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第百十八話 危険とは見えないところにも潜んでいるものです。


 バタバタと走る城内の兵士達。

 私達客人の姿を見て慌てて止まり、会釈をすると通り過ぎるのを待ってまた走り出す。随分と慌ただしい雰囲気だ。先程は緊張であまり見ていなかった城の中はあちこち傷んでいるのが見受けられるが修理が行き届いていない。

 財政難。そんな言葉が過ぎる。

 水道工事の事業参加、難しいかもしれないな。

 事業自体は国王が言っていたように参加したいとは思っているだろう。

 大量過ぎて困っている水資源を引き取って、しかも南方の国とも提携出来ればそれによって国家としての収入も見込める。それ以外の産業の発展もこの先見込めるかもしれない。

 だが肝心の先立つものがない。

 私達が手掛けているリゾート施設計画も最初は殆ど開発資金ゼロ状態だった。

 それがワイバーンが襲来し、運良くそれを討伐できて基礎となる資金が手に入り、その後も色々な事件や厄介事にブチ当たりはしたものの、そのお陰で潤沢な資金を得て、国からのバックアップを受けているような状態で、人材確保の機会にも恵まれて、トントン拍子に何もかもが進んでいった。

 あそこまで順調に、運転資金にも困らず巨大事業化していったのはある意味私はツイていたというべきなのだろう。

 麻薬に手を出していたのがほぼ事実だとして、その資金が得られてもこの状態。広間にいた者も、場内を歩く官僚や貴族達も誰一人として贅沢な衣装や宝石など纏っていなかった。

 質素倹約というにはあまりにも厳しい国としての現実がそこにある。

 だからと言って、他国に戦争の火種を押し付けていい理由にはならないけれど。


「失礼ですが何かありましたか? 随分と城内が騒がしいようですが」

 団長が騒がしい様子を見かねてゴードンと呼ばれた彼に問いかける。

「申し訳ありません。昨夜、南西の村にグリズリーが現れまして、その討伐の対応に追われておりまして」

 なるほど、それでバタついているわけか。

 グリズリーといえばそれなりの危険度クラスだったはず。

 ランクまで覚えていないがダルメシアのところで見た図鑑や資料で高ランク魔獣の中では出現率も高い、ウチの領地でも一年にニ、三件それによる被害が発生している。肉はあまり美味しくないらしいがその毛皮はかなり高価で高値で取引されている。しかも巨体であるが故に一頭でかなりいいお値段になる。

「何頭ですか?」

「全部で四頭です。現在村を占拠している状態でして」

 問うたイシュカにゴードンが答えた。

 受け答えと態度から察するに手を焼いているのは間違いないようだ。

 連隊長もそれに気づいたのか彼に尋ねる。

「兵は向かわせているのですか?」

「それが北の集落に現れた魔獣討伐から戻って来ていないのです。そちらに精鋭を回しておりまして現状対応しきれていません」

 そんな時に私達の接待や警備という名の見張りをしなければならないのは大変そうだ。

 困り果てた様子を見て団長が小声で私に話しかけてきた。

「行けるか? ハルト」

「当然。余計な雑音は排除あるのみ。団長、簡単にその特性や性質を教えて」

「ああ、任せろ」

 毛皮のコートはこれからの寒い季節を迎えるにあたって実に魅力的な素材。

 買取交渉するという手もあるし。

 私の意思確認をしたところで団長がゴードンに話しかける。

「御案内して頂けるのであれば差し支えなければそちらは私共で討伐させて頂きますが?」

「宜しいのですかっ」

 願ってもないとばかりに飛びつき、ハッとして姿勢を彼は正した。

「問題ありません。今回の案件について余計な御心配をして頂くことなく話し合って頂くためにも必要なことかと。一度宿に戻って必要な装備を準備してから向かいたいと思いますが構いませんか?」

 一応城に入るため、鎧一式と馬は宿屋に置いて来ている。

 剣も謁見のために預けた状態のままだし。

「その申し出はとても有難いのですが、本当にお手数をお掛けしても?」

 遠慮がちに尋ねてきたゴードンに団長が頷く。

「はい、ただご存知かもしれませんが我が国は子供の戦場への参加は認められていません」

 ああ、そんなのあったね。

 普通に毎度巻き込まれたから記憶から抜け落ちてたけど。

 でもダルメシア、普通に私に討伐依頼持ってきたよね?

 そういえば冒険者ギルドって一大事とかになると依頼みたいな形で国と協力体制は敷くけど基本的に互いに干渉できないんだっけ。勿論定期的に監査みたいなものは入るが国が関わると税金を取る必要が出てくるので危険任務の依頼とか冒険者が引き受けなくなっちゃうから騎士団の手も回らなくなるし、一攫千金を狙えるからこそそれを生業としている者も多いからっていうのが理由みたいだけど、イチイチ騎士団が出張ると自分達で自分達の住むところを護ろうとしなくなるからということらしい。

 つまり国として子供を兵士として担ぎ出すのは認められないけど、独立機関として存在している冒険者ギルドが依頼として相応の力がある者に対して出す依頼は可。冒険者として自分達の住む土地を守るためなら力を振るうことも許されるということだ。そしてそれはランクが上がることで引き受けることのできる土地の範囲が広がる。高ランク冒険者の絶対数が少ないからだ。

「そこでハルトを担ぎ出す以上、名目が必要となります。出来れば討伐した魔獣の素材半分を頂けるとありがたいのですが」

 要するにこの冒険者ギルドの規約を利用するというわけだ。

 ゴードンは大きく頷く。

「それは勿論当然です。ですがグリズリーは討伐ランクBに値する魔獣ですよ」

「大丈夫ですよ。名目というのはコイツの、っと失礼、ハルトの持っている冒険者ギルド登録証特権を使います。彼と彼の従者達はギルド登録しておりますのでその討伐許可証の権利を利用します。冒険者の倒した獲物はその討伐者の総取りが基本。今回は我々騎士団と共闘ということでその半分の権利をハルトに、残りはその村の被害状況に応じて相談ということで宜しいでしょうか」

 なるほど、二体は私が冒険者として倒したことにして二体は国としての討伐協力ということにして恩を売りつけておこうということか。

「失礼ですが登録ランクをお伺いしても宜しいのでしょうか?」

 ゴードンに尋ねられて団長がアレ(・・)を出せとばかりに肘で私をつつく。

 わかってるよっ、もうっ!

 出せばいいんでしょ、出せば。

 私の持っている中で、ある意味何よりも確かな一番の身分証明書。

 国内だけでなく近隣の国でもフリーパス状態で通れるソレ(・・)

 高ランク、特にS級となれば金さえ払えば高難易度依頼が依頼出来るという理由で重宝されることもあるらしいので持ってはいるけれど公然の秘密的に伏せられている。別に持っているからといって必ずしもそれを提示しなければならないわけではない。私には冒険者のギルドカード以外にも商業ギルドの証明書もあるし、シルベスタ王国貴族としての身分証もある。通行する時にどの証明書を使おうが私の勝手なのだから。

 私は内ポケットから一際ギラギラと輝くド派手なそれを取り出して彼にだけ見えるように見せた。

 ゴードンは目を見開いて私のカードを凝視する。

 これは金をどれだけ積んでも買えないものだということは各国共通の認識だ。

 団長がニヤリと笑う。

「御安心、頂けましたか? これは我が国でも限られた者しか知らないことですのでどうぞ御内密に」

 本来ならS級というのは大々的に発表されても然るべきものなのだが、これには私の年齢が関係している。

 かなりの特例なのだ。

 成人どころか学院入学前の、本来であればまだ親の庇護下にある歳。

 平民の子供でも働き手として扱われるのは十歳過ぎてから、それまでは見習い。

 貴族なら学院卒業後に一人前として扱われる。

 私はそのどちらの条件にも足りない、謂わば見習い扱いの年齢。

 S級としての義務が発生する年齢にも足りていないのだ。

 ゴードンは唾をゴクリと飲み込むと小さく頷いた。

「アインツ達はフィアの警護に残れ。魔獣討伐は俺達の分野だからな」

 実際、王都からここまでの道中でも魔獣の出現に対処可能なようにフィアの護衛として同行した団員は精鋭と呼ばれる班長達六人。他は近衛だが彼らの仕事は国の重鎮たるフィア達の護衛、非常時には彼らを守ることが何よりも優先される。

「大丈夫か? 人数も少ないだろ」

「イシュカもいるし宿にも期待できる戦力がいる。それに今回はハルトも戦力として協力してくれるから心配ない。グリズリーは頑丈だが愚鈍だ。ハルトに危険は及ばないさ。実力は勿論、こいつのスピードはステラート辺境伯とガイ、ダルメシアのお墨付きだからな」

 気遣って尋ねてきた連隊長に団長が心配するなと肩を叩く。

「それはまたなんとも頼もしい限りだな」

 逃げ足の速さが?

 そんなものにお墨付きがあってもあまり意味ないと思うんだけど。

 まあいいや。どちらにしてもソイツを片付けないと話が進まなそうだし。

 私としてもあまり滞在は伸ばしたくない。

 観光なら別の機会にもっと目立たないようにこっそりと、だ。

 とにかく話はまとまったので団長とイシュカ、そして私達は鎧や馬など必要な物を用意するために一旦宿に戻ることにした。宿には団員と班長達とライオネルや、ロイもいる。ロイはまだ私が剣術では敵わないほどには強いし、魔術制御も上手い。前線には配置できないが後衛とするならそれなりに魔力量も多め、状況判断は得意なので直接戦わせるのには向かないが後方指揮官としては適任だ。

 宿に向かう馬車の中で団長とイシュカにグリズリーの特長や生態など細かい情報を聞きながら何か簡単に使えそうな有効手段はないものかと頭に思考をめぐらせていた。



 必要と思われる物を団長達が準備している間にロイに買い揃えてもらった。

 装備を整えてゴードンを案内に馬で現場に向かう。

 私はイシュカのアルテミスに乗せてもらった。

 大きな馬では特注の装具がないと足が届かないのが悲しい。

 決して脚が短いわけではないと、声を大にして言いたい。

 私は成長期真っ盛り、絶対すぐに大きくなるし、脚だって長くなる、はず。

 多分。

 そりゃあレインみたいにニョキニョキとは伸びていないけど。

 成長期には個人差がある。父様は背が高いし、母様は・・・かなり低いな。

 とりあえずはそんなことを考えている場合じゃない。

 目の前のことに集中、集中っ!


 二刻ほど馬を走らせるとそのグリズリーに襲われたという現場に着いた。

 村を囲う柵の外から少し離れた場所には幾つものテントが張られ、炊き出しが行われていた。それを数人の兵士達で守っている。結局昼御飯を食べる暇もなく出てきてしまったが仕方がない。平民の中には一日一食にもこと欠く人がいるのだ。

 馬から飛び降りると閉鎖された村の入り口に駆け寄る。


「被害状況は?」

「逃げ遅れたひと家族が犠牲になっていますが現在村人の避難は終わっています」

 ゴードンの問いに答えた兵の言葉に小さく息を吐く。

 犠牲になった人達には申し訳ないが被害がそれ以上に拡大しなかったのは幸いだ。グリズリーは討伐ランクB。愚鈍とはいえその程度(と言っていいのかわからないが)で済んでいるのが凄い。そう思ったのは私だけじゃなかったようで表情からそれを読み取ったゴードンがそれに答えた。

「この辺りは魔獣や獣の被害も少なくないので村にはだいたい抜け道や避難所が作られているのです。村人達は悲鳴を聞いてすぐに村にあるそれの中に逃げ込んだそうです」

 それを聞いてなんともいえない気持ちになった。

 確かに敵わない敵に向かうのは良策ではない。

 だけど、それはつまり昨日まですぐ近くに住んでいた友人、もしくは仲間を見殺しにして生き残ったということ。

 力なき者に歯向かえというのは厳しいかもしれないけどそれはあまりにも寂しい気がした。だが、それを口にしてはならないことはいくら空気を読むのが下手な私でもわかる。

 仕方ない。そんなふうに片付けたくはないけれど、こんな世の中では仕方、ないのかな。私なら、と思いかけたが、それは私に立ち向かえるだけの力がそれなりにあるからと言われてしまえばそれまでだ。もし自分が非力な子供であったとして、逃げずに立ち向かえるのかと問われたら『はい』といえる自信はないし、正義感というものは必ずしも全てが報われるものではないのが現実で、彼らを助けようとすることで大事な家族が悲しんだり、犠牲になっても良いという話ではないからだ。

 私は現場の状況を確認するためにイシュカとライオネルと一緒に付近を探索する。一部破られていた柵は三重に土壁が形成され、塞がれていた。壊されてない厚い木材と鉄棒で作られたそれに触るとミシリと音を立てた。

 おそらく、木の板が年月を重ねることで虫食いか湿気で腐っていたのだろう。それ故に魔獣の侵入を防ぎ切れなかったんだ。しっかり点検、整備し直していれば体当たりされたところでその音に気づく事ができれば逃げる時間くらいは稼げたかもしれない。運も悪かったようだ。今日の日差しで地面に浅く積もった雪は溶け出しているけれど凍える寒さのせいでくっきりと侵入された足跡が残っている。

 巨体と言っていたけど確かにすごく大きな足跡だ。確認されたのは四頭、だったよね?

 重なる足跡の大きさは全て同じくらい、似たり寄ったりだ。

 森の方から続いているそれは入り口付近は兵士の足跡で踏み消されている。数人の兵士が村を巡回しているのか外周と森の入口を巡るように人の足跡がついている。一応侵入経路と方向は確認されているみたいだ。森から続いている足跡を消さないようにその横を辿ってみると人の足跡は数歩も歩かない内になくなり、そこには獣の足跡だけが残っている。鬱蒼と生えた木々を避けるように雪の上に残るそれは比較的幅の広い場所を通っていることからすればそれなりの巨体であることは間違いなさそうだ。少し幅の狭い場所の両脇にある木を見上げれば、体がぶつかったからなのか枝から積もった雪が落ち、その下に雪の小山を作っている。真っ直ぐに村の向かったというより獲物を探しながら歩いたという感じで途中曲がっていたり、茂みを跨いでいたりしているところもあったが基本的に村に真っ直ぐに近い形で進んでいる。

 自分の体格で通れる道を選んでいるというのもあるのだろう。所謂獣道というものだ。通りやすい場所を選んで進めばそこは土が踏み固められて草木の芽が生えにくくなる。雑草は何度も踏まれ、出た芽も踏み潰され、そこに人の通る道が出来る。それは獣にとっても通りやすい道だ。特に大型の獣にとって。パワーがあるからといって全ての木々を薙ぎ倒して進んでいては獲物に自分の位置を悟られる。接近を知らせながら向かっていくのは圧倒的強者とはいえ得策ではない。弱者というものは基本的に知恵や逃げ足など自分達から逃れる術を持っていることが多いからだ。進んだ分だけ逃げられてはいつまで経ってもエサにはありつけない。自分の射程距離に捉えるまでは身を潜めながら近づき、逃れることのできない位置まで来たところで一気に襲いかかるのが常套手段だ。

 足跡を辿りながら暫く進むと村の塀が随分と遠ざかっていることに気づいてあまり離れすぎても良くないだろうと足を止め、もう一度雪の上をじっくり確認する。

「ねえイシュカ、足跡って現場ではあまり重要視されてないの?」

 私が辿って来た半分くらいの距離で人の足跡は消えていた。

 つまり私がいるこの位置までは確認されていないということだ。

「状況にもよりますね。現場から逃げられて逃走経路を調べる場合などには追える限りは追う場合もありますが、今回は村から逃走した形跡がなかったことから村に居座っているグリズリーに注意を払うべく対処していると思われます。村に向かう足跡はありましたが森に戻る足跡はありませんでしたから」

 なるほど、居場所がわかっているのだからわざわざその足跡を追う必要もないわけか。理由としてはわからなくもない。人員が限られていれば尚更か。

「イシュカはこの足跡を見てどう思う?」

「どう、と言いますと?」

 一応確認のため聞いてみたがイシュカは気付いていないようだ。

「いや、いいよ。理由はわかった。北の討伐に精鋭取られてるっていってたしね」

 まあ仕方ない。答え合わせは後にして、とりあえず村の方に戻る。

 中の様子は柵の隙間からではよく見えないが随分と静かだ。

 見慣れない私達の姿を見てまだ事情を聞かされていない兵士達が胡乱げな眼差しを向けて横を通り過ぎる。見知らぬ者がこんなところを彷徨いていては確かに不審極まりないだろうがこの国は余所者に対して何処か排他的だ。木にでも登って中を確認したいところだが下手なことをすればあらぬ誤解を招きそうだ。やるなら団長達のところに戻ってからの方が良いだろう。

 イシュカとライオネルの二人と一緒にもと来た場所に戻るとロイが私達の姿を見て駆け寄ってきた。どうやら聞いた情報を細かくまとめてくれていたようで村の内部の大まかな地図には色々と書き込まれていた。

 この村には全部で三十六世帯、約二百人程が暮らしていた。今回の被害に遭った家はあの壊された塀のすぐ近く、六人が暮らしていたそうで、犠牲になったのはその中の四人。まずはじめに狙われたのは生後半年にも満たない赤ん坊とその母親、そしてグリズリーの侵入に気付き、犠牲になった母子がもう助からないと悟るとその家にいた父親と祖父は子供を逃すために自ら家の中にあった鍬や斧を手に向かっていき、二人の子供は魔獣の来襲を叫びつつ逃げ追うせたということのようだ。野生の生き物は大抵において腹が満たされれば向かって行かない限りは襲って来ないこともある。ただ巨体であればその腹を満たすのも容易ではないわけで、一人、二人、食らった程度では満腹にはならないだろう。しかも村には自分の食料となり得る大勢の人間が生活しているし、雑食であれば冬を越すために蓄えていた食糧庫もある。宿に戻る馬車の中で団長とイシュカに聞いたグリズリーの性質や特徴、属性その他について聞いたところによればヤツらは雑食で、森や山に自分達の食料となる植物や動物がいなくなるとよく人里を襲うそうだ。グリズリーには種類が幾つかあるが、この時期に現れるのは大抵冬眠をしないマッドグリズリーと呼ばれる種だそうで、特に気性が荒く、食欲旺盛で腹減り状態で遭遇すれば大人一人くらい余裕で腹に収めてしまう。人の食べる物であれば大抵口にするし、果物や栗などの木の実、甘い物にも目がないようだ。知能自体は然程高くない、というか、ハッキリ言ってしまうならオツムの出来はあまりよろしくないのだが巨体故の手脚の長さによる鋭い爪の攻撃と圧倒的パワーにより大概の攻撃は吹き飛ばされ飛びついたところで大人二、三人程度ならものともせず歩みは止められないという。

 敏捷ではないがその大きさになるとそれなりのスピードになる。何故ならグリズリーの二、三歩が人間の五歩、十歩に相当になるからだ。最大で団長の二倍ほどの高さのものも発見された事があるという。そんなのの前に立ったら私は一踏みで潰されそうだなあと思う。属性は主に水、氷属性の攻撃が得意で稀に風属性を合わせ持つ個体もいるらしい。そうなるとかなり強力な個体になるので滅多にいないが討伐困難になるためその殆どが最大クラスの大きさになり、カイザーグリズリーと呼ばれ、討伐ランクもワンランク上のA級扱いになる。

 そんな輩相手にまともに正面からぶつかるのは悪手だ。カイザークラスは確認されていないが団長達と私達は総勢十一人、精鋭とはいえあまり無理はしたくない。私は許可を得て村近くの大木から柵の中の様子を伺うために風魔法で強化したジャンプ力で一番下の枝に飛びつくと、その後も雪が積もってしなる枝から雪を下に落としつつヒョイヒョイとテッペン近くまで登っていった。

 そこから見えた村の中は正面の入口付近の広場から奥に行くに従い、住宅が密集している。先程見た壊された塀の辺りまではなんとか視界も届くが見える範囲にそのような動く巨体は見つからない。人を食らって腹が満たされ、昼寝でもしているのだろうか。襲われたという家屋は屋根が崩れていたのですぐにわかった。一番端の家ではないというあたりは獲物を選んだのか、密集しているが故に適当に猛烈パワーで突進して勢い余って飛び込んで通り過ぎたのかは定かではない。運が悪かったとしか言いようがない。他の家が壊されていないことからすると無闇に全てをパワーで薙ぎ倒して突進するわけではなく障害物は避ける。それとも単に一軒目で腹がそこそこ満たされたんで休憩しているだけとか? 情報が少なすぎてわからないが夜には獣達の侵入を防ぐために閉ざされるという門はそれなりに頑丈そうだがその付近は羊が小屋に十頭いる以外はたいしたものもなく広い。

 何故このような場所に羊がいるのかといえば村人が襲われないためだ。

 万が一襲撃に遭っても魔獣がそれに飛びつけばその羊達を獣達が食らっている間に逃げ出せるというわけだ。そのためほんの少し、扉を閉めるくらい時間を稼げるよう広めにスペースを取っている。勿論村人達の貴重な栄養源や収入源にもなっているのだが、今回はこちらから侵入されなかったために羊達は助かり、四人の村人が犠牲になった。

 

「ハルト、中の様子はどうだ?」

 見渡す限りは特筆すべきものはない。壊された塀と崩れた一軒の家を除けば昨晩村人が食い殺されていることを知らなければ畑にでも村総出で作業に出ているとでも思えそうだ。魔獣というものは基本的に夜行性が多いし、休んでいるのかもしれない。陽の光に弱いアンデッド系でもない限りは塵になるというほどでもないが彼らの本領が発揮されるのは主に夜であることは間違いない。

「とりあえず目で確認できる範囲にはいないよ。羊小屋も無事っぽいよ」

 それだけ応えると、登ってきた時と同じように枝を飛び移りつつ下まで降りていくとイシュカが受け止めるために構えているのが見えたので一番下の枝までくると真下にいるイシュカの腕目掛けて着地体勢を放棄して飛び降りるとがっしり受け止めてくれたので御礼を言って降ろしてもらう。

「気配は感じるか?」

 団長に聞かれて大きく首を振る。

「そんなこと聞かれてもわからないよ。団長じゃないんだから。でも見た限りは他に壊された家は見当たらないよ。ここから見えない反対側までは保証できないけど」

 風向きは村の入口から奥へと向かって吹いている。森に囲まれている山間にあるせいか多少複雑な風の流れになっているようだけれど道を挟んで向こう側にある細い川の向こうにあるやや大きめの山から吹き下ろす風が一番強いせいだろう。南寄りで坑道の入り口が幾つか見られることを考えるなら、ここは坑夫達の家族が住まう村の一つで来年から我がグラスフィート領になる土地に接する場所からも近いのかもしれない。できるなら地図を確認したいところだがそれについては後回しでいい。 

 とりあえずの最優先事項は村に居座っているグリズリー排除だ。

 村入口付近の広場が広いというのはありがたい。

 馬車の中で考えた一つの案を是非使ってみたい。

 これが立証されれば平民の村でも協力すればある程度の獣やランクの低い魔獣退治に応用できるかもしれないし、やってみないという手はない。

「ねえ団長、ちょっと試したいことがあるんだけどやってみてもいい?」

 団長の服の裾を引っ張って私がそう尋ねると団長はニヤリと笑って頷いた。

「いいぞ、何か面白い手でも思いついたか?」

「うん、まあね。そんなとこ」

 その前に、っと。

 私が全て取り仕切っては人材も育たない。特にイシュカには期待している。

 応用する術も身につけてきたし、考え方も変わってきた。

 説明下手の私が講師をするより、イシュカが教鞭を取った方がいいことくらい私でもわかるので、まずはイシュカに考えさせてみる。

「ねえイシュカ。今回のケースだとイシュカならどうする?」

 私がそう問いかけると少し考えてイシュカが答える。

「そうですね。私ならこのメンバーで何の用意もなく挑むのなら前回ハルト様が使われた手が効果的かと。グリズリーは火属性に弱いですしガイの代わりはライオネルがいますから。村への被害は団長に抑えて頂くのが最善かと」

 手っ取り早いのはそれだけど今回の場合は数が四頭、しかも巨体とあっては狭い範囲に集中させるのは結構骨が折れる。悪くはないけど最善でもない。

「じゃあもし私がいなかったら?」

「この人数で対処するなら四頭を一度に相手にするよりは土属性を持っているシュバルツとメイガストに手伝ってもらい地面を深く掘り下げて確実に一頭ずつ倒していくのが良いかと。登って来ようと這い上がってくる瞬間を狙うのも有りですから」

「うん、悪くないね。じゃあ私の策が失敗したら次それで行ってみよう。イシュカ達の魔力は出来れば温存しておきたいし、空にするのは良策でないかもしれないからね」

 それでなくてもここは自国ではない。

 万が一の場合、護衛の魔力が空では困ってしまう。

 それから後、もう一つの理由がある。

「どういう意味ですか?」

 そう尋ねてきたイシュカと団長達に、見てほしいものがあると今回の戦闘参加人員になるだろうメンバーと一緒に先程の村への侵入口付近に戻ってきた。団長が形成された土壁の横側を通り過ぎた辺りでピクリと反応した。だが戦闘態勢まで取らなかったところをみるとやはり近いとまではいかないまでも付近にはグリズリーが潜んではいるようだ。そこに立っていた見張りの兵がゴードンを連れていることを確認して私達への警戒を解く。

 まずは森の入口付近の足跡をよく見てもらった後にそれから奥の先程引き返してきた地点まで戻ってきてそこにしゃがみ込んだ。それを見て他の者達も足跡を挟んで片膝をつき、それを見る。


「足跡がね、三種類あるんだ。ここ。グリズリーの足跡に殆ど踏み消されちゃってるんだけど。私の警戒し過ぎなら問題ないけどみんなの意見を聞いてみたくて」

 私が指差したのはグリズリーの足跡に消され、欠けた小さな足跡。他にも大きなグリズリーの足跡に踏まれて殆ど消えてしまってる僅かではあるけど欠けた足跡が残っている。

 それを指摘すると団長達は私の言いたいことを理解したようだ。

「よく見つけたなあ。こりゃあオオカミ系のヤツだな。この辺りならフォレストウルフの可能性が高そうだ」

 大きな危険に隠れた、更なる小さな危険。

 見逃していれば二次災害も起こり得る。

 イシュカは先程尋ねた時にそこまで気が付かなかったようで『しまった』という顔をして顔を顰めた。

 こういうのは一朝一夕では身につくものではないから仕方がない。

 私も前世(むかし)若い頃にはよく怒られた。

 失敗の原因を追求して大きなそれが見つかると、仕事は片付いたとばかりに他の要因を見落として、結局また最初からやり直しをしたことも一度や二度ではない。

「今んとこソイツらの気配は感じないが。アイツらは群れで行動するし鼻がいい、臭いを嗅ぎつけりゃあ来るかもな」

「風向きがね、あまり良くない。森方向に吹いてるし、出来ればあんまり血生臭い匂いは避けたいんだよね」

 血の臭いは肉食動物にとってそこに食料があるのだと告げていることと同意。

 被害者家族の血の臭いもあるのに手を出してこない理由は自分達より強者がいる気配を感じているからではないかと思うのだ。だがもう一つ、大問題ではないかと思われるものが残っている。

「しかも足跡が一頭分途中でなくなってるんだよ」

 団長がその足跡を見回して、そこに私が指摘した狼系の魔獣以外のものを除けばグリズリー以外の足跡しかないことを確認してから尋ねてきた。

「どういう意味だ?」

 そういえばとイシュカが私の言葉を思い出したのか呟いた。

「足跡が三種類あると言ってみえましたね」

「そう。よく見て、足跡の大きさが違うのはわかるよね?」

 体の大きさによってもそれを支える足の太さは変わってくるし、個体差もある。

 一般的に足の太い個体はそれだけ大きくなる可能性があるとも取れるのだが、これが単なる個体差であれば気にするほどでもない。もしかしたら放っておけばカイザークラスになり得る個体であるというだけなのかもしれないし。

「他のよりも一回り深く大きなものがあるでしょ。これが村に向かって続いてる。けどね、途中で他のよりも大きな個体と思われるこの足跡だけがなくなってるんだ」

 そう私が言うと団長は自分の手の大きさと比べて私の指し示した足跡の肉球のサイズを他の物と比較する。そして私の言っていることに間違いがないことを確認すると入口まで戻り、再度、自分の手と比較して確認すると団長達の目付きが鋭いものに変わった。

「私の考えすぎならというなら問題ないんだけど。団長ならどう考える?」

 辺りに強者の気配は団長は感じていないようだけど、圧倒的強者ともなれば眠っていたとしても相手の方から逃げていくのが殆どなので完全に寝入ってしまわれていれば気づけない可能性もある。気配というものは不思議なもので、眠っていても団長達が殺気を感じれば飛び起きるのに、大いびきをかいて眠っているのを起こそうと私が揺り動かしても団長は起きやしないのだ。

 私の指摘に団長は顔を顰めて唸るように言う。

「一頭だけ、そこそこ頭のいい、カイザークラスが村の中以外に潜んでいる可能性があるということか?」

「それはわからないよ、足跡だけじゃ判断できない。もしかしたらまだそのレベルには達していない予備軍かもしれないし。動物って足が太いと大きくなるっていうじゃない? だから警戒はすべきかなって思ったんだけど。どうかな?」

 私がしたのはあくまでも可能性の提示だけ。

 目撃したわけではない。

「お前の言う通りだ」

 団長は大きく頷き、イシュカは目に見えて落ち込んでいた。

 さっき一緒に来た時に伝えても良かったんだけど、こういうのはただ教えられるより失敗から学んだ方が身につきやすいのでワザと言わなかったんだけど悪いことしたかな。

「そういうわけで団長達は周囲の警戒よろしく。

 ゴードンさん、この情報を他の兵に伝えるかどうかの判断はお任せします。私が指摘したのは断定ではなく仮定でしかありませんので責任は持てません。貴方が必要と思うなら他の皆さんに伝えてください。村人の不安を煽るだけと思われるなら口を噤んで頂いた方が宜しいかと思います。

 団長、とりあえず他に危険が潜んでいる可能性がある以上早めに村の中のグリズリーは片付けよう」

「その方が良さそうだな」

 私はゴードンが土壁前に待機している兵士に向かって走り出したのを見届けてから再び村入口に向かって歩き出した。


 まずは目に見えている危険から順次排除。

 後は残った可能性に対する警戒と調査。

 一つ一つの危険性を潰して安全を確保する。

 折角グリズリーの危険から救っても、その後フォレストウルフの群れに襲われて全滅では意味がなくなってしまう。

 警戒は怠らず、危険に備える。

 山間地帯のこのような場所なら尚更それは必要だ。

 力強い者であっても不意を突かれれば危険なことには代わりない。

 夜行性であることを考えれば昼間に動くことはあんまり考えにくいけど。

 私のしていることはあくまでも『かもしれない』という危険予測。

 予知や予言ではないのだから。



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