第百二十話 腕のいい職人は即確保、仕事は用意致します。
ロイに冒険者ギルドでのグリズリーの毛皮の加工処理の手配など、幾つかお願いをしてから団長とイシュカと一緒に私は夕暮れ頃にベラスミの城に戻った。
用意されていた小宮に案内されて、既にそこにいた父様やフィア達には心配をかけたようだが怪我一つなく戻ってきた私達の姿を見てホッと息を吐いていた。
「全く、お前というヤツは。他所の国の危険にまで首を突っ込みおって」
父様に拳骨を落とされて、私は頭の上を摩った。
「だって、心配事が他にあっては話し合いも進まないと思って」
言い訳がましく私は呟いた。
それを見ていたフィアにクスクスと笑われてしまった。
「グリズリー四頭もまた無傷で倒したんだって? 相変わらず凄いね、ハルトは。今度はどんな手段を使ったんだい?」
そう尋ねられて思わず、
「穴に落として煙で燻したんだよ」
と、簡単簡潔に答えると団長が苦笑する。
しまったっ、ついいつものクセが・・・
「その辺は相変わらずだな。まあいい、今回はロイもイシュカも一緒だったからな。イシュカ、説明してやれ。お前はハルトのやったことを正しく理解しているのだろう?」
「はい。今回も私では思いもつかないような手段でした」
イシュカは頷くと私が取った手段と方法を事細かに説明し始めた。
わかりやすく丁寧に説明しているその様子を見て、やはり講師はイシュカにやってもらうべきなのではと思ったが、それを言うとまた押し問答になるのはわかっていたので口を噤む。講義が始まればわかることだ。クレームが来たら交代して私がサポートに回ればいい。その分の講義追加もやむなし、許容範囲だ。
一部始終をイシュカが説明し終えたところで連隊長が感嘆の息を吐く。
「相変わらずだな、貴方は」
それほどのことではないのだけれど。
所詮前世の雑学応用でしかないし。
沈黙した空気を破ったのはこの人、空気を読むということを全く知らない叔父さんだ。
「ハルトッ、グリズリーの肝臓はっ、胆嚢はっ、精巣や卵巣はどうしたっ」
甥っ子の無事よりそっちが重要なのか?
まあいいけど。
「ロイに頼んで冒険者ギルドで腐らないように加工処理に出して貰ってるよ。流石に全部の素材は持ち帰るのには無理があったから肉や骨とかは村に置いてきた。毛皮と魔石、叔父さんが欲しがりそうな部分の内臓だけはもらってきたけど」
そう私が答えると目を輝かせて叔父さんが私の両手を握る。
「素晴らしいっ、それがあれば素材が足りなくて止まっていたあの研究や、他の実験も進められる。私はハルトの側近で良かったと心の底から思っているよっ」
ハイハイ、貴重な素材が手に入るからでしょ。
わかっていますとも。
わかったからこの手、離してくれないかな?
なんか背後から妙な視線を感じるのだけど気のせいだろうか?
後ろにいるのは国家開発部のデイビスくらいだし、付けてくれたメイド三人は用があれば呼ぶからと控え室に下がって貰った。いると見張られているようで落ち着かない。
「本当に毎度使う手段には驚かされる。その観察眼にもな」
感心したように団長は言うが、あんなものは慣れだ。たいしたものではない。
「でも結局ウルフも残りのグリズリーも見つからなかったわけだし」
「いるかも知れないという危険を知っているだけでも違いますよ」
確かに備えられるという点では良いかもしれないけど、根本的な解決にはなっていない。
グリズリーの頭蓋骨を置いてきたからウルフの襲撃から避けられるかもしれないけど近隣の村までは保証できない。
「それでこっちはどうなったの?」
そのために討伐に参加したわけだし、肝心の水道工事事業と運河建設の説明と理解。
国内だけでも確かに利用価値は高いけれどあれを本当の価値のあるものにするにはベラスミの参加の可否が掛かっている。特に運河建設。あれは水道工事と比べ物にならないほどは水がいる。最終手段として王都から繋げて海から水を引っ張れないこともないけれど。
わたしの問いにデイビスが口を開く。
「一応ベラスミの研究者達への説明は終わった。細かいところはまだまだだが大筋は理解して頂けたと思う。だが」
「難しいかもしれない、ですよね」
道中の道の整備もされていない、町の管理も行き届いていないどころか城の修繕も滞っている。つまり、それだけの資金難であるということだ。
「水道、運河、どちらの工事にもそれなりの資金が掛かる。すぐに返事はできないだろう。たとえそれが国の利益につながるとわかっていてもな」
ポツリと宰相が言葉を溢した。
「厳しそう、ですからね。資金繰りが」
控え室にいるメイドにあまり聞かれたい話でもないので私は小声で囁くように言った。
この小宮はかろうじて体裁を整えられているけれど、多分ここだけを慌てて見られる程度に取り繕ったのだと思われる。
「まあウチも貴方がいなかったら財政難は免れなかったと思いますよ。ワイバーン討伐に始まり、スタンピードを止め、更には王城に飛来したコカトリスの脅威の排除。どれも被害をまともに受けていたら途端に財政が逼迫しかねないものです」
連隊長の言葉に私は顔を顰める。
確かにスタンピードで王都が壊滅状態に陥っていたら無事では済まなかっただろうけど、所詮私がしたことは作戦立案とその指示だけだ。コカトリスは確かにまともに被害を受け、他国の姫君に危害が及んでいたら責任追及で賠償責任もすごかったのだろうけど。
「それは私だけの力じゃないって何回も言っているはずですが」
この押し問答、何回目だ?
いい加減、もう理解してほしいのだけれど。
「失礼しました。貴方達が、でしたね。貴方の周りには本当に優秀な者が集まっている。王宮の武官、文官にも劣らないほどにね。まあそれも貴方が魅力的だからでしょうが」
だからそう何度も言っている。
私の魅力云々はともかくとして。
「まだ六歳の子供なんです。過ぎる期待はやめて下さい」
中身は平凡なオバサンだけど。
「確かに早熟で天才と呼ばれる子供の多くは歳を重ねるごとに凡人に埋もれがちですが、貴方の場合、それはないでしょう」
「ですからっ」
連隊長の言葉に反論しようとしてそれは遮られた。
「何故なら貴方の周りには貴方が大好き過ぎて貴方から離れようとしない有能過ぎる者達が大勢集まっています。たとえ貴方が凡人に成り下がったとしても彼らが貴方を支えている限り、貴方は我が国でその名を轟かせ続けることでしょう」
みんなが私の側にいてくれる限り?
「だから貴方も周囲の期待が重過ぎるからと気を張る必要はないのでは?
それとも貴方ご自慢の側近や仲間達は貴方が平凡になった程度で落ちるような方達なのですか?」
連隊長にそう続けられて、私は言葉を失った。
そうだ、私は私の側近たちの優秀さを誰よりも良く知っている。
いや、良く知っていたはずだ。
私は連隊長の言葉に大きく横に首を振った。
そうだ、みんなは私のようなハリボテとは違う。間違いなく優秀な人達だ。
私一人が潰れたくらいで揺らぎはしない。
連隊長はにっこりと笑って続けた。
「でしょう? ですからもっと肩の力を抜かれると良いと思いますよ、私は」
その通りだ。
私は何を驕っていたのだろう。
自分がしっかりしなければ?
違う、私の周りにいる人達は私がたとえドジを踏んで失敗したとしても、しっかりそれをフォロー出来る人達ばかりだ。
本当の意味でみんなを信じていなかったのは私なのかもしれない。
愕然としている私はイシュカに手を握られ、私が見上げるとイシュカは優しく微笑んでいた。
「それに私もいずれ貴方の縁戚ですからね。私も御助力致しますとも」
にっこりと笑ってそう宣った連隊長に団長が目を剥いた。
「なんだとっ、そんな話、俺は聞いてないぞっ」
「ああ言っていませんでしたか? もうすぐガイが私の遠縁の養子に入るのですよ。ハルトのところに婿に入るためにね。これで私は将来ハルトの縁戚になります。叔父上と呼んでも良いですよ、ハルト?」
してやったりという顔で連隊長が私の両肩に手を置いた。
連隊長が叔父さん? それはちょっとどうかと思うのだけれど。
それにいくらなんでも『叔父上』は気が早すぎだ。
するとそれを聞いていた団長が連隊長の後ろからガッツリとその肩を掴んで躙り寄る。
「ズルイではないかっ、アインツッ、それは抜け駆けだっ」
「提案したのは私ですから当然の権利です。それに彼の素性を隠すなら貴方のところよりも私の方が適任です。貴方では陛下と縁戚で、元団員ではあっという間に隠したいという彼の父親にバレてしまいます」
確かに、ごもっとも。
似た立場であっても陛下が親戚にいるのといないのでは話題性も注目度も違う。しかもガイの古巣であることから考えれば団長のところは避けた方が無難だ。それにいきなり連隊長のところではバレやすいからと結局一回ゲイルのところの養子に入ってから更に連隊長の親戚筋の養子に出ることになったし。そうなれば平民の商人以上には探られないだろうということになったのだ。ガイ自体はシレイユスの姓さえ変わればどちらでも関係ないらしくバレにくいならそれに越したことはないとアッサリ受け入れた。そして間を空けずにまた二人では外聞も良くないだろうとガイとテスラは年明けを待って婚約届を出すことになっている。
だが納得いかない様子の団長はぐぬぬっとやり込められて考え、そして良いことを思いついたとばかりにバッと顔を輝かせた。
「そうだっ、ならばもう一人いただろう? テスラだ、アイツを俺の親戚筋の養子にするのはどうだ? アイツもお前に惚れ込んでいるからな、テスラも婿候補だろうっ?」
何故そういう結論になるっ!
私は団長にテスラのことは言っていない筈なのに何故婿候補と知っている?
しかも惚れ込んでるってどういうことっ!
私、そんなこと知らないよっ!
そりゃあ婚約受け入れるくらいだから好かれてるのは間違いないだろうが。
テスラは私と婚約すると断言した前後で全くといっていいほど態度が変わらないからよくわからなかったんだけど、だからといって、
「テスラは素性を隠す必要がないのですから必要ありませんっ」
「フィアッ、お前もハルトを説得しろっ、お前もハルトと縁戚になりたいだろうっ?」
こらこらこらっ、何を脅迫まがいにフィアに詰め寄ってんのよっ、団長!
「フィアまで巻き込んで変なところで張り合わないで下さいっ! それに説得するなら私ではなくテスラでしょうっ」
「テスラが良いといえばいいんだなっ」
「そういう意味ではありませんっ」
そしてフィアまでその気にならないでよっ!
国の重鎮達とこれ以上繋がり作ってどうすんのっ!
なんとか徒党を組もうとしている団長とフィアをひっぺがそうと団長のガッチリとした体躯に取りついて悪戦苦闘していると急に団長の動きがピタリと止まり、入り口の扉を睨み付け、低い声で言った。
「おいっ、そこにいるだろう? 出てきたらどうだ?」
団長の言葉にカタンと音が鳴り、キィと扉が開いた。
そこにいたのは先程ここまで案内してくれたゴードンだ。
「すみません、盗み聞きするつもりではなかったのですが」
「そのくらいはわかっている。嫌な気配も殺気もなかったからな」
団長が憮然とした表情で言い放つ。
私が感じた視線は彼だったのだろうか?
小さく頭を下げてゴードンは部屋の入り口に足を踏み入れた。
「本日中止になってしまいました視察をどうされるかお伺いしようと思いまして」
そういえば今日、視察に行く予定だったっけ。
討伐に出掛けてしまったので結局ポシャッてしまったけど。
「差し支えなければ来年からウチの領地と接する地域を見てみたいのですが」
案内してくれるというなら一番見たいのはそこだ。
町の土産や特産品の買い物はロイとライオネルに任せてある。ロイは私の好みもマルビスの好みもよく知っているから気にしていない。昨日パッと見た感じは素朴な物が多かったし、一番良いと言われる滞在中になっている宿はそれなりではあっても特筆すべきものはなかった。装飾も興味を引くほどのものがない。
少し前のウチの領地みたいだ。
技術はあるかもしれないけど、それだけなのだ。
まあ許されるなら腕の良い職人ならば条件さえ合えば何人か引き抜きたいところではあるけれど、他領からならまだしも他国でそれは不味かろう。腕のいい職人はどの国でも貴重だ。
「それは構いませんがお見せできるような価値のあるものはあの辺りにはありませんよ?」
ゴードンはそう言ったけど、私は観光がしたいわけではない。
「私は遊びに来たわけではありませんし、話が纏まるにしろ、纏まらないにしろ、来年から我がグラスフィート家の領地と隣接することになりますから一度見ておきたいのです。それに価値があるかどうかは私が決めることです」
運河建設が現実化すればそれを作る場所の確認を是非ともしておきたい。
そこに何か利用できる面白そうな物があればグラスフィート領と隣接するなら折角の出発点となる運河の港建設地や国境の検問所あたりに将来的に大規模な娯楽施設建設を計画してもいい。雪国ならではの楽しみ方もあるというもの。宿泊施設なども出来れば、温泉など湧いていればなお良しということで。
私の言葉に頷いてゴードンは了承する。
「かしこまりました。ではそちらに御案内させて頂きます。
それから陛下が今日の討伐協力について御礼を申し上げたいと」
なんでこう権力者というのはなんでも大事にしたがるかな?
別に御礼などいらないし、要求するつもりもないのだけれど。
「必要ありません。私は冒険者として王城からの直接討伐依頼を果たし、しっかり戦利品も頂きました。御礼は団長の方に」
一応名目はそうなっているし、グリズリーの毛皮は手に入れた。みんなのコートが作れそうだからそれで充分。
それは団長も同じ考えのようで、
「俺にも必要ないぞ。別に恩を着せるつもりはない。俺達は俺達の都合で動いたのだし、殆どハルトが倒したようなもんだ。ハルトが礼などいらんと言っているのに俺が礼を言われるのは違うだろ。それにしっかり貰うもんは貰ったから気にしないでくれと伝えてくれ」
と、そう答えた。団長も結局、殆ど何もしていないのにこれは貰いすぎだと団長の取り分の毛皮と貴重な内臓その他は私に譲ってくれて、魔石だけ取った。まあ一番高いのが魔石なわけだけど出張料ということで。
ベラスミの方々には一頭分のグリズリーは丸ごと譲ったので遠征費用をそこから出しても余るだろう。肉や骨は全部で四頭分あるわけだし、それを譲ってくれるだけでもありがたいと言っていたくらいだ。実際、駆けつけた時、私達が討伐するからと言った時のベラスミの兵士の明らかにホッとした顔。
そりゃあグリズリーはランクBの魔獣で手強いかもしれないけど平民を守るべき騎士があれではどうかと思う。主力メンバーがいないとはいえ自分達の国民を自分達で守ろうとする気概がない。協力したいとか手伝いたいと申し出た人は一人もいなかった。
他所の国の戦力に頼り切り。
協力を申し出たのは確かにこちらだがあまりにも情けなくはないだろうか。
まあそれも余計なお世話か。所詮他所のお国事情だ。
「私は堅苦しいのがあまり得意ではないので、お気持ちだけ頂いておきますということにしておいて頂けると、こちらとしてもありがたいです。どうしてもというのであれば失礼かと思いますので参上致しますが」
面倒だというだけで納得してくれるならありがたいが権力者は妙なプライドを持っていることも多いので我儘を通すつもりもない。
「いえ、出来ればということでしたのでそう仰って頂けるのであればこちらは問題ありません。朝食の終わる頃お迎えに上がります。では今から夕食の準備をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
それに私達が頷くともう一度深くお辞儀をするとゴードンは退室して行った。
入れ替わりで夕食の準備のための給仕やメイドが入室してきたが、特に会食がされるでもなく私達だけでの食事となった。
気楽なのは良いけれど、あまりにも構われなさすぎだ。
普通名目だけでも親交を深めるために国王は無理でも王子や王女、国の要人達が一緒に食事をするためにやってくるものではないのか?
まあ今回の案件は一大事業となるわけだし、会議会議の連続となればそれも無理ないのかもしれないけど、あまりにも素っ気ないような気もする。まるで断る理由でも探しているかのようにも思えるのは考えすぎだろうか。だが、話を持ちかけた時は間違いなく提案については歓迎されていた。
となると、やはり問題となるのは資金繰りなのだろう。
なんとか捻出しようとしても明らかに足りない、だが提案自体は魅力的。
こちらが譲歩し、資金援助を申し出るのを待っている?
いや、それも利が見込めなければ国は動かないことくらいわかっているだろう。
事実、ベラスミの協力体制が得られないのならシルベスタとしても当面国内水道工事のみに留めるつもりでいるわけだし、貸し付けたところで戻ってくるかどうかわからないものに貸し付けたりはしない。
何か改善案はないものかと思うのだが。
やはりマルビスを連れてくるべきだったかな、失敗した。
商売をするにも事業を起こすにもマルビスがいるといないのとでは話の進み方が違う。
利益が見込めるなら国は動かせなくても私達が動くことができる。
問題となる点が商業的立場で解決することができるなら。
夕食が終わった後で風呂に入り、ゆっくりと寛ぎながらそんな話になった。
「感触的には反応は悪くない、そう思うのですがねえ」
デイビスが難しい顔でそう切り出した。
「それはそうでしょう。水が豊富なのは良いことであっても、豊富過ぎることは災害と同意です。毎年のように春先、洪水に見舞われていてはありがたいどころの話ではない。その水を引き取ってくれるという話はこの国にとってこの上なく魅力的な話でしょう」
「ですが、その毎年の災害のせいで財政は逼迫状態。民の生活も苦しいとあってはすぐに返事もできないと思いますね」
「これ以上の重税は民にも掛けられない、雪のせいで冬場にはまともな職にありつける者もいませんからね」
除雪車みたいなものがあるわけでもなし、確かに不便ではあるだろうけどそんなに仕事というものはないものなのだろうか。シルベスタでは女性もパートタイマーみたいな形や手仕事作業の内職みたいなもので働いて家計を助けている人も多いのだけれどここでは違うのだろうか。
「聞きたいんだけど、冬場にまともな職がないっていっても鉱夫は仕事があるんだよね? 女性は? 働いてないの?」
ふと疑問に思って尋ねてみた。
すると各国のお国事情にそこそこ詳しい宰相が答えてくれる。
「働く場所がないのですよ。雪が積もっていては職場に通う手段がないですから。内職の種類も多くありませんし」
ああ、そういうことね。
家から出ようにも雪が積もっていては遠出も出勤も出来ないと。
確かに多くある各集落の規模も小さいみたいだし、城下を離れると殆どが自給自足に近いようだ。小規模の畑でその集落が食べていける分だけの作農、足りない分を輸入で賄い、鉱夫達がそれ以外の外貨を稼いで生活しているといったふうだ。
「内職ってどんなの?」
こういうのって地域性もあるだろうしなあ。
「主に針仕事ですね。品質的にも悪くありません。腕が悪いと回される仕事が少なくなるらしく仕事も丁寧ですからね。ですが買い手が少ないため振られる仕事の絶対数は少ないようです。後は手工業の織物なども結局受注も材料もなくては一人当たりに割り当てられる仕事も少ないです」
そう返って来た言葉に私は目を見開いた。
「つまり、針仕事や織物ができる優秀で貴重な職人の手が空いてるってこと?」
「まあ平たくいえば」
宰相が然程の興味もなさそうに答える。
そりゃあ国家的立場からいえば他所の国の失業率や雇い入れが難しい、在宅の職人なんて興味ないのも仕方ないのかもしれないけど。
私はゴクリと息を呑んで尋ねる。
「例えば、だけど。ウチから材料をこちらに輸入して、その人達に仕事を依頼、完成品をウチに戻すとやっぱり税金って二重にかかる?」
「かかりますよ。ですからそういうことをする商人は殆どいませんね」
宰相がキッパリと言い放つ。
即答か。やっぱ難しいのかな、他国で作業してもらった物を持ち込むのは。
しかし、ここで簡単にメゲてはダメだ。
目の前にぶら下がった優秀で貴重な人材、諦めてなるものか。
「じゃあ各国を渡って商売している商人って自分の取り扱っている商品を他所の国に運ぶ時、一々関税を支払わないといけなくなるの?」
検問所を抜けるたびに税金がかけられていては利益が出ない。
私は再び質問する。
「物によりますね。例えば酒などの嗜好品は税率が高いですしオリジナル性が不足していますから酒は酒として扱われます。食品、衣類関係でも値が張るほどに贅沢品と分類されますので高くなります」
「商品が安いと?」
「そこまで高くはありません。商品として売り出す物でなければ税金も殆どかかりませんし。国によっても違いますがベラスミでは食料品に税金をかけると庶民には手が届かなくなってしまいますからね。単価が安い物であれば税もかかりません」
つまり商品でないもの、もしくは安価であれば税金は殆どかからない。
となれば、抜け道、というか作業依頼の仕事を持ち込める可能性がある。
私はそれを確認するために再度尋ねる。
「じゃあ売り物じゃなくて、支給品や道具として使う物なら?」
「税金は掛かりません」
アッサリと宰相が断言する。
あるじゃないの、ほしくて仕方がなかった人材がこの国に。
「やっぱりマルビス、連れてくれば良かった」
私がポツリと言った言葉に団長が反応した。
「どうした?」
「いや、ウチで人手が足りてないって話はしたでしょう? その殆どが針仕事なんだよ。人手が足りなくてウチで来年オープン時に揃える予定の制服にまで手が回ってないんだ。とりあえず後に回せないのは売り物である商品だし、現状そっちを優先させてる。
売らなければ税金が掛からないっていうならウチの制服を縫う針仕事をこちらで仕事として用意出来るかなあって。労働力を提供してもらえるならウチがその労働力の対価を払えたかもって。制服は利益を出す物じゃないから税金、掛からないよね?」
私が目を見開いて宰相に詰め寄り、確認する。
「確かに。どのくらい入り用なんですか?」
やはりマルビス、もしくはゲイルを連れてくるべきだった。
「一人最低二着として最低二百。将来的には職人以外の全スタッフに配給予定だから多分千は軽く超えると思う。それもジャケット、シャツ、フレアパンツ、キュロットスカート、ズボン、帽子とかバラして考えるなら三千くらいは欲しいよ。更に春夏用と秋冬用で分けることを考えれば更にその倍。材料自体はマルビスが手配して集まりつつはあるんだけど、肝心のお針子さんが少ないんだよ。それに最近受注が急激に増えているハンモックも厚手の織物で作れるなら頑丈にできるし金属加工が得意だっていうならプリンの入れ物は簡単だから見習いの仕事でやってもらえたらなあって。あれも直接的な売り物じゃないし、他にもお願いしたいことは山ほどあるのにっ」
要はウチの下請けとしての仕事だ。
人手が足りなくて滞っている仕事のあれこれが頭の中に次々と浮かぶ。
前世とかでもよくあった人件費が安いところや労働力の多い海外に生産拠点を置く方法だ。税金対策が可能ならすごく魅力的な話である。
「落ち着け、ハルト」
ブツブツと独り言を喋り出した私を心配して父様が言った。
それを見ていた宰相が目を丸くしていたが、少し間を開け、愉快そうに顔に笑みを浮かべた。
「ですがこれは確かに妙案かもしれませんよ。こちらにどのくらいの資金が足りないのか正確なところはわかりませんが、この国の出方次第では取引という形で持っていけるかもしれません」
えっ、ホントにっ⁉︎
お針子さん確保出来そう?
「そういえばお前、商業登録、八十超え持ちだったな。今どれくらいあるんだ?」
団長に何気に聞かれて私は記憶を思い起こす。
「三ヶ月くらい前に百を超えたのは知ってるけど、詳しくは・・・」
「百超えだとっ」
そう叫んだのはイシュカとサキアス叔父さんを除く全員。
「お前な・・・」
呆れたような団長の声に私は言い募る。
「だから商品の種類に対して作る人手が足りないって言ってるんだよ。
でもそろそろ多分止まるよ。発想にも限界もあるし、いつまでも続かないよ」
「それで今開発途中のものはいくつあるんだ?」
父様が頭を抱えて尋ねて来た。
私は必死に思い出しながら数えながら指を折る。
エレベーター以外は今は楽器類が数種類、あとは折り畳み家具シリーズが何点かと・・・
「えっと、二十はないと思うよ、多分。でも今取り掛かってるのはたくさん売れるようなものじゃないし。その辺はマルビスやゲイルに確認しないと」
「二十って、そりゃあ『はない』ってレベルの数じゃねえだろ」
団長が大きな溜め息を吐いて言った。
そういえば普通ニ、三個登録持ってるだけでも珍しいんだっけ。でも思い出したもの片っ端から走り書きしてるだけだから全部再現出来るかも怪しい。
所詮私の思いつくものなど知れている。
再現しようとしている物も百均レベルの物が多い。
武器に繋がるもの以外の節制は最早やめたし。
「食べ物関係で早いのは来年今頃には商業登録も切れるし、半分くらいには減ってると思うけど」
「それでも五十は超えてるわけだろ」
団長に突っ込まれてモゴモゴと答える。
「簡単なものが多いから二年もすれば更に半分くらいになるよ」
「それでも三十は超えるよな?」
まあ一応。
そのくらいは残るハズ。
団長がはあっと大きくため息を吐いて言う。
「コイツが規格外なのは承知していたつもりだったんだが」
いやまあそれは元は私が考えたものでもないし。
庶民に簡単に手が出せるものというならその方がコスパも良いかと。
「なるほど、これは交渉の仕方を変えてみた方が良さそうですね。向こうが資金面で頷くことができないと言うならそちらからアプローチをかけてみましょう。
マルビスを呼ぶ必要はありません。資金面だけの話であるならベラスミから貴方がたの方に財政担当者に出向いて頂くように致しましょう。そちらの人員が揃っていればその方が商談もしやすいでしょうから。例の件についてもね。
ただそうなると貴方の屋敷の方にお邪魔する人数が相当数になってしまうかと」
確かにベラスミからウチに出向いてくれるなら有り難いことこの上ない。
マルビスにゲイル、ジュリアスその他優秀な商業班面々が揃っているしね。
相当数ってどのくらい?
両国の使者の分ってこと?
部屋ってどのくらい空いてたっけ?
マルビス達の人員スカウト状況と王国内から毎日のように就職希望者が来ているからなあ。もっともウチは実力主義だから地位なんて知ったことではないのでどんなに上級貴族出身だろうと役立たずの選民主義者には丁重にお帰り頂いているけれど。しかしながら最近では以前にマルビスが言っていたように貴族の屋敷の奥に引っ込んでいたと思われる『才能豊かな醜い者』が送り込まれ始めているようだ。
馬鹿なものだ、貴重な『才能』という宝をわざわざ献上してくれるとは。
ありがたく彼らにはその才能を存分に発揮して頂く舞台を用意するだけだ。家族内で虐げられていた彼等には貴族としてのプライドも、平民と貴族の区別もない。
自分を認めてくれる人間こそ正義。
私達の仲間として存分に働いてもらう、彼等を虐げていた存在を見返すために。
理不尽な屈辱など赦さない、人間の価値は外見などで決まらないのだから。
第一、醜いと聞いていたけれど全然そんなことはなかった。
前世の私の高校生時代と比べれば随分とマシ、というか普通だ。
ただ貴族としての『華』がないというだけで。
ならばしっかり頑張って貢献してくれた暁には改造計画実行してあげようじゃないの。人間は化粧、髪型、服装でかなり変わるものだ。ウチのセンスある側近、幹部の面々で飾り立て、彼等、彼女達を蔑んでいた人達をあっと言わせてあげましょう、是非っ!
正直に言おう。
私は今からそれが楽しみでならない。高慢な貴族の歯軋りする姿が見られるかと思うと想像するだけで高笑いできそうだ。
しかしながら、そういった事情もあるので空室については把握していない。
だが彼等の生活環境を整えるための手配その他を取り仕切っているロイなら間違いなく詳しいハズ。
「正確なところはロイに確認してみないとなんとも言えません」
引き受けたはいいが、残念ながら場所が足りませんでしたからお引き取りをと言うわけにもいかない。安請け合いはすべきではない。
「おいっ、誰かロイを連れてくるように頼んで来てくれ。アイツは貴族ではないが所作もマナーも完璧だ、ここに連れて来ても大きな問題とはならんだろう。下手な貴族よりも貴族らしいくらいだからな」
私の言葉に団長が振り向いてみんなに言い放つ。
た、確かに。
ロイの仕草はガサツな私よりよっぽど洗練されていて優雅だ。
すると連隊長が立ち上がって引き受ける。
「私が行こう、話し合いを進めていてくれ」
真剣な顔の連隊長に、これがフィアの次期国王となるための第一歩になるのだということを思い出す。
そうだ、そうだった。
ならば是非とも成功させたいところだ。
フィアの名が轟けば私が陛下の後継者争いに引きずり込まれるような事態とも完全におさらばできるというもの。ついでにウチで不足している職人の確保もできればなお良しということで。
私がブツブツといつものように考え込み始めたその横で、イシュカが苦笑していたことには気が付かなかった。
ホント、誠に毎度お手数をお掛けしてスミマセン・・・
どうか呆れず、見捨てず、末長くお付き合い下さると嬉しいです。
ハイ・・・・・。




