第百三十二話 年末年始は強制休養?
外がすっかり寒くなるとコタツの虜となったみんなは最近このリビングから動こうとしなくなった。
マルビス曰く、『コタツには魅了の魔法が掛かっている』という。
それには私も同意だが、商業班会議室までコタツに変更させた時は笑ってしまった。マルビスがその魅力を力説したために現在ウチの大ヒット商品の一つとなり、屋敷の一部を椅子から床上座り込み生活に変えた人も出てきたくらいだ。
椅子を使ったタイプのコタツも作るには作ったけれど売れ筋は床の上にゴロ寝で温まれる座卓タイプ。寒い夜には暖炉ではなくコタツに入ったまま寝転んで、顔だけ出している人もいるそうだ。ウチでいうとガイとサキアス叔父さんがこのタイプ。あまり物を欲しがらないガイが珍しく自室に入れたいとマルビスに強請り、交渉していたくらいだ。当然だが私の私室の机もコタツに変更済み、リビングのコタツが伸ばされた脚で満員御礼状態になると自分専用のコタツが届くまでの間ガイが私の部屋で昼寝をするようになり、ロイを呆れさせていた。
コタツ布団もセットにして売り出したのだがベラスミの厚手に織られた掛け敷き布団セットは現在受注生産待ち状態。ゲイルが嬉しい悲鳴を上げている。これにはビスクも大喜びだった。売れるのは冬の間だけだろうけれど来年に備えて夏場も生産依頼を大量にいれている。確保したお針子さんと織物職人さん達は大忙しになっているのだ。
そんなコタツ生活にも慣れ始めた年末も差し迫った頃に届いた、その別荘完成の知らせは私の心を躍らせた。
年末年始は警備部門と寮の食堂勤め以外、全員五日間の休暇になっている。仕事上休めない部門は収穫祭の時のように日毎に特別手当を支給して交代で休みを取ってもらうようにお願いした。
日頃全く休もうとしないウチの側近達にはこの際ゆっくり休んで頂こうと社長(?)命令で一週間の強制休暇を申し渡し、一緒にベラスミの別荘に行くことになった。反対意見が出るかとも思ったが案外あっさりと受け入れられ、ロイは屋敷の管理の心配していたが一週間くらい掃除をしなくても多少の塵が積もる程度、死にはしないと納得させた。開けておくと働き者のみんなが休まず働きそうだったので三、四階部はロックを掛けて入れないように規制し、ついでに屋敷の玄関にも鍵を掛けたので巡回は外周だけで問題ない。
別荘には個人的な着替えや私物以外はゲイルが既に手配済み、用意おいてくれてある。
メイドや警備員なども手配済みなので心配ないという。
ということで、折角だからと専属護衛組で希望者を募ったところ半数ほどが名乗りを上げ、仕事じゃないので休日扱いだし手当も付かないと念押ししたのだがそれでいいと言うので随分と大所帯になってしまった。口数こそ多くはないけれど、すっかりみんなに馴染んだレインもちゃっかり同行予定、エルドとカラルも付いてくるつもりらしい。
お願いした別荘はここよりは小ぶりだが四階立てで最上階は露天風呂付きの私達のプライベートエリア、ニ、三階は従業員達の福利厚生の宿泊施設(こちらをライオネル、ランス、シーファ達に開放しようと思っているのだが)、一階部には室内と露天両方の大浴場が作られている。自分で責任持って片付ける限りはお酒の持ち込みも自由である。そしてなんと言っても最大のウリは高温の湧き出る温泉を利用した魅惑の床暖房完備なのだ。
休暇当日、各々自分の荷物を馬に積んで早朝出発となった。
仕立て上がったグリズリーの毛皮のコートをしっかり着込んでテスラを後ろに乗せてノトスに跨り、シルベスタの領地となったベラスミ帝国ならぬベラスミ領へと向かう。余談だがキールはサキアス叔父さんの前に乗っている。すっかり手の掛かるサキアス叔父さんの保護者状態になっているキールの存在は実にありがたい。
この休暇が過ぎれば暫くはまともに休めない日が当分続く状況も充分ありえるのだ。
ならば年末年始くらいのんびり強制的に休んで頂こうというわけだ。
春に待っているのはレジャー施設の王侯貴族への御披露目パーティ、そして一年かけて準備した一大リゾート施設が私の誕生日にいよいよオープンとなる。定期運行の馬車の用意、アスレチック広場へと続くショッピングモールに入るテナントも決まり、似顔絵などを描かせるデザイナー志望の芸術家達や大道芸人の手配、賑やかしの音楽隊、寮に置いた楽器に興味を持って一生懸命オープン時に披露したいと練習に励んでいる者もいる。貴族の屋敷奧からウチに送り込まれてきた様々な特技や才能を持った豊かな人材はそれに相応しい活躍できる場所を用意したので存分に活躍してくれることだろう。
期待の新人達である。
最早私一人揺らいだ程度では潰れやしない組織。
以前と違って安心して屋敷を空けることができる。
陽が昇る前の早朝出発すると領境の検問所近くに夕暮れまでにはまだ時間もある頃に到着した。
別荘はここから半刻もしないところにあるという。
買い取った山がここから近い場所なので当然と言えば当然なのだが、やけに検問所が騒がしい。以前ここを通った時は人もかなりまばらだったはず。冬が明ける前にと運河建設が既に開始され始めている話は聞いているけれど、そのせいだろうか。今年の春は洪水被害も少なくなるといい。
ゲイル達が迎えに来てくれているはず。
私達は検問所少し手前でスピードを落としゆっくりと道を進むと、私達の姿を見つけ、検問所にいた衛兵の一人が大声で叫んだ。
「おいっ、お見えになったぞっ」
その声と同時にワッと門の向こうから人の大歓声が上がった。
それも十や二十といった数ではない、明らかに桁が違う人の声だ。
兵達が必死に食い止めている人垣。
急いで検問所を通る手続きがなされて潜った先に待っていたのは人の洪水。
歓喜に満ちた、ほんの二か月ほど前に見た生きることに疲れたような目で俯いていた頃とは違う、まるで別人のような顔の町人達。
人々の口から上がるのは感謝と感激の言葉ばかりだ。
わけがわからない。
私はこの人達に感謝されるようなことをした覚えはない。
だが彼らが呼んでいる名前は間違いなく私の名前だ。
群衆の中からゲイルが抜け出して歩み寄って来た。
「お待ちしておりました、ハルスウェルト様」
馬上の私を見上げてゲイルが恭しく頭を下げる。
「なにコレ? どういう状況?」
尋ねる私にゲイルが苦笑する。
「皆、貴方様に一言感謝を伝えたいと集まったのですよ」
感謝されているのはわかる、だがその理由がわからない。
こんな膨大な人数の人達に私は特に何もした覚えはないのだが。
「私、何もやってないよね?」
確認するように尋ねると私の後ろでテスラが苦笑した。
「ないもやってない、ということはないでしょう?
本当に貴方はまるでわかっていない」
だからわかってないって何を?
「貴方は彼らに多くの仕事を与え、その対価を支払い、多くの者に大規模事業によって生きる希望と将来に夢を与えた。それが彼らにとってどんなに貴重で素晴らしいことか貴方は理解していないでしょう?」
「対価を支払うのは当然のことでしょう? 私は私のやりたいことをやっただけだよ」
欲しかった貴重な職人の確保。
温泉に目が眩んで提案した施設開設企画。
将来的な水不足や商品流通運搬のための運河水道建設工事。
それらは全て国や領民、多くの平民達のために計画したものではない。
首を傾げる私にテスラが告げる。
「王侯貴族や国の重鎮達は最下層の平民の生活など殆ど省みることはありません。顧みたとしても今は貴方のために働いているあの人達のように挫折し、徒労に終わってしまうことが多い。民の生活を変えるということはそれだけ難しいことなんです。それを貴方はこともなしにやってのける」
だから私は平民達の生活を省みたわけではなく、変えようとしたわけでもない。
ただ自分の欲しいと思ったものに迷わず手を伸ばしただけ。
実際に動いてくれていたのは私ではなく、私の下で働いてくれている人達だ。
私はただ提案し、お願いしているだけに過ぎない。
困惑している私をテスラが背後からぎゅっと抱きしめる。
「俺はそんな貴方が大好きですよ。誇らしく、ずっと側にいたいと思うほどに。
自分のやりたいことをやっているのだと貴方は言いますが、貴方は決してそれに関係する者達や巻き込む人達を蔑ろにはしない。労働に対する正当な対価、真っ当に働けば認められる才能と成果、それに相応しい報酬を身分に問わず惜しまずに与える。それを貴族である貴方が行うことは稀有なんですよ。俺達平民は常に使い潰されて当然だったんですから」
耳元で囁かれる優しい声に私はテスラを見上げた。
テスラに大好きだと言われたのは覚えがある限り初めてで私は真っ赤になって俯いた。
好かれているのは行動でわかってた。
だけどロイやマルビス、イシュカのように口説き文句を言ったことはない。
テスラの甘く響く声は非常に心臓に悪い。いや、悪すぎる。
声優ばりのいい声に正直頭がくらくらしそうだ。
「私は慈悲でやっているわけじゃないよ?」
自分の欲望と思いつきに任せて起こした行動が予想以上に評価されてしまって身の置きどころなく、小声でそう呟くと近くで人員整理をしていた衛兵の一人が振り向いて言った。
「はい、貴方が厳しい方だというのは存じております。自分の仕事を全うしようとしない私達を貴方は叱責されましたからね。自分の役目や仕事を果たそうとしない者には容赦無い方だというのも幹部の方達にお聞きしています。貴方がその対価を支払うのは真面目に働く者にだけであると」
その顔には見覚えがあった。
カイザーグリズリーを相手取った時、光属性の雷魔法を落としてくれた兵士の一人だったはず。討伐した後はそれを手際良く捌いてくれていた。私が思い出したことに気づいたらしく彼は一言『お久しぶりです』と告げると先を続けた。
「ですがそれでも貴方は守る責任のない他国の者であった私達をグリズリーの脅威から救い、被害にあった者達の治療を無償で指示し、その骨や肉を惜しげも無く近隣の村人達に与え、更には貴方の手伝いをした衛兵や鉱夫達を労い、酒を振る舞った。
こんなことをして下さる方は今まで誰もいなかったんです」
そう言うと彼は改めて私に向き直ると深々と頭を下げ、そして言った。
「御静養、歓迎致します。どうぞ我らが領地でゆっくりと御寛ぎ下さいませ」
その言葉に呼応するように群衆から拍手喝采が沸き起こった。
私達はズラリと並んだ観衆の中をゆっくりと進んで行く。
嬉しいというのを通り越し、最早私の感想は『どうしよう』である。
またドエライことになってしまった。
コレは見せ物パンダのレベルを遥かに超えてしまっている。
私は極力普通に生きたかった。
こんな状況を望んだことは一度もない。
やはり政治なんてものは関わると碌なことがない。
地味に生きることは既に諦めている。
だが半年前に私が望んでいたごく普通の平凡な生活は遥か銀河系の彼方に消えてしまったことだけは、はっきりと理解できた。
別荘に着くと私はどっと疲れて床に座り込んだ。
エントランスには靴を脱ぐための玄関があり、私好みの素朴なホテル旅館風に仕上がっている。
玄関脇にはこれでもかというほどに地元民から感謝の気持ちだと届けられた様々なものが山積みだ。高価なものではない、自分ができる精一杯の中で贈られたものばかり。
嬉しくないわけじゃないのだがそれ以上に重いのだ。
どうにもやってしまった感が拭えない。
「大丈夫ですか?」
心配そうに差し伸べられるロイの手に捕まって立ち上がる。
「なんとかね。ライオネルやランス達も三階以下で好きな部屋使っていいよ。私室以外のフリースペースも自由に使って。但し、壊したり、その場にあるものを勝手に持っていかないこと。
今回は仕事じゃないからね、警護の必要もなし。
みんなゆっくりしなよ。一階の大浴場も自由に使って。
それから夕食は二階の広間に用意してくれてるみたいだから荷物を片付けたら宴会にしよ? 自由参加だけどお酒もゲイルがたっぷり用意してくれてあるって。以上っ、解散っ」
そう私が宣言すると嬌声を上げてライオネル達は我先にと階段を駆け上がる。
「お疲れのようなら私が抱えてお連れしますが?」
「ありがとう、イシュカ。大丈夫だよ」
私はカなく笑う。
情けないなあとつくづく思ってしまう。私はこんなにも弱い。
図太い自覚はあるけれど、自己評価以上の期待を押し付けられるのはキツイ。
私は万能な人間ではないのだから。
とぼとぼと階段を上り始めた私の後ろに立つと、伸びてきたイシュカ腕にヒョイッと抱え上げられた。
吃驚して見上げると優しくて柔らかい笑顔がそこにある。
「民衆というものは無責任なものですから貴方が気に病む必要はないのですよ」
しまったっ、露骨に顔に出ていたか。
また余計な心配をさせてしまっただろうか。
私が慌てて顔を隠すように俯くと上から言葉が更に降ってきた。
「自分達の都合のいい時は期待し、それが外れれば詰られる。
それが民衆というものです。
上に立つ者の苦労はバリウス団長を見ていましたからその気苦労が少しくらいはわかります。魔獣討伐が成功すれば褒め称えられ、多くの犠牲を出せば詰られる。そんなところを私はあの人の隣で散々見てきましたから」
そうか、そうだよね。
団長は私が生まれていない頃からその重圧に耐えていたのだ。
「だけど彼の方はどんな時も真っ直ぐ前を見ておられました。
次こそはもっと上手くやってみせると。どんなに非難されようと自分が力を尽くしたことは団員のみんなが知っていてくれているから大丈夫だと。自分には大勢の心強い味方がいるからと」
やはり団長はカッコイイ。
たくさんの男の人が憧れる理由もよくわかる。
「ですが、どうか覚えておいて下さい。貴方には私達がいます。
この先どんなに民衆に詰られるような事態になったとしても、私達は変わらず貴方の味方でいると約束致します。ですから私達がお役に立てるのであれば迷わず手を取り、頼ってください。私達は貴方に甘えて欲しいんです」
そう強く言われ、私が顔を上げると揺るぎない瞳がそこにあった。
そうだ、忘れちゃいけなかった。
私にもいる、私を支えてくれる人達が。
「イシュカの言う通りです。嫌になったらいつでも私に言って下さい。前にした約束は今も、この先もずっと有効です。逃避行をお望みでしたら貴方を連れて世界中どこへでも逃げてみせますよ。私には甲斐性がありますから」
「貴方が行かれるところならどこにでもついて行きます。貴方のお側が私の生きる場所ですから。私は器用な男なので必ずお役に立つはずです」
マルビスとロイの言葉に思わず小さく笑ってしまう。
二人は自分のアピールポイントをよく知っている。
「その時は俺も連れて行って下さい。貴方と旅をするのならそれだけでも楽しそうだ」
「俺も付いて行ってやるから安心しろって。俺が守ってやるよ。コイツらだけじゃ不安だからな。それに御主人様がいなくなったら俺の好物が食えなくなるだろ?」
テスラとガイの台詞に目を丸くしてしまう。
新しく来年早々にも私の婚約者に加わる二人の言葉に吃驚した。
二人がその話を受けたのは成り行き、気まぐれ、そんなふうに思っていたから。
どんな意味であるにせよ、確かな好意がそこにある。
「ありがとう。気が楽になったよ」
そうだ、私はたった一人の、最後まで側にいてくれる味方が欲しくて恋がしたいと願い、手に入れたいと思っていたのだ。でも今の私にはそんな存在がこんなにたくさんいる。
私の夢は既に叶っているではないか。
ならばキバらないでどうする?
折角手にしたものを手放したくないのなら頑張らなきゃダメだ。
そりゃあ私は穴だらけで、まだまだみんなに助けてもらわなきゃダメだけど。
私はぎゅっと拳を握った。
大好きなみんなが側にいてくれるなら私は世界中から非難されてもいい。
私は私の大事な人がわかってくれているならそれでいい。
「すっごく嬉しい。みんな、ありがとう」
心の底からの感謝を込めて私はその言葉を口にした。
感激して泣きそうになっている私の耳元にポツリとマルビスの呟きが聞こえてきた。
「そういえば前にイシュカとロイに自慢されたのを思い出しました」
何を?
漏らされた言葉に一瞬嫌な予感を感じ、出かけた涙は引っ込んだ。
「ベラスミは寒いので貴方と一緒のベッドで眠って温かかったと。
今日は私と一緒に眠りましょう、是非っ」
そんなことあったね、そういえば。
「確かに体温高い御主人様を抱えて眠るのはあったかそうだ。俺も邪魔するかな」
マルビスはまだしも何故ここでガイまで加わってくる?
「俺も混ぜて下さいよ、貴方達ばかりズルイじゃないですか」
「僕もハルトと一緒に寝るっ」
テスラ、レイン、二人も妙なことで張り合わないで欲しいのだが。
「私達も一緒に眠るか?」
「なんで俺が休暇までアンタの面倒までみないといけないんだ? 冗談は寝言だけにしてくれ。アンタと一緒に寝るくらいなら俺もハルト様と一緒がいい」
そしてサキアス叔父さんはキールにフラれていた。
まあ二人とも深い意味はないんだろうけど。
結局宴会の後の翌朝、起きると私の寝室に用意されていたキングサイズのベッドにはマルビスとテスラが両脇に、足元近くにレインが潜り込んでいて、すぐ下の床暖房の入った床上でガイが眠りこけていた。
床上ではそこにいる意味もないのでは?
他にも部屋はたくさんあったはずなのだが。
まさしく色気もへったくれもない雑魚寝状態に私は声を上げて小さく笑った。
今日の夜はいったい誰が潜り込んでくるのだろう。
みんなの体温で温められたベッドの上は間違いなく温かかった。
冷たいベッドは冬場には確かに厳しいかも。眠気も一気に冷めてしまう。
屋敷に戻ったら手軽な湯たんぽも作ってみよう。
眠る前に布団を温めておけば寒い冬の夜もきっと少しはマシになる。
だけどきっと今のこの状態のように心までは温かくならないだろうなと、
そう思った。




