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閑話 イシュガルド・ラ・メイナスの願望


「アイツは生粋の人タラシだ。お前が骨抜きにされたとしても俺は驚かないだろうからだ」

 

 ハルト様の専属護衛に出向を決めた時、私はバリウスにそう言われた。

 まさか、私が?

 あの時には確かにそう思っていたはずだった。

 たった二年間。

 私は何事に対しても執着が薄い。

 まさか、その私がハルト様の婚約者になるとは想像もしていなかった。



 グラスフィート伯爵邸で暮らすようになってから私は様々なことをハルト様から学んだ。

 専属護衛として常にお側に控えながら、私が彼から渡されたのは大量の書物だった。伯爵に許可を得てその書斎に入り、大量の蔵書を前にハルト様はその本棚から本を抜き出した。

「えっと、コレとコレ、ソレもかな。後はコレを読むならアレも」

 そう言いながら次々と私が持った本の上に積み上げていく。

「この書物は如何なされるのですか?」

「イシュカに読んでもらおうと思って。イシュカは読書は嫌い?」

「いえ、そんなことはありませんが」

 尋ねられて否定する。

 特に嫌いな訳ではない。ただ忙しくて読む暇もなかっただけで。文字を読むことが嫌いならバリウスの山と積まれた書類もいつまでも片付けられなかっただろう。

「そう、よかった。面白いよ、多分イシュカが学びたいことや知りたいことの参考になると思って」

 面白い? ここにある本が?

「ハルト様はこの書物には目を通されたのですか?」

「この書物って、父様の本棚のこと?」

「いえ、そうではなくて・・・」

「まあおおかたは目を通したよ? マナーとか芸術とか、私には無理そうなのは結構飛ばしちゃったけど」

 そこに並んでいるのは学院初等部の子供がおおよそ理解出来るとも思えない専門書がズラリ。おそらく学院高等部クラスの者が通う図書館で目にするような蔵書ばかり。

「最初は理解し難いものも多くて調べながら読んでいたんだ」

 つまりはこれらの膨大な量の専門書その他をただ読むだけでなく、理解されているということだ。いったいいつからこの方は文字の読み書きを習得されていたのだろう?

「わからないことがあったら聞いて? 全部に答えられるかどうかは保証できないけど、応えられる限りは教えるから」

 ある程度の質問には応えられるほどの理解と知識がその小さな体に詰め込まれているのだと知り、私はその博識とも言える知識の量に納得し、感心した。


 それからもハルト様には驚かされるばかりで、一度冒険者ギルドに連れて行かれて魔力量を測る石碑の前に立ち、秘密だと念を押され見せられた魔力量と全属性持ちという事実にも吃驚したものだが、この方は本当に興味深い。

 その行動、思考、発想力、その全てに驚愕させられた。

 だがハルト様の側近と呼ばれる者達はその様々な事柄に対して驚きはしても動揺はしない。 

「まあハルト様ですから」

 と、そんな言葉で片付けてしまう。

「この程度で驚いていてはハルト様の護衛は務まりませんよ?」

 そう忠告された。

 実際、数ヶ月もしないうちにそれを理解することになる。

 いちいち驚いていては対応が間に合わない。迅速、即決の行動力、誰に対しても物怖じしない性格と度胸には恐れ入った。突然やって来た団長と連隊長に対しても怯むどころか怒鳴りつけ、従わせてみせる。それは子供を虐げようとした悪漢や我儘なミゲル王子相手でも変わらない。

 自分の道理を真っ直ぐに通される。

 ハルト様の貴族らしからぬ独特の考え方からそれは来ているのだろう。

 彼の方の前では全ての身分の者が平等。

 ハルト様にとってその者が大切であるかどうかだけ。

 その片鱗は確かにスタンピードの折に騎士団にいらした時にもみえていた。

 あの時も自分の身を盾に部下を守ろうとしていた。


 そして私が王都に戻るバリウスにハルト様の護衛をしっかり頼まれたあの時もそうだった。


「ねえ、イシュカ。言っておくけど命に代えましてもっていうのはやめてよね。

 私を守るつもりなら必ず何があっても必ず生き残って」

 前を歩くハルト様は私を振り返り、そう言った。

「何故ですか?」

 納得できなくて様子で聞き返した。

 それが私の仕事であり任務だ。

「それはね、無責任って言うんだよ」

 ますます意味がわからない。

 護衛というのはそういうものではないのか?

「無責任、ですか?」

 訝しがる私にハルト様はその理由を説明して下さった。

 私が死んでしまったら、その後は誰が自分を守ってくれるのだと。

 だから命を賭ける前に苦境に立たされたなら自分を頼れと。

 一人では勝てない敵も力を合わせれば勝てるかもしれないのだからと。

「だから必ずみっともなくてもいいから必ず生き残るって約束して。カッコいい死に様なんていらないから。わかった?」

「はい・・・」

 やはり納得出来ない。

 ハルト様は私などより国にとっても重要な御方。

 そんな御方を危険に晒してどうする?

 おそらく私は顰めっ面をしていたのだろう、そんな私に根気よくその理由を言葉を探しながら諭してくれた。私の代わりは誰にもできないのだから私がいなくなるのは寂しいのだと。


「イシュカが私の側にいてくれるのはただの任務かもしれないけど、任期が終わって団に帰った後、もし私が病気や事故とかで死んだとしてイシュカは団長や他のみんながいてくれるからまあいいやって思うの?」

「そんなことあるはずがありませんっ」

 そう問われた言葉に即座に私は否定した。

 貴方は私にとってただの護衛対象などではない。

 何をおいても守るべき大切な御方であり、国の、違う、私にとっても大切な御人だ。

「そう、良かった。じゃあ私の言ってることの意味もわかってくれるでしょ?」

 そう言って微笑んだハルト様の顔を私は目を丸くして見ていた。


 この御方は私が側にいなくなったら悲しんでくれるのか?

 嘆いてくれるのか?

 父に捨てられ、母にも忘れられたこの私を?

 胸が高鳴った。

 ここに確かに私を、他の誰でもない、私を大切だと言って下さる方がいる。


「私は必ず貴方を守り抜き、絶対に自分も生き残ってみせると改めてここに誓います」

 右手を心臓の位置に添え、私はハルト様に誓った。

 それは私が初めて心から他人に捧げた忠誠だった。



 ハルト様はそれからも様々な事件や相談、任務を全て私や側近達の力を借り、片付け、解決していった。

 療養に来られたフィガロスティア王子の回復に手を尽くし、ミゲル殿下に王位継承権を放棄させ、強敵デミリッチとその配下およそ六百体にも及ぶスケルトン等の討伐の指揮も取り、更には絶滅したと思われていたリバーフォレストサラマンダーの幼生の発見にも尽力された。

 その折に私にも意見を聞かれたが、私がハルト様に似てきたと言われた時は嬉しかった。

 少しでもハルト様に近づけたかと思うと心が弾んだ。


 ハルト様の言葉は私の心に響く。

 それが私に向けられたものであっても、なくても。

 簡単になんでも諦めないでもっと私に欲しがれと仰る。

 欲張ってもいいんだと、強欲になれと。

 良いのだろうか?

 本当に?

 望んでも良いのだろうか?

 この方の、ハルト様のお側にずっと、この命尽きるまでお仕えしたいと。

 共に戦い、護り、歩いて行きたいと。

 それが許されるならば私は・・・


 そんなふうに思い始めた時だった。

 ハルト様に他国の姫君との縁談が持ち込まれたのは。


 考えるまでもなく、当然とも言える成り行き。

 武勇に優れ、豊かな才能を持ち、驚くほどの知性を持ち合わせ、更には少女とも間違えそうなほどの麗しきその(かんばせ)。我が国の陛下ですら姫君をなんとか輿入れさせたいと企んでいらっしゃるというのに、婚約者のいない状態であるハルト様に自国の姫君を嫁がせ、それを理由に自国に取り込もうと思わぬわけもない。

 だが下手な断り文句を伝えれば国交にも亀裂が入りかねない。

 ハルト様に用意された選択肢は三つ。


 この国の王女、ミーシャ様との婚約。

 他国の王女との婚約。

 申し入れてきた国との国交の亀裂覚悟の拒絶。


 どれもハルト様の望まれないものばかりだ。

 ハルト様は初めての陛下との謁見の席で仰っていた。

 自分を本当に愛してくれる者と添い遂げたいと。

 どんな褒美を望んでも許される中でハルト様が欲したものだ。

 だからこそ陛下はハルト様がどうしても拒絶したいと望むなら国交の亀裂をも覚悟された。

 この方を他国に渡すくらいならその方がマシだと思われたのだろうか?

 だがお優しいハルト様が民を巻き込んでの戦争など望まれるはずもない。

 何か良い手はないものかと皆が考え込んでいる中、伯爵が口を開いた。

 ハルト様の婚約者は男でも良いのかと。

 ワイバーン討伐以来、伯爵の元には大量の縁談が持ち込まれ、その断る口実として身分の低い者を婚約者に置き、上位の貴族に側室の席しか空いていないと知らしめることで向こうから断らせようとしていたのだと。

 確かに子爵以下の貴族からの申し入れならば拒絶することはできるが同格の伯爵クラス以上となれば縁談を断るのは厳しい。ならば平民、もしくは子爵、男爵クラスの未婚の者を第一夫人、もしくは第一伴侶に据えてしまえば上位の貴族子女はその下の側室に入ることを嫌うだろう。

 単純だが実に効果的な手段だ。

 だがその候補に上がっていたという二人の名前を聞き、私は驚いた。


 ロイとマルビス。


 ハルト様の側近として仕えている二人の名前。

 自分達はハルト様のお側から一生離れるつもりが無いのでハルト様に本命が現れたなら自分達は側室か愛人に下がるから問題ないと立候補していたのだと。

 その条件が飲めるのであれば他の者でも構わないのだと。

 その話を聞いた時、私は息を飲み込んだ。

 他の者でも構わない?


「では私をっ、私にその役目をお与え下さいっ」


 私は思わずそう叫んでいた。

 本命が現れたら側室に下がれば良い?

 そんな条件など私にとって無いにも等しい。

 婚約者になればこの先もずっとハルト様にお仕えすることができる。

 お側にいることができる。

「今その話をされるということことは、今回の王子の誕生日パーティにその他国の王女達がお見えになるということですよね? 

 そうなると平民のロイやマルビスでは出席が出来ない。

 ですが私ならっ、私ならば実家との縁は切れていても曲がりなりにも下位貴族の端くれ、今回のパーティにも護衛として同行させて頂くつもりでしたから問題ないはずです。

 出席者は既に手紙で把握され、名簿も出来ている。そこに今から他の誰かを割り込ませれば作り話だと疑われます。ですが私なら護衛としてだけではなく、パートナーとしても押し通せます。仮に命を狙われるような事態になったとしても私ならば自分の身は自分で守れます」

 邪魔者は排除する。

 貴族にありがちな考え方だ。

 それが自分より身分の低い者であればあるほど上位の貴族は躊躇わない。

 ハルト様の婚約者の席を空けるために暗殺者を差し向けるかもしれない。

「必死だな」

 ポツリと言った団長に私は更に主張した。

「絶対にハルト様を他国に渡すわけには参りません。姫君のお輿入れだとしても国の一大事でも起こればそれを理由にハルト様を自国に引き入れようとするでしょう」

「まさしくその通りだ。陛下も俺達もそれを懸念している」

 バリウスが私の心配を肯定する。

 私はそれに力を受けて続ける。

「それになにより私はハルト様をお慕いしております。

 側に置いて頂けるなら側近でも側室、愛人でも構いません」

 お側に置いて頂けるならその席の名前がなんであろうと構うものか。

 ハルト様は私にもっと欲しがれと、

 強欲になれと仰った。

 もし、それが許されるというならば私は・・・


 そしてその願いは叶い、私は晴れて婚約者の立場を手に入れた。

 第一席。 

 それが仮初のものであっても嬉しかった。

 私は相当浮かれていたに違いない。

 締まりのない顔をしていただろう自覚はあったが弛む頬は戻せなかった。

 バリウスに直接私が欲しいと望まれ、側に、一生お仕えすることが許された。

 

 私は、私の欲しいと望んだものを初めて自分の手に掴んだのだ。

 他にも二人いる? 

 もっと増えるかもしれない?

 構うものか。

 私が欲しかったのはたった一つの席ではなく、お側にお仕えする権利。

 これだけ魅力的な御方なのだ、私よりもきっともっと相応しい方がいる。

 高望みしては折角手にした立場も失うかもしれない。

 たとえ何番目の席であろうと私は私の居場所を手に入れたのだ。


 その後も様々な事件や問題が発生した。

 だがどんなことが起きようと私は私の仕事をするだけだ。

 関係ない。

 私の主人はハルト様ただお一人。

 何があっても共に戦い、お護りするだけだ。

 

 そうして迎えたハルト様の誕生日パーティ。

 陛下までお見えになったのには驚いたがこの先を思えば当然なのだろう。

 ハルト様は関わりが深ければ深いほどその人を守ろうと尽力なされる。

 それを思えば、繋がりを強固にしておくのは最善の策。

 私はそのパーティの席で改めて婚約者として紹介された。

 こんなに幸せで良いのだろうかと、まさに夢心地だった。


 それなのに、そんな私には更なる幸せが待っていた。


「私、すっかり忘れてたけど去年みんなの誕生日ってお祝いしてないよね?」

 陛下達が童心に返り、アスレチックに夢中になって遊んでいる中、ハルト様は私に向かってそう仰った。

 誕生日、そんなものすっかり私は忘れていた。

 それを祝うのは殆どが裕福な家や上位の貴族だけ。

 珍しいことではない。

「平民や下級貴族で騎士団などに入団した者、訳あって家と縁が切れた者、三男以下では誕生日を毎年祝う風習はありませんから。節目として社交界デビューの六歳、成人の十五歳は祝うこともありますが」

「ふうん。じゃあ今年からは内輪だけでも祝おうよ」

 私の言葉にハルト様はそう返された。

 その二つを過ぎた私にはもう関係のないものだ。

「誕生日を、ですか?」

 特に必要性を感じなかったが続くハルト様の言葉に私は呼吸をするのを忘れそうになった。 

「うん、私の大事な人達が生まれてきてくれた日だもの。

 大袈裟なものじゃなくていいから、その人の誕生日にはその人の好物を沢山作って、気の合う仲間と食卓を囲んで。生まれてきてくれてありがとうって、私と出逢ってくれてありがとうって、御礼と御祝言いたいじゃない?」

 大事な人が生まれてきてくれた日?

 大切な人や仲間と祝うために囲む食卓?

 御礼と御祝?

 確かにハルト様の誕生日であれば私はそれを何年でも祝いたい。

「貴方と出逢えたことの御祝ですか?」

 そう尋ねた私にハルト様が微笑んだ。

「違うよ、御礼だよ。大事な人が生まれた日っていうのはやっぱり特別でしょう?

 ねえ、イシュカの誕生日っていつ?」

 大事な人?

 ああ、そうか。

 この人はいつも私にそう言ってくれていた。

 言葉で伝えてくれていた。

『大事な私のイシュカ』と。

 誰からも愛されることを忘れさられていた私に、そう。

 私は少し躊躇い、そして思い切って口を開く。

「・・・貴方と一日違いの明日です」

 そう、貴方とたった一日違い。

 そんなことさえ嬉しいと思える自分がいる。

「随分近かったんだね。じゃあ明日の夜はイシュカの好きな物沢山作って御祝しようっ、何が食べたい? 何か欲しい物あればプレゼントするよ? 何か欲しい物ある?」

 そう尋ねられたハルト様に私は首を横に振る。

「いえ、特には。欲しい物は既に頂いていますから」

 たくさんの幸せと喜びを。

「私、何もあげた覚えないよ」

 そんなことはない。

 貴方は私に数えきれないほどの幸せを下さった。

「この先も貴方の側にいられる、婚約者という立場を頂きました。

 他にも私は貴方に生きることの意味と幸せをたくさん、山ほど頂いているのですよ。これ以上の贅沢を望んでは天罰が下ります」 

「イシュカは相変わらず謙虚だね」

 私がそう言うとハルト様は私にまたその言葉を仰った。

「謙虚、ですか?」

 そんなことはない。

 私は欲張って貴方のお側に居たくてこの場所を手に入れた。

 贅沢とも思えるこの場所は居心地が良過ぎるくらいだ。

 そんな私に更にハルト様は言葉をかけて下さった。

「イシュカはもっと欲張ってもいいよ? 

 それくらいのことで幸せというくらいなら、私はイシュカはもっと幸せになってもいいと思う。今までの人生取り戻すくらい幸せになってよ。私のために」

 益々意味がわからない。

 私は眉根を寄せて尋ねる。

「貴方のために?」

「そうだよ。大事な人達には幸せでいて欲しいって、そう思わない?」

 

 私の幸せが貴方の幸せであると。

 ハルト様はそう、仰っているのだと理解した。

 私はその言葉に目を見開き、眦から一粒の涙が溢れ、零した。

 

「あれっ、私、なんか変なこと言った? ゴメン、イシュカ」

 慌てて切り株の上に立ち、ハルト様はハンカチを私に差し出した。

 謝って頂く必要などない。

 何故なら私は・・・

「いえ、嬉しくて。そんなことを言われたのは初めてでしたから」

 悲しくて涙が出るのは知っていた。

 だけど嬉しくても涙が出るものなのだと、私はこの時、身を持って体験した。

 こんなふうに泣くことができる日が、私にも訪れるとは思っていなかった。

 もし本当に、私の幸せが貴方の幸せであるというのならもう少し、

 後もう少しだけ、欲張っても良いのだろうか。

「では一つ、欲しいものがあるのですが、お願いしても宜しいですか?」

 私はダメもとでお願いしてみることにした。

「すぐに手配出来そうなもの? 少し時間がかかってもいい?」

 そう尋ねてこられたハルト様に、私は思い切って望みを口にする。

「いえ、私が欲しいのは物ではありません」

 そう言うと私は人差し指で自分の頬を指差した。

「ここに、貴方から祝福のキスを。

 ずっと憧れていたんです。大切な人から贈られる祝福のそれを。 

 私の夢、叶えて頂けますか?」



 そして翌日、私のその夢はハルト様によって叶えられた。

 顔を合わせると私を扉の影に引っ張り込み、その日一番初めの『誕生日おめでとう』と一緒に頬に祝福のキスを贈って下さった。

 真っ赤に染まった頬はとてもお可愛らしく、私はこの日を一生忘れないだろうと思った。


 

 けれど私はいつか貴方との約束を違える日が来るだろう。

 この命と引き換えに貴方をお護りできるなら私は迷わず差し出すに違いない。

 たとえそれを貴方が許して下さらなくても。

 貴方に恨まれ、責められることになっても、きっと。

 幸せになることを諦め、笑うことを忘れていた私に、心を取り戻させてくれた貴方のためなら私は最期の瞬間まで笑っていられる。

 貴方をお守りできた誇りを胸に抱いて。

 きっとそんな私を見てバリウスは笑うに違いない。


『ほら、な。俺の言った通りになっただろう?』と。


 最後の骨の一本まで骨抜きにされた私に呆れた顔で。



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