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第百二十九話 罠に大物、かかりました。


 どんな作戦も怪しまれては意味がない。

 私達は時間差で別方向から屋敷まで戻ることにした。

 連隊長と近衛は騎士団に一旦寄ってそちら方向から、イシュカと私は馬場の方から、父様とロイは正面玄関へ。用もなく固まっていては怪しまれるのでロイとイシュカ、私以外はまずはそのまま階上へ上がってもらう。


「おはようございます。随分と早起きでいらっしゃいますね」

 ベラスミ帝国御一行様の宰相を先頭に朝の挨拶と共に御登場である。

 既にテラスへと続くサンルームに朝食は準備済み。私に話しかけて来た宰相以外はロイと執事見習い二人がそちらへと誘導している。来客時ならいつものことだ。人数が多い場合には客の好みを聞いているとキリがないのでこちらでズラリと料理を並べ、一人一人横にメイドを付けて大皿に好みでサーブさせ、そのまま席へと案内している。

 好きなものを好きなだけ。

 おかわり自由のこのスタイルはいつも意外に好評だ。

 私はにっこりと微笑んで宰相に話しかける。

「ジョギングと馬場巡りは私の晴れた日の毎日の日課ですから。

 おはようございます。昨日はしっかりおやすみ頂けましたか?

 旅や会議の疲れが少しくらい取れていらっしゃるとよろしいのですが」

 まずは当たり障りのない形式的な挨拶から。

 いきなり切り出しては怪しまれるだけなのだ。

 部下を先に行かせ、玄関エントランスの入り口に立っている私の側まで宰相はゴードンを従えてやってくると話しかけて来た。

 ラッキー。どう引き留めようかと悩みどころだったのだがカモネギが向こうからやって来てくれた。

「お陰様でゆっくりと休ませて頂きました。たいしてもてなしができないと仰っておられたのに随分と色々尽くして頂いて。ただでさえ援助、仕事その他でご迷惑をおかけしようとしているというのに。

 昨夜、ゴードンからも鉱山でのカイザーグリズリーの討伐についても報告も受けました。我が国の民を大勢救って頂きまして感謝の言葉しかありません。誠にありがとうございました」

 深く頭を下げて礼を言ってくる。

 人の顔にはその人の歴史が出ると言われている。

 良し悪しのことではない。その人の醸し出す雰囲気だ。

 ちょっと見た感じではそんな悪いことを企むようには見えないのだけれど見掛けによらない人もいるわけで判断するにはまだ早い。まずは様子を伺いつつ会話を伸ばす方向で。

「その件についてはどうかお気になさらず。しっかり報酬も頂きましたし、私は基本的に他所のことにまで首を突っ込むことは致しません。たまたま居合わせただけですから御礼を言われるほどではありません」

 とりあえず安易にタダ働きはしませんよとさり気にクギを刺す。

「本当に貴方様には驚かされるばかりで。フィガロスティア皇太子殿下が至宝と仰られたのも納得で御座います」

「過分な御評価を頂き、恐れ入ります」

 本当に過分過ぎて困っている。

 むしろ全力で否定したいのだがそうもいかない。

 そろそろ登場して欲しいのだがライオネルはまだだろうか?

 私がチラリと正門の方に視線を流す。

 するとそれに気が付いたベラスミの宰相が尋ねてきた。

「それで、ここで何をしていらっしゃるのですか? 外を気になされている御様子ですが」

 偶然を装うつもりだったが、まあいいか。

 この際、向こうの興味を引く方向で話を持って行こう。

 私はニヤリと不敵に笑って見せ、その問いに答えた。

「仕事ですよ。曲がりなりにも私はここの主人ですからね。自分の役目は果たさねばなりません。先程ジョギングの際に警護の者より曲者を捕らえたと連絡を受けましたので、その到着を待っているのです」

「曲者、ですか?」

 ベラスミの宰相は眉を顰めて聞き返して来た。

「ええ、この場所には商業登録された機密事項も多いですから時折間者や密偵、その他の不届者が入り込むことがあるのです。一応可能な限りどんな者であるか必ずその顔は拝むようにしているのですよ。万が一地下牢から脱走されても顔がわからないのでは回避も捕らえようもありませんからね。場合によってはウチの者に似顔絵を書かせて冒険者ギルドや検問所に回すこともありますので」

 地下牢に繋いではいないけど実際二人そうやって締め出し食らわせている。

 その辺で聞き込みされても否定されることはないだろう。

 感心したように顎髭を撫でながら言葉が返ってくる。

「まだかなり年若いというのに随分としっかりなされていますね」

「色々と災難に見舞われば知恵もつきますよ」

 本当に次から次へと列をなしてやってくるのだ、トラブルが。

 勘弁してくれと嘆きたくなるほどに。

 用心深くも疑り深くもなろうというものだ。

 そんな話をしている内にライオネルが二人の警備員と一緒に先程の男を連れて来るのが前方に見えた。

 助かった。

 あまり話を長引かせるのも得策ではない。

 

「ああ、来たようですね。ではどんな風貌か拝見しておくと致しますか」

 私は素知らぬフリで少しだけ前に歩み出ると早く歩けとばかりに追い立てて三人が私の前まで男を連れて来る。 

「ハルト様、賊を連れて参りました」

「御苦労様。ではしっかりとまずは顔を見せてもらえるかな?」

 私がそう言うと猿轡をかまされたまま俯いて悔しそうにしている男の顎に手を掛けてライオネルがグイッと持ち上げる。すると男は私の横にいたベラスミの宰相の姿を見てギクリと顔を驚愕に強張らせた。

 隣にいた宰相の顔色は変わらないが、その拳が僅かに握り締められる。

 顔に出さないのは宰相の地位まで昇り詰めただけあって流石だが動揺は隠し切れていない。まだまだ甘いというものだ。 

「ありがとう、ライオネル。今回はまた随分と厳重に縛っているねえ」

 私がそう言うとライオネルも知らぬフリで応えてくれる。

「はい。捕えたところ、服毒自殺を図ろうと致しまして。急ぎ解毒剤を飲ませ、一命は取り留めさせました。また同じようなことをされても面倒なので」

 喋れなければ言い訳も出来ない、状況説明も無理。

 男は必死に何か伝えようと首を横に振っている。

「そうだね。まずはしっかりと目的とその黒幕を吐いてもらわないと」

「臭いにおいは元から断たなければなりませんからね」

 私とイシュカがそう言うと物凄い勢いで暴れ始めたが両手に手枷を、両足も早く歩けないように両足首に足枷を付け、短い鎖で繋いでいる。

「じゃあいつもの場所に閉じ込めておいて。今は大切なお客様がお見えになっているし、後で全部洗いざらい吐いてもらうから。絶対殺しちゃダメだよ?」

 私はそう言うと屋敷の奧に視線を流すとライオネルは警備員二人に脇をしっかり抱えさせ横を通り抜けようとしたので、ライオネルを呼び止めて万が一のために持ち歩いている毒消しとポーションを手渡した。それを見て宰相は僅かに顔色を変える、尋ねてきた。

「そのポーション、上級ではないのですか?」

「ええ、そうですよ?」

 それがどうしたとばかりに返事をする。

「そんな高価な物を侵入者に使うなど勿体ないではないですか」

 実際には使わないけどね。

 確かにこれは安くはないが、命の値段からすればたいしたものでもない。

 とはいえ気軽に平民に買えるような金額ではない。

 私は平然と然程のことではないという態度で応える。

「高くはありませんよ? 放置すればこの何倍もの不利益を生じる場合がありますから。それに大概一度死にかければ口も軽くなるものです。そうでなくても吐かせる方法はいくらでもありますから。苦痛を与えるだけが口を割らせる手段ではありません」

 やったことはないけれど手段だけなら山ほど知ってる。

 漫画やラノベ、アニメなどでもそういう場面はある。雑学的にもそれなりの知識はあるし、苦痛を与えるというのは私的にはあまりいい手ではないと思っている。

 人間案外苦痛には強いものだ。

 忍び寄る得体の知れない恐怖、快楽、食欲、睡眠欲、それを最初から取り上げるのではなく、たっぷりと与えた後に取り上げる。手の内にあったものを全て取り上げられるというのは焦燥感も大きい。

「その博識はどのように身につけられてのか是非知りたいものですね」

「書物ですよ。私はろくに歩けもしない内から父の書斎に入り浸るような子供でしたから。ワンパク過ぎて手を焼いていたらしいのですが本を与えておけば静かになったと。私の側仕えであり、片腕でもあるロイに聞けばそれも嘘ではないとわかるでしょう。先人の知恵というのは実に素晴らしいですね」

 そう言ってロイに視線を流すと頷いてそれを肯定する。

「ええ、貴方は歩みも覚束ない頃から目を離すと旦那様の書斎で床に本を広げていました」

 好奇心旺盛で、気になったものは調べてみないと気が済まない。

 飽き性なせいで一度納得すれば興味を失うものが多かったけれど。

 前世でも無類の本好き、いや活字中毒で知りたがりだった私は漫画やラノベだけでなく様々な分野の本を読んでいた。その雑学情報量に加えてここでの知識が加わって、現在異分子的な不思議ちゃん状態になっているわけなのだが。

 ライオネル達は男を奥の扉に押し込んで、暫し間を空けてそこから出てくると扉にカンヌキだけかけて私に軽く頭を下げ、ライオネルを扉の前に残して玄関から出て行った。

 それを見ていた宰相が尋ねてくる。

「いいのですか? 賊に対してあのようなカンヌキ程度で」

 私はトボけた調子で言葉を返す。

「ああ、あれですか? ええ、構いませんよ? 見張りも置いていますし後で『開けるべからず』の張り紙も貼っておきます。アレにはちょっとした仕掛けがありましてね。あの扉は外からしか開けられないのですよ。別に見られて困るものは入っていませんので普段はそれも掛けてはいません。

 犯罪者の取締は私の仕事ではありませんので私達が知りたいことを吐いてもらった後は賊は父様の方に引き渡していますし、アノ仕掛けを破れる輩であれば何をやっても閉じ込めて置くことなど出来ないでしょう。

 私は商業登録百超え実績を持っていますので御心配無用です」

 嘘だけど。

 あそこは倉庫で地下牢などではない。入っているのは日用品や食料品、酒なのだ。

 そんな便利な仕掛けなど発明なんかしていない。

 要はハッタリなのだけど商業登録百超えは信憑性も高まるハズ。

「確かに外からならば容易に開けることもできますが、この敷地内で私の意に反するようなことをする者はおりませんよ。甘い顔ばかりではナメられてしまいますし、のし上がることもできません。みんな私がどのような人間であるか皆良く知っています。

 私が守るのは私に尽くしてくれる者だけ。裏切りは許しません。

 伊達でこの国の貴族に魔王と恐れられているわけではありませんよ。

 そう呼ばれるからにはそれなりの理由というものがあるのです」

 密偵を入れているくらいだ、私に関する情報はそれなり伝わっているはず。

 言っていることが嘘かそうでないか判断できるだろう。

 私の噂は誇張されがちだが全てが嘘というわけではないのだから。


「それにああいう男は使い道も広い。私に牙を剥いたからにはそれなりの代償も支払ってもらいませんと」

 閉じ込めて吐かせるだけでは芸がないとばかりに私は得意気に言い放つ。

「使い道と、代償、ですか?」

「ええ、敵を排除する最善の方法を貴方はご存知ですか?」

 興味深そうに尋ねてきた宰相と聞き耳を立てているゴードンに私は意味あり気にニヤリと笑いかける。

「抹殺、脅迫、人質。そんなところですか」

 普通に考えるならそんなところだろう。

「いいえ、そんな野蛮な真似は致しません。正解は味方に引き入れてしまうことです。そうすれば敵は敵でなくなり、大元の人物を取り込めなかったとしても相手にバレないなら逆に相手側の動向や情報を探らせることもできます。それが無理であったとしてもワザと偽の情報を流し、逃げ帰らせることで相手を手の上で踊らせることもできますから、こんな便利なコマはありません」

 そしてこんな話を聞かせれば自分が手にした情報の信憑性も疑うはず。

 物置に押し込めた男が未だ自分の手駒かどうかに疑念を抱くだろう。

 疑念を抱けば人間というものは確かめ、問い詰めたくなるものだ。


「ああ、すみません。無駄な話でお引き止めしてしまって」

 ボロが出る前に適当なところで会話を切り、私は謝罪する。

「いえ、とても勉強になりました。お話ができる機会を得られたことに感謝しますよ」

「それは光栄です。ではどうぞ御二方も用意した朝食を是非召し上がって下さい。我が屋敷の食事は殿下や近衛連隊長にも気にいられておりますから充分に御満足頂けると思いますよ? ロイ、ご案内して差し上げて?」

 話は済んだとばかりに軽く背中を押して強引にその場から引き剥がす。

 ロイが二人の斜め前に立ち、どうぞこちらへと誘導している。

 ゴードンが私の言葉に頷いて応える。

「ええ、昨日の夕食もとても美味しく頂きました」

「それならばよかった。今日は出資の件について部下の者達と話し合う予定でおりますので。まだ眠っている者もおりますので会議は午後からにはなるでしょうが。

 昼は天気がこのまま良ければ庭でバーベキューでもと考えています。私達は朝食の後、その準備に取り掛かります」

「貴方自らですか?」

「働かざる者食うべからず、そう皆に言っている以上私が率先して動かねば説得力もないでしょう? 私が動けば下にいる者は私以上に動かねばならなくなります。

 朝食が済んだ後は散歩なされるのもよろしいかと。ここは景色も美しいです。

 今の時期であれば木々の紅葉がとても見事なのですよ。

 折角ですので存分にここでの御滞在を楽しんでいって下さい」

 口を挟む隙を与えず早口で捲し立てるようにいうと二人がサンルームに間違いなく入ったのを見届け、ロイがこちらに戻って来るのを確認してからライオネルを振り返る。


「貴方はたいしたタヌキですね」

 側に移動してきたライオネルが小声でそう呟いた。

 タヌキ?

 まあ確かに化かそうとしたのは間違いないのでその表現は正しい。

 適当に講釈だけで丸め込もうとしたわけだが今のやりとりを聞いていたライオネルの感想がそれだというならそれなりに上手くできていたということだ。

「そんなに褒めないでよ」

「いや、褒めてるわけでは・・・」

 ライオネルが否定しようとして途中で口を噤んで肩を竦めた。

 彼らの消えた方向をジッと見て私達はコソコソと会話を交わす。

「あれで引っかかってくると思う?」

「くるでしょうね。俺は今日改めて貴方だけは敵に回したくないと思いましたよ」

 それは良かった。ライオネルが万が一決別するような事態になっても敵に回したくないということは味方、もしくは最悪でも傍観者でいてくれるということだ。敵に回る人間は少ないに越したことはない。

「あれでは罠を疑ったとしても動かないわけにはいかないでしょう。騙されているのはどちらなのか、自分が踊らされているのかどうかも不確かな状態で次の手は打てないでしょうから」

 イシュカが小声で小さく頷きながら言った。

 別にベラスミの宰相が一人で、さもなくば共犯者と倉庫に潜り込んできてくれれば目的は達成されるのだ。

 まずは詳しい話を聞かなければならない。

 どうしてウチの領地を巻き込んで、あのようなことをしたのか。

 全てはそれからだ。

 罪人にかける情けはないが、事情と経緯その他を知らねば陛下に命令された全ての証拠隠滅もできなくなってしまう可能性がある。

 ウチの領地の命運もかかっているのだ。

 手を抜くわけにはいかなかった。


「ライオネルも厨房で朝食もらってガイと一緒に食べてきなよ。ガイのリクエストは夕食に作るからそう伝えておいて。今日の勤務時間が終わったら招待するから夕飯食べにおいでよ」

 まだまだ本番はこれからだ。  

 ライオネルにはお願いした持ち場についてもらわねば。

 私が急かすようにライオネルの背中を押すと彼はぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございます。是非伺わせて頂きます」

 嬉しそうな顔。

 アレは相当期待しているな。

 私の手料理にそこまでの価値はないのだが、喜んでくれるならまあいいか。

「ロイ、イシュカ、私達も急いで朝御飯食べてこよう? 昼のバーベキューの用意もあるし、その間私達目が離れればあちらも動きやすいでしょう?」

 ロイが立入禁止の張り紙もしてくれたし、大丈夫だろう。

「露骨に離れては疑われませんか?」

「内側からは開けられないと言ってあるから心配ないとは思うけど。流石に無防備過ぎか」

 潜めた声でロイに忠告され、それもそうかと思い直す。

「では私がまずはここの門番をしていましょう。イシュカ、貴方がハルト様と一緒に食事をしてきて下さい。見張りだけなら戦闘が得意でない私でも充分務まります。

 食事を終えたら交代して下さい。四階ならば心配もないでしょうが、いくら屋敷の中とはいえ流石に他国の者が彷徨いている状態でハルト様を護衛なしにしておけません」

 だけどロイは非戦闘員、扉の番をさせるのには気が引ける。 

「叫べば声の届く距離にガイもライオネルもいますから心配ありませんよ」

「でもっ」

「大丈夫です。中から開けられないのですから万が一の場合には私が逃走しても差し支えないでしょう?」

 確かにそう言ったけど。

 何か考えでもあるのか、ロイは扉に背を向けてピッタリとそこに張り付いた。

 こういう時のロイは何を言っても無駄だ。それにロイの意見も尤もでウチでもトップクラスの戦力がすぐ近くに待機している。


「わかった。じゃあ、お願いね、ロイ」

「安心して下さい。決して無理はしないと御約束致します。食事の間だけなのですから心配ありません。イシュカ、ハルト様をお願いしますね」

 後ろ髪を引かれるというのはこういうことを言うのだろう。

 だけどここで約束してくれたロイの言葉を信じないのも如何なものか。 

「食事を終えたら交代します。私が来れない場合には団長に暫くお願いできないか頼んでみますね」

 イシュカが頷いて私の肩を抱いて答えた。

「慌てる必要はありませんからね」

「わかっています」

 私をこの場から早く引き離そうとしているような二人の行動に違和感を感じつつも私は階段を上がっていった。

 確かに私がここにいては罠にかかってくれないだろうけど。

 気になって何度も振り返る私の肩をいつになく強引に引き寄せるイシュカの行動と仕草が気になっていた。



 結果から行けば、作戦は成功していた。

 私が朝食を終え、一階に戻ってくるとロイが扉の前で微笑んでいた。

 

 なんとも呆気なく引っかかってくれたものだ。

 ロイとイシュカに聞くと私達が扉番をどうするか相談していた時、ベラスミの宰相がこちらの様子を伺っていたのに二人は気付いていたそうだ。

 そこで自分が非戦闘員であることを強調した。この機会を逃せば警備に慣れた強者がやってくることを口に出し、カラルに名前を呼ばれた時にこれ幸いと扉を気にするフリをしつつ席を外した。

 団長やイシュカでは自分では対処しきれない、そう思ったベラスミの宰相は焦って早々に決断してまんまと引っ掛かり、周囲の様子を伺いつつカンヌキを開け、扉へと侵入した。そしてその奥の地下へと続く階段を降りていったのを見届けるとロイが静かに近づいて地下への入口をロックしたというわけだ。

 なんとも気が回ることで。

 やはり私などよりロイやイシュカの方がよく気がつくし、余程頭がいい。

 これは連隊長がベラスミの小宮で言っていたことは間違いなく真実だと証明している。みんなが側にいてくれる限り私が平凡な小僧に成り下がることはないのだろう。私は私の抜けている穴を塞ぐために必要な人材を集めたわけなのだがみんなは間違いなく私の手が届かないところや気づかないところに手を差し伸べて私がお願いするまでもなく自ら進んで塞いでくれている。みんなが側にいてくれる限りこの世界で名を馳せていくに違いない。ありがたいとは思うのだがあまり目立つのが好きでないので些か複雑な気分であるところだが今更だ。

 ともあれまずは目の前の問題解決が先。


 実はこの倉庫にはカンヌキをかけたここ以外にも二つの扉がある。

 当然、それは地下牢などではない。

 一つはベラスミの宰相が降りていった地下の酒蔵へと続く階段への入口、これは結構目につく場所にあるのでわかりやすい。そしてもう一つ、客用毛布や予備のメイド服、折り畳み椅子や机など日用品その他が並ぶ棚の奥に食糧庫へと続く扉がある。そしてそこは厨房からも入ることが出来るのだ。そもそもはロイや私が四階で料理するために食材を取りにきた時や私達が大量に他所から買い込んできた食材を厨房からわざわざ回り込まなくても運び込めるようにするためのもので、屋敷の者なら全員が知っている。

 そこでベラスミの宰相を誘き寄せるためにわざわざ私以外の父様達は一旦玄関から入り、各々別の出口や窓などから外に出て厨房の食材搬のための勝手口からこの倉庫へと移動した。ガイだけは先に勝手口から入り、料理長達に父様がこちら側から入ってくることを説明し、酒蔵で待機していた。そうしてやってきた関係者面々は厨房側の扉にも父様達が声を掛けるまで絶対扉を開けてはならないと料理長に鍵を掛けさせ、地下の酒蔵の奧で縛った男を床の隅に転がしたままベラスミの宰相がやってくるのを待ちながら、長期戦覚悟で倉庫にあった折り畳み椅子と机を持ち込んで朝食をそこで取っていた。ガイ達が閉じ込めてからでも良かったのだが下手にここへの出入りを見られるよりも姿を見せないのは会議中で通せるだろうという理由からだったのだが、予想以上に早くベラスミの宰相が現れてみんな驚いたようだ。

 勿論驚いたのは父様達だけではない、それはベラスミの宰相も一緒でズラリと並ぶ御歴々に自分が私に嵌められたことを悟り、逃げられないことを理解すると観念してその場に伏して謝罪した。

 そして今は朝食を済ませて私の到着を待っているそうだ。

 

「他の者に聞かれても困りますので私達が入った後、カラルにもう一度カンヌキをかけさせます」

 念には念を入れてということか。

 話の内容を思えばその方がいいだろう。 

「ではカラル、私達が声を掛けるまで決して開けないように。私達の居場所を聞かれたら会議中ではないかと答えなさい。急用であれば上にマルビスとテスラがいますからそちらに相談するように」

「承知いたしました、ロイ様」

 小さく礼をするように頷くとカラルは重大任務であろうことを嗅ぎ取ったのかキュッと唇を噛んで姿勢を正した。所作もロイ仕込みだけあって二人の執事見習いは随分と綺麗になってきた。もう暫くここで修行すればどこへ出しても恥ずかしくない執事が出来上がることだろう。

「頼んだよ、カラル」

「はい、お任せ下さいませ。ハルト様」

 そう言って倉庫への入口を潜るとカラルが静かに扉を閉めた。

 釣り上げたのはとびきりの大物。

 どんな結果になるにせよ、これで事業以外の抱えていた問題はほぼ解決。

 気合いを入れていかなければ。

 そうすればオープンまで半年を切ったリゾート施設建設事業に専念できる。

 年末年始の休み獲得のためにもアクセル踏んで頑張らなきゃ。

 御褒美は夢の温泉付きの別荘ということで。

 不謹慎にも私はそんなことを考えながら地下の酒蔵へと続く階段を降りていった。

 


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