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第百二十二話 英雄の偶像の重みとは?


 翌朝、ロイの腕に抱きかかえられて目が覚めるとベラスミとの話し合いは済んでいた。


 問題だったのはやはり資金面についてのことだったようでウチの屋敷での再交渉が決定されていた。

 そこでロイには一足先に宿に戻ってもらい、この国で参考にしたい幾つかの商品を手に入れてもらうようにお願いして、午後にロイを迎えに行って馬で午後から視察に出掛けることにした。

 父様には明日の夕方出来上がるグリズリーの加工品引き取りをお願いして、買い込んだ商品を詰み、馬車で戻ってきてもらうようにする。ベラスミ側の出立の用意が整うのは二日後、私達が先行して領地に戻り、支度を整えて待つことになった。あっちにこっちにと毎度のことながら私の予定というものはまともに計画通りに進んだことはない。

 

 とりあえず今日の予定はベラスミ国内の視察だ。

 今回は町は飛ばしての運河建設予定地の見学。だいたいでもいいので周辺地理を頭に入れておきたいところだ。ロイとライオネル、サキアス叔父さん、団員から二人、メイガストとシュバルツをお借りして私はイシュカにアルテミスに乗せてもらい、来年からウチの領地となる場所と繋がる検問所に向かって出発する。その近くに小さな宿場町があるようなので、予定としてはそこに二泊してから翌々日の朝に検問所を抜け、宵の口前に我が屋敷に到着予定となる。

 案内人は昨日一緒だったゴードンだけ。

 必要ならもっとつけるということだったがベラスミ側が問題ないなら一人だけでいいと断った。護衛としての戦力には不安はなかったので地理に詳しい一人がいればそれで充分だったし、技術的な部分で相談できる叔父さんが一緒ならそんなに困ることもないだろう。彼にはウチに滞在してもらってベラスミの使者の護衛として帰りは戻って貰えばいい。昨日戦った村を通り過ぎ、検問所にほど近い鉱山に到着したのは夕暮れも間近に迫った頃だった。

 ここには鉱夫達が生活している小さな町があり、多少寂れているものの宿もあった。


「他国の貴族の方を泊めるような立派な宿ではないのですが」

 ゴードンがすみませんと付け加えた。

 確かに綺麗な町並みとは言えないけれどウチの領地内の村でもこんなものだ。

「気にしないよ。不潔で汚いというわけではないんでしょう? 雨風凌げればそれで充分。ロイ、宿は空いてた?」

 馬を降りてイシュカに手綱を預け、空室の確認に行っていたロイが戻ってくる。

「はい。最上階を貸し切りにしましたけどそれで宜しかったですか?」

「問題ないよ。警護もその方が楽だしね」

 階段の登り口を交代で見張るだけで済むし。

 窓からの侵入は各部屋で対処ということで。とはいえ、この宿は平屋に囲まれているので見晴らしもよく、屋根伝いの侵入には向かない。窓を蹴破って入ってこようにも窓枠は寒さを凌ぐためか頑丈そうな作りをしているし、ベランダもない。雨戸を閉めてから窓を閉めれば音ですぐにわかるだろう。

 しかし、この芯から冷えるような寒さは流石雪国。 

「出来ればお風呂に入りたかったくらいかなあ。贅沢を言っても仕方ないけど」

 馬車で揺られて二日間、更に昨日はグリズリー退治で今日また移動。

 些かお疲れモードである。

 こういう時はのんびりと長湯で疲れを取りたいところだけど。

 ないものねだりをしたところで仕方がないと諦めかけたところ、

「風呂ならありますよ。湯が湧き出ているところがありますので」

 と、ゴードンが宣い、一気に私は色めき立った。

 私が一瞬にして期待も露わな表情で食いつき気味に乗り出したのを見て取ると彼は続けた。

「大衆浴場と、後は貸し切りになりますと少々値が張りますが十人ほど入れるくらいのものが。ただ、その・・・」

「何かあるの?」

 言い難そうだが何か問題でもあるというのか。

 早く言えとばかり急かす私にボソリと言った。

「若干独特の臭いがありまして、湯の色がやや黄色いのですが」


 それは所謂硫黄泉というものではないのかっ⁉︎

 期待していたとはいえ、町ではそういう施設を見掛けなかったので半ば諦めていたソレがあるとはなんというラッキー、珍しく私にしてはツイている。

 ということは、運河で繋がって貿易ができるようになれば温泉宿も夢じゃない?

 是非とも見たい、知りたいっ、入りたいっ!

 寂れているとはなんと勿体無いことか。


「行きたいっ! 貸し切りのところが借りられるのっ⁉︎」

 興奮気味の私にゴードンは引いていたが気にしない。

 風呂はあっても温泉などこの世界で初めてお目に掛かるシロモノだ。

 乗り気も乗り気、貸し切る気満々の私にゴードンが答える。

「多分大丈夫だと思います。あくまでも旅の金持ち向けのものなので」

 要するに鉱山があるからそれらの買い付けなどに来た商人や貴族用ということか。

 私はくるりとロイを振り返り尋ねる。

「ロイ、軍資金はまだあるよね?」

「充分ですが如何ほどですか?」

「二刻で金貨ニ枚、一晩で五枚ほどになりますけど空きは確認してみないと」

 全然許容範囲、寒い日には熱い風呂が一番。

 期待に胸を膨らませ、すっかり行く気の私を見てゴードンが小さく溜め息を吐く。

「宿に荷物を置いたら私が一度確認して参ります」


 やったあっ!

 これは是非ともこの国で他国籍の人間が土地を買えるか確認してもらおう。

 夢の温泉宿は無理かもしれないけど別荘なんていいよね。

 大人になったら、酒好きのガイやテスラも誘っていずれは温泉雪見酒。

「じゃあ今日と明日の夜、二日分ね。みんなで行こうっ」

 長湯か、烏の行水かの差はあれど風呂の嫌いな人間は少ない。

 ライオネルと二人の団員も顔を輝かせた。

 平民や下級貴族では風呂は贅沢品。あったとしても大きなタライに湯を張って、その中で体を洗うか生活魔法の洗浄で済ませることが殆どだ。騎士団にいた時も一応風呂はあったけれど班長クラス以上は少人数用の風呂に入れるが、寮に付いていた風呂は基本的に三日に一度の交代制、ぎゅうぎゅう詰めで芋洗いの状態らしい。私は客人扱いだったので滞在中は団長達の使っている風呂に入れてもらっていたけれど。

「貴方は本当に風呂が好きですね」

 今の屋敷に移動してからはほぼ毎日。

 いつも風呂桶にイシュカが水属性魔法で溜めた水をロイが火属性魔法で沸かして、私が入った後に側近のみんなも交代で好きなように入ってる。一番風呂は屋敷の主人の特権だ。

「うん、大好き。少し落ち着いたらウチにも広くて大きなお風呂、作りたいなあ。ゆっくり長く浸かれるようなぬるめのお湯なら尚最高っ」

「熱かったら冷やせばいいでしょう。貸切なら問題ないでしょうし、貴方もイシュカもそういった繊細な魔力コントロールは得意でしょう?」

 ロイに言われてハタと気がつく。

「そうか、その手があったか。この国は何か作法でもあるの?」

 日本では素っ裸が基本だったけど海外では水着を着ているところもあったりした。

 その辺は確認しておくべきだろう。

「一般客のエリアなら体を洗ってから入るとかタオルは湯に浸けないなどの決まりがありますが貸切にはありません。そのための高額料金ですので」

 成程、日本に近いもののようだ。

「因みに一般エリアの料金っていくらくらいなの?」

「銅貨三枚から八枚程度ですね。風呂屋のサービスなどによっても変わります」

 ふう〜ん、意外とそんなに高くないんだ。

 それでも家族四人かで入れば銀貨一枚以上、毎日は平民にはキツイか。

 ウチの領地には風呂屋はないのでかなり珍しい。

 知る限りあるのは金持ち宅と宿屋、娼館、貴族屋敷とウチの私有地にあるだけ。

 私の敷地内では一応寮住まいのみんなのために鍛冶場の隣に覗き防止のため男女別棟で大浴場を建てていて、鍛冶場や金属加工場の排熱で水を温め、利用している。基本的に利用は自由だが利用時間は夕方から日付が変わる前まで、鍛冶場が休みの時は閉めている。最初はなかなか利用時間が重なって大変だったので最近では寮の階ごとに班分けしてローテーションで週毎に時間帯を変えている。入口で社員証モドキの木札を見せる必要はあるけれど日本式の決まりを守る限りはウチの社員なら利用料はタダ。なので風呂屋とは言えない。幹部達には別風呂を一つ用意している。男ばかりなので今のところ一つだけで問題はないけれど女性が増えてきたら増やさねばなるまい。

 後はお客様に遊んだ後に汗を流して帰ってもらうための銭湯も企画している。

 とりあえずは後学のためにもこの世界の風呂屋をじっくりと見学、という名目で私達は宿屋で荷物を片付けた後、空きを確認して予約を取って来てくれたゴードンと一緒にその店に向かうことにした。



 到着後、温泉に浮かれてうっかり大事なことを忘れていることに気がついた。

 みんなで入るということは自分だけでなく、みんなも素っ裸になるのだということを。


 貸切風呂に到着したところで貴重品は宿に置いて結界も張ってきた。

 頑丈な私の結界ならば三枚も張っておけば破るのに相当時間がかかるので、昨日のグリズリーの魔石で結界を保持して出てきたのだ。

 二つ通りを超えて右に曲がってすぐのところにそれはあった。

 一階が一般客用の大浴場、二階が富裕層向けの貸切風呂。

 私は先に入ってて良いよと言い置いて案内されたソコを見てまわる。広い脱衣所に休憩所、有料で酒や飲み物、軽食も用意してくれるし、多少年季が入っていることを除けばちょっとした風呂付き高級宿にも見えないこともない。

 いや、違うな。

 どちらかと言えばイカガワシイ方向への利用価値が伺える。

 休憩所に広いベッドも鏡も必要あるだろうか?

 勿論私達のようにただのんびりと風呂を楽しもうという者もいるだろうが金の有り余った貴族や商人の旅先でハメを外す場所にも使われていそうだ。しかしながら多少のそういうことを見ないふりをするのなら滞在するのに悪い場所ではない。風呂の湯気もあって部屋の中は暖炉に火を焚べるまでもなく暖かい。

 次回この土地に滞在することがあればいっそここを一日貸し切って寝泊まりするのも有りかと思ったくらいには。だが、そんな考えは私が部屋の探検をしている間に一気に覆った。

 背後の脱衣所で男達が一斉に服を脱ぎ出す衣擦れの音が聞こえたからだ。

 道すがら一応対面上は遠慮する姿勢を見せていたみんなだが、その顔にはくっきりと『入りたい』の文字が見てとれた。一人で入ろうが十人で入ろうが同料金、何を遠慮する必要があるのかと言ったのだ。男同士なのだから気にすることもない。裸の付き合いというのもあるくらいだ、体格の良い団員達に囲まれたところでまだ子供で、体の出来上がっていない私の裸は鑑賞価値もないし、着替えの時とか、風呂に入っている時にロイが髪を洗ってくれることもあるので散々見られている。

 平民の男の子なら暑い夏場にはパンツ一枚で庭を走り回っている光景も見られるくらいなのだ。貴族なら服を作るための採寸や着替えの手伝いを使用人にしてもらうことだって少なくない。婦女子の前でもあるまいし、見られて恥ずかしい脂肪のついた身体をしているわけでもない。

 そう、見られること自体は気にしていなかった。

 自分が見ることになることまで想定していなかったというか、抜け落ちていた。

 どうしよう。

 非常に困ったことになった。


 主に目のやり場に。

 

 何を気にする必要がある。

 今は私にも彼らと同じモノが股間にブラ下がっているのだ。

 自分のソレ(・・)なら見慣れたものではないかっ!

 そう自分に言い聞かせるが振り返る度胸が、気合が、根性が足りない。

 男性のヌードなど恋人いない歴イコール年齢だった私に見る機会などなかった。

 子供の頃に見た父親の裸など覚えていないし、雑誌や推しのアイドル写真集なるものにもそういう(・・・・)ところは見えそうで見えないという絶妙な加減で隠されているものだ。腐女子であったとしても漫画、アニメ、ゲームでも通常ソコ(・・)にはモザイクなり、ボカシなりが入っているもので、直接目にしたことのあるのは現在自分についているものだけ。子供と成人男子のものがまるで違うことくらいは承知している。

 ・・・・・。

 あっ、そうだっ!

 先にみんなが入ってしまってからならいいじゃないかっ!

 湯に潜って覗き込もうなどとしない限りはくっきりハッキリ、目にすることもない。

 上半身の裸なら見慣れている。

 夏場の剣の稽古や訓練の後などに団員達が、建設現場の職人達が服を脱いで歩いていたではないか。

 そう、そうだよ、慌てることもない。

 今は私は男。落ち着け、落ち着け、大丈夫。

 しかし気分は男湯の中に紛れ込んだ痴女さながらだ。

 

「探検は終わりましたか?」


 後ろからロイに話しかけられて思わずビクリと飛び上がった。

 悪いことをしているわけではないのだが、後ろめたさを感じないでもない。

「そういう反応は珍しいですね。何をそんなに驚いているのですか?」

 イシュカまでいる。さっさと先に入ってくれればいいものを。

 これはもう振り返らないわけにもいくまい。

 覚悟を決めてくるりと向きを変えるとそこには腰にタオルを巻き、裸で立っている二人がいた。

 それを目にして一瞬ホッと息を吐く。

 じゅ、寿命が縮まった。

 とりあえず助かった。大人の男の裸を見て真っ赤になる子供などヘンタイか変質者っぽくて流石に考えものだ。

「今行く。私も早くお風呂に入りたいし、先に入っていてくれていいよ?」

 むしろさっさと先に入っていて欲しいのだが二人が私を置いて行くはずもなく。

 急いで脱衣所に戻る。

「そういうわけには参りません。私は貴方の護衛です」

 そう言うイシュカはしっかり右手に剣を持っていた。

「それ、風呂場に持ち込むの?」

「一応手の届くところに置いておこうかと。万が一ということもありますから」

 カギもカンヌキも掛かるのに?

 彫刻のような見事に割れた腹筋と長くて綺麗に筋肉がついたイシュカの脚は充分鑑賞する価値はあるけれどジロジロ見るのもどうかと思うのでさりげなく視線を逸らすと今度はロイのスラリとした肢体が目に入る。ガッチリとまではいかなくても細身の身体についた筋肉は、イシュカほどではないがなかなか綺麗だ。男っぽいというより不思議な色気がある。ムッキリしているわけではないけれど決して貧弱ではないことは腕まくりした時に見る腕を見てても明らかだったし。

 どちらにしても目のやり場に困る。

 極力下半身に目がいかないように視線を上向きにしつつ急いで服を脱ぎながら応える。

「心配しなくても教えてくれればすぐに私が結界張るから大丈夫だよ?」

「しかし武器がなくては反撃できませんから」

 それもそうか。

 いくら私の結界が頑丈でもずっと閉じこもっているわけにもいかない。

 棚を見ても他の団員たちの剣も見当たらない。一応は用心すべきなのか。

 私も持っていくべきかと迷ったが、腕前が三流ではリッチの時のように補助、補佐、回復に回った方が効率的だろう。足手纏いが戦場にいても役には立たない。

 それにどう考えても風呂場まで危険なことはあるまい。

 この場所は突然私が来ると決めた場所だし、一緒のゴードンが手引きするのも考え難い。彼の腕では剣でも、魔力量でもイシュカに及ばないと思われる。彼には強者が醸し出す独特の雰囲気がない。もっとも私が見慣れている人達がすごいだけでゴードンが弱いというわけではないのだろう。

 あれが隠しているというのならたいしたものだけれど。

 まあ、とにかくこんなところで考え事をするのもいかがなものかと思うので、折角の温泉、楽しまなければ損だ。一晩貸切、つまり朝まで押さえてあるから風呂を出たらすぐに戻っても良いし、ここは暖かいからみんなで食事を取って休憩してから戻り、朝、時間切れ前にまた入りに来てもいい。

「すぐ準備する。いつまでもそのまま二人を待たせておくと風邪ひきそうだしね」

 慌てて服を脱ぎ出した私にイシュカがクスクスと笑う。

「そんなに急がなくても大丈夫です。私達はそんなヤワではありませんよ」

 それはわかってるけれど裸の男二人の視線を浴びつつ、のんびり服を脱ぐような趣味は私にはない。ポイポイと気前よく服を脱ぎ捨てるとロイがタオルを渡してくれたのでそれを腰に巻いて浴室に向かう。 

 他のみんなは既に風呂に浸かっていて、そのすぐ側にやはり剣を置いていた。

 私が入って行くと一斉に視線が集まったのでイシュカのやや後ろに隠れると目の前にキュッと上がった形の良い尻がタオル越しとはいえ眼前にあり一瞬動揺したが、努めて冷静なフリをして洗い場に向かう。

 そこには湯桶も用意してあって大きなタライには体や髪を洗うための湯も用意してあった。

 なかなか気も利いている。

 蛇口は当然存在しないのでタライにも絶えずお湯が流れ込んでそこに溜まり、小さな湯桶で掬って使えるようになっているのか。


「髪を私が洗いましょうか?」

「お背中を流します」

 二人して甲斐甲斐しく世話を焼かれる気分は悪くないが、いつもと違って私だけでなく二人も裸。近すぎる距離は心臓にもあまりよろしくない。だが今日に限って拒むのもおかしな話、如何にも意識してます感が漂うことを考えると拒絶するのも変だ。二人にかまい倒されつつ体と髪を洗ってもらうとどこぞの金持ちお貴族様みたいだ。

 って、金持ち貴族だったっけ。

 侍らせているのは美女ではなく美男で中心にいるのが私のような子供でなければハーレムの王様ならぬ女王様みたい。

 って既に美男子ハーレム状態なんだった。

 なかなか複雑怪奇な状態であることは否めないが、進んで集めたわけでもなければ攫って閉じ込めているわけでもなし、深く考えても頭が痛くなるだけだ。ここはどんっと構えて成人までの間に結論を出せばいい。重婚も有りなわけだから私と結婚したままみんながお嫁さんを貰うのも有りなのかと一瞬考えたが、恋人を誰かと共有などしたくない。だが今のところ婚約者であっても恋人かと尋ねられると微妙なところだし、その時はその時、必要に迫られてから考えればいい。結論を出すまでには時間もある。みんながそれまで待っていてくれるのかはわからないけど今から来てもいない未来を心配して嘆いていては勿体無い。この際、開き直ってこの状況を楽しむのもいい。

 前世では男運の悪さと女らしからぬ男らしさでモテない女代表だった。

 こんな状況がいつでまでも続くとも思えない。

 それに私はみんなが好きだけど、これが恋かと聞かれると実のところ自信がない。

 夢か冗談にも思えるイケメン天国状態。

 誰が一番好きなのかと聞かれても実際答えられないのが現実で、私が子供だから容赦されている。

 どんな未来がきても私は私を好きだと言ってくれたことを後悔されたくない。

 ならば私は私ができることをやらなくちゃ。

 呆れられたとしても幻滅だけはされたくない。

 よしっ、気合いを入れて頑張ろうと立ち上がり、風呂に浸かろうと湯船に入ったまでは良かった。良かったのだけれど。

 ふ、深い。

 湯の中にゆっくり浸かるため、みんなのように縁に背をもてれて座ろうとすると顔の半分くらいが湯に隠れ、息ができなくなりそうだ。

 ムッ、無念。

 ゆっくり手脚を伸ばして入れると思ったのに。

 仕方ない。ここは正座で浸かるしかなさそうだ。木製の手桶を湯の中に沈めてその上に座ったところで私の体重では浮き上がるだろう。かくなる上はマルビスに話を持ちかけて子供でも浸かれる段差のある湯船の温泉付き別荘を早急に・・・


「ハルト様、こちらへ」

 湯面を睨みつけているとロイにそう、声を掛けられて振り向く。

 そこそこに広い湯船、浅めのところでもあったのかと喜び、期待して視線をそちらに向けるとそこにはロイが両手を私に向かって広げていた。

「どうぞ私の膝の上に。貴方の体格では手脚が伸ばせないでしょう?」

 こちらって、つまり膝抱っこってことっ⁉︎

 私は瞬間真っ赤になって固まった。

 そりゃあ今までもバックハグに姫抱っこ、肩に腕にと抱き抱えられと散々激しいスキンシップに晒されてきたが、いくらなんでも風呂場で素裸(マッパ)の膝抱っこは流石に恥ずかしすぎるっ!

「いっ、いいよっ、そしたらロイがゆっくり出来ないじゃないっ」

 私はぶんぶんと首が千切れそうなほど横に振り、全力でお断り、遠慮する。

 しかし当然ロイは引き下がらない。

「大丈夫です。湯の中なら浮力もありますし、貴方はまだ体重も軽いですからね。それとも私の膝の上はお嫌ですか?」

「いっ、嫌じゃないけどっ、ちょっと恥ずかしいでしょ。小さな子供みたいで」

 かなりどもりつつ言い訳する。

 私はロイの困り顔に弱い。ロイは絶対それを知っているに違いない。

 時々あざといくらいに眉を寄せ、色っぽい溜め息混じりに私にその表情を見せるのだ。そうすると私が断れなくなるのを知っていて利用している。

 ある意味すごくタチが悪い。

 勿論無茶ぶりなど絶対しないし、自分の都合を押し付けるようなことも絶対しない。

 ロイがソレ(・・)を使う時は大概明らかに私が遠慮している時か恥ずかしがっている時だ。たじろいで思わず後退った私に向かい、にっこりと微笑みかける。

「貴方はまだ充分子供ですよ。頼り甲斐がありすぎて、うっかり忘れてしまいそうになりますけどね。心配ありません、仮に私が根を上げても次はイシュカが膝の上に乗せてくれますよ。そうですよね、イシュカ?」

 ・・・・・。

 最近気が付いたのは意外にロイは性格が悪いことだ。

 こういう時、周囲の人間を巻き込んで私の逃げ道をロイは塞ぎに掛かる。

 確かに私はまだ簡単に抱きかかえられる子供だけど、それは外見(そとみ)だけなんですっ!

 中身は三十路過ぎ、四十路の壁も見え始めていたオバサンですからっ!

 って、言えないけど。

 ロイに話をふられてイシュカも当然だとばかりに頷いて言う。

「勿論です。それとも最初から私の膝の上でも構いませんよ? 私の膝の上は少々クッション代わりにするには硬いかもしれませんが私は貴方が一晩中乗っていたとしてもびくともしませんから」

「副団長の脚が痺れたら俺らの上でも・・・」

 ギロリと鋭い視線で射殺すかのようにそう言いかけたシュバルツをイシュカが睨みつけると彼はビビってすぐさま謝罪する。

「すみません、調子に乗りました」

「私がハルト様をロイ達以外の男の膝の上に乗せるわけないでしょう。団長でも嫌です」


 えっ、なんでっ⁉︎

 嘘っ、だってイシュカ達、私に婚約者が増えても気にしなかったのに。

 私が思わずみんなの本気を疑ってしまうくらいアッサリそれを受け入れていた。


「うわっ、副団長、嫉妬と独占欲丸出し」

 メイガストがからかうように茶化して言うとそれに動じもせず頷く。

「当然です。ハルト様は魅力的ですから独り占め出来るとは思っていませんが誰でも良いというわけではありません。最低でもハルト様を一番に思っていて、必要とされる者でなくては許しません。これは私達婚約者と側近だけに許された特権ですから」

 特権って、そんなものあったのか?

「団長が駄目だと言う理由は?」

「あの人の一番の忠誠は陛下であり、大事なのは国家の利益です。陛下のためなら貴方を利用するかもしれません」

 私の問いに答えたイシュカの言葉に納得する。

 団長がそんな器用なタイプには見えないけど、確かに陛下優先なのは間違いない。

「私の忠誠はハルト様、貴方に捧げています。貴方を最も大事にしない人に無防備な貴方を預けることはできません」

「イシュカは緑の騎士団、副団長でしょ?」

 その言葉は嬉しいけれど最優先が私って断言するのは騎士団的にマズくない?

 陛下から私最優先の許可は確かに出てるけど。

「その任も支部完成と同時に解かれるようお願いしています。支部完成時より支部長補佐の席に就きます。いつまでも本部を空けていては副団長の務めは果たせませんので騎士団に席は置きますが支部勤め扱いです」

 それってある意味降格だよね?

 イシュカを引き抜く約束を取り付けている私の心配することじゃないけど。

「いいの?」

「いいも何も、私にとっての一番が貴方である以上、副団長のまま団に在籍するわけには参りません。代わりに当面は支部長代理を引き受ける形となってしまいましたが、支部長が決まり次第、補佐に回ります。メイガストもシュバルツも、もうそれは知っているでしょう?」

 そんな私の心配に気づくこともなくイシュカはにこやかに二人に尋ねる。

「まあ一応。今の副団長代理がそのまま副団長に格上げになることは。ハルト様は本部の方の軍事顧問になっているでしょう?」

「軍事顧問じゃなくて、名誉軍事顧問。名前だけね」

 そういえばそんな肩書きも押し付けられていたっけ。

 だからと言って特に何をしたというわけでもないけれど。 

 そんな話をしている隙に失礼しますと一言言われ、ロイに膝立ちしていた私の腰を引き寄せられて結局その膝に座らせられることになってしまった。逃げようにもガッチリ腕を回され、抱え込まれている。

 暴れて逃げ出したいほどではないけれど、密着する素肌がかなり恥ずかしい。

 ここで騒いだりしたら如何にも意識してます感が出てもっと恥ずかしい。

 油断した。

 慌てて俯いて真っ赤に染まった顔を隠す。

 私は子供、私は子供と必死に頭の中で繰り返す。

 これではゆっくり浸かるどころか早々に茹だりそうだ、別の意味で。

 最近、以前にも増して激しくなってきたスキンシップに既に思考は混線状態、ショート寸前だ。

 そんな私を無視して話は進んでいく。

「名前だけ、ではないでしょう。もうじき講義も始まりますから」

「そうですよ。おそらく俺達班長は五班に分けられ、素質のありそうな者を選抜して揃え、そちらに伺うことになるかと思います。最近では近衛の連中でも貴方の講義を楽しみにしている者も多いようですよ」

 メイガストとシュバルツの会話など殆ど頭に入ってこない。

 カチンコチンに固まった私の耳元でクスッと小さな笑い声が聞こえる。

 ロイだ。

 これは間違いなく確信犯、私の反応を見て楽しんでる。

 いつもはすごく優しいのに、ロイは時々意地悪だ。

 というか、私の張っている意地を強引に崩しにかかる時がある。

 心底私が嫌がっているわけではないことを見抜いてやるあたりがタチが悪い。

 前はもっと遠慮がちに距離を測っていたはずなのに。

 どこまで許されるのかと試すように少しずつ詰められる距離は本当に心臓に悪い。

 落ち着け、落ち着け、別にイカガワシイことをされているわけではない。

 甘やかされているだけだ。

 意地っ張りな子供が甘やかされているだけ、深い意味はない。

 深呼吸だ、深呼吸。

 大丈夫、添い寝されるのも、バックハグされるのも慣れてきた。

 今回はそれの延長、服を着ていないだけなのだ。

 呪文のように繰り返していると少しずつ落ち着いてきた。

  

「あの、すみません。講義とは? 何かお伺いしても?」

 団員達の話を聞いていたゴードンが尋ねてきた。

「貴方も昨日御覧になっていたでしょう? グリズリーに対するハルト様の対処方法を。この御方は魔獣討伐に於いて剣術や魔法を主として扱うのではなく、あくまでもそれらを補助的に使う方法をよくお取りになるのです。ああいった手段を学ぶための講義をハルト様が開講して下さることになったんです。これが一般的になれば力無き者達でも多少は対処できるようになる可能性もあります」

 そう答えたメイガストにイシュカが付け加える。

「まずは国内強化が先ですが、ハルト様が学院入学と同時に学院でも騎士候補生達相手の短期集中講座が開設されます。その際、他国の留学生の受け入れも用意するということでしたよ。貴方の国にもその案内が近い内に行くと思われます。それを望むか否かはその国の判断になるでしょうけど」

 その話は確かに受けたけど、もう流していい情報なのか。

 期間的にいえばオーディランスをはじめとする諸外国に知らせて宣伝するためには早い方がいいのか。オーディランスとベラスミには早めに周知してもらって余計な諍いを避ける必要もあるし、他国への留学となれば準備もそれなりに必要になってくるから早い方がいいのか。

 イシュカの言葉にゴードンが身を乗り出す。 

「我々にも学ぶ機会を与えて下さるんですかっ⁉︎」

「陛下はそのつもりです。ただ、受け入れ態勢も整えねばなりませんし、そのために解決しなければならない問題が幾つかあるようですけど。まだハルト様が入学なされるまで一年半ありますから、その間に準備を整えるつもりでおられるようです」

 確かに他国からとなればこの時代、一般平民の留学はない。

 となれば、それなりの身分の使者や留学生を受け入れる特別寮的な箱物が必要なわけか。早めに知らせておいてもそれがまだ未完成となれば話を強引に進められることもないだろう。

「副団長はハルト様の一番弟子なんです。陛下がハルト様の考え方や方法を学ばせるために護衛に付けたのですが、ちゃっかり婚約者の席まで射止め、現在に至るわけでして」

 シュバルツがそう言ってイシュカを見て肩を竦める。

「副団長、団内で相当やっかまれてますよ」

「団内にはハルト様のファンが多いですからね」

 メイガストとシュバルツの言葉に動じることもなくイシュカはキッパリと言い切る。

「構いません、ハルト様のお側に居られるならそのような問題など瑣末なことですから」

 瑣末って、そんなことないと思うんだけど。

 全く、どうしてみんな、私をそう過大評価したがるのか。

「みんな、私の価値上げすぎ。困るよ、私は保証なんてできないんだから」

 もとはイシュカを引き抜く代償に引き受けたことで、他国との争いを避ける手段の一環として引き受けたことだけど、私が教えられるのは魔獣に勝てる方法ではない。

「最初に言っておきますが昨晩も申し上げた通り、私の策は万全ではありません。逃げられてしまえば二度と使えない可能性を秘めている。私が教授出来るのは討伐方法でなく、その考え方。これで大丈夫と思われては困るのですよ」

 最後に責任を取るのはその現場を預かる者なのだ。

 私の言ったことを盲信して考えることを止めれば災いからは逃れられない。

「イシュカはもう、それを理解しているでしょう?」

「はい。だからこそ貴方は対峙した魔獣達は絶対に逃さぬよう、幾重にも策を巡らせます。学習するのは人だけではない、魔獣も同じで、知恵の回るものにはより注意を払わねばならないと貴方はいつも仰っていますから」

 油断は思わぬ不幸を招く。

 魔獣相手なら尚更だ、一瞬の気の緩みや慢心が容易く人の命を奪う。


「人の考えたものには必ず穴があり、抜け道がある。想定外の事態というものはいつでも起こり得るものです。だからこそ全てのことが終わるまで注意を怠ってはならない。想定し得る事態にも可能な限り対処すべきなのです。

 人の上に立つからにはその下にいる者全てに対しての責任があります。

 とはいえ、私もまだまだで、考えなしに動いてしまうことが多くて私の行動で周囲の者をよく振り回して迷惑をかけてしまいます。私の予定はいつも狂いっぱなしで、予定変更を余儀なくされ、思う通りに進んだ試しはありません。

 私は周囲の者に助けられ、支えられて立っているということを私は決して忘れません。彼らなくしては私は途端に立ち行かなくなってしまいます。

 だからこそ私は私を支えてくれる者達にいつも感謝しています。

 彼らあってこその私なのですから」


 全て自分一人の功績だと思ってはならない。

 私はみんながいてくれるから戦うことができるのだ。

 怖くて逃げ出したくなるような時でも、隣にイシュカが、ガイがいてくれた。

 ロイやマルビス達、みんなが支えて力を貸してくれた。

 私は自分を強いとは思っていない。

 怖くて震え、逃げ出したいと思っても、それでも逃げ出さなかったのは、みんながいてくれたからだ。


「・・・貴方は本当に子供らしくない」

 真っ直ぐにゴードンを見た私に彼は少しだけ目を伏せて笑って言った。

 すみませんね、可愛げがなくて。

 なにせ中身は図太いオバサンですからっ!

 ムッとした私にゴードンは呟くように言った。


「ですが、貴方が多くの者に慕われている理由はよくわかりました。

 貴方は確かに、とても魅力的だ」


 私は当然のことを当たり前にしているだけ。

 だけどこの世界ではまだまだ身分差も大きく、下々の者の命は驚くほど軽い。

 部下の手柄を取る上司は文明の進んだ社会(ぜんせ)でも絶滅していなかった。

 どんなに文明が発展しても人のそういう大元のところは変わらないのかな。

 私もみんなが幸せなら自分は不幸でもいいなんて死んでも言えないし。

 周囲が評価している私の行動は私の我儘に起因していることが多い。

 私は私の大事なものを守りたいから戦うだけ。

 後悔しながら生きるのが嫌だから立ち向かうだけ。

 自分の都合でしかない。

 

 私は正義の味方ではない。

 まして褒め称えられるような英雄でもない。

 大きくなり過ぎた私の偶像は一人歩きして、


 私にはとても重いのだ。



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