来るのは手間や仕事は増えるもののありがたい面もある。貴重な子供目線の意見が聞けるというのは面倒を差し引いてもあまりある。ここにいるまだ成人前の従業員達に聞いてもいいのだがロイ曰く、特定の者との接触は避けた方が余計な摩擦を産まなくて良いという。平等に扱うべきで特別に構えば揉め事の種にもなりかねないからだと。
そういう意味では現在学院生で将来有望株であると認識されているミゲル達御一行は特別扱いが許される存在だ。
「今回は七日後だ。一応オープン直後は避けて頂いたからな。十七人来る予定になっている。今回はミゲル王子以外そのまま帰りは学院入学に全員届けるらしいぞ。ついでに義兄さん達の子供も一緒に送ってくれるそうだ」
叔父さんがそう教えてくれる。
秋に来て以来だから半年ぶりか。
年末年始は流石に親元で過ごしていたらしいが今回はやってくるようだ。
ミゲルもだいぶ庶民の生活に馴染んできたし、途中のレイオット領でおそらく閣下がレインをまた乗せてくるだろうけど。流石にずっと預かりっぱなしというわけにはいかないのでまたミゲル達と帰ってもらうつもりだ。まだまだオープンしたばかりで色々なことに手が回らない。この先ベラスミ領での開発事業も待っている。
「結構多いね。まあいいや、ちょっとやってみたいことがあるし」
人数が多いということは試せることも多い。
またちょっと手伝ってもらうとしよう。
「またなんか面白そうなことですか?」
「競技場建設に向けての新しい競技の考案だよ。あんまり道具を使わなくても良さそうなヤツが理想だけど。道具が高かったら平民じゃ楽しめなくなっちゃうし。そこが難しいところなんだよね。競技関係って商業登録どうなってたっけ」
尋ねてきたキールにそう答え、テスラに確認を振る。
するとテスラは難しい顔で応えてくれた。
「かなり曖昧ですね。基本的に金儲けじゃない限りは関係ありませんが、そういうものは賭博が関わってきますからね」
言われてから気がついた。
競技場を作って観客を入れれば、当然そういう話も出てくるわけか。
「賭博かあ。あんまりそれを興行化したくはないんだけど。身を持ち崩したり、競技者がそのために危険に曝されることも出てきそうだし」
身を持ち崩すのは自業自得としても、負けた恨みを競技者に向けられるのは困る。
私が頭を悩ませているとテスラが話を持ちかけてきた。
「ではいっそウチで興行して敷地内ではそういう営業や店の経営を出来ないようにするとか。入場者に賭ける制限をつけるんですよ。入場券の半券を引き換えとして一人一口、上限銀貨三枚あたりまでに設定して、違反者は没収。前日か当日まで選手や団体の参加者を伏せるんです。応募者多数につき抽選ということにして。参加が決まっていなければ前もって特定のチームに賭けることも出来ませんし、損をしても仕方ないで済ませられる値段設定なら楽しめるんじゃないですか? 少額でも賭けているのといないのでは盛り上がりも違いますから」
掛け金をちょっとその月の食費を切り詰めなければいけない程度に抑えるってことか。
「成程」
ここは私有地、私の許可がなければ営業出来ないし、外に出れば再入場は不可。
制約をいろいろ付けた上でならそれもまた楽しめるということか。
これは一考の余地有りだ。
マルビス達に意見を聞きつつ、取り入れるのもありかも。
まだまだ色々なことができそうだ。
私は未来に思いを馳せながらニヤニヤとだらしない顔で笑いつつ食事をした。
きっとみんな今日は疲れて帰ってくる。
昼を少し過ぎたあたりで食事を作ろうとキッチンに立とうとしたところ、思い出したようにサキアス叔父さんに研究所に連れて行かれた。
以前に叔父さんに預けていたリッチが貯め込んでいた魔石の選別だ。
今まではその時一緒に手に入れた大量のアンデッドやスケルトンの魔石で充分足りていたらしい。そもそも私の作る物は魔道具ではない。魔石を使うこと殆どないのでマルビス達が管理している。リッチのいた洞窟で見つかった魔石は適当な理由をつけて叔父さんに抱え込んでもらっていた。
今まで討伐した魔獣魔物達の魔石の在庫は陛下達が結構な数を買い付けて行ったと聞いている。五百近かった数のスケルトンの魔石も半分以下に減ったらしい。大きな魔石も空のもの以外はほぼ買い占められたので陛下達御一行が持参した金貨は予定外の買物で大幅にオーバーしたため今度ミゲル達がやってくる時に残りの代金を持ってくると言っていた。だがお陰で水道設備に必要な魔石は全て揃ったとも言っていたけれど。
保管しているものを見せて欲しいと言われ、ドンッと目の前に箱ごと出された魔石の山を見て、陛下達は呆然としていた。
普通は国家でもこんな数のこんなサイズの魔石をゴロゴロとまるで石ころかなんかのように持っているものではないと言われたっけ。ある程度の数は所有していてもすぐに実験その他、施設の運用などで使われてしまうためギルドに依頼して底をつく前に買い足すというふうにしているそうだ。だが水道工事で必要な数は結構多く、なかなか集まらなかったようだ。数もだけれど、当然その大きさもだ。魔石は確かに大きいほど宝石並みに高価にはなる。
魔石も空があるのなら補充すればいいだけなので正当な価格で引き取ってもらえるというなら特に問題はないのだが、私の隠し部屋にはまた多くの金貨の箱が積まれることになるのは間違いなさそうだ。
魔石の殆どは私の冒険者としての稼ぎになっているのだから。
足りない魔石が揃ったというのに陛下の妙に疲れた顔を思い出す。
やはり国王というのは大変な仕事なのだろう。
「別に今日でなくてもいいんじゃないの?」
何もこんな日にと思わないでもなかったがいつになく強引に連れ出され、魔石をずいっと前に出された。
「だってハルトは今が暇であっても次の瞬間にはわからないだろう?」
そうサキアス叔父さんに言われて私は言葉をぐっと詰まらせる。
それを言われると弱い。
ここのところの数ヶ月は多少の問題もあったが大騒ぎするほどのものでもなく、大きく予定が変更になることはなかった、陛下の御降臨以外。
とはいえ忙しい以外の問題はそんなになかったし、ベラスミ開発事業の計画もまだ実行段階ではなかった。雪で覆われていては工事や建設も予定以上に時間がかかってしまうだろうから実際の工事は多分来年の雪解けを待ってからになるだろう。まずは地質調査や細かな地理の把握などしなければならないことは山積みだし、運河に水が流れ込んでくるようになったらまずはここでの必要資材となる木材の切り出しが先になる。船が通っているのに丸太を流すのは危険なのでまずはそれをここまである程度運搬しつつ、必要な船などが造船業者から運ばれてくることになるだろう。船の完成もすぐには無理なのでその間に出来るだけ木材を運んでしまおうというわけだ。計画している巨大迷路は結構な数の木材が欲しくなる。
問題は起きなくても仕事は山積み。
片付けられる仕事は先に片付けてしまおうという叔父さんの案には賛成だ。
いつまた何か突発的な事件や仕事が入って予定が乱されるとも限らない。
「王室からの大量注文もあるし、早めに選別しておいて損はないだろう?」
それもそうだ。
他の物はともかく冷蔵庫とエレベーターには魔石がいる。
確か各十台くらいの注文が入っていたはずで、王城にそれが納品されれば他の王侯貴族からも注文が押し寄せてこないとも限らない。その時に私が暇である保証もない。
「わかった。で、これ全部?」
机の上に並べられたのは五つの箱。サイズごとに分けられている。
「ああ。小さいものなら私でも時間をかければできないこともないんで出来れば大きいものから順番に選別してもらえるか?」
「了解」
小さいものは確率的に低いとは言っていたが、考えてみれば例え三百程度のものだとしても平民の平均魔力量からすればおおよそ半分。充分に利用価値もある。百以下のものであっても複数使えばそれなりだとすれば念には念を入れておいて間違いはない。ザッと見たところ一番大きいものでも二千以下。まずはその辺りから手をつけるとしよう。
魔力を通せば浮かび上がると言っていたけど。
「叔父さん、魔力を通すってどうやるの?」
私は二千前後の魔石を手に取ると叔父さんに尋ねる。
「難しく考えることはない。魔石に魔力を供給する時と一緒だ。ここにあるのは満タンに近いものも多いからな。流し込もうとした魔力が入らなければ弾かれて表面が鈍く光る。陣が刻まれているところは光らないから影でわかる」
「特に怪しいのとか分けてある?」
「一応な。これだ」
そう言って五つの箱の中から一つの箱を前に押し出された。
「それじゃあ順番にね。気がついたら教えて」
「いや、まずはどういうものか直接確認したい。少しづつ長めに魔力でまずは覆ってみてくれるか?」
「やってみるよ」
そうして集中して魔力を薄く流し始めると、やはり刻まれた魔法陣が浮かび上がり、叔父さんのストップが出るまで流し続けた。これが意外に苦労もので、というよりも、叔父さんにもう少し、もう少しと引き伸ばされて最初の一個目で魔力は三分の一まで減らされることになった。
その後は魔力にまた余裕があれば付き合うからと説得し、まずは選別を優先してもらった。そして全部の魔石の選別が終わる頃には陽も落ちて、辺りは宵闇に閉ざされていた。
ああ、みんなの御飯を作る予定が・・・
既にレジャー施設は閉園時間を過ぎて、ロイが夕飯の準備が出来たと呼びに来た。
すっかり叔父さんのペースにハマってしまった。
ロイとイシュカ、叔父さんと一緒に屋敷までトボトボと戻って行った。
エントランスを抜け、階段を登っていくといつもはまっすぐ四階へと向かうロイが二階の広間の方向へと向かう。
「誰かお客様でも来てるの?」
私がそう尋ねるとロイは曖昧に微笑んで応える。
「ええ、まあ。お客様というわけではありませんが、貴方にお会いしたいという者達が」
ロイにしては歯切れが悪い。
誰か面倒な客人でも来たのだろうか。
だが王室御一行様は既にお戻りになっているし、貴族の面々も追い返した。
問題があるような客人に心当たりはない。
まあ行ってみればわかるだろう。
イシュカが止めないということは危険もないということだ。
ロイに広間の前まで連れて行かれたので何もこんな日にまでと思いつつ扉を開けた。
果たして・・・・・
そこにはこの土地に住まう私の親しい人達が揃っていた。
側近のみんな、幹部、護衛任務の親しい人達、ウェルム達職人や団員のみんなまで。
「ハルト様、お誕生日おめでとう御座いますっ!」
一斉に言われたお祝いの言葉。
両側からは春の花の花弁が撒かれ、拍手が沸き起こった。
いや、だって、私の誕生日パーティは四日前に終わっていたはずで・・・
差し出された沢山の花束の向こうに馴染みの顔がある。
「何を驚いた顔をしているんです? 今日は貴方の誕生日でしょう?」
呆然としているとそうマルビスに言われ、我に返る。
「だって、四日前に・・・」
「それは御披露目パーティを兼ねたものでしょう? 貴方は接待する側で、祝うものとは違います」
そうロイに言われて見つめていた花束から顔を上げる。
「みんな貴方におめでとうを言いたくて集まったんですよ。窓の外を見て下さい」
案内されたのは屋敷の庭いっぱいに集まったここ従業員達の姿だ。
キールの『せーのっ』の合図で一斉に誕生日おめでとうございますという言葉が響き、そして拍手と歓声に辺りが包まれる。
嘘でしょう?
だって、今日はみんな忙しかったはずで、早く寮に戻って休みたいはずなのだ。
「この一年、貴方がしてきたことの結果ですよ」
隣に立ったイシュカにそう言われて集まった彼らを見渡した。
イシュカが光魔法の呪文を唱え、それを庭の上空に向かって放つとそこに何百という人の姿がはっきりと見えた。浮かぶ笑顔にそれが強制でないことを知る。
「みんな貴方に感謝しているのですよ。
この一年間の貴方のしてきたことはこれだけの、いえ、これ以上の人の心を動かしてきたんです。ですからどうかもっと自信を持って下さい。
私達はみんな貴方の味方です」
もっと自信を持て。
胸を張れ。
それは何度も言われてきた言葉。
それでも自分に自信のない私はいつもどこか後ろ向きで。
自分なんか、自分なんて、自分などたかがこの程度と思ってた。
そんな私に、そんな私のためにこれだけの人が集まってくれている。
私はきっと、今この瞬間、世界中で一番幸せな人間に違いない。
「お誕生日、おめでとうございます。貴方が生まれてきたこの日に感謝の言葉を」
そうテスラに言われ、差し出された私の好きなオレンジ色の花を集めた花束を差し出される。
「俺達を見つけてくれてありがとう御座います」
「これからも末長くお願いするよ」
「頼むぜ、大将っ」
キール、叔父さん、ガイにそう言われて目の前が涙でボヤけた。
誰かのついででもなく、過ぎた日に思い出したように言われる祝福でもない、今日のこの日に心から贈られる言葉。
私がずっと望んでいたものだ。
七歳になったこの世界で、私はずっと望んでいたものの一つをこの日、手に入れた。
嬉しくてわんわんとみっともなく泣いた私が落ち着くまで待って、内輪での誕生日パーティが始まった。
お祝いの言葉だけでも充分だったのに、みんなから色々なプレゼントをもらい、両手いっぱいにそれを抱える。持ちきれなくなるとロイやイシュカがそれを部屋の隅に固めておき、後で部屋まで運んでくれるという。
いつの間に用意したのかテーブルの上にはケーキやたくさんの料理も並び、上等のお酒も置かれていた。
今日は無礼講だ。
真っ赤に泣き腫らした目で私はみんなに囲まれてその日、最高に幸せな気分で自分の誕生日を過ごしたのだった。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。
第一章がこれで終わりになります。
第二章、ベラスミ開発事業と王都での学院生活編開始予定でいますがそれが間違いなく実行されるか疑問です。既に恋愛ものの予定のはずが路線がかなり変わっているのはシリアスが似合わない私の性格故でしょうか?
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とても励みになっております。
誤字報告もとても助かっています。
教えて頂けるのはとてもありがたいと感謝しています。
出来ればこの先も懲りずにお付き合い頂けると嬉しく思います。
藤村 紫貴