第百二十六話 ホッと一息、我が家へと帰還です。
討伐したグリズリーはすぐにその場で解体することになった。
もともと魔素変化が起こっていた個体、放っておいてアンデッド化しても厄介だ。いくら頭を切り落としてあるとはいえ何が起こるかわからないし、巨体過ぎて荷馬車やリヤカーに乗せることも出来ない。幸い倒した魔獣を雪や細い山道のせいで運ぶこともままならないことがよくあるベラスミの衛兵達はこういうことに手慣れていて協力して素材を手際良く剥ぎ取ってくれた。
「本当に良いんですか?」
倒したグリズリーの素材を剥ぎ取ったところで貴重な内蔵を前にかぶりつき状態で眺めている叔父さんを放っておいてどのように配分するか相談しようとしたところ、ゴードンとベラスミに衛兵達はフォレストウルフとグリズリーの肉と骨さえもらえればそれで構わないと言い出した。
「倒したのは俺達の力じゃない。死んだヤツらがヤラれたのもフォレストウルフにだしな。カイザーグリズリー相手に被害が出なかったのは貴方達のお陰だ。これ以上貰うのはスジが違う。グリズリーの骨があればこの冬はフォレストウルフの被害も減らせる。これだけの肉があれば冬も無事越せるし鉱夫だけでなく、近隣の村にも配ってやれる。充分だ」
確かに大きさが大きさだから骨も肉も昨日のグリズリーのニ、三頭分くらいありそうだけど。
解体した肉は衛兵鉱夫総出で切り分けて干し肉にするそうだ。
「俺達は貴方の指示にまともに従おうとしなかった。結局仕掛けの殆ども貴方達が用意していたしな。俺達は貴方達に守ってもらったんだ。守ってもらっておいて分け前を請求するのは間違いだ」
「そうだな。それに若干一名、貴重な素材をこちらでもらい受けては納得しなさそうな御仁がいることだし」
そう言って流した視線の先にはサキアス叔父さんがいる。
相変わらずブレない。
私も人のことを言えた義理ではないがあそこまでは酷くない。
ハズだ、多分。
衛兵達がその姿に苦笑している。
「だが彼には怪我人の回復をしてもらった。そのお陰で生き延びたヤツもいる。神殿に行けば高額な御布施を払わなければならなかったんだ。だからその代金だよ」
叔父さんはここに着いて早々に怪我人の回復を担当してもらっていた。
平民よりは多いけれど貴族にしては平凡以下の魔力量ギリギリまで頑張って治療にあたっていたそうだ。ロイも比較的軽傷の怪我人達の応急手当てをしていたらしい。
そういうことなら遠慮なく。
「ではありがたく頂いて行きます」
町に戻ったらロイに頼んで酒屋を探し、明日みんなに貴重な素材を快く譲ってもらった御礼と労いのお酒を届けてもらうよう手配しておこう。
私達は手分けして馬に素材を積むと挨拶をしてその場を後にした。
貴重な内蔵の入った入れ物は叔父さんが抱えて離そうとしなかったのでロイの後ろで持たせておいた。
全く、お気に入りのオモチャを手に入れた子供みたいなんだから。
日もすっかり暮れてしまったので急いで町に戻るとカイザー級のグリズリー襲来に怯えているであろう町人達に討伐完了の知らせを冒険者ギルドに報告してくると言うのでゴードンと一旦別れて私達は先に手に入れた素材を宿屋に置きに行くことにした。それらをイシュカ達が運んでいる間にロイは貸し出してしまった馬の手配と酒屋に走り、鉱夫達に届ける差し入れの荷の手配を終えると自分達用の酒も五本ばかり抱えて戻って来たので途中でツマミを調達しつつ、昨日の風呂屋に向かった。
途中、金属製の小さい丈夫な箱を見つけたのでそれを購入して持ち込んだ。
昨日は長湯を楽しむつもりがロイの膝抱っこのせいですっかりのぼせてしまったので、その箱の上に座り、今日こそのんびりゆっくりと浸からせてもらおう。
他のみんなも風呂場に酒を持ち込んで優雅に雪見酒を楽しんでいた。
ポカポカと風呂で体も温まり、うつらうつらとし始めて、ふと夜中に目が覚めると宿屋のベッドの上でロイとイシュカに挟まれて眠っていた。いくらベッドが大きいとはいえ、三人川の字状態は初だったが、三人分の体温で温められた布団の中は温かくて、そのままぬくぬくと朝、ロイに朝食で起こされるまで眠っていた。
翌日は検問所を早めに抜け、来年からグラスフィート領に併合されるという領地の山間を抜けると夕暮れ前にはウチの領地に戻って来た。馬で走って来たので意外に早く到着したが、かなり道も悪く、途中にたいした町もなくて道幅も狭かった。こちらからの方がベラスミ王城には早く着きそうだが馬車での道行はかなり厳しそうだ。それ故の辺境伯領経由だったというわけか。
予定より早く帰って来た私達をマルビス達は喜んで迎えてくれたが、伸びるかもしれないと思われていた滞在期間の短縮理由についてロイから説明されるとマルビス達商業班が一斉に慌ただしく動きだした。
「あの、マズかったかな?」
思いつきと勢いに任せて暴走してしまったけれどマルビスに相談もなく決めてしまったし。
心配になって尋ねるとマルビスがにっこりと微笑む。
「いいえ、そんなことはありません。正直とても助かりました。手配に困っていた職人の確保が出来ると言うのは非常に魅力的です。しかも関税対策も国から免除して頂ける可能性があるとなればお願いしたい仕事が山程あります。
まずは二日後に到着される予定のベラスミと我が国の使者の受け入れ準備の手配が先ですが、それが済み次第商業班幹部達を集め、どのような仕事をお願いできるか至急会議で検討致します。
それでそちらの荷物は? こちらから持って行った物ではありませんよね?」
「実は・・・」
問われてロイが説明しなかった私の今回の行動について報告する。
国家間の話し合いとは別の、今回巻き込まれた事態をかいつまんで説明すると、マルビスは一瞬だけ驚いたように少しだけ目を見開く以外、たいした反応を見せるでもなく頷きながら聞いていた。
「カイザーグリズリーの毛皮ですか。それはまたなんとも豪勢な」
「みんなの分のコート、作れるかな?」
「勿論です。そちらも合わせて手配致します。旦那様の馬車でグリズリーの毛皮、後三頭分くるんですよね?」
「一応。それで・・・」
私はチラリと後ろで抱えた箱に頬擦りせんばかりに御機嫌の叔父さんに視線を流した。
「内臓その他の素材はサキアスが離そうとしないわけですね?」
マルビスが大きく溜め息をついた。
カイザーグリズリーの素材は貴重で珍しく、滅多に手に入らないのはわかるがお気に入りの玩具を内に抱え込んだ大人子供は道中の片時も側から離そうとしなかった。
「サキアス、それをこちらに渡して下さい」
マルビスは叔父さんに早く渡せとばかりに手を差し出した。
「これは私がもらったものだぞ」
「わかってます、奪ったりしませんよ。ですが防腐処理をしないと長期保存できませんよ。腐っても良いんですか?」
そりゃそうだ。現在ナマモノ状態なわけだし。
「それは困る」
「ならば渡して下さい。明日の朝一番で手配します。心配しなくてもそういった素材を扱えるのはウチではサキアスだけでしょう? 心配ならギルドまで一緒について来ても良いですよ。その場で受取証をお渡ししますから後は自分で引き取りに行けば良いでしょう?」
そうすれば間違いないでしょうとマルビスが言うと叔父さんは納得したのか持っていたそれをマルビスに差し出した。
「いや、いい。その辺りは信用している」
「ではお預かり致します」
マルビスが受け取るとゲイルがそれを持って下がった。
そうしているうちに先に私達と荷物を屋敷に降ろして厩舎に馬を置きに行ったイシュカとゴードン、ライオネルが戻ってくる。メイガストとシュバルツはそのまま騎士団支部に戻ったようだ。向こうも使者の護衛の受け入れ準備があるって言ってたから、そのためだろう。
初めて訪れた場所に興味津々なのかゴードンがキョロキョロと辺りをさりげなく見渡している。
「それでそちらの方が・・・」
「お初目にお目に掛かります。ゴードン・ジ・ベルトラルクだ。暫く世話になります」
ゴードンのフルネーム、初めて聞いた。
商人の息子って聞いてたけど貴族でもあったのか。
ファーストネームの後ろにベラスミ貴族の証、『ジ』が入ってる。
マルビスがにっこりと笑って挨拶する。
「ベルトラルク様ですね、ようこそおいで下さいました。私はマルビス・レナスと申します。どうぞ使者到着までごゆるりとお過ごし下さい」
「突然の訪問でお世話をお掛け致します」
差し出された手を握り、握手を交わすとマルビスは少し後ろに控えていた執事見習いの二人を呼ぶ。
「まずは早急にお部屋の準備を致します。何処に用意致しますか?」
私を見てマルビスが尋ねてくる。
ゴードン一人だけというのが実に微妙なところだ。後から客人が来なければ二階の客室で全然構わないのだが二日後にフィア達と使者と護衛合わせておよそ四、五十名、下手をすればそれ以上の人員が押しかけてくる。団長のところである程度護衛は引き受けてはくれるけど、どうなるかはわからない。だからといって現状一人きり、騎士団支部に放り込むのも問題がある。
「私は寝床さえ用意して頂けるならどこでも構いません。それから私のことはゴードンと呼んで下さい」
それを察したのかゴードンがそう申し出てくれた。
「かしこまりました。伺ったところ二階の客室は後から来る使者の方に使用して頂いた方が良さそうですし、御一行がお見えになるまでならそちらでも構いませんが。流石に三階以上のプライベートエリアは御遠慮して頂きたいので後は敷地内の使用人棟と男子寮ですか」
マルビスがさりげなく選択肢を提案し、そこからゴードンに選ばせようというようだ。
「団長が騎士団寮の空き部屋使ってもいいって言ってたよ」
一応この選択肢も加えてもらおう。
どこでもいいとはいえ流石に他国の要人を従業員男子寮に押し込めるのは気が引ける。あそこはほぼ平民だし、いきなりガタイのいい他国の武人を押し込むのは色々な意味で問題だ。
「二階の客室はどういう作りになっているのですか?」
「主寝室と従者二人分の部屋が付いています」
「では差し支えなければそちらの従者用の部屋で。私の国の使者が泊まることになるというなら、護衛としてそこに移動することになるでしょうから」
ああ成程、その手があったか。
だがこちらから主寝室が空いているのに従者部屋に行けとも言えない。
自ら申し出てくれたのは正直助かった。
それを聞いたロイがメイド達に早速指示を出す。
「すぐに準備させます。他の使者の方がお見えになるまでは御食事もそちらの主寝室に小さな応接セットとテーブルがありますのでとりあえずそちらにお運びするようにしてよろしいですか?」
「そちらの都合のいいように」
「ではエルド、それで支度を。カラルは一階応接室に食事が出来るまでのお茶の準備を」
「かしこまりました、ロイ様」
二人は一礼すると足早にその場を後にする。
挨拶と対応が決まるとゴードンは改めて玄関のエントランスを見渡して感心したように溜め息をついた。
「しかし立派な屋敷ですね。隣の馬場の広さも勿論ですが、隣や山沿いの建物は商店か貸家ですか? 随分と大きいですがこの町は新しい建物が多いですね」
このエントランスはマルビスとロイが王都に行った時に華美になりすぎないように、それでいて私の要望を聞き入れて棚から落としたくらいでは壊れにくいもので品良く飾り立てられている。正面の高い位置の窓にはキールデザインの私念願のステンドグラスも嵌められて、陽が差し込むとキラキラ反射して下手な装飾がいらないほどにとても綺麗なのだ。
とはいえ、豪奢なのは二階まで。三階以上は質素過ぎると父様に言われた状態のままだ。
別に問題ないでしょう?
使いやすいのが一番、関係者以外立ち入り禁止のエリアなんだから。
しかしゴードンは一つ勘違いをしている。
マルビスはそれを直接指摘せず、遠回しにそれを訂正する。
「馬場の横であれば、そちらは建設途中の新しい騎士団支部ですね。馬場が広いのは騎士団支部と共同管理しているからです。山沿い四棟は全て当方の従業員寮です」
「ここは町ではないんですかっ⁉︎」
そう思うのも無理はない。
この辺一帯は最早村とは言えないレベルの人間が集まっているし、建物も日を追うごとに増えている。実際湖側には私が留守にしていた間に新しい工房建設が始まっていた。
驚いているゴードンにマルビスが真実を伝える。
「はい、町ではありません。湖周辺一帯はハルト様の私有地ですから。出歩いて頂くのは問題ありませんが道沿いの湖側はお抱えの職人達の工房と作業場ですので機密保持のためお近付きになるのは御遠慮下さいませ」
「ここは伯爵が管理しているわけではないんですか?」
「伯爵というと、ハルト様のお父上、旦那様のことですか?」
普通に考えればゴードンの言うように領内の土地だ、父様が管理していると思うのも無理はない。だがいくら父様でも正当な理由なく持ち主のいる土地に入ることは出来ない。ただ、この土地でそれをいうと従業員、職人、団員その他関係者や取引先まで出入りできなくなってしまうのでそれが適応されているのはこの屋敷を含めた各建物内だけではあるけれど。
「違いますよ。全てハルト様の管理下になります。現在ここでは総勢四百を超える人間がハルト様をトップとした組織で様々な仕事に就き、働いています。今は建設現場に各領地から集められた大工が三百人ほど滞在していますので駐在している騎士団員の数を足すと千に近い人間がハルト様の私有地で生活していますね」
管理下というには語弊があるが間違いではない。
しかし既に千人近くになっていたのか。
そろそろ市だけでは対応も難しそうだな。
関係者向けにコンビニみたいな商店をいくつかオープンすべきか。
驚いて目を見開くゴードンが尋ねてきた。
「桁が違わないか?」
「合っていますよ? まあ結構大規模ではありますが」
「結構なんてものじゃないだろうっ」
あっ、敬語が抜け落ちてる。
驚きのあまりいろんなものが抜け落ち始めたな、無理ないけど。
私でも日々の変化に驚いてついていけなくなりそうだし。
「ハルト様は百を超える商業登録をお持ちになられていますからね。これでもまだまだ人手は足りてないのです」
「スケールが違い過ぎだっ」
「土地はまだ空いていますのでこれからもっと大きくする予定です。後六棟の寮と、それに付随して二軒の宿屋も建設が決定されています」
最早呆然状態のゴードンに更にそう告げると彼は納得したように頷いた。
「成程、ここまでの規模であれば私達の国に作業協力提携による出資も可能なわけか。ハルスウェルト殿から援助の申し入れのお話が上がったと聞き、最初は耳を疑ったが」
だが更にマルビスはトドメとばかりに追い打ちをかける。
「ウチは起業してまだ半年、メイン施設のオープンもまだ半年先ですからね」
「って、半年っ⁉︎ これでまだオープンもしていないのかっ」
そう、たった半年なのだ。
数と勢い、金と権力に任せたかなり強引な開発事業。
マルビス達商業班の手腕は全くもって恐ろしい。
「はい。ここはまだ開発途中ですよ。平民向けの一大リゾート施設が春にはオープン予定です。その資金を用立てるために様々な物を開発、販売を手掛けているのです。
ですので騎士団員を除くとこの土地で生活している者の九割以上が私を含めて平民になります。ハルト様が多くの功績を立てられているお陰で国からも莫大な援助を頂いていますので発展も早かったですね」
建築の勢いは確かに半分あの腹黒陛下のお陰か。
「少し前まではウチの国の田舎と大差なかったと聞いていたが」
「そうですよ? この辺りには半年前まで屋敷どころか一軒の民家もありませんでしたから」
ホント、恐ろしいよね。
金と権力の力って。
「・・・たった半年でここまで変わるのか」
呆気に取られたゴードンが呟くように言った。
「全てはハルト様あってこそです。ここに住まう者達の多くがハルト様に救われ、感謝し、お慕いしてますから団結力もあります。それもハルト様が皆を大切になさっているからでしょう。ハルト様は成果を出せば身分年齢に拘らず評価し、重用されています。才能があれば工房もお与えになります。
人間というものは自分を認めてくれていると知ればやる気も出るものですよ。
皆が競ってお役に立とう、認めて頂こうと努力した結果でしょうね」
マルビスが私のことを自慢げに語るのは今に始まったことではないし、反論したところで口の達者なマルビスに敵うわけもないのでこの際放っておくことにして。
工房という言葉に思い出したのは昨日のカイザーグリズリー討伐の一件だ。
手強いといわれる魔獣を瞬殺するのに貢献した私の大事な二本の剣。
「そうだっ、ウェルムに御礼言わなきゃ。すごい切れ味だったんだよ、こう振り下ろしたらグリズリーの足を一刀両断、スパーンッと切っちゃって」
私は興奮して身振り手振りでその時の状況をマルビスに伝える。
切れ味良すぎて一瞬我を忘れてしまったけど。
「それはウェルムも喜ぶでしょう」
微笑んでマルビスがそう言うとゴードンが尋ねてきた。
「ウェルムとは?」
「職人の一人ですよ。最近では包丁の受注が多いんですけど本来は剣を打つ鍛治職人なんです。半年程度で古株と言って良いかどうかはわかりませんが、ハルト様の剣が打ちたくてここに引っ越してきた一番最初のお抱え職人です」
帰ったら御礼を言わないとって思っていたんだっけ。
ある意味一番の討伐貢献者と言えなくもない。
何か差し入れを持って行くべきかと少し悩んでるいるとロイが少し席を外したかと思えば酒瓶を三本ばかり抱えて戻ってきた。娯楽の少ないここでは大人の男性にとって一番の土産ではあろうけど、このパターンは既に定番化だ。
「ウェルム、まだ工房にいるかな?」
「先程煙が上がっているのを見ましたからまだいると思いますよ」
「行ってくるっ」
部屋や夕食の支度の手配、その他準備のあるロイはそれをイシュカに渡すと厨房に向かって歩いて行った。
まずは上で私達の帰りを待っていてくれているテスラやキール、みんなに『ただいま』を伝えてから行くべきかと思い、階段を上がろうとしたところで一度足を止めてゴードンを振り返る。
「それからゴードン、無理して敬語、使わなくていいよ? さっき素が出てたよ。私のことはハルトでいいから」
「しかしそれでは・・・」
「敬語なんて使わなくても声や態度、表情を見れば自分が慕われているかそうでないかくらいわかるでしょう? 形だけの敬意なんて必要ない、敬語だから尊敬されてるってことじゃないでしょ? ここでは平民でも私に敬語を使う人ばかりじゃないもの。私は細かいことは気にしないよ。勿論、気になるならそのままでもいいけどね」
私はそう言い残すとイシュカと一緒に一旦四階に上がり、みんなに『ただいま』の一言を告げてからウェルムに御礼を言うために再び階段を駆け降りていった。
ウェルムに御礼を言うために工房を訪れるとお弟子さんが出迎えてくれた。
工房の中にはまだ十三人の見習い職人がいて、ウェルムは弟子の指導をしていた。
また弟子の人数増えてる。
最近は冒険者ギルド御用達の宣伝効果もあって注文も増え、地方からウェルムの弟子になりたくてやってくる者もいるようだ。その全てを受け入れているわけではないけれど、ここには他にもたくさんの仕事があるのでそれ以外意味がないという者でない限りは大概ここに就職してしまう。それでも諦めきれなくて何度も門を叩く者もいるようだけど。
「ウェルムッ」
私が指導の切れ間のタイミングを見計らって声を掛けると私の姿を見て駆け寄って来た。
「ようこそおいでくださいました。予定より早いお戻りのようですが、早速こちらに見えたということはお渡しした剣に何か不都合でも生じましたか?」
「逆だよ、逆。すっごく助かったよ、ウェルムのお陰、ありがとう」
私はウェルムに今回の討伐でのことを語った。
すると喜んでくれるかと思ったウェルムは少し難しい顔をして言った。
「すみませんがお渡しした剣を見せてもらえますか?」
何か気になることがあるのか、私は言われた通りに腰に差していた剣を取って渡す。
するとウェルムは鞘からそれを抜き、じっくりと見つめると大きく息を吐いた。
「ああ、やっぱり。少し曲がっていますね。やはりまだ改良の余地がある」
「そうなの?」
私が見たくらいではわからなかったけど。
「ああ、僅かではあるが。このまま使用すれば何回かの後に折れてしまうかと。
こちらは修理するのでお預かりしても?」
「お願いするよ」
折れてしまっては肝心な時に困ってしまう。
「では代わりにこちらを。予備ではありますがないよりマシでしょう」
そう言ってウェルムは奥に置いてあった内の二本の剣を渡してくれた。
すると隣にいたイシュカが小さな声を上げた。
「どうしたの? イシュカ」
何か言いたげな様子を見て尋ねるとイシュカが思い切ったように口を開いた。
「あの、すみません。私にも剣を打って頂けますか?」
今までイシュカはウェルムの打つ剣に興味が薄かった。
愛用している剣を大事にしているというのもあったのだろうがガイの短剣のようにある程度使い捨て感覚で使うならまだしも、相手の攻撃を受け止めたりするのにウェルムの剣は向いていないからだ。戦闘中に折れてしまっては話にならない。
ウェルムもその辺はわかっているのかイシュカに忠告した。
「それは構わないが。グリズリーの足一本切った程度で曲がる剣だぞ? 戦闘職の貴方には向かないと思うが」
「ええ、確かに。ですから予備として持っておきたいのです。一撃必殺が必要な場面であの切れ味は魅力的です。警護の上でもいざという時に役に立つかと思いまして」
私がグリズリーの足を切り落としたとき、イシュカもかなり吃驚してたっけ。すぐに折れるとはいえ、スパーンと一瞬で足を切り落とせる切れ味はイシュカの身長なら相手に隙さえあれば一気に首を落とすことができるかもしれない。魔獣相手に一対一という状況は少ないが、確かにその状況であるのなら一刀両断、一撃必殺もあり得るわけだ。
成程と頷くとウェルムはイシュカに尋ねてくる。
「どういう剣が欲しい? 現状、切れ味を追求するなら一太刀、二太刀で折れる可能性がある剣か、切れ味を多少犠牲にして持久力を持たせるかになるんだが」
これって結構一本だけ持つというならシビアな選択だよね。
「切れ味優先でお願いします。代わりにそれを二本打って下さい。万が一の場合に備えておきたいだけですので」
イシュカは迷わず切れ味を優先した。
二本腰に下げて置けるならそれもありかもしれないけど。
「わかった。料金はまたハルト様にツケておけばいいか?」
「いえ、請求は私に・・・」
「うん、いつものようにガイの分と一緒にツケておいて。マルビスに経費で落としてもらうから」
自分で払うと言おうとしたイシュカの言葉を遮って私はそう伝えた。
だってガイは必要経費だと毎回ツケていくのにイシュカだけ払わせるのはおかしい。
「警護に必要と思ったから欲しいんでしょ? だったら支払いはウチでしょ。イシュカが個人的に欲しいというなら払ってもらうけど、そうじゃないもの。
ということでよろしくね、ウェルム。またその内来るよ。今から二日後の来客に備えなきゃいけないし」
色々と仕込みをしなきゃいけない。
ウチはまだまだ人手不足。私が手伝えるところは手伝うべきだ。
今回のことにしても私が思いつくままに突っ走ってしまったのが原因と言えなくもない。
やらかしてしまった以上他人任せは気が引ける。
「またですか? 相変わらずお忙しいようで」
「少しは暇になりたいんだけどね。貧乏暇なしってよくいうけど、お金があっても暇ってないものなんだって最近つくづく思うよ」
呆れたような物言いに私がそう返すとウェルムは声を立てて笑った。
「確かに。俺もそうですよ。剣ばかり打ってた頃にはたいして売れなくてのんびり安酒を飲む暇もたくさんあったが、今ではお陰様で待ちが出るほどの受注がある代わりに酒を飲む暇もない」
「そんなウェルムに今回の御礼を持って来たよ」
私がそう言うとイシュカはお酒の入った袋をウェルムに手渡した。
袋を開けて確認するとウェルムは嬉しそうに声を上げる。
「たまにはいいお酒でも飲んでゆっくりしてね。働きすぎは良くないよ?」
「他のヤツらならともかく、貴方や貴方の側近の方々には言われたくないですねえ。俺達よりよっぽど忙しく働いているでしょう」
「ははははっ、違いない」
痛いところを突かれて私は声を上げて笑った。
全くもってその通り。
半年前まではのんびりゆっくり老後の資金を貯めつつ、たった一人の恋人を見つけて暮らすつもりだったのに、随分と状況が変わってしまった。
半分以上が自業自得といえなくもないので文句を言うところもない。
だが頼もしい仲間と大切な人達が周りにたくさんいてくれるのはとても嬉しい。
折角手にした大事なもの、手放したくはない以上私はキバるしかない。
大丈夫、私は決して一人ではないのだから。




