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第十一話 勘弁して下さい、予定より数が多いです。


 それからの五日間は怒涛のように過ぎた。


 ダルメシアにワイバーンの習性や行動パターン、戦場となる地形を聞くと私は自分が使えると思うものを片っ端から大量にかき集めさせるようにマルビスに手配を頼むとすぐに自分の目で確認するためにカザフ山まで馬を走らせてもらってその地に降り立った。

 ダルメシアの話を聞いた限りではワイバーンの知能はさほど高くはない。

 策を張り巡らせれば十分に対抗できるはずだ。

 山頂付近からの追い込みと泉方向からの包囲を突破、もしくは振り切ってこちらにくる可能性があるのは四分の一程度だろうという話だ。


 その理由は三つ。

 今回の奴等の目的が繁殖であるということ。

 まだ若い個体が頻繁に狩りに出ていないことから見て巣造りをしているということはすでに卵が生まれている、もしくはもうすぐ生まれるという状態と推測される。生まれればその子供に餌を運ぶ必要が生じるからだ。そうなると卵を生み、温める役目を負うメスはまず動かない。確認されている巣は全部で四つ、これにこのメスを守る個体も当然そこから動く確率が低い。

 そして前方に大量の敵の存在、緑の騎士団と辺境伯部隊。

 これを放っておけば卵を守る四組の個体が危険に晒されるのでこの戦力を無視出来ない以上迎え撃たねばならないので規模からいくと最低六匹残る。

 赤の騎士団が山の斜面側に陣取っているので更にここで二匹。

 これらを討伐した後に卵を守る四組の討伐になる。

 そうなるとこのこちらを突破してくる可能性があるのは残りの四匹というわけだ。

 用心にこしたことはないので半分の十匹は迎え撃つ準備をしておくべきだ。

 なんにでも予定外、予想外はつきものだ。

 用意させたものはこれから建設予定のレジャー施設で流用できる物が殆どだ。

 使わなかったとしても資源は無駄になることはない。

 マルビスが私の書いた設計図をもとにすでに下見に行く三日前から業者や職人に作らせていたので非常に助かった。ロイもこちらの意図を汲み、指示を出してくれるので動きやすいのだ。

 私は思いつくままに幾重にも罠を張り巡らせた。

 私に振り分けられた兵士の数は三十人。

 グラスフィート領の兵の六分の一以下だ。

 本隊の補給に回された人員が百人、設営等の人員が四十人、救護班に三十人取られた結果だ。

 こちらの人員が少なすぎると抗議したがやってきた王都の使者にどうせ私達の出番はないと馬鹿にしたように笑われた。万が一のための準備を怠ってもしもの場合はどうするつもりなのかと問えば我が王国の騎士団を愚弄するのかと吐き捨てるようには言われた。

 これだから権力馬鹿は嫌いなのだ。

 もしもの時はこちらで対処するがその場合、こちらで倒した個体のその素材を全てウチで貰うという話になった。うちの領地を守るための人員の配備はおろか、我が領の兵まで借り出されるのだから当然だろう。

 勿論、書面にも残した。

 通常王国騎士団が出張ってきた場合、討伐した場所によって素材の配分が決められている。

 換金された後に王国騎士の遠征費や被害者の保障、その他諸費用を差し引かれた後に残りの半分が国庫に納められ、残りがその領地の復興に使われる。つまり書面にしなくてもうちの領地に王国騎士団は配備されていないのでそっくりうちのものになるのだが後で難癖をつけられても困る。

 代わりに補給や設営には魔法はあまり関係ないだろうと風と土の属性を持つ兵を優先してまわして貰えることになった。

 兵士の皆には命の危険まで冒す必要はないので危なくなったら後ろに退避して待機するよう伝えた。

 勝算は十分にある。

 作戦決行は陽が地平線より完全に姿を現した瞬間。

 私は明け方のまだ薄暗い戦地に降り立つとカザフ山頂を睨みつけた。

 

 山肌を駆け下りる足音と馬の蹄の音が響く。

 総勢百名あまりの赤の騎士団の追い込みが始まった。

 山の裏側になるこちらからその姿は見えないが地響きにも似た音と振動がこちらにまで伝わってくる。

 それと同時に山の向こう側、緑の騎士団百名、辺境伯部隊二百名、総勢四百人が一斉に動き出す。

 これだけの人数がいればこちらにまで回ってこないかもしれない。

 戦闘にならないにこしたことはないので全く構わないのだが不測の事態というのは突然起こるものだ、気を抜くわけにはいかない。

 仕掛けた罠を作動させるための人員は既に配置済。

 遠い場所への連絡手段は色々考えた末、ワイン樽に動物の革を張った太鼓になった。

 単なる音ではなくリズムにすることで指示の区別をしやすくするためだ。

 木陰に隠れて待つこと一時間弱、未だ討伐終了の合図は聞こえない。続く緊張が切れそうになったその時、山の側面西側の上空に複数の影が姿を現した。


 その数九匹、想定していた数の倍以上。群れの半数近くだ。


 こちらに待機していた兵士達の間に緊張が走った。

 四百もの兵がいてなにをやっているのかと言いたいところだが向こうの状況が不明な以上ここで食い止めるしかない。辺りに緊張が走る。

 落ち着け、落ち着け、大丈夫。この数は想定内、迎え討つ準備は万端だ。

 まずはワイバーンをこちらに引き付けなければと私は作戦開始の太鼓を大きく一つ叩いた。


 カザフ山は活火山、前回の噴火でできたという溶岩の通った後、以前は川が流れていたという幅五メートル、深さ四メートルほどの川底に繋いだ家畜目掛けて精肉店から運び込んだ大量の動物の血を流し込む。血の匂いに敏感だという習性を利用して風魔法で匂いを運び、おびき寄せる。

 この場所を選んだ理由は幾つもある。

 まずは三十メートル四方ほどの開けた土地の真ん中に川跡があり高低差があること、それをカザフの山肌と太く高い木々が鬱蒼と囲うように茂っていること、近くに川が流れていて水辺が近い事などだ。

 ワイバーンには翼がある。翼に傷をつけるのを嫌う奴らは太い木々の間に降り立つことを厭う、大概は吐き出す炎や威圧で茂みから追い出し、獲物を狩る。

 だからもし開けた場所にいる血の臭いが漂う体の大きな家畜と森の木の影に潜む人間がいれば襲うのは家畜のはず。間隔を開けて地面に深く打ち込んだ杭に鎖で繋がれた牛や山羊はワイバーンのかっこうの餌の筈だ。もし騎士団との戦闘に傷ついていればなおさら回復のために食いつくだろう。魔獣の頂点たる竜種は奴らを狩ろうとする騎士や冒険者のような存在がいなければ家畜を食らう程度ではたいした警戒などしない。

 やってきたワイバーン達は次々と家畜達に襲い掛かっていく。

 無論、この家畜達には仕掛けがしてある。

 上から見える背中にではなくその両横の腹に足を掛ければ罠は脚を挟み込むと同時にワイヤーが絡みつく仕掛けだ。この罠も杭にしっかりと繫がれている。そして罠にかからなかったワイバーンは食事のために地に足をついた瞬間、ある程度の距離を置いて監視している者からの太鼓による合図により待機している土属性持ちの魔法でその足許を泥沼に変えられた後、ゆっくりと動けないように固められていく。

 飛んで移動することが常であるためワイバーンの脚は凶悪な長い爪を持っていても発達しているわけではない。巨体を支えることは出来ても歩くための脚力はない。だから尾を使って三点で支えているに違いない。短い距離でも歩くことなく飛んで移動することがその証拠だろう。

 だったらその脚を封じてしまえばいい。

 五匹の足が繋がれ、ニ匹の足が固められた。

 残りの二匹、こちらは用心深いのか空から様子を窺っている。

 限界だろうか? あまり時間をかけ過ぎて折角繋いだ七匹に逃げられるわけにはいかない。

 まだ仕掛けは用意してある。そこで仕留めるか、もしくは手傷を負わせられればいい。

 作戦を第ニ段階に移すために太鼓が打ち鳴らされた。

 そして近くの川で待機していた兵によって、昨日の夜から堰き止められていた水は一気にこちらへ流し込まれる。

 食事に夢中のワイバーンは水音に気づかない。

 そして当然こちらにも仕掛けがしてある。

 水はここまで流れてくる間に大量の丸太を運んでくるのだ。

 一気にゴオオッという音と共に大量の水と短く、斜めに鋭く切られたそれらに奴等の体を支える浮力はない。激しい水流に乗って運ばれ、勢いよく奴等の体にぶち当たっては骨を折り、翼を破り、もぎ取っていく。運良く足枷が外れても空を飛べず、複雑骨折していては剣を構える兵士から逃げられるはずもない。

 力尽き、流れた先で首を切り落とされていく。

 上空のニ匹のワイバーンの警戒が一気にはね上がる。

 奇声を上げ、こちらを威嚇してくるワイバーンに次の罠を仕掛けるための太鼓の音が打ち鳴らされる。

 次は風属性持ちの出番だ。

 彼らは竜巻を起こすための呪文を唱え、次の合図を待ち、待機する。

 ワイバーンが川を超え、森に近付いた瞬間、再び合図の太鼓が鳴り、一斉にワイバーン目掛けて風魔法が放たれる。

 強い風魔法なら何でもいい、それらが多方向から放たれ、複雑に渦を巻くことによりその下にあるおが屑や籾殻を一緒に巻き上げることに意味がある。大量に撒かれた薄茶色のそれらはワイバーンの視界を奪い、そしてそこに私は魔法で火をつけた。可燃性のそれらは粉塵爆発を起こし、派手な音を立て、真っ赤に燃え上がる。

 当然こちらにも仕掛けがしてある。

 大量の籾殻達の下には先端に凧をつけたワイヤーが仕込まれているのだ。

 これらは風を受けて舞い上がり、ワイバーン達に絡みつき、自由を奪っていく。

 風がやみ、水の中に墜落したワイヤーに動きを封じられ、丸焦げのワイバーン二匹のうち一匹はすでに息絶え、もう一匹は森から歩み出た私を暫く睨みつけていたがすぐに力尽き、動かなくなった。

 念の為ニ匹の首を私の横にいた兵士らが切り落とし、九匹のワイバーンの討伐を確認した。

 次の瞬間、森に潜み、隠れていた兵士達は一斉に歓声を上げながら飛び出した。


「スッゲーッ、おい、やったっ、やったぞ!」

「九匹だぞ、九匹、しかもたった三十人でみんな無傷、嘘だろっ」

「信じられねえっ、誰だよ、こっちはハズレだってボヤいていた奴」

「ハズレどころか大当たりだろ」


 良かった。みんな無事だ。大騒ぎで勝利を喜びあっている姿に安心した。

 ホッと息をついてその場にヘタリこむと側にいたロイが抱き上げてくれた。

 それを囲むようにランスとシーファも近づいてきた。

「お疲れ様です、ハルト様」

 戦闘員じゃないから留守番しててもいいって言ったのにロイはついてきてくれた。

「ホント、ビックリですよ。俺達だけで九匹ですよ」

「最初、ハルト様が色々やり始めた時この人何やってんだって正直思ってたんですけど」

 だろうね、これは口で言ってもわかりにくいだろうなとは思ってたんだ。

「それでも皆が指示通り動いてくれて助かったよ、ありがとう」

 いつの間にか周囲に兵士達が集まっていたので御礼を言うと再び歓声が上った。

「申し訳ないけど、みんな、もう一仕事お願いするね」

「ワイバーンの死体を町に運ぶまでが仕事ですよ。

 この数がアンデッド化したら大変です、もう一度戦いたいのなら別ですが今度はハルト様の用意した罠はありませんからね」

 すました顔でロイが言うと周囲からどっと笑いが起こる。

「そいつはゴメンだな」

「カイト、先に町まで行って応援呼んで来い、運ぶだけなら手伝う奴もいるだろ」

「一応討伐修了の合図あげろ。

 コッチは片付いたって教えて向こうの奴等を焦らせてやれや」

「了解っ!」

 男の人っていくつになってもホント、子供みたいだ。

 軽い足取りで奥から資材を乗せていた荷馬車や荷車を引っ張り出してくると次々とワイバーンを乗せていく。頭を切り落とされて手脚を縄で縛り上げられ、丸められ、乗せられていく姿はなんとも憐れだ。大きめの馬車だったので助かった、ちょっとした小山になっているけどぎりぎり一匹乗るくらいだ。

「ハルト様はいかがなさいますか?」

「まだ向こうの戦闘修了の合図がない以上、私はここを離れるわけにはいかない」

 流石にもうこちらにくることはないとは思うけど残りがまたこっちに逃げてくる可能性はゼロじゃない。

 万が一の備えは必要だ。

 今回は出番がなかったけど用意した武器もまだ一つ残ってる。

 ワイヤー付の大きな設置型の弓の砲台。

 これも空からワイバーンを引き摺り降ろすために準備したものだ。

 これが必要になるとは考え難いけどわからない。

 私はまだ討伐の合図の炎弾が上がらない辺境伯領の方角をみつめた。

「では私も御一緒させて頂きます」

「勿論、俺らも残りますよ。な、シーファ」

「当然」

 この二人にもすっかり慣れた。

 警備という仕事上、屋敷の中にいるときはあまり話をしなかった。

 そう考えてみると私の交友関係も随分広くなったものだ。

 ついこの間までは屋敷の中と裏の森以外殆ど知らなかったこの世界。

「ロイ、私を抱き上げるのクセになってない?」

 ロイとよく話すようになったのはここ十日くらいのことなのに何回抱きあげられただろう。いくら私が子供とはいえ、それなりに重いはずだけど。

 武闘派ではないけどそれなりに強いことは知っている。


「そうですか? でも貴方は忘れがちのようですからね、貴方がまだこうして抱きあげられるような年の子供だということを」

 言われてみれば思い当たるふしがある。

 ここ最近いろいろあり過ぎて忘れていた、今の自分が子供であることを。

「かも、しれないね」

「だからこうすることで思い出して頂こうかと」

 父様にもここ最近は忘れられてる気がするよ。

 私に対する父様の態度は子供に対してというより仕事の上司みたいだ。

 私が全然子供らしくないせいもあるだろうけど。

 そう考えるとロイのほうがよっぽど父親みたいだ。

 こんな生意気な子供、ロイは欲しくないだろうけど。

「ロイは優しいよね、嫌いじゃないよ。私、ロイに子供扱いされるの」

 少しだけ恥ずかしいけどね、と、そう付け足すとロイは複雑そうな顔で笑った。

 やっぱり嫌なのかもしれないなあ、こんな無鉄砲で向こう見ずな可愛げのない子供。

 せめて嫌われないようにしないと。

 ロイは父様にお借りしているだけだからいつまでも側にいてくれるわけではない。早々にごめんこうむりたいと思われないようにしないといけないなあと思ってロイを見上げるとふいっと視線をそらされた。

「合図です、引き上げてもよさそうですね」

 気のせい? たまたまタイミングがあっただけ? 

 まさかもう嫌われてる、わけじゃないよね?

 気にはなるけど聞けなかった。

 結局上った合図に誤魔化されたのか、助けられたのかわからないままだ。

「ホントだ。じゃあ早く片付けが終わったら今日は私がみんなに夕飯御馳走するよ。

 シーファ、どこか美味しいとこ、知ってる?」

「ヨッシャー、お〜い、ハルト様が俺らにメシ奢って下さるって」

 思ったより早く片付いたのはみんなのお陰だ。

 子供とはいえこの中で一番の責任者になるのだから仕事が上手くいったならまずは部下(?)を労うべきだろうと声をかけるとシーファが大声を上げながらみんなのもとへ駆けていく。

 歓声がわっと上がったが一応釘をさしておくべきだろう。

「早く片付いたらだよ」

「おい、みんな、急げっ」

 念を押した私の言葉にみんなが止めた手を慌てて動かし出した。

 さっきまでよりあきらかに効率が上がったようだ。


「貴方は本当に人を動かすのがお上手ですね」

「御褒美はないよりあったほうがいいでしょ?」

「そうですね」

 まだ日も高い。

 この調子なら夕暮れまでには片付けも終わるだろう。

 ワイバーンの脅威もひとまず去ったのだから少しくらい浮かれるのもいいよね。

 

 そういえばワイバーンって一匹で結構なお値段したよね。

 それが九匹って、いったいどのくらいになるんだろう。


 

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