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第百三十話 解決策は私の欲望の赴くまま?


 階段を降りて酒蔵に入っていくとそこにはこんな場所には似つかわしくない御歴々が揃っていた。

 フィアに双璧の連隊長と団長、シルベスタとベラスミ両国の宰相、父様、そしてウチからはガイとライオネルだ。まあ秘密の会議というものはコッソリやってこそ、密談はバレないに越したことはない。隅に転がっている密偵をしていた男はこの際視界から外しておくとして、ここにロイとイシュカ、私が加わり今回の件についての罪状と追求、その経緯、陳謝が始まった。

 

 簡潔に言ってしまうなら今回の一件は足りない国家予算補填ためだった。

 運河建設事業はそれなりの大規模だが大きな建物を建築するわけではない。管理事務所や港、橋、それに付随する宿屋などの宿泊施設は必要であろうが私達が提案したものはあくまでも既存のものを利用しつつ、ウチの幹部達総出で検討対策し、低予算で組まれていた。だがこれを捻出する国力がベラスミにはないのだ。

 シルベスタでは領地の経営状態によっても前後するがおおよそ給金の四割。その内の半分が国へ、残り半分が領地経営に回されている。父様が一年間免除されているのはこの国へ納められる分で、私達を含めたこの領地に住む民からは変わらぬ税金が取り立てられている。因みに現在ウチの領地での高額納税者トップは当然私である。

 この財源で現在開拓、開発等の領地の公共事業が推し進められているわけだが、ベラスミの税率は五割、しかも平民の一ヶ月平均給金はウチよりも二割も低い金貨四枚。その上に女性の働ける職場が少ないので生活を支えるための稼ぎ手が少ないために更に生活は苦しくなる。国の財政が逼迫しているからといって税率を上げれば民の生活は立ち行かなくなる。これ以上の負担を強いるわけにはいかなかった。

 そこで新たな財源確保の必要性があったのだが国にはたいした産業もなく、使える土地も少ない。他国で何か参考になるようなものはないものかと調べていたところ南の方に位置する国で圧倒的国力差がありながら大国に勝利した国の噂を聞きつけ調査した。その原因となったのが(くだん)の麻薬だ。勝利した小国は自国で栽培した麻薬の元となる植物を栽培し、大国の商人に始めは安価で売りつけた。その中毒性と副作用を隠したまま。

 強欲な商人は仕入れたそれを異国の薬として売りつけた。

 その中毒性と副作用を知らなければそれは病人や怪我人の痛みを和らげるだけでなく健康な者をも最初は夢見心地な気分にさせた。

 薬は飛ぶように売れ、その商人は小国に独占販売契約を取り付け、利益を分け合った。

 小さかった商会はあっという間に大きくなり、その男は巨万の富を手に入れた。

 だが売り捌き、それを買い求めに来る者達の姿を見て男はその中毒性と副作用の恐ろしさに気がついた。しかしながら贅沢というのは一度身につくと生活のレベルを落とすのはかなり難しいものだ。男は自分の裕福な暮らしを守るために麻薬を自国で売り続けた。結果国力は弱り、小国に攻め込まれ大敗を期して占領される結果となった。

 最初はそんな非人道的なことをと躊躇っていた。

 だが隣国、シルベスタに嫁いだ再従姉妹、これがキャスダック子爵の夫人なのだが、彼女と再会する機会があった。彼女が厳しく貧しい暮らしから抜け出せると嫁いだ先でも田舎の貧乏暮らしが待っていた。ベラスミで宰相の地位に付いている彼に何かウマイ儲け話はないものかと持ちかけたのだ。彼女と話をしていると自分に逆らえない気の弱い夫に町のゴロツキと組んで娼館経営をさせていることを彼に漏らした。平民を奴隷と同意、自分が贅沢をするための道具くらいにしか思っていない彼女には些かの良心の呵責もなく、まるで自慢話をするかのように彼に語った。

 民のためにと働いている自分と真逆の存在。

 そして彼女は彼の机の上にあったその麻薬についての資料を偶然見つけ、それを夫、キャスダック子爵の領地で作らせようと持ちかけた。夫は自分の言いなりで思うように動かせる、問題ないと言い出したのだ。自分の贅沢のために夫を利用し、民を使い潰そうとしている彼女を見て、こんな女なら破滅したところで然程良心の呵責も傷まないと思ってしまった。ちょうどその頃、自国の鉄鋼資源の価格引き下げの交渉とも呼べないような脅迫がオーディランスから提案されていた。オーディランスはシルベスタに次ぐ鉄鉱石の輸出先、手を引かれては逼迫している財政が更に厳しいものになってしまう。だからといって価格を下げてもたいして変わりはない。どちらにしても厳しい現実が待っている。ならば別の形でオーディランスから金を取り戻せばいいのではないかと考えてしまったのだという。

 彼、ベラスミの宰相の話が全て真実だとするならば、使った手段はともかく同情の余地はある。オーディランス側にも充分非がある。キャスダック夫妻については因果応報、自業自得としか言いようがない。自分達がしたことのツケを支払わされたわけだ。

 

「陛下は御存じありません。全て私の一存で行ったことでございます」

 説明を終えたところでベラスミの宰相がそう言って床に座り込んだまま再び頭を床につけ、そう付け加えた。

「だが予算の収支が合わないだろう? どうやって報告していた?」

「組んでいた商人に城の美術品や骨董品などを売り、その買取額として上乗せさせていました。我が国では人件費も限界まで削っておりましたから大きな商会などの監査には私も同行していることもありましたので、そこの監査の際には私が立ち会うように日程を調整し、帳簿は誤魔化していました」

 シルベスタ側の宰相の問いに彼はそう答えた。

 膨大な仕事量。おそらく寸暇を惜しんで働いていたのだろう、国民のために。

 志自体は立派だが取った手段は最悪。

 結局自国の首を絞める結果となった。

「ベラスミがオーディランスに輸出している鉄鉱石の割合ってどのくらいなの?」

 私は圧迫するという取引状況が知りたくて尋ねた。

「現在輸出している国は五国。最大の取引先はこちらのシルベスタ王国でおおよそ六割が取引されています。オーディランスは二割、残りは三国に輸出されています」

 つまり五分の一か。

「二割っていうと結構大きいよね」

「はい。我が国にはこれといった産業も、高価な宝石類の産出もありません。輸出が減った分の財源も勿論ですが、採掘する量を絞れば鉱夫の給金も減らさざるを得ません。仕事にあぶれる者も出てくるでしょう。かといってオーディランスの足元を見るような一方的な鉄鉱石買取価格の大幅な値下げは許容できません。

 赤字になるくらいならば取引などしない方がマシです。一度それを受け入れてしまえば今後また同じような要求をしてくるでしょう。我が国はオーディランスの植民地ではなく、民は彼の国の奴隷ではない。私はオーディランスが許せませんでした」

 二足三文で買い叩かれたってことね。

 鉱石の採掘に掛かる経費は鉱夫の人件費だけの話ではない。

 管理費、採掘資材費、警備費その他諸々だ。しかもある程度の資金が国に入って来なければ国力は衰えるばかり。その上、いつか資源というものは尽きるのだ。


「さて、どうしたものですかね」

 シルベスタ宰相が溜め息と共にポツリと漏らす。

 実に難しい問題だった。

 最早ここで彼を断罪したところで解決する問題ではない。

 解決策が見つけられないまま沈黙が続く。

 するとベラスミの宰相は床に頭を擦りつけるように伏して懇願する。

「全ての罪は私が被ります。シルベスタに御迷惑はお掛けしないとお約束致します。

 ですので、どうか、どうかこの事業は、この運河、水道工事建設事業だけは貴方がたのお力で実現させて下さい。これが実現すればシルベスタに併合されたとしても民の生活は間違いなく今よりも良くなります。工事建設公共事業による多くの民の雇い入れ、大量の溢れ出る水を引き取ってもらえるなら大地も乾き、食料の生産も叶うかもしれない。そしてハルスウェルト様の事業の下請けとしての仕事受注による民の生活費の獲得。全ては私共にとって夢のような話です。

 そのためならばオーディランスに罪人として差し出され、火炙りになったとしても悔いはありません。

 ですからどうかこの事業だけはっ、お願い致します」

 藁にも縋るような必死の懇願と謝罪。

 謝ったからと言って全て許されるわけではない。

 許されるわけではないのだが。

 

「もともと我が国に被害が及ばない限りはもみ消すつもりでしたから彼がそれを受け入れるというなら特に問題はないわけですが、関係者の口から漏れることも考えられますし」

 それも勿論ある。

 人の口に戸は立てられない。噂は時に真実へと辿り着かせることもある。

 だからこそ今回のベラスミ訪問であったのだ。場所は結局ウチに移すことになってしまったけれど。来年の春を待てばオーディランス側からの調査密偵が本格的に動き出さないとも限らない。そうすれば我が国もウチの領地も多大な被害を受けるかも知れなかったからこその早めの行動だった。

 すると猿轡だけ外されて隅に転がされていた男が肘で体を半分起こし、壁に寄り掛かった状態で口を開いた。

「その心配はありません。全て俺が始末しました。それはそこにいる男も知っているはずです」

 そう言ってガイに視線を向ける。

 ジッと黙って話を聞いていたガイが肩を竦めてそれを肯定した。

「まあな。俺が止めろと言われていたのはウチの国での被害だけだ。麻薬の加工が行われていたのは刑務所、牢獄だ。いくら罪人とはいえあまり気持ちのいいもんではなかったが、特に珍しいことでもない」

 珍しいことでもない、か。

 私としても罪人を庇う気は無いけれど一般人が犠牲になるよりはマシかという程度。たいした罪でもなくそこに入っていたならお気の毒様というほかないのだけれど。

「しかし貴方達が私達を裏切ってオーディランスに喋らないという保証はない」

 死を前にすれば口の軽くなる者もいる。連隊長の指摘は尤もだ。

 だがベラスミの宰相は揺らぎない目を向け、断言した。

「ならば私と奴隷契約をして下さいませ。そうすれば私はたとえ死ぬような目に遭ってもこちらに不利益になるようなことは一切喋ることが出来ません。肌に浮かんだ奴隷紋は焼いてしまえばオーディランスにも悟られることはないでしょう」

 奴隷契約か。契約魔法よりも更に相手に対する拘束力が強いものだ。

 逆らえば死んだ方がマシだと思えるほどの苦痛が襲いかかる。

 胸元、心臓の位置に紋章が浮かび上がり、隷属契約した相手には絶対服従が義務付けられ、強度によっては自殺の強要さえ可能になる。よく借金のかたに身売りする者などに逃亡防止のために使われるものだ。解除するには契約期間の終了か、もしくは第三者となる保証人のサインが必要となる。大概の場合に於いてこれはその土地を管理する役人や領主がなる場合が多い。負った借金以上の労働を課せないためのものだ。流刑地送りや強制労働などに送られる罪人などにも使用されたりもする。

 確かにこれを利用すれば捕まったとしても話すことは出来ない。肌を焼いたり、肉を削ぎ落としたところで解除は出来ないからだ。

「俺はもともと捕まった時点で死ぬつもりだったんだ。殺してくれりゃあいい。手を汚したくないというならこの場で舌を噛み切っても、オーディランスに突き出してもらってもいい」

 転がされていた男も異論はないようだ。

 宰相と同じ志を持って動いていたということか。それが正しいかどうかは別の話だけれど。だが、

「他にも協力者がいますよね? 貴方の連絡を湖の対岸で受け、キャスダック夫妻やここの民を手に掛けた実行犯が」

 それをイシュカが指摘する。

 そう、最低でももう一人いるはずなのだ。

 この男の連絡を受けて畑に火を放った人物が別に。

「知ってたのか」

「ええ、その可能性を考え、ハルト様は屋敷を出る前に警備を増やし、キャスダック子爵の管理地区から戻る前に部下に湖周辺を調査させましたから」

 その男が皮肉げにクッと笑う。

「流石だな。この国の貴族に魔王と恐れられているだけのことはある」

 五月蝿いよ。

 スミマセンね、泣く子ならぬ貴族も黙る魔王様で。

「ソイツも始末しましたよ。俺達が命じていたのはキャスダックの始末と証拠の隠滅だけだ。キャスダック邸の証拠書類は全て焼けと命じていたのにヤツは国のためではなく、手を掛ける必要のない者まで始末し、自分の私腹を肥やすためにそれを持ち帰り、俺達に脅しをかけてきたんです。全てをオーディランスにバラされたくなければ自分にも取り分を寄越せと」

 要するに仲間割れ、か。

 充分に有り得ることだ。始めは国のためと思っていたとしても積まれた金貨を前にすれば目も眩み、喉から手も出てこようというものだ。自己犠牲を貫くにはそれなりの意志と志がいる。半端な覚悟では揺らぐものだ。

「つまり残すところの関係者は貴方がた二人だけ、ということですか」

 連隊長がそれを聞いて考え込む。

「信じられないというなら俺にも奴隷紋を刻んで尋ねればいい。そうすれば俺は貴方達に嘘がつけなくなる。それで国が救われるというなら俺のプライドや命など安いものだ」

 そこまで言うならばおそらく確認するまでもなく事実なのだろう。

 三国の思惑が絡み合った、非常に厄介極まりない状態だ。


「どう思われます? 殿下」

「許されることではないがベラスミにも同情の余地はある。元はと言えばオーディランスが無茶な価格引き下げを要求しなければこのような事態にもならなかったのだろう?」

「だが責任があるのは国であって民ではない。この者達が流通させた麻薬でオーディランスの港町一つが壊滅的な被害を受けた」

 父様とフィア、連隊長が悩ましげに口を開く。

「ですが麻薬被害を受けたのは我が国ではありませんしね」

「そのせいでオーディランスのヤツらに逆恨みされてコカトリスを差し向けられたわけだろ?」

 宰相の言葉を団長が否定的な口調で問いかける。

 確かにそれが原因の一つでもあるけれど、それだけではないのが厄介なのだ。

「でもオーディランスの港町壊滅の直接的な原因はイビルス半島でのスタンピードでしょ? それが恨まれる結果になったんじゃないの?」

 私がそれを指摘すると連隊長が頷いて肯定する。

「でしょうね。ウチは貴方のお陰でたいした被害もなく済んでしまいましたからねえ」

 私のお陰というのは語弊があるが結局王都に魔獣が押し寄せる事態が避けられた事実はある。

「ってことはウチの国ん中でのことは殆どがキャスダックが原因だったってことだ。コイツらに殺された農民も自分達が何を作らされているか知らなかったわけだし、騙して作らせたのはキャスダックだ。そうなるとウチでコイツらの直接的被害者と言えるのは誰だ? 実際に手を下したヤツも既に死んじまっているんだろ?」

「確かに。此奴らが行ったことは人道的に許されることではないがこのようなことに関わっていた以上キャスダック夫妻はたとえ今生きていたとしても死罪は免れない。巻き込まれて犠牲になった民には申し訳ないが、ことが公になる前にキャスダックを始末してくれたのは余計な火種を抱え込まなくて良くなった分、我が国としても都合が良いと言えなくもない」

 客観的に見るならば団長と宰相のいうことはもっともなのだが問題はそこではない。

「だがコイツらを突き出したところでコトは解決すると思うか?」

 そう、ガイが言う通りなのだ。

 スタンピードの際に起こったあちらでの被害が問題なのだ。麻薬流通は間接的な理由でしかない。各国間で魔獣被害に対する責任の所在は問わないことになっているとはいえ、他国の領地から押し寄せた魔獣であるならオーディランスが面白くないのもわからないでもない。

「無理、でしょうね。多少はあちらの溜飲も下がるでしょうが、根本的な解決にはなりません。我が国に向けられた害意が多少ベラスミに向かう程度、結局はオーディランスの敵意がこちらに向いている直接的な原因ではありませんから」

 と、連隊長が溜め息混じりに言う。

 だがみんな忘れているだろう?

 いや、私としては忘れていてくれても構わないのだが、

「それを和らげるための私の短期集中講義開催と他国の留学生受け入れじゃないの?」

 そういう陛下の筋書きだ。

 ただ私に講義をさせたかっただけの理由付けかもしれないけど。


「そう、でしたね」

 そう連隊長が呟いた。

 だがみんな色々なことに囚われすぎているようにも思える。

 確かにこういった国家間の問題は複雑ではあるけれど、もっと単純的に人としての関係と考えるなら幾らかマシになる方法がなくもない。

「要するにオーディランスのベラスミに対する溜飲が下がって、ウチに好意的に思われるように仕向ければ多少はマシになるんじゃない?」

 敵の敵は味方とまではいかないまでも視点をズラすことはできる。

「成程、それは一考の余地がありますね。何か考えがあるのですか?」

 ただ少々問題もある。

 これには明確な『悪役』が必要なのだ。

 私はベラスミの宰相に向き直ると問いかける。

「たとえば貴方が本当に全ての罪を背負う覚悟があるというなら、ですが」

「それで多くの民が救われるというのなら」

 速攻で返って来た答えに私は一つの考えを提案する。

「併合する理由として今回の件を利用するんですよ。

 但し貴方にはキャスダックの罪も背負って頂くことになってしまいますが」

「それも覚悟の上です。もとはといえば夫人の甘言に乗ってしまった責任は私にあるのですから」

 これも即答か。

 随分とウチに都合が良いものとなってしまうし、キャスダックの罪が軽くなってしまうのが少々問題ではあるのだが、どちらにしてもキャスダックはもう死んでしまっているわけだから罪は消えなくとも代償は払っていると言えなくもない。

 

「キャスダックは貴方に脅されて今回の件について関わっていた被害者であるということにするんです。そしてその責任を私達に追求され、国に対して多額の賠償金を請求されたが支払うことが出来ずに公正な統治を約束に国土を差し出した。そういうふうに話を持っていくんですよ。

 そうすれば国家としては消えてしまうわけですから、あちらも自分達の都市を一つ壊滅させる原因の一つとなったベラスミに対する溜飲は下がるでしょうし、我が国がそれをオーディランス側に差し出せば多少の好感度は上がります。その上で留学生受け入れの話を同時に持っていけば更に私達に向ける敵意は更に緩和されるのではないかと。

 ベラスミの多くの平民も自分達が戦火に晒されるので無ければ統治者が誰であろうと大差ないかと思いますし。ただ、そうなると当然ですが体面上、貴方がたには一族諸共死罪という責任を負って頂くことになるでしょうが」

「罪も咎も私が背負います。一族まではどうか御容赦願えないでしょうか?」

 慌てたベラスミに宰相を制して私は先を続ける。

「話は最後まで聞いて下さい。私は体面上と言ったでしょう? 

 どちらにしてもこのようなことが国に知れ渡れれば貴方の親族一同は国にはいられない。死を装い、名前を変え、我が国に密かに亡命して下さい。魔素の存在のせいで殆どの場合において死体は焼却が基本です。ですから遺髪や遺品として貴方に縁のあるものを差し出せば、貴方に恨みのある私達が貴方達を生かしているとは考えないでしょう。貴方達は名前を変え、私達の管理下に入ってもらいます。

 但し流石にそのままというわけには参りませんので貴方がたには奴隷紋や契約魔法といった手段で行動、言動に制限を加えさせて頂くことは必要でしょうけど」

 別に全てを許すわけではない。

 己がした責任を取ってもらおうというだけだ。

 犠牲になってしまった人達には申し訳ないがこれ以上の犠牲を増やすよりはマシだ。

 国家間の戦争ともなれば更に膨大な人の犠牲が積み上がる。

 それに被害こそ出なかったけれどオーディランスもウチにコカトリスを差し向けてる時点で大量殺人未遂の加害者、自分達だけが被害者でいられても困るのだ。


「と、私が思いつく手段はこれくらいです。当然今回の最高責任者であるフィアの采配次第となるわけですが、如何でしょう?」

 明確な悪役があれば思考の誘導はしやすい。

 大衆というものは世間一般論に流されがちだ。アイツのせいで、アイツがいなければと大多数の人間に思わせられれば状況はかなり変わってくるはず。噂で多少煽るくらいは必要かもしれないけど。

 私がこの国の重鎮達に話を振ると団長が呆れたような口調で言う。

「毎度のことだが、よくもまあそんなに知恵が回るものだ」

 人間年を重ねればそういう小細工も覚えるものですよ。

 もっともこの世界ではまだ六年ほどしか生きていないわけだけど。

「確かにそれを此奴が受け入れるというなら悪い手では、いえ我が国にとって最善手といえなくもないですが。良いのですか? この領地を混乱に陥れようとした者ですよ?」

 そう尋ねてきたシルベスタの宰相に私は曖昧に微笑んだ。

 無論、思うところがないわけではない。だけど、

「私の領地ではなく父様の領地です。私が実害を被ったわけではないですし。

 ですからこの際、死ぬまでこの領地と自国のために尽くして働いて頂こうかと。

 彼はベラスミで宰相の地位に就ける程には優秀な人材なのですよね。運河や水道が建設され、国が併合されれば民族的な摩擦といった問題も起きるでしょう。そうなればベラスミの土地や民について詳しく知るこの人は統治の上でも大いに役に立つと思います。

 早い話、人材の有効活用ですよ。

 自国の民のためなら彼らは必死になって働くでしょうから。

 丁度マルビス達が運河建設に伴い、ベラスミで新しい娯楽施設開発しようと企んでいることですし」

 この際、私の夢、温泉付き別荘早期実現にも役立ってもらおう。

 両国の力が借りられるなら娯楽施設開発の成功率も上がろうというもの。

 私がそれをバラすとロイとイシュカ以外が目を丸くした。


「はああっ?」

 呆れたような大きな声で疑問符を叫んだのは両国宰相と我が国の双璧、そして第一皇太子殿下のフィアだ。ガイは面白そうにニヤニヤと笑っている。

「勿論すぐに、というわけではないですよ? ウチのリゾート開発事業が優先ですし。

 マルビスとテスラ、連れて来ましょうか? 

 貴方達も、もう逃げ出したり危害を加えようとしたりはしないでしょう?」

 そうベラスミの二人に尋ねると彼らは理解が追いついていないのか無意識に首を縦に振る。

 床の上に座り込んだまま瞬きもせず目を見開いて私を見上げている。

 ロイは二人を呼びに行くために地下のこの酒蔵を出て行った。



 ロイと入れ替わりでやってきたのはマルビスとテスラの二人だ。

 昨日テスラがマルビス達に渡したという資料を持ってやってくると、その詳細について語り出した。相変わらず私の思いつきが補正、補強されたその企画書が順番に説明とともに回される。

 やはりこの発案者のところにある私の名前が気になる。

 毎度のことながら出来上がったそれは最早原型が残っているかどうかも怪しいレベルになっている。これを私の企画ということ自体がおこがましいと思う。

 しかしながら私の提案の原点は間違いなく残っている。

 地元に根付いた地元民による開発。

 こういうものは余所者が手掛けては受け入れられにくいものだ。

 雇い入れも現地が基本、全員の寮を作るとなると経費も嵩むからだ。

 庶民の娯楽がまだまだ少ないこの世界、楽しみが少ないから諍いや戦争が多いのではないかと思うのだ。楽しみが増えれば思考がそちらに割かれることになる。面白いことが増えれば自分もやってみようと思うかもしれない。

 娯楽が増えれば生活は楽しくなり、人生に潤いが出るのではないだろうか。

 武器や魔法を使った武力行使の戦争など面白くない。

 やるなら産業革命、経済戦争だ。

 より面白いことを競って考える社会の方が楽しいはずだ。

 他人の足を引っ張り合うのではなく、協力し、発展できる社会。

 それは理想でしかないけれど。 

 マルビスとテスラが語る一大娯楽施設の建設計画は成功すればベラスミを活気づかせるはずだ。

 ベラスミの二人はその計画書を食い入るように眺め、握りしめるように拳を震わせている。


「もしこのような計画が本当に叶うのであれば、ベラスミの民の生活は間違いなく変わるでしょう。これが実行されるというのなら私達は今後の人生全てを賭け、生涯貴方様のために尽くし、仕えることを今ここでお誓い致します。この仕事に関わらせて頂ける栄誉を与えられるというのなら契約魔法でも奴隷紋でも全てありがたく受け入れさせて頂きとう御座います。

 必ずや私、いえ、私達は貴方様のお役に立って御覧にいれます」

 そうベラスミの宰相が言うと二人は私の前に跪き、深く首を垂れた。


 あれっ?

 ひょっとしなくても、またかなりの大事になっている?

 今回の元となっているのは私の温泉付き別荘、ついでに前世で拝めなかった雪祭りや楽しめる場所が欲しかったという願いと欲望を具現化しただけなのだけれど。

 

「おいっ、またタラシ込んでるぞ、ウチの御主人様」

「驚くほどのことでもありませんね。今更ですよ」

「別にいいんじゃないですか? 毎度のことですし」

「ハルト様を支える人材が更に増えることは悪いことではありません」

「先程ハルト様は敵を排除する最善の方法は味方につけることだと仰っておられました」

「そりゃあ間違いねえな。だが、普通そう簡単なことではないはずなんだが」


 ガイ、ロイ、テスラ、マルビス、イシュカ、団長、全部聞こえてるよ?

 そういうことは私がいないところで言ってくれないかな?

 私が調子に乗ってテスラにペラペラと喋ってしまったのが原因だけど、それを本当に計画、実行に移せる我が側近達の優秀さを改めて実感せざるを得なかった。

 

 今世の私は本当に『人』という財産に恵まれていると、

 心の底からそう思った。



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