閑話 ロイエント・ハーツの目標
私は恋をしたことがない。
いや、気がついていないだけで既に過去に恋をしていたかもしれない。
だけど、こんなにも愛おしいと思ったことは一度もない。
相手はたった六歳の、私の歳の三分の一以下の子供だ。
なのにどうしてもこうも心動かされるのか。
違う。
理由など、とうにわかっている。
あの方は無意識に人の心を捉える言葉を口にする。
その者が欲しくてたまらなかった言葉を。
そしてそれが心からの偽りなき本心であると理解できるほど真っ直ぐに。
身分が違う、年も違う、許されるわけもない。
それでも、どうしても離れたくないのだ。
だからこそ、私は覚悟を決めた。
この先、この方が誰を選ぼうとそれを受け入れ、お側で生涯お仕えしようと。
たとえ、それが婚約者という名ばかりの末席になろうとも。
この方の一番側にいられるこの場所だけは絶対に渡さないと決めたのだ。
降って沸いた婚約者候補の話。
隣国の姫君達の縁談を断るための理由。
以前打診はされていたが陛下の庇護を賜わり、それは立ち消えになっていた。
望むことも、許されることもないと思ってたその『婚約者』という立場を差し出され、私は思わず飛びついてしまっていた。
ハルト様に対する独占欲というものは確かにあった。
それが立場上、簡単に許されるものではないということも知っていた。
私と同時に婚約者の椅子に座ったのは二人、マルビスとイシュカ。
マルビスなどはことあるごとにハルト様を口説くような言葉を口にしていたし、イシュカも好意を隠そうともしていなかった。それに気がついていなかったのはハルト様くらいで、三人同時に婚約者の席に座った時も周囲はさして驚きもしなかった。
この国では多数の配偶者や伴侶を持つことが認められている。
それを思えば必然だったのかもしれない。
独占欲はあっても独占できるような方ではないというのは一緒に過ごしていれば嫌でもわかる。
マルビスの言う通りなのだ。
ハルト様の名声は最早国内だけにとどまらない。
彼の御方を手に入れようとするならば私一人が婚約者に収まったところで暗殺者を差し向けられ、消されてしまえばハルト様の婚約者の席は空いてしまうのだ。そして消されてしまえばお側にいることすら叶わなくなる。私にはイシュカのようにその名を轟かせるほどの武の腕もなく、マルビスのように身を守れるだけの圧倒的財力も商才もない。狙われれば呆気なく殺されてしまうだろう。そうしたら私の代わりに今度はイシュカかマルビスがその席に座るのだ。
勿論ハルト様は願うまでもなく護衛もつけ、その並々ならぬお力で守って下さることだろう。だがそれではあまりにも情けなくはないか? 学院入学前の子供にそんなふうに守られなければまともに外を歩けないようでは彼の方の荷物になるだけだ。
ならば私はせめてこの居場所だけでも護りたい。
たとえそれが彼の方を独占することが叶わない事態になったとしても。
意に沿わぬ、自分の父親の方が年も近い、三人の男の婚約者がいきなり出来たというのにハルト様はたいして動じる様子を見せなかった。というよりむしろ申し訳ないとすら思っているようだった。
こんな子供の、色気もない自分の、何も返せない自分の婚約者にさせてしまって申し訳ないとことあるごとに口にする。
それでも自分を選んでくれて嬉しいと。
みんなに相応しくなれるように頑張るからと言うのだ。
相応しくあるよう努力せねばならないのは私達であるはずなのに。
ハルト様のお側に居たくて、それでもいいと押し付けたのはむしろ私達の方だ。
あの小さな手を広げ、必死に私達を守ろうと、私達に相応しくあろうとしている姿に心が動かされないわけもない。
どんなに怖くても、恐ろしくても、彼の方は真っ直ぐ前を見る。
自分の大切な者を守るために。
こんな子供?
そんなわけもない、今や貴方を欲しがっているのは各国重鎮、王族にまで及ぶ。何千、何万という人間が貴方という人を望んでいる。親子ほども歳の違う男を婚約者などに据えるまでもなく、絶世の美姫すら手に入れられる立場なのだ。貴方はそれを理解していない。
色気もない?
とんでもない、時折見せて下さる憂いに満ちた瞳にドキリとさせられているのは私だけではないはずだ。
酷く大人びた、もの悲しそうな瞳。何か秘密があるらしいのはわかっている。ただそれを聞かれたくないという様子は傍目にも明らかで彼の方の側近達みんな、聞こうとせずに口を噤んでいる。隠したい過去や知られたくない秘密など誰でも一つや二つ抱えているものだ。それを無理矢理暴こうとは思わない。それはハルト様も同じようで必要以上の詮索は私達に何もしない。隠したいというのなら話して下さるまで待てばいい。私はずっとお側を離れるつもりはないし、仮に話して頂けなかったとしてもそれで私のハルト様への思いが揺らぐわけではない。
何も返せない?
何故そんなことを思うのだ。私達はこんなにも貴方に幸せを頂いているというのに貴方はまるで何もわかっていない。
貴方の側はとても温かいのだ。
だからこそたくさんの人が集まってくる。
『私のロイ』と、貴方が口にされるたび、どんなに私が誇らしい気分になるか貴方は知らないだろう。
貴方に必要とされていることがこんなにも嬉しい。
貴方の全てを独り占めは出来ないだろうけど、強くなろう、強くあろうとしている貴方の一番の甘えられる、弱音を吐ける場所に私はなりたい。
抱きしめて大丈夫ですよといって差し上げたいのだ。
そんな私の気も知らず、時々意地っ張りなところをお見せになるが、私の困り顔に弱いのには最近気がついた。それを見せると少々強引に出ても怒ることも、手を振り払われることもない。
だから私は時々それを利用する。
そうすると困ったように眉を寄せ、一瞬にして真っ赤になったりもする。
それがとてもお可愛らしい。
意識されているのがわかる。
以前マルビスにハルト様の好みの顔は私のようなタイプだと教えられた。
だが基本的にハルト様はメンクイではない。
人間重要なのは顔じゃない、中身だと。
「でも、こんなイケメン揃いの側近じゃ説得力ないよね」
と、そうよく口にされるが、ハルト様が外見などで選んでいないことは私達が一番よく知っている。今お側にいる私達の半数以上は最初お会いした時はムサ苦しい、小汚い格好だった。昔からハルト様を知る者達は私達の昔の姿も知っている。小太りで、胡散臭く、センスの欠片もない格好で、それを見ても彼の方は大したことではないと笑い飛ばした。
そんなものなくても充分みんなイイ男だと。
見る目のないヤツは放っておけば良いと。
自分の功績を誇ることもしないのに、私達のことを自慢する。
貴族の身で、美しい外見も、叡智も持っているというのにハルト様より遥かに身分の低い私達を誇るのだ。
だからこそ私達はハルト様に誇って頂けるのに相応しくありたいと願う。
独占したいという気持ちが消えたわけではない。
だけどそれは一番大事なことではない。
ハルト様のお役に立つことこそが最優先、それは二の次、三の次。
彼の方をお守りできるというのなら私は一番だろうが百番だろうが構うものか。
仕事上、ハルト様の一番お側にいられるこの立場は誰にも譲らない。
他の何を譲ったとしても、だ。
コカトリス討伐によって更にその名を知られ、旦那様のお立場が悪くなると思われるキャスダック子爵の一件の発覚を覆すために彼の方が打った手は私達の想像を遥かに超えるものだった。
国を跨いでの水道建設の設備、運河建設による新たな物流方法の提言。
これはこの国だけではない。
他国まで巻き込み、変えるもの。
この方はどこまで先を見据えているのだろう。
国王陛下がハルト様を囲い込もうと躍起になるのも無理はない。
私がベラスミへの同行を許されたのは嬉しかった。
専属護衛であるイシュカが付いてくるのは当然としてもこの一件については私はさして重要とも思えなかったからだ。ハルト様は勿論、旦那様も私が手を出すまでもなく全てなんでも自分でできる方だ。それでも私を迷わず限られた人員の中に組み込んだ。
それだけ必要とされているのだと思えば心が浮き立った。
ハルト様のためだけではない、お世話になった旦那様のためにもこの水道設備の構築と運河建設は成功させなければならない。同行した私達はベラスミの城下町に到着した宿でもその寸前まで話し合いを重ね、夜遅くに宿の部屋に戻るとハルト様に割り当てられた部屋の小さな応接室の中に彼の方の姿はなく、暖炉の側には護衛として一緒に付いてきたライオネルがそこにいた。
私がキョロキョロと辺りを見回すとライオネルはクスッと笑う。
「ハルト様ならさっきイシュカが寝室に連れて行った。貴方達をずっと待っていらしたが眠気に逆らえなくてずっとウトウトしてたからな。イシュカの腕を掴んだままぐっすり眠ってしまったらしい。一緒に寝室で眠っているよ」
気持ち的には少しばかり複雑ではあるが、イシュカと一緒なら安心だ。
最近ハルト様は目を覚ました時、私達が隣で眠っていてもあまり動じなくなった。
人と触れ合うことに少しづつ慣れてきたのだろう。
真っ赤に頬を染める様子がお可愛らしくて、ついワザと顔を近づけたりしていたのだけれど。今では不意をつかないとそのような顔も滅多に見せて下さらなくなった。やや寂しいような気もするが、その分ハルト様が柔らかな笑顔をお見せになられるようになったと思えば今の方が良いと思える。
「彼の方は本当に不思議な御方だな」
ポツリと呟くように言ったライオネルの小さな声に私は頷く。
「ええ、そうですね」
いつも大きな声を張り上げている彼が声を潜めているのはハルト様を気遣ってのことだろう。ここに来たばかりの頃は無骨で無愛想な顔をして如何にも不満顔をしてハルト様を見下ろしていたというのに随分と変わったものだ。
ここにやって来た事情を知ればそれも仕方のないことであったのであろうけど。聞けば親にハルト様との繋がりを作るためにここに放り込まれたらしかった。最初はこんな子供と思っていたのが丸わかり、それを特にハルト様は気にされていなかった。仕事さえキッチリやってもらえるなら問題ないと。いきなり仕える相手がこんな子供ではあの顔も仕方ない、自分をゆっくりと知ってもらって信頼を勝ち取っていけば仕事に忠実な者ならちゃんと自分を見てくれるはずだと。
実際、ハルト様の人となりを見て、彼も今ではすっかり信奉者の一人だ。
「大人顔負けの度胸と知恵を持ちながら、自信と自覚がまるで足りない。無邪気で不安定なようでいて、強い信念のようなものを持って行動している。
俺なんて六歳の頃には庭を駆けずり回っていた記憶くらいしかないぞ」
自分の過去を思い出しているのか彼は苦笑しながらそう言った。
全く本当に子供らしくない御方だと思う。
「私も似たようなものですよ。私の場合は魔法が興味の対象でしたが」
両親の真似をして魔法が上手く使えるとよく頭を撫でて褒めてくれていた。
魔力量が増えると言われている世代をそうして過ごしたせいか、私の魔力量は平民の一般的なものより多かったために学院入学も許されていた。八歳児での平民の学院入学最低ライン魔力量は千。貴族の子息子女は八百程度だが先の教育のことを考えれば当然なのだろう。平民は貴族と違って教育など殆どされることはない。読み書き計算が出来るだけでも重宝されるぐらいだ。その教育を初めから学ぶ平民に対して貴族の子息子女は入学時点で既にそれらの教育がされていることが多い。その差を埋めるために平民は学力を最初に徹底的に学ばされ、彼等は魔法について学ばされる。二年になる頃には真面目にやっている限りはそこで学力と魔力量が横並びに近い状態となる。よく考えられているものだと思ったものだ。そこから先は本人の努力次第となるわけだが平民出身の者達の半分以上がここで心折れる。家庭教師のつく貴族と自力でなんとかせねばならない平民。努力に要せねばならない時間のその差は歴然で、退学する者もいた。幸い私は勉強することが嫌いではなかったので授業にも付いていけていた。
ハルト様の知識量はおそらく上の学院に進級され、優秀な成績で卒業された旦那様をも軽く凌駕していると思われる。千冊以上にも及ぶ旦那様の蔵書を読破されていることにも驚いたが、彼の方の行動を見ているとそれも納得させられた。
ハルト様は興味を持つとすぐに色々実験と称して試される。
ハタから見ていると奇妙な極まりないと思えるようなことをなされている時があるのだが理由を聞けば納得する。そしてそれらを商品の作成や魔獣討伐に利用されるのだ。好奇心旺盛というよりも知りたがり、知識欲の塊のようにも見える。
マルビスがテスラに彼の方から目を離してはならないという理由がそれだ。
本当にハルト様はあらゆる意味で個性的だ。
それはライオネルも感じているようだ。
「どうしたらあのような子供が出来上がるのか不思議でならない。ロイ、貴方はハルト様が生まれた頃から一緒にいるのだろう?」
そう尋ねられたが私は恥ずかしいことにその問いに答えることが出来ない。
「私にそれを聞いても無駄ですよ。私がお世話していたのはハルト様の兄君様達ですから。まだ足元も覚束ないうちから旦那様の書斎に入り浸り、床に書物を広げているような方でした。ハルト様は三男というお立場で在らせられましたから。
私が彼の方と関わるのはワンパクな彼の方が屋敷内で行方不明になった時か、いきなり倒れてしまった時の男手が必要な時くらいで」
「行方不明で、倒れた?」
「ええ、大抵は旦那様の書斎にいらしたのですが庭師のところで一緒に土いじりをしていたり、メイドや料理長と会話をしていたりで。今思えば彼の方なりに子供らしく、誰かに構って欲しかったのでしょう。随分とお寂しい思いをさせてしまっていたのだろうなと、そう思っています。おそらく書物から様々なことを学び、知恵を蓄え、誰からの教えを受けることもなく、魔法も一人で習得されたのでしょう。
倒れていた原因も知ったのは最近です。どうも魔法の扱い方の練習をされていて、魔力の欠乏によりお倒れになっていたようで。
私は彼の方にお助けして頂いて以来驚かされるばかりです」
旦那様に屋敷の使用人達への聞き込みを命じられて調べたことがキッカケで私はハルト様に興味を持つようになった。
それなのに・・・
「彼の方の才能を一番に見抜いたのはマルビスなんですよ」
なんの接点もなかったマルビスが知り得た情報を私は知ろうとしていなかった。
旦那様に命じられていたのは跡取りとしての兄君様達のお世話だったから。
ハルト様も間違いなく旦那様の御子であったのに。
「私は一緒の屋敷で暮らしていながら、ハルト様にお会いしたこともなかったあの男のようにその才能を見抜けなかった。私がもっと彼の方のお世話をしていれば」
「それがロイの負い目か?」
そうライオネルに言われ、言葉を途切れさせた。
負い目?
そうか、言われてみればそうかも知れない。
「成程な。貴方のような男が随分と殊勝な態度でいると思っていたが、そのせいか」
「どういう意味ですか?」
「ロイは多分、ハルト様の婚約者の中でタイプ的に俺に一番近いと思っていたんだが、取っている行動とその表情がどこかチグハグだな、と」
勿体ぶった言い方の割にはあっさりその答えを返された。
この男と私が似ている?
一体どういう意味だろう。
私はその言葉の続きを待った。
「さっきもハルト様と話をしていたんだが、俺は昔から独占欲が強くてね。いつもそれで失敗する。恋人が他の男と話しているだけでも我慢できなくて怒鳴りつけたり、俺を優先しないだけで苛立って当たり散らしたり。落ち着いてから考えればそれなりの事情もワケもあるとわかるがどうにも感情を抑えきれなくてね。
俺はそういう意味ではあまり恋愛向きではないのだろう。
相手の意見を聞く前に感情を爆発させてしまっていた」
つまり私の嫉妬深い母と似たタイプということか。
相手を巻き込んでまでの激情型でないことを思えば母よりは随分とマシなのであろうが。
「だが別れてしまえば諦めもつく。まあ所詮その程度の存在だったと言ってしまえばそれまでなんだが、それを押してまで追いかけようとも思わなかったからな」
この男が似ていると言った意味を理解した。
「気をつけろよ? 諦められない、無くしたくないものなら」
それは自分のようにならないようにしろという忠告なのか?
「・・・どうすれば良いと?」
「それを俺に聞くな。俺はいつも失敗する側だ。
ただ失敗していた理由なら多少の自覚はある」
失敗していた理由?
「俺は自分の感情に任せてそれを押し付け過ぎていた。相手の都合や感情も考えずにな。今思えばもっと相手を思い遣ってやれば良かったとは思うが、いつもその時になると他が見えなくなって制御が効かなくなる。どうしようもない。だがロイは独占欲みたいなものが見え隠れしているわりにはそれを表に出そうとしなかった。話を聞いてみればその理由にも納得いったが」
私のハルト様に対する後ろめたさと、マルビスに対する劣等感。
それが私の感情を抑えていたのだろうか。
「さっきイシュカに抱きかかえられた時に仰っていたのだが、ハルト様はあの御屋敷をみんなの戻って来られる家にしたいのだそうだ。半分寝ぼけていらしたようで、覚えているかどうかはわからんが」
「そのようなことを?」
「ああ。多分、ロイの言うようにお寂しかったのだろう。だからこそあのような御方が出来上がったのだと思うと些か複雑なところではある。
様々な功績の幾つかは、おそらく手に入れたそれらを手放したくなくて一生懸命やっている結果なのだろう」
ライオネルの言葉には思い当たることがあり過ぎた。
彼の方が動くのは大抵自分のためではない。
その殆どに誰かの影がある。
「ロイは彼の方の全てを独占したいと思うのか?」
そう尋ねられて私は少し考える。
独占したい、そう思うこともある。
彼の方の瞳が映すのが私だけであればいいと。
だけど、
「いえ、ハルト様は私などが独占していい御方ではありません」
「じゃあ問題ないと思うぞ? 何か一つ、これだけは譲れないと決めてそれで満足できるなら。後はそれを維持する努力をすればいいんじゃないか?」
譲れないもののための努力?
「彼の方は弱いところもお持ちだが根本は信念と芯の通った強靭な精神を持った方だ。貴方一人がブラ下がった程度で揺らぐような方じゃない。
貴方がそれに甘えるだけでなく、支えることを忘れない限りはな。
そうは思わないか?」
そうだ、そんなことはわかっている。
いや、わかっていたつもりでいた。
ハルト様は私一人程度が御迷惑をお掛けしたところで気にするような方ではない。
私が私の仕事と役目を果たしている限り。
この瞬間、私の覚悟は決まった。
「決めました。私はハルト様があの御屋敷を皆の戻って来れる家にしたいと仰るなら、私は彼の方が疲れて帰ってきた時に安らげる家になります。
いつでも、いつまでも安心して戻ってきて頂ける家に」
私には彼の方を守れる武力はない。
マルビスのように仕事をお助けする商才もない。
だが私には私にしか出来ない仕事がある。
「そりゃあ彼の方が一番欲しがっているものだろうな。
まあ頑張れ。競争率もハンパ無さそうだが」
「負けません、絶対に誰にも」
彼の方が、ハルト様が一番望まれているというなら尚更。
「一応応援はしてやるよ。俺が狙っているのは彼の方の剣だ。盾はイシュカに、懐刀はガイに既に取られているからな。俺の方の競争率はロイの比じゃなく厳しそうだが」
「貴方も頑張って下さい。
感謝致しますよ。私のすべき道を示して頂いたことに」
「ああ、必ず俺も勝ち取って見せる」
そう言うとライオネルは自分の部屋に戻って行った。
いっそ閉じ込めてしまいたいと思うことも確かにある。
だが彼の方を御守りするのには私一人の力では到底無理だ。
強いのに、弱い。
賢く美しいのに、無防備。
だからこそ尚更ハルト様に人は惹きつけられるのだろうと以前旦那様が言っていた。
隠してしまいたいと思う一方で、彼の方を自慢したいのだ。
私の主人はこんなに素晴らしい御方なのだと。
ならば私は彼の方の戻る『家』になろう。
そうすれば最後は必ず私の元に帰ってきて下さると信じて。
この誰にも抱いた覚えのない感情に、いつか『恋』という名前が付いたとしても。
私は彼の方の一番になってみせる。
それが、どんな意味であったとしても。