表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/369

閑話 シルベスタ国王陛下の誤算


 全くあの子供には驚かせかれる。

 予想外、想定外、規格外。

 世の中には思い通りにならないことは多々ある。

 だがアレほど理解し難い存在はいない。

 この国を影から動かしているのは最早あの子供と言っても過言ではない。

 本人には全く自覚がないところがまた如何ともし難い。

 とにかく絶対に敵に回すべきではない相手。

 それがハルスウェルト・ラ・グラスフィート。

 たった六歳の、いや、もうすぐ七歳を迎える子供に対する王邸内の認識なのだ。



 ハルスウェルトがへネイギス一派をやり込め、断罪した折に宮廷内は一時期混乱状態に陥った。

 無理もない。いくら上でふんぞり返って仕事を押し付けていただけの無能な者達とはいえ、指示する者がいなくなれば現場は多少なりとも混乱するものだ。だが上の者がいなくなったからといって仕事は減るわけではない。毎日日々積み上げられていく仕事を片付けねばならぬと、一カ月を過ぎたあたりから上に押しつぶされていた有能な者達が舵を取り、仕事を回し始めた。おそらく後ニ、三ヵ月もすれば通常業務に戻れるだろう。

 そんなホッと一息を吐いた頃だった。

 グラスフィート領でリバーフォレストサラマンダーの生存の可能性有りという情報をもたらされたのは。

 後継として育ててきた第一王子のフィアはここ一年ほど床に伏せることが多く、第二王子のミゲルは後を継ぐには問題ある性格、もしこのままフィアの回復が見込めないのなら第二王女のミーシャに婿をとらせ、その者に国政を任せるべきだという話が出ていた。だが婿を迎えるにしても次期国王としての教育を施さねばならない。そうなればただ身分が相応しいというだけではそれに値しない。

 だが、ここでその候補と上がってきたのが件のハルスウェルト。文武両道、才色兼備、少々、いやかなり破天荒なところを除けば性格も上々、これ以上ない逸材。


 ところがアヤツは全く国政に興味がない。

 それどころか己の身分さえ鬱陶しいと思っているフシさえある。

 フィアの回復が一番望ましいことではあっても国王という仕事は病弱な者に務まる仕事ではない。ミゲルの王位継承権の剥奪の準備も既に整っている。不穏分子の燻り出しのために放置していたがそれも後半年が限界だ。できるなら剥奪ではなく、自ら放棄させたいところだが難しいだろう。となれば上がってくる話はどうハルスウェルトに国政に興味を持たせるかということだ。

 いくら相応しい力量があれどその気のない者に継がせるわけにもいかない。

 だが彼を知ればフィアの代わりは他に思いつかない。

 頭を抱えていたところにもたらされたのはその絶滅したと思われていた魔獣、リバーフォレストサラマンダーの目撃情報。その肝は万病に効く特効薬として伝えられていた。

 私は即座にバリウスとアインツをグラスフィート領に向かわせた。

 息子回復のための一縷の望みを託して。

 ところがその調査に向かわせたバリウスが予定より早い帰還を果たしたのだ。

 その手にあの子供が作ったという菓子をフィアの土産に持って。

 めっきり食欲が落ちたフィアが夢中で食べたのを見て、私はフィアをグラスフィート領にかねてより医者から提案されていた療養に向かわせることを決定した。

 ところがここで予定外のことが起きたのだ。

 私が楽しみに取っておいたその菓子を口にしたミゲルが気に入ってバリウス達を追いかけて行ってしまったのだ。

 すぐに連れ戻すべきかと思った。

 だが一瞬迷った。

 行ったのはあの(・・)ハルスウェルトのところ、排他的な騎士団寮内で僅か十日あまりの期間で暴れ馬の巣窟、緑の騎士団員達を手懐けてみせたあの手並み。

 もしかしたらという期待が過った。

 子供というのは環境に左右されやすい。

 ミゲルはまだ八歳なのだ。

 環境が、周りにいる人間が変われば立ち直るキッカケになるかも知れぬと。

 アレは規格外だ。ミゲルの常識は通用しない。

 私は様子を見ることにした。

 連れ戻すのは駄目だとわかってからでいい。

 半ば賭けに近いものであったにも関わらず、あの子供、ハルスウェルトはまたしても私が期待した以上の事を成し遂げた。

 フィアを回復に導き、ミゲルに王位継承権を放棄させた上で矯正させた。廃嫡するのと自らの放棄では結果が変わらなくとも意味が違う。更にはサラマンダーの幼生の住処まで見つけたのだ。その上デミリッチとその眷属およそ六百体にも及ぶスケルトンやアンデッドの討伐までやってのけただと?

 アレの辞書に不可能という文字はないのかっ!

 私はアヤツにいったいどれだけの褒美を渡さなければならない?

 現在(いま)も、未来(これから)も。

 

 しかしながらこうなってくると別の問題が発生する。

 そう、他国間のハルスウェルトの奪い合い。

 この私ですらあの約束がなければ我が娘のミーシャを輿入れさせたいと思うほどの傑物。となれば他国が黙っているわけもない、アヤツの婚約者の席は未だ空いたままなのだ。フィガロスティアの婚約者の席も空いているというのに目の前で繰り広げられているのは二国でのハルスウェルトの取り合いだ。


「是非とも我が国の姫様のお輿入れを」

「いや我が国の姫君こそ彼の方の花嫁に相応しい」

 

 何を言っている?

 相応しいのは其方らのような小国の姫ではない、ウチのミーシャだ。

 そう言ってやりたいところだった。

 此奴らの魂胆はわかっている。

 自国の姫を輿入れさせておいて、いずれ自国へと引き込むつもりなのだろう。

 だがアレとの約束がある以上、強制するわけにはいかぬ。

 私は徐に口を開いた。

「使者殿達には申し訳ないのだが、私はアレと約束していてな。こちらから望まぬ縁談は押し付けぬと」

「ならば私共から直接交渉致します。彼の方を私達が頷かせることができるならば問題ないということでしょう?」

 間髪入れずにそんな言葉が返ってくる始末。

 どうにも引く気はないらしい。

 まあ私が彼らの立場でも同じ事をするだろうから無理もない。

 次期国王の王子であるフィアでは自国に引き入れるのは難しい。

 だが一貴族でしかないハルスウェルトならそれも可能なのだ。

「いや、しかし・・・」

「決して無理強いしないと御約束致します」

 どうにか拒絶しようとしたもののそう言われてしまっては致しかたがない。

 私にできるのは絶対に約束は守れと申し伝えることだけだった。


「何か妙案はないものか」

 私は大きな溜め息を吐く。

 ハルスウェルトを他国に渡すのは国家にとって大いなる損失。

 絶対に譲るわけにはいかぬ。

「バリウスを呼んでくれ。アレは今日にもバリウスの屋敷に到着するはずだ。話だけでも通しておくべきだろう」

 護衛騎士の一人が私の言葉に従い叔父上、バリウスを呼びに行った。

 側で事の成り行きを見ていた宰相が苦笑する。

「しかしこうなってきますと今回の縁談を上手く凌げたにしてもおそらく次の縁談が持ち込まれるのも時間の問題かと。下手をすれば輿入れではなく婿入りの可能性も出てきます。王子がいらっしゃらない国もありますからね」

「それは駄目だ。アレにこの国を出ていかれるのは困る」

 頭の痛い問題だ。

 アレが婚約者を迎えぬ限りこの事態は続くということだ。

 別に戦争を起こすわけではない。

 ハルスウェルトを手放すくらいなら小国の一つ二つくらい敵に回した方がマシであろうが、流石に全部を拒絶するわけにも行かぬ。

 まさかこんなに早くアヤツを巡っての争いが勃発することになろうとは。

 とりあえずは先んじてこの話をアヤツに持ち込み、反応を見るしかなかろうとバリウスに早めに仕事を切り上げさせてアヤツのところに向かわせることにした。

 こちらから用意した選択肢は三つ。


  我が娘、ミーシャとの婚約。

  他国との王女との婚約。

  二国との国交の亀裂。

 

 アヤツの性格からすればミーシャを選ぶ確率が高いだろうと思っていた。

 ところがハルスウェルトが選択したのはそのどれでもない、四つ目のその選択肢、イシュガルド他二名の男との婚約。もともとハルスウェルトを他領地に連れて行かせない対策として伯爵達が用意していたとのことだった。平民や身分の低い者をその席に据えてしまえばその下に入ることを上級貴族なら嫌がるだろうと。

 なるほど、聞けば良く考えたものだ。

 しかもかなり年上の男というところがまた絶妙だ。

 要するに第一席が埋まってしまえば残るのは側室の席だけ。しかもそれを承知で輿入れさせたとしても自分の親の方が歳が近いくらいの男達と寵愛を奪い合い、競わねばならないとなれば普通の姫君、令嬢にはかなりハードルが高い。

 正妻ならば自国の危機に乗じて引き入れることも可能だろうが側室では自国の姫を輿入れさせる旨みがない。諦めざるを得ないだろう。ならばこの際、それを今回のフィアの誕生日パーティの席で存分に広めてやろう。そうすれば申し入れしてくる国の数も一気に減るに違いない。

 私は翌日バリウスが持ってきた三通の婚約者誓約書を神殿に多額の寄付金と共に日付を細工して受け入れるよう言付けた。予想外ではあったがウチのミーシャを嫁がせる機会が潰えたわけではない。ハルスウェルトに本命が現れた時には三人の婚約者達は側室に下がるという話になっているという。こんな裏事情は伏せておけば済む話。

 如何に話を広めてやろうかと画策していたところに起こったのはまたしても想定外の事件。

 三頭のコカトリスの来襲だ。

 ハルスウェルトを狙って来訪した厄介な来訪者とはいえその身に何かあっては責任問題、賠償問題に発展しかねない。その事実に逸早く気付いてたのはまたしてもハルスウェルトの手柄なら、突如として起こった危機に素早く対応、指揮をしたのもハルスウェルト。魔獣討伐部隊が集団であたっても苦戦を強いられるような魔鳥相手に対してアインツと我が国でも指折りの武人である侯爵、辺境伯に防御を手伝わせたとはいえ、バリウスを入れたたった四人で被害を出すことなく討伐してみせたのだ。

 アインツが討伐の証拠として持ってきたコカトリスの首を見たその瞬間、騒然としていた会場は静寂に支配された。

 アレは最早規格外という言葉で片付けられるような者ではない。

 本人に自覚はないがおそらくバリウスやアインツに並ぶ強者。

 いや、軍師としての才覚を鑑みるならば・・・

 やはりハルスウェルトは絶対に他国に渡してはならぬ。

 ここは残る二人の婚約者達も呼びつけて存分にみせつけておくべきだ。

 私は即座にそう判断するとバリウスの屋敷まですぐに遣いを出した。

 他の我が国内にいるアヤツを目障りと思っている奴等にもそれを示しておかねばなるまい。自分達が権力を手に入れ、甘い汁を吸うためにミゲルを傀儡として取り込もうと画策していた奴等にとってはハルスウェルトはまさに目の上のタンコブであり、仇敵ともいえる存在だ。

 この機会に我が眼前に燻りだして灸を据えてやろう。

 どうせ欲に目が眩んだロクでもない腐った者達だ。

 案の定、ちょっとツツいてやっただけで大量に釣り上げられた。

 王家と我が国の双璧、更には我が国でも名だたる武人達の二人の名を連ね、脅しをかけておく。

 そしてすっかりハルスウェルトに魅入られ、見惚れている二国の姫君達に此奴は既に売約済みであるとさりげなく主張すると聡いハルスウェルトはそれに気づいたのかイシュガルドの腕を取り、その仲を見せつけるかのように振る舞い、残る二人の婚約者とも仲睦まじい様子を見せつけた。

 こちらの予定とはかなりズレたものの二人の王女はハルスウェルトに輿入れの申し入れをすることなく、無事それぞれの国に帰った。

 一先ずホッとはしたもののまだまだ問題は片付いていない。

 昨晩起こった王都とグラスフィート領で同時に起こった牢獄での殺害火災偽装事件とその真相の究明。後日明らかにしたのはアヤツの側近、三国を巻き込んでの戦争に発展しかねないその事件の解決策をまたしてもハルスウェルトはとんでもない形で提示してきたのだ。

 近隣諸国を巻き込んでの水道設備構築と運河建設。

 北のベラスミ帝国を困らせている水害の水を利用して、我が国だけではなく大量の水を必要とする南の国々まで届け、その利害関係をもとに新しい契約という名の条約を結ぼうというものだ。しかもそれはただの提案ではない。アヤツの側近達の手によって机上の空論などではなく、実現可能な計画書として仕上げられているのだ。


 呆気に取られたというよりも、最早恐ろしいとすら思った。

 成程、ハルスウェルトが自分一人の力ではないと主張するのも道理。

 私が敵に回すべきではないのはアヤツではなくアヤツらなのだと理解した。


 早急にハルスウェルト達を呼びつけ、会議を開き、まずはすぐにベラスミへとフィアを宰相とともに向かわせることにした。ハルスウェルトを同行させて。

 この案件がアヤツの提案であることを考えれば次代の王としてのフィアの功績としても、ハルスウェルトとの繋がりを対外的に示すためにも最善。あそこの国は豊かではないことを考えれば受け入れられる確率は五分五分といったところだ。公共事業として行うにしてもあの国にはその資金があるかどうかあやしい。どんなに魅力的な提案であっても先立つものがなくてはどうしようもない。

 その解決策を提示するのはいくらハルスウェルトといえど難しいだろうとは思っていた。


 だが私は忘れていたのだ。

 アヤツが全てにおいて規格外の存在であることを。

 私達が思いもつかなかった手段、労働力の対価として不足を補い、更には新たな娯楽施設開設のための土地を買い占めることで足りないその資金を自らの財産で補填したのだ。しかも三国間の問題を上手くバランスを取るための方法と、ベラスミの併合を以ってしてだ。

 開いた口が塞がらなかった。

 しかも事件の当事者達を自分のもとで開発のために働かせ、その親族まで受け入れるという。

 ハルスウェルトの心臓には間違いなく毛が生えているに違いない。

 肝が据わっているとか剛気というよりもアレは強心臓というべきだ。

 

 バリウスは言っていた。

 アレは生粋の人タラシだと。

 事件、問題を解決するたびにそれに関わった者達をその度胸と度量、才覚を以ってして魅了し、惹きつける。そして不可能と思われるような事態を解決していく。

 恐るべきカリスマ性ともいうべき才能。

 多少抜けているところもアヤツを彩る魅力にしかなっていない。

 いったいこのまま成長していけばどんな人物になっていくのか、今ですら想像の上をいっているのだ。末恐ろしいという他ない。

 アヤツが住むあの土地はこれから更に発展していくだろう。

 おそらく王都を凌ぐほどの規模で。

 運河が建設されればあの場所には港ができる。

 一大貿易都市へと変貌を遂げていくに違いない。

 あの場所には発展に必要なもの全てが揃っている。

 広い土地、潤沢な資金、豊かな人材、そして圧倒的な存在感を示し、引きいていくだけの魅力と能力を持った人間とその有能な従者達。

 そして他国からの更なる注目を浴びることとなったハルスウェルトは年が明けた頃にもう二人の婚約者を増やすこととなり、その知らせと共に一通の手紙が城に届いた。


 ハルスウェルトの誕生日パーティ兼グラスフィート領の新たなる総合娯楽施設となるあの場所のメインとなる場所のプレオープンを兼ねた招待状だ。


 既にシルベスタ王国全土にその噂は広がり、話題となっている。

 ただでさえアヤツの作り出す商品達は妃達をはじめとする御婦人達の垂涎の的なのだ。その招待状に浮き足だったのは妃だけではなかった。当然だが誰が出席し、誰が留守番となるか争い出す始末。

 その招待状に人数制限は書かれていなかった。


 私はそれを見てふむっと考えた。


 ハルスウェルトの性格からするならばここで強固な繋がりを作っておくことは悪いことではない。

 アヤツは義理堅いところがある。

 親しければ親しいほど、関わりが強ければ強いほど見捨てられない、尽力してくれることを思えばここは王家との繋がりを示すためにも私が出向くべきだろう。

 私が上機嫌で執務室でバリウスにそれを伝えると不審な目で見られた。


「何もお前まで行く必要はあるまい。本音を言え」

 今は宰相も書類を財務省に届けるために席を外し、部屋の前に二人の護衛がいるもののバリウスと二人だけ。気安い口調で問いかけてくる。

「敵わないな、叔父上には」

 私は目を細め、それを肯定する。

「まあそうだ。だって面白そうじゃないか。いいだろう、たまには私も城の外へ出かけたって」

「やっぱりな、そんなことじゃないかと思ったんだ」

 資料や報告書を読めば読むほど興味深い。

「アヤツのところは面白い物が多そうだしな。ほらっ、見てみろ」

 私はそう言ってバリウスに一通の封筒を差し出した。

「なんだ? これは」

「ハルスウェルトが商業登録している商品、その他の一覧表だ」

 商業ギルドから取り寄せたのだ。

 半年ほど前に八十を超えていた登録は既に百を超え、現在のその数は百四十一。もうすぐ登録期間が切れそうなものもあるが待機状態になっているものの数はそれ以上だ。  

「相変わらずもの凄い量だな」

 バリウスは五枚以上にも及ぶそれらを適当にパラパラと眺めるとそれを封筒に戻し、私に差し出した。それを受け取り、引き出しの中に戻す。 

「その中で幾つか気になるモノがある。まだ売り出しは先のようだがな」

 中にはかなり大掛かりな物もある。

 おそらく見たいから運んでこいといっても運搬の難しいと思われるものが。

「生産、販売ルート構築待ちとなっている。その中の幾つかを買い付けに行くついでに確かめておきたいことがある」

「何をだ?」

「アヤツの体内魔力量についてだよ」

 以前問い詰め、白状させたその保有魔力量は五千。

「どうも運河工事の掘削スピードが尋常でないのでな。調べさせてみたのだよ」

「尋常でない? どういうことだ?」

 言っていることがわからないとばかりに問い返すバリウスに口を開く。

「グラスフィート領の工事の規模を知っているだろう?」

「ああ、あそこは南北と縦に長い、運河を通す他の領地に比べるとほぼ三倍から四倍の長さがある。他よりも工事には時間が掛かるだろうと」

 そう、年明けに併合させた領地と合わせると現時点での我が国の運河建設のほぼ半分の長さになる。

「もうすぐ終了するそうだ」

 他の領地ではまだ半分以上残っているというのに、だ。

「そんな馬鹿なことが・・・」

「アヤツが人目を避けて部下を連れ、夜中に掘り進めているらしい。

 五千を超える魔力量に任せて掘り進められたのなら納得だろう?

 既にハネ橋建設地以外ほぼ終わり、港の建設に取り掛かっているそうだ。南地方の日雇い労働者を大量にかき集めてな。おそらくベラスミのこの冬明けの洪水被害はもう起こらない。予定の半分の堀が既に完成しているのだからな」

「アイツ、本当に実行したのか」

「そうだ。有言実行、南から連れてきた労働者達に寮と食事の用意までして真面目に働く限りは雇い続けると約束しているらしい。あそこの発展はとんでもないスピードで進んでいくだろう。必要な人材は既に確保済。働く環境を整えることで労働者のヤル気を起こさせる。本当にアヤツは人の使い方が上手い」

 そこが私有地であることを理由に、真面目に働く者だけを留めおき、怠ける者は自国へと追い返す。それを間違いなく実行することで労働者達の統率を図っている。ただ追い出しては国内の治安が乱れるが、逃げ出してきた国へ送り届けることでホームレスとなる者をこの国に押し留めておかないようにしているのだ。最初のうちはアヤツを甘く見て、それが実行されないとタカを括っていた者達も貧しい生活に戻りたくはないと真面目に働き出したという。

 住処と食事が保障された生活を手放したいという者は少ない。

 それも過剰労働させるのではなく、適度な仕事量と四日勤めて一日休日という稀に見る良い労働条件。週休一日が多い中でコレはかなり異例だ。ローテーションさせることで曜日よってのバラツキをなくして交代勤務させ、工期短縮のために稼ぎたいという者には休日出勤手当なるものも支給して働かせているという。


「宰相とも最近話をしてる」

「何をだ?」

 このままあの土地が発展していくならその価値は充分。

「王都移転、遷都についてだ。まだ当分先の話にはなるだろうがな。

 何度も出ていただろう? その話も」

 バリウスは頷いて言葉にする。

「ああ、我が国は国土が広い。都が端に位置しているのは便が悪いと・・・」

「気がついたか? 今までは貿易、交易の便が悪く、その話も立ち消えになっていた。だが運河が完成すればそれも解消され、より多くの国とそれらもできるようになる。あの場所でな。

 しかもあそこはアヤツらが大量の人材確保と潤沢な財源により港開発も推し進めている。間違いなくあの地は我が国最大の都市になるぞ。近い将来、必ず」

 集まってきているのは若い力。

 熱意と希望に溢れた者達が集い始めている。

 今年の学院卒業生の多くはあの地に根を下ろすことになる。

「フィアの治世にはあそこに王都が移ることになるだろう。多分、な」

 手順を踏む必要があるだろうが国一番の都市に城がないというのはおかしな話なのだ。まずは運河運営のための貿易センターでも建設してフィアに学院卒業と同時にそこで運営を学ばせ、徐々に国の中心を向こうに移していくというあたりが無難な手段か。

「成程な。アイツをこちらに呼び寄せられないのなら、こちらが向こうに行こうということか」

「決定ではない。アヤツがドジを踏んであの地の発展が止まればその限りではない」

「有り得んだろう、それは。アイツがそのドジを踏んだところで、あそこにはそれをフォロー出来る優秀なヤツらがゴロゴロと転がっている」

 そう、平民、貴族問わずに集められた優秀な個性あふれる人材。

 それもハルスウェルトに魅せられた、忠誠心も深く団結力も持つ者達が。

「ああ、私もそう思う。アレは嫌がるだろうがな」

 私がニヤリと笑うとバリウスが溜め息を吐いた。

「お前に目をつけられちゃアイツも逃げられん。気の毒にな」

 そうだ、私はアヤツを逃すつもりはない。

 必ずや捉えて抱え込んでやろう。

 次代の王となる我が息子、フィガロスティアのためにも。

「だから確かめに行くのだよ、この目でそれを。ついでにハルスウェルトとの関係を対外的にも強固にするために。アヤツは絶対に他国には渡さぬとな。他所で言うなよ?」

「言わねえよ。実行する前にアイツに逃げられては元も子もない」

 バリウスも反対する気はないようだ。

「春を待ってベラスミでの開発も推し進めていくようだ。今後アヤツの講義に向かわせる騎士団員達に申し伝えよ。何があっても、その身を呈してでもアヤツを守り抜けと。アレは国の発展のために欠くことができぬ存在だからな」

「言うまでもないと思うが。まあ忘れずに伝えるようにしておくよ」

 そう言ってバリウスは部屋を出て行った。

 

 さて、アヤツへの誕生日の贈り物は何が良いか。

 妃達にも今までたくさんの貢物ももらっているし、世話にもなっている。

 王室の権威に賭けても半端な物は贈れまい。

 妃や宰相ともよく相談しなければ。

 後はアヤツの正確な魔力量を測るためにも石碑を用意しておかねばなるまい。

 特注の大きなものを。


 そうして赴いた彼の地。

 そこで目にした素朴でありながら整備された住宅地や多くの工房、立ち並ぶ寮と平民のために作られたというリゾート施設と今後展開していく予定の様々な施設や建築物の説明を聞き、私は確信した。

 この土地に間違いなく王都を移すことになるであろうと。

 

 だが同時にハルスウェルトにミーシャを嫁がせる野望への道程が遠いことも判明した。

 アヤツの好みとミーシャではかけ離れている。

 我が娘のミーシャは世界一可愛いのは間違いない。

 だが男勝りな運動能力も、滴るような色気も持ち合わせてはいない。

 確かにアヤツのこれまでの行動や振る舞いを見て理由を聞けば納得もしよう。

 清楚で淑やかな御令嬢、深層の姫君ではアレは乗りこなせない。

 振り回されるだけだ。


 代わりにと勧められたアヤツの兄に、つい、それも悪くはないかと思ってしまったが私が欲しいのはアヤツであってアヤツの兄ではない。

 だが、アヤツが手に入らないというのなら、妥協すべきなのだろうか?

 今ではあの兄達にも多くの縁談が押し寄せていると聞く。

 時期を誤ればアヤツとの親戚縁者の席もなくなるであろう。

 私はハルスウェルトを義理の息子に持つことは叶わないのだろうか。


 いや、諦めてなるものか。

 アレを見せられて他に目が行こうはずもない。

 我が娘に最高の婿を見繕ってやろうとして何が悪い。

 ところがアスレチック広場から戻ってきた時に、ミーシャを接待していたハルスウェルトと同じく伯爵に似ているという、アレより更に大人びた顔立ちと柔らかな物腰、マメだというその性格の長男にミーシャが見惚れていたのは私の大きな誤算だった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ