第百二十八話 山林王? 夢の別荘は実現間近です。
成り行きとはいえ招待した側としては各国の要人が揃っていて初日から早々に四階に引っ込むわけにも行かず、護衛を除いた両国使者合わせて二十二名でのディナーを終えた後、各国での話し合いも必要だろうと二階の会議場をそのままベラスミへ、三階の会議室はフィアを含めた国の要人に貸し出し、父様と私達、ゲイルを含めた商業班幹部筆頭は四階リビングにて集合。各階には一応エルドとカラル、メイド二人づつをその階段入り口に待機させ、御用の際はお呼び下さい状態にしておいたので関係者ではないレインには自室に戻ってもらった。
というわけで、現在このリビングにはウチの関係者のみとなっている。
「で、マルビス。今回は何を企んでいるの?」
私は食後にロイの入れてくれたお茶を飲みながら尋ねる。
ゲイル以外はこの階に入ることは滅多にないので珍しそうにキョロキョロしているが父様に貴族らしくないと称されるここにはたいしたものはない。
「企んでいるなんて人聞きの悪い。戦略的対応と言って下さい」
「言い方なんてこの際どうでもいいよ。何か考えがあるんでしょう?」
マルビスが惚けたように言ったので更に問いかける。
「ええ、勿論。ハルト様は私のことをよく理解されているようで嬉しいですよ」
「そういうことはこの際どうでもいいよ。さっさと企んでいることを吐きなよ」
持って回ったようなこの言い方、絶対何かあるに決まってる。
早く話せとばかりに身を乗り出すとマルビスはあっさりと白状した。
「私は貴方の夢を叶えようとしただけですが?」
夢?
私は何か言ったっけ。
ベラスミに出かける前ならともかくそんな話を最近マルビスに話した覚えはない。
私が首を傾げるとニヤリとマルビスが笑った。
「温泉付き別荘ですよ。欲しかったんでしょう?」
言われて『あっ』と私は声を漏らした。
そう、マルビスには言った覚えはない。話をしたのはテスラに、だ。
私はギクリと体を強張らせる。
ギギギギギッと音がしそうな仕草でテスラに視線を向けると、彼はキマリ悪そうに視線を逸らした。
「湧き出る温水を利用した冬でも温かい場所で遊んで過ごせる娯楽施設の提案のことですよ。昨日テスラにその構想の話をしていたらしいですね。私達商業部門の会議中にこんな楽しそうな話を。面白そうだと昨晩の内にテスラが資料を徹夜で仕上げ、今朝、持ってきてくれました。なかなかの案だから会議前に目を通せとニ国の要人到着の、半刻前にこれを見せられた時はどうしようかと思いましたよ。夢中で資料を読み終えた時には既に使者はすぐ近く、貴方は着替え途中で上から降りてきたのはギリギリでしたし。ゲイルもジュリアスも大慌てでしたねえ」
そういえば、テスラが根掘り葉掘りと色々質問してきてたっけ。
ここはどうする、そこはどうする、どんなふうに活用するのだとそれはそれは事細かに。しきりにペンを走らせていたのが気になっていたのだけれど料理をしながらあまりよく考えもせず応えていた。
おそるべし聞き上手のテスラだ。
まさかそれがしっかり書類に起こされて提案されるとは思いもせずに。
「それは私の妄想で・・・」
私は小さな声で言い訳がましく呟いたが、それは見事にスルーされた。
「こんな楽しそうで面白そうな話、私達が飛びつかないとでも思っていたんでしょうかね。私達について理解はされているようですが、認識はまだ足りないようでいらっしゃいますね、我が主様は。
そこでとりあえずなんとか時間を稼いで決定を引き延ばし、出来ればこの機会に土地も確保してしまおうと思ったわけでして。まずは御礼を申し上げておきますよ。計画通り時間を確保して頂き、ありがとうございます」
そうにっこりと極上の笑顔でマルビスに御礼を言われた。
こんなふうに言われても嬉しいわけもない。
私は小さく体を縮こめ、尋ねる。
「ひょっとして、資金云々も全部そのための前振り?」
「そうですよ。私が貴方の隠し部屋の合計金額を把握していないわけないでしょう。毎月の登録使用料などの収益の箱を運んでいるのは私ですよ? 貴方の性格からいけば最終的には惜しまず出資するでしょうが一存で決定することはないだろうと思いましたから。
あれくらいの金額なら貴方を頼るまでもなくギリギリ用立てできます。金庫は一時空になるでしょうがすぐに売上金も入ってきますし、貴方が資金の足しにと渡してくれたベラスミで倒したグリズリーの魔石三つだけでもそれなりの金額になります。今まで売らずにおいたワイバーンやリッチの素材、そこで発見した大量の魔石もそのままあるんですよ? 勿論そんなものを売り捌かなくても当然揃えられます。貴方に出して頂くまでもありません」
ソウナンデスネ、サスガデス。
私は心の中でカタコトでそう呟く。
「恩は売れる時に高値で売り付けておくものです。
名目上でも貴方にツケておけば今後の関係を考えるなら国側は踏み倒しもできませんからね。私達が貸し付けるよりよっぽど効果的です。貴方が両国の利益のバランスを取る良い方法を提案されましたから、おそらく運河建設も二国併合も問題なく進むでしょう。
と、いうわけでベラスミの山はこの際、三つほど購入しておきます。
運河建設の際にも集客のことを考え、その近くに港を作って頂く方向で。
目的はそうですね、先ずは資材の搬入ということで。管理小屋代わりに一軒別荘をそれなりの規模でベラスミ側で建設してもらい、そこを中心として開発を進めていきます。バラしても問題ないこともないのですがすぐに取り掛かれませんし、土地の値段を釣り上げられても困ります。
但し、こちらは別荘ということになりますので建設費用はハルト様にお願いすることになるとは思いますがしっかり監視をつけますから御安心を。早急に図面は引かせるように致しますが要望があれば早目にお願い致しますね」
そう断言されて私はコクリと頷いた。
つまりここのリゾート施設の場所を入れると私は四つの山持ちになるわけか。
夢の温泉付き別荘は想定していた以上に早く手にできそうではあるが私は思わぬ方向からの飛び火にその後、大人しくみんなの話を聞いていた。
いや、ホント、悪気はなかったんだよ? 間違いなく。
聞き上手テスラの手腕にまんまと乗せられ、ぺろっと喋ってしまいましたケド。
まずは勿体ぶって二日丸々期限を伸ばし、返事をすることが決定された。
これで一安心と私はホッと息を吐いていた。
翌日の朝、ガイが戻ってくるまでは。
早朝、私が目を覚ますと微妙に四階エリアが騒がしかった。
いつも起こしてくれるロイの姿も見えない。
ロイが席を外しているタイミングで起きることもあるから皆無とは言わないが珍しい。空気が騒めいていることから察するに何かしらの問題が起きたのだろう。私を起こしに来ないということは緊急性はないということか。私はベッドからゴソゴソと這い出すと傍に置いてあった服に手を伸ばし、着替えるとリビングへと続く廊下に出た。
「ハルト様っ」
テスラがマルビスと一緒に私の姿を見つけて慌てて走り寄ってくる。
だが見回したところロイとイシュカ、それに父様と連隊長の姿が見えない。
「おはようございます。すみません、騒がしくしまして」
「何があったの?」
明らかにおかしい、雰囲気も勿論だけれどもロイとイシュカが揃って私を置いて行っているあたりもかなり珍しいし、フィアの護衛が任務の連隊長がここにいないのも変だ。代わりに団長がいるけれど険しい顔をしている。
「実は・・・」
そう切り出してテスラが簡単に事情を説明してくれる。
告げられた事実に彼らがいない理由を理解した。
「連れて行って」
マルビスとゲイル達に来客対応を任せ、私は階下にいたライオネルと一緒に急いで男子寮の裏側にある小さな物置小屋に向かった。
そこには四階にいなかったロイや父様達、連隊長、それに加えて出掛けていたはずのガイがいる。
そして足元には縄で縛られ、猿轡を噛まされている男が転がっている。
説明するまでもない。キャスダック子爵殺害の関係者であり、オーディランスにおける麻薬密売取引関係者、その他一連の事件に関連する実行犯なのだろう。
「よう、御主人様。とびきりの土産、持って来たぜ?」
見たことのある顔。
例の大工に紛れ込んでいたという男だ。
祭の時に怪しまれないよう、エールの差し入れと称して顔の確認に連れていってもらったことがあるのだ。
「おかえり、ガイ。ありがとう、待ってたよ」
「御褒美は出るんだろ?」
得意気な顔でニヤリと笑うガイが報酬の催促をする。
「何か欲しいものがあるなら考慮するよ。後で教えて」
「了解っ」
お金に執着しないガイが強請るのは好きなお酒か甘味だ。
材料が揃うなら惜しむほどのものではない。
「私達がベラスミに立った翌日から動いていたらしい。交代で見張りをさせていたのだが一週間ほど休みをくれと申し出たらしく、ガイに連絡して三人で張っていたということだ」
そう、父様が話を切り出した。
一人の人間を完全に見張ろうとするなら一人では難しい。
人間休息も必要だし、店などに入っても入口は一つとは限らないわけで裏口から逃げられたらお終いだ。それに同じ人間がずっと付いてくるのも明らかに疑ってくれと言っているようなものだからだ。父様がウチの職人の中に自分の配下の二人を潜り込ませていたのだが休暇申請をして来たのでガイに連絡を取り、三人で連携しながら後を付けていたわけだ。
私達が王都に行っている時は動かなかったのにいきなり動いた理由。
別に私達はみんなに『今度は◯◯に行って来ます』と言って出かけるわけではない。故に情報が職人達の間に回るわけではない。だが、今回の訪問先はベラスミだったわけでおそらくなんらかの方法、あるいは偶然それを知ったのだろう。
王都であれば休まず馬で走らせれば前日夜に出掛けて翌日昼過ぎに最速で戻ってくることが可能。だが行き先がベラスミでは日帰りは到底無理、動くには絶好の機会だったというわけだ。戻って来なければならない状況もあり得るだろうと正規の手順を踏んで床に転がっているその男はまずウチと町を循環させている馬車で町まで向かった。
そこで日に何本か出ている領地間を運行している乗り合い馬車を使いつつ、国境付近まで移動し、ベラスミに入ると衛兵の駐在している兵舎で馬を調達し、ベラスミ国内を駆けた。まずは取引商人のところへ、そして商人の遣いは麻薬の加工場へ、自分は夜がふけるのを待ち、闇に紛れて行動を起こし、入って行ったのは今、この屋敷に滞在しているベラスミ帝国の宰相宅。そしてその黒幕と思われる彼の屋敷を出た後、男はその足で麻薬の加工場へと向かった。
全ての証拠を隠滅するために。
そこをガイ達が捕えて来たというわけだ。
猿轡を噛ませているのは一度自害をしかけたが、ガイが持っていた解毒剤を飲ませた故に死にきれず、ここまで連れて来られたというわけだ。手脚を縛られ、服毒も舌を噛見切ることも出来ずに男はこちらを睨んでいる。
「つまりオーディランスで起きていた麻薬汚染は一塊の商人の所業ではなく、ベラスミ国家の上層部が関わっていた、ということで間違いないわけですか」
まったくなんて面倒な。
これでは関わっていた商人を吊るし上げて断罪すれば良いという話で済まないではないか。万が一にもオーディランスにバレればウチの国にもトバッチリが来ること確定だ。
「困りましたね。折角上手く条約、併合の話が纏まり、運河建設が決定されようとしているというのに」
キャスダックは死に、証拠は消しているとはいえどこまで繋がりがあるのか判らない。国家が絡んでくるとなれば規模もウチだけではないかもしれない。他領にまでそれが及んでいないとも限らない。
難しい顔で父様が呟いた。
「どうすべき、ですかね」
「まずは詳しい事情を確認すべきでしょう。手を打とうにもそれが判らねばどうしようもありません。これは断罪すれば済むという話ではありませんからね。一つ間違えば戦争の火種にもなりかねません」
連隊長が大きな溜息を吐いてそう言うと足元に転がる男に目を落とす。
「とりあえずベラスミ側の宰相のみを呼び出すしかありませんね」
「しかしあちら側の要人ですよ? どうやって護衛を引き剥がします?」
父様の言葉に連隊長が唸ると、そこにいた全員の視線が私に向けられた。
何?
その期待に満ちた目は。
「だからなんでみんなこういう時私を見るの?」
私がムクれて抗議すると連隊長が申し訳なさそうに頭を掻いて謝罪する。
「いや、すみませんね。つい、というか、だいたい貴方に尋ねると何かいい案が聞けるものですから」
「全くもうっ、私はそんなに頭がいいわけじゃないんだからそんなに期待されても困るんだけど」
そう言って怒ると更に何か言いたげな無言の圧力が向けられた。
「だから何? その目は。何か言いたいことがあるならどうぞ」
連隊長がボソリと呟くように言った。
「貴方の頭が良くないというなら、この国の中で頭がいいという人間はいったい何人いるのだろうかと思いまして」
「いっぱいいるでしょうがっ」
私程度などその辺にごろごろと転がっているではないか。
身近なところにもサキアス叔父さんやマルビス、ロイにイシュカにゲイル。
まだまだたくさんいるはずだ。
だが変わらず向けられるジト目は逸らされることがない。
「まあいいや、そのあたりの問答は暇な時で。とりあえずウチの要人がここに集まっているのをベラスミ側に不自然に思われても面倒だもの。さっさと屋敷に戻らないと怪しまれるだろうし。人に任せきりにしないでみんなも一緒に考えてよっ」
ムッとして怒鳴るとみんなが知恵を絞り始める。
駄目だよ、なんでも人任せは。
頭というのは使わないと退化するんだから。
しかし護衛がべったりと張り付いている要人の引き剥がしか、どうしよう?
私が頭を捻っているとイシュカが何か思いついたように顔を上げた。
「護衛を引き剥がせないというのなら、向こうから来て頂くのは如何ですか?」
そっ、それだあっ!
わざわざこちらから手間をかけて引き離す必要はない。
向こうから護衛から離れて足を運んでもらえばいいのだ。
まあ関係者が他にいればソイツも付いてくる可能性があるわけだが、一緒に捕まえられるなら特に問題もない。
「その手があったね。流石、私のイシュカ」
私がそう言うと嬉しそうにイシュカが笑った。
そうなれば仕掛けて待ち構えていればいいわけで。
「んじゃまあ早速。朝から仕掛けてみましょうか。ね、イシュカ。
ガイ、ライオネルも力を貸して」
私は思いついた手段をコソコソとイシュカに相談して役割分担をお願いする。
三人とも真剣な表情で聞いていたが作戦を伝えている内にガイがニヤニヤと笑い出す。
周辺にいるみんなも成程、それならばと頷いてくれた。
私が説明し終わると三人は大きく頷く。
「了解しました。では手筈通りに」
「よろしく」
そう答えたライオネルにお願いすると私達は屋敷に戻ることにした。
あっ、そうだ。
忘れず一言言っておかないと。
私は戸口までくると振り返った。
「ガイ、この仕事が済むまでは手近なところにあるからってお酒、飲まないでよ」
そんなに簡単に酔っ払うとは思えないけど、一応は。
「終われば良いのか?」
勝手に何本も持ち出されて、後で数が合わないと言われても困る。
高級品は庭の地下倉庫が出来上がる前まではと、女子寮倉庫に既に移動済みだけど。
これはガイとテスラには内緒なのだ。
「良いよ。後でツマミも用意してあげる。但し、お酒の持ち出しはマルビスの許可は貰ってね」
ガイのお仕事終わりの恒例だ。私がそう伝えるとリクエストが飛んでくる。
「コロッケとハンバーグな、おろし醤油で」
今回の御褒美はリクエストはそれか。どちらもそこそこ手間が掛かるのだが。
「料理長のでいい?」
「御主人様のヤツで。それといつものヤツな」
相変わらず私の手料理を御所望で。
レシピは既に料理長が知っているのだからあちらの方が美味しいのではないかと思うのだけれど。
「わかった。ロイに準備してもらっとくよ。ついでにライオネルも食べて行きなよ、朝食、まだでしょう?」
「良いんですか?」
「最近世話になってるからね、特別」
寮での食事は特にあまり変わったものは出ない。
基本はごく一般的な家庭料理と一緒だ。
それ故、私の手料理は滅多なことでは食べられないものと認識されているらしい。
おそらく発信元となっているのは私の料理を食べたことのあるランスやシーファ、ハンス達、もしくは団員達に自慢するガイ辺りから伝わったものだろうけど。
そういえば使用人棟に警護護衛人員から選抜されて移動してくるって言ってたけど、誰がいったいくるんだろう。
ランスやシーファ達も入っているかな?
最近は最初に雇った人員以外にも近隣周辺警護を別で雇っているのでだいぶ人数が増えて来たのは知っているけれど。それも今回の件が片付いてからの話だ。
まずは目の前のことから一つづつ。
順番、順番。
とはいえ、私の予定は思った通りに進んだことがない。
今度こそ予定通りに進むといいなあ。
そんなことを考えながら私達は転がった男をガイ達に任せて屋敷に戻ることにした。